【風雲】御所宴

■シリーズシナリオ


担当:御言雪乃

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:13 G 32 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月21日〜01月05日

リプレイ公開日:2010年01月03日

●オープニング


 御所を奥に進む者があった。
 怜悧な相貌の裡に刃の煌きを蔵した男。上杉謙信である。
 謙信は謁見の間に座すると、瞑目した。ややあって眼を開いた時、さすがの謙信の顔に驚愕の色が滲んだ。
 彼の前に上品な顔立ちの少年が座している。安祥神皇だ。それは驚くにあたらない。
 それよりも――
 神皇の隣に座した若者。神々しいといってもよいほどの美貌の持ち主。不羈奔放なる微笑を唇の端にためたその者こそ――
 北条早雲!
 謙信の視線に気づいたか、少年王は破顔した。
「早雲公にらは親王として力を貸していただくことになった」
「そういうわけだ、謙信公」
 早雲は微笑を深くした。

 安祥神皇は強くならねばならぬと心に決めていた。未曾有の国難にあたり、誰よりも強くあらねばならぬ、と。
 が、やはり神皇は少年である。頼る心は捨てきれぬ。
 そこに現れたのが早雲であった。ジャパン最強の英雄である日本武尊の転生者であるという。頼ることのできる親族の少ない神皇の心が傾かぬはずがなかった。
 とはいえ、諸手をあげて神皇は心を寄せたのではない。
 以前より神皇は早雲に好意をもっていた。その美しさに、その大胆不敵さに。
 その早雲が今や親王となった。神皇は兄のように早雲を慕っている。
「親征には同行してはもらえぬのか」
 神皇は顔に落胆の色が広がった。庭を眺めていた早雲は慰撫するような微笑をむけると、
「ご心配なされまするな。親征には謙信をお連れなさればよい。軍神と呼ばれるほどの男。必ずや死者の軍を蹴散らしてくれましょう。それより」
 歩み寄ると、早雲は神皇の前に座した。
「第六天魔王の動きが気になりまする。このまま捨ておかば、必ずやジャパンを覆う暗雲となるは必定。後顧の憂いなく親征に赴かれまするよう、東国は私にお任せいただきたく」


「冒険者を呼ぶ?」
 柱に背をもたせかけた若者が声をあげた。
 精悍なる風貌。ただならぬ気をまといつかせている。
 風魔一族頭領、風魔小太郎であった。
 ああ、と早雲は肯いた。
 早雲は伊達政宗と密約をかわしていた。いざとなれば裏切り、源徳家康を討つと。
 とはいえ早雲としては家康と政宗を天秤にかけただけである。裏切るのは政宗の方であってもかまわない。
 ともかくその機のために早雲はひたすら戦力の温存をはかった。家康が北条軍を前線よりさげてくれたのは早雲にしてみれば願ったりかなったりであった。
 江戸城決戦の時にかならずその機は訪れると早雲は読んでいた。家康は北条を疑っているとしても、完全には疑いきれない。その弱み焦りが早雲のつけめであった。
 そして早雲は北条軍を家康本陣の近くに展開した。源徳から使者が来たようだが黙殺した。いいわけなど後から何とでもできる。今となってはその必要もなくなったが。
「裏切り者と呼ばれることが気になったか」
 小太郎がからからように笑ったが、返す早雲の笑みは嘲りがこもっていた。
「馬鹿な」
 早雲は云った。
 源徳に与する者は早雲を裏切り者と呼ぶ。これは何を勘違いしているのであろうか。
 北条は感服して臣下の礼をとったのではない。脅し賺しによって臣従させられたのだ。
 例えば罪人が逃亡の際に女を拉致し、陵辱し、連れ去ったとする。その女が罪人の隙をついて討ったとして、それを裏切りと呼ぶだろうか。
 自らに都合の悪い事象を悪と断じる精神はどういうものであろう。その単純さに早雲は呆れるばかりであった。
「それよりもこれを見せたいんだ」
 早雲はきらびやかな衣服をみせた。皇族としてあらたに作ったものだ。
 小太郎がふんと鼻で笑った。
「馬子にも衣装ってか」
「まあな」
 笑み返すと、早雲もまた小太郎の隣に座し、柱に背をもたせかけた。
「政宗だがな」
「うん?」
 小太郎がちらりと視線を動かした。
「政宗がどうした?」
「家康を討った恩賞には何が欲しいかと政宗がきいてきたので小田原とこたえておいた。それと江戸城の地下、とな。いずれ小田原は冒険者にでもくれてやるつもりだ。大久保にくれてやることも考えたが、どのみち将来は取り上げるんだ。変な夢をみさせてやることもあるまい。ところで」
 早雲はニヤリとした。
「政宗で思い出したが‥‥。政宗が家康の身体を寄越せといってきたよ」
「ほう。で、何と答えた?」
「焼き捨てた」
「信じたか、奴?」
「さあな。信じるか否かは勝手さ」
 早雲の笑みが深くなった。
 家康の身体はどうなったか。それは早雲と小太郎の胸の中にのみ秘されている。
 早雲は云った。
「そんなことより、冒険者だ。茶会を開く。一人、招きたい奴がいるんだ。冒険者とそいつを会わせておくのもよかろうと思ってな」
「誰だ、そいつは」
「明智光秀」
 早雲は答えた。

●今回の参加者

 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea2989 天乃 雷慎(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea8619 零式 改(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb5422 メイユ・ブリッド(35歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0244 大蔵 南洋(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ヴェニー・ブリッド(eb5868

●リプレイ本文


 江戸から大坂へむかう船があった。
 中に異風の八人の姿が見える。
 浦部椿(ea2011)。
 天乃雷慎(ea2989)。
 零式改(ea8619)。
 渡部夕凪(ea9450)。
 磯城弥魁厳(eb5249)。
 メイユ・ブリッド(eb5422)
 リン・シュトラウス(eb7760)。
 大蔵南洋(ec0244)。
 北条早雲(ez1161)の招きに応じ、御所で催される茶会に臨む冒険者達である。
 荒い息をついて向日葵のような娘が腰をおろした。
 雷慎。はしゃぎすぎたのである。
「やっぱ船って気持ちいいなー」
 雷慎はちらと眼をあげた。
「ね、浦部サン」
「そうだな」
 冷たい風に純白の髪をゆらせ、椿は肯いた。薄紅色の衣の裾もゆれる。鴇が束の間舞い降りたかと思わせる姿であった。
「さて、と」
 遊ぶのにも飽きたか、雷慎は軽々と身を起こすと、懐手をしている女侍に歩み寄っていった。夕凪である。
「渡部サン、教えてもらえるかな」
 雷慎が問うた。内容は彼女がかかわっていない間の早雲の動きである。
 この年後半、関東は大争乱の只中にあった。ジャパンに住む者なら否応なくある程度の情報は耳にするものだが、そこは雷慎である。政に関することは無頓着であった。
「いいよ」
 夕凪は語って聞かせた。ややあって雷慎が唸る。やはり関東の争乱の目であったのは早雲であったか。
「源徳にしてみれば裏切り者だがね」
 夕凪は苦く笑った。多少の嘲りをこめて。
「北条は元より雌伏さ。源徳に屈服したわけじゃない。国の為、抗戦を選べぬ状況下で滅びるか従うかと強いられた者達は‥味方にはならぬ。兵と同数の敵が増えるのみ。他には勝手としか映るまいが、此れは北条として真っ当な言。其が立場の違いというものだ」
 夕凪は云った。
 裏切りというが、元々源徳と北条の間に信義はあったか。ない。信義のないところに裏切りなどあるわけがなかった。
 あるとすれば功利であろう。ある者は源徳につくことが北条にとって利があったからという。その通りだ。そして源徳もまた。北条を従えることは源徳にとって利であったのだ。
 源徳と北条。そこにあるのは、所詮は利と利である。計算である。そこに正義や信義など入り込む余地は欠片ほどもない。
 北条の信義が欲しければ、端から源徳は礼をもって接すればよかったのだ。力で相手をねじ伏せる所業のどこが正義というのだろうか。
 それに、どうやら源徳が攻撃を控えている最中に反源徳側が一方的に攻撃を加えたように流布されているが、事実は違う。あれは戦であった。家康は攻め、反源徳も攻め、結果、家康が討たれただけのことだ。もし戦の最中に気を許したのなら、それは家康が間抜けであったにすぎない。
 その夕凪の言葉を、じっと魁厳は聞いていた。
 彼としては複雑な心境だ。なんとなれば魁厳は達家家臣であるからだ。
 確かに早雲は家康を討った。その意味では伊達の味方であるといえる。
 が、本当にそうか。そうとはいいきれぬものを魁厳は早雲に感じている。
 その魁厳の心中を知ってか知らずか、じっとその背を見つめている者があった。
 燃えるような真紅の髪に鋭利な瞳の持ち主。改である。改は北条家家臣の忍びであった。
「哀しいことですね」
 ふっと呟いたのはメイユであった。貴族めいた美麗な相貌を曇らせる。
 早雲はおそらくは最高級の英雄の一人だ。が、英雄故に気づかぬこともある。
 この国は英雄の名の下に余りにも多くの血を流し、余りにも多くの哀しみが大地を覆うようになった。英雄はあまりにもその心身が高みにあるため、大地を這う血の赤さに気づかぬようになっているのだ。
 メイユは冒険者だ。故に英傑と呼ばれる多くの武将を知っている。
 源徳家康、平織虎長、藤豊秀吉、上杉謙信‥‥。
 戦国と化した現在のジャパンには、それこそ綺羅星のごとく英雄が満ち溢れている。その中でも北条早雲は一際人間臭い存在ではないだろうか。
 その早雲ならば、とメイユは思うのだ。欲と権力のためでなく、弱き者たちを守るために戦ってくれるのではないか、と。
 と、メイユの思考は突如途絶えた。一人の侍が彼女の眼前を塞いだからだ。
 苦みばしった、といえば聞こえはいいが、どこか不機嫌そうな面つきの男。南洋である。
 南洋は現実的な男であった。冷静に計算し、今必要な行動をとる。
 この場合、必要な行動とは自身の守りであった。その思考にしたがい、南洋は先ほどからずっと周囲の様子をさぐり、警戒していた。
「うん?」
 一人の娘の後姿を見とめ、南洋は眉をひそめた。
 それはよく知っている者の背だ。が、様子がおかしい。
「どうした、リン殿」
「あ――」
 リンがそっと目元に指をはわせた。
 泣いていたのか。南洋は言葉を失った。
 リンは微笑むと、
「文句じゃないの、文句じゃ。私たち、早雲様の忠実な臣下ですもの。でも早雲様はいつも一人で‥‥。まるで風か雲のよう。私たちの心配なんか知らん顔で。それが悔しくって」
「そういうところに我らは惚れたのだ」
 南洋がリンの肩に手をおいた。
「そうだろう?」
「うん」
 リンがこくりと肯いた。


 ふるふると雪がひとひら、ふたひら舞い落ちてきた。
 御所の茶室。その待合の間である。
 それぞれは、それぞれの風情で。
 椿は黙然と座し、魁厳は瞑目している。
 メイユは華やかに装い、リンは竪琴の調律に余念がない。
 改はといえば、顔色やや青ざめ、緊張の態だ。白鳥羽織と白ずくめの装束をまとっているが、どこか似合っていない。やはりこの男には黒装束が似合う。
「宮中でのお茶会とは‥‥。どうも慣れぬことゆえ、戦場に赴くより緊張するでござるな」
 ふっと息をつく。とはいえ、その眼は油断なく周囲の様子を探っていた。
 その傍らには雷慎。そわそわと、落ち着きなくお尻をもぞもぞさせている。よほど物珍しいのか、きょろきょろと周囲を見渡し――
「あっ」
 床の間の掛け軸に興味がわいたのか、立ち上がろうとし、雷慎は南洋に袖をひかれた。
「天乃殿、落ち着かれよ」
「えへ」
 雷慎が頭をかく。夕凪が苦笑した。女姿をしている。早雲が見てどんな顔をするだろうか。
 と、一人の男が案内されて待合に入ってきた。
 侍だ。立ち居振る舞いから、どうやらどこぞの武将と見えたが、あまり剛なるところは窺えない。むしろ学者然とした風貌をしている。
 誰か――
 冒険者達が心に思った時、案内の者が現れ、一同を茶室に案内した。
 冒険者達が席入りし、ややあって茶道口から一人の男が姿をみせた。
 神秘的なまでに美しい若者。北条早雲だ。
「お招きいただき、ありがとうございまする」
 最後に入室した侍が挨拶した。早雲が破顔する。
「これは明智光秀殿。よくぞおいでくだされた」
 早雲が座した。菓子が運ばれてくる。
 南洋と魁厳の視線が素早く動いた。光秀の横顔を盗み見る。
 明智光秀といえば、平織家の有力武将の一人だ。それが何故この場に――
 光秀が菓子に口をつけた。他の者も続く。
 幾許か後。早雲が茶をたてはじめた。通常は亭主と点前をする者がいるのだが、どうやら早雲がかねるようだ。
 一人の娘が茶を光秀に配した。早雲は子供のような熱心さで茶をたてつづけている。
「明智殿」
 南洋が小さく口を開いた。
「北条家家臣、大蔵南洋と申しまする」
「明智光秀と申す」
 光秀かゆるやかに会釈する。
「平織家家臣でござる」
「存じ上げております。明智殿は高名でありますからな。しかしわざわざ御所まで参られるとは、明智殿においては尊王の思想、さぞかし篤きことでござろうな」
「無論でござる」
 光秀は大きく肯いた。
「神皇家こそ、我――いや、ジャパンの民人すべての君。なんでないがしろにできようか。いかなる大事がござろうと、親王様のお招き、断ることはでき申さぬ」
 ちらりと夕凪の視線が動いた。南洋のそれとからみあう。南洋がひそやかに切り出した。
「それはよき心掛け。まさに私も同感でござる。さればひとつ明智殿にお聞きしたきことが」
「何でござる?」
「もし明智殿の主君たる虎長公と神皇様の歩む道、行き違ったならば、明智殿はどちらにお味方なれさるご所存か」
「何っ」
 光秀の眼が見開かれた。が、すぐに平常の態に戻ると、
「それはどういう意味でござるか」
「さして意味はござらん」
 南洋は口元だけを綻ばせると、
「戯言でござる。もしも、と思いつきましてな」
「私は」
 光秀は南洋から眼をそらせた。
「平織の家臣でござれば」
「左様でござるか」
 南洋は肯いた。その眼には鋭い光がある。
 光秀は明確に虎長に従うとは答えなかった。それはとりもなおさず光秀の迷いではないか。
 つけこむ隙は十分にある。そう南洋は断じた。
 同じ時、早雲の口元に薄く微笑がういた。それは一瞬のことで、誰も気づかなかったが。
 南洋は続けた。
「我が主早雲は親王となり、神皇様をお助けしておりまする。明智殿には神皇様をお守りするため更なる御力添を御願いせねばならぬ時が来るやもしれませぬ。その節はどうぞよしなに。それはそうと早雲様」
 南洋が早雲に視線を転じた。
「早雲様が魔王と戦うために転生した古の神に連なる英雄という話は真実に御座いますか? 陰陽寮もそう認めたからこその親王位とは存じますが、何分俄かには信じられませ故」
「本当だ」
 ようやく早雲が口を開いた。
「陰陽寮頭――神皇様のみならず、安倍晴明も認めたこと。それを疑うは神皇様に弓ひくも同じこと」
「それはおそれおおきこと。では今ひとつ。もし魔王が現世に現れた場合、その者は如何様な姿を持ち、どのような行いを為すものにありましょうか?」
「権力者に成り代わっていような」
 早雲は答えた。
「魔王の望むものはこの世の支配。ならば、それに手の届く地位にあるは必定。恐らくは神仏を踏みにじり、高徳の者を殺戮し、武をもってジャパンに覇をとなえようとするだろう」
「‥‥」
 光秀の顔色が変わった。
 早雲の指摘した魔王の属性。それが全て当てはまる人物が世に一人ある。それは即ち――
「雷慎、リン」
 早雲の声が光秀の思考を遮った。はっとして顔をあげた光秀の前で、早雲は何事もなかったかのように雷慎とリンとを見比べている。
「それは笛と竪琴だな。奏でてはくれぬか」


「いいよ」
 雷慎がはじかれたように立ち上がった。しゃちこばっているのは好きじゃない。
 リンもゆっくりと立ち上がる。その瞳はどこか哀しげだ。
 早雲に云いたいことがある。
 ――どれだけ私が、私たちが主様の無事を願い、心を砕いてるか。転生者でも何でも構わないのだけど、白鳥と化してこの世から去らないよう繋ぎ止めておきたい、と。
 いいや。
 本当はそうではない。本当は――
 もう時も場所も考えず、早雲様を奪い去りたい。愛している。そう、私はこの男性を愛している。
 その想いを込め、リンは絃をはじいた。雷慎もまた笛を吹く。
 茶室に静かな、そして染み入るような音色が流れた。
「では、私は舞おう」
 椿も立ち上がった。早雲が眼を瞬かせた。
「おっ、舞えるのか」
 椿は美しい。が、それは剣に通じるものだと早雲は承知していた。
「先日の礼だ」
 椿は答えた。
「色々とまぁ、お互いに危ない橋であったからな」
 椿は微かに笑った。
 椿のいう色々とは、早雲が鎌倉藩に手を貸した一事をさす。が、それは秘事であり、光秀のいるこの場で公言はできない。
 と、改が口を開いた。
「以前、岐阜の城を拝見したことがあるでござるが、あれは見事な堅城でござるな。が、要害の地ゆえに広大な領地の政の指図をするには少々不便なようにお見受けした」
 顔も声も早雲にむけて。が、明智が耳をそばだてているのは承知の上だ。
 この時、しかし改は知らぬ。彼の行いがいずれ北条を危機に陥れことになることを。
「主、政宗より早雲様が小田原を所望なされたと聞き及びましてござる」
 次に口を開いたのは魁厳であった。
「が、拙者はこう思うのでござる。小田原よりも、むしろ三河と遠江を北条軍によって保護しては、と」
「ほう」
 早雲の眼が輝いた。魁厳は顔を上げると、
「今、小田原のみならず東国各地は遠征による戦続きで領民達も疲弊している模様。親王殿下が領民保護の為に一時預かりにするのはいかがでございましょう? 領民達への支援は皇族たる北条家主導という形であれば反対も少ないと思われます。支援物資等は主君の政宗公らに嘆願し捻出させまするが、いかが?」
「それも考えた」
 微笑みつつ早雲は肯いた。
「が、な。その場合、源徳は北条の保護行動とはとるまい。そうなれば源徳はならさら追い詰められる。源徳を窮鼠と化すのはまずい」
「源徳は鼠でござるか」
「これ以上じたばたするようならな」
 早雲は云った。
 彼は風魔より報せを受けている。江戸において源徳に与する冒険者が無差別破壊活動を画策したと。
 正義が聞いて呆れる。このままでは源徳は泥にまみれるだろう。
 早雲は苦笑まじりに溜息を零した。
「やはり猿山の猿――大名が欲にかられてでかい顔をしている限り、弱き民はいつまでも泣いていなければなるまいなあ」
「‥‥」
 メイユは息をのんだ。
 その瞬間、彼女は早雲の正体を見たと思った。早雲は元々人間離れしたところはあったが、ヴェニー・ブリッドの知識と考え合わせるに、彼――日本武尊こそジャパンの守護者たる権天使様ではないかと。
 メイユはすがるような思いで告げた。
「早雲様、意地悪は程ほどになされませ。和を持って尊ぶべし。人と人が話して決める未来にこそ、武力や権力に頼った未来よりも価値があると思うのです」
「その通りさね」
 夕凪は大きく首を縦に振った。
「古き慣習を変えるは困難だが‥力に依る国盗りを認めぬ制度を定められぬものかねえ」
「廃藩置県」
 早雲は答えた。
「口外はならぬ秘事だが、神皇様が考えておられる。もし成ればちっぽけな島国での内乱はなくなるだろう。磯城弥よ」
 早雲が魁厳を見た。
「伝えられるものなら政宗に伝えてくれ。江戸から手をひけとな。やはり盗んだもの。このままではやはり源徳もおさまるまい。そして源徳にも手をひいてもらう。江戸は誰のものか。神皇様のものである。源徳はそれを預かっていたにすぎぬ。然るに源徳は神皇様に弓引き、江戸にむかった。このまま江戸を奪還しても、それは神皇様からかすめとっただけのこと。ならば江戸を神皇様にお返しするばよいのだ。名を――そうさなあ、東の京で東京とでも変えて、神皇直轄領とする、ってのはどうだ」
「‥‥」
 光秀は息をひいた。震えがとまらぬ。
 笛を吹きつつ、雷慎は微笑っていた。やはり早雲って人は面白いなあ、と胸を戦慄かせつつ。
 夕凪は問うた。
「伊豆北条軍、そして竜王丸殿を如何になされるおつもりか」
「竜王丸、か」
 早雲の眼から雫が零れた。
「叔父らしきことは何もしてやれなかったが――遊んでやりたいなあ」

 ひらひら、と。
 雪はひたすら京を白く染めていた。