【愚者の章】紐解かれる過去 ――召喚――

■シリーズシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月08日〜07月15日

リプレイ公開日:2009年07月17日

●オープニング

●嵐の前の静けさ
 『宴』が始まるまで、子爵を狙い殺害を企てることを禁ずる。
 かの偽りに満ちた町、ウェストタリスへの介入を禁ずる。
 約定を破ること、それすなわち―――協力者達の死を意味する。

 *

 クインはあの子爵領の北限、サミアド砂漠に面したノースタリスの砦で魔物と要求を呑んだ。自分と冒険者らが無駄死にせずに、希望を繋げる為に。
 魔物は時として嘘をつく。しかしながら、あの【邪聖の導師】という者は本気でその【宴】とやらに自分達を招待したがっているようだった、とクインは皆に言った。もっと強大な何かを目覚めさせ、ロゼらにそれを見せつけ、敵わぬ事を悟った絶望の唯中、殺害すると暗に語っていたと。
 だからおそらくそれまで―――約定を違えなければ協力者達の命は、無事だ。それが皆の結論だった。これまで支援をしてくれた王都のウィザードの師弟、子爵領に来てから出逢った人々、協力者達、精霊やナーガ、そして竜族。彼らを危険に晒してはならない。それは一致した意見だ。
 中には魔物においそれと傷つけられる事はないだろう者達も、多くいる。けれどそれは全てではない。

「ミストドラゴン達は調査を進めると言っていたな? 判り次第、ナーガの僕を遣わすと」
 エドは言うが。―――だが、ロゼらと面識のあるあの男は、皆の前にまだ現れてはいない。恐らくあのカゼッタ島で眠る者についての―――目新しい情報を得られてはいないのだろう。
「この『招待状』には、その宴は精霊暦1042年8月20日に、と書かれていたわ」
 子爵の直筆で、と呟く。ロゼの弟、本来の名とは別に、アレクと名乗る青年は姉との再会を果たした後も、彼女が王都に戻らない事に対して、良い顔をしない。危険な目に遭わせたくない―――肉親として当然だろうが。

「私は、帰らないわ。私、この子爵領に生きる人達を護りたい。皆に、幸せになってほしいの。この子爵領は遠からず本当に滅んでしまう―――遠くから案じているだけなんて絶対に嫌なの」
「‥‥気持ちはわかりますが、姉さん」
「あのさ、口挟んで悪いけど、こいつ頑固だから。あんたが言っても帰ったりしねぇよ。今まで散々きつい目にあっても音をあげなかったんだ。半病人のあんたが口で勝てる相手じゃねえって」
「私、そんなに頑固?」
「頑固だって」
『無自覚なんだねー』
 傍で浮遊してるチビドラが笑った。
「‥‥申し訳ない。姉さんや貴方がたの意志や、意見を蔑ろにしたい訳ではないんですが。あいつはあまりに危険です。砦でも会いましたが‥‥まだ傍にいる旋律を奏でる者等の方が、話が通じる。子爵は人の心を完全に喪失しています。何を仕出かすか」
「‥‥前にね、ある占い師のお婆さんが言ったの。私の周りには濃い闇がある。逃げずに飛び込む事が、逆に私を生かし、この領地を生かす道だって。不思議に思ってた。私は、皆に比べて武器を使える訳でも、魔法を沢山操れる訳ではないのに、なんであんな風に言うのかって。でもね、今は判るの。私にも、あなたのとった行動にも意味はちゃんとあったんだって。皆こんな大変な事に力を貸してくれている。それなのに、私だけが黙って隠れていて本当にいいと思う?」
「でもあの男、危険です。あれは人の皮を被ったケダモノ‥‥姉さんを嬉々として傷つける。あの男は、俺達を憎んでいるんですよ。ずっと昔から」
「ずっと昔から――――?」
 ロゼは大きく眼を見開いた。
「あいつは、何度か牢獄に来て、‥‥よく覚えていない事もあるんですが。本当は、カゼッタを離れ王都に来るのは、俺達の母上の方だったと言ったんです。確かに、そう言っていました」

 
●双子の姫
「我々旅芸人の一座アユルウェーダは、いわゆる古来より伝わる英雄譚であったり、聖都オレリアナの初代ラグリアが愛した舞姫、アユルウェーダの物語や数々の物語を歌と、踊りと、語りで表現します。近世で我々のような仕事を生業にする者に取り上げられることが多かったのは、十数年前まではディオルグ家の双子姫の物語。けれど」
 口を濁す道化師のフール・パーターに。ロゼは先を促す。申し訳なさそうに顔をしかめて、彼は軽く会釈し、続けた。
「今は子爵の母君、双子の姉姫様の物語が主流ですね。元々カゼッタ島に生まれた二人の精霊に愛される女児として有名で、姉姫は風のように自由奔放で炎のような激しさを持った女性、妹姫は柔らかな日差しにも似た温和な優しい姫。二人はとても仲が良くて、どちらかが前子爵に嫁がなければならないと決まった時には、離れる悲しさに暮れる二人の嘆きに反応し、天候すら影響を与えた、とか。―――とにかく様々な逸話が残っている姫君達でした。まぁエド君あたりは、その妹姫様に仕えていた騎士、よく知ってるでしょうけどね?」
「煩い。続けろ」
「君は本当にからかわれるのが嫌いな人だねぇ。まぁいいですけど。妹姫のリヴィアナ様は、ロゼちゃんと一緒で陽精霊にとても好かれていた女性、一方姉姫様の方は、その気性からか風の精霊に愛されていたと民の間にも広く伝わっています。イムレウス子爵に嫁いだ後も、カゼッタ島から共に彼女の守護者として風神が大陸に渡ってきたと。【彼】は姫の死後もオレリアナのホルスの元に行くこともなく、山脈の南端、クテイス岬付近に留まり、サラ姫が生きたこの子爵領の行く末を見護っているのだとか―――」
「風の精霊?」
「ええ。常にかの岬の上空、付近の海域に風が吹き荒れるのはなぜなのか。かの風神がいるからだ、とも言われているようですよ。早すぎる姫の死を痛み風神が嘆いているとも言いますが、詳細はわかりません」
 ロゼが黙考し。壁に立てかけておいたロッド―――陽の宝玉が埋め込まれた杖を手にした。
「もしかすると、叔母様の遺志を継いで、隠者の里に宝玉を運んだ精霊って、その風神の事かも。その岬に行って、会う事はできるでしょうか?」
「‥‥ロゼ、あくまでそれは【物語】だろ。脚色されて、適当な話が伝わってるんじゃないのか」
 クインの言い様に、フール・パーターは曖昧に微笑う。
「もしそうだとしても。その宝玉を使えば呼び寄せる事はできるかもしれませんね? かの姫君はその風神に愛された方、その宝玉を使う事で、その精霊の興を引く事はできるかもしれません」


●憎しみの理由
 弟のアレクはジーク家に逗留し今しばらく養生し、彼とこの屋敷の皆の護衛の為、魔術を操るフール・パーターが残る。シフールのテッサも一緒だ。エドとその弟子のラスは、ロゼの占いの結果魔物の被害が起きているであろう場所へ、向かう事に。エドはロゼ達が知りたい事に関して、何かを知っている様子だが。自分の目で確かめてこい、とだけ告げた。此度その岬へ向かうのは、ロゼとクイン、そしてチビドラの三名だ。
「ロゼ、何だって急に」
「私、叔母様の事あまり覚えていないの。彼女は病死という事になっているけれど、そうじゃないと思う。風の精霊と話がしたいの。もしかしたら、イクシオンがずっと私達を憎んできた訳が―――判るのかもしれない」
 護衛が必要かは、分からない。けれど、深く関わってきてくれた彼らにも、知ってほしい事がその精霊から語られる可能性がある。
 ロゼは、王都にいる冒険者に知らせてもらうべく――マチルダへ、シフール便を飛ばしたのだった。


●今回の参加者

 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec4629 クロード・ラインラント(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●クテイス岬へ
「ま、とりあえずロゼの弟さんが助かって良かったぜ!」
 虚飾の町とタリスの砦での顛末は、冒険者達の心に不安を芽生えさせるに十分なものがあったが。その中で救出できた命もある、それが救いと言えた。
「ありがとう、紫狼さん。これも皆さんのおかげです」
「てか、紫狼、何で俺らは野郎同士で相乗りしねきゃなんねーんだよ!」
「硬いこと言うなよ相棒!」
『いつもクインとロゼが一緒に乗ってるから、妬けたんじゃない?』
 おかしそうに鼻をすぴすぴ鳴らしながらチビどらがぱたぱた飛行し、追いかけてくる。しっかり距離を取って言うのは確信犯だろう。そう、いつもクインとロゼは相乗りしている。それを彼は失念していたのかもしれない。
「別にいいじゃない。ルエラさんに乗せてもらえてるから問題ないもの。このベガサスは、本当に人慣れしてるんですね」
「ずっと共に行動して慣らしていますからね」
 その後もあれこれ会話しつつ女同志楽しそうに話し、相乗りしている二人を見て、クインは溜息一つ零す。
「で、突っ込んでいいか、紫狼。お前と精霊らが揃って指輪してるのは、何でだ?」
「へっへー聞いて驚くな。俺とスウィートエンジェル達は晴れてこの前結婚したんだぜ!」
 クインの体がグリフォンの上で傾いた。
「‥‥‥‥紫狼‥‥‥‥」
「危ねーっ真っ直ぐ飛んでくれよ、って‥‥なんだよ、とーとー一線踏み外しやがったみてぇな反応は〜」
「ふふ、人型の気候現象に過ぎぬというのも、そなたらには野暮な話だな」
 アマツさんが苦笑しつつ、言う。他の皆は、既に王都よりこちらへ移動中紫狼から結婚報告は聞かされている為、今はとりあえず皆はまったりと会話を耳にしつつ、静観の姿勢。
「愛は種族すらも超えるんですね‥‥」
 一人しみじみと呟いたのはロゼと、無言で動揺を見せる一同。
『‥‥おー、ロゼは乙女だね』
 良く分からない突っ込みを入れるのはちびドラ。
「こんな可愛い女の子をペット呼ばわりする奴の方がヘンじゃん。パーターさんの話じゃねーけど、俺も風精と陽精に愛されてるんだぜ!」
「おめでとう、紫狼さん」
「へっへーありがとな、ロゼ!」
 それに微笑み、彼女は絨毯の方に目を転じる。
「クロードさん、このあたりで何かの気配はしますか?」
 クロード・ラインラント(ec4629)は、アマツ・オオトリ(ea1842)の所持している空飛ぶ絨毯に乗せてもらっている。村雨紫狼(ec5159)の大切な精霊達もちょこんと相乗りし、クロードの精霊らも交えて、じゃれあったり何か話したりしている。状況が状況なら、精霊達にも協力して色々してもらおうと思っていたクロードではあるが、今は特に何かを頼んではいない。
「感じとれるのは、山にいる獣達、でしょうか」
 ブレスセンサーが感知する存在を、クロードはロゼに、皆に教える。接近してくる危険な生物の気配はないらしい。
「煉淡さん、魔物は」
「私の方の魔法にも引っかかりませんね」
 ペガサスを絨毯の傍に寄せながら、雀尾煉淡(ec0844)が。彼が言っている魔法とは、ディテクトアンデッドの事だ。既にレジストデビルを全員に付与し、また休憩ごとにかけ直している。事前にこちらも付与済みの皆に幸運をもたらすグッドラックの効果があって、道行きにも影響しているのかもしれない。
「今のところ、近くにロゼちゃんを狙ってきてる魔物はいないってことだね」
 この状況で襲い来る魔物は、本気で彼女の命を狙ってるやつだろうから、躊躇わず叩き決戦までに敵の戦力を削ろう―――そう考えていたエイジス・レーヴァティン(ea9907)は。若干拍子抜けした様子だ。
『平和なのはいいことだよ』
「うん? まぁそうなんだけどね。それとは別に気になるのは、まだ僕らの知らない事情ってのが多そうだって事だね。ま、焦っても仕方ない。こつこつ調べていこ。‥‥って、おーい疲れたのかい?」
 エイジスの背中に張り付いて翼を畳むちび竜。きゅいきゅいと鳴いて答える。グリフォンの手綱を片手で握って。もう片方の手でちょっかいを駆けたり。うん、なんだか平和だ。
「今まで必ず何かしら出てきましたから、‥‥変な感じですね」
 とは煉淡が。疑念を抱くのも無理はない、今までとにかくどこに行くにも魔物の影があったのだから。思わず、といった呟きに。ルエラも首を傾け、推理を披露する。
「子爵らは、ひとまずその宴とやらまで積極的にこちらを襲う予定は、ないということでしょうか」
「我々を、泳がせておく算段かもしれぬな」
 ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)とアマツの言い様に、かもしれないとロゼやクインも同感の意を示す。
「ふむ、護衛をしようと思ってついてきたんだが」
 寡黙な騎士、クロック・ランベリー(eb3776)も。移動手段として他の仲間に勧められマチルダ邸から借りてきたグリフォンを借りながら、どこまでも続く青空と幸いにして暑すぎない、その穏やかな気候に何だか緊張感も薄れた様子で、頬をかく。
「な、なんだかすみません」
 恐縮して頭を下げるロゼに、いやあんたが謝る事じゃないよとクロックはあっさり言う。さほど喋る性質じゃないようなので判りにくいが、ロゼの命を救った後も幾度も手を貸そうとしてくれた処を見ると、この騎士もまたロゼらの事を案じてくれているのだろう。
「王都に来たことで何かあったのでしょうね、子爵のお母上には」
「うむ‥‥。私も、子爵変節は叔母君‥‥子爵の母君の死に起因しておると考える。無事精霊と会えたら何があったのか‥‥我々は知ることができるのだろうな」
 特に今まで何の襲撃もなく、何時間も聖都より山脈沿いを飛行し南下しているその一行は。かなりの距離を既に移動していた。
 人里離れた、と事前に聞いていた通り、進むにつれ最早そこは人の世界ではないといった感じの光景が広がる。耳に届くのは風の音、山に棲む獣の息遣いをクロードが拾う。下級の風の精霊らの姿を時折見かけたが、風神ではない。
「ここ、ホルス達の峰に近い気配がする」
 ロゼは呟き感覚を研ぎ澄ますよう、目を瞑った。




●召喚
 岬は剥き出しの岩肌が続く、強烈な風が吹きつけてくる場所だった。岩壁に当たった波が砕ける。
 魔物やモンスターが近づいてきても、決してロゼには近づけさせない。それを皆が約束すると、彼女は頭を下げ。岬の先端、海が一望できるその場所に布を敷いて。オリハルクの輝石が埋め込まれたその杖を立て、力を解き放つ。
 晴天から曇りへ移り変わる空、転じて雨雲が広がり、風の動きも変わる。煉淡はディテクトアンデッドを使用するが周囲に魔物はなく。クロードは近づいてきた獣達をテレパシーで遠ざける。彼らは攻撃を仕掛けてこようとはしていなかった。クイン達、紫狼もアマツもクロックも不測の事態に備えてロゼからそう離れていない場所に待機している。エイジスは連れてきたジニールのリコリスに、ルエラもランプを擦り現れたジニールに頼む。
「ロゼちゃんが呼び出そうとしているのは、君と同じジニールなんだ」
「可能なら彼女を助けて。呼びだす為の力になってほしい」
 浮きあがる風神雷神は飛翔していく。
 時がどれ位過ぎた事だろう。
 魔力を秘めた道具とはいえ、ロゼの力を削ぐものだ。彼女は持参したソルフの実を口にし、音をあげる事無く天候を操り続ける。それは本来なら陽の精霊魔法を極めた者にしか使えないレベルの、ウェザーコントロールの術だ。
 皆には休んでいてほしいという事を告げ。殆ど休憩も取らず、彼女は頑なに岬の先端に座り続けた。強風の為テントを張る事も出来ず、敵の襲来もない以上、彼等は見護る事しかできない。
 ここにきて何時間経過した後だろう。すっかり、陽から月に空の支配は変わろうとしている。天変地異のように次々目まぐるしく変わる天候に、生物達も岩の影から遠巻きに様子を窺っている。その時―――紫色を帯びる赤い空、そこからエイジスとルエラのジニールが舞い降りてきた。
「気付いたらしい」
「今、ここに向かっています」
 誰が、と問うまでもない。エイジスとルエラが鋭く眼を見交わす。
「ロゼちゃん、来るよ!」
 直後上空から巨人が飴色の雲に乗って滑空してきた。ぐるぐると回転しながら、そしてロゼの目の前で動きを止めた。一際強い風が巻き起こり、皆がたたら踏む。
「ひとの身で、この地の天候を操るとは何事だ」
 ロゼもバランスを崩して倒れかけたのを、クインが駆けよりその背を支える。
「ちょっと待て。別に悪意があってやった訳じゃねぇ。おいっ、大丈夫か」
「‥‥っう、うん、平気」
 今まで見たことのあるどのジニールよりも体が大きく、厳つい顔をしている。身から滲み出る覇気も凄まじいものだ。
『ほんとうに来たー』
 吹っ飛びそうになったところを紫狼にキャッチされたちびドラが、驚いた様子で呟く。
「‥‥カゼッタの風の姫?」
 がらがらとした割れるような声で男は言った。驚き瞳を見開くロゼを、食い入るように見つめて。


●鳴動
「妹姫の娘。‥‥ふむ、成程似ている訳だ。いかにも、遠き異国の地、隠れ里にその宝珠を運んだのは私だ。それが、あの娘の願いだったからな」
「叔母様の」
「それで、何が聞きたい」
「叔母様の死の真相に関して、です」
「知ってどうする。話を聞くに、お前達は子爵を討ちこの地を救うのだろう? それだけの心があれば最早迷わず突き進むだけいいのではないのか?」
「―――それでもどうか、聞かせてください。私達は彼らについて、余りにも知らな過ぎるんです」
「‥‥宝珠を運びだす時、あの娘を共に連れ去るべきだった。未だにその時の事を思い出しては、後悔する」
「‥‥?」
「娘、その問いにはこう答えよう。真相は直接は知らぬが、推測は出来ると。あの娘を殺したのは、夫のイムレウス子爵だ。あの娘は結婚した後、数年後夫が人を捨てカオスの魔物に変じた者である事に気付いた。側近に魔物が混じり出した事に、自分が世継ぎを産んだ以上、もう用済みである事も耳にしたらしい。愛した夫が自分を妹の代わりにしか、思っていなかったことを知って絶望した」
「母の、代わり‥‥?」
「子爵の花嫁となる娘は、大貴族の娘であること、精霊力の強い女であることが望ましい。カゼッタの妹姫、お前の母の方があの娘より強い魔力の持ち主だったのだ。だから最初は望まれていたのはリヴィアナ姫の方だった。けれど両親が差し出したのは、姉姫の方だった。姉という名目上の事もあったが‥‥奔放なあの娘の事を、彼らの手を持て余し気味だった。穏やかで朗らかで従順な妹姫を手元に置きたかったのだろうと、本人は笑って言っていたな」
 風神は苦く笑う。
「愚かな事だ。あの奔放で明るかったあの姫を、私は好ましく思っていたのに」
「叔母様は‥‥」
「あの娘は、どんどん病んでいった。私が時折訪れると、生彩を欠いていっているのが手にとるように判った。何度救いだそうと思ったか、衰弱した身ではもたないからと言われてどれ程私が苦しかったか、お前達には決して、決して、解らぬだろう。そしてやがて、あの娘はイクシオンを手にかけようとしたらしい。自分が産んだのはカオスの魔物だと、いつの間にかそう信じ込んでいた。姉姫の異常に気付いた妹姫を―――ディオルグ家を滅ぼしたのが夫と魔物達であると知ると、姫は一層怯え、混乱した。夫だけでなくイクシオンまでも避け、『子爵領を滅ぼす魔物』だと、泣いて、もう何を言っても、通じなかった。彼女は宝物庫から腹心の侍女を使ってオリハルクの輝石を盗み出させると、私に託して子爵領から離れるように、懇願した。私はひとりで子爵領を離れ、その後あの姫は死んでしまった事を知った」
 それが、私の知るあの娘の最後に纏わる、全てだと――彼は言った。
「叔母君が嫁いだ事が結果、彼女の命を奪った‥‥」
 アマツがそう口にする。重々しく精霊は頷いた。
「ああ、そうだ。願わくば、宝玉の次の継承者よ。この子爵領を救ってほしい――それが周囲に味方をなくした、哀れな姫の望み。お前達が子爵領を救うというのなら、それを見ていてやろう。私は協力は、せぬがな」
 なぜ、と冒険者達が声を荒げると。ジニールは乾いた笑い声をたてた。
「さぁ‥‥。それと、元凶となった、前子爵は実の息子に既に殺されているようだ」
「!」
「子爵がお前姉弟を憎んでいるのは、お前の母親が嫁いできていたら、サラ姫は無事だったとそう信じているからだろう。自分が最愛の母に殺されかける必要も、なかったと。私は正直‥‥、何が悪なのか分からぬ。魔物が元凶なら、それに唆された前子爵もまた罪を犯した事は間違いない、夫を憎んだとしても血肉を分けた子を護らず手にかけようとした姫もまた罪深く、子爵領の民らを傷つける子爵が罪ならば、彼を生み出した全てに非がある。彼は皆が産み出した魔物の子だ」
「‥‥!!」
 唇を噛みしめ青ざめるロゼ。クロードは静かに言う。
「子爵の母君なら、今の子爵に何と言葉をかけるのでしょうか。何を思うのでしょうか」
「死を、そう望むだろう。或いはそれだけが救いの道かもしれぬな」
 ミストドラゴンへの誓いを思い出しているのだろうか、クロードは頷いた。
「―――例え自分が不幸だからといって、誰かを傷つけていい理由にはなりません」
 ルエラが、声を強めて言う。ロゼに言い聞かせるように―――そこに迷いはなかった。
「昔は昔、今は今。それはそれ、これはこれ! 昔読んだ漫画のセリフだけどさ。俺たちは子爵の悪行に泣かされてる人達を助ける為に戦ってんだぜ、ロゼ! 俺達が迷う事で誰かが傷つくってんなら、悲しんで立ち止まれねーんだよ。風精霊さんよ、アンタとロゼの叔母さんに絆があるようにさ。俺はふーかやよーこ、ロゼやクイン、チビドラ、先輩たちとの絆の為に戦うぜ」
 仲間達はそれぞれ、真剣な目で風神を見つめる。
「ロゼ、迷うな。お前の後ろには俺達がいる。ひとりで戦わせたりさせねぇから」
 クインの言葉に、頷いて。ロゼは誓う。
「―――私達は、彼を倒します。彼が重ねてきた罪と、彼が重ねるであろう罪を見過ごせません」
 風神は皆をぐるりと見渡し、呟く。
「―――それも、良い。先に告げたが、私は関与しない。後は信じるままに進むがいい」
 雲に乗りかけていく風神を、皆は見上げる。やがて雲の間にその姿は完全に、消えていった。

「『彼』は、もうひとりの私‥‥」
 その華奢な体に、どれ程の強さが秘められているのか。彼女は泣かなかった、この時も。
「何言ってんだロゼ!」
「聞いて。私の魂が盗まれたとき、カゼッタで旋律を奏でる者が皆に、こう言ったんでしょう?」
 二人はカードの表と裏。強い光と、濃い影。
「子爵領を滅ぼそうとしていたのは、もしかしたら私だったのかもしれない。逆の立場で向き合う事になっていたのかもしれない。それが、―――ようやく解ったわ」