月光の使者

■シリーズシナリオ


担当:美杉亮輔

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月20日〜06月25日

リプレイ公開日:2005年06月29日

●オープニング

「どこへ行く?」
 呼びとめられ、褐色の肌の妖艶な女が足をとめた。
「どこへ行こうと勝手だろ。あたし達はあんたの手下じやないだからね、グラン」
「そうは、いかない」
 手の上に顎を乗せ、椅子にもたれたグランが、ジロリと眼を上げた。
「下手に動けば冒険者どもに嗅ぎつけられる。次に月が満ちるまで後少しだ。ジェシカよ、それまで待ってもらおうか」
「ふん」
 女――ジェシカは鼻で嗤った。
「あたし達にはどうでもいいんだよ、そんなことは。ただ――」
 鬱陶しい連中を殺せれば良かったんだ――吐き捨てるジェシカの眼に、この時冷笑が揺れたようである。
「それにしても、グランともあろう男が恐れすぎなんじゃないのかい。手合わせしたところじゃ、たいしたことはなかったがねぇ」
「美味しそうな美形ぞろいではありましたが」
 ニンマリするのは優しげな青年だ。名をレミオという。
「特にあの天使みたいに可愛い娘。食べてみたかっだですねぇ」
 ぬめり、と――レミオが舌なめずりした。
「馬鹿め」
 グランが口を歪めた。
「お前の手におえる娘ではない。あのギュレンですら手もなくやられたのだ‥‥冒険者をなめると、痛い目にあうぞ」
「ふふふ。ギュレンは女の子の扱いは下手でしたからね――」
 わたしは‥‥卑猥な言葉を並べ立てるレミオに、ジェシカが憫笑をなげる。
「ふん、もういいよ、女のことは‥‥。それより、わたしらはわたしらのやり方でやる。邪魔だてすると、あんたでも容赦しないよ」
「容赦だと‥‥」
 眼に燐火のような光を浮かべ、グランがそろそろと剣に手をのばす。
「やってみるか」
「待ってくださいよ」
 慌ててレミオが二人の間に割って入った。
「ここで貴方達が争ってどうするんですか。‥‥とにかく、グランは目当てのものを手に入れたのでしょう。文句はないはずです。私たちは行かせてもらいますよ。いや――」
 グランの眼に刃の光が揺らめくのを見てとって、レミオが慌てて手を振った。
「心配はいりませんよ。儀式が終わるまで、私たちは大人しくしていますから」
 それで良いでしょう――云い捨てて、レミオとジェシカがドアを閉めた。その二人の消えたドアを凝視するグランの歯がギリッと鳴る。
「食えぬ奴らよ‥‥」

「!」
 冒険者ギルドのドアをくぐった者の姿を見とめ、ギルドの男がほうっと息をもらした。
 金色の、白銀の、栗色の、純雪色の、紅色の――髪の色は様々だが、揃いもそろって美少女の五人だ。種々雑多な人が訪れる冒険者ギルドにあってすら、彼女達のような来訪者は珍しい。その証しに、ギルド内が一瞬水をうったように静まり返っている。
 その注視の中を、ある者は毅然と、ある者は恥ずかしげに、またある者は興味津々で周囲を見まわしながら――五人の美少女はギルドの男の前に歩み寄って行く。
「‥‥い、依頼かね?」
 ゴクリと生唾を飲み込み、ギルドの男が問うた。
「そう」
 応えたのは紅髪の、気の強そうな顔立ちの少女だ。
「依頼がないと、冒険者は動けないんでしょ」
 謎めいた言葉を呟く少女。
 その彼女に代わって、今度は銀色の髪の少女が口を開いた。
「マーヤという少女を救ってもらいたいのです」
「!」
 可憐な少女のもらした言葉に、ギルドの男は息をひいた。
「――な、なぜ、マーヤのことを‥‥」
 ギルドの男はむろん攫われたマーメイドの少女の報告は受けている。しかし、なぜこの娘達が、そのことを知っているのだ――
「き、君達は、何者なのだ? それに何故――」
 ギルドの男の口から、喘鳴のような問いが発せられた。
 応えたのは、あどけなさの残る金髪の美少女である。
「わたしたちはヴァルキリー。冒険者の方達に借りを返す為にやってきました。‥‥わたしたちは、グランの居所を知っています」

●今回の参加者

 ea3179 ユイス・アーヴァイン(40歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea7197 緋芽 佐祐李(33歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea8783 フィリス・バレンシア(29歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9311 エルマ・リジア(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9337 アルカーシャ・ファラン(31歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb0610 フレドリクス・マクシムス(30歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0977 ガルム・ガラン(62歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

クーラント・シェイキィ(ea9821

●リプレイ本文

「不老不死を手に入れるためマーヤを喰らうつもりとはな‥‥もはや、云うこともないな」
 フードを目深に被り、その身の一切を覆い隠したアルカーシャ・ファラン(ea9337)が吐き捨てた。マーヤの体と心の傷を案じていた彼であったが、もはや事態はそれどころではい。
 頷いたのは片目にふわりと髪の毛がかかった、しなやかな肢体の娘である。名をアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)という。
「まさか、ヴァルキリーの手助けを受ける事になるとは‥‥でも、考えてみれば彼女達はグランの兄を狙っていた訳ですからね。その関係で、グランを追っていたとしてもおかしくはありません。情報は確かかと思います」
 アレクセイは冒険者達の中心に立つ金髪の美少女に眼を転じた。
 あどけない面立ちの彼女の名はリン。義賊ヴァルキリーの一人である。
 残りの四人は道案内として彼女を残し、すでに姿を消していた。残ったリンはといえば――興味深げに冒険者達を見まわしている。
 特に興味があるのはフィリス・バレンシア(ea8783)に対してであった。凄艶な、まさに戦乙女と呼ぶにふさわしいその容姿にいたく感動した様子で、しきりとまとわりついている。当のフィリスといえば、まるで子豹にじゃれつかれる母豹のごとく、泰然自若としていた。
「リン‥‥さんでしたよね」
 緋芽佐祐李(ea7197)に問いかけられ、リンがこっくりと頷いた。巨躯の佐祐李を見上げる彼女の眼は感動にうるうるしている。佐祐李のあまりの清純可憐さに、である。
 そのリンの素直な眼差しが面映いのか、佐祐李は頬に紅を散らし、
「リンさんが依頼をされたという事は、まだマーヤさんの命を救う時間――チャンスがあると思ってよろしいのでしょうか?」
「わたしたちも、マーヤという女の子の事は良くは分からないの。でも、グランが姿を隠しているのは、マーヤさんの儀式が終わるまでらしいから、多分まだ大丈夫だと思う」
「儀式ですか‥‥」
 ふうと息をつき、佐祐李は続けた。
「感謝します、リンさん。不老不死を欲するなら儀式はつきものだと思っていましたが、これで確信がもてました」
「でも、儀式の日はいつなのでしょう?」
 暗い面持ちでエルマ・リジア(ea9311)が問うた。
 今、彼女の天使のごとき美しさは光を失っている。それは何もマーヤの運命を慮っての事だけではない。先の戦いで、彼女は敵の一人にうなじを舐め上げられている。その舌の感触を思い出す度、彼女は総毛立つ怖気を覚えるのだ。
「妙な奴に惚れられたものだな」
 気にするなというフィリスに、エルマは青ざめた笑顔を返す。ややあって、儀式にふさわしいのは満月の夜と、佐祐李が応えた。
「それまでに何としてもグランからゴウニュの宴の場所を聞きださなくては」
「ならば急がないと、拙い‥‥」
 次の月が満ちるまでの日を数え、アルカーシャが呻いた。それほど日は残されていない。
 が、その傍らで冷笑を浮かべた若者がいる。精悍な風貌のフレドリクス・マクシムス(eb0610)だ。
「‥‥しかし、盗賊の依頼を受ける事になるとはな。落ちたものだ」
「そんな、フレドリクスさん」
 慌てて取り繕うとするエルマを、フレドリクスは手で制し、リンに向き直った。
「貴様らがどう思っているのかは知らんが、俺は『貸し』を作った覚えなど無い。貴様等の様な盗賊どもの為に俺が何かしてやるとでも思うか? 今回は貴様等は俺達を利用し、俺達は貴様等を利用する。それだけだ」
 冷然と云い放った。
 対するリンは一瞬虚をつかれた様子だが、すぐにぷっと頬を膨らませると、
「別にアンタの為に来たんじゃないもん!」
 べーと舌を突き出した。
 が、フレドリクスは眼を閉じ腕を組み、無視を決め込んでいる。その態度がよけい腹が立つのか、彼の前後左右からリンがちょっかいをかけだした。形の良い鼻を指で上に向けたり、殴る真似をしたり‥‥
 その二人に、呆れたように肩を竦めてから、フィリスは大刀の柄にそっと手をかけた。
「今度こそグランと決着付けさせてもらうよ‥‥どこに逃げようと狼は嗅ぎつけることができるんだからな。なあガルム・ガラン(eb0977)」
 フィリスの呼びかけに応え、ああと巌のような肉体のドワーフが頷いた。その隻眼にうっすらと刃の光が浮かび出したようである。
「悔しかったのぅ。罠も簡単に突破され、マーヤを奪われ、儂自身の誇りである戦いでも敵に一撃を与えられなんだ。リベンジの機会を与えてくれたヴァルキリーなる者達の期待に応えるべく、持てうる力の全てでマーヤの奪還へと至る道を進むのみじゃ」
「油断は禁物、過信も禁物、といったトコロでしょうか〜」
 ほんわりと微笑むユイス・アーヴァイン(ea3179)に、ガルムは苦笑を返した。
「おぬしだけは、相変わらずじゃのう」
「風は、いつでもとどまる事はありませんからね〜」
 涼風の声音で、ユイスが応えた。
「では、そろそろ行くとするか」
 リンを押しのけて、フレドリクスが歩き出した。
「グランめ‥‥馬鹿な夢を見ているようだが、それが貴様の見る最後の夢となる」

「‥‥この先ですか?」
 エルマに問われ、リンが頷いた。
 鬱蒼と茂る木々を渡る風は、濃い緑の匂いが含まれている。ひやりとする風が汗ばんだ身体に心地よい。
 グランの隠れ家まであと少しの距離。森の中に冒険者達は潜んでいた。
「近くに、他の民家はないようです」
 猟師から得た情報をもらし、佐祐李が藪から身を忍び出させようとした。と、その肩をアルカーシャが掴む。
「待て、罠があるかも知れん」
「その通りだ」
 フィリスが顎をしゃくって見せた。彼女の並外れた視力は、樹上に浮かぶ一メートルほどの黒影を捉えている。
 漆黒の闇が凝ったかのような――大烏だ。見れば二羽、睥睨するすのかのように不吉の視線を周囲に送っている。
「グランが放った烏かも知れん。下手に動いて騒がれると拙い」
「では――」
 ユイスが右腕を差し出した。その腕には一羽の鷹がとまっている。
「どこまで巧くいくかは判りませんけれど‥‥頼みましたよ〜、クーゲル」
「リョーニャ、貴方もお願いね」
 大烏を抑えるべく、二人は同時に鷹を放した。
 一声高く鳴くと、二羽の鷹は風を巻いて蒼穹へと舞いあがった。それに気づき、大烏もまた空に飛翔する。
 交差する四つの影は疾風と化し、互いに空の覇権を賭けて爪と嘴を閃かせた。さしもの大烏も鷹の素早さには手を焼いているようである。
 やがて――
 鷹に追われるように降下した烏が、ふいにぽたりと地に落ちた。間髪をおかず、猿のようにするすると疾りよよった影が忍び刀を煌かせ、止めを刺していく。
「可哀想ですが、仕方ありません」
 眉を曇らせたのは、春花の術で大烏を眠らせた美しきくノ一、佐祐李である。
 その時、バサリと羽音を響かせ、二羽の鷹が舞い降りて来た。
「本当にご苦労様でしたよ〜、クーゲル」
「よくやってくれまた、リョーニャ」
 ユイスとアレクセイが、それぞれに腕にとまらせた鷹の眼の間を撫で、慈しむ。鷹達は眼を細め、心地良げである。
「今です」
 エルマに促されて、フレドリクスが藪から滑り出ようとし、ふと足をとめた。そして、リンに向かい、
「貴様等と手を組むのは今回だけだ。次に対峙する機会が有った時は容赦せん。義賊の正義など俺は認めん。覚悟しておけ」
 云った。するとリンは顔を強張らせ、
「‥‥楽しみにしてる、次に対峙する時を。それまでわたしたちは戦うつもり。表の正義から零れ落ちた者を、誰かが助けなくちゃならないんだから。だから、だから‥‥」
 言葉を途切れさせるリンの肩を、ぽんとアルカーシャが叩いた。
「気にするな。奴は、お前の身を案じているんだ。危険な真似を何時までも続けるな。酷い目に遭う前に早めに足を洗え、とな」
「嘘!」
「嘘じゃない。そうでもなければ、あの冷徹な奴が傷つけぬよう、お前に手加減などするものか」
 苦笑するアルカーシャから、リンは慌ててフレドリクスに眼差しを返した。が、すでに黒狼の如き影は木陰の向こうに消え去った後であった。

 ぴくり、と――グランは身動ぎし、組んでいた腕を解いた。
「何か物音がしなかったか?」
 傍らの男に問う。
 が、山賊の手下であったその男は、酒臭い息を吐きながら頭を振った。
「そうか。動物か鳥の鳴声がしたと思ったが‥‥」
 頷きつつも、グランは立ちあがった。どうも嫌な予感がする‥‥

 佐祐李の合図の動物の鳴声を聞き届けて、裏口の配置に着いたアレクセイは、アルカーシャ、フレドリクスと眼を見交わした。
 次の合図で正面から仲間が乗り込む手筈になっている。それに機を合わせ、突入を敢行するのだ。
 生還を期し、アレクセイは左手薬指の『誓いの指輪』にくちづけした。

 鳥のものに似せた声に、佐祐李が手を上げた。と、潜んでいた木陰から疾り出たフィリスが、一気にドアを蹴り破る。裏に回ったアレクセイ達の陽動も兼ねている為、遠慮はなしだ。
 玄関口には一人の男が倒れている。佐祐李の春花の術に眠らされた賊の一人だ。
 その時、ドアが開いて数人の賊が乱入してきた。冒険者の侵入に気づいたものだろう。
「なんだ、てめえらっ!」
 剣を抜き払い、賊が踊りかかった。
 刹那、迎え撃つコナン流の使い手二人――フィリスの疾らせた刃と、ガルムの手から唸り飛んだ鉄球は賊を地に叩きつけた。
「時間がないんだ。加減無しの本気でいかせてもらうよ」
 ぞわり、とフィリスの毛が逆立ち、彼女を凄絶華麗な修羅と化さしめた。音たてて鉄球を振りまわすガルムは、さながら隻眼の羅刹である。
「心してかかってこい。一撃で粉砕してやるほどに」

「来たか!」
 剣を引っ掴むと、グランが立ちあがった。
 いつまでも冒険者の眼から逃れる事はできぬと承知していたが――
「残る手勢を引き連れ、表に向かえ。お前は、俺と来い」
 賊の中でも一際手練れの者を引き連れ、グランが裏口に走った。
 馬鹿者どもを囮にし、その隙に――
 グランがほくそ笑んだ時、剣風が翻った。反射的に繰り出したグランの刃が火花を散らし、双手に太刀をとったアレクセイの姿を浮かびあがらせる。
「どこへ行くつもりだ。グラン。往生際が悪いぞ」
 蒼い笑みを浮かべたフレドリクスの腰から、ニ条の白光が噴出した。

 ザンッ、と斬り下ろされた刃の軌跡の後で、たおやかな若者の姿が崩れて消えた。
 愕然とする賊の背後にするすると回り込み、その胴を薙ぎ払ったのは佐祐李である。
「大丈夫ですか?」
「はい、おかげさまで〜」
 花見の挨拶のように笑うと、ユイスは彼自身花のように小首を傾げた。
「強風に爆炎、冷気に稲妻と‥‥さて、どういきましょうかね〜」
 危険を楽しんでいるかのような口調とは裏腹に、彼の眼はエルマを中心とした周囲を探っている。
 敵の嫌らしい魔導師――もしいるなら、間違いなくエルマを狙ってくるはずである。
 当のエルマ自身もそう読んでいるらしく、高速詠唱に備え、身構えていた。
 多少の傷は受けても、今度こそ必ず弊す。そうエルマは覚悟しているのであった。

「‥‥まさか、ここまで追ってくるとはな」
 忌々しげに口を歪めるグランに、フレドリクスは冷笑で報いた。
「ふっ。月の使者が、俺達をお前の元に導いてくれた。やはりお前とは決着をつける運命だったようだな」
「ほざけ!」
 叫びざま、グランが剣を抜きうった。唸る刃は毒蛇の鋭さを秘めて空を疾り――辛くもフレドリクスは左手の刃で受けとめた。が、受けとめたものの、それはフレドリクスの渾身の技だ。
 噛み合わせた刃の向こうで、フレドリクスの背を冷たい汗がツツーと流れ落ちた。かわせるのもニ撃三撃、いずれは奴の剣につかまるだろう。
 そして――
 焦るフレドリクスの背後では、アレクセイが手練れの賊と斬り結んでいた。
 技量は同等。勝負は一瞬で決まる。
 そうアレクセイが思った時、賊の刃が迫った。
 戛!
 賊の刃は――アレクセイの左の刃で受けとめられている。残る右の刃は峰を返し、賊の首筋にめり込んでいた。
「おのれ!」
 崩折れる賊を見つつ、グランが叫んだ。同時に振り上げた刃には必殺の気魄がこめられている。
 が――
 あっと呻いたのはグランの方だ。かっと見開かれた彼の眼は、フレドリクスが投げつけた刃を見とめている。
 慌てて刃をはじき落としたのはグランなればこそだ。しかし、さしもの彼も続くフレドリクスの一撃をかわす余力は持ち得なかった。
「ぐっ」
 手刀を鳩尾に突き入れられ、グランが身を折った。
「や、やったな――」
 血の坩堝のような眼を上げると、グランが背後に飛び退った。よろめきながら、それでもドアをくぐろうとし、その足がぴたりととまった。
「貴様の腕は見せかけだけなのか? そうでないなら自ら証明してみせなよ」
「かっ!」
 立ちはだかるフィリスめがけ、グランは横殴りに刃で払った。が、その一撃はガルムの盾によって受けとめられている。のみならず、金剛不動のガルムの盾は、グランをじわりじわりと地におしつけていく。
「力任せに武器を振るうだけでは、戦場は生きてゆけぬのだよ」
 初めてガルムの眼に会心の光が揺れた。

「――マーヤさんはどこですか?」
 エルマに問われ、しかしグランは嘲笑を返した。
「馬鹿め。それを俺が喋ると思うか」
「吐かねば、腕の一本くらいはいただくぞ」
 グランの胸倉を掴み、アルカーシャが引き寄せた。フードから覗く彼の琥珀の瞳が殺気に煌いている。
「ふふん。いやにマーメイドの小娘にご執心だな。あの娘に惚れたか」
「なにを――」
 唇を噛み締めるアルカーシャの腕を、フィリスが抑えた。
「なめるなよ。アルカーシャは貴様と違い、人の痛みがわかるだけだ。それよりも、素直に口を割らねば、指を切り落としてでも喋らせるぞ」
「ゴウニュの宴だったか、あんたを使ってるのは‥仮に本当にそいつ等が不老不死を手に入れたらあんたは用済み、それどころか邪魔だ。此処で口を割らなくてもいずれ奴等があんたを消しに掛かるだろうな」
「ギュレンを始末しようとしたお主こそ、その考えは最もよくわかるのではないか?」
 アルカーシャの言葉を、さらにガルムが裏付けた。さらに――
「“死の恐怖は死そのモノよりも厭わし”‥‥なんて言葉がありますけれど、試してみます〜?」
 クスクスと不気味に笑う銀髪の魔導師に、ついにグランの面を自棄の翳が覆った。
 やがて――
 喋り始めたグランを皆に任せ、一人アレクセイは廃屋の外に足を運んでいた。
 すでにリンの姿は消えている。いつか、彼女達とも戦わねばならぬ時が来るかも知れない。しかし今は――
「他人を犠牲にして得る生になど、何の価値もない。必ずマーヤを助け出してみせる!」
 アレクセイは胸にかたく誓った。