【大神】黒帝

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:12人

冒険期間:05月05日〜05月10日

リプレイ公開日:2008年05月13日

●オープニング

 白光と銀光が交差し――
 鋭い矢は、一匹の狼を刺し貫いた。が、続けて迫った狼に首を噛み裂かれた。
 絶叫はすぐに途絶えた。
 が、それより先に、狼の群れが殺到した。
「荷を守れ!」
 男の一人が叫び、荷車を振り返った。狼の為に押し手を失った荷車は傾き、積荷の毛皮が崩れている。
「ええいっ!」
 怒号をあげ、男は山刀を引き抜いた。
 刹那だ。黒い颶風が疾った。
 それが地に吹き溜まり、そして漆黒の巨狼の姿をとった時、初めて男は自身の肘から先が消失している事に気づいた。
「おがあぁぁぁぁ」
 男の口から悲鳴とも呻きともつかぬ絶叫が迸り出た。
 が――
 再び夜色の疾風が吹いた時、絶叫はぷつりと途絶えた。

「‥‥お、長様」
「わかっている」
 憎悪にゆがんだ顔をあげた男を見下ろす村長の眼は、いっそ冷淡ですらあった。
「もはや黒帝を見逃すわけにはいかぬ」
「では、山狩りを」
「うむ」
 村長は肯いた。
「黒帝を殺す。そして狼どもは根絶やしにしてくれよう」


「ほう」
 酒を呑みほすと、新撰組十一番隊組長・平手造酒は楽しそうにニヤリとした。
「その狼‥‥黒帝って野郎、しゃべりやがったかよ」
「皆殺しにする、と」
 新撰組十一番隊伍長・不破蘭子が云った。
「ただの狼退治で終わらねえとは思っていたが‥‥どうやら根は深そうだな」
「修験者の事もあります」
「それよ」
 平手の顔から笑みが消えた。代わりに、その眼に剣呑な、彼自身野生の狼と化したかのような光がやどった。
「石押分之子の事もある。どうにも隊士の聞いた咆哮とやら、ただの狼の吼え声とは思えねえ。大口真神、ひょっとすると、ひよっとするかもしれねえぜ」
「大口真神‥‥」
 さしもの蘭子の口から暗澹たる声がもれた。
 蘭子が調べたところによると、大口真神とは狼の神格化であるらしい。人語を解し、人の性質を見分ける力を有し、善人を守護し、悪人を罰するものと信仰されたというが――単なる神話上の存在であるといえぬところに恐怖がある。現に石押分之子という国津神が実在し、復活を遂げつつあったのだから。もし新撰組十一番隊がいなければ、今頃はどうなっていたか‥‥
「蘭子」
 杯をおき、平手はやや痩せた顔をあげた。
「隊士と冒険者を呼べ。大口真神はともかく、黒帝ををこのまま捨ておくわけにはいかねえ」

●今回の参加者

 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb1624 朱鳳 陽平(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2408 眞薙 京一朗(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2585 静守 宗風(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3393 将門 司(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

大神 総一郎(ea1636)/ ゴールド・ストーム(ea3785)/ 御神楽 澄華(ea6526)/ 橘 一刀(eb1065)/ 将門 雅(eb1645)/ 明王院 未楡(eb2404)/ 玄間 北斗(eb2905)/ 所所楽 柊(eb2919)/ マイユ・リジス・セディン(eb5500)/ 鳴滝 風流斎(eb7152)/ 九烏 飛鳥(ec3984)/ アレット・ロティエ(ec4865

●リプレイ本文


 中天に太陽は燃え、初夏というのに降りそそぐ光は灼けるように熱い。風が涼やかであるのがせめてもの救いだ。
 七人の冒険者達は、濃い緑の中、村へと向かっていた。
「俺はどうも腑に落ちぬのだ」
 ぽつりと、一人の壮年の男がもらした。紫色の華国風の衣服を纏った、岩のような体躯の持ち主で、踏み出す歩一歩に溢れる精気を噴き零している。
 明王院浄炎(eb2373)。戦い忘れた者の為の牙たりうるを目指す彼は、
「山と共に生きる者が、何故その様な愚かな事に手を染めたのかが」
 云った。
 前回の冒険において、騒動の端緒が村人の行動である事を冒険者達は掴んでいる。山の民として本来敬うべき神域を、村人自らが冒したのだ。
「黒帝だって変だよ」
 マキリ(eb5009)がこつんと石を蹴った。
「黒帝が村人を激しく攻撃するのは何でだろ? 神域を侵しただけなら俺達だって谷に入ったし」
「もしかすると」
 突然、朱鳳陽平(eb1624)が足をとめた。新撰組十一番隊隊士である彼は、金色の光を放つ眼を僅かに開いた。
「修験者がからんでいるのかもしれねえ」
 陽平は云った。
 前回和泉みなも(eb3834)が一瞬目撃した修験者が、もし岩戸山の村に現れた修験者と同一人であるのなら、事はどす黒い様相をおびる事となる。何となれば、その修験者どもは石押分之子なる国津神を復活させる為、多くの村の娘を生贄としていたからだ。
 うむ、と肯いたのは浅黄の羽織を身につけた、怜悧な面持ちの侍だ。
 新撰組十一番隊隊士。名を眞薙京一朗(eb2408)という。
「神の宿る地に修験者とは、また気に入らぬ組み合わせだ。よもや残党か?」
「その可能性はあるな」
 ぼそりと答えたのは、ひやりとする剣気を漂わせた男で。まるで漆黒の死神を想起させる、新撰組十一番隊隊士であるこの男――静守宗風(eb2585)は口をゆがめると、
「今度は大口真神を蘇らせるつもりか」
「いや」
 京一朗はかぶりを振った。
「大口真神はすでに在る、と俺は見る」
「何っ」
 宗風の表情が微かに変わった。ものに動じぬこの男にしては珍しい。
「神は、すでに在ると?」
「ああ。黒帝達を抑えた咆哮‥‥気になる」
「確かに、な」
 四人目の新撰組十一番隊隊士、将門司(eb3393)が思案深げに眼を眇めた。
「俺は直接黒帝と刃を交わした。せやから、わかる。あの黒帝を抑える事のできる者は――」
「ふん」
 ウィルマ・ハートマン(ea8545)が、騎士らしくもない冷笑を浮かべた。
「黒帝だか何だかしらないが、獣は獣、悪霊は悪霊だろう。神など、信者がいればイワシの頭でも悪魔でもなれる」
「どういう意味や?」
「単純に畏れ入る事などないという事だ」
 ウィルマはさらに冷笑を深くした。そして女とは思えぬ凄愴の光を眼にためた。
「俺はやるぞ。人を殺した獣は可能な限り狩るべきだからな」
「待てよ」
 眉を逆立て、陽平がウィルマの前に立ちはだかった。
「ちいっとお前さんの思考は危険だな。俺達が相手にしようとしてるものは単なる獣にあらず、神や精霊だぜ。下手に手出ししようものなら、交渉どころの騒ぎじゃなくなっちまう」
「交渉か」
 ウィルマがぎらと陽平を睨みつけた。
「その言葉、狼に殺された遺族に云えるか? ただの獣でなければ許されるなど、ジーザス教にでも云ってやるんだな。ふん」
 ウィルマは再び笑った。嘲りの混じった笑みを。
「新撰組は鬼より恐い‥‥というから、どれほどのモノかと思っていたが、存外にあまい」
「何だと、てめえ!」
 陽平がウィルマの胸倉を掴んだ。
 と、その腕を掴んだ者がいる。浄炎だ。
「ここで争ってどうなる? その闘志は後にとっておけ」
 静かな声音で浄炎が云った。


 パラの浪人、橘一刀がどさりと書物をおいた。ふわりと埃が舞い立つ。
 薄暗く、ひんやりとした御所の図書寮。みなもはふうと溜息を零した。
「何かわかったのか」
 一刀が問うた。
「少しは」
 みなもは答えた。
 朝から図書寮にこもり、みなもは大口真神と眷属について調べていた。が、わかったのは神話上の伝承のみだ。
「大口真神は狼の姿をした神のようですね。人の言葉がわかり、人の本質を見抜く力をもっていたようです」
「狼――大神か」
 大神総一郎がぽつりと呟いた。
「古来、そのようにじゃぱんの人々はとらえていた。その事は陽平にも告げたが」
 ある種の感慨を込めて総一郎は云った。彼の属する御影一族の別名は天狼という。総一郎の姓である大神はそこからの派生であった。
「しかし神の理と人の理‥直接交わって、いい結果になった話は聞かねぇな」
 書物から顔をあげ、所所楽柊は溜息を零した。凝った首を音をたてて動かす。
 近年、突如姿を見せ始めた神々。井氷鹿、石押分之子、さらには猿田毘古神など、あまり人と良い関係は結べていないようである。
「それじゃあアカンのやろけど」
 将門雅が肩を竦めてみせた。
 本来ジャパンは八百万の神々が住まう国、人と神の共存する知でった。然るに昨今のジャパンはどうだ。人は神を敬う心をなくし、自然を我が物顔に蹂躙している。
「問屋に聞いてみたんやけど、確かに村からの毛皮の流入が増えているらしいわ」
「村の規模を考えるに、生活するに困らぬ範囲を超えているようです」
 巫女姿の清楚な女性が付け加えた。名を明王院未楡といい、彼女は浄炎の妻であった。
「ねえ」
 未楡が玄間北斗に微笑みかけた。元来、未楡は他人との交渉事は得手ではない。それを補ってくれたのが飄然たる忍びの北斗であったのだ。
 北斗が片目を瞑ってみせた。
「なのだ」
「そう」
 みなもが小首を傾げた。
「おそらくは村長の指示なのでしょうけど‥‥村長とはどのような人物なのでしょうか」
「なかなかのやり手らしい」
 マイユ・リジス・セディンが答えた。
「前村長の娘であるらしいが」
「父親は穏やかなだけが取り柄の人物であったらしゅうござるな。それが亡くなり、後を継いだようでござる」
 鳴滝風流斎が云った。すると九烏飛鳥が灼熱色の髪を揺らし、勝気そうな眼をあげた。
「その村長、おかしいで」
「おかしい?」
 問うみなもに、飛鳥が肯いてみせた。
「その村、そう貧しくはない。せやのに神に喧嘩売ってまで猟域広げよういうのは、どう考えても変や」
「そうですね」
 しばらく沈思すると、やおらみなもはフライングブルームを手に立ち上がった。そろそろ発つべき時が来た。
「村長の名は確か仙。‥‥じっくり見てきます」


「新撰組よりお願い申し上げる。今暫く我等に猶予を頂けまいか?」
「何だって?」
 村長宅。三十代後半の年頃の美しい、落ち着いた物腰の女が眉をひそめた。村長の仙である。
「馬鹿な」
 仙の眼に険がはしった。
「これは村の事だ。余計な口出しはやめてもらおう」
「とは、いきませぬ」
 京一朗の、湖面の如き聡明な瞳が村長を見返した。
「都への物流や人足を守るも治安維持の一貫。新撰組としても見過ごしにはできませぬからな。また朋の父御達の件に関しても調査の命が下り申した。故に、我ら隊士の妨げにならぬよう、其の間騒ぎをおこさないでいただきたい」
「ううぬ」
 仙は歯を軋らせた。
 黒帝討伐の出鼻を挫かれたようで業腹だが、相手は新撰組だ。下手に逆らうわけにはいかぬ。
「わかった。しばらく騒ぎはおこさないでおこう。が、それも僅かの間だ。いくら私でも、そうそう村の者をおさえておく事はできぬからな」
「承知した」
 京一朗は立ち上がり、村長宅を後にした。
 刹那、京一朗は肌がそそけ立つのを覚えた。
 殺気だ。村に満ち溢れている。
「悠長な事はしていられぬな」
 向かい風むかい、京一朗は足を歩みだした。


 黒い谷。
 その渾名通り、木々は鬱蒼と茂り、樹下は薄闇のような暗さだ。
 その暗き中、ウィルマは地にしゃがみ込んでいた。
「どうした?」
「足跡だ」
 マキリの問いに答えると、ウィルマは足跡に眼を近づけた。
 痕跡一つあれば、ウィルマにはおおよその事はわかる。数や体格、さらには健康状態に年齢までも。その朝に何を食したかまで判別できる。
「うん?」
 一際大きな足跡がある事にウィルマは気づいた。おそらくは黒帝のものだろう。森の奥へと続いている。
 さらには幾つかの人の足跡。こちらも最近のものだ。
「そこが営巣地か」
 ウィルマは立ち上がった。そして仲間を呼び寄せる。
「大体の当たりはついた。迂回して営巣地を目指そう」
「へえ」
 マキリが感嘆の声をあげた。自然を友とするカムイラメトクでもそこまではわからない。
「でも迂回しなくてもいいんじゃないかなあ。このまま歩いていけば、むこうから出てくるだろ」
「出迎えてもらう必要はない。追い詰めるのは俺達の方だ」
 云い捨てると、ウィルマは振り返りもせず足を踏み出した。

 キャッキャッ騒ぎながら、子供達が遊んでいる。凄惨な事件が続いたこの村には珍しい事だ。
 と――
 そう思って良く見れば、違う。皆子供ではない。中に一人、大人が混じっている。見た目は子供と変わらぬような――みなもであった。
「はあはあ、次は自分が鬼ですよ」
 荒い息をついてみなもが両手を振り上げると、子供達が歓声をあげて逃げ出した。それを追おうとして――
 ふと、みなもは足をとめた。そして首を傾げる。
(何してるんでしょうか、自分は‥‥)
 みなもは駆け回る子供達を眺めた。どの子供の顔にも笑顔が溢れている。それは命の煌きだ。
 みなもの金銀妖瞳が輝いた。太陽と月の光を集めたように。
 今は共に遊ぼう。小さな魂にはそれが必要だ。
「捕まえますよ」
 子供達を追って、再びみなもは駆け出した。


「この先だ」
 ウィルマが仲間をとめた。
 谷の奥。冒険者が辿ったのは獣道であった。
「営巣地があるはずだ」
「おめえはどうするんだ?」
 陽平が問うと、ウィルマはふんと笑った。
「心配するな。面倒事が起きれば援護してやる」
「そうかよ」
 顔を背けて歩みだした陽平だが――宗風が不審な面持ちで佇んでいる事に気づき、足をとめた。
「どうしたんだ宗風サン」
「修験者の事だ」
 宗風が眼をあげた。
「森の奥に続く足跡は村人のものではなかろう。となれば考えられるのは修験者だが‥‥何故、奴らは黒帝に襲われぬのだ?」

 京一朗はゆったりと口を開いた。
「黒帝と話しました」
「何っ」
 老人の顔が強張った。
「馬鹿な。あれは確かに頭はエエが、まさか口をきくはずが‥‥」
 老人が声を途切れさせた。京一朗の眼から、それが冗談ではない事に気づいたのだ。
 老人は震える声を出した。
「本当なのか、それは」
「ええ。どうやら黒帝は村の者を根絶やしにするつもりであるようです」
「恐ろしや」
 老人が手を合わせた。
「もしおぬしの話が本当ならば、黒帝はきっと大口真神様の使いじゃ。その使いに逆らうなど‥‥わしたちは何という事をしてしまったのじゃ」
「だからこそ、我らが来た」
 京一朗が老人の手を掴んだ。
「事をおさめる為に教えてほしい。村長の様子に、最近変化が無かったか。もし有ったとするなら、其れは狩場を広げ始めた時期と合致しないか」
「そういえば‥‥」
 記憶をまさぐるように、老人が眼を瞬かせた。
「仙は、いやに強気になりおった。修験者に護摩供養をしてもらってからな」
「修験者!」
 闇天の星のように、京一朗の眼がぎらと光った。


 むくり、と巨大な闇が身を起こした。
 漆黒の毛並みを持つ巨狼。黒帝である。
「ホホウ」
 黒帝の口が歪んだ。笑ったように見える。
「コノ前ノ人間ドモダナ。殺サレニ来タカ」
 黒帝が云った。瞬間、数十匹の狼が散開し、低い唸り声をあげる。煮え立った獣気が辺りに満ちた。
「待て!」
 司が片手をあげた。
「黒帝! 俺らは闘いに来たんやない。話をしに来たんや」
「話、ダト」
「そうだ」
 陽平が両手をあげた。戦意のない証として。浄炎も宗風も得物を放し、傍の木に立てかけた。
「ここには大口真神が住まうと聞く。神聖な場を血で穢すのは冒涜になってしまうからな」
 陽平が云った。
 その瞬間だ。黒帝の身から急速に殺気がひいた。どうやら大口真神の一言がきいたようである。
「話トハ、何ダ」
「理由を訊きたいんだよ」
 マキリが云った。
「今回の争いを、カムイ達が理不尽に起こしてるものと思えないだ」
「何か理由があるんやろ、賢き獣よ」
「知ッテ、ドウスル」
 司にむかって、黒帝はぞろりと牙を剥き出して見せた。
「村ガアル限リ、コノ地ハ穢サレ、蝕マレテイクダロウ。人間、滅ブベシ」
「待ってくれ」
 浄炎が声をあげた。
 気迫のこもった音声。空気すら震わせたそれに、黒帝がちらと眼を動かした。
 浄炎が一歩踏み出し、云った。 
「神は――大口真神は善人を守護し、悪人を罰する存在として畏怖を持って信仰されし神。ならばわかるはずだ。村の中にも善き心を持つ者がいる事が。山の掟は自然との共存共栄。それを破った村に責はあるかもしれぬ。が、その善き心をもった者に責はない」
「どうして、そんなに村を憎むの?」
 問うたマキリであるが――すぐに、彼ははっと眼を見開いた。
 黒帝の背後の樹の陰。一匹の子狼が横たわっている。
 黒帝と同じ漆黒の毛並みを持つ子狼。どうやら瀕死の傷を負っているようだ。
「まさか」
 はじかれたようにマキリは顔をあげた。
「聞いて、黒帝。もしかしたら、この地のカムイを利用する為に村人――」
 刹那、何かが空を裂いて飛んだ。
 一瞬後、二つの影が動いた。一つは横に飛んだマキリであり、もう一つは抜刀しつつ地を馳せた宗風である。
 二つに切れた錫杖が地に落ちた。
「うぬら!」
 宗風の刃のような視線が飛んだ。その先――数名の修験者が佇んでいる。
「生きておったか」
 一人――能面に似た仮面を被った修験者がくつくつと嗤った。
 その時だ。突如、仮面が割れた。
 ウィルマの矢の仕業――そうと気づくより早く、冒険者達は愕然たる呻きを発している。
 仮面の下から現れたもの。それは人のものではなかった。
 干からびた土色の皮膚。木乃伊の顔だ。
「黄泉人!」
 反射的に陽平が七支刀に手をのばした。が――
 陽平の指は凍結した。森を――いや、世界全てを震撼させるかのような、天にむかってひしりあげられた雄叫びの為に。
「どうやら神はお怒りのようだ」
 黄泉人は唇の端をニィと吊り上げた。
「この地で争うのはまずかろう。ここは退散するとしようか」
 修験者達が背をむけた。そうと知っても冒険者達は動かぬ。
 いや、一人――
 陽平のみは、遠くなる黄泉人の背にむかって指を突きつけた。
「てめえらの勝手にゃさせねえぞ。必ず新撰組が守ってみせる」
「何ヲ守ルツモリダ」
 黒帝の眼が鬼火のように光った。対する陽平に怯えはない。むしろニッと笑うと、
「神域を冒した者が仕方ねえが、何も知らぬ者へは手は出させねえ。それから、おめえらにも」
「デキルカ」
「できる!」
 陽平は、握り締めた拳を顔の前に掲げてみせた。
「新撰組は、正しき者を守る剣であり、盾だ」