温泉の雪女 2――ジャパン・箱根
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■シリーズシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 45 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月09日〜03月16日
リプレイ公開日:2005年03月17日
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●オープニング
●当世ジャパン冒険者模様
ジ・アースの世界は、結構物騒である。
比較的治安の取れたジャパンでも、その傾向は強い。人間が何かするよりも、ゴブリンやコボルド、オーガと言った鬼種による事件が、後を絶たないからだ。
それに対し、君主達は一応の警戒網を敷いている。しかし機能しているとは言いがたく、今日もそれら鬼種を含めた、様々な化け物による事件が減ることは無い。
そんな君主たちが歯噛みしている所で、出番になるのが『冒険者』である。雇われ者で無頼の輩。政道にまつろわぬ彼らは、金で様々な問題を解決する。汚れ仕事も進んで引き受け、様々な揉め事も解決してくれる。縦割り社会構造を持つ役人には出来ない、事態に即応した対処が可能な遊撃部隊ということだ。
それを束ねるのが、『冒険者ギルド』という組織である。
冒険者ギルドの役目は、仕事引き受けの窓口、仕事の斡旋、報酬の支払い、報告書の開示などが主に挙げられる。大きな仕事や疑わしい仕事は独自の諜報機関を用いて裏を取り、怪しい仕事は撥(は)ねるのだ。
基本的に、咎を受けるような仕事は引き受けない。仇討ちの助勢を行うことはあるが、暗殺などの依頼は原則として受けないのが不文律である。報酬の支払いは確実なので、冒険者としても安心して仕事を受けられるというものだ。
「というわけで、今日も『仕事』が入ってるわよん☆」
と、明るい口調で言いキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪が艶やかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「依頼人は、雪女のおりょうさん」
お京のかたわらには、透き通るような美しい女性が居る。
「知ってのとおり先日塔之澤で湯屋が凍る事件が続けて起きたんだけど、その犯人がこのおりょうさんというわけ。おりょうさんはそろそろお嫁にいかなきゃならないらしいんだけど、修行が足りなくて人間としての生活が出来ないみたいなの。そこで!」
タン!
京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「依頼内容は、おりょうさんが人間社会で生活できるように、修行と指導をしてあげること。もうこれは努力と根性しか無いわね。以上、よろし?」
●リプレイ本文
温泉の雪女 2――ジャパン・箱根
●大人の話
実際問題として、ジ・アースにおける知的生命体は、人間やエルフ、ドワーフといった、汎ヒューマノイドだけではない。稚拙ながらオーガ種だってコロニーや社会、階級といったものを形成しており、言語や道具の使用といった特徴を見て取れる。人間は、万物の霊長ではないのである。
だから極端な話、言葉が通じて金さえあるなら、相手が誰でも冒険者ギルドは依頼を受ける。それは異種族がどうのこうの言う以前に、商業主義な知的生命体同士における、最低限の規律である。
拝金主義と言うなかれ。お客様は、神様なのだ。
そんなわけで、烏丸京子を経由しての雪女からの依頼は、成立した。京子については、以前蛇女郎から依頼を受けたという経緯もあって、物事はスムーズに進んだ。
物怖じしない女性である。
「しかし何をすればいいんでしょうねぇ‥‥」
と、途方にくれているのは、島津影虎(ea3210)である。いや、今回の依頼に関わった者たち全員が、同じような疑問を持っていた。誰も、『雪女の特訓方法』などというものは知らない。
「まずは精神修行だよな」
物部義護(ea1966)が言う。雪女の冷気関係の能力が精神領域――つまり魔法的な何か――に属するものならば、魔法の修練方法の応用で、ある程度制御が可能なはずである。
「おおよそ一般の人として教えられるような能力、持ってないんだよね俺って‥‥」
と、ため息をついたのは武道家の孫陸(ea2391)であった。彼の得意分野は、遠距離走と魚釣りである。あとは戦闘ぐらいか。いずれにせよ、お嫁に行きたい女性向きの職能ではない。
陸は早々に結論を出し、今回は黒子に徹することに決めた。
逆にやる気満々なのは、ティーゲル・スロウ(ea3108)である。化け物の依頼を受ける京子の懐の深さに感心し、土産に桜餅を持参しての依頼参加だ。
「とりあえず、カリキュラムを組もう」
ティーゲルは提案した。
「根気よく効率的にやっていけば、なんとかなるはずだ」
いっそ拝みたいほどの確信を持って、ティーゲルが言う。しかし、具体的にどのようなカリキュラムを組めばいいかまでは、想像がつかない。
「そういえば、おりょうさんにはもう好きな人がいるの?」
物怖じせずそう問いかけたのは、忍者の草薙北斗(ea5414)である。一見少女風の出で立ちだが、中身は立派な男。興味が無いわけではない。
それに、雪女のおりょうは、首を振って答えた。
「まだ良い出会いが無くて‥‥」
と、おりょうは言う。まあ、嫁き遅れになるぐらいだから、人里そのものに近寄ったことがあまり無いのだろう。物語とかだと雪山に遭難した男が雪女と出会って助けられ、そして正体を隠した雪女が嫁いでくる、という流れになる。これに則る必要はまったく無いが、出会いはその辺に、小石のように転がっているわけではない。
「貴女は人間と共に生き、生活したいと言っていたけど‥‥おりょう嬢のような雪上の美女は、どういった基準で、相手を選ぶのですか?」
えせ女・(←この点の位置重要)レンジャーのクリス・ウェルロッド(ea5708)が問いかけた。
「まあ‥‥人里からちょっと外れた場所に住んでいる働き者の男で、身持ちがしっかりしていて信頼が置ける‥‥というところでしょうか」
わりと普通な答えを、おりょうは言った。まあ、容姿に極端な注文は無い、という風に解釈すれば良いのではないかと思われた。
この条件を満たす人物は、まだ都市化が進んでいない箱根辺りだと、きこりや猟師に当てはまる者がわりと居る。雪女自体の絶対数が少ないのだから、需要と供給のバランスは取れているように思える。
「おりょうさんは、火は熾(おこ)せるのか」
ぶっきらぼうにそう言ったのは、久留間兵庫(ea8257)であった。それにおりょうは、首を振って答えた。
「薪割りから教えないといかんな‥‥」
兵庫が、独り言のようにつぶやく。
とりあえず一同は、おりょうの特訓案について談義することとなった。
●特訓1 釜焚き
「まず火を熾すことから始めよう」
最初に教鞭を取ったのは、久留間兵庫であった。
「ここに薪がある。これを割り、火を熾すんだ」
と言って、兵庫は重そうな薪割り斧をおりょうにむかって差し出した。
おりょうはとまどっている。まあ、薪割りといえば男の仕事である。いきなり斧をぶん回せと言われても、出来ぬ相談だ。
「ひ〜ん」
慣れぬ斧を振り回しながら、おりょうは泣いていた。兵庫の教育は実施型の厳しいもので、なかなかに大変そうである。
一応薪割りを行い、釜の準備をする。藁に火をつけて放り込み、薪に火が回るように、竹筒で息を吹き込んだ。
ぴきっ!
吹き込まれた息が、炎を消した。というか凍らせた。
「これは重症だなぁ‥‥」
兵庫が、頭を掻いた。
●特訓2 精神修行
物部義護は、風系の精霊魔法を操る志士である。魔法については練達というわけではないが、基礎はどの精霊魔法でも同じだ。
「精霊の力を操るというのは、流れを操作する事だ」
義護が言った。
「精霊力というのは、普段目に見えないが、確かに自分の周囲に存在する。それを自分の身体を媒介、あるいは触媒にして整流・増幅して発現させる。俺たちはそれを、呪文や法印で制御しているわけだが、おりょうさんは違うみたいだな」
義護が言う。
「やはり心の乱れによってああいった事が起こるのではないかと思うので、その辺を上手く自分自身で制御できる方法を探るのが重畳かと」
島津影虎が言った。
おりょうの状況は、壊れた水道の蛇口のようなものである。人外ゆえの並外れた精霊力が、常に全開で垂れ流しになっているのだ。それを制御するといういことは、蛇口の開け閉めを行えるようになることと言える。
だが実際問題として、開け閉めを行うバルブが存在するかどうかさえ怪しい。おりょうがいったい何年生きているかはわからないが、成長過程でその手の『機構』が見につかないはずがないのだ。
例えば座禅などの、経験不足を補うための精神修行が行われた。が、一定の結果を出したとは言いがたい状況であった。
●特訓3 温泉
「やっぱり慣れが一番アルよ」
怪しいジャパン語でそう言ったのは、女武道家の羽鈴(ea8531)である。そしておりょうに薦めた特訓方法は、ずばり温泉に浸かる、であった。
ただ今のままでは、今までの湯屋と同じ結果になる事は明々白々である。だから最初は、水ごりから開始した。まだ早春の冷たい井戸水を、白い襦袢を着たおりょうが被る。
見ているだけで寒くなってくる光景だが、おりょうはなんなく水を被り続けた。寒くないらしい。まあ、雪女なら当たり前とも言える。
「次は、ぬるま湯で試してみましょう」
エリアル・ホワイト(ea9867)が言った。湯屋に移動して湯を水で溶き、温度を下げる。
慎重に、おりょうはそれをかぶった。
「熱っ!」
ぴしっ。
かけた湯と、おりょうの周囲1メートルほどが凍りついた。塗れた洗い場は、あっという間に霜だらけになった。
「想像以上に重症だな‥‥」
ティーゲルがつぶやいた。
「人間とは適温が圧倒的に違いますね」
クリスが言った。
「これじゃ鍋物なんてムリだね」
北斗がため息をつく。
「‥‥ていうか、キミたち女湯から出るアルね!!」
ボカン。
鈴が怒っている。そりゃあ、野郎が女湯に居たら問題あるだろう。
結局分かった事は、おりょうの能力制御は、当人にもかなり難しいということだった。ほとんど条件反射のように、身体が反応している。
これはちょっと難しい。目にゴミが入って涙を出さないのと同じぐらい難しいだろう。
●えー、結局
最終的に、冒険者一同は『通常の手段で成果を挙げる事は難しい』という結論に行き着いた。
「困ったもんだねぇ‥‥」
ギルドの京子が、あまり困ったような表情をせずに言った。そして、何やら分厚い冊子を取り出す。それをばらばらとめくり、とあるページで手を止めた。
「こうなったら、魔法の器物に頼ろうかね」
と言って、冊子の表を冒険者に差し出す。そこには何やら、宝石のようなものが描かれていた。
「これは緋涙石(ひるいせき)って言ってね。別名『雪女の涙』っていう希少石。遺跡や古墳で見つかる事があるんだけど、これって耐火能力が身につくアイテムなのよ。これがあれば、あるいはなんとかなるんじゃないかな」
京子が言う。
やっとで、冒険者たちは安堵の表情を見せた。遺跡の発掘ならば、冒険者は適任である。人を教育するよりも、はるかに楽だ。
「とりあえず、情報を集めてみるよ。何か掴んだら呼ぶから、休んでいておくれ」
京子が言った。
【つづく】