【愚者の章】砦に囚われし者―――

■シリーズシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月21日〜06月28日

リプレイ公開日:2009年06月30日

●オープニング

●目覚めるものは―――何?
 カゼッタ島に眠るとされる存在。名も、どれ程強いかも現時点では不明だ。けれど子爵領に蔓延る魔物達は、待ち望んでいる。その、復活を。冒険者らが、ロゼらがそうなる前に予め手を打つ事はできないかと問い質せば。竜は難しい、と答えた。今はまだ、あまりに情報が少ないと。
『我々は調査を進めます。やがて来る戦いの時、私も、ラギも、水の精霊達も。必ず力になりましょう』
 霧の中存在した白く輝く鱗を持つ竜は、そうロゼ達に―――約束してくれた。

 ミスティドラゴンの元より帰還し、首都よりもずっと南に位置する、河川の流れる沿岸の町に屋敷を構える貴族ジーク家へと再び密やかに身を寄せていたロゼら一行。
 髑髏蠅の一件が解決した後、彼らと町の者達の間に生まれていた亀裂は修復され、関係は良好だ。事件解決に貢献した存在として、ロゼらは常に歓迎され、客人として今ももてなされていた。ジーク家の当主の自室にいる面々―――当主デルタダート、その恋人のルー、ロゼ、クイン、ちびドラ、エドワンド、ラス―――といった馴染みの顔ぶれが揃っている。
「子爵を討つ‥‥簡単な事ではありませんね」
「ダートは優しいから言わないけど、代わりに言うわ。下手をしたら周囲にまで被害が及ぶわ。あなた達に協力している彼もただでは済まない。船乗りのオルド達も。あなたに味方した人達全て。それを忘れないで」
「ルー」
「この人達には恩義があるのは判ってる。でも、あなたの事も心配なんだもの。慎重に行動するよう忠告するのは大事よ、この人達の事を思うならね」
 波打つ白い髪を弄びながら、ルーは言った。ダートは唇を噛む。
「あなた達を無駄に死なせたくはないという気持ちは、私もルーも同じ。――それを忘れないでください」
 案じる気持ちが痛い程伝わってくる。皆は、頷いた。

 *

「誰か―――私達を、訪ねてくるみたい」
 ロゼはタロットの占いの結果を元にそう告げた。
 彼女が見せるのは数枚のカード。一際目立つ【愚者】のカードを見て、エドワンドが何か察したように。ジーク家の当主に願い、暫くの滞在の許可を得た。快く承諾を受け。一行はその『存在』の来訪を待った―――。


●砦の内
 側近を残し、他は人払いして。男はふいに口を開く。
「君は、バカだねぇ。用があるのは君のお姉さんの方なんだよ」
 ぐい。茶色の前髪を握りしめて顔をぐい、と上にあげる。殴られ腫れ上がった顔、その紫の瞳に。明かりに浮かぶ、甘く整った顔に華やかな笑顔を浮かべた男が映る。
「今まで生かしていたのは、別に君に価値があるからって訳じゃないんだ。なのにわざわざお仲間と一緒に罠に嵌まるようなマネをして。本気で莫迦なんじゃないの?」
「‥‥‥‥ぐっ」
「ああ、でも多少は、利用価値があるかな。だって君はあの御姫様の弟だもんね。あの子は、旋律を奏でる者に言わせればたいそう、僕らの母上達に似てるらしいよ。逢うのが、楽しみだなぁ」
「‥に‥を、出すな‥‥ぐっ」
「聴こえないよ? あぁ、内臓もヤバい? アバラ刺さってるかな。何度も窮地に追い込んでやるのに、あの娘は色んな奴らを味方につけて、見事乗り越えてきたんだ。うんざりするくらい、強い生命力だよね―――?」
「‥‥ッ」
「彼女の仲間が、彼らから魂を取り戻し、生き残るなら決めていた事があるんだ。知ってた? 従兄妹同士って結婚できるんだよ――――」
 この世で一番大嫌いな男に抱かれて、その子供を産まされる女の子って、何を考えるんだろうねぇ。
『勿論大切にしてあげるよ。それでねゆっくり壊していくんだ。心をね』
「‥‥ヒトの皮を被った、ケダモノめ」
 じき、僕を義兄さんって呼ぶ事になるよ。生きて出られたらね、と男は微笑った。

 *

 意識を取り戻した青年は。己が、鎖で牢獄に繋がれている事を知った。石の床は黴臭く湿っていた。青年は身動ぎをし。
「(‥‥!!)」
 激痛に歯を食い縛った。脚を庇う不自然な仕草は彼の足が折られた事を物語る。暗闇の中彼は幾度か、緩慢に瞬きをした。
 ‥‥サ。‥‥テッサ。
 無事か、と耳を澄ませなければ拾えない囁き声。倒れた男の胸元からシフールが恐る恐る顔を出す。震える小さな手が青年の口元に流れる血に、触れる。
 ―――その後告げられた頼みを、シフールは引き受けた。
 泣き濡れた顔を遥か上の――ごく小さな窓――空気穴へと向け、途中『魔物』の襲撃を受けた後も、妖精はその砦からただ一人、脱出を果たした。



●潜入
 砂漠の砦、そして数多くの難民を受け入れている『タリス』の町で不吉な出来事が起きているらしい―――。
 13年前カゼッタ島での事件からエドに救いだされたロゼと、その弟。周知の通りロゼは以前彼女の母の騎士をしていたエドに庇護され、『弟』は。ディオルグ家の覚えも目出度かった旅芸人の一座―――『アユル・ウェーダ』へと預けられ。ずっと行動を共にしていたというが。
 けれどロゼがそうだったように。彼にもまた、真実が全て語られている。彼は一年程前から団員の一人だったシフールと共に。各地に仲間を作りながら『子爵』を討つべく密やかに行動を始め。今回、ある噂の真相を確かめにいった先で、―――捕まった。

 弟の育ての親の一人。全ての事情を知るエドの古馴染みに。クインは鋭く問う。
「マズイな。―――なぁ、フール・パーター。ロゼの弟らが掴んだ、噂って何だ?」
「消えていく難民の、噂です」
 彼は町に関して知り得る限りの情報を、教えてくれた。砦に囚われている弟同様、そちらの町もどうやら放置できるような話ではない。
「地図を見ると、結構離れてるみてぇだな。‥‥二手に分かれよう」
「ちびドラは目立つから、ここに残ってね。私は」
「あそこにはあいつがいるの。あなたは、絶対に行かない方がいい!」
 言葉少なだったシフールは青ざめ、大変な剣幕でロゼに忠告した。
「‥‥!?」
「あ‥‥アレクは、あなたが子爵と関わるのを、物凄く嫌がっていたから。だから」
「了解。私が全身全霊で彼女を護りましょう」
「あんた魔法が使えるって言ってたよな。頼んだ‥‥じゃ、『砦』には俺がいく。潜入とかってんなら、俺は得意だし。冒険者の奴らの足も引っ張らねえだろ」
「でも、クイン。私の弟の事なのに‥‥っ」
「いいから今回の一件は俺らに任せて、お前は大人しくしてな。チビどらもロゼの傍にいろ。いいな」



●地図       ↑ サミアド砂漠
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凹‥‥ノースタリスの町+砦
凸‥‥ウェストタリスの町
●凸‥首都オリハルク
☆凸‥聖都オレリアナ
◎‥‥現在地


●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec4371 晃 塁郁(33歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●砂漠の砦 
「それじゃちょっくら、弟君を助けに行ってこようか」
 重くなりがちな空気を浮上させたのは、エイジス・レーヴァティン(ea9907)の一言だった。悲壮感に曇りがちだったロゼは、淡く微笑み。宜しくお願いします、と丁寧に頭を下げた。


 クインがグリフォンに村雨紫狼(ec5159)を乗せ。エイジスは持参した空飛ぶ箒に跨り、現地を目指す。
ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)は深い絆を持つペガサス、晃塁郁(ec4371)はケルピーに騎乗し。巴渓(ea0167)は王都に住む、ロゼの知人より、比較的に言うことを聞きやすい、騎獣を借りてきている。現地付近で繋いでおく事になるが。クインと絆を深めているグリフォンはさておき、渓が乗ってきたものは大人しくその場で待っている事が出来ないかもしれない。今は火急の時、万が一逃げてしまっても咎めないわ、とはマチルダから言われている。ただその場合、渓がロゼらが滞在しているデルタダートの屋敷まで戻ることが難しくなるのだが。その場合は仲間に相乗りさせてもらう必要があるだろう。
 現地までは、先日砦より脱出を果たしたシフール、テッサが務める。彼女は一時より治療薬の効果でだいぶ回復していたので、塁郁がリカバーを使用するまでもない。ただし、精神的な不安ばかりはどうしようもない。紫狼が励ましても気持ちの浮上させるまでは、いかなかったようだ。テッサよりロゼの弟を含め三人の容貌を聞いた彼らは、その特徴を頭に叩きこんでおいた。

 囮組が一人欠けてしまった以上、ルエラと渓には、一騎当千の活躍が期待される。渓は南門を攻め、ルエラはペガサスで見張り台の兵士らに奇襲をかける。その間に潜入班は東門から内部へ侵入を果たす手筈だ。ルエラは用意してきたレミエラを、起動させておいた。
 クインは渓より、呼子笛が渡されている。混乱時、どこまでその笛の音が届くかは分からないが。要救助者を連れ脱出の際はそれで知らせるよう、仲間達にも伝えられた。また紫狼から黒子頭巾が、ルエラと渓に其々渡されている。顔を見られないに越したことはない。二人はありがたく受け取る。
「俺はナイフはいらねえよ」
 クインが取り出すそれは、年季の入ったもの。紫狼はそっか、と軽く答え袋に差し出した武器をしまった。クインは大人びてはいるが14程で。ロゼと行動を共にするようになるまで泥棒として、暮らしていた。ナイフや忍び込む際必要な道具は一通り揃っている。足を洗った彼としては不本意だろうが、その能力が今回役に立ちそうだ。ルエラは皆に願った。
「この人数ですと、陽動もそう長くは持たないでしょう。潜入班の方々は迅速な救出をお願いします」

 *

 渓がオーラショットで南の門、そのすぐ傍の見張り塔を攻撃。古城にしては、それなりの頑強さを誇っているようだが、渓の放つ弾丸はかなりの威力。数発撃ちこんでいけば、轟音をたて一部が崩れる。即座に彼女は正反対に位置する同じ形状の塔を狙う為、セブンリーグブーツを装着したその身で単身で向かう。
「来るぞ」
「て、敵襲だ!!」
 悲鳴じみた叫びが上がる、見張り台を無力化させるべく、一度そこへペガサスを向かわせ、
「スフィリア!」
 真空刃とスマッシュの合成技で、兵士達を倒す。混乱が判断を遅らせ、ルエラに反撃を試みる事も出来ず兵士は崩れ落ち、彼女は騎獣と共にゴーレム基地へと向かう。派手になる銅鑼が、砦の隅々へと敵襲を知らせる。射られる矢を交わし、ペガサスを巧みに操り、薄暗い中、絶やす事無く焚かれている炎に照らされる、基地上空へと飛び出した。彼女の目的は訓練場を飛び越えた、その奥にある建物。
 重苦しい扉が、左右に鈍い音をたてて開き始める。そこにあるのはバガンか、モナルコスか、他の機体か。
「(たとえどんな機体であっても、乗りこなしてみせる)」
 混乱に乗じてゴーレムを強奪、砦を更なる混乱に陥れ、潜入班を助ける。それが彼女の役目だった。

 *

 東門にて。門番を当て身を食らわせ気絶させ、必要な鎧をはぎ取り彼らを夜の闇に紛れ近くの木陰へと移した。エイジスは素早く防具を装着し、紫狼は偶然にも着てきた鎧と現地の兵士の装備が似通っているものだったのでそのまま。塁郁とクインは彼らが身に付けていた鎧は、その体格に合わない事が予想されていた。其々事前に潜入用に出来る限り似通った色合い、形状の物を用意し、身につけてきている。
 ―――遠くから轟音が聞こえた。渓が派手に暴れ回っているのか、ルエラは無事ゴーレムを強奪できたのか。ここにいては確かめる術はないが。


●潜入
 行先は城の東、テッサより自分が脱出した時は、ロゼの弟は古城の東の牢獄に虜囚となっていた――そう情報を得ている。南門へ応援に駆けつける者が多数いるのだろう、城の警備は手薄、それでも全てではない。警備の厚そうな入口は避け、石段を上り比較的警備が緩そうな別の入口から、見張りを気絶させ。塁郁がコアギュレイトで拘束。
 牢獄は建物の奥、一般の兵士が容易く近付けない場所なのではないか。そんな推測から息を殺し、急ぎ。できる限り兵士達との接触を避け、それが叶わなかった時は塁郁が術で動きを封じ、皆協力して手早く近くにある人目のつかなそうな部屋へ猿轡を噛ませ放り込んだ。牢屋があれば囚人風に装い発見を遅らせる事も考えたのだが、やはり牢屋自体はもっと奥に違いない。

 彼等は東の端、螺旋階段へと差しかかる。他の見張り兵を倒し鍵の束を強奪するが、鍵の数が多すぎる。
 皆は階段を下りて、その先に牢獄があるのを確認した。
 灯りは階段が途切れた場所、壁にかかっている物のみ。それを奪い、紫狼が奥を照らす。足早に、だがひとつひとつ中を確認し、皆顔を顰めた。反応がない。牢獄は静寂の中にある。
 漂うのは―――死臭だ。

「うげぇ‥‥なんだってんだこりゃ!」
 囚人達に目を走らせ、やがてテッサは悲鳴を上げ、鉄格子に飛びつく。こちらは簡素な鍵だ。合う鍵を捜す手間もおしい。紫狼が剣で叩き壊す。中にいる赤毛の男と黒髪の若い男。魂を奪われたのだろうか。外傷はないが死後どれ程経っているのか、既に冷たくなっていた。塁郁のリカバーも効果を発揮しない。

「こんな‥‥酷い!!」
 皆の胸に苦いものが、生じる。虜囚に魔物が化けている可能性を考え、塁郁は魔物探査を行うが反応はない。ここにいるのは哀れな躯達ばかりだ。
「‥‥ロゼちゃんの弟君が捕まっている牢獄は、小さな窓が一つしかなくて殆ど灯りもないって言ってたよね?」
 エイジスの確認に、泣きながら頷くシフールは。首を巡らせ、あっ‥‥と小さく声をあげた。
「あの奥‥‥!」
 紫狼の持つランタンの灯りに照らされ、青黒い色を浮かび上がらせる通路の奥、脱出が絶対になされないよう強固そうな扉が見える。そこ目指して皆、駆け出した。
 鍵束からそれらしき鍵をクインが探したが見つからない。舌打ちし、鉄の細い棒を取り出し解錠を試みる。ガチャガチャと鈍い音がした。
「開きそうかい?」
 エイジスが油断なく螺旋階段の方を見ながら、問う。
「‥‥‥‥これで、どうだ」
 ガチャリ。鍵が―――開いた。


●新たなる敵
 孤軍奮闘の中にあった渓は、今窮地に立たされていた。陽動の役目を折っていた渓の背後に唐突に現れ一太刀を浴びせた、凛々しい戦士風の男。最初に奇襲をかけられ体を裂かれた後、まだ大した事がないからと放置した傷が、時間を経る事に痛みが増幅してくる。
「(あの大剣に呪でもかけられてるみてぇだ‥‥!!)」
 渓は密かに悪態をつく。
「‥‥!! くそ、なんだよ、お前は!」
「私は、獅子の顔を持つ者。覚えなくとも良い。貴様はじき死ぬのだ」
 男は冷ややかに言い。ぶん、剣を振るった。

  *

 オルトロスを強奪し起動させたあと、ゴーレム兵を撃破し壁を打ち砕き砦中を混乱の坩堝に叩きこんだルエラの前に、もう一体のオルトロスが現れた。
 使用武器の形状は同じ。鎧騎士として間違いなく有能といえるルエラと同等の力を有している。攻守、その力は拮抗していた。否――。
「(押される!!)」
 乗りこむ前に兵士らからの集中攻撃を浴び、全てを防ぐことができず。アイテムを使う余裕もなくルエラは痛みを堪えながら戦闘に集中する。風信器の向こうで、騎士は不気味な沈黙を守ったまま、鬼神の如き戦いを仕掛けてくる。ルエラの背に冷たい汗が流れた。


●虜囚
「こんな場所に閉じ込めやがって‥‥!」
 空気は淀み、昼だろうとかなりの暗さが予想されるその牢獄は、間違いなく囚人の精神を蝕む。クインは怒りを露わにした。持ち込んだ灯りに照らしだされた人物は、ひっそりと横たわっていた。シフールの少女が青年の傍に舞降り声をかけるが、反応を示さない。
「アレク、アレク、しっかりしてよ‥‥!」
 塁郁が駆けより。
「! まだ息が」
「ほんと!?」
 頷き袋からヒーリングポーションを使い、甘露を取り出し飲ませ。神聖魔法リカバーの詠唱。白い詠唱光が生じ、青年の様子に微かな変化の兆しが見える。
「‥‥あなたがたは‥‥」
「うぉあ良かった!! 俺達は、ロゼ達の頼みでここに来た冒険者だ」
「無事で良かった。助けに来たよ」
 衰弱している彼を紫狼が背負い、皆は急いでその牢獄を出た。
 追手がかからないことを奇妙に思いながらも、彼等は地下より階段を上り脱出し、先程の道を戻っていった。
 傭兵を装ってはいたが揃って行動している為明らかに、怪しい。にも関わらず騒ぎを起こさないで済んでいるのは、先程から速やかに出くわした兵士を気絶させ、猿轡を噛ませ術で拘束する等行っているからか。勿論、外で囮組が派手に動いてくれているからというのもあるだろう。この城の規模にしては傭兵の数が、少ない。しかしそれでも上手くいきすぎている感があるのだ。そう、何かが―――。


「傭兵が、そこで何をしてるんです? そんなに大きな箒なんて持って」
 彼らにかかる、声があった。


●条件
「厨房のほうにネズミが出るらしくて、倉庫とかを掃除しておけっていわれて‥‥」
 エイジスはとぼけて言うが、殺気を感知しているのだろう。その目には警戒が生まれる。
 孔雀の羽の模様をびっしりと刺繍した豪奢なマントを身に付けた、男が佇んでいる。男は肩を揺らした。カツン、と靴を鳴らし近づいてくる。膝裏まで届くかのような藍色の長い髪がするりと動いた。
 唇が朱をのせた様に紅い、どこか女性的な風貌の相手は―――苦笑いして続ける。
「この先に厨房はありませんよ。何より、鼠は貴方達の方でしょうに」
「‥‥! 魔物です!!」
 会話の隙に術を発動した塁郁が、鋭く指摘し。クインがすかさず弓を射かけ、相手の胸を貫くかと思われたが、直前で鈍い音を立て弾かれる。
「狙いは正確、でも魔力の籠った弓でも、私は傷つけられませんよ。まぁ待って。私と、取引をしませんか」
 相手が魔物だと知った時点でエイジスは、変貌しつつある。彼は魔物には容赦しないと心に決めていた。
 攻撃をひらりと大きく後方によけ、彼は言う。
「頑迷な‥‥。外の鎧騎士と武道家は既にボロボロです。死なせたくないでしょう?」
 だがエイジスは止まらない。彼に邪法を打ちこみ、黒の炎の結界で身を護り、避け、言う。
「―――狂化とは奇しきモノ。言の葉すら届かぬ獣になり果てますか」
「! エイジスさん、駄目だ! ルエラさんらがやばい!」
 術に弾き飛ばされたエイジスを押える、紫狼の押し殺した悲鳴、体にめり込むその刃、クインもまた必死に抑えようとするが彼はそれらを振り払ってでも、敵に向かっていこうとする。塁郁がホーリーを魔物に打ち込むがその結界は破れず、男の手から放たれた術でその身を焼かれる。
「術を。彼を死なせたくないのなら」
 激痛を堪えながら、塁郁は既に詠唱を終えている。紫狼を突き飛ばし、動き出したエイジスの体を術で縛った。紫狼にすぐさま回復薬を使用するクイン。背後で壁に叩きつけられた、仲間の姿が目に入る。
「塁郁!!」
「私はその白い光が嫌いなのです。仕置きですよ。さて。ロゼ嬢が連れ歩いている少年とは君ですね? 弓を下ろしなさい。外の二人も含め、健闘は讃える‥‥といいたいところですが、陽動にしては‥‥少しあからさま過ぎましたね。‥‥今、私の部下がこの砦の周囲に集まってきています。意味は解りますね?」
「‥‥!!」
「さて。お仲間が倒れた以上貴方の取れる道は、その矢を射かけてここで皆で全滅するか、私と取引をし逃げる道を選ぶかです」
「‥‥なんだって‥‥?!」
「旋律を奏でる者が、以前告げたでしょう。私共は、宴に、あの娘と、そして貴方がたを招待したいのです。今頃、彼が娘の元に、招待状を持って訪ねている頃ですよ」
「あいつが‥‥!!」
「大丈夫、魂にも器にも傷つけはしませんよ。今回はね」
「目的を言え」
「我々の死と魂に満ちた祭り、そしてあの方の目覚めを見届けてから貴方がたに、死んでほしいからですね」

 男が出した条件は、二つ。
 『宴』が始まる以前の、子爵殺害目的での、接触を禁じる事。そして。

「ウェストタリスにも鼠が忍び込んでいるのは、気付いていますよ。大方情報収集が目当てでしょう。ですが、今後一切、あそこへの手だしも禁じます。また、彼を狙い殺す動きあらば、私の号令の元、即座に皆が貴方がたの協力者達を殺していくことでしょう。‥‥ああ、各地で部下が起こす事件の邪魔をするのは、構いませんよ。部下が勝つかもしれないし、貴方がたが勝つかもしれない。それは、個々に独立したいわば、ゲームですから」
「‥‥いかれてやがるな」
「最高の褒め言葉と受け取っておきましょう。さぁ、部下達の包囲網は完璧なはず。答えを聞かせてもらえますか」
 クインは傷ついた仲間達を見下ろし、血を吐くような声音で宣言する。
「俺達をここで殺さないこと、後悔するぜ」
「致しませんよ」
「名を言え。覚えといてやる」
 それは了承を意味する。――――男は夜露に濡れた花のような、妖艶な笑みを見せる。
「皆は私を『邪聖の導師』と―――呼びます」
 少年の了承を見、男は使い魔を生み出し外へと飛ばした。彼女達を狙うのを止めさせましょう、と嘯き。さっさと行きなさいと呟いて、消失する。
 クインは薬を使い仲間達の治療を行い、また意識を取り戻させていった。


 *

 ルエラは唐突に動きが鈍った敵ゴーレムの攻撃を掻い潜り、大きく離れる。ゴーレムを乗り捨て、ペガサスに乗り移り、傷を負いながらもその場を離れた。渓もまたあの武人が唐突に姿を消した事に、驚きながら。呼子笛を聞いた。
 砦を脱出した皆が距離を稼いだ後―――グリフォンを置いた地点まで逃げ果せ。二体の手綱を解きつつ、クインは皆にその場を離れるよう指示をし、口にしたのだ。
 魔との会話、その―――詳細を。