【流転の章】終焉に向かう島 ―3―

■シリーズシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 39 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月02日〜06月10日

リプレイ公開日:2009年06月11日

●オープニング

●記憶の中の人
 ひとの魂は、魔物にとって価値のあるもの。
 ひとの断末魔の叫びは、彼らにとって心地よいもの。
 奴らの目的。人を苦しめ、恐怖させ、絶望させ。甘美なる声で騙し、憎しみ合わせ。命を奪い。
 ならば、魔に魂を捧げた者は、完全に魔になってしまうのだろうか。

 近づいてくる船団を、あの時皆は睨みつけた。今更、島へ救援の為訪れたそれ。島に上陸する彼らを横目に、ロゼは、皆は島を離れた。今はまだ、事を構える事は、できなかった。

「少し一人にしてください」
 船内の一室にこもったロゼは。様々な事に思い巡らせる。島の民の子爵らへの不信は相当なものがあった。けれど、彼らは物資を与え、あれこれ理由を付けてあの民達を懐柔するだろう。確信にも似た思い。それは皆も同様の筈だ。
「私、バカだ」
 ロゼは呻く。デビノマニになってしまったら、人には戻れるのかと義父に尋ねた時、彼はとても厳しい目をしていた事が想い出される。イクシオンの母親は13年前の事件の後、すぐに逝去し。齢7歳にして、魔と通じていた父と側近らに囲まれた子爵は何を想い、今に至ったのか。そう考えると憎みきる事が出来なかった。道を踏み外したのだと思っても、それは彼のせいばかりでは決してないと。自分が殺されかけた後も、その想いはどこかにあった。
 けれど彼の悪意には果てがない。底なしだ。人を踏み躙りながら、その後に闇など見えぬ輝くばかりの笑顔で手を差し伸べるのだ。子爵領を旅している最中ロゼが耳にした、イクシオンを褒め称える言葉がそれを示している。
 民が見る彼は眩しい、けれどその影はどれ程深く濃い事か。


『――――、僕が案内してあげる。庭が終わったら、他も』
 あれは事件の起きる二月程前の事。カゼッタ島から母と共に初めて首都へ訪問した従姉妹に、優しく快活に言った金髪の、それ同様に輝くばかりの溌剌とした少年。宮殿にある花が咲き乱れる庭園を、散策した日の事。彼に落ちた、木漏れ日が作る影も覚えている。そして廃墟と化したディオルグ家が頭を過り、そのあまりの対比に。ロゼは声を殺して泣いた。


●来訪者
 かつて、髑髏蠅による事件が起きた町。丘の上にあるジーク家の邸宅にて。カゼッタ島よりこの町へ向かい。船乗りのオルドらの滞在先まで手配してくれた事に対して、礼を言いに行ったら。当主と、その恋人のルーの二人は、ロゼらに暫く滞在するよう、強く勧めてきた。つい先日までデスハートンにより虚脱状態にあったロゼは、以前に比べてはっきり判る程に痩せている。クインらに食べるように再三言われているのもあって、少しずつ元に戻りつつはあるのだが。当主ら二人にも、だいぶ心配させたようであった。

 その日の深夜、屋敷に。予期せぬ来訪者があった―――。
 何となく胸騒ぎのようなものを覚えて、ロゼを起こす事無く。竜の子が窓から滑り出、外へ飛んでいった。

 *

 2メートル近い体躯に、爬虫類にもにた、細い目にのっぺりとした薄い唇のその男と、今竜の子は対峙していた。今にも細い舌が唇から這いだしそうだ。古めかしい蒼い、衣をまとっている。
「あの娘は、子爵を殺すつもりであるのかどうか。竜の若子はご存じか」
『――――‥‥なんだよ、いきなり訪ねて来たと思えば。それにナーガが、わざわざロゼに会いに来る理由はなに?』
「まぁ、そう睨まずともよろしい。ロゼ嬢と仰るのか。かの方が子爵を殺すつもりであれば、我は助力は惜しみませぬ。ただあの御方が、彼女と話がしたいと仰せでして」
『あの御方?』
「我にとって特別な御方。それで、先の質問には答えて頂けませぬか。精霊達や、異種族の中には仲間を傷つけ殺され、恨みが募り膨れ上がっているものもいる。策略と力でねじ伏せるようなやり方は気に入らぬ。ロゼ嬢が我らの味方であればよし、けれど彼女が子爵に憐れみをかけ、命奪う事をよし、としないのであれば。その生温さに恨みの矛先は彼女にも向けられるでしょう」
『なんで、ロゼに!』
「噂によると、彼女はディオルグの生き残りとか。13年前の事件の際の事を、覚えているモノは多い、それだけのこと」
『あれはロゼ達のせいじゃないよ。嵌められてっ」
「やはり、ディオルグの者であるのは真でしたか」
『!?』
「若君は口が達者でいらっしゃる。ですがあまりお利口ではありませぬな。―――噂が真実とすり替わる事は往々としてあること。問題はそれを信じているものが数多くいるという、事実です。さぁ、道をおあけなさい」
 ぴしゃりと、冷たい印象の男は言う。
『‥‥っ。あの御方っていうのは、どこにいるの』
「霧に包まれし海域に。我らと絆を結んだ暁には、主もまたかの島に眠るものについての情報を教えてくださる筈です。あなたがたの益にもなりましょう」
『!? あのね、この夜更けに来て随分、れーぎ知らずなんだね。面会させる為に、ロゼを連れ去ろうっての? 僕は絶対そんなの、許さないからね! 話がしたいっていうんだったら、日を改めて来なよ』
「指示が下り、気が急いて来てしまったが。ふむ。できればあなた方に頼みたい事もあるのですよ。本当に信頼できる相手かどうか、お見せ頂く為にも。あの方の元へ共に来て頂くのはそれからでも遅くはないですな」
 それからある話を続け、チビドラは困惑した。不安であればお仲間をお呼びなさい、と告げ。彼は飛び去っていった。


●三枚のカード
 就寝していたところを叩き起こされたロゼと、クイン。事情を聴き、渋面を浮かべるクイン、ロゼは思案するよう目を眇める。
「アゼンダの港町より北西。霧の立ち込める海域に、ミスティドラゴンが住んでいると聞いた事があるわ。彼等は、その竜に関わりが深い存在なのかもしれない」
『いくの? ロゼ』
「うん」
『で、でもね』
「なんだよ」
『煩いな、クイン。あいつら、ロゼに聞くよ。子爵を殺すつもりがあるのか、って。頷かなかったら、ロゼの身に危険が迫るかもしれない』
 ロゼは真剣な表情で、黙りこんだ。
「‥‥‥‥ロゼは、行く前に心を決める必要がある」
「‥‥」
「昔はどうだか知らないが。今はロクでもねぇ奴だぜ。‥‥迷う必要なんて、ねえと思うけど」
 ロゼを殺されかけて以来、子爵を語るクインの口調は一層辛辣なものになっていた。
「それとね、近海にあるセイレーンの集落まで案内するから、そこで何が起きているか調査してきてほしいって」
「セイレーンって‥‥。最初にカゼットに行く途中、襲ってきた奴らだろ。何でまた」
 ロゼは箱からタロットカードを取り出し、シャッフルする。
 左に縦一列、右に十字の形に並べたカード。最後の三枚のカード。 

【逆位置・正義】不正や、不公平、法的な複雑さ、極度の厳しさ。
【正位置・吊るされた男】高次元への存在への服従は、生き方を反転させる。予言の力、自己犠牲。
【逆位置・運命の輪】運命には浮き沈みが。悪化する恐れがある。また、蒔いた種を刈り取る事になるだろう。

「逆位置の正義が、吊るされた男の傍に出た」
「‥‥やっぱ、何か意味があるのか?」
「正義が吊るされた男のすぐ傍に出た場合、意味が変わるの。それは厳しく戒めるよりも‥‥」
 ロゼは占い師としての目で吊るされた男のカードを掲げ、真剣に見つめる。そして言葉を変えた。
「たぶん、様々な局面で試される事になると思う。選択によっては状況が悪化する。そんな、暗示よ」

●今回の参加者

 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4629 クロード・ラインラント(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●セイレーンの島
 蒼海の中に浮かぶ、切り立った岩壁を晒すその孤島―――。
「あそこのようですね。オルドさん、皆さんもありがとう。ここまでで大丈夫です」
 村雨紫狼(ec5159)に、着せてもらっておけ、と言われた救命胴衣をオルドに返し。ここまで連れて来てくれた礼を、ロゼが言う。
「いつも悪ぃな」
『皆、ありがとねっ』
「何の」
 元々セイレーンの集落付近までの約束。そこからは、騎獣で向かう。度々力添えを願い協力をしてくれた彼らとの間には、確かな信頼関係が芽生えている。ロゼの遠縁のジーク家で雇われた彼らは、今後も何かあれば助力してくれると約束してくれていた。
「まず共通認識として確認しとかないといけないのは、今回は討伐じゃなくて、調査をしに来たってことだね」
 グリフォンに跨りそう、エイジス・レーヴァティン(ea9907)が言った。皆、頷く。
 ナーガ族の男が、短く告げた。
「案内はここまでです、後ほど頃合いを見て合流致します」
「あんたは審判役なんだろ? どこにいるんだよ?」
「‥‥」
 海の色を写し取った髪と瞳を有す男は、紫狼を冷やかに見て。バサリ、と翼を鳴らし。彼らから離れていった。
「‥‥あの方、人間嫌いなのでしょうか。ロゼさんに話しかけたきり、ずっとあの調子で」
 始終無愛想で、人と距離を取ろうとし続ける態度は徹底している。ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)の言い様も無理はない。
「う〜ん、どうだろうね」
 とは、当初挨拶を試み、笑顔で話しかけ玉砕したエイジスが。クインが息をついた。
「子爵があれこれやらかしたせいで、ああなったのかもな。あいつ」
「ま、ほっとこーぜ。しっかし、子爵のやつ。デビルマンになってでも手に入れたいもんて何だろな?」
 誰も返答ができない。グリフォンにクインと共に相乗りしたロゼが。空を振り仰ぎ――離れていくナーガの、その姿を目で追った。

 
 ペガサスを駆りながら、ひとまずディテクトアンデッドで魔物の探査を行う導蛍石(eb9949)。
「島の周辺に、感じます。そしてこの数、下級の魔物かもしれませんね」
 傍に寄ってもらい、レジストデビルを皆に一度に付与する。その後すぐに、接近してきた邪気を振りまく者を肉眼で捉えられた。雑魚――しかしそれは強い冒険者であればこそ撃退が可能なのであって、人間や左程の強さを持たない者達にしてみれば脅威になり得るものだ。皆は其々の得物と技で、一匹ずつ確実に仕留める。そして戦いが終わった後、エイジスは傍にいる精霊に。カゼッタ島と同様の気配がするか問うが、彼女達はしない、と首を振った。その傍ら、クロード・ラインラント(ec4629)は陽霊に、島にいる生物達の事をサンワードで調べてくれるよう、頼む。
「こっち、見てるみたいだよ。いっぱいあの穴の近くにも、いるみたい」
 精霊の言葉通り。騒ぎを聞きつけた、セイレーンが姿を現し始めた。

 *

 島に降り立った彼らへ女達が、牙を剥いて威嚇してくる。クロードが詠唱を行い、自分達と彼女達の間に障壁を張る。接近を阻まれた女達は、爛爛と光る目を皆に向けるが。スグに当惑した様子に代わる。『技』が防がれた為か。
「(歌の他にも、人を魅了する技を使うかもしれません)」
 予め、ここに来る前にロゼが。既に先程――魅了の技を防ぐ対策は済んでいた。
「できれば殺したくない、僕達は話を聞きに来たんだ!」
 執拗に襲い来る相手には、エイジスが剣の腹を使って退けようとする。不殺で撃退すること、それは決して簡単ではないが。望みは殺し合いではなく、真実を得る事。彼の決意は、固い。
 女達は、敵意剥き出しで襲いかかる。蛍石がコアギュレイトで、次々拘束。その鋭い爪を向けて来て向かってきた相手へ、高速詠唱でクロードが再度ムーンフィールドを張り、阻む。
 ルエラはアイギスの楯をかざしながらペガサスを駆り攻撃を回避し、上空へ舞い上がる。話の通じそうなセイレーンを捜すが。
「(貴方がたは魔物に操られているのですか)」
 月魔法で仲間の身を護りながら、クロードはテレパシーで至近距離にいた女の心を探る。その間も仲間達はセイレーンに痛手を与えないよう注意しながら、攻撃を受け流し流血を避ける。
「(私達は操られて等いない)」
「(私達は視られているから、従わないと)」
「(監視され、従っている――と?)」
 女達の中に動揺が生まれる。直接頭の中に響いてくる声に、当惑しているのか。
「子爵に監視されている? 魔物に操られている訳ではないのに、従う理由は彼を恐れての事ですか」
 クロードが重ねて問う。
 広がるざわめき。
 やがて―――。

「やめやめ! 下がりな」
 入江のさらに奥、洞穴の中から、艶やかな人間の女の姿を取るセイレーンが現れる。
「子爵様の話が出たってことは。例の娘と、そのご一行でしょう?」
 黒く波打つ髪をかきあげ、皮肉を込めて言う。
「あんたらにしてみたら、人間を食う化け物かもしれないけど。誠意を見せてくれるなら、話に応じてやってもいいよ。さっさと、この子達の拘束を解いてよ」
 蛍石が頷き、ニュートラルマジックで術を解除する。体を摩りながら、恨めしげに冒険者らを睨み。中心的人物と思しき美女の背後へと女達は逃げ込む。
「ただし、仲間にした事は忘れてない。話が終わったらさっさと出て行くんだ。いいね」
 憎々しげに女は言う。鋭い牙がぎらりと光った。それに同意して。 
「私達の前に子爵がやはり訪れたのですね。彼は何をしていったのですか」
 クロードが問う。
「何って」

 かつて元々彼女達の集落は、ここではない別の場所に、存在していたのだという。船を人を襲っていた彼女達は、その地の人間達に目をつけられ。かなりの数討伐されたらしい。窮地を、子爵配下の魔物が救った。この子爵領へと後に誘われ、魔物とその背後にいた子爵の圧倒的な力を前に、彼女達は子爵の僕となった。
 子爵はこの無人島を与え。そこに集落を作らせ、きたるべき時に備え待機させた。
「船を難破させ。船員とかは魔物に魂を抜かせて、体はあたし達が頂くの。暫くそうやって暮らして。そのまま従えば命は保障する。逆らえば殺すって言われてさ」
 女は気だるげに続けた。
「あんた達に殺られた仲間は、あたし達の中でも子爵様に心酔していた者達よ。あそこで人間を襲っていれば、子爵様に仇なす者が現れると言われていたの。逃げずに暴れる精霊に接触を試みようとするだろう、すぐに判る、だから殺すようにって。それが無理なら言葉を伝える様に、ってね」
「成程ね‥‥。じゃあ監視していたのは、下級の魔物? ならさっき、殆ど倒したよ。今なら逃げられるんじゃない?」
 とはエイジスが。驚く女達に、ロゼが重ねて言う。
「子爵は利用価値がなくなれば、あなた達を切り捨てる。ここから離れ、出来れば人を襲わないで暮らしてください」


●決意
 ナーガ族の男は、集落での一件を話した後も。それは我が主に報告します、とそれだけ言ってあとは口を噤み、道案内に徹した。途中交代した者もいたが、海上を相当な距離飛行していれば疲れも溜まる。やがて、この先休憩できる場所はない、と説明され。テントで一晩、野宿する事になった。
 焚き火を囲み、賑やかに時間は過ぎ。夜は更け。ひとり離れ、大木の下に身を預け、腕を組み目を瞑っていたナーガに。ロゼは保存食を差し出す。
「あの、口に合うかわかりませんけど。良かったらどうぞ」
「いりません」
「あ、そ、そうですか」
「ロゼ、構う必要はねーって」
「クイン、そういう言い方は駄目だよ」
「‥‥なるべく早くお休みになった方がいい。女人に楽な行程ではありませぬ故」
「え‥‥と、はい。解りました。お気遣い、ありがとうございます」
「ロゼさん、その前に一緒に水浴びにでもいきませんか」
「ルエラさん?」
「塩風で体中がべたべたしますし。ほら、先程ペガサス達に水をやった泉です。奥にある」
「あ、良いですね。ぜひ‥‥っと、あの。なるべく遅くならないようにしますから」
「‥‥どうぞ、ご自由に」
「では私も途中まで御一緒します。危険があるといけな‥‥いえ、魔法で魔物がいないか調べたらすぐ戻ってきますので――他意はありませんよ」
 胡乱げな眼で見上げてくるクインとちびドラ。他一同の反応に、蛍石は普通に困ったらしく弁明した。クロードが吹き出し。腰をあげる。
「では。ブレスセンサーで泉周辺に危険な生物がいないか、私も調べましょう」
 顔を見合わせたルエラとロゼ、だがすぐ。よろしくお願いしますと、笑顔で願った。
「んじゃ俺は別に用はないけど付いていこっかな♪ そういや俺も体中べたついて気持ち悪ぃしって、蹴るなよクイン、いっだ―――!!」
 がぶ。紫狼の後頭部に噛みつくちびドラ。甘噛み延長のつもりなのかもしれないが、子犬ではなく子ドラなので、これは痛い。
「こらこら、血が出ちゃうからあんまり噛んじゃ駄目だよ。行ってらっしゃ〜い、暗いから足元気を付けてね」
 
 *

 魔物もモンスターも傍にはいない。紳士な二人は覗きなんて真似を仕出かす事もなくごく普通に戻っていった。二人は衣服を脱ぎ棄て、その泉に身を浸す。
 ロゼは一度頭まで水の中に沈み、ぷは、と顔を出す。結構、深い。
 ぷるぷる頭を振って、ロゼは。はたと動きを止めた。
「ルエラさんの体の線って、すごく綺麗」
 泉に入ろうとした瞬間、ずるりと滑った女騎士は、ばしゃんと派手な水音をたてた。 
「は、ハイ?」
 前から想っていたもので、つい、と。くすくすと笑いながら言った後。ロゼはルエラに願う。
「ずっと何か言おうとしてくれてましたよね、――聴きたいです」
「‥‥ロゼさん、気付いて」
「職業柄、観察力は磨かれてるみたいです」
 水浴びをしながら、ルエラは話し始めた。

「子爵の事です」
「――はい」
「魔物に誠意は通じません。私は、倒す覚悟はできてます」
「‥‥」
「殺す事は呆気ないものです。肝心なのは覚悟です。 覚悟の上でなら後悔しなくて済みますがそう簡単に覚悟等身に付くものではありません。殺されるという恐怖、相手を殺すという罪悪感。 もっと上手い方法はなかったのか。‥‥そんな事を考えます」
 ロゼは黙って耳を傾けている。
「殺人というのは辛く、苦しく、不意に首を締め付ける縄です。それでも尚、相手を殺さなければならない時があります」
「それは、‥‥どんな時?」
「大切な人を護る時。弱い者を護る時です。戦わなければ誰かが傷つき、死ぬ。それは自分が罪を被るよりも辛いものです」
「‥‥ルエラさんも、そんな想いをした事があるんですね」
「はい。‥‥ですから覚悟をしましょう。罪を背負う覚悟を。殺される覚悟を。戦う覚悟を。そして生き残る覚悟を」

 やがて、―――ロゼは薄闇の中、頷いた。
「はい」
 静かな決意を秘めた声には。もう、迷いはなかった。


●霧の中、待つ者
「途中人数が減っても、救出には向かいませんよ。心して付いて来なさい」
 ナーガは言う。それは警告か、挑発か。
 彼の後を追い。カゼッタ島の北西、休憩の為降り立つ事も出来ない見渡す限りの海原の上空を行き。やがて霧が立ち込める海域に出た。
「へへん、どーよクイン! 俺はクロードさん乗せていくぜ」
「!? 特訓でもしたのか?」
 短期間に騎獣を操る技術を向上させ、当初はしゃいでいた紫狼も――やがて黙った。
 寒い上視界の全てが、白い。酷く現実味を欠いた光景の中を進む。その手綱を握る手から力が失われ万一海に落下するような事があればまず命は、無い。確かに、油断は禁物だ。皆ばらばらにならないよう、互いの姿が捉えられる距離で固まって飛行する。
 やがて、時間の感覚が麻痺する頃。霧の中に、薄く山の輪郭が見えた。海上に突きだした岩山、セイレーンの集落があった島よりひと回りは大きい。山の一部に洞穴があり。海岸部で波の浸食によってできた穴、海食洞を進むと、その先には広々とした空洞があった。

 洞穴の中の陸に、白く輝く竜がいた。その身体を覆う鱗は、真珠色。
 優しげな顔立ち、極めて女性的な容姿をしている、美しい竜。

 ナーガは竜に近寄り何事か話し、脇に控えた。
 竜が鳴く。それに重なり、ようこそ、と。静かな声が聞こえた。

『貴方がたは、此度セイレーンを一人も殺さなかったのですね。私達は、何かの命を奪うことをよし、としていない。それでも子爵は、海の精霊らを殺し、かの地に生きる全ての者の敵になろうとしている。見過ごせないと思う。いたずらに命を奪う者ではないと判った上で問います。‥‥貴方がたは子爵を討つ覚悟があるかどうかを』

 冒険者らは進み出る。その優美な竜の元へと。
「御仏に仕える身として殺生を勧める立場にはございませんが、相手が魔物なればまだ人の心が残るうちに退治する事もせめてもの相手への慈悲と存じます」
 そう蛍石が。
 倒すしかない、自分はそれ以外に解決方法を知らないから。そう断った上で、エイジスも続ける。
「昔、ドレスタッドでドラゴンパニックを起こしたロキっていうハーフエルフのデビノマニもこの手で倒したことがある。同族を倒したことを後悔はしてない。 放っておいたら、さらに争いと悲劇を振りまくことになるからね」
 だから心を決めている、と彼は告げる。
「子爵を倒すのは賛成です。子爵の心の意識下に善や幼少時の純粋さが残っていれば尚のこと。死が子爵をデビノマニの宿命から救ってくれることでしょう」
 クロードの言葉に。うん、と紫狼が頷く。
「確かに子爵って奴は許せねーよ。でも、恨みつらみじゃねー。 そいつの悪事に誰かが泣くのが許せないから、俺たちは覚悟決めてきたんだ!」
 俺達は、お前に命を預ける、と紫狼はロゼに言う。ルエラも、ロゼを見た後。気持ちを伝えた。
『ディオルグの娘と、若者、竜の若子も、覚悟を決めていますか』
「おう」
『うん』
「私がタロットで彼を占った結果、彼を厳しく戒める事、それ以上に【慈悲】が大切だと出ました。‥‥倒す事が彼への救いとなるなら、覚悟を決める事で救われる命が沢山あるのなら。私は、必ず彼を止めます。たとえ殺す事になっても」
『よろしい。‥‥これから先、待ち受ける貴方がたの闘いに。我々も力を貸しましょう。ラギ、よろしいですね』
「‥‥御意」
『カゼッタ島で起きた出来事は、ある事象の前兆に過ぎない。島のどこかに眠る魔物が居るようなのです。精霊らを殺した魔物達が、ラギと以前対峙した際に、口を滑らした事から推測すると、ですが』
「魔物‥‥?」
「‥‥ひとりは過去を覗く者とか名乗っていましたね。不愉快な言動をする、女の魔物です」
 二月以上前の事ですが、とラギは皆に教えた。
『子爵領の魔物達が、何かを【目覚め】させようとしている――あの島で。奪われ続けている人の魂は供物です。―――おそらく、それをこの地に具現させる為の』