続・月竜奇談――ジャパン・箱根
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■シリーズシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:3〜7lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 95 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月30日〜01月06日
リプレイ公開日:2005年01月07日
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●オープニング
●ジャパンの事情
極東の島国、ジャパン。
表面上は神皇家の統治する封建君主国家だが、その実は超多数の封建領主が乱立し、派閥を作り互いにけん制しあっているプレ戦国時代国家である。
ジャパンを統一するのは誰か? と問われれば、江戸の源徳、京都の平織、長崎の藤豊あたりが濃厚だろうと答えられる。それ以外の領主たちは、月道を含めた地政学上、いろいろと不利だ。奥州には大国があるが、これもぱっとしない。というより、手を出すタイミングを逸して状況を静観しているような感じである。
この微妙な緊張をはらんだ十数年の平和の間に、個々の勢力は着実に力を付け、戦争準備を行ってきた。いまや状況は膨らみきった風船のようなもので、何かひと刺激あれば簡単に激発してしまうだろう。それが火山の噴火なのか隕石の激突なのかはわからない。ただ何かの拍子に『それ』が起きたとき、事態は風雲急を告げる、ということになるはずであった。
とは言っても、そんなことは庶民たちにはあまり関係無い。市民たちは日々の生活に追われており、ちゃんと三度の食事を取るのも大変である。
そして様々な揉め事は、冒険者ギルドに持ち込まれるのだ。
箱根はその地勢学上、西国からの防衛の要衝となる。天下の嶮(けん)と呼ばれる箱根山を中心に、関所、陣、城砦が作られ、『駅』と呼ばれる飛脚や早馬を利用した情報伝達手段も確立した。現在の箱根駅伝はその名残である。
神聖暦980年ごろ、源徳家康によって東海道が整備されると、湯本から須雲川沿いに元箱根へいたる道が開かれ、湯坂道にかわる本道となった。最近になって小田原から8里、三島から8里の芦ノ湖岸に箱根宿が開設され、元箱根にあった箱根関が宿の東に移転。道筋には杉並木と石畳がととのえられた。箱根神社への参詣も活況をとりもどし、元箱根は門前町として発展した。
一方、芦之湯と早川沿いの湯本、塔之沢、堂ヶ島、宮ノ下、底倉、木賀は箱根七湯の名で知られるようになり、湯治場として賑わっている。とくに湯本は、唯一東海道沿いにあるため繁栄し、一夜泊まりの客は小田原宿や箱根宿をしのぐほどである。
その箱根は、小田原藩11万5千石の支配地で、東海と関東を隔てる境界にもなっている。源徳家康の支配地の、西端というわけだ。
藩主は、2代目大久保忠吉(おおくぼ・ただよし)。若干24歳ながらよく箱根を治める、賢主であった。
「今回の依頼は、小田原の藩主さまから来てるわ」
そう言ってキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪が艶やかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「先日、月精龍が箱根山に現れた事件は知っているかしら? その時その精霊から、『神剣ヒヒイロカネ』のありかを示す場所の、手がかりが得られたのよね。そこは『水と火の交わる所。九龍の二の頭のあぎとの付け根』という場所だそうよ。箱根の地理から考えると、箱根山と芦ノ湖の境界のどこか、ということだと思うわ。ちょっと広いわね」
ヒヒイロカネと言えば、『日に比する金』の意を持つ、一種の魔法金属である。オリハルコンと同質のものではないかと言われ、金のように柔軟で白金よりも硬いとされる金属だ。日本史の外典『竹内文書』にその存在が書かれているが、現物を目にした者は皆無である。発見できれば、それがどんななまくらだったとしても『歴史的発見』に違いあるまい。
「でも、冒険者を頼りにしてくれたのは、真実嬉しいわ」
誇らしげに、京子が言う。こういう大事なことを任せてもらえるということは、それだけ冒険者ギルドの信望が厚いということだ。
信頼には、応えたい。
タン!
京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「依頼内容は、神剣のありかを探る手がかりを得ること。単純だけど、難しいわよ。よろしくね」
●リプレイ本文
続・月竜奇談――ジャパン・箱根
●九龍のあぎとにいたる道
『九龍の二の頭のあぎとの付け根』
冒険者の得た手がかりは、その一言だけである。月精龍――ララディのもたらした言葉。それは『神剣ヒヒイロカネ』のありかを示す、手がかりであった。
古今東西、神剣や魔剣、聖剣といったものは、おおむね迷宮の探索や遺跡の発掘の過程で『発見』される。人間の――その中の、冒険者の数と比べても、その数は天文学的微数であり、まずもって入手は困難を極める。ごく少数の冒険者は先祖の遺産を相続し、その中に魔法の逸品が混じっていることもあるが、これは本当にまれな話しである。
だから今回の『ヒヒイロカネ』探索は、最近の冒険者が行う依頼としては、やけに具体的な『お宝探し』であった。
「いけねぇな」
(未来の)ジャパン一の絵師にして(いずれは)天下一の剣豪、そして(自称)天下無双のイイオトコを吹聴する侍、鷹見仁(ea0204)(20歳、独身、恋人なし)は、頭をかきむしってさじを投げた。
「『九竜』の頭ってのが見当つかねぇ。てっきり山か川が9個なり9本なりあると思っていたんだが、数があわねぇや」
他国持ち出し禁止の、冒険者ギルド提供の詳細な箱根の地図とにらめっこしながら、仁は油を絞られるガマのように硬直していた。あまり頭脳労働には向いていないタイプだ。
「箱根神社は空振りだったぜ」
部屋に入り込みながらそう言ったのは、浪人の時雨桜華(ea2366)である。彼は箱根神社に赴き、九頭竜伝説の詳細を聞きに行ったのだ。
「『火と水の交わる所』、これは箱根山と芦ノ湖の境界と考えて間違いなさそうだ。問題は、九頭竜伝説だが、箱根神社の書簡にはめぼしいものは見つけられなかった。出来てから140年そこそこなのに、そこだけそっくりぼやかされている。何か作為的なものを感じるな」
箱根神社。祭神はニニギノミコト(瓊瓊杵尊)、コノハナノサクヤビメ(木花之開耶姫)、ヒコホホデミノミコト(彦火火出見尊)。この三柱の神を指して箱根三所権現と称する。
社伝によれば、古くから箱根山の駒ヶ岳を神体山とする山岳信仰があったが、神聖暦757年に、この地で感得した万巻上人(まんがんしょうにん)が里宮を創建し、箱根三所権現と崇めたのが始まりという。
源徳家康はこれに対し、社領200石を寄進。現在その命令で修造がおこなわれている。箱根峠の整備により往来する庶民の信仰も集めており、活気のある神社となっている。本殿には芦ノ湖畔の赤い鳥居からスギ木立の中につづく長い石段をのぼって至る。
8月1日の例祭の前日、7月31日夕刻には、『湖水祭』が行われる。芦ノ湖に住み人々を苦しめていた九頭竜を万巻上人が調伏して帰依させたという伝承にちなむ、神事である。
この辺は、多少の齟齬があっても、わりと知られる話しである。
桜華はそこで言葉を切り、昼食に置かれていた膳から冷めた椀を取って、喉を潤すように一口すすった。
「だけど、もう一個『九頭龍大明神』ってのがあるのを聞き込んできた。そっちにはなんでも、九頭竜の書かれた大曼荼羅があるそうだぜ」
むっ。と、冒険者たちがうなった。仏法に帰依した鬼が土地神になるという話はよくあるが、万巻上人はそれを九頭竜で行ったらしい。過去の報告書では、箱根を守護(まも)る地蔵が冒険者に依頼を発したこともあり、やけにリアリティを感じさせる話しだった。
「僕はね! 小田原藩の司書さんに歴史を調べてもらったんだよ!」
大仰な身振り手振りを入れながらそういったのは、シフールのバード、ベェリー・ルルー(ea3610)である。達筆な書簡は読めないが、小田原藩藩主、大久保忠義の協力を得て、歴史関連の書簡を洗いざらいしていた。付き合わされた司書は、大変だったろう。彼女はその好奇心を満たされてご満悦であったが。
「うーむ」
浪人の伊東登志樹(ea4301)が、数枚の箱根の地図を見比べながらうなっている。昔の箱根と今の箱根の地図を、見比べているのだ。
「元箱根のほうは、今は更地になっているんだよなぁ‥‥。でも何かあるとしたら、こっちのほうなんだよなぁ‥‥」
仁と同じ様に、悩ましい問題を抱えているようである。
結局のところ、地形から得られる情報はほぼ出尽くしていた。小田原藩も実は、この程度の調べは行っている。資料もほとんど出揃っており、実のところ手詰まりになったので冒険者の経験とカンに頼ったのであった。まあ、順当なところではある。組織力で、冒険や地下迷宮は乗り切れない。
――今回の最大の敵は、言葉の壁では?
などと思っているのは、超没個性忍者、死先無為(ea5428)である。今回は温泉にも入って、ご満悦であった。
ただ心の内では、以前ハニワにやられまくった恨みが渦巻いていた。そのリベンジのために、ハニワ割り用の大槌も用意している。明らかに忍者向きではない。
――言葉の壁は厚いですねぇ。
レテ・ルシェイメア(ea7234)が、浴衣姿でため息をついた。ほんのり染まった頬が、なまめかしい。
彼女は、箱根周辺の伝承や禁足地などの調査を行っていた。ただジャパン語が話せないので、ベェリーの通訳付きである。
迷信深いジャパン人には、この手の話はわりと尽きない。周辺の地図を見ながら作った『禁足地マップ』は、それなりに形になってあらわされていた。基本的に駒ケ岳などの信仰山岳へは巡礼者が多く、逆に「ここに入ってはいけない」というほこらなどが数多くあった。もちろん、中身を知るものは居ない。
「『九頭竜大明神』には、足を運ぶべきであろう」
仰々しい口調でそう言ったのは、女侍の天羽朽葉(ea7514)であった。彼女は最初から神社仏閣などに焦点を定めており、あとは件(くだん)の九頭竜大明神に足を運ぶだけであった。曼荼羅があるというのなら、その辺が手がかりになっているのではないだろうか、と考えている。
「うーん、うまくいかないよ〜〜」
と、頭を抱えているのは、シフールのバード、ヴィヴィアン・アークエット(ea7742)である。彼女はジャパン語が話せないのだ。情報収集をしようにも言葉が通じない。これではどのような名案が浮かんでも実行できない。現実的な話、誰かに通訳を頼まなければならないのだ。
「よかろうぅ、我輩に任せなさいぃ〜」
そこで(けだるげに)通訳を引き受けたのはトマス・ウェスト(ea8714)というマッド・ドクターである。ヴィヴィアンは理解できなかったが、何やら険悪な雰囲気で交渉事に当たり、けっこうハラハラさせてくれた。不気味で不遜で、もともと交渉事には向かないタチなのである。これは生来持っている性癖だから、しょうがあるまい。
ヴィヴィアンとトマスが帰ってきたとき、二人はなぜか、情報よりも薬草を数多く抱えて持ってきていた。湯治客などから主に情報収集を行ってきたが、こちらが持っている以上の情報を持つものは居なかった。
ハーフエルフのナイト、デュランダル・アウローラ(ea8820)は、その情報収集には加わらず終始無言であった。
――ハニワ‥‥ジャパニーズゴーレムか。面白い、斬れるかどうか試してみよう。
野太刀を磨きながら、デュランダルはぶっそうなことを考えていた。
●九頭竜大明神
赤い鳥居の並ぶ場所。
ここは元箱根と芦ノ湖の境界にある、『九頭竜大明神』である。参詣者はあまり多くはなく、祭事の時以外はそれほどにぎやかな場所ではなさそうだ。箱根神宮が現在の箱根に根付いた『営業活動』(失礼)をしているのに対し、こちらは記念碑としての意味合いが強そうである。
ゆえに、手掛かりとしては有望そうだ。
「さっそく調べるとしようぅ〜、けひゃ」
トマスが言う。ジャパン語が分かる者以外は、今回は蚊帳の外だ。
桜華が聞き込んできた大曼荼羅は、すぐに見つかった。というか、境内の参詣所に堂々と飾ってあるのである。九つの頭の龍――一説にはヤマタノオロチとも言われる巨大な大蛇が、仏法の秩序である曼荼羅に組み込まれていた。
ちなみに神道である神社に仏法の曼荼羅が飾られている事自体は、それほど異常なことではない。神仏分離が行われるのは、まだ先の話しである。
「右から2番目の首だけ、逆を向いているな」
仁が、あごをつまみながら言う。言われてなるほど、確かにそうだ。他の八つの首が左を向いているのに対し、右から2番目の首だけ右を向いている。
「青龍、白虎、朱雀、玄武も書いてあるね」
ベェリーが言った。四神はそのまま、東西南北に相当する。
「地図だな、これは」
桜華が言った。ララディの言葉が無ければただのご神体でしかないが、今はその中に『意味』が見て取れる。
「右1番の首と3番の首が、とぐろを巻いています。これはおそらく、箱根山と駒ケ岳でしょう」
無為が言う。
「これ、お役に立ちませんか?」
レテが、例の『禁足地マップ』を取り出した。
「2番目の首は、水を呑んでいる。多分滝だな、これは」
朽葉が言う。
箱根山と駒ケ岳の間、滝、禁足地。
レテの情報が決め手になって、一同は行動を次の段階へ移した。迷宮探索である。
●箱根古墳
さすがに『天下の嶮(けん)』と呼ばれる箱根の山中行軍は、キツかった。
一同が向かったのは、芦之湯と元箱根の境にある、『精進池』付近であった。関所が移動する前からの古い禁足地で、現在は温泉客もまず来ない場所である。
目ぼしい川や澤などを探り約半日。奇跡的な短時間でその滝は見つかった。この辺は、機動力のあるシフールが二人も居たおかげであろう。
「滝の裏に、石壁がある」
登志樹が言った。幸い、彼らはハニワ対策のために打撃系武器を大量に持っている。数時間で、岩壁は崩れた。
先頭には、デュランダルと登志樹が立った。古墳はしめった冷たい空気に満たされていて、肌寒ささえ感じる。
古墳は、基本的にそんなに複雑な構造はしていない。直線の通路があって、ドンツキに玄室があるという構造である。
ただ通路には、陶器でできた遺跡の守護者――ハニワが並んでいる。
ザム!
ハニワが、一斉に前に出た。侵入者を排除しようというのだ。
「いくぞ!」
登志樹が叫んだ。
*
結局、冒険者が倒したハニワの総数は、40体に達した。狭い通路で、めまぐるしい打撃戦が繰り広げられたのだ。魔法も飛び交い、かなりの乱戦となった。一応、トマスの手に余る怪我を負った者はいなかったが、それでもパーティーはかなり疲弊していた。
少々の休憩を取り、一同は最後の玄室へと足を踏み入れた。
しんと空気の締まる感触。そこはまさに、『神域』であった。供物と何に使うのか分からない石の装置。それと、これはすぐ分かる物体――剣。
石棺の上に添えられた花のように、一振りの剣が置いてあったのだ。
――ヒヒイロカネ?
一同が、思わず身を乗り出す。
それを最初に手にしたのは、デュランダルであった。無造作に玄室へ踏み込み、無造作に剣を取る。
「ふむ‥‥」
そして、それを抜いてあっさり「偽物だ」と言い切った。
それは、青銅の剣だった。金メッキがほどこされてこしらえもしっかりしているが、ただの唐風青銅剣である。
しかし剣の片面には、文字のようなものが彫りこまれていた。精霊碑文と思われるが、それを解読できる者はここには居ない。
問題は、精霊魔法の伝わっていない古代ジャパンの物品に、なぜ精霊碑文が記されているかということかもしれない。いずれにせよ、これが手掛かりになるだろう。
一同は成果を手に、古墳を出た。この碑文が解読されれば、何かが分かるはずである。
『ヒヒイロカネの剣』は、決して遠くは無い。
【つづく】