小さな靴屋さん2〜欲望を呼ぶ靴

■シリーズシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月20日〜02月25日

リプレイ公開日:2005年02月26日

●オープニング

 トントントン、ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ。
 静かな真夜中、小さな靴屋の工房に楽しげな音が鳴り響いた。
「よっし、今日のも出来たっと!」
 嬉しそうに小さな影は靴の周りを跳び回った。なかなかいい出来のような気がする。
「冒険者の兄ちゃん、姉ちゃん、約束を守ってくれてんだな‥‥」
 工房から向こうの住居部分を覘いて見るが人が動く気配は無い。少し安心した。
「さあて、帰るかな‥‥ん?」
 仕事に夢中になっている間は気付かなかったが、作業台の向こう、テーブルの端に小さな緑の塊が見える。
「なんだ? これ‥‥??」
 そっと、手にとって見るとそれはマフラーだった。しかも手編みの‥‥。側には木の板が添えてあった。
『いつもありがとう。寒いから気をつけて』
「ばあさまから‥‥かな? えへっ、ちょっと嬉しいや‥‥」
 自分にぴったりのマフラーを首にかけると楽しそうに一回転。そして影は天井の窓から外へと飛び出して行った。
 それを街路で見ていた者がいたなど、知る由も無く‥‥。

 旅芸人の一座の仮宿にヒステリックな声が響き渡った。
「カトル! カトル! ったく、最近あいつは一体何処ほっつき歩いていやがるんだ‥‥」
 座長の呼び声に団員達は肩を竦めた。
「まったく、芸も何もなっちゃいないくせに‥‥ん? なんだこりゃ?」
 団員達の荷物の置いてある一角に、彼は目を留めた。
 幾枚かの服と楽器以外の持ち物などあるはずは無いのに、妙に荷物が膨らんでいる‥‥?
「ん? 何だ。こいつは!」
「あの‥‥座長?」
 声を荒げた男の機嫌を伺うようにしながら、呼びかけた細い声は‥‥来客の訪れを告げた。
「客? 一体なんだ??」
 そこで見つけた木の板を放り投げて、不機嫌に外に出た彼は、にやり、笑いかけるある人物に迎えられた。
「突然失礼しますわ。ぜひお願いがあるのですが‥‥」

「ほお、今も好調なんだ。あの靴屋‥‥」
 ギルドで冒険者達はそう嬉しそうに笑った。
「好調なんてもんじゃねえよ。一日一足しか作られねえ幻の靴、ってますます大評判だ」 
 冒険者達が広めた歌や噂も人気に拍車をかけたようだ、最近は大金を払っても欲しいと言う人物も多いらしい。と苦笑交じりで話した係員に少し、彼らの笑みも止まった。
 あくまであの靴屋は上質な一足の靴としての値段以上は付けていないが、転売や奪い合いまで起きている、となれば眉を潜めざるを得ない。
「姿無き天使からの贈り物、なんて言われてさあ、丘の上の金持ちなんかコレクションし始めたとかって話だぜ。俺は早めに手に入れておいて良かったぜ」
「おいおい‥‥」
 冗談交じりで笑っていた係員の顔が急に真顔になる。
「いや、本当に真面目な話、俺は心配だぜ。この評判がとんでもないことになりやしないかって‥‥ん!」
 言葉を止めて、驚きの顔をする係員に冒険者はその視線の先を追った。
 そこには噂の主人公の一人‥‥靴屋の主ロベールの妻、ルシアだった。
「どうしたんですか?」
「あの‥‥、皆様はご存知なのですよね。私達に靴を作ってくれている方の事を。教えていただく事はできませんでしょうか?」
「はい。でも、前にお話したとおり、黙って作らせて欲しいというのがその人物の願いで‥‥」
 彼女の真剣を通り越した目に冒険者達は、少し驚く。この間は正体を追求しないという事を納得した筈だったのに。
 だが、当然彼女の質問には理由があった。自分の為ではない理由が‥‥。
「ここ一昨日と、昨夜。あの方がおいでにならなかったのです。靴も、勿論作られておりませんでした」
「えっ?」
 彼らは顔を見合わせる。『彼』はこれからも作り続けると言っていた筈だ。少なくともロベールが仕事をできるようになるまでは。と。
「もし、もう作るのに飽きたとか、そのような理由であれば別に構いません。ですが、もしその方に何かあったのだとしたらと心配で‥‥」
 ルシアは俯く。彼女は本気で心配をしている、それが冒険者には良く解る。
「あの方に私、マフラーを作りましたの。シフールのようだ、と伺いましたので小さな物を。持っていって下さった時とても嬉しくて‥‥ですが、昨日、少し家から離れた路地でこれを拾いましたの」
 汚れた小さなマフラーがルシアの手の中にあった。
 だから、と彼女は繋いだ。
「どうか、あの方を捜して下さい。そしてもし、困っているようでしたら、助けてあげて下さいませ‥‥」

 さて、どうしよう。ギルドの依頼を見て、冒険者達は腕を組んで考えた。
 考えてみれば、『彼』の住処などは聞いていない。
 捜すのは不可能ではないから捜してみればいいのだが‥
「でも、あの子が黙って来なくなるなんていうのも可笑しいわよね。ロベールさんが直ったのならともかく」
「貰ったマフラーを、捨てていくような子でも無いよね」
「誰かに攫われたとか‥‥でないといいのだが‥‥‥」
「そうですわ。幸せの靴の評判を妬んだ別の靴屋が誘拐、なんてことになっていたとしたら‥‥」
「靴のコレクターもいるとか言ってたよな」
「シフールはちっこいから、子供に遊ばれてるとか、案外鳥や犬に追いかけられてるなんてこともあるかも」
「ちょっと、冗談はやめようよ」
 嫌な事は考えると本当になりそうだ。
 とにかく、捜索開始。
 彼らは動き始めた。

「‥‥ちょっと、あんたも頑固ねえ、靴を作りなさい、って言ってるだけでしょ? ほら、道具なら完璧に揃ってるんだから」
「嫌だ! おいらは作りたいから作ってるだけだ。命令されて作るなんてやなこった!」
「もう、生意気な小僧ね。大体、アンタはもう帰るところなんて無いんだからね。少しそこで頭を冷やしなさい!」 
 閉じ込められた小さな部屋は窓も無く、灯りもささない。
 お金も、貰った手紙も取られてしまった。
 マフラーも‥‥どこかで無くなってしまった様だ。
「誰か‥‥助けてよ」
 囁いた声はまだ、誰にも届いていなかった。

●今回の参加者

 ea1554 月読 玲(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1908 ルビー・バルボア(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea2148 ミリア・リネス(21歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4658 黄 牙虎(28歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea4822 ユーディクス・ディエクエス(27歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0102 アリア・プラート(25歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0262 ユノ・ジーン(35歳・♂・バード・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●消えた小さな靴屋
「えっ? あのちっこいのがこなくなった?」
 ギルドから話を聞き月読玲(ea1554)は首を捻った。捻らずをえない。なぜなら‥‥
「確かにあんなに楽しそうに靴を作ってた子だもの。飽きたにしろ、何も知らせずに突然いなくなるなんて不自然よね」
 ユノ・ジーン(eb0262)はしなを作るように顎に手を当てた。女っぽい口調と、行動だが‥‥いや、今はそれどころではない。
「‥‥カトルさんが、このタイミングで靴とは全く関係のないトラブルに巻き込まれたとは思い難いですね。靴の制作者と分った上で、当人の意志とは無関係に連れ去られたと見ていいかと」
 冷静な口調だからこそ事態の重大さをマイ・グリン(ea5380)の言葉は仲間達に告げる。
「‥‥たいへんなの。はやくカトルくんをみつけてあげるの」
 今にも駆け出して外に飛び出していきかねないレン・ウィンドフェザー(ea4509)をルビー・バルボア(ea1908)はまあ待てと、押えた。19kgの体重が宙に浮き‥‥そして地面に落ちた。
「心配なのは、皆同じです。手分けして捜しましょう」
 膝を折ってレンに目線を合わせるユーディクス・ディエクエス(ea4822)にレンは小さく頷いた。
「まずは、やっぱり聞き込みかねえ。あいつ旅芸人の一座にいる、とか言ってなかったか? まずはそこを当たってみるのが一番なきがするぜぃ!」
 ベベン!
 三味線を軽くかき鳴らしてアリア・プラート(eb0102)は告げた。
「それが、だいいちだとおもうの。いちざにいることしかわかってないから、そこにしらべにいくの」
 覚えたてのノルマン語で一生懸命話すレンに仲間達も同意する。
「あたしも一緒に行くよ。心配しないで、あ! だいじょおぶってかあ」
 軽い見得をきるアリアの表情は仲間に笑顔を与えた。
「では、俺は依頼人の所に行ってみる。細かい事情や、様子を知りたいしな」
「なら、僕もお連れ下さい。その周辺の聞き込みを行います」
 ルビーとユーディクスの会話を聞いた玲とミリア・リネス(ea2148)も同行に手を上げた。
「あたしはぁ、ちょおっと犯人らしい人の方からあたってみるわ。あの子の一番の取り得は靴だから、その関係者を当たってみようと思うの」
「‥‥ユノ様の考えは、私のそれと一致いたします。ご同行させて頂いてよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。よ・ろ・し・く♪」
 ユノの悩殺ウインクは動かない表情にスルーされ、あらら、という表情の元に彼は肩を竦めた。
「ごめんなさい。‥‥私は少しやりたい、いえ、やらなければならないことがあります。別行動させて頂いてもいいでしょうか?」
 真剣な目のフィニィ・フォルテン(ea9114)に誰もダメとは言えなかった。
 何も言わずにルビーは立ち上がる。その後に、仲間達も続く。
「よし、手分けして捜そう、皆。行こう!」

●小さな靴屋、取り巻く人々
 底は牛革で閉じて、周囲は柔らかい山羊革で温度を逃がさないように工夫されている、それは見事な尖頭靴だった。
「ふむ、革は丁寧になめされていて、二つの革を組み合わせることで柔らかさと強さを併せ持っている‥‥」
 技術の確かさを感じさせる作りの靴に、ルビーは思わず見惚れるようだった。
 ちなみにそれはカトルの作ったものではなく、靴職人ロベールの作だという。
「お身体が治ったらぜひ、靴作りを本格的に教えて頂きたいものだ」
「お世辞や社交辞令でも嬉しいですわね」
 半ば本気であるが、ルビーはそこで一度話を切り、微笑むルシアに向かい合った。
「本題なのですが貴方はカト‥‥いえ、あの靴屋と何か交流がおありでしたか?」
「いいえ」
 ルシアは首をゆっくりと横に振った。
「お約束ですから、夜は工房に近づかず早めに眠っておりました。ただ、時折夜食を置いて食べて下さるのが嬉しかったですわ」
 彼女の笑顔は優しかった。丁寧に磨かれた工房にはまだカトルの息遣いが聞こえてきそうなほどだ。
 ユーディクスは思い出す。自分の肩に乗って一生懸命話していた少年の姿を。
(「彼の一生懸命の姿を見ると、ちょっとほっとして‥‥元気が出る。だから早く探し出してあげたい」)
「あの、最近この靴屋を窺っていたりとか、怪しい影に気付きませんでしたか?」
 その質問にふと、ルシアの顔が曇ったのをルビーは目ざとく見つけた。言葉では無い視線で問うと彼女はゆっくりと話し出す。
「最近、『幻の靴』の人気を目当てとされる方が多く‥‥近くの靴屋さんなどは何度もその秘密を教えろと、おいでになりましたわ‥‥時折店を売れ、とも」
(「やはり、靴目当てか‥‥靴の製作者と見破って拉致した、若しくは逃げているという所、捕まってないといいんだが‥」)
 情報収集の仲間とも打ち合わせてみないといけないが‥‥礼を言って帰りかけたルビーの後ろでユーディクスはあのマフラーを手に取った。
「ルシアさん、マフラー‥‥もう少しお借りしておいていいですか?」
 お願いします。彼女は優しい眼差しで、そう言った。

 カツカツカツ‥‥!
「おい! こら! そこ汚れてるぞ。もっとしっかり掃除しろ!」
「おんやまあ、随分と荒れてるねぇ。座長さん。一体どうしたんだいっと」
 三味線を抱えた入団希望者の目に、イラ付く座長が見えたのを知って、応対に出た詩人は肩を軽く竦めた。
「うちの一座の一人がいなくなってからさ。まったく、素直じゃねえんだからさ、あの人も」
「いなくなった? どうしたんだい?」
 アリアの探るような視線にどうやら相手は気付かなかったようだ。
「いや、なんだか才能を見込まれて良い所に引き取られたとかなんとかって。まあ、こんな話はつまらないだろう? ほら、こっちに来た」
 身体を揺らしながら近づいてくる座長に小さくお辞儀をして、彼は走って行った。
 入団希望者と名乗ってやってきたアリアを一瞥し、耳に眼を留め‥‥座長はふんと顔を背けた。ハーフエルフか、と言わんばかりの顔だ。だが、口には出さない。
「悪いが、今は団員は間に合っている。またの機会にな」
 やれやれ、そんな顔色が明らかにアリアの頬に浮かんだ。
「まあ、差別されんのは慣れてるけどね。ふむ、でも『悪いが』に『またの機会』か‥‥悪い連中では無さそう。そんでもって引き取られた‥‥ね」
「どうだったの?」
 一座から少し離れた木陰からレンが顔を半分覗かせた。
 こしょこしょこしょ‥‥。
 いくつかの言葉を耳に打って消えたアリアの道を今度はレンが一座に向かっていく。
 そこにはまだ、イライラとした表情で周囲に当り散らす座長がいて忙しく働く座員もいた。
「‥‥あのね、さいきん、カトルくんをみないの‥‥びょうきでもしたの?」
 小さい手で引かれた服に気付いた青年は、膝を折ってレンに視線を合わせた。
「カトルかい? あいつは‥‥」
「こら! そんな所で何を油売って‥‥!」
 びくっ!
 突然の怒号にレンは身体をひくつかせた。怯えた仕草、泣き出しそうに歪んだ顔に、団長も青年も、周囲全員が‥‥これから起きる惨劇を予想した。
「ああ! 泣くな。泣かないでくれ。カトルの友達か? カトルは、今、他所に行ってるんだ」
「‥‥他所って、どこ?」
「そ、それは‥‥」
「‥‥レン、カトルくんにあえなくてさびしいの‥‥ひく‥ひく」
 小刻みに揺れる肩、泣く、このままでは泣く‥‥。座長は慌てて肩を優しく抱いた。
「教えてやるから、な、な‥‥」
「ホント?」
 ニッコリ、きゃはっ、とレンは笑った。
 情に訴える計算しつくされた行動。恐るべき小悪魔10歳児である。

●幻の靴、欲望の靴
 靴職人ロベールは嫌われてはいなかった。
 むしろ、愛されていると言えるだろう。その技術の確かさと、頑固さからで。
 靴作りに対しては妥協を許さない厳しさの為、弟子が居つくことは少なかったが、彼の靴は決して買って損はしない。そう言われていた。
 だからこそ、彼が倒れて後、奇跡が起きた。天使が靴を作った。
 そんな噂が流れても誰も疑わず、否定しなかったのだ。
 彼とその妻にならそんな奇跡が起こっても良い。と。
 マイとユノは靴商人や靴職人達の間からそんな噂を聞くに付け、ならば、と思わずにはいられなかった。
「‥‥それを妬む人や、靴で儲けようという者がいたのではないでしょうか?」
「そうよね。彼はきっとそういう輩に連れ去られたのよ」
 一番怪しいと思っていたのは靴の蒐集家だった。だが、皮なめし職人やその他を当たってみるうち、それよりさらに怪しい相手が浮かび上がって来る。
「最近、凄い勢いで店を広げている靴屋‥‥ここね」
「‥‥今までは安かろう、悪かろう、という態度だったのが、上質な革や道具を揃えている‥‥気になりますね。あ、あれは‥‥」
 ふと、店の周囲を巡っているとマイは向こうから手を振る玲とアリアの姿を見つけ、駆け寄った。
 ユノも気付いたのか、小走りに近寄ってくる。確か二人はマフラーの落ちていた場所を調査していたはずだ。
「‥‥どうして、お二方がここへ?」
 聞くまでも無いような気がしたが、確認の意味も込めて問うたマイの質問に玲は想像に等しい答えを返してきた。
「マフラー借りて、術で追いかけたら‥なんかこっちの方で同じ匂いがしたような気がして‥‥」
 ミリアの答えも同じだった。
「私は、妙な不審人物を見なかった? 見かけないシフールを連れた人、って。そしたら、ここにたどり着いたんです」
「「‥‥やっぱり」」
 二人と二人は顔を上げて建物を見つめた。
 ロベールの店よりは間取りも数倍は広い。数倍は人もいるようだ。
 簡単には踏み込めない。証拠が必要だった。
 最低でもそこにカトルがいるという証拠と確証が‥‥。
「さて、どうしたものかしらねえ〜」
 腕組みをする彼らの耳に聞こえてくる、音があった。
 優しく、どこか寂しげなメロディ。
「‥‥あれは?」

 ♪トントントン、キュッ、ギュッ
  いつしか噂が流れ出す
  魔法の掛かった靴有りと

  トントントン、キュッ、ギュッ
  目の色変える人を見て
  謎の靴屋は去っていく

  トントントン、キュッ、ギュッ
  靴屋が去りしその後は
  魔法の解けしただの靴♪

 路上で唄う仲間の邪魔をしないように彼らは少し離れて見つめていた。
 少し寂しさを秘めた曲に、子供達は前のように一緒に歌ったりはしないがリズムをとりながら静かに聴いている
 やがて、仲間に気付いたのだろうか‥‥吟遊詩人フィニィは歌を止めると客に一礼し、小走りに彼らの元にかけてきた。
「‥‥貴女のやりたいこととは、これだったのですね」
 はい。マイの質問に頷いたフィニィは俯いた。
「歌を無思慮に広めてしまった、私のせいですから、こんなことで埋め合わせられるとは思っていませんが‥‥」
 無論、彼女のせいだけではない。歌だけのせいでもない。それはフィニィにも解っていた。
 ただ、やりたかったのだ。自分の心を埋め合わせる何かを‥‥。
「で、どうしたんですか? 皆さんおそろいで‥‥」
 フィニィの存在に彼らは、できることを一つ、思い出した。
 万人に見せられる証拠でなくても、彼ら自身に必要な確証は得られるかもしれない。
「ねえ、ちょっと、いいかな?」
 いきなり引かれた手にフィニィは抗わなかった。連れ出された先は、一軒の建物の裏手。そこで玲は手を離すとフィニィに告げた。
「テレパシー、使えるって言ったよね。ここでテレパシー使ってみて。ひょっとしたら、ここにあの子が捕まってるかもしれないの」
「えっ? ‥‥解りました」
 驚くように目を見開いた後、彼女は頷いて瞼を閉じた。銀の淡い光がフィニィを包む。
『カトルさん聞こえますか‥‥』
『誰か‥‥助けて‥‥』
『カトルさん? カトルさんですね。どこに、いるんですか?』
『真っ暗で、寒いよ‥‥冷たいよ‥』
 弱々しい思念はそこで途切れた。もう一度術をかけなおそうとしても、返答は無かった。
 気を失っているのかもしれない。
「‥‥皆さん、ここに、カトルさんはいます。しかも‥‥酷いめに合わされているようです」
 揺ぎ無い確かなフィニィの言葉に、冒険者達は深刻な目と顔と、思いを心に浮かべていた。

●オトナの事情、冒険者の事情、コドモの事情
「しんぱいして、こうかいするくらいなら、さいしょからやらなければいいの。オトナってわからないの‥‥」
「まあまあ、そう言わないでやんなよ。大人ってのはいろいろフクザツなのさ」
 赤い頬を満月よりも丸くするレンの頭を宥めるようにアリアは撫でた。
 才能を見込んだという靴屋にカトルを預けた。と座長は語った。
『おチビさんの本当の才能を伸ばして生かして差し上げたいのですわ』
 男はそう言ってカトルを引き取りたいと言ったのだという。養子として引き取る謝礼金だ、と言って彼は金を置いていったがその袋には一切手を触れられていなかった。
「あいつは芸の才能はあんまり無かったから、その方が奴にも幸せだと思ったんだが‥‥」
 レンとユーディクスの書いた手紙に触れながら、そう言って座長は哀愁を背中に漂わせていたものだ。
 やがて彼に教えられた場所にたどり着いた時、彼らは仲間達の存在を、そこに見た。   
「皆、どうしたい?」
「あら、全員集合ね。って事はやっぱり間違いないわけだ♪」
 口調は軽いが‥‥ユノの目は笑ってはいなかった。
 自分達の調査に、テレパシー。そしてルビーとユーディクスの聞き込みと調査。
 全てがここだと、指し示す。
「‥‥そのようですね。カトルさんは、ここにいます。そして捕らえられています」
 ごく普通の建物に過ぎないその家が、彼らには悪魔の居城に見える。
 おそらく、囚われているカトルにも‥‥。
 居場所が解っても、事は簡単ではない。
 魔法で確かめた証拠以外何も確証はない。
 助けたくても下手をすれば、冒険者自身が犯罪者、と呼ばれることになるかもしれない。
 でも‥‥
 ユーディクスが右手で垂らしたマフラーを、小っちゃな左手でレンはしっかりと握り締めた。
「‥‥ぜったい、たすけるの」

 欲望、取引。そして拉致。
 だが、そんなものは全てオトナの事情。
 真っ直ぐな思いを向けるレンの言葉を誰も止めず、誰も遮らなかった。