【翼】戦いの時

■シリーズシナリオ


担当:BW

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:05月07日〜05月16日

リプレイ公開日:2007年05月12日

●オープニング

 冒険者達の立ち去った後で、ガルディア・ローレンは屋敷の中の一室で、ある人物と会っていた。金色の髪の、若く見目良い、純白の翼を持つ娘‥‥。先日、冒険者ギルドにホルスの討伐を依頼して姿を消した、あの娘だ。
「どういうつもりだ?」
「あら、何のお話でしょう?」
 とぼけて返す娘に、ガルディアはますます怒りを募らせる。
「ホルスを退治しろと冒険者達に依頼したそうだな。何故、そんな勝手な真似をした?」
 娘は面白くなさそうな顔をした。ギルドで見せた天使の荘厳さは無い。その様は、思い通りに動かない玩具に苛立つ子供のようだ。
「あ〜あ。まさか、敵になるかもしれない貴方に情報を漏らすなんて、何も考えて無いのか、それともこっちの動きを読んでいるのか、全く扱いづらい方々ですね、冒険者というのは。‥‥ええ、ギルドに出向いてホルスを殺せと言ったのは私ですよ」
 開き直ったように、娘はガルディアにそう言い放った。
「もう一度訊く。どういうつもりでそんな事をした?」
「それはこちらの台詞ではありませんか?」
 凄むガルディアを娘は睨み返す。
「私はホルスを殺すよう、貴方にお願いしたはずです。冒険者があんなものを山に呼びよせてくれたおかげで、この一帯で動いていた私達『悪魔』は動き辛くて堪らない。『あの方達』が、もうすぐこの国で大きな事を起こそうとしている、この大事な時にです」
 そう。天使の姿をしたこの娘は、その実、神に仇なす者の一人。
「いつも世界の平穏のためだとか何とか‥‥あのホルスという種族は私達にとって最悪に近い部類の邪魔物です。精霊なら私達に力を貸すだけの存在であれば良い。だから始末するよう言ったのに、貴方は聞き入れようとしない」
「ああ。捕まえて利用した方が何かと都合が良いからな。特に、あの方に献上すれば、さぞ喜んで下さるだろう。上手く従えれば、お前達のためにもなるはずだ」
「その強欲さが貴方の魅力ですが、過ぎた欲望はいつか貴方の身を滅しますよ」
「ふっ、欲の無い商人など商人ではない。でなければ、お前とあのような『契約』などかわしたものか。少なくとも、私に今の地位を与えたのは、その欲望だ。私はまだ上に行く。その目的のために、これまで他の者に本当の目的を悟られぬよう静かに事を進めてきたというのに‥‥。もしあの冒険者共が下手をうっていなければ、今頃はお前の正体に気付かれていた可能性もあるんだぞ」
「ああ、そういう意味では運の良い方達でしたね‥‥」
「何?」
 妙な事を言う娘に、ガルディアは聞き返す。
「だって、少しでも私の正体に気付いた素振りがあれば、生きてこの屋敷から帰すことは無かったでしょうからね。活きの良い魂を頂ける絶好の機会でしたのに‥‥」
 心底残念そうな表情を浮かべる娘の美しい顔に、ぞくりと、ガルディアの背に冷たいものが走った。美しい天使の成りをしていても、目の前にいるのは位の高い、多くの人間にとっては天敵とも言える存在、悪魔なのだ。
「まあ、私の行動のおかげで、貴方に敵対しようとしている者達は余計な調査をするはめになったでしょうから、撹乱という意味では、お役に立ったと思いませんか?」
「口の減らない奴だ。‥‥近日中にホルスの捕獲を決行する。傭兵達に紛れて、お前にも参加して貰いたい。だが、くれぐれも余計な真似はしてくれるなよ、イペス」
 イペス。娘をそう呼んで、ガルディアは部屋を後にした。
「さて、どういたしましょうか‥‥」

 キエフに噂が流れ始めた。ローレン商会がいよいよホルスの捕獲作戦を実行するというのである。
 商会と事前に約束を交わしていた傭兵や冒険者の元には、作戦の行われる日時を知らせる文が届けられた。
 巷では、この大事が上手くいくかどうかで賭けをする者や、その作戦に参加する予定の傭兵を探して、店の商品を売り付けようとする者など、一部ではお祭り騒ぎである。中には、この作戦で何人の冒険者や傭兵が死ぬかを当てるという、趣味の悪い賭けまで行われているという。
 だが、それだけの危険を伴う戦いになるのは確かであった。

「ガルディア様、作戦案は最終的にどのような形に纏まったのでしょうか?」
 側近の一人が、そうガルディアに尋ねると、彼は次のように説明した。
 作戦に参加予定の傭兵、冒険者の数は、合わせて十五人。剣の使い手が五人、ウィザードやクレリックなどの術士が六人、弓の使い手が四人。いずれもかなりの手錬だという。さらに、ガルディア自身も作戦に加わるという。
 参加者のうち、弓使い四人と術士一人が山の中腹でクエイクドラゴンと行動を共にしており、作戦当日はガルディア達の到着を待って待機。合流次第、下山を開始する。剣士と術士が周囲の護衛につき、弓兵は四方に散って少し離れた位置からホルスの出現を警戒。ホルスが姿を現れ、クエイクドラゴンに接近し次第、術士二人がウインドレスを発動。ホルスの飛行を封じたところで、剣と魔法にて一斉に攻撃をかけて弱らせ、最終的にはガルディア自身が何かの魔法を使うという。ホルスに攻撃が加えられている間、弓兵達にはクエイクドラゴンの行動を警戒させる。肝心のところで裏切らないとも限らないからだ。
「運び出しの方はいかがされるのですか?」
「いや、用意の必要は無い。作戦が上手く成功すれば、その後、ホルスは私の意のままに動くようになる。ああ、それと‥‥」
ホルスの確保に成功次第、クエイクドラゴンは村に下ろす事無く、その場で始末する。ガルディアはそう付け足した。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea5753 イワノフ・クリームリン(38歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 ea5840 本多 桂(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb0888 マリス・メア・シュタイン(21歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb2546 シンザン・タカマガハラ(29歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ブレイン・レオフォード(ea9508)/ パラーリア・ゲラー(eb2257)/ フレイ・フォーゲル(eb3227)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868)/ エリヴィラ・アルトゥール(eb6853

●リプレイ本文

 竜、精霊、悪魔、そして人‥‥。
 それぞれの願い。それぞれの目論見。
 想いは様々に。
 今、戦いの時は近づいていた。

 ローレン商会の企みを妨害すべく集まった冒険者達は、シンザン・タカマガハラ(eb2546)とジークリンデ・ケリン(eb3225)の案内で、クエイクドラゴンが身を置く山の洞窟付近へと辿り着いていた。
「遂に‥‥というべきでしょうか。この作戦、何としても防がなければ‥‥」
 ホルスの自由を奪う権利など誰にも無い。そんなことは誰にもさせない。その想いを胸に、オリガ・アルトゥール(eb5706)は再び山を訪れた。
「‥‥どうしました?」
 マリー・アマリリス(ea4526)はすぐ隣で浮かない顔をしていたマナウス・ドラッケン(ea0021)に声をかけた。
「どーにも、キナ臭いんだよな。天使の話を振った時のガルディアの反応がさ」
 先のガルディアの屋敷でのことを、マナウスはまだ気にしているようだった。あれからガルディアがどう動いたかは分からない。自分達の知らぬところで動いている可能性もあるが、それでもあの時に見せたガルディアの反応は、やはり何か知っていたのではないかと疑ってしまう。
「‥‥どうでしょう。天使様が本物か否かも分かりませんし‥‥」
 幾らでも疑う部分はある。正直、マリーはもう天使が本物だと思わないようにしている。ただ、本物ではないという決定的な証拠が無いのも実際のところだ。
「ですが、商会がホルスを捕らえることで災厄が生じる可能性はあると思います。それを防ぐためにも、この一件を見過ごすわけにはいきません」
 しばらくすると、偵察と情報収集のために動いていたジークリンデとシェリル・オレアリス(eb4803)が戻ってきた。
「全く駄目です。いったい、どうなっているんでしょうか?」
「こちらも‥‥何故かしら?」
 二人は共に、クエイクドラゴンの護衛についているローレン商会の傭兵達から情報を得るべく、魔法で姿を消しての接近と魅了を用い、その魅了の成功をリヴィールエネミーの反応を見て確かめ、成功していれば情報を得るという行動に動いた。だが、何度チャームの魔法をかけても、リヴィールエネミーの反応が消えない。結局、敵に気付かれる危険を冒したくない二人は、そのまま戻って来たのである。
 二人が気付いていないが、実はチャーム自体は成功していた。問題は、その確認方法。仮に好意を持った状態になっても、傭兵自身に商会の行動を妨害しようとする者を敵とする認識がある以上、その範囲に術者が含まれている限り、チャームをかけただけでリヴィールエネミーの反応は消えない。
 もっとも、チャームに成功していれば情報を聞き出せたかというと、それも誤りだ。この魔法は好意を抱かれるだけで、相手を言いなりにできる魔法ではない。一方的に機密情報を話させるような要求が通った可能性は極めて低い。相手の要求や倫理観に合わないような行動を取れば、相手から好意的な態度で翻意を促される事も珍しくないのが、この魔法の性質だ。
「まどろっこしいなぁ。俺は向こうの戦力が整う前にドラゴンについてる冒険者だけでも叩くべきだと思うんだが、俺の考えはおかしいのか?」
 まだ仕掛けるべきではないと判断し、機会を待つ仲間達にシンザンは納得しきれないのか、一人、違和感を覚えている様子だった。
「そういえば、特に役に立つ情報というわけではないけれど‥‥」
 シンザンの言葉が聞こえていたのかいないのか、シェリルが違う話を切り出した。
「知ってる顔が一人、捕まってたわ」

 縄で縛られた状態で、マリス・メア・シュタイン(eb0888)は傭兵達の荷物置き場に座らされていた。近くで見張りについていた男に、何か訴えている様子だ。
「だから、私は敵じゃないって。ほら、前に商会に協力したでしょ?」
「だが、それだけじゃ君をドラゴンに会わせる理由にはならない」
 クラスティと名乗ったその青年は、随分と困った表情をしている。
 竜との会話を望むマリスは、こっそりと洞窟に近づいたが、この手の行動には不慣れだったこともあり、あっさりと傭兵達に見つかってしまう。過去の事もあり、いきなり殺されるような事態にはならなかったが、当然、不審者扱いで捕縛された。
「とにかく、商会の作戦が終わったら解放してあげるから、それまで大人しくしててくれ」
 それでは遅いとマリスは心の中で呟いたが、口には出せない。こんなことなら、思うような結果を見れなかったフォーノリッヂの魔法で、自分が捕まらないかを調べておくべきだったかもしれない。
 ‥‥こう言ってはなんだが、マリスがドラゴンと会話する機会を得なかったのは、彼女にとって幸運であったかもしれない。マリスは商会がドラゴンを始末するつもりでいると、そうドラゴンに伝えようとしていたが、それをドラゴンに信じさせる手段を用意していない。実際にドラゴンにそれを伝えたとして、ドラゴンがそれでも商会の側を信じたなら、彼女は今頃、どうなっていただろうか。

 作戦の日が訪れる。
「やれやれ、どうなるか‥‥」
 無事にクエイクドラゴンとの合流を終えたガルディア商会の一団の中に、デュラン・ハイアット(ea0042)はいた。周辺の村に避難をすすめる手紙を出したが、この一帯の村人達は冒険者の言葉を信用していないらしく、全く聞き入れてはくれなかった。加えて、誰かは分からないが、この一団の中に、デビルが紛れていることを彼は知った。特殊な魔法の指輪を用いて得た情報だが、相手に気付かれることを恐れ、反応があってすぐに指輪を隠した。
 嫌な予感を拭えぬまま、一団の一人として、クエイクドラゴンと共に下山を開始する。ホルスが現れたのはしばらくしてからのことだ。
「来たぞ、ホルスだ!!」
「どこだ!?」
「あいつ、魔法で姿を消してやがる!」
 放たれた精霊の陽光が商会の傭兵達を襲う。ホルスの姿を捉えた者達が魔法や魔力を付与した矢を放ったが、その身は強大な魔力に守られているのか、全く効いた様子が見られない。
「やはり、この程度の力押しではどうにもならんか」
 デュランの放った強力な雷光を受けてもホルスは無傷。加えて、やはり警戒しているのか、なかなか地上に降りてくる様子は無い。
「慌てるな! クエイクドラゴンを前に行かせろ!」
 ガルディアの命令で術士の一人からクエイクドラゴンに指示が出される。
 商会の者達の注意は完全にホルスに注がれていた。そして、冒険者達はこの時を待っていた。
 商会の布陣の前方を、突如、煙が覆った。
「敵襲です!」
 即座にインフラビジョンを使った術士が、その目に捉えたものをガルディアに報告する。
「‥‥ちっ! 全員、ホルスの捕獲は後だ!」
 続けて迅速に、傭兵達に向けて個別に指示を飛ばすガルディア。妨害が入ることを事前に想定していたのかもしれない。

 煙に紛れ、冒険者達は一気に商会との距離を縮めに動いた。ジークリンデによりインフラビジョンを付与されたことで、煙の中でも不利益を被らずに行動できていた。
「‥‥思ったより、相手の動きが早いな」
「烏合の衆かと思ったが、なかなか統制がとれてるようじゃないか。あのガルディアって商人、どうも素人じゃなさそうだね」
 そう言葉をかわしたのはイワノフ・クリームリン(ea5753)と本多桂(ea5840)。
「なら、ドラゴンを狙うぞ。派手に暴れさせてやる」
「同感だ。それでいこう」
 シンザンの言葉に、頷いて応えるイワノフ。
「何かあれば、すぐに言ってください」
 治療などのサポートに、マリーも同行していた。
「よし。夢想流剣士、本多桂‥‥参る!」

 特攻をかけた者達とは別に、遠距離での戦いも始まっていた。
「煙に紛れて奇襲とは、やってくれるじゃないか」
「こんなに早く対応してきた、お前ほどじゃない」
 煙に紛れるようにして木の影に隠れたマナウスだったが、弓兵の一人に容易く発見された。相手は長弓の使い手。クエイクドラゴンの護衛についていた部隊のリーダー、クラスティという名のハーフエルフ。スクロールでも用いたか、彼も既にインフラビジョンを自身に付与しているようだ。
 一度ずつ射合ったが、負傷したのはマナウスの方。威力と射程ではマナウスの弓が勝るが、相手の動きは早く、距離を詰められた。
「好きにはさせません!」
「‥‥やるね」
 側にいたオリガがすかさずマナウスの援護に入る。魔法の水球を高速で放ち、手傷を負わせるが、クラスティはまだ随分と余裕がある様子。
「気をつけろオリガ。こいつ‥‥かなり強い」
 額に浮かぶ汗を払い、マナウスは次の矢を構えた。

 大地に、血にまみれた大きな動物の死体が転がっていた。
「派手に邪魔してくれたものですね。まあ、この作戦が上手くいなかくても、私は別に構わないのですけれど」
「‥‥なら、このまま引いてもらえませんか?」
 特攻する仲間達に魔法をかけて見送り、最後に優れたチーターである相棒のランにも魔法に強化を施していたシェリルの背後に、彼女は突然に現れた。美しい娘のように見えるが、普通の人間ではないかもしれない。シェリルを守るべく飛び出したランの攻撃を全てかわすと、その娘はランの身を素手で切り刻んだ。いや、違う。その指の先に、長く延びた鋭い爪を見た気がした。
「私も少しくらい遊びたいのですよ。だから、こんな後方でコソコソしていた貴女のような方を見つけて虐めに来たわけです」
 シェリルは逃げ出そうとした。魔法の木臼に手をかける。しかし、一瞬でその手を掴まれる。相手の動きが早過ぎる。
「駄目ですよ、逃げ出すなんて。これから楽しくなるんですから」

 巨大な火球が煙の中へと向けて放たれる。
 だが、それは大地で爆ぜる前に、煙の中から放たれた別の火球によって相殺された。
「こんなにも簡単に‥‥」
 ジークリンデもまた厳しい状態にあった。基本的に、ファイヤーボムのように目に見えて軌道の分かる呪文は、高速詠唱で別の呪文をぶつけて対抗することができる。商会に雇われた術士はジークリンデの魔法より一つ下のランクの魔法を使っていたが、威力の差を数で潰された。スモークフィールドを発動してからの商会側の建て直しの早さといい、商会側にも、彼女と同じくらい火の魔法に精通した術士がいるのかもしれない。
 時間が経つと、別の術士から雷光が飛んできた。対応しきれず一気に劣勢になる。アースダイブで地面に潜ることで、逃げ隠れを繰り返したが、顔を出せば複数の魔法が飛んでくる。少しでも余力のあるうちにと、彼女はすぐ戦場を離れた。

「がはっ!!」
「大丈夫ですか、イワノフさん!」
「なんの‥‥まだ戦える」
 後衛陣が厳しい状況にある中で、やはり特攻をかけたシンザン達も苦しい状況にあった。
「何者だ、お前達は!」
 敵の剣が冒険者達の行く手を遮る。
「ちっ、やっぱり簡単にはいかねぇか‥‥」
 煙に紛れての奇襲ではあったが、元より商会に見つからぬよう、かなり距離を開けて待機していた面があり、魔法の発動から距離を詰めるまでに商会に体制を整え直される若干の時間はあった。また、敵に大きな混乱がなかったのは、それなりに頭の働く者を自ら選んで集めたという、ガルディアの策が上手く機能したのだろう。
 しかし、全て商会の思い通りにはさせない。
「先に行け!」
 敵の剣をその身に受けながらも、返した一瞬の剣の閃きで、桂がドラゴンへ近づくための道を開いた。抜刀術を基本とした夢想流の戦い方は、その剣の速さを見慣れていないものにとっては脅威だ。
「はああぁっ!!」
 煙の中に蠢いていた巨大なその影。商会の者達への効果はそれほどでもなかったが、このドラゴンには十分に通じているようだ。接近を気付かれていないと見て、イワノフやシンザンは躊躇い無く、渾身の力を込めて武器を振るう。
『グオオオオォォォッーーー!!』
 重厚な槌と強力な魔剣の攻撃は、さすがのクエイクドラゴンの鱗でも防ぎきれず、切り裂かれた傷口から血が流れ出す。
「‥‥離れろ!!」
 シンザンが叫ぶ。だが、その言葉とほぼ同時。ドラゴンの口より吐き出される酸の息が、商会の傭兵も冒険者も、付近にいた者全てを飲み込んだ。
「皆、無事か!」
 重傷のイワノフが声を上げる。マリーは瀕死状態であったが回復薬で何とか持ち直せそうだ。シンザンも盾で防いで重傷で済んでいる。しかし、桂は直前に敵に傷を受けていたこともあって、今の攻撃で息絶えていた。
「くっ‥‥おのれっ!!」
 傷を癒すより先に、イワノフはドラゴンの身へと再び槌を振り下ろした。かなりの無茶ではある。しかし、商会の者達の動きも鈍っている今が、ドラゴンへの攻撃が出来る最後の機会。元より、身の危険は承知でここに来た。今更、自分の命惜しさに逃げ出すつもりは無い。
 槌が再びドラゴンの身を捉え、大きな傷を作り出した。だが、竜は巨大な尾の一撃をイワノフへと振るう。受け流しきれず、イワノフの身が宙を舞った。大地に転がったイワノフの身体は、もはや動くことは無かった。
「どれだけ‥‥どれだけ殺せば気が済むんだテメェはあぁっ!!」
 シンザンが全ての力を込めて剣を振るう。しかし、竜はまだ倒れない。シンザンの視界に、竜の牙が見えた。この瞬間、彼は自分の死を感じた。自分も、これで終わりだと‥‥。だが‥‥。
「まだ‥‥諦めてはいけません!!」
 竜の牙が突き刺さる直前、暖かな光がシンザンを包んだ。マリーが自分の回復より先に、シンザンの傷を魔法で癒してくれたのだ。ほんの少し、もう少しだけ戦える。
「お前だけは‥‥絶対に許さねぇ!!」
 シンザンは強く剣を握り、そして‥‥。

「全く、酷い有様だな」
 戦いの終わった後で、デュランは呟いた。
 煙ではっきりと見えなかったが、上空でガルディアとホルスが戦っていたのを見た気がする。だが結局、商会はホルスの捕獲に失敗した。ガルディアを含め、商会側の負傷者が多数。クエイクドラゴンが死亡。現状での作戦続行は不可能だ。
 襲撃してきた者は五人が遺体で見つかり、三人が逃亡したと情報が入っている。傭兵達の一部が遺体から金目の物品を全て剥ぎ取って、誰がどの品を得るかで争いを始めたが、ガルディアが上手く収め、今回の報酬として各自の活躍に応じ分配された。デュランも魔法の指輪等、幾つかの品を得ている。
 後の話だが、商会側に参加していたクレリックの一人が冒険者達の遺体をキエフの教会に送り届けた。慈悲深いそのクレリックは、冒険者達の遺体だけでなく蘇生費用も置いて立ち去ったという。もっとも、それが自分達が奪われた物の一部だと思うと、素直に感謝する気にはなれなかったが。

 さらに余談ではあるが、クエイクドラゴンを仕留めたことで、その名が噂になった冒険者が三人いる。また、今回の捕縛が失敗する方に賭けていた、ある冒険者の元には大金が入ったとのことだ。