●リプレイ本文
「どう?」
後ろから投げられたその質問に、ハロルド・ブックマン(ec3272)がゆっくりと首を横に振る。
「げっ」
「外れましたか‥‥」
「あらら」
城の右側――正門を背にした状態での右にたどり着いた冒険者達。
前回情報を得られた勝手口を、ハロルドがスクロールでテレスコープの魔法を発動し探そうとしたのだが‥‥どうにもそのような物は見つからない。
「という事は反対側だね」
「またぐるりと移動するのは‥‥結構痛い時間ロスだな」
「でも次が外れる事は無いのですし」
「そうね、まあ、今回は運が悪かったと思って急いで移動しましょう」
二分の一の賭けは外してしまったが、冒険者達は気を取り直すと城の反対側、そこにある勝手口を目指す。
そして無事に反対側で勝手口を発見した一行は、敵と遭遇する事無く城へ潜入した。
その目的は一つ――城に火を放ち、出撃した軍団に城へ対する危機感を与えることだ。
その目的の元、既に数箇所で城に火を放ち‥‥火の点き易そうな場所を捜し求め移動を繰り返していると、
「あら‥‥なんでしょう、ここは」
放火犯達が迷い込んだ城の一室。
「何かの倉庫、でしょうか? 武器庫や食料庫ではなさそうですけれど」
セラフィマ・レオーノフ(eb2554)が中を見回すが、武器や食料といったものは見つからない。代わりにあったのは‥‥
「‥‥宝石?」
「宝石にしては大きすぎると思うけど」
ロックハート・トキワ(ea2389)が手にしたキラキラと光を反射するそれを、アクア・リンスノエル(ec4567)が横から覗き込む。
「それは‥‥レミエラのようですね」
部屋の隅に転がっていたいくつかのレミエラ、放火犯達はなんと無しにそれを手に取ってみる。
「と、あまり悠長にもしてられないわ」
「そうですね、ここには燃えやすそうな物も無いみたいですし、次へ行きましょう」
レティシア・シャンテヒルト(ea6215)に促され、違う場所へ向かおうと部屋を出たとたん、
「見つけた! 放火魔!!」
そんな声が放火犯達を取り囲む。
部屋を出た先の廊下から左右を見回すと、放火犯達を挟み込むようにして数体のリリスが飛んでくる。
「見つかった!?」
「どうしましょう‥‥?」
「どうすると言っても、逃げ場はありません」
後ろは行き止まった部屋、廊下の左にはリリス、右にもリリス、そして正面はただの壁。
言葉通り、逃げ道は無い。
「ならやる事は一つね」
「じゃ、この前と同じ感じで」
軽く結論が出た所で、全員が戦闘態勢を取る。
「相手が前回と同じ、リリスなのは加減の程度が分かっている分楽ですね」
マグナス・ダイモス(ec0128)がまず一撃、右側から飛んできたリリスへと剣を振るう。その一撃は程よくリリスへダメージを与え、その意識を奪う。
そして左側。腕を振り下ろすリリスの攻撃はセラフィマが盾で受け止め、それを横からトキワが攻撃する‥‥のだが、トキワの持つ槍の魔力ではリリスにカスリ傷すら与える事も出来ず、その穂先はあっさりと弾かれる。
「どいて!」
その様子を見て取ったアクアがトキワを押しのけると、納めたままだった刀を抜き放ちリリスへと素早く斬り付けた。
次いで、反対側ではハロルドの攻撃魔法がリリスを一飲みにしている所である。
「じ、じわじわと痛めつけるなんて‥‥! この悪魔!!」
「いや、悪魔はあなたでしょ」
相手の目的を読み取ったリリスが非難の声を上げる。が、それも放火犯達の良心には届かない。
「アクアさん、こっちを!」
「よしっ、捕まえた! ‥‥って、なんかデジャヴュ」
その非道さに戦意が揺らぎ始めたリリス達の一体をアクマ‥‥もといアクアの鞭が拘束する。
その後の戦闘は、元から数の多かったリリスに加えアクアがほとんど動けない、という数の差から一息にとは行かなかったものの、加減をする必要の無くなった放火犯達が優勢を維持し続けた。
そして、戦闘終了後。
またもアクアの鞭でグルグル巻きにされ石畳の上に転がされた一体のリリス。
「さてと、情報をいただきますか」
そのリリスの前でレティシアが膝を着くと、リリスから情報を奪うべくリシーブメモリーの詠唱を始めた。
レティシア以外のメンバーはレティシアとリリスを中心に二手に分かれ、通路を塞ぐように周囲を警戒する。
その一時の間、不意にレティシアの詠唱が途切れた。
「‥‥‥‥え?」
その呟きは誰のものだったか‥‥。
レティシアの背から突き出た一本の刃。
そんな単純な現実を理解するには‥‥いや、理解はしても、それを受け入れるのには――これもまた、一時の間を要した。
「レティシア!?」
叫んで駆け寄ろうとするが、その足は動かない。今動けば事態はさらに悪化する‥‥そんな直感がその場にいる全員の動きを止めていた。
そして、そうしている間にも状況は鮮明になっていく。
レティシアの足元、その『石畳から』レティシアの体に向かって一本の腕が伸びていた。
その腕の先に握られた一本の刃が、レティシアの身体を貫いているのだ。
「面白そうな事をやっているな‥‥私も混ぜてもらおうか」
皆が知る誰のモノでもない声。
レティシアの身体がゆっくりと――少しずつ持ち上がると同時、石畳から生えた腕が徐々に全容を現す。
レティシアの身体が刃に貫かれたまま完全に地面から離れる頃、そこにあったのは長い漆黒の髪を持つ一人の女性‥‥女性の姿をしているが、それが持つ空気は人のそれではない。
「お前は‥‥」
「この程度の輩に名乗る名はないな」
無意識に漏れた誰かの呟きに応えると、その女は蔑みの視線を向ける。
「大方、城で騒ぎを起こせば軍勢の動きが鈍るとでも考えたのだろうが」
そこで一度言葉を切るとその女は嘲笑を間に挟み、
「我が軍勢は、我と我が城を守る為に存在するにあらず。この程度で行動に変化が生じるはずもない――浅はかだったな」
そう、言葉を続けた。
「そ、そんな事よりレティシアを放しなさいよ!」
その女の言葉に割って入り、アクアが震えの混じった叫び声を上げる。
そう、レティシアの体は今も女の刃に貫かれたまま‥‥そして、そこからは大量の血が溢れ出ている。
「レティ‥‥? これの事か?」
女が自分の手元へ視線を向ける。視線を向けられたレティシアの体はピクリとも動かず、力なく四肢を垂らしたまま、何の反応もない。
「よかろう、我には必要のないものだ」
女が腕を振るう。
その勢いのままレティシアの体が空へ放り出されると、刃の抜けた傷口から血が吹き上がる。更に地面へ叩きつけられと一度二度と体が跳ね、それによって撒き散らされた血が周囲を赤く染める。
「レティシアさん!」
一番近くにいたセラフィマがレティシアを抱え起こす‥‥が、やはり反応はない。
「うっ‥‥」
職業柄、血には慣れている――しかし人間の、しかも知った顔の大量のそれを目にし、セラフィマの意識が遠のきそうになるが‥‥それは何とか堪える事ができた。
「我と刃を交えるつもりが無いのならば早々に立ち去れ」
オーラボディを使い防御力を備えたマグナスが、レティシアとセラフィマをその女から守るように間に入って剣を構える‥‥しかし、その消極的な姿勢にその女は興味を失ったかのように吐き捨てる。
「‥‥逃げるぞ!」
レティシアやセラフィマ、マグナスとは女を挟んで反対側にいるトキワが叫ぶ。
「勝手口で落ち合おう!」
その言葉にセラフィマと、既に剣を収めレティシアを抱えたマグナスが頷く。
今はただ黙って見ているとはいえ、その女の横を通り、皆で合流して逃げる‥‥という気にはならなかった。
「レティシア、死んじゃダメだよ!」
その言葉が本人の耳に聞こえているとはとても思えなかったが、反対側にいるアクアが最後にそう叫ぶと、冒険者達は二手に分かれてその場を立ち去って行った。
「折れかけた玩具に興味は無い。折れないと信じる物を折る事にこそ、悦楽が生まれるのだ」
その場に一人残った女の――ラウムの、呟きを耳にすることは無く。