箱根温泉防衛隊 3――ジャパン・箱根

■シリーズシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 46 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月09日〜08月16日

リプレイ公開日:2005年08月10日

●オープニング

●箱根における冒険者
 箱根はその地勢学上、西国からの防衛の要衝となる。
 天下の嶮(けん)と呼ばれる箱根山を中心に、関所、陣、城砦が作られ、『駅』と呼ばれる飛脚や早馬を利用した情報伝達手段も確立した。現在の箱根駅伝はその名残である。
 神聖暦980年ごろ、源徳家康によって東海道が整備されると、湯本から須雲川沿いに元箱根へいたる道が開かれ、湯坂道にかわる本道となった。最近になって小田原から8里、三島から8里の芦ノ湖岸に箱根宿が開設され、元箱根にあった箱根関が宿の東に移転。道筋には杉並木と石畳がととのえられた。箱根神社への参詣も活況をとりもどし、元箱根は門前町として発展した。
 一方、芦之湯と早川沿いの湯本、塔之沢、堂ヶ島、宮ノ下、底倉、木賀は箱根七湯の名で知られるようになり、湯治場として賑わっている。とくに湯本は、唯一東海道沿いにあるため繁栄し、一夜泊まりの客は小田原宿や箱根宿をしのぐほどである。
 その箱根は、小田原藩11万5千石の支配地で、東海と関東を隔てる境界にもなっている。源徳家康の支配地の、西端というわけだ。
 藩主は、2代目大久保忠吉(おおくぼ・ただよし)。若干24歳ながらよく箱根を治める、賢主であった。

 箱根そのものは小田原藩の直轄地であり、その運営は藩主大久保忠義が直々に行っている。だからといって、侍の領地運営にありがちな馬鹿みたいに厳格な統治ではなく、例えるならすごしやすい程度に適度に散らかった、自分の居室のようなものだ。わりと小器用に清濁併せ呑み、武士にとっても町民にとってもそれなりに居心地の良い場所になっている。
 実際、景気もかなり良く、仕事も数多くあり、『箱根で三日も働けばどこの藩に行く駕籠代も工面できる』などという評判も立つほどだ。そして実際、その通りなのだ。
 無論、多くの人が居れば揉め事も多い。深刻なことなら役人が、瑣末なことなら地回りたちがそれを解決してくれるが、『暴力専門の何でも屋』という職能が求められる場合はそのどちらも対処できない場合がある。たとえば、鬼種を始めとする怪物系の揉め事である。それ以外にも、愚直な役人や縦割り社会の地回りたちでは絶対に解決できないような、知能系の問題になると『彼ら』の出番となることが多い。
 『彼ら』――すなわち『冒険者』である。
 江戸では、社会の底辺のさらに底辺に属する性格破綻者の集団と見られがち(ヒデェ)な冒険者ではあるが、箱根ではわりと立派な部類に入る職業として認知されている。宿場と街道の安全を確保しているのは間違いなく多くの冒険者諸賢であり、惣菜の材料調達から夫婦喧嘩の仲裁まで、冒険者の仕事は実に多岐にわたりそして尽きない。
 だからこそではあるが、冒険者に来る依頼は「本当にどうにもならんのか?」と言いたくなるぐらい厄介なものもある。しかしそれで尻尾を巻くようでは、そもそも冒険者などやっていられない。
 そして今日も、やっかいな依頼がやってくる。
「今回の依頼は、箱根の役所から来てるわ」
 そう言ってキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪が艶やかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
 京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「役人と冒険者の折り合いが悪いのは周知の事実よね。でも箱根の君主、大久保忠義さまはそれをなんとかしたいと考えているみたい。江戸にもそのことを奏上して、現在いろいろと行動を開始しているわ。そのひとつが、役人と冒険者混成の治安組織の設営、つまり『箱根温泉防衛隊』の樹立というわけ」
 タン!
 京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「依頼内容は、この箱根温泉防衛隊に参加して次の依頼を遂行すること。役人側の筆頭には小田原の武士、日ノ本一之助氏が立っているわ。堅物で有名だけど、有能な侍よ。うまく協力してちょうだい」

【ミッション3:人食い鬼の山】
 箱根山の中腹の洞窟に、人喰い鬼(オーグラ)とその眷属(山鬼、茶鬼など)が引っ越してきました。付近には立橋村という村があり、大変危険な状況になっています。今回は官・民で組まれた組織『箱根防衛隊』によって、その駆除を行います。役人側からは、日ノ本一之助以下10名の小田原藩士が出ます。

●今回の参加者

 ea0282 ルーラス・エルミナス(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea0861 緋邑 嵐天丸(25歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1112 ファルク・イールン(26歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1462 アオイ・ミコ(18歳・♀・レンジャー・シフール・モンゴル王国)
 ea2476 南天 流香(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2480 グラス・ライン(13歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ea2756 李 雷龍(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5930 レダ・シリウス(20歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea6195 南天 桃(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8531 羽 鈴(29歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

箱根温泉防衛隊 3――ジャパン・箱根

●責任重大
「俺がまずフライングブルームで立橋村に行って、村の城砦化を進めておくよ」
 緋邑嵐天丸(ea0861)の言葉に、日ノ本一之助は敏感に反応した。
「それはよろしいです。ただお覚悟はありますか?」
「覚悟? 防備を固めるのに、別にそんなもんいらねぇじゃん」
「いいえ、かなりの覚悟が必要です。城砦化を行うということは、鬼達に抵抗の意思を見せることになります。また木の切り出し中に村人を狙われれば、あなたひとりで村人を守る事は不可能です。ましてや、間違ってあなたが中途半端に鬼を刺激しようものなら、事態はさらにややこしくなります。最悪、村は我々が到着する前に全滅の憂き目に遭うかもしれません。その責を負う覚悟があるか? とお聞きしているのです」
 嵐天丸が、日ノ本の言葉に喉をぐびりと鳴らした。
「いやぁ、大丈夫じゃねーの、ほら、時は金なりっていうし」
 ほほに汗マークを浮かべながら、嵐天丸が言った。
「まさにその通りです」
 その嵐天丸に、とどめを刺すように日ノ本は言う。
「依頼の内容を見ると、鬼はまだ立橋村の存在に気づいていない可能性があります。むしろその可能性の方が高いでしょう。なぜなら、人喰い鬼はまだ立橋村から食料を『調達』していないからです。時間の問題かもしれませんが、相手に気取られぬうちにこちらから一気呵成し、住処に封殺し相手を殲滅する。そのほうが、我々はともかく村に類が及ぶ可能性は格段に低くなります。ただ、我々の到着と鬼種が村に気付く時間はほぼ同時。奇襲を受けるもかけるも五分五分と私は見ています。つまり、先手を取れるあなたが、この依頼の鍵を握るのです」
 嵐天丸の肩に、ものすごいプレッシャーをかけながら日ノ本は言い切った。
「作戦にこだわらず、臨機応変に最良の行動を。あなたの判断力だけが頼りです」
 ぐさっ!
 嵐天丸は、とどめを刺された。

●立橋村への道行き
 今回の依頼遂行にあたって日ノ本一之助は、村を出ての奇襲による鬼の殲滅を全員に進言していた。
 日ノ本の部下に当たる侍たちもそれに同意し、気勢を挙げていた。侍という人種は、攻める事に関しては威勢が良い。
 しかし、ルーラス・エルミナス(ea0282)を始めとする冒険者たちは、村の防備を固めて防衛戦を行うことを提案した。
 この作戦会議は、難航すると思われた。定石であれば、防備に易い地理を得たのならそれを最大限に活用すべき。打って出るのはリスキーな選択である。そして何より、オーグラという強力な化け物が相手では、それなりの準備を行わなければ戦いにならない可能性が高かった。だから冒険者たちは、かなりの論戦を覚悟で日ノ本に進言したのである。
「分かりました、その方法で行きましょう」
 が、日ノ本は冒険者たちが一通り説明を終えると、その提案をあっさりと容れた。それには日ノ本の部下である侍たちも、目を剥いて驚いていた。何より驚いたのは、提案をした冒険者たちである。何か裏があるのではないか、と思うぐらい日ノ本はあっさりと引いたのだ。
「どうやらダシにされたようだな」
 と、道を行く冒険者の輪の中でぼそっと言ったのはファルク・イールン(ea1112)である。
「どういうこと?」
 シフールのアオイ・ミコ(ea1462)が問う。
「つまりヒノモト氏は、最初から自分が折れるつもりだったってことさ」
 ファルクの言葉に、アオイが頓狂な顔をする。言ってることは分かるが、理由が分からない、という顔だ。
「箱根温泉防衛隊の半分は、主に日ノ本さんが仕切っているわ。つまり部下の侍たちに、冒険者を蔑視するような風潮が流れていたのよ。日ノ本さんはそれに、冷や水をかけたんだと思うわ」
 南天流香(ea2476)が、聡くファルクの言葉を補足した。それにアオイも納得顔になる。
 主君持ちの武士が混じっているとは言え、冒険者は基本的に無頼の輩と認識されがちである。まして外国人や異種族が混じっていれば、その存在が胡散臭がられてもやむなしであろう。
 そして前回は、冒険者の立案した作戦を日ノ本が完膚なきまで叩き潰している。そうすれば、日ノ本以下の侍たちになんらかの優越意識が発生してもおかしくは無い。
 しかし戦隊としてみた場合、そのような序列は不和の種、組織の運営そのものにかかわる。
 だから日ノ本は、恥を恐れず冒険者を立てたのだ。武士として歯先から出した言葉を飲み込むのは、体面的にはかなり響く。部下から日ノ本が、不要の突き上げを食らってもしょうがない。
 それを覚悟しての行動であるとすれば、日ノ本は相当な覚悟でこの防衛隊の運営に臨んでいると言える。
「日ノ本さんの見方を、少し変えたほうがいいかもしれないですね〜」
 南天桃(ea6195)が、お気楽に言った。

●立橋村防衛戦1
 緋邑嵐天丸の速動のお陰で、立橋村の城砦化はなんとか進んでいた。幸い鬼種の襲撃を受ける事も無く、静かに準備を進めている。
「鬼を警戒して、あまり身動きが取れなかったのが悔やまれるな」
 嵐天丸が言う。嵐天丸が到着して以降、木材の伐採は鋸で行われ、炊事の煙も制限するという徹底振りだった。全ては、鬼種が村を発見するのを遅らせるためである。防衛隊が到着するまでにそれが無かったということは、半ば防衛隊の勝利は確定したとも言える。
 しかし、不安材料は多い。
 防備を固める作業については、防衛隊の人員が加わったことによってかなり改善された。もとより先行していた嵐天丸が築城技術について素人だったため、あまり効率の良い防備の固め方が出来なかったためである。日ノ本が鬼の住処への侵攻を進言していたのは、この事もある程度見込んでいたためかもしれない。冒険者は穴熊のように狭いところに入り込むのは得意だが、その逆にはわりと弱い。
 李雷龍(ea2756)と羽鈴(ea8531)は防備を固める人員として働いていた。
「噂に聞く人喰い鬼が相手となると、我々の手には余るかもしれませんね」
 と、雷龍がさすがに不安を隠せずに言った。
「手数の多さで圧倒するしか無いネ」
 鈴が素早くカンフーの型を取る。しかしかわし身に長けていることは、戦闘能力として評価しづらい。
「一方の橋は落としましょう」
 大胆にそう言ったのは日ノ本であった。
 立橋村は、南北にはしる川によって取り残された、中州にある村である。中州といっても川面からは7メートル以上高い位置にあるので、よほどの豪雨が来ない限り安全だ。橋は村の東西にあり、このままでは両面の防備を固めなくてはならない。
「しばらく交通の便が悪くなりますが‥‥やむをえませんね」
 ルーラス・エルミナスが、同意を示す。
 村を要塞化するということは、その利便さをことごとくオミットすることにある。城が複雑な構造を持つのは、一気に本丸まで敵を来させないためである。そのため迷路のような築城を行うわけだが、そのようなものまで作っている暇は、おそらく無い。
 であれば、敵の侵入路を可能な限りコントロールための工夫をしなければならない。そのための落橋であった。
「私は、村の外で待機します。後詰とお考えください」
 限界装備重量に近い、大鎧を着た日ノ本が言う。その袖を、小さな白い手がつかんだ。グラス・ライン(ea2480)だった。
「ごめんなさい」
 グラスが言う。
「うちが悪かった。信用してるからな、無茶したら治すさかいに」
 視線を外しながら、グラスが言った。日ノ本はその頭を撫でると、「帰りに団子をご馳走しましょう」と言って村を出た。

 最終的に、村の防備はほぼ十全に整えられた。
 村人は屋内に入るよう指示され、そして鬼の襲来を待つことになった。
 レダ・シリウス(ea5930)が、安全祈願の舞を舞って村の子供たちの興味を集めたが、それは余話である。

●立橋村防衛戦2
 鬼の陽動を買って出たのは、嵐天丸とアオイ、それと流香の鷹であった。
「じゃ、ちょっくらいってくらぁ」
 嵐天丸が、小柄一本で村を出る。
 レダの《サンワード》で、鬼の動向はかなり把握できていた。鬼は今まさにこの村に向かっている途中で、夜になって行動を起こすつもりのようである。
 が、そんなに都合よくやらせるわけにはいかない。機先を制する形で戦闘に入らなければならない。そのために、嵐天丸たちは危険を冒して鬼に攻撃を仕掛ける。そしてわざと逃げ、おびき寄せるのだ。
 はたして、その成果はあった。巨大な鬼2匹と茶鬼、山鬼などに追われた、嵐天丸たちが村へ引き返してくる。
「放て! ですよ〜」
 桃の合図で、弓を持った侍たちと雷龍が、いっせいに矢を放った。矢は空に白い弧を描いて鬼たちの中に落ちていった。悲鳴がいくつか上がる。
「続けてください! ですよ〜」
 弓の掃射は、それから3回行われた。怒りもあらわに、オーグラたちが攻め寄せてくる。
 ルーラスが先鋒に立ち、鬼を迎え撃った。盾を正面に構え、槍を差し出す。その穂先は、オーラの光で輝いていた。
 ガツン!!
 何か固い物がぶつかり合うような、衝撃音が響いた。ルーラスの盾が、オーグラの一撃を食い止めたのである。しかし槍の間合いではない。ルーラスは攻撃に移るために、一度身を引かなければならなかった。
「《ウインドスラッシュ》!!」
 その間隙を埋めるように、ファルクの攻撃が絶妙のタイミングで入る。そしてファルクは、スクロールの《コンフュージョン》の詠唱に入った。目標は、今しがた怪我を負わせたオーグラである。負傷した分、術の効きが良いと考えてのことだ。
「《ヘブンリィライトニング》!」
 カッ!!
 天空から空気を割って、雷がオーグラに落ちる。流香の魔法である。威力はかなりのものなのだが、単発なのが悔やまれる。
 前衛で踏ん張っているのは、武道家コンビの雷龍と鈴だ。防御に徹し敵に対する壁になっている。
「《サンレーザー》!」
 レダの魔法がさらに鬼を焼く。
 これだけの攻撃を受けているが、オーグラに対してはそれほど決定打になったようには見えない。『耐久力』が武器になるなら、オーグラはかなり強力な武器を持っていることになる。
 それよりも、オーグラは2匹いるのだ。
 ガコッ!
「くっ!」
 ルーラスが強烈な鬼の一撃を受けて、さすがにうめいた。盾で受けているとはいえ、衝撃は腕を折らんばかりだ。その他の山鬼や茶鬼からの攻撃も些少ながら被弾し、傷を負っている。
 ――まずい。
 と、誰もが思い始めていた。鬼の攻撃は痛烈で容赦が無い。しかも複数を相手にしているので、受けに回り始めるとどうしても後手後手に回ってしまう。被弾し体力を削られ、回復作業を行うために精神力も削られてゆく。いかにもジリ貧だ。
「《コンフュージョン》!」
 一打逆転の《コンフュージョン》は、確かに効いた。負傷したオーグラがそれにかかり、いきなり横の茶鬼を殴り飛ばしたのだ。さらに桃の《シューティングポイントアタック》でもう一方のオーグラが片目を射抜かれ、逃げ出した。
「しまった、逃げる!」
 ルーラスが言う。逃がしてはいけないのだ。殲滅が目的である。しかし目の前のオーグラは正気を取り戻し、ルーラスに襲い掛かってくる。嵐天丸が《ソニックブーム》で背後から切りつけたが、逃げ足は鈍らない。
 そのオーグラの前に、大鎧を装備した日ノ本が立ち塞がった。一撃を与えて注意を引くと、オーグラは狂ったように日ノ本に襲い掛かった。
「日ノ本はん、あかん!」
 グラスが悲鳴をあげた。日ノ本はオーグラをせき止める事が精一杯で、他の山鬼や茶鬼からの攻撃をいくつも被弾していたからである。はっきり言って、無謀以外の何者でもない。
 受けと回避と防御に専心しているのは、明らかに見て取れる。しかし、冒険者たちの行動がこれ以上遅れれば――。
「どけこの野郎!」
 戦列に復帰した嵐天丸が、《シュライク》で手前のオーグラを切り刻む。深く肉を断つ手ごたえはあるが、なかなか相手は倒れそうにない。ルーラスも《スマッシュ》などの戦技を駆使するが、オーグラの恐るべきタフネスはそれをもはじき返す。桃の援護射撃も、打撃力に欠ける分効きが甘い。アオイがダーツを投げて日ノ本から鬼の注意をそらそうとするが、山鬼や茶鬼でもかすり傷程度しか負わせられない。ファルクの《コンフュージョン》は敵の攻撃を寸断するが、スクロールではいかにも力不足である。そして、グラスの回復魔法は距離があって届かない。
 『死』という言葉が、全員の脳裏をよぎった。
 どずん!
 その時、ルーラスの《スマッシュ》が会心の一撃を放った。100回に1回放てるかどうかという一撃だ。さすがのオーグラも、胸板を貫通されれば死ぬしかない。
 開いた隙間から、嵐天丸が飛び出す。十手で茶鬼の一撃を受け流すと、そのまま日ノ本の相手であるオーグラの背中に、《ソニックブーム》《シュライクEX》で切りつけた。血がしぶき、痛みにオーグラがほえる。ファルクの《ウインドスラッシュ》が、さらにその傷を深くする。
 やっとで、戦いの趨勢は防衛隊のほうに傾いた。冒険者たちはオーグラを殲滅し、残りの鬼を撤退させたのである。
 きわどい勝利であった。

●勝利
「傷の具合はどうどすか?」
「痛い」
 グラスの問いに、日ノ本は簡潔に答えた。
 治療不可能なほどの傷を受けたのは、日ノ本一人である。大鎧は大破。骨折3箇所。立派な重傷患者であった。
 今回の一件、冒険者諸賢には一つの教訓を与えた。防備がしっかりしているからと言っても、それは内部に侵入させない工夫であり、相手を殲滅できるものではないということである。殲滅戦を行うなら、当初の日ノ本の言うとおり敵の本拠を叩くか、相手を完全に内部に引き込み囲ってしまう、大掛かりな罠が必要だ。ただし、これには住民に被害が及ぶ可能性があり、あまりお勧めできない。
 そして何事も、『徹底する』必要があるのだ。任務は成功したが、大成功というわけではない。BestではなくBetter程度の成功と考えていいだろう。
 ともあれ、脅威は去った。
 箱根温泉防衛隊には、次の任務が待っている。

【おわり】