【名もなき楽団】よろこびの前準備

■シリーズシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:5〜9lv

難易度:易しい

成功報酬:2 G 19 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月12日〜10月17日

リプレイ公開日:2005年10月20日

●オープニング

 ジェラール・ギルエ男爵の馬車が戻ってきたという報せを受けて、下働きの少年は急いで、馬車が停まっている前庭へ向かった。ジェラールが外出から戻ってきたとき、彼の脱いだ外套や持ち帰った荷物などを受け取り、しかるべき保管場所へと運ぶのは、領主館の使用人たちの仕事のひとつである。
 少年はまだ体が小さいのであまり大きな物は持たせてもらえないのだが、今回は妙に細長い木箱を渡された。乱暴に扱わないように、というジェラール直々の注意つきである。
「旦那様。なんですか、これ」
 不思議そうな問いに、男爵はうなずいた。
「楽器だ。楽団で使うかもしれないと言っていただろう」
「ああ、華国の楽器でしたっけ。手に入ったんですか」
「いや、実は借り物なのだ。東洋趣味に狂っているご婦人がいてな、ちょうど通り道だったので、彼女の家に寄ってみた。事の次第を説明したら、貸すのはいいが傷などつけずに返してほしいと念を押された」
 たぶん、旦那様と『特別』に仲のいいご婦人のひとりなのだろう、とこっそり少年は思った。
 東洋のめずらしい楽器は、そのご婦人の家で美術品のように飾られていたという。ちゃんと音が出るのかとジェラールが尋ねたところ、弾き方がわからないのだと言われて呆れたそうだ。芸術に疎いジェラールや少年からしてみれば、楽器など音を出してこそのものなのだが、高尚な趣味を持つ人々の意見はまた違うらしい。
「まあ、楽団員諸君はほとんどが本職のようだから、なんとかなるだろう」
「楽団員の方々は、本番前の打ち合わせのために、今一度いらっしゃるのですよね」
「パリを発つ前にギルドに人をやって、そのように頼んでおいた」
 街の中心近くに位置する広場では、すでに楽団の演奏会のための簡易舞台が組まれ始めている。いまのところまだ骨組みだけの状態だが、街の人々のあいだでは、今年の収穫を祝って領主さまがパリから芸人を雇ったらしい‥‥と噂になっているようだ。全くのでたらめではないのがまた微妙なところである。
「そうだ。旦那様のお留守の間に、えーと‥‥なんでしたっけ、アドルファ様? その方からの早馬が着きましたよ。出立の準備を始めたので、近々こちらに着くそうです」
「おお、意外と早いな。こちらも準備を急がねば」
 そもそも冒険者で構成されたにわか楽団を作ることになったのも、豪商であるアドルファ老人を歓待するためだ。老人は若いころたいそう歌舞音曲を好み、自身も楽士を目指したことがあったくらいだったらしい。彼のためにわざわざジェラールが楽団員を集めたと聞けば、さぞ感激するに違いない。
「使用人の皆も本番が待ち遠しそうですよ。楽団の皆さん、みんなお上手ですし」
「うむ。最初は領主館で内々だけを招いて披露するつもりだったが、たまにはこういう趣向も面白かろう」
 別の使用人に鹿革の外套を預け、ジェラールは玄関口へ向かった。楽器の入った箱を抱えて、下働きの少年もあとに続く。
「パリの奥方様はお元気でした?」
「まあ、相変わらずだ。そうか、おまえはまだ彼女を見たことがなかったな」
「はい」
「前に彼女がこの屋敷に来たのは、父上の葬儀のときだったから‥‥もう二年半ほどになるか。まあ、よほどのことがない限り、しばらくこちらに来ることはなかろうよ」
「演奏会にお招きするのも駄目ですか?」
「一応世間話のひとつとして話してはおいたが、見るからに気乗り薄という様子だったからなあ。それに気位が高いから、庶民と席を並べて音楽鑑賞、というのもお気に召すまい」
「難しいのですね」
「まったくだ」
 それにしても不思議だ。旦那様はあんなにもてるのに、どうして奥方様の扱いだけは下手なのだろう。

●今回の参加者

 ea1585 リル・リル(17歳・♀・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea1849 リューヌ・プランタン(36歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4111 ミルフィーナ・ショコラータ(20歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea5506 シュヴァーン・ツァーン(25歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea7210 姚 天羅(33歳・♂・ファイター・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

 冒険者による楽団『ミル・プレズィール』による二度目のプロヴァン来訪は、まだ朝靄も濃い早朝だった。出迎えた領主館の門番によれば、相変わらず色とりどりの花のような冒険者たちの口から一番に聞かれた言葉は、
「何か食べさせて!」
 だったという。
 ガブリエル・プリメーラ(ea1671)、リューヌ・プランタン(ea1849)、シェアト・レフロージュ(ea3869)、シュヴァーン・ツァーン(ea5506)。なんと楽団員八人中実に半数が、旅の必需品である保存食の準備を忘れていたのである。
 食事をちゃんと用意してきた他の冒険者らも、人に分けられるほどの量は持ってきていなかった。とはいえ自分たちだけで食べるのも申し訳ないので、四人ぶんの食料を八人で分けて食べることになったのだ。空腹を訴えるのも無理はない。
 領主ジェラールは、それなりに依頼をこなした信用ある冒険者を‥‥とギルドに頼んだらしいが、それにしてはあまりに初歩的な失敗ではないか。冒険者たちは朝食の準備に追われている館の厨房へと通され、昼になる頃には、この話は領主館の噂好きな使用人たちの間にすっかり広まっていたという。猛省を促したい。

●新たな仲間
 食事がひと段落したあと、リル・リル(ea1585)は楽団員に割り当てられている部屋に文字通り飛んでいった。領主が楽団の為に、わざわざ知り合いから華国の楽器『胡琴』を借りてきた、という話を聞いたのだ。
 他の冒険者たちが後から部屋にやってくると、リルは卓上で弦楽器を抱えて大はしゃぎしていた。リュートに比べると首が長く胴が小さいので、細長いという印象があった。弦もたった二本しか張られていない。
「わぁ、わぁ、すごーいっ。ねねね天羅さん、これ本物だよねっ?」
「そのようだな」
 華国出身の姚天羅(ea7210)のお墨付きをもらえて、リルは今にも胡琴に頬ずりせんばかり。ああ幸せー、と呟きながら、しっかと抱えた楽器をパートナーにして、卓上ででたらめなダンスを踊る。
「夢みたーい。弾くためにはいつか華国に行かなきゃと思ってたのに、ノルマンで会えるなんて〜」
「それでリルさん‥‥それ、演奏のとき持てそうですか〜?」
 同じシフールだからか、ミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)の一番の懸念はそこだったようだ。言われて初めて気づいたらしく、リルは腕の中の重さを確かめ、次いで箱の中に入れたままだった弓を取り出して構えてみる。天羅に言わせるとこれでも小ぶりだそうだが、それでもシフールにとってはずいぶん大きい。だが幸い、大きすぎて弾けないというほどでもなさそうだ。
「‥‥なんとか大丈夫そう、かな? でも飛びながらとか、動きながら弾くのは無理かも」
「えっと、多分、そっちの弓を使って弾くですよね? リルさん、弾き方わかるですか?」
 ラテリカ・ラートベル(ea1641)が尋ねると、もちろん、とリルは胸を張った。
「お母さんからこの楽器の話を聞いて以来、ずっと弾き方を練習してたんだもん」
「? リルさん前に、胡琴弾いたことないっておっしゃってたですけど‥‥?」
「だからこう‥‥楽器はなくても、弾く真似だけはずっと」
 本物を弾くのは正真正銘初めてだと恐ろしいことをのたまって、リルは二本弦に弓をあてがった。そのままゆっくりと引く。
 途端に腰が砕けるような間抜けな音が響き、冒険者たちはあやうく椅子から転げ落ちるところだった。微妙な表情を浮かべながら、リューヌが東洋の楽器を眺める。
「こ、こういう音がするものなんでしょうか‥‥?」
「ちょっと貸してくれ」
 楽器と同郷の天羅が胡琴を受け取り、胴を両膝で固定して弓を構える。なるほど本当はそうやって弾くのかと皆で感心し、どんな音が出るか固唾を呑んで見守った冒険者らだったが‥‥次いで鳴ったのは、鋸を挽くような重苦しい音であった。
「‥‥悪い。やはり力にはなれんようだ」
 そういえば天羅はあくまで踊りが専門で、楽器の心得はないと聞いている。座したまま優雅に足を組みなおして、ガブリエルが苦笑めいた表情を浮かべた。
「ま、しょうがないわ。初めて触るんだもの、ちゃんと弾けないのは当たり前よ」
「練習すれば、すぐ弾けるようになりますよ。リルさんは器用ですし、勘もいいですから」
 シェアトの言葉に、胡琴を再び受け取りながらリルが頷く。
 新しい楽器を囲みながら全員で、こう構えたらどうか、持ち方はそれでいいのか、待ってさっきいい音が鳴った‥‥と弾き方に試行錯誤していると、部屋の戸が控えめに叩かれた。シュヴァーンが開けると、下働きの少年が立っている。
「お針子さんたちがいらしたそうです。衣装の打ち合わせと採寸があるそうなので、どうぞ応接室のほうに」
「わかりました。すぐ参りますとお伝えください」
 そう。今回は楽器の練習以外にも、まだやることがあるのだ。各々部屋に荷物を置いて(念のために言うと、男性である天羅は当然別室だ)、冒険者たちは応接間へと向かうことにした。

「えーっと、まとめると」
 お針子の女性が羽ペンを片手に、手元の羊皮紙に衣装の概要を書き付ける。
「全員白を基調にした衣装、ってことでいいんですよね? で、各パートごとに細かいアレンジを加えると」
「はい。各季節にあわせて四パートに分けていますから‥‥白なら大抵の色と合いますし」
 思案するようにおとがいに指をやりながら、シェアトが他の楽団員たちを省みる。
「私とガブリエルさんは夏ですから、やっぱりそれらしい色がいいですよね?」
「そうね。うーん‥‥衣装そのものは白主体だから、袖とか裾とか襟とか‥‥そのあたりを夏らしい色にしたいわ。たとえば青とか、緑とか。で、シェアトと私で細かい色使いは分けるの。どう?」
「うーん、そうですね。面白いと思いますけど、そのあたりは染色ギルドとも相談してみないと‥‥鮮やかな色の出せる染料は貴重なのが多いですから、在庫があるか確かめてみないといけないし。とりあえず考慮してみます。で、夏の次は‥‥秋?」
「はーい。秋パートは私たちです〜」
「はーい。ラテリカたちでーす」
 ひらひらと無邪気に手を挙げたのはミルとラテリカ。
 秋パートにはもうひとりリルがいるのだが、彼女は現在胡琴に没頭中。気のせいか先ほどよりも耳障りな音が減ったようだが、いずれにしろ胡琴に関しては借り物のためパリに持ち帰るわけにはいかず、練習時間が限られている。邪魔しないほうがいいだろうと、皆で申し合わせてそっとしておくことにしていた。
「せっかくワインの産地で演奏するんですし、シェリーキャンのような雰囲気だとかわいらしいですよねぇ」
 シェリーキャンというのは、葡萄の葉の衣をまとった小さな妖精のことだ。食料や果実などを発酵させる力があり、気まぐれに果実酒を造ったりもする。そのためかプロヴァンのようなワイン処では、シェリーキャンをとても大事に扱うという。
「というと‥‥うーん、葡萄の葉をモチーフにしたドレスですか?」
「はい! それでそれで、スカートはふわっとふくらんでて、リボンとかフリルで可愛らしいと素敵ですっ」
 たぶん本人たちの頭には確固たる完成図があるのだろうが、それがこの全体的に舞い上がった説明でちゃんと伝わっているのかはわりと謎である。可愛らしくねえ‥‥と肩をすくめつつ、女性はその一言も律儀に羊皮紙に描きとめる。
「あっ。丈が短いと、めくれたりした時大変ですよね?」
「そうですね〜。じゃあ、何かスカートの中に履くものも、一緒に仕立ててくださると助かります」
 スカート丈を短くなんて、さっき言ってたっけ? と思いながらも、中に履くもの、追加。
「最後はわたくしたちですね」
 微笑して、シュヴァーンが顔を上げる。こちらは他の面々がお針子たちに衣装案を説明している間、冬パートのシュヴァーン、天羅、リューヌの三人できちんと話し合っていたようで、落ち着いて淀みない口調で説明を続ける。
「わたくしたちのパートは冬。衣装の白は雪の色ですし、この色を殺さないよう、全体的に色使いは控えめにお願いいたします」
「銀糸か何かで刺繍があると綺麗ですよね、きっと。大変かもしれませんけど‥‥」
 多少家事ができるリューヌはそれにかかる手間も想像できるようで、要求もやや控えめだ。
「えーと、そちらの方も冬の受け持ちなんですよね。どうします? ドレスってわけにもいきませんよね?」
 水を向けられた天羅が渋面を作りながら、当たり前だと女性を睨んだ。
「故国では、なるべくゆとりを持った服を身につけるのが好ましいとされている。上はこれで通したい」
 これ、というのは、どうやら今身に着けている刺繍入りのローブのことのようだ。天羅の姿を上から下までためつすがめつ、女性はうーんと首を傾げた。
「出来てみないとわかりませんけど、皆と並んだとき浮くかもしれませんよ」
「上から薄いヴェールでもまとうというのはどうだ? 舞台でも映えると思うが‥‥」
 天羅の科白に、女性は羽ペンを持った手でぽりぽりと頬をかく。難しい表情に、シュヴァーンは気遣わしげに彼女の顔を見返した。何しろ大事な衣装を縫ってもらうのだから、何か問題があるのなら今のうちに指摘してもらいたい。
「わたくしたち、何か無理を申し上げましたでしょうか」
「や、無理ってほどじゃないですけど‥‥これは結構高くつきそうだなあと思いまして。もちろんこっちは商売ですから、払えるものさえ払っていただければ、それで万々歳ですけどね」
 思わず全員で顔を見合わせた。
 ――もちろんこの衣装代を払うのは、冒険者たちではないわけで‥‥。
「リューヌ」
 唐突に横からガブリエルに肩を叩かれて、はい? とリューヌは聞き返した。反対側にはいつのまにかシェアトが立っている。
「謹んでお任せしますね」
「は?」

 その一時間後、お針子の出した仕立ての見積もり書を手に、リューヌは領主館の廊下でジェラールを呼び止めることに成功した。美人が大好きなプロヴァン領主殿は非常に機嫌をよくし、
「お客様のため‥‥そして領主様のため、私達のできうる限り最高の舞台にしたいのです。ここに挙げたものは皆、そのためには決して欠かせないものなのです」
 どうか、お願いできませんか‥‥まっすぐにジェラールを見つめた彼女の言葉に、快く頷いてくれたそうだ。衣装の予算の問題も、ついでに舞台で使う小道具の話もこれでめでたく通過である。
 だがリューヌはなぜ自分が領主の交渉役に選ばれたのか、未だによくわかっていない。

●よろこびの前準備
「お手紙、ですか? 奥方様に?」
 唐突な申し出に、下働きの少年は目をしばたたかせた。ラテリカは至極真面目な顔でうなずく。
「です。ですからお届け先とか、教えていただきたいのですけど」
「言付けてくだされば、あとで出しますけど‥‥でも、招待しても来ないだろうって旦那様は言ってましたよ」
「それは、領主様本人が招待したときの話でしょ?」
 ガブリエルが微笑する。
「それに招待状が来てそれを断るのと、最初から招待状が来ないんじゃ大違いだもの。もしかしたら本心では、誘ってもらえるのを待ってるかもしれないじゃない?」
 気位が高い貴婦人だと聞いているが、そういう可能性だって当然ありうる。むしろ気位が高ければ高いほど、自分から行きたいとは言い出せないものかもしれない。
「はあ。じゃああとでシフール配達にでも頼んでおきます」
 羊皮紙の手紙を手渡して、それからこちら‥‥と、シェアトがもう一通の手紙を取り出す。
「こちらは奥様‥‥奥方様のほうじゃなくて、領主様のお母上のアンヌ様へ」
「大奥様ですか? ますます無理だと思いますけど」
「隠居なさっているのは知ってます。お会いしたことがありますから。でも、もしかしたら来てくださるかもしれませんし」
「そうじゃなくて。旦那様から、大奥様がお具合がすぐれないようだって伺ったので」
 ミルが目を丸くした。
「奥様がですか?」
「らしいです。詳しい話は知りませんけど、それが本当ならここまで来るのもひと苦労でしょ。第一ローテさんが許さないですよ。あの人、怒るとおっかないから」

「わあ!」
 広場を渡ってくる風を受け止めようとするように、舞台の上でラテリカが両手を広げて声を上げる。
 町の広場に設営された舞台は意外と高かった。視点が違う。先ほどは家並みに隠れていた教会の尖塔が見えていた。下を見下ろしながら、シュヴァーンは軽くラテリカを見て笑った。
「はしゃいで落ちたりなさいませぬように」
「大丈夫ですよう‥‥」
 くるりと踊るように回ったラテリカが、ふと沈んだ表情を見せる。
「‥‥ご領主さまって、お寂しくないのでしょか」
 母であるアンヌとも、伴侶である奥方とも離れて暮らし、子供はなく、家族と呼べる者が傍にいない。女性の『友人』は多いそうだが、それで果たして彼が幸せかというと、ラテリカにはわからない。それは彼女が、まだ子供だからなのだろうか。
「ラテリカたち、『ミル・プレズィール』です。名前通りに、ご領主様にも幸せの種を撒けるといいのですけど」
 ふと瞳に慈しむような色を見せて、シュヴァーンは一段高い視点から、広場の喧騒を見下ろした。
「それは、これからの働き次第ですよ」
 職人たちと演出の打ち合わせをすませたガブリエルたちが、続いて舞台に上がってきた。もう板が張ってあるので、全員が昇ってもよほど暴れない限りは大丈夫だろう。舞台上から見渡す景色に、皆が声を上げる。
「この舞台に、皆で一緒に立つんですね‥‥」
「ちょっと緊張しちゃいますねぇ。そうだ、せっかくですから、ここで少し音を合わせません? リルさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫! 多分!」
 胡琴を抱えたまま、リルが胸を張った。練習の甲斐あってか、だいぶましな音が出せるようになってきたようだ。舞台上で楽器を取り出した楽団員たちを目にとめて、見物人が集まり始めている。
「そういえば」
 リュートを構えながら、シェアトが首を傾げた。
「ガブリエルさん、さっきあの子に何か頼んでましたよね? 聞いてもいいですか?」
「内緒」
 ガブリエルが笑う。
「秘密ですか?」
「そ、秘密。そのほうが、あとで喜んでもらえると思うの。まあ、本番を楽しみにしといてよ」
 よろこびはお客様だけじゃなくて、私達自身にもあったっていいじゃない? だって私達、『ミル・プレズィール』だもの。
「さあ、練習練習!」