【もう一つの黙示録】進もう、今、洞窟を

■シリーズシナリオ


担当:深白流乃

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:3人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月28日〜05月03日

リプレイ公開日:2009年05月06日

●オープニング

 娯楽宿カティナーブ。
 山の中腹に存在し、その山まるごとがその施設とも言えるその宿は、食事もまた、自身の山で取れた物が多く使用されている。
 そして今日も、宿のシェフ見習いが食材集めに山を這いずり回っていた所―――
「う、うわっ‥‥‥‥地震?」
 突然、大地が揺れた。
 山菜を取る為に中腰だったその男は、後ろにバランスを崩してしりもちをつく。
 地震は短くせいぜいバランスを崩す程度の物だったのだが、地震が収まった直後、ガラガラと岩の雪崩落ちる音が男の耳に入ってきた。
 音の方向は、ちょうど切り立った崖となっている場所。となれば、何が起こったのか想像するに難くはない。
 男はシェフの見習いとはいえ、宿の人間。まだ危険かもしれないが、状況を確認するくらいは必要だろうと判断し、崖の方へと向かった。
「これは‥‥」
 その崖へとたどり着いた時、男は小さく感嘆の声を上げた。
 今しがた岩が崩れたのだろうその場所は、薄い砂埃が舞っている。そして、その砂埃に奥にあるものは崖の壁にぽっかりと空いた穴。
 男は、この場所を見るのは初めてではない。以前はこんな洞窟が存在していなかったのは確かだ。
 先の地震により、偶然その入り口が姿を現したのだろう。
 目の前に姿を現した洞窟の入り口。
 男であれば、多少なりとも興味を引く事であろう。今その洞窟の前に立つ男のように。
 山の日が落ちるのは早い。何らかの事情により明るい時間に宿に戻れない場合に備え、男は山を歩く時は常に明かりとなる物を持ち歩いていた。
 先人の教えである。
 少しずつ日が長くなり、使う機会の減ってきたその明かりに男は火を灯した。
 洞窟は、少なくとも入り口から明かりを照らしても最奥に光が届く事はない。
 男が少しずつ、奥へと進んでいく。
 すると、壁に大きな細長い影が生まれた。その影はうねるように姿を変える。
 男は、その辺りにいる蛇の影が大きくなって洞窟の壁に投影されているのだろう、そう思った。
 その事実は、男の考えから間違ってはいなかった。しかし、男の考えから大きく外れてもいた。
 洞窟の奥、その暗闇から、人の丈を軽く越える大きさの、岩をまとう大蛇が目の前に現れた時、男が一目散に洞窟を逃げ去ったのは言うまでもない‥‥。

 かくして、その男の報告を受けた娯楽宿カティナーブ。
 その経営者は、さっそく冒険者ギルドへ――――『新しい広告』を持ち込んだのだった。



〜〜娯楽宿『カティナーブ』〜〜

☆新名所!☆
地震によって姿を現した怪しげな洞窟!!
その奥には大蛇の目撃例も‥‥!?(入場料1回1G)

※この洞窟内で発生した損害に付いて、当宿は一切の保障をいたしません。あらかじめ、ご了承願います。

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●今回の参加者

 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 ec4531 ウェンディ・リンスノエル(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ec6127 楼 桜麗(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ヴィクトリア・トルスタヤ(eb8588

●リプレイ本文

『(やみ‥‥いれい‥か‥せい‥‥づいて‥‥こころせ‥わが‥から‥‥‥がえ‥も‥よ―――)』

「ん? 何か言ったかしらぁん?」
「いえ? 何も‥‥」
 楼桜麗(ec6127)が手を止めて立ち上がると、辺りをきょろきょろと見回し、後ろで同じく作業をしているウェンディ・リンスノエル(ec4531)を振り返った。
「そぉん、気のせいかしらねぇ」
 呟くと、桜麗もすぐに作業に戻って手を動かし始める。
 その作業というのは、新しく発見されたという洞窟へ向かうため、障害となる崖を降りる『道』を、ロープや縄梯子で作る事である。
「下の方は問題ないわよ」
 崖の下から飛んで出たのはシャリン・シャラン(eb3232)、シフールである彼女は一足先に下の様子を確認してきたらしい。
 崖を降りる為のロープ。となれば、考えなければならないのはそのロープをどこに結びつけるのか‥‥という事なのだが、この場所にたどり着けば、一も二もなく意見は一致。
「ずいぶんとぉ念入りねぇ〜」
 ここは、山の頂上。そして、その頂上には、宿の紹介にもあった例の大岩が存在する。
 その大岩に、縄を二重にして力いっぱい巻きつけているウェンディを、桜麗が後ろから覗き込んでいた。
「当たり前じゃないです、降りている最中に縄が切れたりしたらショックで立ち直れな―――危険じゃないですか」
「‥‥そうねぇ」
 桜麗がそれ以上深く突っ込むまいと短く返すと、ウェンディもまたロープを繋ぐ作業へと戻っていった。
「っきゃ!?」
 その最中、大岩に突き刺さった剣の先がウェンディの目の前を掠める。
 岩に突き刺さった状態とはいえ、目を突くなり刃の部分に頭をぶつけるなりすれば怪我くらいするだろう。
「‥‥もうっ、邪魔ですね、これ!」
 一声不満を上げウェンディが剣の柄を掴み取ると、その剣を岩から引き抜き邪魔にならない場所へと無造作に投げ置いた。
「これでよしっと」
「こっちは良いわよぉん」
 岩の反対側から桜麗の声が届くと、
「あ、はい、もうちょっと待って下さい」
 ウェンディも最後の仕上げに取り掛かる。

 ‥‥‥‥‥‥‥‥。

「これでバッチリねぇ♪」
「そうですね」
 崖下へと続く『道』の出来栄えに、満足げなウェンディと桜麗の二人。
 ちなみに、シャリンは大岩の上空で連れのフェアリー達と戯れている。
「ではさっそく」
「‥‥ところでぇ、それはどうするのん?」
 ウェンディが縄梯子を手にしようとするが、その横から桜麗が水を差した。
 その桜麗の視線の先は、先ほどウェンディが引き抜いたまま放置していた薄紅色の剣。
「‥‥そのまま放置しておく、訳にもいきませんよね」
「山にゴミを放置するのはぁいけないのよぉ」
「仕方ありません、とりあえず回収して、後で宿の方へ預けるとしましょう」
「それじゃ、気を取り直して行きましょうか♪」
 ウェンディが剣を回収するのを確認すると、今度こそ縄橋に足を掛けるのであった。


「思っていたよりも広いわねぇ」
 桜麗が手にしていた明かりを洞窟の壁へと向けると、その奥行きに感嘆の声を上げる。
「奥に進むほど広くなっていく気がします‥‥」
 洞窟は、入り口からして人が数人まとめて入れるような広さであったが、ウェンディの言葉通り、奥に進むごとに更に広大なものへとなっていく。
「あんまり離れないようにね」
 と、目を離せばフラフラとどこかへ行ってしまいそうな二匹のフェアリーに釘を刺すシャリン。
「ん〜、分かれ道が無いのは分かりやすくて良いんだけどぉ、一本道の割には大蛇とやらに出会わないわねぇ」
「そうですね、もうだいぶ進んだと思うのですが」
 ジャパンの諺に、こういうものがある。『うわさをすれば影が差す』と。
『‥‥‥‥‥‥‥‥』
 ふと、道を進む一行の足が止まる。
 それは、『洞窟の奥』から現れたそれも同じようで、それぞれが互いにまじまじと見つめ合う事となった。
『‥‥‥‥‥‥‥‥』
 微妙な沈黙。そして一行の前にいるのは、一匹の大蛇。
 どうしたら良いのか判断に困る――というより、そもそも大蛇をどうこうするつもりのない一行は、相手が動かない事には行動を決めきれない。
 相手が攻撃してくるのなら、防衛はする。立ち去るのならそのまま見逃す。しかし、こうして目の前で動きを止められると、自分達も動きを止めざるをえない。
「はぁ〜い♪」
 そんな微妙な沈黙を破ったのは、桜麗の大蛇に対する挨拶(らしい)の一言であった。投げキス付きで。
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』
 ‥‥先ほどとは、若干違った意味の沈黙が、場を支配する。
 しばしの沈黙の後、一行に対する大蛇が、ため息をつかんばかりの仕草で桜麗から視線を逸らしたりしたもので、
「なによ、失礼ねっ」
 桜麗がズカズカと大蛇に歩み寄ると、腕に装備した紅い篭手で『ゴチン☆』と大蛇の頭を張り倒した。
「ちょっ、桜麗!?」
 ウェンディが慌てて桜麗を後ろから羽交い絞めにして取り押さえる。
「何をしてるんですか!」
「だってぇ〜だってぇぇ〜あの子がぁぁぁぁぁ」
 取り押さえられながら、じたばたと子供のような主張を行う桜麗。そして大蛇はというと、殴られた箇所を手――は存在しないので、尻尾の先でかばう様にしている。
「え、えっと‥‥‥‥」
 ウェンディが桜麗を羽交い絞めにしたまま大蛇の様子を窺う。
 大蛇は庇っていた頭をもたげると、自分を殴った桜麗の右腕をじぃーーと見つめていた。
「何よぉ」
 桜麗がぶすっとした表情で睨み返すと、少々の後、大蛇は奥の方へと引っ込んで行く。
「‥‥行ってしまいましたね」
「まったくぅ、失礼しちゃうわん」
 その様子を見て、ウェンディも桜麗を解放する。
 そして、いつの間にか二人の後ろに隠れていたシャリンとフェアリー達も間から顔を出した。
「しかし、道は一本なのですから、このまま進むとまた鉢合わせする可能性が高いですね」
 ウェンディが洞窟の奥を明かりで照らすが、明かりの届く範囲で、分かれ道のような物は確認できない。
「その時はその時よん♪」
 そんな桜麗の軽い一言の後、一行は再び歩みを進めるのであった。

「‥‥なんなのでしょうね、あれは」
「さぁ〜?」
 ウェンディの疑問に他の皆も首をかしげる。
 ウェンディの言う『あれ』とは、一行の先を進む大蛇の姿の事である。
 進行を再開した彼女達。進んだ先にあったのは、やはりというか、先ほどの大蛇の姿であった。
 その大蛇は一行の姿を確認すると、再び奥へ‥‥そしてしばらく進むと、また大蛇が、まるで待っていたかのように姿を見せる。それを何回か繰り返す内、大蛇は先で待っているのではなく、一行の少し先を一緒になって進むような形になっていた。
 それはまるで、彼女達を奥へと道案内するかのように‥‥‥‥。
 さすがにこれだけ進むと途中に分かれ道などもあったりしたのだが‥‥なんとなく空気を読んで、一行は大蛇の後ろを付いて進んでいた。
 そんな大蛇の道案内に従う内、大蛇がその歩み――いや、蛇なので歩いている訳ではないが――を止める。どうやら、そこが目的地らしい。そこには案内をしてきた大蛇とは別の、もう一匹の大蛇が待っていた。
「これは‥‥また広い空間に出ましたね」
 明かりを掲げても、天井の位置が目を凝らさないと把握できない。奥もまたしかり、だが、正面が壁である事はなんとか確認できる。
 しばらくそうしてその場所で目を凝らすうち、その空間が半球状である事が知れる。
「あれ、なにかしらぁねぇ?」
 桜麗が指差すのは、半球状の空間のほぼ中央。そこには、比較的平らな地面の中に突出した岩が存在していた。
「まるで何かの台座のようですね」
 人の子供の背ほどの高さ、円柱状で上面が平らになったそれは、確かに台座のようでもある。もっとも、その上に捧げられる様な物は何も存在せず、今は休憩とばかりにシャリン達が腰を下ろしている。
 その『台座らしき物』を一行がまじまじと観察していると―――横の方で、ゴトンッと、大きな音がその空間に響いた。
 どうも壁の一部が崩れたらしい‥‥そんな事は改めて思考するまでもなく理解するのだが、その崩れた原因を目にすると、一行の思考がしばし停止する。
 その半球状の空間、暗くて分からなかったが、彼女達が入ってきたのとは別にも出入り口が有ったらしい。
 その別の出入り口、から顔を覗かせているのは、またしても大蛇の姿‥‥ただし、道案内をしてきた大蛇とは別種のもの。
 道案内をしてきたのは身体を岩で覆われた、スモールヒドラと呼ばれる種類。
 しかし、新たに出現したその大蛇は、その身体を岩で覆われてはいない。そして、スモールヒドラよりも、数倍身体が大きい。何より特徴的なのは、八つもあるその頭‥‥。
「や、ヤマタノオロチ、ってやつかしらん?」
 桜麗が、ジャパンで慣れ親しんだ名称を口にする。その表情は、僅かに引きつっていたりもした。
「これは‥‥ちょっと‥‥」
 ウェンディも若干腰が引けている。
『‥‥‥‥』
 八つの首にある、十六の目が、彼女達にジロリと視線を向ける。
「お、お邪魔しましたぁ〜〜!」
 その視線に耐え切れず、一行はさっさとその場から逃げ帰るのであった。


「ふぅ‥‥びっくりしたわねぇ」
 洞窟を出、宿へと帰る途中、桜麗が洞窟の奥での出来事を振り返る。
「そうですね‥‥と、それはともかく」
 ウェンディが相槌を打つが、その流れを一旦打ち切ると、
「あれ、どうするんですか‥‥?」
 振り返った視線の先にいるのは、一行の後ろを付いてくる一匹のスモールヒドラ。おそらく、出会った二匹の内の道案内をしていた方であろう。
「ん〜、懐いちゃったのかしらん」
「そんな、餌付けした犬猫じゃないんですから」
 洞窟の中で、桜麗が宿のコックに頼んで作らせたお弁当を大蛇に分け与えていたのは‥‥関係無いだろう、たぶん。
「拳を交える事で友情が生まれるパターン?」
「桜麗が一方的に殴り飛ばしただけだと思いますが」
「‥‥マゾなのかしら」
「さ、さぁ‥‥?」
 そんな微妙な会話を広げつつ歩いている内に、宿はもう目の前。
 さすがに大蛇を宿に入れる訳にはいかないので(冒険者向けの宿である以上、意外に平気そうな気もするが)外で待たせると、一行は宿の門へ。
 玄関を過ぎ自室へ向かおうと階段を上る桜麗とウェンディの二人。さっさと階段を飛んで上階へ上がっていったシャリンは既に姿が見えない。
 階段を上がって廊下を進む途中、固まって歩く三人の従業員と擦れ違うと、ウェンディが思い出したように従業員達を引き止めた。
「すみません、これなんですけれど」
「はい‥‥?」
 言ってウェンディが取り出したのは、山の頂上で回収した薄紅色の剣。
「これは‥‥」
 従業員達も、従業員である以上はその剣に見覚えがあるのだろう。
 だが、見覚えはあるし、その剣が何であるのかは分かっているのであるが、突然差し出されたためか従業員達の表情はきょとんとしている。
「ええ、洞窟へ向かう途中で‥‥その、抜けてしまいまして」
「貴女が‥‥?」
「え、ええ」
 従業員達の態度に、思ったよりも悪い事をしてしまったのだろうか‥‥と、そんな考えが頭をよぎるが、

(「あの剣って、押しても引いてもビクともしないって話してなかったっけ?」)
(「えぇ? それって宿のパンフにそう書いてあるだけじゃないの?」)
(「それが本当らしくって、改築した時にもう少し宿に近い場所に移動させようとしたらしいんだけど、無理だったんだって」)
(「マジで?」)
(「そうそう、その時、ジャイアントの大男に抜くのを依頼したんだけど、その男が力いっぱい引いても全然抜けなかったとか」)
(「でも、別に移動させたいだけなら岩を砕けば‥‥」)
(「いや、それは誰でも思いつくんだが、その大男がハンマーで殴っても岩は欠けもしなかったらしい」)
(「それはさすがにウソでしょ‥‥」)
(「それより、こういう時どうするんだっけ」)
(「あー、何でしたっけ、マニュアルマニュアル‥‥」)

「あの‥‥」
「何を話してるのかしらねぇ?」
 小声でひそひそと会話を繰り広げる従業員達に、待ち惚けのウェンディ達。
『‥‥‥‥』
 やがて従業員達は取り出した小冊子のような物を三人でまじまじと熟読し始める。
「何なのかしら」
『‥‥‥‥』
 しばらく待っていると、従業員の三人は揃って顔を上げ、
「オ、オオ、アナタコソデンセツのユウシャサマ!」
「い、いいいつたえは本当だったのデス!」
「さあ、こ、こちらへ!」
 などと酷く棒読みの台詞を口走ると、二人が両サイドからウェンディの腕を取る。
「え、ちょっと、なんですか!?」
 そんなウェンディの言葉は無視されると、
「ひっ、きゃぁぁぁぁーーー‥‥‥‥」
 そのまま従業達に何処かへと連行されていった。戸惑いの悲鳴を残して。
「‥‥何なのかしらねぇ、本当に」
 一人その場に残された桜麗の呟きは、誰の耳に届く事もなく消えていった‥‥。

 その後、夜もだいぶ更けた頃に部屋へと戻ってきたウェンディの話しによると、なにやら口裏合わせやら口止めやら、細かな内容の書かれた面倒そうな誓約書に名前を書かされたそうな――――