【流転の章】正義の在り処――接触――
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■シリーズシナリオ
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月07日〜04月14日
リプレイ公開日:2009年04月16日
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●オープニング
メイを横切る大きな山脈、その中腹に広がる針葉樹林の内に存在する竜と精霊への深い信仰心を支えに暮らしていた者達の里に、永きに渡ってそれは保管されてきた。
大陸に散らばるとされる、エレメンタラーオーブの一つ。
十年以上も昔、このイムレウス子爵領に暮らしていたある姫が、我が身に迫る危機を察知し自分の命より優先して、風の精霊に託したもの。精霊によりその石はイムレウスから遠く隔たった隠れ里へと運ばれた。占い師、ロゼ・ブラッファルドを隠者の里へ、そしてイムレウス子爵領へ向かわせるきっかけとなったもの。
今は亡き、元の宝玉の継承者。その『姫』が宝玉を精霊に委ねたのは、心ないものに奪われ悪用されるのを恐れた為だと、推測された。
それは、周りに託せる相手がいなかった事を意味する―――。
それからずっと祠に封じられ眠っていたその石は、今は次の継承者とみなされたロゼの手にある。首飾りには余りに大きすぎる拳大の、陽精霊の力を凝縮したような輝かしい石は、――ロゼの父親のエドワンドが、滞在する聖都オレリアナの優秀な職人に依頼し、――身の丈程もある大きく優美な杖の先端で輝けるよう、作り直された。
「それはオリハルクの輝石―――。天候を操り、条件さえ揃えば遥か彼方の事も見通す事ができるというな」
そなたが継承者だったか、と。翌日オレリアナを一端離れると、霊峰へ挨拶に向かった先で。ロゼは霊鳥ホルスにそう指摘され。所持した石がそう呼ばれている事を知った。
陽のエレメンタラーオーブ。陽精霊が玉の中央で身を丸め眠るように目を閉じているのが、透かし見える。強力なマジックアイテムだ。
「それは、この地の宝とでもいえばいいのか・・・・。子爵の母親亡きあと、彼が所持していると我は聞いていたのだが。なるほど、それにしては奇妙な事が多かった訳だ」
ロゼから経緯を聞いたホルスは、皮肉をこめて告げたあと―――口を噤んだ。
*
「俺は元々孤児だし、お前も知っての通りずっと泥棒やってたからな。金持ちとか、身分なんか糞くらえって思ってた。今もだ。どんなに威張り腐った奴も、飾り立てた奴も――。貧しい奴も。結局そいつの価値を作るのは、身分とかじゃないんだって」
「うん」
「その石を継ぐ者が、どういう基準で選ばれるかは判ったよ。でもな、――だから、お前がどれだけ大貴族の身分を持った女なのか、お前から詳しく聞いた訳じゃねえけど、これから何が判っても態度を変える必要はない――そうするつもりもない、でいいんだな?」
しばし見つめ合った後、ふ、とロゼは笑い。肩を揺らした。
「クインは――やっぱりどんな時でも、クインだねぇ」
「なんだよ、それ」
「あはは、ごめんね。勿論そうしてくれて構わないよ。それに、【元】貴族の身分ね。今の私にはないよ」
「お前が望めば、本当の両親の汚名を返上すれば、――いつか取り戻せるものじゃないのか」
クインの指摘は痛いところをついたのか、ロゼは曖昧に微笑する。
「名誉は回復させても、もとの名を名乗りたいとは思わないかな。そのつもりはないの」
露骨に嬉しそうな顔を見せないのが、実にクインらしいと言えた。
「ふぅーん・・・・。で、今度はどこに行く?」
「地図上にも載っている、子爵領の領地にに含まれる大きな島―――知ってるでしょう? カゼッタ島っていうんだけどね。そこに行きたいの」
「カゼッタ? そんな名前なのか」
「うん。首都から、定期船も出てる場所よ。13年前ある事件があって島の南半分は殆ど人は住んでいない。大きな港町や点在する町は全て北の領地にあるの。今は天候不良に悩まされていて、ずっと雨が続いているんだって」
案じるよう、続ける。長雨が続けば人々の生活も悪影響が出るのは必至だからだ。
「ただ、その前に‥‥」
発言はクインに遮られた。
「ちょっと待て! 13年前、それってまさか・・・・」
「うん。私が住んでいたのは南側の領地。それでホルスや精霊達が調べてくれたところ、あの島は変だって。精霊達が皆気が立っていて、様子が変らしいの」
「どういう事だ?」
「なんて言えばいいのかな。それだけじゃなくて、島には魔物がいるって――。精霊達が近づくのに、何か嫌がる様子を見せるんだっていうの」
「精霊達が怖気づく・・・・?」
「よく、わからないんだ。私が占っても、漠然とした事しか判らなくて。あと、エドが仕入れてきてくれた情報に、オリハルクから定期的に出てた船が、欠航しているらしいって話・・・・あったでしょう?」
「‥・・巨大な海蛇とセイレーンが、定期船を難破させる・・・・、だったか」
「そう。オレリアナにまで噂が届くほどだもの、相当騒ぎになってると考えて間違いないよ。首都とカゼッタ島間での怪異、イムレウス子爵自らが指揮を取って、それの退治に乗り出す可能性は高いって言ってもいいかも」
首都オリハルクには、子爵が力を注ぐ独自のゴーレム工房もある。民を脅かす敵を、その威信をかけて潰そうとするだろう。
「亡くなった人には申し訳ないけど・・・・でも、理由がなくて突然精霊が荒れるなんて考えられないよ」
精霊はひとに好意的なものばかりではない、ということも。頭では判っている。
表面だけを見るのは、余りに簡単だけど―――。
「お前は、『それを防ぎたい』んだな?」
「・・・・クイン」
「もし読み通りになるなら。子爵が率いる海軍は、その海域を暴れ回ってる奴らを倒そうとするだろう。なんでそんな真似をしているかを確かめて、平和的に解決するんじゃなくてよ。ロゼは、それが嫌なんだろ?」
「―――・・・・うん」
「だよな。問題は人死にが出てる事だけど・・・・。ともかく、ダートの町で起きた髑髏蠅の一件や、オレリアナの一件みたいに裏がある話かもしれねぇし。派手に決着をつけて、今まで以上に英雄的扱いで祭り上げられる事を望んでるのかもしれない子爵には――悪いがな」
「・・・・イムレウス子爵が何を考えているかは、わからないけど。とにかく、そこで起きている事を確かめて。人を襲うのをやめさせないと」
何が原因で事を起こしているのかは、判らない。それでもただ存在そのものを絶つのが正しいと、言えるのか。一部の者の過ちが、行動の選択の結果が大勢を巻き込む事件に発展することも往々にしてあるのだ。オレリアナの一件でロゼもクインもその目で見てきて――それを痛感している。
カゼッタ島に行く云々の前に、その事件を何とかしなくてはいけない。それに、とロゼは呟いた。
「海軍が討伐に乗り出す前に、『彼ら』と接触しないと大変な事になる―――。そんな嫌な予感がするの」
●リプレイ本文
●
「今回も、よろしくお願いします」
力を貸してくれる6名のうち、雀尾煉淡(ec0844)は。ロゼ達とは聖都動乱時に面識はあるものの、その際はあまり多くを話す時間がなかった。改めて名乗った後。関連依頼の報告書を確認し状況は把握済みである事を言った上で、煉淡は考えを口にする。
「今回の騒動も、カオスの魔物絡みでしょうか?」
「はい。おそらく」
「考えるよりともかく、行動しようぜ」
「クイン。待て」
「何?」
アマツ・オオトリ(ea1842)の目は、小さな竜に向けられている。当人は首を傾げている。
「こう言ってはなんだが、稚児竜は目立つ。そなたはロゼ殿らと共に宿に残れ」
この都を歩く時、ベールで顔を隠している風のロゼに何か感じるところがあったのだろう。
「顔見られると、何かまずい事になんのか?」
とは、村雨紫狼(ec5159)が。
「私の事を知られると、最悪衛兵が来て宮廷に連れていかれるかもしれません」
皆がぎょっとして息を呑む。申し訳なさそうに顔を曇らせるロゼ。
「面倒事を避ける為、私は殆ど動けません。皆さんにお任せすることが増えてしまう。本当にごめんなさい」
「ロゼちゃんが謝る事じゃないけど。・・・・それは理由を聞いても?」
エイジス・レーヴァティン(ea9907)が。
「単純なことです。私が叔母に、子爵の母親にそっくりだから。正確に言うと、その妹に」
苦くロゼは笑い、続けた。皆の反応から、薄々は予想していた事が窺える。
「髑髏の蠅が出たあの町の。ダートさんが言っていた双子の姫。ロゼさんの叔母君は、子爵の母君ですか」
そう言ったのは、クロード・ラインラント(ec4629)だ。
「はい。丁度いい機会です。聞いて欲しいお話があります。以前隠者の里でお話しした、13年前に起きた事件に関わる事です」
クイン、そして魔術師の師弟も口を挟まない。彼等はロゼが、冒険者達に話そうとしている事を全て承知しているのかもしれなかった。
*
子爵領の一部、カゼッタ島の統治を任されていた貴族がいて。家名を継いだ嫡男、そしてその妻及び血族が、カオスの魔物を招き入れ島に魔を蔓延らせ、謀反を企んだ、そんな事件があったのだという。
「当時の子爵・・・・現在の子爵の父親は。私の母達が魔物に魂を売った、だからこそ魔物があれ程出現する事になったのだと主張したのだそうです。討伐の噂がたち、けれどそんな矢先屋敷に何者かの手で火が放たれ、大勢が・・・・死んだのだと。私のこの顔は子爵の母と酷似していると同時に、謀反を企んだとされる母と同じものなんです」
姿絵等過去、多く出回っていた筈だ。若くして逝去した子爵の母の顔を覚えている者は多い。そう察せられる。
「きっかけは、ロゼの母親が、子爵らがカオスに傾倒していた事を突き止めた事が始まりらしい。どういう経緯かは分からないが、それが真実だと解ると、彼女は姉を問い詰めた。そしてそこから――あの事件へ繋がっていったんだろう」
「エドワンド殿、それは‥・・」
アマツが眉を寄せる。
「ちょっと待てよ、それって! 魔物に関わってたのはロゼの母ちゃんらじゃ当然なくて・・・・」
「立場が逆転したと・・・・いうことですか。イムレウス子爵、つまりこの首都を治めている彼らこそが、本来断罪される立場の者であったと」
クロードの声も自然低く、硬くなる。
「カオスを信仰している事が知られたから、粛清された?」
煉淡が問う。ロゼは苦しげな様子で、頷いた。
「母達は、穏やかな人達でした。謀反なんて、――ありえません」
「飼ってた鳥が死んだだけで一晩泣き明かすような姫に、そんな芸当は絶対にできない。・・・・子供の頃から仕えていた俺が、保障する」
苦い口調で。エドはそれだけ言って口を噤んだ。
「ロゼちゃん、それじゃこの子爵領で起きている一連の事件は、子爵が糸を引いているってこと?」
エイジスの確認に。
「――十中八九、そうです」
「まじかぁっ!!」
紫狼が叫び、天を仰いだ。皆、あまりの事に言葉を失っている。
「回りくどいやり方で、事件を起こす訳だよな」
そう冷ややかに言うのは、クインだ。彼は皆より先に聴いていたのだろう。ちびドラが相槌を打つ。
「まさか、あの方が」
ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)が、苦く呟く。先日彼女は別の依頼でこの地に訪れ、子爵と面会したばかりなのだ。
華やかな都、オリハルク。だが光当たる首都には、深い闇が存在する――ということか。
「皆さん、どうか気をつけて。この首都では特に。私に味方してくれている事が知られたら、・・・・あなた達の身に危険が迫るかもしれません」
彼女が全て話したのは、皆の身を案じての事だ。仲間達は深く頷いた。
●
首都の船乗り達は怪異を前に、『島』に向かわない一部の船を除き海軍が事件を解決するまで待機を余儀なくされていた。
船を借りる交渉には、ルエラ、クロードとアマツが中心に当たる。ルエラは大型船舶の資格を有し船を動かす事は可能だが、人手は居る為、船員を雇い入れる必要がある。先程の宿を拠点に、アマツの提案で単独行動は行わず二人以上で組み、船を出してくれそうな相手を捜す事になった。
しかし、船乗り達は皆慎重だった。
交渉は難航した。船の大小問わず法外な金額を求める――支払えるのなら出してやる、と言わんばかりの高慢な船乗りもいたが。頼む事はしなかった。
「海に生きる人なら、精霊さんに軍を差し向けるのに抵抗のある人もいるだろうから。信頼できる人を捜そう」
エイジスが別行動を始める前、そう言っていた為である。仲間も同意していた。
*
「船を捜している奴らってのは、あんた達かい」
昼間から酒浸り――酒場で騒いでいる者達に交渉に当たっていたアマツとルエラは。褐色の肌に無骨そうな中年の男に声をかけられた。
「あの、隅に座ってる男に聞いてみな。お上に止められて、大金も請求せずそれでも船だそうなんて変わり者はあの人くらいだ」
親指で広い酒場の奥を指す。
「オルドって人だ。駄目もとで粘ってみな」
*
仲間と合流し、クロードを含め代表して三人で、説得にあたった。
「オルドさんですね」
「そうだが」
大柄な四十半ば程の男。厳つい顔をしている。
ルエラに続いて二人も名乗る。事情を手短に説明し、船員の安全は保障する事を約束した上で交渉を始めた。
自分も代金の一部を負担し、操舵を支援する事等を告げるルエラ。荒れる精霊を鎮めその原因を調べようと考えている事、乗組員はその海域に着いたら船を下り避難を――と、考えている事をクロードが伝える。
「また、船の損傷は賠償可能です」
「それは、まぁ当然だな」
酒を飲み下しながら、男はあっさり告げる。
「だがな。・・・・ご存じの通り、今海は荒れてんだ。脱出用の船を積みこむっていうが、そんなもん転覆するのがオチだ。海蛇様が暴れてる場所で俺の仲間を下ろそうって言うのか? 考えなしにも程があるぜ」
厳しい口調だ。
「――いえ。海の状況次第では私達のペガサスで皆さんを港まで」
「俺が言いたいのはそうじゃないぜ」
「と、言いますと」
「俺らを下ろしたら船を操れなくなる。あっという間に沈没だぁな。だから俺らは行くなら途中で逃げたりしねえ。引き受けたなら、しまいまでやる。かといって仲間を無駄死にさせるのはごめんだ。海蛇様が荒れる原因を突き止め、俺達を護り抜けるか? それが出来るって言うなら、協力してやってもいいぜ」
「!」
男に敵意はない。言いたい事を察したのか、三人は表情を緩める。勿論お代は頂くがな、と男は片頬だけで笑った。
●
夜。闇に紛れて船は出港した。ロゼの義父達はカオス達に関して調べたい事がある、と。港で別れた。煉淡が船にペガサスを入れる際、檻に入れて貰っても、と申し出たが。オルドがよく躾けられてるんだろ? なら構わねぇよ、といった。細かい事を気にしない性質らしい。
「なんか夜逃げみたいだなぁ〜」
紫狼はそう言いつつ。双眼鏡で甲板から海に異変がないか探る。
問題の海域まで暫し――。
「島には魔物がいる――魔物の気をうけて荒れているのだろうか」
船首から海を眺め、クロードが呟く。
「兄さん、13年前の怪異を知ってんのかい」
皆が驚いてオルドを見た。舵を取りながら、
「知ってるって顔だな。精霊達が意味もなく荒ぶるものか。あん時もな、海蛇様が暴れたらしい。カゼッタの船乗り達から聞いた事がある。海も風も荒れて。どうにも似通っていて、嫌な感じだ」
「・・・・状況が似ている? あの、それは本当ですか」
「あぁ。しかし占い師さんが一体何用だい? 不思議な一行だよな、お前さん達は」
「・・・・・・」
「まぁ、いいさ。まだもう少し掛かる。休める者は休んどいた方がいいぜ」
*
海を進むと。やがて、歌が――聴こえてきた。
それは心を蕩かすような、うつくしい女の声だった。
「おいでなすった」
渋面でオルドが呟く。船員達に緊張が走る。アマツが自らにオーラ魔法を施し、歌に対する耐性を得た。
「向こう! 何か今、瘤みたいのが。あれ、海蛇じゃねえのか」
「貸せ、紫狼」
「うわ、乱暴に扱うなっ」
クインも驚き突き返す。
「紫狼の言う通りだ、何かいる」
「だろ」
「きゃう!」
「近づいてくる!」
ペガサスを駆り上空でルエラが。今やはっきり肉眼でも捉えられる。
「海蛇と思われる物が三体、おそらくセイレーンが10体以上です!!」
風術を発動し、感知した事をクロードが。
煉淡も術で確認し、頷く。数も、相違ない。
――想像より多い!
頭を振るオルド。船員達の中では茫洋とした目で膝をつくものもいる。
「前衛は僕達が引き受ける。精霊さんと戦うのは気が進まないけど、戦わないと言葉が届かないなら戦って道を切り開くしかないね」
「エイジスさん」
耳栓を取り出した仲間を制して。煉淡は『精霊招きの歌声』を取り出す。子爵領より遥か東、リンデン公爵領の歌姫の声を封じたアイテムだ。
セイレーンの歌声をかき消す程、圧倒的な声が溢れる。
*
波間を漂う奇しき歌声が、途切れた。
「!」
海蛇がぶつかった衝撃が。バランスを崩してたたら踏む。そして甲板に出現したモノ。
船の危機に、ペガサスが急降下する。
獰猛な目で皆を見据え、尖った牙を神経質なまでに鳴らして。突如、襲いかかってきた。
ロゼに襲いかかってくる者を、エイジスが庇う。
手加減され、薙ぎ払われた者は。狂気を宿した目をしている。
「待ってたわ」
「死んだ筈の娘」
「その娘に、味方する者よ」
癇に障る嗤い声が響く。
――――死んだ筈の娘。
その言葉に耳覚えのある者は、多かった。
「そうロゼを呼ぶって事は、お前らカオスの一味か!」
叫ぶクイン。
それは魔物が、隠者の里でロゼを呼ぶ時使った表現だ。
「騒ぎを起こせばお前は来る」
「正義とやらを――振りかざして」
その、爪と牙の攻撃は歴戦を潜りぬけた彼らに重傷を与えるものではない。
「そなたらは敵か。ならば、容赦はせぬ!」
アマツの刀が閃く。仲間達はそれぞれの武器や技で敵と対峙し。セイレーン達は葬られていく。
「『親愛なる従妹殿。カゼッタ島で待つ』」
「!」
確かに伝えたわ、と一人が告げ。
武器を構えた紫狼に飛び掛かり、その剣を自ら胸を突き立てた。
「げげげっ、何なんだよっ」
死骸となったそれを跳ねのけ、紫狼が叫ぶ。
鮮血が甲板を濡らす――。
周囲の気温が一気に下がる。海蛇の体当たりを受け、オルド達の尽力と危機に駆けつけたルエラのサポートで辛うじて転覆を免れていた。
放たれるウォーターボムは煉淡の高速詠唱のホーリーフィールドに守られる。飛散する水の塊。
海蛇からは咆哮が聞こえるだけ。
クロードがテレパシーで何とか対話を試みる。
『ヒトガニクイ』
『ヒトガニクイ』
クロードを介して、その怒りを知る。
「なぜ!?」
「危ねぇ、ロゼ!」
彼女を背後から引き戻そうとする。
「あなた達を荒らぶらせているのは、魔物なのではないの!?」
ウォォオオオオオオオン。
ウオオオオォォオン。
『コノチハ、モウオワリダ』
『シシャク、タマシイクワレタ、ソウキイタ』
『シマノセイレイタチ、タクサンコロサレタ』
『シシャクハドウホウヲフヤシテイル』
『ヒトガニクイ』
『ニクイゾオ!』
「く」
ぶつけられる思念に。額に脂汗を滲ませクロードが膝をつく。慌てて煉淡が支えた。頭痛に襲われながらも、クロードは水面下から聴こえる海蛇の怒りを伝える。仲間達にかけられたアイスコフィンは煉淡が即、解除させていく。
「僕達は、子爵じゃない! 君達を殺しはしない!!」
水術に抗し、防戦しながらエイジスが叫ぶ。
「お願い、聞いて! あなた達を助けたいの! 暫くこの海域を離れて、逃げて! このままではあなた達は海を荒らす禍つ霊として退治されてしまう!」
声は――届きつつあるのか。海蛇の動きが鈍った。
煉淡が、竪琴を奏で始めた。それに気付き、ルエラはそちらに首を巡らせ。彼女もまたその音色に歌声を乗せた。
遥かな水平線
昇る朝日が
金色の輝きを波間に写す
目覚めた海鳥達が囁き謳う
鮮やかな世界
母なる海へ
波は寄せ返し
優しきゆりかごに
命は芽吹く
全ての命を抱きしめ
奇跡に輝く母なる海よ
喜びと哀しみを慈しむ強さを
教えて
―――・・・・・・
――・・・・
海蛇は幾度か鳴き声を上げ。
船から、離れていった。
「クロードさん、あいつら最後に何か言ってた?」
紫狼の問いに、彼は海蛇の消えた海面を見つめたまま。
「いえ、何も」
「そっかぁ・・・・」
「あれ程激しかった沢山の人への呪詛の言葉が、最後には一つも聞こえませんでした」
「それって」
仲間の治療を行いながらクロードが。驚きに目を見張る皆に、伝える。
「想いは、――届いたようですね」
●
ロゼ達を島へと下ろし、船は再び首都目指して出港しようとしていた。今回の一件で明らかになった事を考えると、この島は危険だ。エイジスが連れている精霊達も居心地悪そうにキョロキョロと周囲を見、彼から離れようとしない。絆が深い精霊であれば連れてくるのは不可能ではなさそうだが、それでも得体のしれない不気味な感じがある。
「本当に、残るのか?」
酷く心配して問う紫狼。敵陣に残していくような心境であるらしく、皆も同様の言葉をかけたが。今回の一件もあり、決意は固いようだった。エド達にはマチルダを介しシフール便を使い所在は伝える、との事だ。
「いいですね? ロゼさんをしっかり守って、くれぐれも気をつけて。あなた達も」
「・・・・おうよ」
『うん!!』
クロードに言われ、クインと竜の子供は頷く。
ロゼは決意をこめて告げた。
「ちゃんと、調べてみますね。――この島で、何が起きているのかを」