●リプレイ本文
箱根温泉防衛隊 5――ジャパン・箱根
●記録者よりお詫び
前回の報告書『箱根温泉防衛隊 4』にて、レダ・シリウス嬢が「ジャパン語を話せない」と記録しましたが、レダ嬢はちゃんとジャパン語での諜活動を行っていました。謹んでお詫びと訂正をさせていただきます。
●本来あるべき姿
人命は重い。ゆえに今回の盗賊の残党狩りは、本来人命救助という視点に立った作戦行動を行うべきである。
が、今回の作戦において、隊の隊長を標榜する坂城源八郎が出した命令は「略奪品の奪還が最優先」とのことだった。
略奪品を着服するという目的もあるかもしれないが、今回狙われたのは大隊商ばかりである。略奪品の目録にはかなり高級な茶器や貴重品も含まれており、損失遺失はその関連業界の不評を買うだろう。
逆を言えば、見返りもでかいということである。権力志向の坂城にとっては、これほどうまい話は無い。経済界や政界とのパイプ作りにもなるし、もし物品を失っても盗賊や部下のせいにしてしまえばいい。つまり、自分の腹は痛まないのだ。
それも、一つの『政治』である。
●アレクサンドル・リュース(eb1600)の場合
盗賊のアジトは、驚くほどあっさり見つかった。
支援者に通訳を頼んで地元の猟師たちに聞き込みをかけたのだが、それであっさりめぼしがついてしまったのだ。
まあ、よく考えれば見つかって当たり前かもしれない。盗賊は逃げることにかけてプロかもしれないが、人質は素人なのだ。それも略奪品を抱えてとなれば、痕跡を残さないほうがどうかしている。
俺の名はアレクサンドル・リュース。ビザンチン帝国の、ハーフエルフのファイターだ。
坂城なにがしについては無視を決め込んでいたので、俺はそれ以外なんら障害無く目的の場所に着いた。
「よし、ではお前たちが正面から仕掛けろ。私たちは背後を突く」
坂城が、得意満面の顔で言った。
冗談ではない。本丸を腕の足りない侍たちに任せて、人質を救出などできるものか。
仕方なく俺は抗弁したが、坂城は聞き入れようとしない。それどころか、黙って従えと俺たちに向かって言ってくる。
――こいつ殴って気絶させたろか。
半ば本気でそう考え始めたところで、南天流香が間に入ってなにやらごにょごにょと坂城と話を始めた。坂城はしばらくすると、いやらしくにんまり笑って俺たちの配置を入れ替えた。
そうやら、難儀な任務になりそうである。
●琴宮茜(ea2722)の場合
どうやら無事に話はまとまったらしく、アレクサンドルさんは抜きかけていた剣から手を離しました。
私の名は琴宮茜。ジャパン出身の女志士。世間ではちょっと知られた名前です。
私は盗賊のアジトと思われる場所に、フライングブルームで乗り入れました。といっても、もちろん上空からの偵察です。
アジトの地形は山間部の大棚状になった場所の下で、猟師小屋のように見える場所でした。ただ地元の猟師さんの話によると、その場所に猟師小屋が作られたという事実は無く、無論かたぎの方で利用している人はいないとのことです。
まあ、大雨で地滑りでも起こったら一発で埋没してしまいそうな場所なので、まともな神経の人なら利用しないでしょうけど。
しばらく上空から内部の様子を探っていましたが、四半刻ほどで中から人が出てきました。垢染みた風体のあまり人相のよろしく無い人で、盗賊の残党の一人のようです。
隠れ家らしいことをちゃんと確認して、私は一度隊に戻り、状況を報告しました。
後は、コトが起きたときに上空から援護する――それで私の役割は終わるはずです。
無事に済めば、の話ですが。
●李雷龍(ea2756)の場合
――これまでに、こちら側の代表が2人も抜けてしまいました‥‥。藩側も代表が替わっています。時が経てば色々と変わっていくのは仕方ないとしても、このままでは防衛隊は空中分解してしまうかもしれませんね‥‥。
僕は配置につきながら、思わず考え込んでしまいました。
僕の名は李雷龍。華仙教大国の武道家です。
僕はまず、人質解放の交渉を持ちかけようと提案していました。しかし残念ながら状況的に不利な点が多く(何より不意打ちのチャンスを活かせないなど)、今回の作戦では見送ることにしました。それでも、おだてに乗った坂城氏が無茶な暴走をしなかっただけまだ良しとも言えるでしょう。
そう言う意味では、日ノ本氏は多少頑固なところがあっても、節度のある誠実な人物でした。冒険者の顔も立ててくれるあたり、人としての完成度が伺えます。
発見した隠れ家のそば、明け方まで僕たちはその場に潜伏していました。もちろん、敵が一番寝静まっている時間帯に急襲するためです。
作戦では、正面から坂城氏が率いる小田原藩士たちが戦いを挑み、その背後を僕たちが急襲し殲滅する――というのは建前で、小田原藩士たちが時間を稼いでいる間に僕たちが隠れ家に突入し人質を救助する、ということになっています。小田原藩士たちの感情は僕たちに近く、とりあえず体裁を整えてくれるなら協力は惜しまないということでした。
時刻は、迫ってきます。
●璃白鳳(eb1743)の場合
刻限が来て、坂城氏が馬鞭を振り下ろしました。小田原藩の侍たちが、閧(とき)の声をあげて隠れ家に迫ります。私はその様子を、仲間と共に横の位置から一望していました。
私は僧侶の璃白鳳。華仙教大国生まれのエルフです。
弱い相手にはとことん強いと見える坂城氏は、強気で前進を命じています。しかし侍たちは、やりすぎないように手加減しているようです。予定通り。
やりすぎると、盗賊たちが強硬な手段に出るかもしれませんからね。
私たち冒険者の役目は、侍たちが作った隙に乗じて人質を救出することです。そのために私がやるべきことは、冒険者グループの援護。具体的には《コアギュレイト》などを使用した敵の無力化になります。
盗賊の数は予定していたよりも3人ほど多く、8名ほど居ました。全員外へ出て侍たちと戦っています。そこに我々は忍び込むように後背につきました。退路を遮断し、隠れ家内の安全を確保する。その上で、私は《コアギュレイト》を使用し盗賊のうち2人ほどを麻痺させました。
が、予定外の事態が私の背後で起こりました。マミさんが血をしぶかせ後退します。
その視線の先――隠れ家の入り口には、刀を抜いた浪人者が居ました。
●マミ・キスリング(ea7468)の場合
――やられました。居る事は分かっていたのに!
私は右手を小柄で貫かれ、思わず歯噛みしそうになりました。
私はマミ・キスリング。フランク王国生まれの女騎士です。
私の腕を貫いた小柄はどうやら致命的な腱を切っていたらしく、右腕が上がらなくなっていました。手持ちの武器も、持ち上げられなければただの重りです。
私は左手に日本刀を持ち替え、相手をけん制しました。防御に専念し、他の人たちが攻撃しやすい位置取りを行う。それが今私ができる最上の策――。
ずばっ。
予告なく、私の右胸の乳房部分が横に裂けました。噂の居合い術。しかし、致命傷を与えられるはずなのに与えない。明らかに人を嬲ることを楽しんでいる剣です。こんなヤツに!
相手の攻撃が見えなければ、カウンターも仕掛けられません。玉砕は覚悟の上ですが、甲斐なく死ぬのは、私の武士道と騎士道が許しません。アレクサンドルさんと雷龍さんは他の浪人と交戦中。茜さんと白鳳さんの魔法も耐呪(レジスト)し、あとは――。
ガッ!
首に衝撃を感じた瞬間、私の意識は地の底のような暗渠(あんきょ)に落ちてしまいました。
●南天流香(ea2476)の場合
――できる‥‥でき過ぎね。
わたくしは刀を構えたまま、マミさんが《スタンアタック》で眠らされるのを見ていた。
私は南天流香。ジャパン出身の、人間の女志士。
正直、この浪人者と正面から戦うのは、自分には無理だと思っていた。
だがこれほどの力量の違いを見せ付けられると、さすがに反則に思えてくる。しかし実のところ、これぐらいの腕を持つ浪人者は結構いる。
武と魔法を両立させているわたくしでは、剣での戦いに遅れを取るのは明白。しかし引けば、残るは白鳳さんとレダさん、グラスさんしかいない。彼らではさらに遅れを取るのは明々白々なのよね。
わたくしは《ライトニングアーマー》と《ライトニングソード》で、この浪人者と切り結ぶ決心をしたわ。
すぱっ。
いきなり、わたくしの胸に斬り痕が浮き出る。相手の剣が見えなければどうにもならないけど、《ライトニングアーマー》のお陰で多少の痛打は与えられたみたい。
でも、わたくしの攻撃はそこまででした。次の瞬間、衝撃と共に意識が暗転します。
《スタンアタック》を受けたのが、すぐに理解できた。けど、わたくしにはどうしようもなかった。
●グラス・ライン(ea2480)の場合
流香はんに続いて白鳳はんも気絶させられて、ウチには逃げ場が無かった。
ウチの名前はグラス・ライン。インドゥーラ国の、エルフの僧侶や。
「逃げろ!」とアレクサンドルはんが言う。だけど、ウチの足が動いてくれんのや。
びゅっ。
浪人者の剣が消えた――ように見えた。
ウチの知覚は、かろうじて剣の軌道を確認してた。だけど、ウチの身体がおもうように動いてくれへん。しょうがない、ウチは戦闘訓練なんぞ受けたこと無いからなぁ。
スパンと肩を斬られて、やっと我に返った。痛みに身体が引きつり、頭がパニックになる。
どこをどう逃げたのかわからへんけど、ウチはいつのまにか坂城なにがしの前におった。坂城はウチを盾にするように、浪人者へ差し出している。腰が引けて、いまにもウチを捨てて逃げ出しそうやった。
――ああ、死ぬんやな‥‥。
他人事のようにそう思った時、ウチの耳にここにはおらへんはずの人の声が割り込んできた。
「ラインさん、何をしているんです!」
●レダ・シリウス(ea5930)の場合
「ラインさん、何をしているんです!」
私が一生懸命浪人者を叩いたり蹴ったりしているときに、その声は響いてきたんじゃ。
私の名はレダ・シリウス。エジプト生まれの女ジプシーじゃ。でも今は太陽が出ていないので、ほとんど役立たずじゃ。昼間の調査では抜群の活躍をしたのにのう。
声が響いてきたのは、私たちが来たほうの道からじゃった。痩身の侍で、着流しに二本差しというまるで平服のような姿じゃ。
「日ノ本! なぜ貴様がこんなところにおる!!」
グラスを盾にしていた坂城が、虚勢丸出しで叫んだ。それを無視して、日ノ本がまるで何もないかのようにこちらへ進んでくる。
「また無茶をしましたね。だからいつも、慎重に事を運びなさいと言っているじゃないですか!」
ついっと、浪人者が日ノ本のほうを向き、剣に手をかけた。居あい抜きの姿勢だ。
「日ノ本はん、あかん!」
グラスが切羽詰ったような声をあげる。しかし、日ノ本はずんずん進んでくる。
びゅっ。
間合いに入った刹那、日ノ本の喉元を狙った斬撃が銀色の円弧を描いた。
――斬られた!
誰もがそう思ったじゃろう。私も次の瞬間、日ノ本の喉からしぶく血を想像して思わず顔を手で覆った。
「何!」
と言ったのは浪人のほうじゃった。半歩後ずさり、そしてもう一度居合いを見せる。
ギィン!!
鈍い音が響いて、日ノ本が浪人の剣を受け止めていた。刀を抜いた居合い使いなど、恐いものではない。
ひゅっ。
その時、居合い使いが手元から何か投げた。だがそれを、日ノ本は《ミサイルパーリング》ではじき落とす。銀色の小柄だった。目を狙ったのであろう。
ぞずん!
その時、居合い使いの浪人の胸から、剣の切っ先が生えた。
「手間ぁかけやがって」
アレクサンドルの、剣じゃった。
●記録者記す
事件は多少の被害をもたらしたが、無事に終了した。一味は捕らえられ、人質は無事に救出された。略奪品も、おおむね持ち主の手元に戻った。
坂城は殊勲を挙げた形になったが、さすがに顔色はすぐれなかった。
論功行賞に、日ノ本の名前は無い。それは坂城が根性拙(つたな)く奏上しなかったのもあるが、日ノ本が公式に動いたわけでは無かったからでもある。
ただ、日ノ本の復帰は近いと考えてもいいかもしれない。
坂城の妨害が無ければ。
【つづく】