【サイレント・ジェシー】襲撃
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■シリーズシナリオ
担当:美杉亮輔
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:8人
冒険期間:06月30日〜07月05日
リプレイ公開日:2005年07月09日
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●オープニング
「バカめっ!」
怒声とともに、ゲスナは紅茶をぶちまけた。熱い飛沫を浴び、トーレの口から呻きがもれる。
「何という失態だ。処刑を目前にして、あの混血の小倅を奪い去られるとは――」
トーレを見下ろし、ゲスナがギリギリと歯を噛み鳴らした。
「‥‥お、お許しを」
「ならぬ!」
満面を怒りにどす黒く染め、ゲスナがトーレを足蹴にした。
「大事ないとほざいておきながら、何たる様かっ!」
ゲスナの手が、デスクに立てかけてあったステッキにのびた。柄を掴むと、打擲を加えんと振りかぶる。
その時――
「待てよ」
声に、ゲスナの動きがとまった。
「愁嘆場はけっこうだ。それより、仕事の話を頼むぜ」
声は、ソファにふんぞり返った三人の若者から発せられた。見れば三人ともジャパンの人間である。
ステッキを床に叩きつけると、ゲスナは血筋のからみついた眼を向けた。
「‥‥よかろう」
ふっと息をつくと、ゲスナは自らの椅子に腰を下ろし、口を開いた。
「確か夜叉組とか云ったな。賞金稼ぎのお前達を呼んだのは他でもない。脱獄囚を捕らえてほしいのだ」
「脱獄囚?」
夜叉組と呼ばれた三人のうちの一人――唇に紅をひいた若者が柳眉をよせた。名を紅夜叉という。
「そうだ。わしの息子を殺した憎い奴。混血の小倅が処刑前に逃亡しおった。それを捕らえてほしいのだ」
「貴方の息子さんを‥‥」
ふむと頷き、別の一人――僧形の若者が続ける。彼の名は白夜叉といった。
「まあ、理由はどうでも良いのです。悪人で、賞金がついてさえいれば」
「俺達は安くはないぞ」
三人目の――頬に十字の傷のある若者が静かな声音で告げた。彼は蒼夜叉という。
「よかろう」
ゲスナがドアの前に佇んでいる鳥に似た痩せた執事に目配せした。すると執事は頭を垂れてから退室し、すぐさま袋を携えて戻ってきた。
「前金だ。残りの半金は、混血の小倅を連れ戻した時に支払う。文句はなかろう」
「上等だ」
立ちあがると、蒼夜叉が袋を受取った。それを見届けると、ふたたびゲスナが口を開いた。
「トーレの言に依れば、まだ小倅は潜伏しておるらしい。見つけ出して、始末――いや、捕らえるのだ」
「わかった」
頷いて、蒼夜叉が背を向ける。その背に向けて、ゲスナがナイフを放った。
が――
澄んだ音を響かせて、ナイフは壁に突き刺さっている。
振り向きざまに抜きうたれた蒼夜叉の一刀に撥ねられたのだ。
「俺達は後ろにも眼がある。冗談は止したがいいぜ」
「小生意気な東洋人め」
夜叉組が消えたドアに向かって吐き捨てると、ゲスナはトーレを呼び寄せた。
「良いか。信用できる者を奴らにつかせよ。眼を離させるでないぞ。それと――」
ゲスナは執事に眼を転じた。その眼の奥に、冥い炎が燃えているようだ。
「万々が一ということもある。その場合の手筈も忘れるな」
「御意」
禿鷹の表情で、執事は静かに頭を垂れた。
「よし」
満足げに頷くと、ミシェルは部屋を見まわした。
雑巾がけも済み、部屋の中はピッカピカだ。これで何時兄が帰ってきても大丈夫だろう。
「お兄ちゃん、早く帰ってきてね」
兄のベッドに腰を下ろし、そっとミシェルが呟いた。
●リプレイ本文
●プロローグ
「夜叉ってデビルみたいなものなのかな?」
「どうだかな」
酒場の親父は曖昧に応えた。親父にとって話の内容などは石くれほどにも興味はないらしく、レムリィ・リセルナートの目立ちすぎるほどの胸に、ただ眼を吸われている。
「どんな人達なんですか?」
「良くは知らないな。ただ凄腕だって噂だぜ」
キルト・マーガッヅとクウェル・グッドウェザーが顔を見合わせた。
賞金稼ぎ「夜叉組」について聞こえてくるものはどれも曖昧なものだ。噂とは所詮そういうものだが、もし「夜叉組」が意図して自分達の痕跡を消しているのだとしたら‥‥
●プロローグ2
人は裏切る。言葉は嘘をつく。
しかし音楽は正直だ。心が翳れば音律は昏く、胸が躍れば音色は華やぐ。
が、奏者と聞き手の想いを超えて、魂そのものを震わせる調べというものもあるはずだ。そうバーゼリオ・バレルスキー(eb0753)は思うのである。それはきっと神の領域に他ならないのだろうけれど。
竪琴を爪弾く指をバーゼリオは速めた。
傍らの岩に腰掛ける東洋人の若者。頬に大きく十字の切り傷。おそらくこれが賞金稼ぎの一人であろう。
「お暇なら曲はいかがですか?」
ぽろん。弦をはじく。
「いらぬ」
じろり。若者の刃の視線が上がる。
「そうですか」
あっさり頷き、バーゼリオは再び足を運んだ。その背を、執拗に若者の視線が追う。バーゼリオの正体に気がついているはずはないのに。
旋律と殺気。
ともに眼には見えぬ光波の響きは飛沫を散らし、蒼空に旋風を呼んだ。
●その夜
「あちらさんもなかなか面倒なことをしてくれますよね〜」
ユイス・アーヴァイン(ea3179)が笑った。ころころと軽やかに。
見事な手弱女ぶりだが、彼の性は食えぬ。涼風も皮膚切る刃風も、ともに風の内であるように。変幻自在こそ、ユイスの本領であった。
その時、ドアが開き、夜闇とともに黒々とした二つの人影が隠れ家に滑り込んできた。
一人は華奢なくノ一。もう一人は黒いドレスに肉感的な身体を覆い隠した美しい娘である。
くノ一を夜光蝶黒妖(ea0163)、娘をセラフィーナ・クラウディオス(eb0901)といった。
「どう‥でした?」
壬鞳維(ea9098)に問われ、黒妖とセラフィーナは街の様子を説明し始めた。警備や賞金稼ぎのことなど‥‥
全てを語り終えたのは、街娘に見せかけた変装をセラフィーナが解き終えた後のことであった。
「久し振りにこんな姿やると動きずらいわ‥似合わないでしょ?」
「あーあ。脱いじまいやがった。似合ってたのによ」
狭堂宵夜(ea0933)の嘆きには苦笑で。セラフィーナは馬鹿ね、と云った。
「早めに手を打たないと後手になりそうよ」
セラフィーナは率直な意見を述べた。
ゲスナは思った以上にやり手だ。遅れた一手は、そのまま致命の一手となりうるかも知れぬ。
「‥アレク‥少し‥寝させて‥」
どいてクマさんと、黒妖が宵夜をどけやれば、誰がクマだという宵夜が掴みかかる。するりと逃れたの忍びならではの達人技だ。分らぬかとばかり、黒妖が宵夜の頭を両の拳でグリグリ‥‥これで夜明けの脱出行に備えての休息となりうるのだろうか。
なる、とアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)は莞爾と笑う。
一見無駄にじゃれあっているようだが、彼らの心気は今、鞘の内の刀身の如く、胸の奥でゆっくりと白々と磨かれている。眠るばかりが能ではない。
それに――
黒妖に時折覗く、あの表情はどうだろう。彼女本来の愛らしい娘の笑み。いつから彼女はそんな顔を見せるようになったのか。
冒険者の行く先。そこは散り逝く哀しみの多い世界だ。だから冒険者は光明を求める。依頼人の行く末に幸あれと。そして、冒険者自身も良きように変わることができれば、それはさらに良いことではないだろうか。
「――そういうことか」
ライル・フォレスト(ea9027)は深く頷いた。
そもそもの発端。様々に事象がねじくれた糸口。ジェシーが捕らえられた事件の内容を、彼自身の口から聞いたところである。
いつの世にも、またどこにも偏見はある。そして人の悪意がそれを増殖する。
その様を、ライルは嫌というほど見てきた。だからこそ過去を捨ててきた彼であったが。
それでも捨てきれぬ人がいる。忘れられぬ想いがある。
今は恋い慕う女性もできた。そして守ってやりたいと願う者達もいる。
その全てを抱きしめる力が欲しい。そう願わずにはいられないライルであった。
「きっと守るよ。ジェシーもナリスも」
「そうか」
ジェシーの面に浮かんだのは深い微笑である。
かつて、俺も彼等と同じであったか。このように気持ちの良い者であったか。ジェシーは自問する。
もしそうであったなら、いつか子供ができた時、俺は冒険者として過ごした日々を誇りをもって語ることができるだろう。
●襲撃
暁闇の中。
むくりと鞳維は身を起こした。
かそこけ風の悪戯のような、葉擦れに似た音。耳を澄ませていても、届かないようなあるかなしかの‥‥
が、鞳維の並外れた聴覚を誤魔化すことはできない。
「き、来ました‥よ」
「よし、俺が出る」
宵夜が二刀を腰に落した。
「そ、それでは‥じ、自分も‥」
「いや」
宵夜が頭を振った。
「街道を塞ぐ夜叉がまだいるはずだ。いざって時に、手練れのおめえは必要になる」
「し、しかし、一人、では‥‥」
哀しげに言葉をつまらせる鞳維の肩を、宵夜は軽く叩いた。
「何て顔してやがる。心配するな。ちょっと遊んだら、すぐにずらかるさ」
「そう、先に行って。此処は、私達が引き止めるから」
「セラフィーナ!」
愕然とする宵夜の顔は、まるで呆けたようだ。それが面白いとセラフィーナはクスリと笑った。
「二人の方が、もっと楽しく遊べるでしょ」
白み始めた草原には、凍りつくような殺気が凝っていた。
そのささくれだった惨風の中に、宵夜はのそりと足を踏み出した。
「今日の羆は、飢えてるぜ‥‥通りたきゃ腕の二、三本置いてけや!」
宵夜の腰から二条の光芒が噴出した。応えるように、草原の中に幾つかの白光が閃く。
その時――
「馬鹿め」
草原を分けて、一人の若者がするすると進み出て来た。唇に紅をひいた、女と見紛うばかりの美丈夫だ。
「退れ。てめえらが束になったって敵う相手かよ」
「夜叉組だな」
戦慄を覚えつつ、宵夜が問うた。
余人は知らず、一人彼のみは眼前の若者の侮るべからざる実力を推察している。傾奇者めいた奇風の内に修羅を飼っていることを。なぜなら――
彼もまた一匹の修羅であるから。
「紅夜叉だ」
ニンマリする紅夜叉の身が、一気に宵夜めがけて迫った。迅い。殺気の風を追い越すほどに。
曙光よりもなお眩い光流は空を灼き切り、宵夜の面に――
戛!
かろうじて宵夜の左刀が刃を受けとめた。そのまま身を擦り合わせるほどに接近する。
刃の内に入りこめば、そこは無風の圏内だ。そして間合い無き一撃こそ、陸奥流の極意である。
が、再び刃と刃が噛み合う音が響いた。宵夜の右刀を今度は紅夜叉の脇差が受けとめたのだ。
「中条流か‥‥」
うめく宵夜めがけて、乱刃が舞った。残るトーレの手の者だ。
と――
苦鳴が重なり、二つの刃が沈んだ。何があったのか分らない。流星のように疾りすぎた二本の矢を、見とめ得た者がいたか、どうか。
「ここから先へは、通行止めよ」
朝靄に朧立つ美影身。
その手が矢をつがえていることに気づき、紅夜叉は一気に飛び退った。
「待て!」
追おうとした宵夜の前に、さらに刃が踊った。
●罠
「しょーや‥大丈夫‥かな」
「大丈夫。殺しても死なない人だってことは――」
貴方も知っているでしょう。そう揶揄してするように云って、アレクセイは黒妖を促した。
殺してもしなない――本当にそうなら良いけれど。
と、鞳維が皆を制した。
街道を塞ぐように幾つかの影が立っている。鞳維の眼は、その中の一人――十字の頬傷の若者にじっと据えられている。
これが、夜叉か。
見誤ることはない。戦いというものは、すでに刃を抜く前に始まっているのだから。
すうっと鞳維の眼が半眼となった。相手の技量を読み、慄然としつつも、彼の脳裡からは迷いの雲は霧消している。自身の狂化に対する恐れも。
心気の乱れはすなわち隙となり、それが死生の分かれ目になる。そのことを知る彼の肉体――筋肉も筋も骨も、ただ戦うためだけにたわみ始めた。冷たく強靭に――。
「賞金首だな」
「待ちなさい」
頬傷の若者――蒼夜叉の前に、アレクセイが立った。
「貴方方が、どんな信条で賞金首を追っているのかは知らない‥でも」
アレクセイは叫んだ。怒りを、疑問の形に変えて。
賞金がかけられている者が、必ずしも悪人と決まった訳ではない。賞金をかける方にこそ、悪がある場合があるのではないか。
わずかに、蒼夜叉の表情が動いたようだ。が、すぐに自らの迷いを断ち切るかのように、
「悪党ほど、ほざく」
嘲弄というより、むしろ憫笑を投げ、蒼夜叉が抜刀した。
「そうですか‥‥」
「仕方ありませんね」
まるで茶飲み話のように軽く、ユイスとバーゼリオ――風月の術師二人が肩を竦めた。受けて、アレクセイとライルが馬上の人となる。共に騎上にあるはジェシーとナリスだ。
それを見てとって、蒼夜叉が地を蹴った。
「待て、やらぬ」
「駄目だよ‥邪魔は‥させない‥」
ゆらり、と黒妖が立ちはだかった。
うめく蒼夜叉の腰から、さらに白光が迸り出た。左手の小刀の先は、つつうと背後に回り込んだ鞳維に向けられている。
その時、空を切り裂く羽音を響き、街道を塞ぐ人垣が割れた。リョーニャ――アレクセイの鷹だ!
何でそれを見逃そう。二騎は想いの糸をひき、宿命の荒風を巻き、希望の地を目指して駆け出した。
「ジェシーさんは頼みましたよ〜」
手を振り、しかしユイスはすぐに柳眉をひそめた。今、何か物音がしなかったか。それはバーゼリオも気がついていたものらしく、笑みを隠してユイスを見遣る。
今のは、羽音ではなかったか? リョーニャとは別の‥‥
「きえぃ!」
横殴りの蒼夜叉の刃を避け、鞳維が地に沈んだ。唸る脚は土埃を巻き上げつつ、蒼夜叉のそれへ――
脚を砕くだけでいい。動けぬ者は、敵とはなり得ない。
が、蒼夜叉の身は宙を舞っている。突き出す刃は凄愴の殺気をまとい、鞳維の面に疾る。
「ハッ!」
裂帛の呼気とともに蒼夜叉の刃をかわし、鞳維が後方に飛んだ。地に両の手をつき、身を捻る。回転する独楽と化した鞳維の脚が、旋風と変じてトーレの手下を薙ぎ払った。
直後――
地に降り立った蒼夜叉は、身を返して黒妖を追っている。すでに初手で傷を負わせたものの、後は巧みに避けられていたのだ。苛立ちが、見えぬ毒となって彼の判断を腐食していた。それこそが黒妖が仕掛けた真の罠とも気づかずに。
「ええいっ、ちょこまかと――」
雌雄を決すべく、一気に蒼夜叉が身を躍らせた。大気に亀裂を刻み、刃が飛ぶ。
その一撃を、黒妖はわずかに身をよじり、かわした。冷たい銀光が顔をかすめ、前髪を数本もっていく。
斬り合いならば、蒼夜叉には一歩も二歩も譲る黒妖である。が、紙一重の見切りは達人の域だ。
黒妖は蒼夜叉を突いた。ユイスの雷罠に向けて。
「‥残念‥罠にかけるのは‥俺の十八番だよ‥」
黒妖がほくそ笑んだ。
刹那、殺風が来た。
今更無茶やるなと云っても聞かないんでしょうが――『誓いの指輪』を打ち合わせたアレクセイの言葉が脳裡を過った、その時である。
蒼夜叉の左刀が黒妖の胴を貫いた。かわすだけならできたかも知れぬが、罠にかけるという動作がそれを妨げた。
血飛沫を散らせ、黒妖が仰け反った。同時に蒼夜叉の身には雷光がからみついている。
瞬間、闇が膨らんだ。光すら飲み込む、真の闇だ。
その闇に紛れて、鞳維が黒妖を抱えた。そのまま引きずるよにして退っていく。
「待て!」
見とめて追おうとしたものの、トーレの手下の者達は、すぐにたたらを踏んだ。眼前に石の壁が現出したからである。
「おのれ!」
慌てて石壁を回り込もうとした手下の者の前で、今度は火球が炸裂した。
「そろそろ幕引きの時間ですね〜。それでは皆さん、御機嫌よう」
怯む手下の前でユイスが撒いた大量の油に火種を付けた。炎と油煙の入り混じった赤黒い幕の向こうに、ユイスとバーゼリオの苦い笑みが薄らいでいった。
●突破
アレクセイが手綱を引いた。ほぼ同時にライルの馬もとまる。
緑濃い木々の間を貫く街道。彼等の目指すその先を塞ぐように、僧形の若者が立っている。
なぜ、ここまで?
脳裡を吹き過ぎる疑問は一瞬だ。ここに至っては、もはや突破するしかない!
僧形の若者の全身が夜色の光に包まれるのを見とめ、ライルが馬の腹を蹴った。アレクセイのアリョーシカも後に続く。
「ナリスさん、馬を操れるよね」
応えは皆まで聞かず、ライルが飛んだ。印を組み終わった僧形の若者に向って。
「あっ」
これは、さしもの僧形の若者――白夜叉も想定外であったのだろう。飛びつくライルにからみつかれる形で地に転がった。その傍らを二騎が風を巻いて疾り抜ける。
「彼は、どこへ行ったのです?」
泥を払い、錫杖をかまえて白夜叉が問うた。
対するライルはダーツを手にしている。
賞金稼ぎにダーツが何ほどの役に立つか分らないが、せめて一矢は報いるつもりであった。
「俺が喋ると思うかい?」
「でしょうねえ」
いやにあっさりと、白夜叉が錫杖を下ろした。
「あれほどのことをして助けた者のことを、あれほどのことをしてのけた貴方が喋るわけはありませんよねぇ」
しかし困った、と。顔をしかめ、白夜叉が大きな溜息を一つ零した。
同じ頃、同じように吐息を落す者がいた。
追っ手を振り切り、街から逃れた宵夜とセラフィーナである。さしもの二人も満身創痍、疲れきった身体は鮮血と汗にまみれていた。
「ひとまず安心という感じかしら?」
「今頃ジェシー達は囲みを抜けている頃だろう。が――」
この修羅道、まだまだ深くなりそうか。宵夜の呟きは声にならなかった。
その数刻前――
忍びやかにドアを叩く音に、女は眼を覚ました。
「どなた?」
女が問うた。夜はまだ深い。こんな明け方に誰だろう。
「ジェシーの使いの者だ」
「えっ」
息をひき、女――ジェシーの母親は上着をはおり、ドアに駆け寄った。もどかしげに鍵を外す――
刹那、蹴破るような勢いでドアが開かれ、幾つかの人影が雪崩れ込んで来た。眼の部分だけ空いた、不気味な覆面を被った一団だ。
「あ、あなたたちは――」
「恨むなら、息子を恨め」
くぐもった嗤いを響かせ、覆面の男達は刃を抜き払った。