●リプレイ本文
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すっと手がのび、依頼書を取り上げた。
眼を通したのは、薄く笑みを口元に刻んだ娘だ。やや細められた眼にぞくりとするほど艶がある。
伏見鎮葉(ec5421)。混血の冒険者である。
「死体が消し炭、ねぇ。魔法でも、そこそこの腕じゃないと難しいはず。となると、並みじゃない存在が関わってるか。厄介なことだね」
「確かに厄介だ。神がかかわっているとなれば、な」
こたえたのは鎮葉と同じく女だ。
年齢は三つほど下であろうか。が、鎮葉に劣らぬほどの色香をもっている。凛とした色香を。
木野崎滋(ec4348)。彼女もまた冒険者であった。
「神?」
「ああ。立て続けの焼死者三人。此度と似通った、というべきか‥似すぎているというべきか」
「‥‥そうか。島田宿か」
ふっと眼を見開いたのはカノン・リュフトヒェン(ea9689)という冒険者である。磁器でつくられているかのような美しい顔に翳りをおとすと、
「ならば此度も火の神がかかわっているということか」
「原因が一緒ならね」
声は上から降ってきた。見れば冒険者ギルドの天上の梁に一人の若者が逆さまにぶら下がっている。白井鈴(ea4026)というパラの忍者だ。
「ね」
逆さまのまま鈴は梁に視線をなげた。
その視線を追って、ようやく他の冒険者は気づいた。
梁に、別の人影がある。顔は判然としないが、豊満な胸の膨らみから女と知れた。見事な隠形ぶりからみて、おそらくは忍びであろう。
百鬼白蓮(ec4859)。その名を他の冒険者達は後に知ることとなる。
「さあて」
一人の男が立ち上がった。長い髪をさらりと背に流した姿は女に見えなくもない。
が、その瞳に燃えているのは反骨の炎である。それも道理。この男、武田信玄を討つために江戸城に潜り込んだほどの偉丈夫であった。
尾上彬(eb8664)。彼のみはとうに潜む白蓮の存在に気づいていた。
「依頼を受けた八人が揃ったようだな。ゆくか」
彬の口元にふてぶてしい笑みがういた。
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冒険者達が蒲原宿に辿り着いたのは四日目の朝であった。韋駄天の草履などの呪法具をもたぬ者にあわせたための結果である。
途中、一度冒険者はどしゃぶりの雨に遭遇した。陸潤信(ea1170)、鈴、彬、滋達が野営道具をもっていたから助かったものの、そうでなかったら風邪をひいた者がいたかもしれない。
「ここか」
朝靄の中、権十郎一家の家屋の前に立ったのは潤信、カノン、彬、滋の四人であった。
「誰かいませんか」
潤信が戸を叩くと、眠そうな眼をこすりながら一人の男が顔をだした。
「誰でえ。こんな朝っぱらに」
「依頼を受けた冒険者です」
潤信が答えた。
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権十郎は奥の部屋で座していた。蝦蟇に似た、凶猛そうな面つきの男である。
権十郎はぬめ光る眼を冒険者達にむけた。
「おめえさんらが冒険者か」
「そうですが」
潤信が答えると、権十郎は唇をゆがめた。
「ふうむ。まあ、おまえさんはいいんだが」
権十郎は声を途切れさせた。そしてじろりと他の冒険者をねめつけた。
確かに陸潤信と名乗った男はいい。面つきはいいし、噂通り腕っ節も強そうだ。
が、残りの女どもはどうだ。いずれもふるいつきたくなるほどの美女で、できることなら抱いてみたいものだが、此度ばかりはそうもいかない。必要なのは異常事を片付けることのできる実力者だ。
その権十郎の疑念を読み取ったか、滋が権十郎の視線をはねのけ、口を開いた。
「女の多さに御不満のようで」
「まあな。俺がほしいのは色じゃねえ」
権十郎は懐から匕首を取り出した。
「こいつの腕がたつ奴だからな」
「なれば」
滋が立ち上がった。
「実力を見ていただこう」
「実力?」
「そうだ。かかってこい」
カノンもまた立ち上がった。黒いドレス姿の可憐さからは想像もつかない台詞だ。
「かかってこい、だと?」
片眉をあげ、次の瞬間、権十郎は哄笑をあげた。傍らに座す子分どももせせら笑う。
「おいおい。寝言は寝てから云うもんだぜ」
「私が恐いか」
「何だと」
一人の男が立ち上がった。続いてもう一人。いずれも荒事に慣れていそうな物腰である。
「仕方ねえ。ちょっと可愛がってやるか」
二人の男が襲いかかった。が――
男達の足がとまった。滋とカノンの寸前で。
その喉に刃が凝せられている。権十郎達には、滋とカノンがいつ刃を抜いたのか視認できなかった。
しかし二人の男の足をとめているのは刃の光のみではない。
本当のところ、二人の男を金縛りにしているのは滋とカノンの放つ殺気であった。彼らは、かつてこれほどの殺気の主と相見えたことがなかった。
「すまぬ」
滋が刃をはずした。男がへなへなと尻餅をつく。滋は権十郎に眼をむけた。
「これで納得いただけだろうか。それに、もし技量が同じならば女の方が操る武器は多いと‥殿御ならお解りだろう?」
「い、いいだろう」
権十郎がごくりと唾を飲み込んだ。
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権十郎一家を後にして、潤信は蒲原宿にある酒場にむかった。そこに一人の男が座していた。
巨漢である。が、その面に浮かんでいるのは女性的ともいっていい柔らかな表情で。
宿奈芳純(eb5475)。この男もまた冒険者であった。
「どうでした?」
「被害者が発見された場所がわかりました」
潤信が促した。むかったのは与之助の死骸が見つかった路地であった。
「ここですか」
芳純が周囲を見回した。
人の姿はない。術の行使にはおあつらえむきであるが、目撃者を見つけるのは困難そうである。
そして一刻ほど後。
数人の目撃者は見つかった。とはいえ、それはすでに与之助が炎に包まれて後のことである。事件の真相につながるものは発見できなかった。
が、権十郎一家――少なくとも第三の焼死者である与之助の評判はわかった。
乱暴者で女好き。蛇蝎のように嫌われていた。
「他の被害者二人との関係は?」
芳純が問うた。すると潤信は空しくかぶりを振った。
「今のところわかっているのは与之助と同じ権十郎一家の子分ということだけです」
又八と藤蔵。二人の被害者の名である。
「なるほど。ではやはり」
過去を覗くしかない、という言葉を胸中でのみ呟き、芳純は呪詠した。
真眼開眼。亜空間を飛翔した彼の視覚は時間軸を遡り、過去の風景を垣間見る。
それは一瞬。いや、永遠か。
やがて芳純の眼に光がもどった。
「まだだ」
芳純は吐息をついた。
彼が見たのは燃え上がる与之助の姿だ。他にめぼしいものは見当たらなかった。まだ過去に跳ぶ必要があった。
再び芳純は眼を閉じた。
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「庄太?」
問い返したのは鈴だ。
酒場近くの通り。横笛を吹きつつ、何気ないふうを装い鈴は権十郎一家について聞き込んでいた。
何度目に問うた時だろう。真昼間から酒の匂いを漂わせた男が鈴に教えてくれたのだ。庄太という名の少年が権十郎一家の子分について聞きまわっていたという事実を。
「子分?」
「ああ。与之助はどんな奴だってな」
「与之助!」
鈴の眼がきらりと光った。
「で、他の子分さんのことも聞いてたのかな?」
「確かな。覚えちゃいねえが」
「ふーん。で、その庄太ってどこの子だか、わかる?」
「知らねえな。おめえ、誰だ、って聞いたら答えただけだからよ」
答え、男の眼にようやく不審の色がうかんだ。
「ところでおめえ、どうしてそんなことを聞くんだ?」
「えへへ」
少女のように微笑み、慌てて鈴は踵を返した。裏で動いていることを、あまり権十郎一家に知られたくはなかった。
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鈴が聞き込みを行っていた通り。
それに面した最も大きな居酒屋から白蓮が音もなく姿をみせた。猫族特有の無音の足運びは身に染み付いた習性といえる。
と、白蓮は足をとめた。突然子供達に取り囲まれたからである。
「見せて」
一人の子供が口を開いた。
「な、何?」
「さっきのだよ」
戸惑う白蓮にむかって、子供は居酒屋を指差してみせた。
ああ、と白蓮は合点した。居酒屋で白蓮は手品を披露しつつ、情報を集めていたのである。どうやら子供達が覗いてでもいたのだろう。
「いいだろう」
白蓮は子供達を通りの片隅に導いた。どのみち子供達に接触するつもりであったのだ。
「いいか」
白蓮が手を開くと、掌の上に小銭が現れた。手を握り、再び開くと小銭が消えてなくなっている。
白蓮の忍びの技量ならばなんでもない眼晦ましであるのだが、子供達にとってはそうではない。歓声がわいた。
そして幾許か。
やがて子供達も去り――しかし、一人の少年が残った。
十三ほどの年頃。静かに微笑んでいる。
白蓮が少年を見つめた。
「面白いか」
「うん」
少年は答えた。
「昔、一度見たことがあるんだ。仲の良かった近所の姉ちゃんと。その時のことを思い出しちゃったよ」
「ほう、お姉さんと」
「うん」
少年の顔から笑みが消えた。
「でも姉ちゃん、死んじゃったんだ。悪い奴らにひどいことされて、裏の林で‥‥」
少年がくるり背を返した。とぼとぼと歩き出す。
その背にむかい、何かに突き動かされるように白蓮が問うた。
「坊主、名はなんというのだ」
「銀平」
少年が答えた。
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権十郎一家の賭場。
普段から熱気漂う場であるのだが、その夜、そこはさらなる熱気が渦巻いていた。
男達の視線が一点に注がれている。片肌脱いだ一人の美女に。伏見鎮葉だ。
「姉さん」
声をかけてきた者がいる。代貸の又五郎だ。
「いい賭けっぷりだぜ」
「すまないね、一人勝ちして。こいつには自信があるもんでね。とはいえ私もそろそろ後ろ盾が欲しくてさ。度量の広い、いい男でも知らないかい」
「いるぜ」
又五郎がニヤリとした。
又五郎が鎮葉を伴って権十郎一家に戻ったのは戌ノ刻であった。
賑やかな声がもれ出ている。どうやら酒宴でも開かれているらしい。おそらくは滋の仕向けたことであろう。
部屋に案内されると、案の定宴の最中であった。
上座にでっぷりと太った男が座している。権十郎だ。
両隣にカノンと滋を侍らせている。時折権十郎が唇を寄せたり、または胸元に手を潜り込ませようとしているようだが、滋がたくみにかわしているようだ。
カノンは素知らぬ顔で横をむいている。が、瞬間的に発せられるカノンの殺気からして、むかついていることは明白だ。依頼が終わった時、権十郎が果たして無事でいられるか。鎮葉は苦笑した。
「親分」
又五郎が権十郎の耳に口を寄せた。すると権十郎がニタリとした。
「俺が力になってやるぜ」
権十郎が盃を差し出した。それを受取り、鎮葉が口をつける。ちらとあげた眼のなんたる妖艶さか。
権十郎だけではなく、その場にいた子分どもでさえごくりと唾を飲み込んだ。
「お、おい」
「ちょっと待って」
権十郎の手を軽く払い、鎮葉が立ち上がった。
「ど、どこへいくんだ?」
「野暮なこと、聞かないで」
鎮葉が部屋を後にした。
厠にいくふりをし、気配を探る。何もない。しかし――
鎮葉は囁くような声を発した。
「彬」
「ここだ」
廊下の天上から人影が舞い降りて来た。音もなく降り立つ。彬であった。
「何かわかったか」
「沙季の祟り。与之助がそうもらしていたらしいわ」
「沙季? 何者だ?」
「そこまでは‥‥で、あんたの方は?」
「隠し部屋でもないかと探したが」
「見つからなかった?」
「ああ。だが、白蓮が下手人と接触した」
「えっ」
思わず鎮葉は大きな声をあげた。慌てて声を低め、
「下手人と接触した、ですって?」
「そうだ。下手人の名は銀平という名の少年だ。芳純の見た過去の映像と人相が一致した」
「で、その銀平って子はどうなったの」
「行方はわからんそうだ」
彬は告げ、そして鈴の聞き出した情報を付け加えた。
「庄太に銀平、そして沙季、か。下手人は銀平として、問題は理由ね」
「それは宿奈にやってもらう」
彬は眼を閉じた。
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権十郎一家の庭の片隅に身を屈ませた人影があった。
二つ。白蓮と、彼女が手引きし侵入させた宿奈である。
「尾上殿は何と?」
「一人、様子がおかしい者がいるから探れ、と」
答えると、芳純は呪力を展開させた。
エックスレイビジョン。
芳純の眼は分子構造をすり抜けるようにして障子戸を透かし見、そして一人の男の姿をとらえた。
「記憶を読ませてもらいますよ」
ギンッ、と芳純の眼が夜目にも光った。
「そういうことですか」
ふっと芳純が溜息を零したのは一瞬後のことであった。
「わかった」
のか、と問おうとして白蓮は声を途切れさせた。障子戸が開いた故だ。
姿を見せたのは又五郎であった。廊下を進む。むかっているのは玄関だ。
白蓮が唇を噛んだ。
「奴、どこへ?」
「賭場です」
滋の念による報せを芳純が告げる。すっと白蓮が立ち上がった。
「任せろ」
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鼻歌まじりに又五郎が夜道をゆく。その後を尾行ることなど白蓮にとっては造作もないことであった。
「今宵、来るか」
白蓮が呟いた時だ。又五郎の足がとまった。
又五郎の前に小さな人影がある。銀平だ。
「又五郎だな」
「何だあ、小僧」
「死んでもらうぞ」
銀平の眼から赤光が放たれた。刹那、白蓮が飛び出した。
「待て、銀平!」
「あ、あんたは!」
銀平の口から愕然たる声がもれた。
「昼間の‥‥そうか。こいつらの仲間だっだんだな」
「違う。けれど、この男を殺させるわけにはいかない」
「邪魔するな」
銀平が叫んだ。
と、又五郎が足を踏み出した。
「何だあ、てめえら。殺すの殺さねえの、好き勝手ほざきやがって」
又五郎がじろりと銀平を睨みつけた。
「小僧。どうやらてめえが与之助達の殺しに関係があるようだな。面白え。とっ捕まえて、裏を吐かせてやるぜ」
「やってみろ」
銀平が云った。
刹那だ。銀平の身体から異様なモノがずるりと現出した。
それは炎をまとった巨大な蜥蜴に見えた。放射する高熱量のために周囲の板塀や木々がぶすぶすと燻りだしている。
「ば、化け物!」
さすがに又五郎がたじろいだ。
その脇をすりぬけるように疾る影があった。鈴だ。
が、突如鈴が飛び退った。その足元に手裏剣が突き刺さっている。
「これは――」
鈴の眼が手裏剣の射軸を追った。
民家の屋根の上。黒い影が蹲っている。
「飯綱衆!?」
「うぬらの手にはわたさぬ」
黒い影がこたえた。
その一瞬後のことである。小太陽にも似た炎球が炸裂した。
「くっ」
苦痛の呻きは白蓮の口からあがった。その背が灼けている。又五郎を爆裂から庇ったのだ。
「もうやめるんです」
もう一人、地を馳せる者があった。潤信だ。
きらり、と月光がはねた。夜気に澄んだ音がひとつ。
黒い影の放った手裏剣を鉄扇で受け、潤信が瞬く間に銀平との間合いを詰めた。ともかく捕らえるつもりである。そうせねば話にならない。彼の拳は悪のみを打ち砕くものだから。
「ぬっ」
潤信が足をとめた。その眼前に紅蓮の炎壁が立ちはだかっている。
「待ちなさい!」
「邪魔するな。そいつは生かしておいてはいけないんだ」
炎の壁のむこうで銀平の影が躍り――消えた。