●リプレイ本文
蜘蛛女の憂鬱3――ジャパン・江戸
●仮面ウィザード
「仮面ウィザードさんは、何てお名前なんですか? そのまま呼ぶと長いし‥‥あと、得意技とかありますか? 私は、射撃は人並みに自信はあるんですけど」
ノリコの問いに、仮面(略)は考える顔になった。
「ならば、ワシのことは『ゼット』と呼ぶがいい。得意技は格闘戦じゃ」
ぐっと大きな握り拳を作って、ゼットが言う。
「そうですか。あと、魔法は何か使えますか?」
「そうじゃな、精霊魔法なら一通り」
そう言うとゼットはいくつかの魔法を披露し、約15メートル四方の一区画をいとも容易く壊滅させた。
「‥‥‥‥」
ノリコが絶句する。使いどころを間違えると、このオヤジは著しい被害をもたらしそうである。
●悪魔――その正体
宗教的な『悪魔』について、いまさら語ることは少ないだろう。ジーザス教圏では、人間を堕落させる宗教的天敵。そして事実はそれ以上の厄介な化け物である。
人間が生まれる以前、神の時代から、天使と悪魔の戦いは続いていたと言われている。ジーザス教では彼らの神以外の存在はすべて悪魔とされていたし、実際悪魔のように強大な力と邪悪な意志を持った存在も居たようだ。広義では、日本神話のヤマタノオロチなども悪魔に定義できるであろう。
悪魔については誤解が多く、その生態や対処法などについて、しっかりとした理論が確立されているわけではない。一説には悪魔自身が身を守るために、偽りの情報を流布しているという話もある。うろんな真実があり、まことしやかな嘘がある。悪魔に関する話の多くは、そうであろう。
「だけど少なくとも、悪魔は銀の武器と魔法の武器は効くはずだよ」
と言ったのは、人間の女レンジャー、ノリコ・レッドヒート(ea1435)である。異母兄のリューガ・レッドヒート(ea0036)から銀の矢を受け取り、装備に加えている。
「まあ、ノリコが信用しているんなら、俺もジョロウグモのあんたを信用するけどよ」
やや警戒の解けない雰囲気で、リューガが言った。
「悪魔は神敵、これ以上の無道は許しませんぞ」
ドワーフの神聖騎士、ゲラック・テインゲア(eb0005)が武具をがちゃりと鳴らした。
「まあ、幸い装備に業物の武具もある。なんとか出来ないこともないかもしれねぇが‥‥」
対悪魔戦は初めての、鬼切七十郎(eb3773)がつぶやいた。まあ、誰にでも漠然とした不安はある。相手の能力は、おそらく『不死』だけでは無いからだ。悪魔は存在自体が脅威だが、それが本気を出したときがもっとも危険なのだ。
「手数で押すしかあるまい」
ゼットが作った槍を持って、アザート・イヲ・マズナ(eb2628)が言う。これは先の探索で発見された槍の穂先を、武具に仕立てたものだ。ゼットは結構器用で、村の鍛冶屋であっさり製作してしまったのである。手数は若干減るが、使い勝手は悪くない。
「私は、術での援護を行います」
山城美雪(eb1817)が、簡潔に言った。彼女は陰陽師。魔物の跳梁を看過できるはずなど、なかったからだ。
それぞれの理由を胸に、対悪魔戦闘が始まる。
●山岳探査
「真奈どのの『結界』は、空にも及んでいるのか‥‥」
ゲラックが、先達の冒険者から状況説明を受けて答えた。ゲラックにしてみれば、真奈のような化け物自体存在を否定しなければならないのだが、真奈が村の平和を三〇〇年も守っていたことを否定するわけにはいかない。それにこの何十何百年と、村が災害に襲われたことも無いのである。
「狩人たちは避難させた。『村を守る』という目的が動かせない以上『迎撃』という姿勢を貫かなければならないが、待ち戦は待つ方が不利だぞ」
リューガが言う。もっともな話しだ。籠城戦とは状況が違い、本当なら攻め込む方がはるかに楽なのである。
「道理はそうですが、本来の目的を忘れてはいけません」
素っ気なく、美雪が言う。このクールビューティーは本当は情が厚いのだが、対人関係には線引きをしているようだ。
アザートはしきりに、握った槍の感触を確かめている。慣れない武器に不安は隠せないが、戦士たる者それぐらいで引くようではやってられない。
ただそれ以外にも、奇妙な違和感があった。槍が『軽い』のだ。魔法金属は硬度をそのままに軽量化の魔法がかけられている場合もあるが、そう言う軽さとはまた違う。
「それはどうやら、悪魔の体の一部で出来ておるようじゃ」
ゼットが、アザートに向かって言った。
「多分、あの折れた角じゃろう。魔法の武器というわけではないが、悪魔の体の一部なら悪魔にも効果があるはずということじゃろうな」
ジャイアントのくせに、賢しいことを言うゼットである。だがあの悪魔を封印したという者が、何を意図していたかは理解できた。急ごしらえ感は否めないが、封印が解けた時の『万が一』を想定してのことだろう。
「仕掛けた場所はもうすぐだぞ」
七十郎が、脇差しに手をかけて言う。美雪の《フォーノリッヂ》が当たっていれば、悪魔はこの先の食料集積所に居るはずなのだ。
*
結果は‥‥外れであった。食料集積所――保存食を積み上げた場所に、悪魔は居なかった。付け加えて言うならば、他の保存食の集積所にも来た気配は無い。
「やはり、魂の無い食料ではだめなのではないか?」
一番天国に近い、ゲラックが言う。彼らの教典では、悪魔は人間の魂を活力源にしているようなことが書いてある。
「でも、生き餌はまずいよ。人間を囮にするわけにはいかないでしょ?」
ノリコが言った。
「まだ熊とか猪とか、そういうのでもいいんじゃないか?」
リューガが言う。確かに先日の会敵では、悪魔は小鬼を喰らっていた。
ふっと、彼らの上に影が落ちた。そして、ばっさばっさという重い羽ばたき音。
見上げると牛鬼のようなモノが、翼を羽ばたかせて村へ向かっていた。
美雪の《フォーノリッヂ》は、当たっていたとも言える。確かに冒険者達は会敵できた。しかし上空を通過されては、どうしようもない。
「もどるぞ!」
七十郎が叫んだ。
●真奈死す
村から黒煙が上がっていた。家屋が一棟燃えている。悲鳴、悲鳴、悲鳴。そして獣吼が響く。
冒険者達が村に着いたとき、悪魔は片角に白い物体を突き刺して振り回していた。それは着衣のほとんどを失った、真奈だった。
「真奈さん!」
ノリコが悲鳴をあげる。それに、悪魔が振り向いた。
金褐色の、猛禽の目。それに見据えられた瞬間、ノリコは魂をわしづかみにされたような気がした。
「うおおおおおおおおおっ!」
その呪縛を断ち切ったのは、ゲラックの雄叫びであった。魔法の剣を抜き、怒号とともに吶喊する。他の者も武器を取り、攻め上がり始めた。
「《クリスタルソード》!!」
ごん!
地面から、水晶の剣が突き生える。
「持ってゆけ」
ゼットが言った。
「ありがてぇ」
リューガが符を一枚使用し、クリスタルソードを取った。ノリコがあわてて、弓に銀矢をつがえる。そしてゼットも、その十数秒後には高速詠唱で製作した剣を、両手に一本ずつ構えて吶喊した。
「我が狙いしは角を持ちし悪鬼なり! 《ムーンアロー》!!」
白い光体が、悪魔を直撃した。しかし、身を揺する程度の痛痒しか与えていないようだった。
七十郎、ゲラック、リューガ、ゼットの攻撃は、ことごとくを受けられた。悪魔は腕に傷を負ったが、どれほどの打撃を受けたか疑問である。そしてアザートの槍は、悪魔が避けた。
遅れて、《ダブルシューティング》で銀の矢をノリコが放った。それは狙い誤らず悪魔の身体に突き刺さった。
ぎん!
悪魔の邪眼(イービル・アイ)が七十郎をとらえる。
ビキビキビキ!
「あ、足が石に!」
七十郎の足が石化し始めていた。それをあわてて、ゼットがリバースの《ストーン》で中和する。
それから六合ほど、悪魔と冒険者達は打ち合った。恐怖・石化といった邪眼を持つ悪魔に、冒険者は苦戦した。
リューガは、違和感を感じていた。自分たちの攻撃は当たるか受けられている。しかしさっきから、アザートの攻撃を悪魔は受けるどころか、触れさせることもない。
「アザート、当てろ! 当てるだけでいい!」
リューガの言葉に、アザートが槍筋を変えた。ダメージは期待できないが、ただ当てる攻撃へ――。
効果は、てきめんだった。
『じゅっ』という肉を灼くような音がしたかと思うと、何か強烈な化学反応を起こしたかのように、槍の穂先が触れた場所から青い炎が噴き出したのだ。炎の勢いはものすごく、アザートまでも巻き込み負傷させた。
GUAAAAAAAAAAA!!!
轟音とも言える苦鳴を、悪魔があげる。いまのは触っただけだが、マトモに捉えればどうなるか。何をどうやったのかはわからないが、あの槍の穂先は、この悪魔にとって水と金属ナトリウムを化学反応させるような劇症を発生させるもののようだった。
どがっ!
悪魔は、真奈の身体をアザートに投げつけた。そして羽根を羽ばたかせ、逃げ去った。
*
「真奈さん‥‥」
ノリコが、横たわる真奈に語りかける。真奈は瀕死の態で、司祭レベルの治療魔法でなければ治せそうになかった。
「三〇〇年、長かったようで短かったわ。ただ獲物を喰らうだけの私に、『人生』を与えてくれたあの人‥‥意外と、思い残すことは少ないわね‥‥」
「あなたの人生は、無駄ではないわ。あなたは意義ある人生をまっとうした。ここの誰もがしっている。そして村の誰もが知ることになるでしょう」
美雪の言葉に微笑をくれて、真奈と名乗った女郎蜘蛛は逝った。
「やることがふえちまったな」
七十郎が言う。
「縁故ってのは、大事にする主義なんだ。あんたの仇は、必ず討つ」
それは、ここにいる全員の決意であった。
【つづく】