【紅蓮王】不知火

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 86 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月01日〜02月08日

リプレイ公開日:2009年02月14日

●オープニング


 駿河、とりわけ島田宿の人々は、いいしれぬ不安にとらえられていた。
 続く富士の鳴動はとてつもない異変事を予感させるし、加えて連続して起こる焼死事件はさらに島田宿の人々の胸を苛んだ。もしやすると駿河は呪われているではないかという恐怖である。
 駿河島田宿の町名主である治兵衛もまた、その不安にとらえられた一人であった。故に彼は、再び彦之助を江戸に送った。冒険者の助けを求める為に。


「粂八」
「へい」
 答えると、人相の悪い、ごつい体格の男が座敷に入った。そして一人の男の前に座した。
「粂八」
 男はでっぷりと太った身体をわずかに動かすと、じろりと粂八と呼ばれた男を見た。
 男は名は丹兵衛。野槌一家の親分であり、粂八は代貸しであった。
「へい」
「へい、じゃねえ。あっちの方はどうなってるんだ。吉野屋がせっついてきている」
「もう少しだけ待っておくんなせえ。三人もおっ死んじまいやがったんで、どいつもこいつもぶるってやがるんで」
「馬鹿野郎。いいわけするねえ。こんな儲け話、ふいにするわけにはいかねえんだぞ。何とか見つけだせ」
「へい」
 肯いた粂八はニタリと笑った。
「一人、心当たりの野郎がおりやす」


 その夜の事であった。
 居酒屋からふらりと歩み出た五郎蔵は、呼び止める声に足をとめた。
「誰だ?」
「俺だ」
 ぬっと物陰から一人の男が姿を現した。粂八である。
「なんでえ」
 五郎蔵はふうと息を吐いた。
「代貸し。驚かせねえでくだせえよ」
「すまねえ」
 唇をゆがめると、粂八は五郎蔵の耳に口を寄せた。
「聞いたぜ。儲け話を探してるらしいな」
「へへ」
 五郎蔵は下卑た笑みを満面に浮かべた。
「知ってやすぜ。梅吉が代貸しとつるんでたって事。何でもするんで、俺もかましてもらえねえですか」
「いいぜ」
 粂八が答えた時だ。別の男がすっと現れた。
「何でえ、てめえは」
「俺か」
 男は薄く笑った。
 夜目にもわかるほどの二枚目だ。まるで役者のようである。が、その身にまといついた剣呑な雰囲気は、男の堅気でない事を示している。
「俺は追分の三‥‥四郎。流れモンだ。儲け話ってのを小耳にはさんだんでな。どうだ、俺もかましちゃもらえねえか」
「何だと」
 粂八がぎろりと追分の三四郎と名乗った男を見た。女が放ってはおかぬような美形だが、かなり使えそうである。物腰が只者ではなかった。
「いいだろう」
 粂八は云った。
 追分の三四郎から、粂八は彼と同じ匂いを嗅ぎ取っていた。流れ者というのは嘘ではないだろう。旅から旅への渡世人に違いない。使い捨てにはもってこいであった。
「おめえらにたんまり儲けさせてやる」
 粂八の眼がぬめりと光った。

●今回の参加者

 ea1170 陸 潤信(34歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3701 上杉 藤政(26歳・♂・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec4348 木野崎 滋(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 土埃をまいて吹きすぎる風の中、八人の冒険者は立ち止まった。
 中の一人、子供のような体躯の若者が進み出る。子供ではないことは顔を見てわかった。深い叡智に煌く瞳は青年のそれだ。
 上杉藤政(eb3701)。パラの陰陽師である彼は印をきった。
 刹那、藤政の眼は時空をこえた。垣間見た未来は――
「‥‥島田宿が燃えている」


 箱根の手前。
 街道脇の原で焚き火を囲む五つの人影があった。
 白井鈴(ea4026)、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)、カノン・リュフトヒェン(ea9689)、上杉、木野崎滋(ec4348)の五人の冒険者である。他の三人――陸潤信(ea1170)宿奈芳純(eb5475)は先行し、尾上彬(eb8664)は犬を連れている為に遅れていた。
「なるほど」
 肯いたのは滋であった。今、カノンから事のあらましを聞いたところであったのだ。
「罪無き娘が三人、犠牲になったか」
 滋の琥珀色の瞳に白刃にも似た光が閃いた。一瞬渦巻いた旋風は彼女が無意識に発した殺気の余波である。「ではカノン殿は、此度の一件にもその連中がからんでいると思うのだな」
「その可能性はあるわね」
 カノンに代わってアイーダが答えた。冷然とした相貌を炎に紅く染め、
「賭場の能面顔の男、もしかしたら黒彦かもしれないわ」
「黒彦かあ」
 声をあげたのは、闇色の鎧を纏った鈴である。
「確かにあいつ、能面みたいな顔してたなあ」
 くすりと笑った。鈍感、というよりも不敵と呼ぶにふさわしい若者である。
「本当に黒彦だったら嬉しいなあ。ぶん殴ってやれるから」
 すっと鈴の面から笑みが消えた。
「ふっ」
 滋の唇に微かな笑みがういた。そして彼は指輪を放った。受け止めたのはカノンである。
「これは?」
「言葉の通じない相手と話す事ができる代物だ。そいつで炎妖――もし三つ子の裡にあったモノと同じなら伝えてくれ。哀しき娘達の物語を。これ以上利用されるのは忍びないのでな」
 滋は告げた。黙したまま肯いたカノンの眼は凄絶に光っていた。


「おい」
「うん?」
 呼びとめられ、五郎蔵はぎくりと足をとめた。
「何でえ、脅かすねえ」
 吐き捨て――気づいた。声の主の正体に。笠で隠してはいるものの、その人形のような美しい顔を見忘れるはずもない。
「おめえさんは」
「カノンだ」
 カノンは名乗った。
「久しぶりだな。その後、儲け話はどうなった?」
「その事かよ」
 五郎蔵の面に鼬の表情がよぎった。
「へへへ。見つけたぜ、いい儲け口をな」
「そうか。ならば私も一口乗せてはもらえないだろうか」
「お前さんを?」
 五郎蔵が眉根を寄せた。粂八に話を通してあるのは自分だけだ。勝手に仲間にする事はできない。
 いや、と断りかけた五郎蔵の耳に、カノンはそっと蕾のような唇を近寄せた。
「頼む。もし儲けが減ることが心配ならば‥‥男と女。別の礼もできる」
「うっ」
 五郎蔵は身を強張らせた。
 普段、彼が抱く女といえばせいぜいが夜鷹だ。カノンのような美形は抱ける事などめったにない。
 粂八に対する恐れを、劣情がねじ伏せた。五郎蔵はニンマリすると、いいぜと請合った。
「有り難い。ところで、もう一つ頼みがあるのだが」
 カノンがちらりと視線をくれた。その先には寒気のするほど美しい女が立っている。滋だ。
「彼女も仲間にしてやってはくれぬだろうか」
「あの女も?」
 眼を血走らせ、五郎蔵は滋を見た。美しさはカノンと同等だが、その艶やかさはどうだろう。豊かな胸元から覗く牡丹がいっそう滋の色香をひきたてている。
「い、いいだろう」
 悲鳴のような声で五郎蔵は答えた。


 同じ夜、彬もまた島田宿に到着していた。
 すでに夜は深い。が、賭場はまだたっているだろう。
 彬は野槌一家の賭場にむかった。すでに人遁の術で女に変形している。 
 野槌一家の賭場にはすぐに入り込む事ができた。彼――彼女の顔を覚えていた者があったのだ。派手な賭けっぷりが功を奏したというべきか。
 座につくと、素早く彬は周囲を見回した。
 粂八の顔が見える。さらには能面に似た相貌の男も。
「裸に狐目に風隠れか」
 彬は薄く笑った。
「奴も忍びか」
 そう彬が呟いた時だ。男の視線が彬を貫いた。どうやら男もまた彬の正体を看破したようである。空間に見えぬ火花が散った。
「よお」
 緊張の糸は、太い声で破られた。粂八である。
「姉さん、久しぶりじゃねえか」
「ああ。‥‥少し話があるんだけどね」
 云うと、彬は立ち上がり、廊下へと粂八を誘った。
「ちょいと良い値で買ってもらいたいものがあるんだよ」
 粂八の顎に、彬はするりと白い指を這わせた。すると粂八はニタリと笑み崩れ、舌なめずりした。
「いいぜ、美味そう――」
「勘違いおしでないよ」
 ぴんと彬は粂八の額を指ではじいた。
「買ってもらいたいというのは情報さ。焼死人の件でね、とある筋が動いてるらしいんだよ。駿河の殿様は凄腕の忍びを抱えてるらしいじゃないか」
「何ぃ?」
 粂八の形相が変わった。
「てめえ、何モンだ」
「誰でもいいさ。これ以上の事を聞きたけりゃあ、私も一枚噛ませてもらうよ」
 云うと、最後に泊まっている宿の名を告げ、彬は冷たく背をむけた。


 五郎蔵がカノンと滋を連れていったのは、宿外れの小さな家であった。事が終わるまで、ここで隠れていろと命じられているらしい。
 カノンと滋が中に入ると、すでに壁にもたれて座している者がいた。
 男だ。役者めいた二枚目だが、どこか剣呑な雰囲気を漂わせている。
「誰だ?」
 カノンが問うた。すると男は顔をあげた。
「俺の名は追分の三‥‥四郎。どうやらおめえらも儲け話にのった口らしいな」
「そういうことだ」
 滋はふてぶてしく笑い――ふっと柳眉をひそめた。
「追分の‥か。風の噂に、清水の御身内で似た名を聞いた気もするが」
「‥‥」
 言葉もなく、三四郎の眼がすうと細くなった。その眼に一瞬閃いた刃光にも似た輝きを滋は見逃さない。
「ちょっとぶらぶらしてくるぜ」
 三四郎が立ち上がった。

 冷たい夜風に吹かれ、彬が歩き去る。ややあって数人の男達がその後を追った。中の一人は粂八だ。
 すっと物陰から七尺ほどの巨大な影が現れた。芳純である。
(彬殿、つけられておりまする)
(わかった)
 彬が足をとめた。
「何の用だい。一枚噛ませる気になったのかい」
「ほざけ!」
 粂八が歯をむきだした。
「何を知っているか、吐いてもらうぜ」
 粂八が怒鳴り、手下が殺到した。
 チッと彬は舌打ちし――
 わずか後、地には粂八を含めたヤクザ達が這っていた。陸奥流の達人である彬にヤクザ風情が抗するべくもない。
 と――
 芳純の目がかっと見開かれた。彬の足からのびた影から、ぬっと人影が浮かび上がってきたのだ。二匹の忍犬――翠と巴が吠えたが間に合わない。
「賭場の奴だね」
 背に冷たい刃の感触を覚えつつ、彬が問うた。
「ふふふ」
 軋るような笑い声が響いた。
「やはり只の鼠ではなかったな。何者だ。目的は何だ」
「云うと思うか」
「云わねば殺す」
 声の主の殺気が膨れ上がった。
 刹那だ。流星にも似た光矢が疾り、能面の顔の男の背に突き刺さった。
「ぬっ」
 男が振り返った。闇の中で芳純が印を組んでいる。
「尾上殿!」
「おお!」
 彬の身が爆裂した。くっ、と呻いた声は能面の顔の男の口からもれた。同時に男は飛んでいる。前方に。
「おのれ」
 男は背に突き立った風車を引き抜いた。彬のものだ。
「仲間がおったとは」
 男が歯軋りした。地に身を埋没させつつ――
「待て」
 追おうとし、彬はがくりと膝を折った。その背には鮮血が滲んでいた。


 開いた戸からもれる明かりに、一人の男の姿が浮かび上がった。追分の三四郎である。
「あれは――」
「誰だろう?」
 木陰で囁き交わす者があった。鈴とアイーダだ。
 もしかして風使いの敵か?
「ここは任せたわ。つけてみる」
 音もなくアイーダが動き出した。

 どれほど歩いただろうか。ふいと三四郎が足をとめた。
「鬼吉」
「ここだ」
 岩に腰掛けた男が答えた。月明かりに浮かぶ顔は剽悍無比だ。
「三五郎。どうでえ、首尾は?」
「俺にぬかりがあるもんか」
 三四郎――三五郎がニヤリとした。
「やはり丹兵衛の野郎、やべえ事を企んでやがる。ありゃあ火付けだな」
「次郎長親分の読み通りってわけか」
「ああ。明日あたり動きがあるだろう。むっ」
 三五郎が刀の柄に手をかけた。
「誰だ。隠れてる野郎、出てきやがれ」
「動かないで」
 冷ややかな声とともに、すうとアイーダが姿をみせた。すでに矢を番えている。
「あなたの刃が届くより早く、私の矢があなたを射抜くわ」
「あーあ」
 頓狂な声が響いた。鬼吉と呼ばれた男のあげたものだ。
「三五郎の間抜けめ。何が俺にぬかりはねえだ」
「うるせえな」
 三五郎が舌打ちした。
「いくら俺でも、たまにはしくじりもするさ」
「どこが、たまだ。どうせ女にでもうつつをぬかしてたんだろう」
「ぬかせ。俺はおめえと違って女に不自由はしてねえんだよ」
「何だと、てめえ」
「何だ」
「待ちなさい!」
 さすがに呆れてアイーダがとめた。
「こんな状況で喧嘩するなんて、いったいどういう神経をしているのかしら。ともかく、ゆっくりと話し合った方がいいようね、私達は」
 溜息をつきつつ、アイーダは弓をおろした。


 子の刻あたりだろうか。吉野屋の裏木戸を一人の男が叩き、ややあってから一人の男が顔をみせた。吉野屋の番頭だ。
 何事か相談しあい、二人は闇の中に姿を消した。それを追い、豹にも似た影が動き出した。潤信である。
 やがて――
 潤信は物陰に身を潜めた。二人は料亭の中だ。
 どうするか。そう潤信が思った時、肩が叩かれた。芳純である。
「尾上殿が中に。ふむ」
 芳純が声をもらした。
「尾上殿より。‥‥やはり彼奴らの目論みは火付けであったと。何っ」
 芳純の顔色が微かに変わった。
「邪魔がはいらぬうちにと、すでに火付けに動きだしているようです」
「まずい」
 呻いて潤信は立ち上がった。そしていきなり駆け出した。塀にとりつき、軽々と踊り越える。
 疾風と化した潤信はとまらない。が、勇猛なその姿とは裏腹に、彼の背はぞくりと粟立っている。
 敵に奇怪なる忍びがいた場合、果たして勝てるか否か。
 勝つ自信は潤信にはない。猪突猛進に見えて、その実、彼は沈着なる武道家だ。敵の強大なる事は読みぬいている。
 それでも潤信はとまらない。もう誰も傷つけさせたくはないからだ。
 傷つくのは私一人でいい!
 猛虎のように潤信は襲った。


 三五郎が戻った時、粂八の使いという男が訪れていた。
「ついてきな」
 一升徳利をそれぞれに手渡し、先にたって歩き出す。カノンと滋は無言で眼を見交わした。やはり徳利の中は油だ。
 いよいよか。
 カノンと滋の身に凄愴の気が満ちた。
 
 幾許か後。
 カノン達は裏路地に辿り着いた。使いの男の姿はない。場所と火付けを命じて姿を消したのだ。
 辺りは家が建て込んでいた。もし火事にでもなればどれほどの被害がでるかわからない。
「や、やるぜ」
 五郎蔵が油をぶちまけた。そして提灯をもちあげ――
「おとなしくしなさい!」
 鞭が唸るような声がとんだ。アイーダのものだ。
「ゆっくり徳利をおろして」
 アイーダが命じた。弓に矢を番えて。
 刹那だ。アイーダの口から苦鳴がもれた。その背に手裏剣が突き刺さっている。
「出たな」
 滋が抜刀した。月光に紅く、花びら散るように光が舞う。
「どこだ」
 滋が視線を巡らせた。が、敵の居所がつかめない。
 風の唸りを耳にし、咄嗟に滋は飛び退った。が、遅い。肩の肉を手裏剣が裂いている。
「ぬう」
 滋の面にも焦りに似た色が滲んだ。
 その時だ。突如、樹上から黒い塊が落下してきた。
 人間だ。黒装束ですべてを覆っているために人相はわからないが、その首から血がしぶいている。
「格闘はだめだけど、手裏剣ではひけはとらないよ」
 鈴の声がした。その鈴の叫びが消えぬうちに、さらに別の黒装束が苦悶して塀から転げ落ちた。その首にも手裏剣が突き刺さっていた。
「な、何だ、これは」
 怯えた声を発し、五郎蔵が提灯を取り落とした。いや――
 横からのびた手が提灯をひっ掴んだ。三五郎だ。
「馬鹿野郎」
 危ねえじゃねえか――そう云いかけて、三五郎は息をひいた。彼の眼前に、突如として炎の塊が現出している。
 はじかれたように滋が五郎蔵の前に立った。庇う為に。
 芳純がするすと進み出た。すでにテレパシーの呪法は発動済みである。
(私は陰陽師の宿奈芳純と申します。恐れ入りますが貴方様は何にお怒りなのか、教えて頂けないでしょうか)
(‥‥)
 応えはない。ただ炎からは熱波というより、むしろ凍りつくような鬼気の如きものが発せられている。
「炎妖よ」
 カノンは叫んだ。ただ胸をはって。
「いや、神と呼んだ方がよいか」
(何者だ。我と話すことのできるお前は)
 カノンの耳に、炎から声が届いた。魂そのものが震えるような、不思議な韻律に満ちた音声である。
「人間だ」
 カノンは答えた。そして五郎蔵をちらりと見遣った。
「火付けをしようとしたこの男と同じ、欲深き人間だ。が、人に対する絶望のみを抱いて欲しくはない。見てくれ、あの者達を」
 カノンが指し示した。鮮血にまみれたアイーダや滋を。そして三五郎を。
「あの者達が命をかけて戦ったのは何故か。欲の為ではない。断じて、ない。ただ守りたかったのだ。命を」
(命‥‥)
「そう、命だ。神から見れば塵にも似た卑小のものでしかないのかもしれない。が」
 カノンは天を指差した。
「あの夜空の星のように、それは煌いている。希望に、愛に満ちて。多くの人間は欲にまみれ、闇に染まっているかもしれない。けれど忘れないでほしい。その闇の中にあって、なお燦然と輝いている命もあるということを」
(夜空の‥‥星)
 炎が揺らめいた。一瞬紅蓮に燃え上がると、それは渦を巻きながら飛翔した。富士めがけて。
 遠く流れ去る火流を見つめ、ぽつりと鈴が呟いた。
「‥‥わかってくれたのかな」
「さあ」
 答えたのは、満天の星を見上げた藤政だ。
「が、信じたいな。神と人とはわかりあえると」


 八人の冒険者が歩み去る。見送るのは追分の三五郎と鬼吉こと桶屋の吉五郎だ。
「野槌一家に役人の手が入った。奴らのおかげで生き証人もいるし、もう吉野屋もおしめえだな」
「ああ」
 へっ、と三五郎は笑みを零すと、小さくなりつつある冒険者達の背をあらためて見つめた。
「おかしな野郎達だったな」
「いくか」
「おお」
 三五郎と吉五郎が歩き出した。そして――
 冒険者達を見送る別の影があった。女の見紛うばかりの美青年と禿頭の男だ。
「黒彦は?」
 美青年が問うた。
「命はとりとめましたが、何せ河豚の毒。しばらくは動けぬかと」
「ううぬ」
 美青年の顔に悪鬼の相がうかんだ。
「下忍どもとはいえ始末してのけた彼奴ら、只者ではない。道安」
 美青年が禿頭の男を見た。
「飯綱衆を集めよ」