ディアネー・ベノン治療カルテ2

■シリーズシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:11人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月13日〜05月20日

リプレイ公開日:2007年05月20日

●オープニング

●知っているようで知らない『麻薬』
 麻薬という言葉を聞くと、皆さんはどういうイメージを持つだろうか?
 犯罪、中毒、金、金、金。おそらく『恐ろしい毒物』という認識が普通であろう。
 しかし、実は麻薬も適量ならば、かなりの良薬であるという事実は意外と知られていない。例えば精神を病んでいる人に、緊張緩和のためにその類の薬が処方されることは結構ある。現代日本でも、医師が重度の精神病患者(正確な単語ではないが)に対して、『抗うつ剤』という名で処方される『覚 醒剤』というものもあるのだ。ガン治療にも使われていることをご存じの方もいるだろう。正確には、治療ではなく苦痛緩和のための処方だが。だが戦場で負傷した兵士にモルヒネを投与するのは、麻酔薬代わりの意味もある。
 つまりは、使われ方次第なのだ。国際赤十字でも、『モルヒネはタバコより安全で害毒性は少ない』とまで言わしめている。
 ただ、人間は快楽に弱い。
 禁煙が大変なように、麻薬中毒というものは身体よりも精神に傷跡を残す。ハイになった快楽の記憶と、醒(さ)めたときの気分の落差に心が耐えられなくなり、次の麻薬、強い麻薬へと状態がエスカレートしてゆくのだ。やがて『本当に薬が体内に無ければ異常をきたす身体』になってしまう。こうなると、麻薬から脱するのは絶望的である。
 ジ・アースでは、麻薬治療では僧侶の魔法《アンチドート》で、一定の成果を挙げている。ただこれは肉体的な話であって、精神までは治せない。異常な精神状態を安定させる《メンタルリカバー》などの魔法があっても、『快楽の記憶』までは消せないからだ。
 唯一の治療法――いや、武器はまさに『強靱な精神のみ』である。
 僧侶魔法の無いアトランティスでは、麻薬の横行は激しいものがある。下層階級の蔓延状態は深刻で、麻薬様成分を保持した野生の草木はわりと多い。カオスニアンはその道のプロが多く、香料と毒草と麻薬を使用した秘伝の調合術で、ほぼありとあらゆる恐獣を調教している。そして、これは認めるしか無いのだが――カオスニアンの調合した麻薬はかなりの高額で取引されているのが現状だ。正直な話、効きが違う。
 麻薬には麻酔効果もあるから、ケガの治療などで使用される場合もある。外科手術はアトランティスではタブーだが、壊疽(えそ)などを起こした組織を切断する必要がある場合、カオスニアンが調合した麻薬を使用するのは、実は医師や薬師の中ではある程度暗黙の了解だ。先だって『リバス砦』で報告のあった、瀕死の恐獣を蘇らせた何かも、その辺の関連物品ではないかと思われる。

●ディアネー・ベノン、その症状
 麻薬治療は、まさに『忍耐』の一語に尽きる。
 人としての尊厳すら保つのが難しい麻薬の効果については前章で記したとおりだが、現実的に物を見た場合、その治療風景は非常に凄惨である。
 中毒患者は、医師の言うことなら何でも聞く。それが、どのような無理難題でもだ。人間としての尊厳を秤にかけて、麻薬に転ぶ。それが中毒患者というものである。
 なぜか?
 麻薬中毒を治す医師は、『麻薬をくれるから』である。
 麻薬治療は、摂取した麻薬を投与し、その分量を減らしてゆくことで行われる。つまり麻薬治療の『魔法のような』抜本的治療というのは無く、患者の意志力のみが武器というのが現状だ。
 無論、《アンチドート》で麻薬を『抜く』ことは可能である。そして《メンタルリカバー》で、平常を維持することも不可能ではない。
 しかし神聖魔法の立ち後れたアトランティスにおいて、それらを十全の状態で維持するのは、物理的に不可能だ。ディアネー・ベノンに投与された麻薬が超が付く強力なモノであるだけに、魔法で強引に『毒消し』してしまうのは、正気の世界に蜘蛛の糸でバンジージャンプをするようなものである。糸が切れて地面に激突すれば、それは精神の崩壊を意味する。
 ゆえに、ディアネー嬢については、慎重な対応が望まれた。
 故ケーファー・チェンバレンの手記によると、麻薬治療の最大の特効薬は『精神的支柱』だそうである。その人物がもっとも『意志力』を発揮する状況を構築することが、最大の治療薬となるらしい。例えば、子供のために麻薬治療に立ち向かう母親など。その支柱が強靱であればあるほど、麻薬治療は早期に完了できるとある。
 見つけ出すか、造り上げるか。いずれにせよ『使命を果たした今のディアネー・ベノン』には、新たな支えが必要である。
 ありとあらゆる方法を模索し、今はここに居ない日之本一之助のように、『状況』を作るべきであろう。

●罠の発動
 過日の治療活動で、冒険者達は一つ物事をしくじった。遅効性の罠の存在を看過し、窮地を呼び寄せたのである。
 悪意ある罠はディアネーの退路を断ち、まさにディアネー嬢の心身を破壊せんとそのあぎとを開いた。かろうじて現在は保っているが、それは氷漬けになっているためであって彼女が『生きている』わけではない。
 具体的な治療法は一つだけ。《アンチドート》で毒を抜くだけである。それ以外の手段は、今は無い。しかしそれがリスキーなのは前述した通りで、けっして勧められたものではない。
 だが、新領地の進捗が思わしくすすみ、政治の舞台に立つことがほぼ確定している今となっては、彼女を強引にでも現実に引き戻し依存症と闘わせなければならない。少ない武器で。
 状況は、かなり逼迫している

●今回の参加者

 ea0266 リューグ・ランサー(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1504 ゼディス・クイント・ハウル(32歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3062 リア・アースグリム(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7906 ボルト・レイヴン(54歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 eb4434 殺陣 静(19歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec1282 悠木 忍(25歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

ミスト・エル・ライトス(ea0947)/ ルルイエ・イサ・クロウリス(ea5869

●リプレイ本文

ディアネー・ベノン治療カルテ2

●14の春
 精霊歴1040年5月。
 噂されていたカオス勢力の大侵攻が不発に終わり、カオスニアンが精力的に巻き返しを図っていた頃。メイの国では、もしかしたら戦局の帰趨を決める重要な人物の復帰作業が行われていた。
 そう、ここではあえて『復帰』と書こう。『治療』しているいとまなど無く、すでに状況は限界に近い状態になっている。その人物の代理人で政務執行に携わっていたリューグ・ランサー(ea0266)が思わず弱音を漏らしたほどで、貴族も民も兵も、すべてが英雄の帰還を待ち望んでいた。
 ディアネー・ベノン、その人である。
 本来ディアネー・ベノンに与えられた時間は、約3ヶ月。しかし新領地の築城が爆速で行われ環境は整備されており、また新式シルバーゴーレム《ヴァルキュリア》、新鋭フロートシップ《トロイホース》の配領も完了し、彼女の任地は予想以上に早くその領主の迎え入れ準備を完了しつつあった。
 そう、『予想以上』なのである。これは『予定外』であった。
 この計画を奏上した人物は、ベノン家の領地替えに3ヶ月の時間を見積もっていた。しかし士気高く意気高く智賢を絞って冒険者達が『がんばりすぎた』結果、予定より1ヶ月も早く領地替えが完了しそうなのである。
 通常なら喜ぶべき事であり、そして誇るべきことだ。しかしディアネー嬢の治療に携わっていた者達には逆に、X−DAYが30日近く迫る結果となったのである。
 これは、誰に罪があるという話しではない。いや、誰にも罪は無い。領地替えは迅速に行わなければならなかったし、カオスの地の近いリザベの端では時間の引き延ばしをしている余裕もない。
 ――善行美徳を批判するわけにはいかない‥‥しかし、正直恨めしい‥‥。
 リューグの思うところもむべなるかな。いくら貴族の世界に明るいとはいえ、一人では限界がある。それでなくとも、ディアネーはステライド王から『十分な』特別扱いを受けているのだ。他の貴族には非難の目を向ける者もおり、それは陰湿な『宮廷いじめ』となってリューグの心身を圧迫している。
 ディアネーを面に出せない以上、それはリューグが受けるしかない。しかし『最終的な権限を持たないリューグに、反撃は許されない』。リューグはディアネーの配下であり、『敵』貴族と五分に渡り合えるのはディアネーだけなのだ。
 今回のメンバーの中で『その辺り』を解決できそうなのはゼディス・クイント・ハウル(ea1504)だけだったが、彼の場合は何かと角が立つ。敵を目の前にして、負債を負うような魔法を使用してまで『全力で逃げる』ぐらい体面や自分を吹っ切ることが出来なければ、プライドの高い貴族をいなすことは出来ない。ゼディスの場合だと合理的に敵を排除し、恨みを買うことになるだろう。
「俺に任せれば良かろう。そういうのを相手にするのは得意だ」
 という彼の言葉に嘘はなく事実だろうが、勝利が必ずしも良いとは限らないのである。
 その辺りについては、クウェル・グッドウェザー(ea0447)とボルト・レイヴン(ea7906)がさらに加わり補佐に入ったが、基本的に『暗闘』という言葉を知っているかどうかも怪しい彼らが加わっても、状況は改善されなかった。反目する貴族たちはディアネーの登城を要求しており、恥をかかせようと手ぐすね引いて待っている。あわよくばその名声ごと、ディアネーの領地も身分も、そして身体も手に入れようという腹づもりなのだろう。
 敵は外にばかり居るわけではない。各人はそれを思い知る状況であった。

●ディアネーのペルソナ
「私が、なぜ『死ぬ』などと考えなければならないのです?」
 悠木忍(ec1282)が思いの丈をぶつけたあと、ディアネー・ベノンはタマネギのブラウンスープを口に運びながら不思議そうな顔をした。忍のほうは、毒気を抜かれたような表情だ。
 氷漬けから回復し、《アンチドート》で麻薬を抜いたディアネー嬢は、わりと元気だった。食が細いのは変わらないが、一度の《メンタルリカバー》以降再度の施療の必要も無く、普通に会話し普通に生活している。むしろ普通すぎて不気味なぐらいだった。
 忍が吐き出した感情は、『ディアネーに生きていてもらいたい』ということだった。それにディアネーは、ごく普通に応じたのである。
「神聖魔法ってすごいのね。死んだようだったディアネーがあんなに回復するなんて」
 部屋を出て、忍は感心したように言った。
「どうでしょうか‥‥」
 心配そうに言ったのは、リア・アースグリム(ea3062)である。忍が、それに疑問符を浮かべた表情をしている。
「《メンタルリカバー》はそれほど強力な魔法ではありません。パニックを抑制したり一時的な恐怖・混乱を抑える効果はありますが、継続して維持するような魔法ではないんです」
 リアは神聖騎士なので、多少は神聖魔法の知識はある。そして経験から言ってディアネーの『豹変』は別の意味で異常であり、警戒すべきと考えていた。
 それが発覚したのは、殺陣静(eb4434)とイェーガー・ラタイン(ea6382)が帰還してからである。彼らはディアネーの生家へと赴き、事情を知る者たちから情報を集めてきたのだ。その中にあった『彼女の好物』であるパンプキンパイを再現し食べさせたときに、彼女は言ったのである。「おばあさまのパンプキンパイは、いつも変わらず美味しいですわ」と。
 すぐに状況を察しぎょっとなったのは、静だ。その場に居たイリア・アドミナル(ea2564)とスニア・ロランド(ea5929)、ヴェガ・キュアノス(ea7463)を連れ出し、事実のみを簡潔に言った。「幼児退行しています」と。
 イリアやヴェガ、スニアには知識が無く理解に時間がかかったが、つまり精神が現実から遊離しているのだ。過去の、おそらくもっとも彼女が幸せだった時代に、精神が戻っているのである。
「これは、罠などの類ではありません。そこまでカオスニアンが計算できるとは思えません。ただ過酷な現実を受け入れられず、逃避しているのです」
 静の答えは至って簡潔だったが、それがより深刻な事態であることには違いが無い。彼女自身が望まなければ、彼女は帰ってこないからだ。
 むしろ、今まで彼女が自分を維持していたのが奇跡的である。それが『死人返り』の激烈なショックで異常を来したとしても、責は負わせられない。
 ――むしろ、今のほうが幸せかもしれない。
 ディアネーを見て、スニアなどはそう思う。彼女の表情に影は無く、重責も悲惨な現実も知らない彼女は、心底幸せそうだ。体調不良を訴えることはあるが、麻薬の摂取を要求するわけでもなく(そもそも麻薬の記憶があるかどうかも分からない)、そして何より、自分の手足にある刺青も『見えていない』ようなのだ。
 イリアは『ケーファー=ノート』を必死になって再検索したが、彼女が『壊れた』後の対処については記述が無かった。ケーファーもその知識を『予防』のために全力投入したためであり、そこまでの時間が無かったのである。
 ただ一つ、彼が遺した言葉がある。

『医者は病人を治すのではなく、患者が自分で治るのを手助けするのです』

 つまり、ディアネーが自分自身で治りたいと思わなければ、一生このままなのである。イリアにとっては、絶望のだめ押しをされた気分だ。

●アトランティスの善霊
『こんばんは』
 ヴェガは、夜中に声をかけられて目を覚ました、ような気がした。なぜなら、籐の椅子に座っている自分はうたた寝していたからだ。
 ――では、自分を見ている『わし』はいったい?
 いきなり自分の存在意義を脅かす事態に驚かないではなかったが、それをフォローしてくれる『声』があった。
『夜中にすいません。お久しぶりです――と言っても、私に時間の感覚は無いのですが』
 ――その声は、ケーファーか?
『はい、多分』
 ヴェガの問いに、『声』応じた。
 ――姿を見せんかこの放蕩者。皆がどんな思いで貴様を看取ったと思う。
『すいません、自分を『維持』するのって大変なんですよね――これで、どうでしょう?』
 ピンぼけ写真が焦点を結ぶように、白い僧衣に黒い帽子の僧侶が現われた。おそらく生前と変わらぬ姿だろう。
 ――ふむ、確かにケーファー・チェンバレンだ。それで、わしの夢に介入してどうしようというのじゃ?
『察しが良いですね。ただ自分の状態が普通じゃないことまでは理解できるのですが、あいにく何がどうなっているかまでは分からなくて‥‥』
 無いはずのほほを、ぽりぽりと掻きながら、ケーファーは言った。
『多分、何か理由があって霊体化したんだと思います。アトランティス初のアンデッドかもしれませんね』
 あーはーはー。
 ケーファーがお気楽に笑った。
 ――それで、大いなる父の元にも聖なる母の元にも召されず、彷徨っているのか?
『そういうわけでも無いようです』
 そういうと、ケーファーから飾り付きの紋章のようなものを取り出した。
『気がついたら、これが懐に入っていまして。それで、現界することになった『みたい』です』
 生命の紋章――そのアイテムは、元々ヴェガの持ち物である。どのような機能があるかまでは分かっていないが、マジックアイテムだ。
『どうやらまだ何か『役目』があるらしくて、これを託されてここに出現しました。そして『必要な時』が来たので、ヴェガさんとお話ししている次第です』
 ――役目? 死者のおぬしに何が出来るというのじゃ?
『多分――ですが、皆さんとディアネーさんの、ご意志の『仲介』をしろ、ということなのではないでしょうか。私が霊魂になってここに在るというのは、そういう意味だと思います』
 ヴェガは、期待が胸にふくらむのを隠せなかった。うまくすれば、早期にディアネーの心をサルベージ出来る!
 が、そこでヴェガは、はたと我に返った。
 ――しかし、おぬしはどうなるのだ? 天に召されるのか?
 しばし沈黙があり、ケーファーは『多分、消滅します』と答えた。
『多くの霊的存在がその精神力を使い果たすと消滅するように、私も例外じゃ無いと思います。生きていれば――いや、もう死んでいますけど、この世に在れば生まれ変わるなり復活するなりの可能性がありますが、その可能性も無くなる――つまり、完全な消滅です』
 ――生き返る可能性があるのか?
『無い訳じゃ無いと思います。ただ、今ここに在る意味を考えると、時間を犠牲に出来ないという神のご意志ではないでしょうか?』
 創造神と言えども完全ではない。世界には多くのほころびがあり、それを埋める為に『人間が』活動しているのが現状だ。完璧な世界が作れるなら、神は最初からそうしているだろう。
 それは神職に就く者たちにとってはタブーな考え方だが、邪悪な存在が在るのも現実なのだ。
 ヴェガは黙り込んだ。一人を救うために、ケーファーをもう一度殺すのだ。
『無理強いはしません。しかし、時間が無いのも確かです。この紋章の力も、無限というわけではないでしょう。あとは決断する――』
 がくっ!
 手枕からあごが落ちて、ヴェガは目を覚ました。
「う‥‥」
 頭の中が引っかき回されたような気分で、非常に不快だった。水差しから水を飲もうとして、ヴェガは二つのことに驚いた。
 ディアネーが、半身を起こして中空を見上げていたのである。しかし、焦点は合っていない。
 そしてディアネーの手元に、『生命の紋章』があった。
 破滅と希望を同時に見せられ、ヴェガは憂鬱な気分になった。

●夢のような話し
「‥‥‥‥‥‥」×10ぐらい
 一同はヴェガの話しを聞いて、驚きを隠せなかった。同様の夢を、全員が見ていたのである。現実主義者のゼディスまでもだ。
「答えは簡単だ。そのアイテムを使用して、ベノン嬢の精神を引き上げ回復させる。当然だろう」
「ケーファーはまさに奇跡の体現者だ! それを消滅させるのは、万兵を失うのに等しい!」
 対決しているのは、ゼディスとリューグである。チキュウジンの静と忍にはピンとこないが、リューグたちジ・アース人は、宗教の影響をかなり受ける。微細な違いはあるが、ジーザス教でもキリスト教と同じく『聖者の復活』は予言されており、もしケーファーが復活できれば、それは真摯に重大な宗教事変なのだ。惜しむ気持ちが在ってもしょうがないだろう。
 そしてリアやヴェガ、クウェルやボルトにとっては、さらに重要な事態だった。彼らは、真実神に仕える身なのだ。ならば一貴族の身よりも奇跡の体現を重要視すべきである。そこに選択肢は無い。
 しかし、意見も心情も、まっぷたつに割れているのが現状である。
 ディアネーはこの数日で、庭を歩けるほどに回復した。しかし現実に戻れば、地獄の日々が待っている。
 選ぶしかあるまい。

【つづく】