●リプレイ本文
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夏の朝、卯刻あたり。
高松港に船が着いた。そして、それより二刻ほど遅れて松山の港にも船が着いた。
それぞれの船からは、様々な身形の人々が降り立っていく。その中に幾人か、人目を惹く者があった。
一人は侍だ。まるで木枯らしの吹き荒ぶような眼をした。
別の一人。こちらは娘だ。細く、しかししなやかな肢体は舞を舞っているかのようにかろやかに動く。
さらに一人。これは異人であった。市女笠で隠してはいるのだが、そのかげから覗く薔薇のように美しい相貌だけは隠しようもない。
そして一人。子供かと見紛う小柄の若者だ。が、その若者の眼を覗き込んだとたん、人々はその若者の短躯を忘れる。それほど若者の眼は深く、威厳に満ちていた。まるで狼のように。
五人目。こちらもまた異人だ。褐色の肌は溌剌として、その美貌は女と見紛うばかりの若者であった。
そして――
その若者に寄り添うにして立つ者がいた。侍だ。常に微笑みをたたえた相貌は愛嬌にあふれている。が、不思議な事に、その男は猫族の獣のように無音であった。
最後――
こちらも侍であった。刀を肩に担ぎ上げ、柄に一升徳利をぶら下げている。眼をむけた者が思わず息をひそめてしまうほどに剣気の充溢した男で、しかし同時にどこか虚無の翳もあった。
当然、彼ら七人は高松の港に詰めていた高松藩の侍に呼びとめられた。が、すぐに彼ら七人は放免されたのである。
それは芸も商う商人一行というふれこみと、その裏打ちとされる痩せた肢体の娘の笛の音によるところが大であった。
「柳君、お気をつけて。後、私のことは好きに呼んでいただいて構いませんよ。その代わり、此方も好きなように呼ばせて頂いても構いませんか」
と、問うたのは褐色の肌の若者であった。それに対し、答えたのは痩せた娘。ルーと云いかけて、娘はこほんと咳払いをした。
「かまわない」
娘は云った。
そして――
騒動は松山の港で起こった。
「待て」
役人らしき侍が呼び止めた。
呼び止められたのは、当然と云うべきか、こちらでも目立った者で。
一人は異種族の、そして異国の娘であった。可憐な顔立ちに、不釣合いなほど大きな胸をしていた。覗いた胸の谷間がむっちりと白い。
そしてもう一人。こちらは異形であった。水の者――河童である。
「見慣れぬ奴。何者だ?」
「ステラ・デュナミス(eb2099)」
娘が答えた。続いて河童が磯城弥魁厳(eb5249)と名乗った。
「旅の芸人ですじゃ」
「芸人?」
役人は眉をひそめた。
その時だ。別の侍が近づき、役人に耳打ちした。するととたんに役人の態度が変わり、
「行ってよい」
云い捨てると、役人は背を返した。
残されたステラと魁厳は顔を見合わせた。
「どうしたのかしら」
「さて」
ステラの問いに、魁厳は首を捻った。しかし彼の脳裏には設楽兵兵衛(ec1064)の言葉が蘇っている。松山城下において殺気のこもった視線を感じた、と彼は云っていたのではなかったか。
「どうやら用心した方がよさそうじゃの」
魁厳はちらりと周囲に視線をはしらせた。
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人々の顔は土色をしていた。怯えと悲嘆が色濃く滲んでいる。戦により荒れた村だ。
その村に、二つの人影が現れた。
高松の港で人目を惹いた者――そのうちの目つきの鋭い侍と痩せた娘だ。
名を山王牙(ea1774)と所所楽柳(eb2918)。冒険者である。
「おい」
村人の一人に牙が声をかけた。すると村人がびくりと身を竦めた。恐れているのである。
そうと見てとって柳が進み出た。彼女とて愛想の良い方ではないが、牙よりはましである。
「恐れる必要はない。僕達は旅の芸人でね、この辺りで興行をひらきたいと思っているので治安を調べているんだ」
「芸‥‥人?」
柳が胸元にさした鉄笛に気づき、村人は緊張を解いた。柳は安心させるようにゆっくりと肯いた。
「そう。ところで教えてもらいたいのだが。郁という娘さんの家はどこだ?」
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高松城下。讃岐における中心地である。
江戸とは比ぶべくもないが、さすがに賑やかだ。が、その賑わいの底には泥流のような不安が潜んでいた。 その不穏の気配が漂う高松城下に、今、二人の男が足を踏み入れた。褐色の肌の若者と微笑を満面にためた男だ。ルーフィン・ルクセンベール(eb5668)と兵兵衛である。
「やはりこちらもきな臭くなっていますね」
町を見回した後、兵兵衛が云った。ルーフィンは肯くと、
「松山藩が怪しさ満載といったところですが。‥‥ところで郁という娘の弟が与助という名を聞いたそうですが。あの与助の事でしょうか」
「おそらくは」
兵兵衛が肯いた。そして、ふふ、と可笑しそうに笑った。
「松山藩の侍にどう手を出したものかと悩んでましたが藩外、それも戦の相手領内で行動してくれて助かりましたよ。これならどうこうしても敵領内でしくじった事に出来ますねぇ」
「本当に」
くすくすとルーフィンも笑った。
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讃岐から伊予にむかう山道。
そこをゆく三つの人影があった。
異国の娘、小柄の若者、一升徳利をぶら下げた侍。アレーナ・オレアリス(eb3532)、シグマリル(eb5073)、平手造酒の三人である。
「本当にこの道でいいのだろうか」
苛立ったようにアレーナが声をもらした。
そのアレーナは、今、艶やかな和装に包まれている。島原で遊びなれた平手の見立てである。
「わからねえ。が」
平手は酒を口に含んだ。
「伊予に至るすべての道を調べるわけにもいかねえからな」
「しかし痕跡が少なすぎる」
シグマリルが唇を噛み締めた。
郁の村付近から始めた聞き込みで得たものは多くない。いや、見知らぬ侍、または横暴な振る舞いをする侍のも目撃情報は多くあるのだが、肝心の娘を連れた侍となるとさっぱりだ。
それでも幾つかの目撃証言は得た。娘を連れているのではないが、山道をゆく不審な数人の侍がいたというものである。そして、その山道というのが、今彼らが歩んでいるものであったのだ。アレーナがインタプリティングリングを施した小鳥からも、その事は確かめてある。
アレーナが眼をあげた。
空を舞う小さな影がある。隼の赤光だ。不審なものを発見したら報せるよう命じてある。
「仕方あるめえ」
平手が答えた。
「与助って野郎も、娘を連れている時はさすがに周囲の眼を気にするだろうからな」
「それはそうだが」
シグマリルが砂を噛んだような顔をした。
確かに平手の云う通り、広い高松において与助の痕跡を辿る事は困難だ。が、こうしている間にも、娘達の身にどのような苦難が降りかかっているか知れたものではない。
シグマリルの眼に青い炎が踊った。冷然たるシグマリルであるが、その裡には熱き情熱が煮えたぎっている。
弱肉強食は人の世の常、とシグマリルは云った。
「が、な。そんな言葉は強者の嘲りか、弱者への慰めでしかない。依頼主の娘とて、こんな最期を迎える為に生きてきたはずがない。俺はみとめぬぞ、このような事」
「私もだ」
アレーナが肯いた。
「神もまた、このような事をお許しになるはずがない」
「神、か‥‥」
シグマリルの口から鉛のように重い声がもれた。そうと気づき、平手が顔をむけた。
「どうしたい? 神がどうかしたってのか?」
「ああ。前に井氷鹿なる国津神――いや、化物に人身御供とすべき娘達を攫った村があったのを思い出したのだ。かの化物でさえ、ここまで人を攫う事はなかった。それなのに人の身で、ここまで女性を必要とするものとは一体‥‥?」
シグマリルが言葉を途切れさせた。
「ひょっとすると俺達とんでもねえモノに手を出そうとしているのかもしれねえな」
「平手殿、それは」
アレーナが問いかけた時だ。その平手がアレーナを黙らせた。同時に赤光の鳴く声が響く。
「気配がする」
「気配?」
本能的に鬼切丸の柄に手をかけ、アレーナが気配を探った。
「何も感じないぞ」
「いや」
と、平手が答えた時だ。空を裂く音がし、シグマリルの足元に一本の矢が突き刺さった。
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どよめきが起こった。
生き物であるかのようにうねる水。そして、それを避けるようにとんぼをきる河童。異次元境のように、それは幻想的な光景だ。
さらにその幻想的構図を増しているものがあった。
ステラだ。
ウォーターコントロールで水を操っていた彼女は必然的、と云おうか意図的と云おうか、水に濡れている。当然薄物しかまとっていない彼女の肉体は露わになっているわけで。
薄く滲んだ桃色の乳首や尻のふっくらとした膨らみ――
濡れた衣服がはりついて際立ったその肉体は、裸であるよりもかえって刺激的な眺めであった。
「どう、私達の芸は?」
ステラが問うと、一斉に男達が肯いた。とても素晴らしいという意味だ。
ありがとう、と微笑み、しかしすぐにステラは表情を曇らせた。
「それにしても戦が長く続いてるわね」
「そうなんだ」
男の一人が答えた。
「これからどうなるかと思うと心配で。最近は米や味噌なんかも高くなっちまってるし」
「なるほど」
魁厳の眼がきらりと光った。
すでに松山城下にある彼らは、米や味噌、塩などの値が異様に高くなっている事に気づいていた。さらに魁厳は港に停泊中の軍船の数から、松山藩の兵数は千以上はあるとの読みももっていた。
ステラは慰めるように男の手をとると、
「大変ね。それじゃあ戦が始まると色々と変わった事があるんでしょうね」
「まあな」
男は頬を赤らめるとステラの顔を、そして水蜜桃のような乳房を見つめた。
「最近は夜も物騒になってよ。噂じゃ妖が跳梁してるらしい」
「えっ」
わすがにステラは顔色を変え――そうと気づいた男が苦笑した。
「ただの噂さ、噂。恐がらせちまったかね」
「ああ、恐いのう」
おどけた様子で魁厳は頭を抱えてみせた。が、その眼は笑っていない。
魁厳の鋭敏な感覚器はとらえている。蜘蛛の糸のようにからみつく殺気を。
「おるな」
ぼそりと魁厳は呟いた。
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「これは!?」
呻きつつ、しかしシグマリルの眼は矢の射線を追い――人影をとらえた。
鎧をまとった侍だ。五人いる。一人が弓をもっているところからみて、矢を放ったのはその侍であろう。
「動くな!」
侍が叫んだ。そして抜刀しつつ、冒険者めがけて殺到した。
「異人に小僧、侍とは怪しい」
「松山藩の間者だな」
口々に喚く。冒険者と平手は顔を見合わせた。
言い訳したとて、とてもこの場からは逃れられそうにない。さらに平手には身元を知られる訳にはいかぬ事情もある。
「仕方ねえな」
平手の腰から白光が噴いた。続いてアレーナの腰からも。
二条の光芒がからまるように空に踊った。
わずか後の事。
冒険者と平手は地に這った侍を見下ろしていた。
殺してはいない。全員峰打ち、またはスタンアタックによって気絶させてあるだけだ。
「顔を見られた。高松藩内に、すぐに俺達の人相書きが出回ろうな」
シグマリルが苦々しく呟いた。
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ルーフィンと兵兵衛は未だ高松城下にいた。
薬種問屋の中。彼らの前に座しているのは初老の男で、主の丸屋彦之助という。
「上方からご商売とは」
彦之助は大げさに感心してみたせ。
「不謹慎ではありますが、戦は商機ですから」
兵兵衛が答えた。
無論商売の話など嘘だ。が、嘘にも真実らしい裏打ちされた保険が必要である事を、抜け目ない兵兵衛は見抜いている。
彦之助は感嘆した。
「さすが上方のお方は違う」
「どうやらこちらの方が商売になるようですからね」
兵兵衛の笑みが深くなった。
松山藩より高松藩の薬の値が高い。それはとりもなおず、高松藩での薬の需要が高いという事だ。
「しかし」
ルーフィンが小首を傾げた。
「松山藩の河野通宣様は良いごお殿様と聞いております。高松藩主であられる細川定禅様もなかなかのお方と。その賢君の治める両藩が何故戦など始めたのでしょう。いや」
ルーフィンが慌てて微笑った。探るような彦之助の眼に気づいたからだ。
「今後、両藩をまたにかけて動かなくてはならない状況も考えられますので」
「そうですなあ」
彦之助がこくこくと何度も首を縦に振ると、
「その点は私ども商人の間でも合点がゆかぬ事で」
彦之助はかぶりを振った。どうやら高松藩の者にも戦の真相は謎のようである。
「どうでしょう。藩の方を紹介してはいただけませんか」
兵兵衛がするりと申し出た。すると彦之助はやや考えた後、いいでしょうと答えた。
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浚われた娘達には共通項などなかった。ただ若く、優しいというだけ。
郁もそうだ。貧しい家の助けとなる為、事件の日も山菜を摘みに山に入っていたのである。
柳の手には数枚の紙片があった。与助と呼ばれた侍、そしてもう一人の侍の人相書きだ。嘉介の力を借り、牙が描いたものである。
その人相書きを使い、柳達は与助の捜索を行った。そして柳達は幾つかの目撃証言を得た。そして戦線に関する情報もわずかに。
どうやら松山と高松の両藩とも主要街道だけはおさえているようだ。しかし、それは裏を返せば山道などの脇道などに眼は届いていないという事を意味する。
その山道の一つで与助は目撃されていた。
「やはり人目のない道か」
「嘉介君、感謝するよ」
牙の言葉に、柳の脳裏に嘉介の姿が蘇った。
泣きたいのをこらえ、懸命に柳達の問いに答える姿。若年ながら、彼は男であった。
その時――
牙がさっと手をのばした。彼の眼は草薮を分けて現れた一人の侍の姿を見出している。
その顔は決して見忘れるはずのないものだった。眼がぎょろりとした、どこか獣じみた相貌。与助である。
牙の眼に星辰の如き冷たい光がやどった。ブレスセンサーにより、他の仲間がいない事を確かめたのだ。
「ゆく」
その言葉が消えるより迅く、牙は動いていた。疾風と化し、一気に与助との間合いを詰める。
「な、何――」
絶叫は途中で消えた。みなまで云わせず牙が野太刀で打ちすえたのだ。
「動くな」
与助の首に刃を凝した牙の眼は、その刃よりも冷たい光を放っていた。
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結局のところ、冒険者は与助を高松藩の奉行所に引き渡した。
鶴の事、さらには与助の正体なども問いただしたが、与助が口を割る事はなく。ただ冒険者達は与助の眼にいいしれぬ恐怖の色を見た。冒険者達に責められても、ひたすら口を閉ざさざるを得ない何かが与助にはあるようである。
そして、悠長に時をかけている余裕も冒険者にはなく。それで仕方なく役人に任せたというのが真相であった。奉行所の役人がどこまで冒険者の云う事を信じたかは甚だ疑問ではあるが。
潮風に吹かれつつすすむ船の中で、ゆったりと冒険者達はくつろいでいた。
とにもかくにも与助は捕らえたのだ。それが松浦与助であるか確かめたわけではないが。
しかし、少なくとも郁の仇はとった。土産の嘉介の笑顔に冒険者達は満足していたのであった。
それが新たなる悲劇を引き起こす事になるとも知らずに――。