幾重のリング(第三話)

■シリーズシナリオ


担当:みそか

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 93 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月04日〜11月15日

リプレイ公開日:2004年11月12日

●オープニング

「‥‥旦那様の具合はどうなんだ?」
 執事は椅子の肘掛を血管が浮き出るほどに強く握り締めながら主治医を睨みつけるように問いただす。この領土を護るため‥‥‥‥あの強欲な輩から護るために今、奴に死なれるわけにはいかない。
「率直に申し上げますと‥‥思わしくありません。今生きておられること自体が‥‥」
「ええぃ、今死んでもらっては困ると言っておろうが!! いいか、是が非でも、何としてもあの二人が帰ってくるまでご存命させるのだ。‥‥仮に死んだとしても死んだことにしてはならぬ。さもなくば‥‥‥‥ここは‥‥‥‥」
 吐き気を催す執事。主を心配することもできないことに、自らが言っていることに、そしてそんなことを言わなければならない現実に。
 幼い頃から互いに学識を深め、単なる主従ではない関係をつくりあげた。仕えるようになってからも友情を忘れたことはなかった。
 ‥‥だが、だからこそ私は護らねばならんのだ。この領土を、住民を、奴の夢を!!

「‥‥‥‥様、火急の知らせです。御子息二人がクロウレイ地方にて無事保護されたようです! 現在は宿の店主と護衛一人が‥‥」
 何の前触れもなく部下からもたらされた突然の情報に、執事は耳を疑い‥‥おもむろに領主の間を訪れ‥‥‥‥決意した。

<ベガンプ・宿屋>
「チェックメイトです」
「ぐあああぁぁあああ!!」
 宿の一室から子供の冷徹な声と若者の悲鳴がこだまする。圧倒的な力の差にグルーダは力なく床に突っ伏した。
「どうしてだ、俺とお前では何が決定的に違うっていうんだ‥‥」
「才能の差‥‥とでも申しましょうか。こういう戦略ゲームや帝王学の女神はやはり僕のような‥‥‥‥痛い!」
 レイピアが顔面に直撃し、少年は顔をおさえてうずくまる。
「あんまりいい気になるなよてめぇ。今度は剣術で白黒つけてやろうじゃねぇか」
「ああ、これだから力があれば何でもできると思っている人は嫌なんだ。いいですか、あなたがどれほど強くとも僕が五人の傭兵を雇えば‥‥」
「御託はいいからさっさと来い!」
「いってらっしゃ〜〜〜い」
 首根っこを掴まれ隣の部屋へ連行される少年。六歳の子供相手にむきになるその姿は滑稽にも見えるが、少女は二人を見ると微笑んで手を振る。
 最初は自分たちを連れ去った男たちより怖かった青年だが、日を追うごとに彼は彼女たちに不器用な優しさを向けてくれていた。襲撃者からは身を呈して護り、こうして自分達の話し相手までしてくれる‥‥。
 まるで‥‥かつての父親のように。
「‥‥‥‥でも、そろそろいかなきゃいけないんだよね」
 少女は天井を見上げると、溜息混じりに言葉を紡いだ。

<某所>
 手紙を読む男。たった一人の剣士に手を焼いているという内容。
 驚き、ついで笑み。同封されていた一枚の依頼書、そして数枚の金貨‥‥。
「ガキを殺すなんてみみっちい依頼は普段なら受けねぇんだが‥‥‥‥グルーダか‥‥ハハッ、ついでだ。誰か落ちこぼれをしまつしてこい」

<依頼書>
 諸君らが捜索していた貴族の子息二名は無事ベガンプの宿屋で保護された。保護したのは流れの傭兵で、山道で護衛とはぐれていた二人を偶然発見し、ベガンプまで一緒に旅をしていたらしい。
 今回の任務は子供達を無事留学の途につかせるため、叔父の邸まで護衛することである。諸君らの中には留学について疑問を抱いている者もいるだろうが、語れぬ事情があることは察して欲しい。叔父の家まで届ければあらゆる襲撃者は下手に手を出せなくなるだろう。
 子供達二人、そして領民の将来のためにどうかこの依頼を受けて欲しい。

●今回の参加者

 ea0186 ヴァレス・デュノフガリオ(20歳・♂・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea0263 神薙 理雄(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0497 リート・ユヴェール(31歳・♀・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2253 黄 安成(34歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea3519 レーヴェ・フェァリーレン(30歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3590 チェルシー・カイウェル(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea6591 シーナ・アズフォート(31歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●一幕
 依頼は驚くほど順調に進んでいた。
 ベガンプで子供達‥‥そしてグルーダと再会を果たした冒険者達は、休息するのもほどほどに、最短経路を通って子供達を護衛しながら叔父の家へと移動していく。
 もちろん、道中何もなかったわけではない。山賊を装った襲撃者に襲われること三回、黒服を纏った、見るからに怪しい風体の男達に背後から襲われること四回‥‥。
「ほいっと、‥‥これで終わりってわけだ!」
 シルバーナイフが男の右足に突き刺さり、五回目の襲撃者は悲鳴を上げて大地に倒れこんだ。ヴァレス・デュノフガリオ(ea0186)は、ナイフについた血糊を綺麗に拭い取ると、最初に這いずって逃げようとする男、ついで真っ二つに叩き割られたロングソード、そして最後に、汗一つかかずに他の‥‥既に言絶えている襲撃者を見下ろす剣士、グルーダを視界に入れた。剣士の瞳はどこまでも鋭く、残酷さを浮き漂わせている。
「いやぁ、お疲れさん。『グルーダ』。ただ‥‥足がつく原因になるから、次から襲撃者は殺さないでくれるとありがたいな」
 グルーダの名前をやけに強調しながら、軽い口調で彼に話しかけるヴァレス。どれほど残虐な輩であろうとも、グルーダは今仲間なのだ。ここまで子供達を含む全員が怪我らしい怪我もせずに進んでこれた原因をみすみす放棄するほど彼は愚かではなかったし、子供達がなついているのもまた事実なのだ。根っからの悪人ではないだろうと彼を含む冒険者達の『ほとんど』は、そう判断していた。

「どうする? あの者にリードシンキングでもかけるべきかのう」
「必要ない。既に事情は理解できている‥‥こいつらも叔父か、その系列の有力者に雇われた葛(クズ)どもだ。捨て置けばいい」
 這いつくばりながら逃げようとする男を取り押さえ、背後関係を突き止めようかと提案する黄安成(ea2253)を、レーヴェ・フェァリーレン(ea3519)は片手で制する。
 ‥‥そう、彼らは既に『子供達が何故襲われるのか』という疑問を解決していたのだ。

●幕間(過去、数時間前)
「‥‥‥‥‥‥」
 シーナ・アズフォート(ea6591)の声が草原に響いていく‥‥。とびきりうまいというわけではないが、穏やかで、優しく、どこか安心するような声‥‥。冒険者と子供達は、木を背もたれにしながら、歌を肴に束の間の休息を楽しんでいた。
「‥‥どうだったかな? 私の歌は」
「はい。とっても‥‥」
「率直に申し上げますと中の下でしょうか。確かに悪くはない、どこか安心できる雰囲気があることは認めましょう。しかし、残念ながらそれだけという事実が存在するのです、この屋外というフィールドでは音の反響率を‥‥」
 賛辞を述べようとした妹の言葉を遮って、歳相応でない講釈を長々と語り始める兄。シーナは一言も二言も多い男の子を、抱き締めているのか、それとも単に締めているのかわからない程度の力で両腕の中におさめる。
「シーナ、男の子を抱き締めるのはほどほどにね。‥‥ところで、本当にこのアイテムはいらないの? リーアちゃん」
 チェルシー・カイウェル(ea3590)は微笑ましい光景(?)に苦笑いを浮かべながら、リーアという名の少女へ話しかける。彼女は、自身では使えない魔法少女の枝をリーアにあげる予定であったが、当のリーアは叔父に怪しまれるようなものは極力持ち込みたくないと言って、チェルシーの申し出を柔らかく断った。
「‥‥ところで、リーアちゃんの叔父さんってどんな人なの? 今から留学に行くんだよね?」
 途切れた会話の隙間から、真実へ近付く質問を投げかけるチェルシー。このまま少女を叔父の家に送り届ければ確かに依頼は達成される。しかし、自らの正義に反してまで‥‥まるで感情をなくした人形のように依頼へ従うつもりは毛頭なかった。
「それは‥‥‥‥」
 少し考えたあとで、リーアは自分たちの置かれている状況をチェルシーら冒険者達へ話し始める。
 有力な貴族である叔父の力のこと、留学とは名ばかりで自分たちは人質に行くということ、自分たちが死んでしまえば父亡き後の継承権は叔父の側にまわってしまうこと、そして‥‥それを防ぐためにも、今は敢えて‥‥父親が死ぬまでは叔父の家へいかなければならないことを。

「‥‥よくわからないけどつまり私達は‥‥‥‥あなた達が危険な状況になるかもしれないような場所まで‥‥‥‥送り届けるしかないんだね‥‥」
「はい。‥‥でも安心してください。叔父の管理下に私たちが置かれれば、叔父も無茶なことはできない‥‥はずですから。ほんの少しの‥‥辛抱なんです」
 ようやく明らかになった真実に、自分達の力ではどうすることもできない真実に、チェルシーは俯きながら言葉を紡ぐことしかできない。
 リーアという名の少女は、とても歳相応とは思えない落ち着きぶりで‥‥‥‥すべてを受け入れていた。


 真実がわかれば、真実さえわかってしまえば‥‥きっとすべてが解決すると、心のどこかで期待していた。

●二幕
 月が高く上り、旅人たちの足元を照らす頃。冒険者達は叔父の領地内へ入っていた。子供達が言うには、あと一時間もあるけば邸に到着するだろうとのことである。
「グルーダさんひどい怪我ですの。今治療しますから少しだけ動かないで下さいのね」
 今までとは明らかに毛並みと実力の違う‥‥グルーダを狙って現れた一味を何とか掃討した冒険者達は、森の中に身を隠しながら翌朝の出発を待っていた。神薙理雄(ea0263)は、傷ついたグルーダに応急手当を施していく。
「グルーダさん、さっきの襲撃者は何者なんですか? あなたのことを知っていたようですが‥‥」
「邪魔だ‥‥職業柄、人に恨まれることは腐るほどある。いつものことだ」
 グルーダは理雄の手当てを鬱陶しそうに振り払うと、リート・ユヴェール(ea0497)の質問にも、答える義務はないとばかりに乱雑に答える。
「俺はそろそろ抜けさせてもらう。下手に賞金首と一緒にいることが分かったらコトだろうしな。‥‥そいつらにはまた縁があったら会おうと伝えておいてくれ」
 歳相応の幼い寝顔をして眠っている二人の子供達を視界に収めると、グルーダは荷物を纏めて森の奥へと歩いていく。賞金首という事実、捕まればまず間違いなく死刑という現実に、彼を止めようとする冒険者は一人もいない。
 ‥‥ただ一人、その場にいなかった者を除いて。


「いつまで尾行するつもりだ銀髪。俺は手負いだ‥‥殺るなら今しかないと思うんだがな」
「ああ、私の信念に賭けて、お前に罪の償いをさせてみせる!」
 吹き抜けた風に森全体がザワザワと声をあげる中、ルシフェル・クライム(ea0673)は自らの信念を賭した剣を引き抜いた。

●幕間
「始まったか‥‥」
 舌打ちと共に呟くレーヴェ。鋭敏な彼の聴覚に飛び込んできた金属音は、森の奥で何が行われているのかを明確に提示してきた。
「依頼後になると思ってたんだけど、まさか今とはね。‥‥どうする? やっぱり‥‥!」
 同じく戦いの始まりを察知していたチェルシーは、ルシフェルの気持ちと生命の安全との折り合いをどこでつけさせるか思案し、皆に意見を求めようとする。
 ‥‥彼女が振り向いた先には、理雄の姿はなかった。
「また話が少しだけややこしくなってきたみたいだね。チェルシーさん、リートさん、いきましょう! ‥‥この子達のためにも!!」
 護衛をヴァレス、黄、レーヴェの三人に任せて森の奥へ駆けていくシーナ達。完遂間近の依頼は、難とも皮肉なことに最大の危機を迎えることとなった。

●終幕
「がぁ‥‥ぁ‥‥」
「やめておけ銀髪、悪いがケタが違うんだ。お前一人に倒されるようなら俺の首に賞金なんてかかっていねぇんだよ」
 大地に肩膝をつきながら苦しむルシフェルを見下ろすグルーダ。彼の手に握られた剣は炎を纏い、汗一つかいていない彼の顔を照らし出していた。
「だからといって‥‥貴様を‥‥‥‥看過‥‥」
 ようやく収りかけた腹痛を気合で抑え、何とか立ち上がるルシフェル。
 最初から負ける可能性が高い勝負だとは思っていた。一緒に旅をするにつれて、それは確信へと変わった。違いすぎる太刀筋、戦いへの集中力、技‥‥。
「例え自身の命が潰えることとなろうとも、貴様をここで倒してみせる!」
「‥‥残念だな。俺にしちゃあ珍しい気分だったが。どうやらここでお前を殺さなきゃならねぇらしい!」
 大地を力強く蹴り跳ねる二人の剣士! 金属音は余りにも鈍く鳴り響き、木の葉の隙間から差し込んだ光は‥‥真っ二つに折れたクルスソードを照らした。
「聞こえてるかどうかしらねぇが、最期に教えてやるよ。俺達裏の人間はな、依頼対象より何より、まず自分を殺しにやってきた奴を殺すことを優先させ‥‥!!」
「絶対にだめですの! 死は死、他の何ものでもありませんの。まして償いなどでは決して‥‥ぇ‥‥」
 背後から突然飛び掛ってくる人影、反射的に剣を向けるグルーダ! 伝わるは確かな手応え、そして‥‥聞きたくはなかった悲鳴であった。
「そこだアアァ!!」
 棒立ち状態になったグルーダを蹴り飛ばすと、ルシフェルは悲鳴を上げる身体を動かし、無我夢中で弾き落とされた剣を掴み取り‥‥彼もまた呆然とした。
 失われた切っ先と‥‥倒れた仲間に。
「グルーダさん‥‥あなたはあの二人の‥‥『今』を守る戦いを体験した‥‥筈です。今度は‥‥その剣をあの二人の『未来』を守るために‥‥振るってみませんか?」
「すまないな。どうやら俺はそういう生き方をするには‥‥‥‥遅すぎたみたいだ」
「そんなこと‥‥ないと思います‥‥よ」
 グルーダは傷を負いながらも微笑みかける理雄の頬をそっと撫でると、森のさらに奥へと走り去っていった。
 冒険者達が倒れこんだ理雄とルシフェルの姿を見たのは、それから数秒後のことであった。

●余幕
「本領地へ留学予定でした子供達お二人を困難の末、確かにこの邸まで護衛いたしました。ご確認ください」
「う、ううむ‥‥ご苦労だった」
 リートの、彼女にしては珍しく嫌味のこもった報告を受けて、叔父は険しい表情すら隠し切れぬままに冒険者達へ上面だけの感謝の言葉を述べる。
「これで‥‥二人は貴殿の管理下となったわけじゃな。何かあったなら‥‥わかっているじゃろうな」
「‥‥無礼者が言わずとも分かっていることを! 去れ!!」
 叔父は黄に罵声を浴びせると、周囲の者に命じて冒険者達を邸から追い出す。

 それにより冒険者達は労いの紅茶とふかふかのベッドを失うこととなったが、冒険者としての意地と誇りを失うことなく依頼を達成したのであった。