【神は死んだ】蛇と鷲の群舞

■シリーズシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 30 C

参加人数:8人

サポート参加人数:7人

冒険期間:12月07日〜12月14日

リプレイ公開日:2005年12月21日

●オープニング

 破滅の魔法陣の発動には、『鍵』と呼ばれる品が必要だという。
「プロヴァン領主家が、それを所持しているわけですか?」
「古い記録だから、復興戦争の間に所在が移っている可能性もあるがね」
 寝台から身を起こしたユベールの問いに、男性は椅子に腰掛けたまま足を組み替えた。上品な口元といい、きちんと整えられた髭といい、さしずめ外見は貴族の紳士というところ。
 だがこの男の正体は、魔法で姿を変えた怪盗ファンタスティック・マスカレード。本来ならば平凡な白の司祭にすぎないユベールとは縁のない相手だが、悪魔の儀式の生贄として狙われている彼を案じて、部下と交代でたびたび様子を見に来てくれていた。
 ノルマンでも有名な例の仮面姿はいわば『仕事着』だそうで、ユベールを見舞いに来るときはいつも普通の服装である。もっとも来るたびに魔法で顔かたちを変えているので、言われなければ同一人物だと判じるのは難しかった。おかげでユベールは、未だに怪盗の素顔を知らない。
「先代のプロヴァン領主は神聖ローマ侵攻のゴタゴタの際、一度外国へ亡命している。きみもプロヴァンの出身ならば、先代領主ガスパール・ギルエの立志伝は知っているだろう?」
 先代のガスパールは身ひとつで国外へと亡命し、そこで投資を行って財産を大きくしたという。その約十年後の復興戦争の際にはその財産を使って、国王軍に多大な貢献をした。地元では有名な話だ。
「投資にはまず元手が要る。亡命貴族にある財産といえば、持ち出したいくばくかの家財だけだ。その中に『鍵』が含まれていない保証はどこにもない」
「領主様は既に、その品を手放してしまったと? それではレオンも、鍵を手に入れるのは不可能ではありませんか?」
 青年の出した結論に、男は笑みをやや意地悪なものに変えた。
「亡命貴族の生活といえば、ひとつ切っても切れないものがある」
「は?」
「愛人だ」
 一瞬ぽかんとしたユベールは、すぐに顔を赤くした。元々こういった話は苦手中の苦手である。十代の頃から教会に入り勉強一筋だったので、そういった方面には特に疎い。
「か、からかうのはやめてください。今は『鍵』の話を」
「そういう噂があるんだよ。彼には昔愛人がいて、亡命はそのつてを頼ってのことだったのではないかってね。
 いくらガスパールが有能な男でも、亡命で持ち出したわずかな金だけで富を築けるだろうか? もちろん運もあったのだろうが、たぶん投資に際して誰かの援助があったのではないかと言われている。もちろん彼自身に商才があったから、その金を膨らませることができたわけだがね」
 そういうものだろうかとユベールは考える。商売にはまったく縁がないのでよくわからない。
「ではその、あ、愛人さんに聞けば、『鍵』の行方がわかるでしょうか?」
「残念だが、時期を考えるとすでに亡くなっている可能性が高い。だが、彼女との間に密かに庶子をもうけているという噂もあるな。当たる価値があるとすればそちらだろう」
 その子供は現在、このノルマンにいるという話がある。彼らが関係していた時期を考えれば、亡命当時だいたい十代後半‥‥現在は四十歳弱というところだろうか。
「きみは、プロヴァン領主家の旗頭に何が描かれているか知っているかな」
「いえ」
「黄金の枝に留まる鷲。鷲は権威の象徴だ。‥‥そしていまプロヴァンに、『鷲』という名前を戴く傭兵団がいる。この団は復興戦争のころにノルマンに現れ、以来ずっとこの国で活動しているそうだ。団長の名前はゲオルグ・シュルツ、三十代後半」
 ユベールは顔を上げた。彼の面を見ていたらしい相手の視線と、正面からぶつかる。ようやく飲み込めたかというように、怪盗のかりそめの顔は悪戯っぽく笑んでいた。
「無論これだけでは推論としては弱い。だがギルドで聞いたところによれば、彼は先代のプロヴァン男爵夫人と懇意にしているという話だ。親子ほども歳の離れた、傭兵と貴族の未亡人‥‥傍目にはまったく接点がないな」
 さて、これをどう思う?

 その数日後、冒険者ギルドにかの傭兵団の新入りの少女が血相を変えて駆け込んできた。ただごとでないと気づいたのは、その少女の服に点々と血の跡がついていたからだ。娘はぼろぼろと泣きながら、必死の形相でギルド員にすがりついた。
「げ、げげゲオルグさまが、団長が、さささささらわれましたああっ」
 団長のお伴としてパリに向かう道すがら、突然襲われたのだという。すわ強盗か山賊かと決死の覚悟で剣を構えたのだが、襲撃者は彼女には目もくれなかった。魔法をかけられて昏倒したゲオルグを担ぎ上げ、止めようとかじりついたマリーは殴り倒され、あっという間に馬車は行ってしまった。
 馬車の手綱を引いていたのは、腰の曲がった老婆だったという。
「わ、私が悪いんです。い、一緒にお出かけって、浮かれてたから、それで」
「落ち着いて。そのときのこと、もっと詳しく話してちょうだい」
 馬車はゲオルグを乗せたまま、途中で街道を外れていったという。書き損じの羊皮紙に簡単な地図を描きながら、受付嬢は軽く眉根を寄せた。馬車が消えた方向はちょうど、例の魔法陣のあるあたりになる。
「な、な、なんとかしてくださいっ。追いかけてくださいーっ」

●今回の参加者

 ea0508 ミケイト・ニシーネ(31歳・♀・レンジャー・パラ・イスパニア王国)
 ea1241 ムーンリーズ・ノインレーヴェ(29歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2843 ルフィスリーザ・カティア(20歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea6337 ユリア・ミフィーラル(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea7504 ルーロ・ルロロ(63歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ヴァルテル・スボウラス(ea2352)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ カンター・フスク(ea5283)/ 竜 太猛(ea6321)/ ヴァルフェル・カーネリアン(ea7141)/ サトリィン・オーナス(ea7814)/ 鷹杜 紗綾(eb0660

●リプレイ本文

 準備を整えてパリを出立する予定のその日、天候は荒れ模様の兆しを見せていた。
 冷たい強風に煽られたあちこちの家の鎧戸ががたがたと落ち着きなく揺れ、表通りではことあるごとに砂埃が舞い上がる。パリを出て間もなく、誰からともなく風上の方の空をふと見やれば、はるか彼方の上空に、いかにも不吉な灰色の雲がわだかまっていた。いやねえと知らず眉を顰めたのは、レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)である。
「降ったりしたら厄介よ。雪だったらもう最悪」
「さすがに天気までは、あたしたちじゃどうにもできないからね」
 ユリア・ミフィーラル(ea6337)が軽く首を振って、暗い雲の流れていく空を見上げる。天候操作系の呪文もさすがにここからプロヴァンまでは届かないだろうし、そもそもその類の魔法やスクロールが彼らの手持ちには存在しない。この件に関しては文字通り、天に運を預けるしかないわけだ。
「ルーロさんやミケさんも心配だし‥‥天気がもってくれればいいんだけど」
 そのルーロ・ルロロ(ea7504)はパリに残って少し情報を集め、後からフライングブルームに乗って追いつくつもりだという。逆にユリアたちより先、まだ夜も明けきらぬ早朝に出発したのがミケイト・ニシーネ(ea0508)で、こちらはギルドで大体の場所を確認して先行し、一足先に様子を見に向かったという。
 それにしても、とマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)が首を振る。
「昏倒させられたってことは、やっぱり月魔法かしら?」
「デビルの能力って可能性もあるが、まあそれが一番妥当だろうな」
 クロウ・ブラックフェザー(ea2562)やマリの知るゲオルグは、それなりに手練だったように思える。だがそれは剣の腕での話で、魔法使いが相手となればまた話は別だろう。ましてまだ新米で足手まといのマリーが一緒にいたのだから、尚のことだ。
「ユベール様、おとなしくしていてくださるといいのですが」
 一方ルフィスリーザ・カティア(ea2843)の心配は、生贄と目されている青年にあるらしい。今の状態ではただ町を歩くだけでも疲労を感じるだろうに、彼は出発間際にギルドまで見送りに来たのだった。案の定ギルドに着く頃にはユベールは人に酔って蒼い顔をしており、だから止めたのにと護衛役のホリィに叱られていた。
「体が思うように動かなくて焦るお気持ちはわかりますが、戦いになるとわかっている所に連れて行くのはやっぱり‥‥」
 ユベールの体調は休めば治るというものではない。奪われた魂を取り戻さぬ限り、ずっと活力を失ったままだと、いつか怪盗が言っていたそうだ。だから薬草の知識も気休め以上の助けにはならず、ルフィスリーザにはそれが歯がゆい。
「マドモアゼル。あなたの美しい面に、憂い顔は似合いませんよ」
 いつのまにかルフィスに身を寄せて、ムーンリーズ・ノインレーヴェ(ea1241)が囁くように言う。
「ともかく、今の我々にできるのは『鍵』を追うことです」
 プロヴァンの破滅の魔法陣の発動を阻止するためには、今のところそれしかない。そしてレオンも『鍵』を狙っている以上、いつかは彼と対決することになるはずだ。ユベールの魂の欠片を取り戻す機会があるならば、そのときをおいて他にはあるまい。
「そう‥‥ですよね」
「そのために助けに行くのが、お姫様じゃなく四十近いおっさんってのがなんだけどな」
 クロウがまぜっ返して、やっと一同に小さな笑いが漏れた。

●罪の子
 徒歩ならば、プロヴァンまでは二日から三日程度。
 セブンリーグブーツもあることだし、無理をすれば一日で着くのも不可能ではなかったが、それにしたところで着くのは夜遅くになる。暗闇の中での行動はリスクが大きいし、強行軍によって疲労した状態で戦闘を行うのも望ましくない。
「こんな日は飛びにくくてかなわんわい、まったく」
 吹きすさぶ強風に辟易してそんなことを言いながら、フライングブルームに乗ったルーロが追いついてきたのがその日の夕方。周囲が暗くなりかけていることもあって、そこで一旦休憩をとることになった。真冬ということもあって暮れ時の寒さは厳しく、各々震えながら防寒用の装備を荷物から引っ張り出した。
 暖をとるための火に当たりながら開陳されたルーロの情報に、まずマリが目を瞠ったという。
「領主のご落胤? あのゲオルグが?」
「推測じゃ、推測」
 焦るなというように首を振り、話を続けるルーロ。
「じゃが、プロヴァンの先代に庶子がいたという噂は、わりと信憑性のある話らしいぞい。その男がそうかまでは知らんがの」
 少し考え込んでいたクロウが、顔を上げてひとこと疑問を口にする。
「ゲオルグのおっさんがもし本当に領主の子供だとしたら、その愛人ってのはフランク人ってことか?」
 そうでしょうねと、フランク出身のルフィスリーザが頷く。
「ゲオルグというのは、明らかにフランク名前です。もし偽名だとしても、ノルマンでわざわざ外国の名前を名乗るには、それなりの理由があるはずですから」
「まあ、そのへんは直接会って確かめるしかないわけね。わかってたことだけど」
 結局そこに立ち返るのかと、マリが軽く肩をすくめる。
「用済みになってなければいいわね‥‥」
「不吉なこと言わないの」
 ぽつりと落とされたリョーカの言葉に眉をしかめ、ユリアがそちらを軽く睨む。
 ともあれ、ゲオルグを助け出すのはなるべく急いだほうがいいのは確かである。睡眠をとるのは最小限ということにして、翌日はできるだけ早めに出発することに決まった。先行しているはずのミケは、まだ彼らと合流できていない。
「フランク‥‥ねえ」
 そしてクロウは、ひとり何事か考え込んでいる。

 万が一にもあちこちに落ちている枯れ枝を踏まないように、慎重に歩を進める。
 ミケが茂みの間から覗くと、薄闇の中に馬車の姿が見えていた。火でも焚いているのか、荷台の向こう、いまにも崩れそうな掘っ立て小屋の中がかすかに明るい。入り口には、女戦士と思しき見張りがひとり‥‥ふたり。
 目立ちたくないならこんなとき火を使うべきではないが、反面あんなボロ小屋で夜中焚き火もなしに休むのは、今の季節では自殺行為に近い。せめて周囲にああやって見張りを立てるのが、精一杯の妥協点なのだろう。
 マリーたちが襲われたというあたりから、街道を外れていた馬車の轍の跡。ミケはそれを追ってここまでたどり着いたのだ。
 轍はかなり深くはっきりと残っていた。マリーの話では馬車には何人も乗っていたというし、それに加えて、気を失った大の男ひとり荷物に加わったのだから当然である。おそらく、向こうは隠密行動に慣れていない。そうでなければいくらミケでも、こうも容易く追跡はできなかったはずだ。
「‥‥あれやな」
 見張りを迂回しながら、裏のほうへ回る。丁度よく壁に穴が空いていたので覗きこむと、中の様子がぼんやりとだが見えた。
「人数が多そうやしなあ‥‥素直に引き渡してくれるとも思えんし」
 ミケは前回の探索で、隠し部屋に置かれていた魔法の弓を得ていたが(探索に参加していた冒険者たちの中で、この品を一番有効に使えそうなのが彼女だったのだ)、さすがにそれだけで数の不利を埋められるとも思えない。後から来る仲間と合流しなければ、助け出すのは難しいのはわかりきっている。
 だがせめてゲオルグがいま無事かどうかだけでも、なんとか確かめられないものか。この角度からでは野営の様子が窺えず、場所を移そうかとミケが考えたとき、火の方角からしわがれた老人の声が聞こえてきた。
「‥‥『鍵』はどこにある?」
 ミケは思わずその場に踏みとどまり、じっと耳をそばだてた。

●鷲と蛇
「早めに行ったほうがよさそうやな」
 翌日昼近くに合流を果たしたミケによれば、ゲオルグは『鍵』について口を割っていないらしい。情報を引き出すために痛めつけられていたというが、多くを語らないミケの様子から見て、状況はおそらく芳しくないのだろう。
「向こうは女がほとんどみたいや」
「『蛇の牙』じゃな。シェアトから聞いちょる」
 ルーロが髭をしごきつつ肩をすくめた。
 プロヴァンを拠点として活動する傭兵団『蛇の牙』。時には山賊まがいの真似までして相当悪どく稼ぐ集団らしい。ルーロが伝え聞いた範囲では、もちろん評判はよくない。デビルと手を組んでもおかしくない‥‥かどうかまでは、さすがに判断できないが。
 構成人員はほぼ全員女性だという話を聞いて、ムーンリーズが眉を顰める。
「ご婦人はできれば傷つけたくないものですが」
「非常事態なんだし、この際仕方ないでしょ」
 呆れたようにリョーカが溜息をつく。
 ムーンは近郊の町にでも向かって情報を集めたかったようだが、こうしている間にも彼女たちは移動してしまうかもしれない。急いだほうがいいのは明らかで、のんびり話を聞いたりしている暇はない。

「‥‥だめだ。答えがないよ」
 目的の小屋にはテレパシーが届いているはずだが、あって然るべき向こうの返事は返ってこない。多分ゲオルグに意識がないのだろうと、ユリアは首を振る。そうですか‥‥とルフィスは表情を曇らせた。
「最悪、団長さんを誰かが担がないと駄目かもしれませんね」
「あのでかい図体を? あの男、見るからに重そうなんだけど」
 誰が運ぶのよというマリの言外の問いに、一瞬皆が沈黙した。女性陣は皆腕力があるとはいいがたく、男性でもエルフのムーンやルーロははっきり言って論外。クロウの力は人並みだが、人間ひとりを担がせるには少々頼りない。となると‥‥。
「‥‥あーもう、わかったわよ! もしものときは俺が担げばいいのね!?」
 自棄のようにリョーカが言い、ではそういうことでと、冒険者たちは作戦を練り始める。

●救出
 表の見張りは二人。ユリアのイリュージョンでなんとかごまかせる人数だった。
 見張りの目を抜け突然侵入してきたクロウとリョーカに、女傭兵たちは果敢に応戦した。だがリョーカはそれなりの手錬、クロウにしても多少の相手には遅れはとらない。おまけに小屋の外からは、ルフィスのムーンアローが飛んでくるのだ。
 クロウが応戦している間に、リョーカは奥に倒れている男を引き起こした。
「立って。ここから逃げるのよ」
 強引に立ち上がらせると押し殺した悲鳴が漏れ、リョーカははっと下を見た。捕虜が逃げないようにするにはどうすればいいか。一番手っ取り早いのは縛ることだが、もうひとつ有効な手段がある。足を折ることだ。
「肩貸すわ、とにかく歩いて! あとで手当てするから、早く!」

「いかん」
 石の中の蝶がゆっくり反応を始めたのに気づいて、ルーロは顔を上げる。
「近くにいるようじゃの」
「出てきたわ」
 ゲオルグに肩を貸したリョーカ、抜き身のレイピアを手にしたクロウ。小屋を出てきたふたりの後ろで、剣を振り上げようとしている敵は、マリのファンタズムによる幻影で足を止められた。ルフィスとユリアがかわるがわる絶え間なく放つムーンアローは、致命傷は与えられないまでも、敵への牽制にはなっている。
「逃がすでないぞ、追えっ」
 今までどこにいたのか、腰の曲がった老婆が短剣片手に小屋の裏手から現れる。見た目に似合わず足が速い。ミケがその手元に矢を放つが、これは一閃された刃によって叩き落された。
「なんちゅう奴や」
 次の矢を番えようとしたが、それより早くムーンアローが別の方向から飛んだ。向こうにも月魔法の使い手がいるのだ。すかさず魔法を使った女に向け、ルフィスも同じ魔法を放つ。魔法の応酬の間をかいくぐり、老婆はクロウらに向かって駆けた。
「ミケ!」
 ルーロの声が飛ぶ。
「羽ばたいとる! 気をつけい」
 ルーロの持つ『石の中の蝶』が反応を示していた。それと同時に、背後から影が怪鳥のごとく飛び上がる。
 すかさずミケが矢を放ったが、それは空しく地面を穿っただけに終わる。影はゲオルグとリョーカの背中へと迫っている。醜い翼を生やしたその姿は、もはや人のものではなかった。
「グレムリンか!」
 立ちふさがるべく、振り返ったクロウが剣を抜く。『ヴァーチカル・ウィンド』の切っ先が悪魔の肩先を掠める。怯んだ隙を見逃さず、体勢を立て直したミケから今度こそ矢が放たれ、貫かれた悪魔は甲高い悲鳴を上げた。
 次いで眩しいほどの閃光と音がその場を切り裂いた。遠く離れた場所からの、ムーンリーズの雷撃。地面を焦がしながら放たれた強烈な魔法に打たれ、体中に光の残滓をまとわせながら悪魔が悶える。
「雷神の鉄槌、お味はいかがですか」
 くすりと浮かべられた笑みは、遠い。
 冒険者たちの集中攻撃を浴びて、その後悪魔は微塵も残らず大気へと散った。

「もう少し早くやってくれればいいのに、ああいうのは」
「魔法を放てる場所を探すのに、少々手間取ってしまいまして」
 口を尖らせたリョーカの言葉に、ムーンが苦笑いする。ライトニングサンダーボルトは遠くまで飛ぶ魔法だが、雷撃が直線的に進むので、方向や距離をよく吟味しないと味方まで巻き込む。実際もう少し狙いがずれていたら、クロウやリョーカまで黒焦げにされていたところだ。
 一方のゲオルグはというと、魔法薬を飲ませたものの、ひどく体力を消耗している。とにかく誰かの馬に乗せて、パリまで運ぶより他なさそうだった。びっしりと額に浮かんだ汗を、かいがいしい手つきでルフィスが拭ってやる。
「骨が折れてましたからね。一度教会に連れて行かないと」
「それで団長はん。疲れてるとこ悪いんやけど、うちら、あんたに聞きたいことがあるんや」
 『鍵』の話をすると、ゲオルグは少し顔色を変えた。
「『鍵』とやらなのかどうかはわからないが‥‥俺がフランクにいた頃、血縁の証として先代の殿から託された品なら、ある」
 では本当に彼は、男爵家の庶子なのだ。
「それは何? 今は持ってないのよね?」
 それらしき品を持っていたのなら、とっくに奪われゲオルグは用済みになっていたはずだ。じれったそうなマリの問いに、男はしばし沈黙した。
「短剣だ。古い古い魔法の品だといわれている。実際わずかに魔力があったようだが、ずいぶん前に手放した」
「手放した!? どうして」
「別に売っ払ったわけじゃない。正確には、ある方にお返ししたんだ」
 まさか、と口にしたクロウのほうを見て、ゲオルグは頷く。
「お前にはわかっているんだな。そうだ。俺は先代の奥方であるアンヌ様に、短剣を形見としてお返しした」