【闇光】揺れる世界
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■シリーズシナリオ
担当:BW
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:12 G 67 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:09月19日〜09月28日
リプレイ公開日:2007年09月26日
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●オープニング
――蛮族の森の奥深く。
冒険者達が案内されたのは、周囲を断崖にかこまれた谷。そして出会ったのは、金色の翼を持つ陽の精霊、ホルス。
「やはり、貴方は‥‥どうして、ここのエルフ達と共にいるのですか?」
巨大な精霊を見上げて、ハーフエルフのウィザードが訊ねた。
『先の戦いの折、我もまた大きな傷を受けた。我が身を癒し、失った力を取り戻すにはしばしの時を必要とした。そして、我はこの谷を見つけ、降りた』
傷ついた身を隠すべく偶然に降りた谷。しかし、そこでホルスはある者達と出会う。それは、かつての棲家を追われ、この地へと移ってきた蛮族のエルフ達。エルフ達は、この巨大な精霊の神々しい姿に感銘を受け、ホルスを自分達の神と崇めた。
時を同じくして、キエフで起こったラスプーチンの反乱。この戦いの果てに、ラスプーチンは悪魔達と共に森へと姿を消し、再び力を蓄えるべく、王国の眼の届かない森の中で密かに暗躍を始める。その活動の一つが、森に生きる蛮族達を自分の配下に加えること。
そして、この地域に移ってきたエルフ達の元にもラスプーチンの手が伸びる。しかし、ホルスの助言によって彼らはそれを振り払い、ホルスもまた、傷の癒えぬ己が身を彼らに守ってもらうことで、悪魔達の手から逃れてこられたのだという。しばらくしてホルスの傷は癒えたが、世界全体の調和を何より重んじるホルスにも、受けた恩に報いようとする情くらいはあり、今もこうして蛮族達と共にあるというわけである。
『しかし、我はいつまでもこの地に留まるわけにはいかぬ』
神々と精霊の調和が保たれるよう世界を広く監視することもホルスにとっては重要なことであり、このままずっと一箇所に留まってはいられない。一方で、自分がこの地を離れてからの、エルフ達の安否も気になるところなのだという。
「それなら尚更、ここのエルフ達は国の申し出を受けるべきだ。国と協力して悪魔達に対抗すれば‥‥」
冒険者の中から男が一人、そうホルスに提案するが、当のホルスは賛同の意志を見せない。
『そう容易くはいかぬ。‥‥確かに、今ここにいる汝らは、この地に住まうエルフ達との共存を望んでいるやもしれぬ。だが、汝らをここに遣わした者達の中に、悪魔の手の者が紛れていないとも限らぬ』
ホルスの話では森の蛮族達だけに限らず、地方の有力者や役人の中にさえ、ラスプーチンの手が伸びている可能性があるという。実際、そういった者達の中から、先の反乱の時にラスプーチンに味方した者も少なくはなかった。
「なるほど。そちらのお話は分かりました。ですが、ラスプーチンを追うためにも、国はこの地を欲しがるでしょう。そうなれば、力づくで来る可能性もありますよ。こちらの方々が負けるとは言いませんが、被害は出るでしょうし、それは得策とは言い難いのではありませんか?」
言ったのは、先ほどとはまた別の男。堂々とした物言いだが、巨大な精霊の存在を前にしてか、どこか居心地が悪そうにも見える。
『それが出来るのであれば、既にそうしていよう』
見透かされた。商会の傭兵達でさえ疑問を抱いたことだ。この精霊に看破されるのも仕方ないだろう。
『だが、汝らと共に手を結ぶことが、ここに住まう者達にとって望ましいことであるのも確か』
「では、どうすれば良い?」
女戦士が訊ねると、ホルスは次のように応えた。
『時を待て』
心配の種であるラスプーチンの存在がロシアから消えたなら、この土地を国に開拓地として明け渡し、協力するようエルフ達に進言するとホルスは言う。先の時のように国からの通達を公にすれば、王国の人間を利用しての行動は止めさせることができる。そして、今しばらくの間なら、ホルスと蛮族のエルフ達だけでも悪魔達の手からこの地を守ることは出来る。その間に国がラスプーチンを見つけ出し、討ち取ってくれれば良いと、そういうことらしい。それまでは土地を明け渡すことでなければ、国への情報提供など、ある程度の協力は行うという。
「これで、依頼主が納得してくれれば良いのだがな‥‥」
帰り際、ハーフエルフの男がそう呟いた。
――数日後。キエフより遠方の街、ガルディア・ローレンの屋敷にて。
蛮族の森から戻ったクラスティとレルは、ガルディアの元を訪れ、事の詳細を伝えていた。
「君はその時、その冒険者に何を伝えたのだ?」
ガルディアが訊ねたのは、レルがテレパシーを用いて‥‥つまりは周囲の蛮族に聞かれることを警戒しながら冒険者に伝えた言葉の内容。
「王国は、人手や資金に余裕が無いから和平交渉に入っているわけですから、その不足面を商会が補えば、わざわざ交渉なんてする必要は無くなると、そう伝えました」
「ほう‥‥冒険者からの返答は?」
「この場にいる自分達だけで勝手な判断はできないと、返答を保留されてしまいました」
「なるほど‥‥妥当な判断だ。王国側への提案に関しては、私の方で引き継ごう。ご苦労だった」
無事に報告を終え、ガルディアの部屋を後にするクラスティとレル。
「あ〜、疲れた。‥‥ん? クラスティ君、また何か考え事?」
「‥‥少し気になることがあってね」
クラスティが頭を悩ませていたのは、森を離れる直前に、とある冒険者に伝えられた言葉。
「ガルディアさんが悪魔と協力してるって話? 証拠があって言ってるわけじゃないと思うよ。もしあったら今頃、ガルディアさん役人に捕まっちゃってるだろうし。私達を撹乱させるための嘘情報だと思うけど?」
「確かに、俺もそう思ってはいる‥‥」
レムの言葉に肯くクラスティ。だが、彼はまだ完全には納得していない様子であった。
――数刻後。
ガルディアの部屋をイペスが訪れていた。
「それで、以前に貴様が目をつけたという人間はどうした?」
「まだ何とも‥‥。ですが、契約に値する魂の持ち主なら、自らどう動くべきか気付くはずです。その働きによっては‥‥」
――時は移り、キエフ冒険者ギルドにて。
「少々‥‥複雑な状況になっている」
冒険者ギルドを訪れたパーヴェルは、かなり深刻そうな表情でこう語り始めた。
「先の交渉の結果を私から上の方々に報告したところ、意見が割れている。条件を受け入れるべきという方もいれば、人外の存在が出す条件など信用に値しないとする方もいる」
当然と言えば当然だろう。キエフの現状を考えれば、少しでも早く開拓を進めたいというのが国の考えだ。それを、いつ見つかるかも分からないラスプーチンが討伐されるまで待つことになるというのは、少しばかり厳しいものがあるのだろう。
「そこに先日、ローレン商会からあの土地の開拓に対する協力の申し出があった。正直なところ、国側としては、これを断るのは惜しい」
長期的に見れば、土地の管理などで彼らが得る利益は大きなものだろう。国側も、融通が利かない蛮族に領主を任せるより、ローレン商会と手を組む方が何かと都合が良いに違いない。
「そして今回の依頼だが‥‥諸君の知恵を貸して欲しい」
パーヴェルは、言葉を続ける。
「恥ずかしながら、国としては方針を決めかねている。ホルスの条件か商会の提案か、どちらを受けるにしろ、それに反対している方々を納得させるだけの理由が必要だ」
例によって、その手段や方法は冒険者に任されるとのこと。
果たして、冒険者達はどのようにして、この依頼に挑むのだろうか。
●リプレイ本文
少しずつ。ほんの少しずつ。
暗闇の中を、光に向かって歩く。
届きそうなくらいに近づいて、その光に手を延ばし、触れる。
けれど、そこで安心してはいけない。
しっかりとその手に掴まなければ、光はまた遠くへ逃げてしまうから。
「気になる話ではある‥‥」
「そうだろう。調べて見る価値はあると思うがな」
冒険者達がそれぞれにキエフを発った後、デュラン・ハイアット(ea0042)は一人キエフに留まり、パーヴェルの元を訪れていた。以前、ガルディアに雇われた時に、その傭兵達の中に悪魔が紛れていたという話を伝えるためである。もし、商会の資金や物資の流れ等からラスプーチンとの繋がりを現すようなものが出てくれば、しめたものである。
「それから、私達もローレン商会から今回の申し出に関する詳しい話を聞きたい。面会の約束は取れるか?」
この複雑な状況下で冒険者が個人で向かっても面会が適うか怪しいところであったが、国を通じての申し出であれば、ガルディアも無碍に断るようなことは出来ないだろう。デュランの望みどおり、後日ガルディアの屋敷で話し合いの場が設けられることになった。
――後日。キエフの遠方、ガルディアの屋敷のある街にて。
オリガ・アルトゥール(eb5706)は近隣で情報を集めた後、クラスティがよく顔を出すという店を突き止め、仲間達と共に彼にある話を持ちかけに来ていた。
冒険者達がクラスティに依頼したこと。それは、彼の雇い主であるガルディアの私室の調査。
「どうでしょう、貴方も協力しては頂けませんか?」
「こんなところまで来て何かと思えば‥‥。けれど‥‥」
すぐさま断られることも覚悟していたが、冒険者達の期待通り、クラスティはその提案を受け入れた。
「俺も気になっていることがある。君達の提案に乗ろう。ただし、俺はガルディアさんが悪魔に魂を売っているとは、まだ信じてはいない」
「ふっ、私達の希望通りに動いてくれるなら別に構わんさ。調べれば分かることだ。では、これを持っていけ」
デュランは小さな指輪をクラスティに渡す。悪魔の接近を知らせる魔法の指輪だ。
「ところで、レルの居場所を知りませんか? 彼女にも同じ話をしたいと思っているのですが‥‥」
「レルなら、ここ数日は休暇で自分の家にいるよ、仕事以外では余り外に出てこないんだ。会いにいけないこともないけど、この話をするつもりなら止めておいた方が良い。彼女は君達を信用していない様子だからね。下手に話せば、全部台無しになる」
「そうですか‥‥」
オリガは、レルのことも随分と買っている様子らしく、残念な表情を見せた。本当なら、殺し合いをした相手のことなど恨みに思って不思議はないのだが、彼女は直接に相対したからこそ彼らの実力を信じ、力を貸して欲しいと願っていた。傭兵や冒険者はその職業柄、昨日の友が今日の敵になることも珍しくはないが、その逆もまたしかりということのようだ。
「協力してくれるってんなら、これも使ってくれないか?」
リュリス・アルフェイン(ea5640)が取り出したのは、ある魔法のスクロール。
「これは‥‥テレパシーか。いや、君達が通されるのは応接間の方だろうし、そうなると問題の部屋からは少し距離がある。残念ながら、役立てられる機会はないと思うよ」
「そうか。まあ、私室から離れた場所にガルディアを引き付けておくのが俺達の役目だしな。仕方ないか」
「本当は、もっと何か助けになる情報が用意できれば良かったのですが‥‥」
乱雪華(eb5818)は、そう言って肩を落とした。彼女はガルディアの屋敷の周囲を調べ独自に作成した地図の上で、目的のものがある場所を指し示すと伝えられているダウジングペンデュラムを揺らしてみたが、試す度に結果が変わるなどして、上手くいかない。
実際問題として、このダウジングペンデュラムというアイテムはタロット等と同じで占い道具の一種でしかなく、それ自体には何の魔力もない使い手次第のアイテムだ。占術に秀でた者が使って、ようやく当たるか否かというもので、その方面の技術を持たない今の乱では、思うような結果を得ることは出来なかったのである。
「じゃあ、調べが済んだら明日またここで会うということで良いかな」
「ああ。お前の働きには期待しているぞ」
そうして、クラスティと冒険者達は別れた。
――その一方、蛮族の森にて。
夜闇の中、火を囲っていたのは憩う森のエルフ達と、客人として迎えられた冒険者達。その周囲を流れるのは清らかな笛の音。それは、悪魔達の脅威に怯えるエルフ達の心を和ませていた。奏でる音の主はラスティ・コンバラリア(eb2363)。
一曲吹き終えると、彼女の周りに集まっていた子供達が甘えてくる。
「ねえ、お姉ちゃん。もう一回〜」
「もっと聞かせて〜」
「ふふっ。それじゃあ、皆さんの期待に応えてもう一曲」
森の外の世界の音楽が珍しいのだろう。ラスティはすっかり、人気者のお姉さんになっていた。大人のエルフ達も、その様子を暖かく見守っている。
「気の良い者達ではないか。こうして彼らと話していると、とても蛮族などと呼ばれる者達には見えないのだがな‥‥」
ラザフォード・サークレット(eb0655)は隣にいたブレイン・レオフォード(ea9508)にそう話す。
「国と森の民達の間には、過去に色々あったから‥‥。最初にここを訪れた時は、かなり酷く警戒されてたよ。ホルスが僕らに敵意がないことを証言してくれたのと、それから、ラザフォードさんの用意した贈り物も効果があったんじゃないかな」
ここに来る前のことだ。ラザフォードは悪魔との戦いに役立ちそうな銀製品や弓をキエフで買い込み、それを蛮族のエルフ達に無償で提供した。
「王国も森の民も、皆で仲良く出来れば良いのだがな‥‥」
レイア・アローネ(eb8106)はラスティの笛の音に合わせて踊るエルフの子供達の笑顔を見ながら、憂いを込めて呟いた。
だが現実は厳しく、非情だ。貿易国として発展を続けるロシアは一見、豊かにも見えるが、その裏では急激な成長により様々な弊害を生んでいる。人口過密状態のキエフの街では、生活物資や住む場所を求める多くの人々が苦しんでおり、その人々を救うべく、国は開拓事業を急いですすめようとしている。蛮族から土地を奪い、森を切り拓いてようやく命を永らえるだろう人々が、今も王国には大勢いるのだ。ラスプーチンが捕まるまで待てとホルスは言ったが、それまでの間、王国の民の中で苦しみが長引く者もいるのである。
「しかし、王国にはどう報告したものか‥‥」
夜の宴の中で、冒険者達の表情は少し暗かった。
時は、彼らがこの森を訪れた時に遡る。ブレイン達はホルスに会い、悪魔達の動きに関して可能な限りの情報を聞かせて欲しいと頼んだ。
「今まで、いったいどんな悪魔達がここを襲ってきたのか、聞かせて欲しい」
最初に訊ねたのはラザフォード。
『幸いにして、未だ大きな力を持つ者の襲撃は無い。堕ちたる者達の中でも低位の、言うなれば先兵のような者達ばかり。だが、それも無駄なことと気付いたか、あるいは何かの策を進めているか、汝らがここを訪れる少し前より全く手を出してはこぬ。今も稀に、我らの動きを探る姿を見つけることはあるが』
続いては、ラスティ。
「ラスプーチンは森の民を傘下に加えていると聞きましたが、いったい、どれだけの者を支配下においているのですか?」
『確かな数は我にも言えぬ。だが、この森からそう遠くない場所でも、既に魔の者達の支配に落ちた森は幾つもある。そして時が経つほどに、魔に手を貸す者達は増えていくだろう』
次に話したのはレイア。
「実は今、少し厄介なことになっている。‥‥あ、だが心配は無いぞ。私の仲間達が上手くやってくれるはずだ」
彼女が話したのは、ローレン商会の動きと、それに悪魔が関わっているかもしれないということ。
『放ってはおけぬ話だが、我の知恵を貸すにも今では遅かろう。汝らの仲間を信じて待とう』
最後はブレイン。
「悪魔の姿を確認したいんだけど、協力してもらえないかな? 」
これにはホルスは難色を示した。
『見るだけというなら、それは意味の無いことだ』
この森でなくとも、ロシアの森のあちこちに多数の悪魔達が潜んでいるのは王国の人間にとっては周知の事実であり、見かけただけというなら偶然で済まされてしまう可能性もある。捕らえて口を割らせるというなら別だが、悪魔達の逃げ足は早く、最下級悪魔のインプですら馬ほどの速さで空を飛ぶ。それを追えるだけの用意がなければ捕獲は至難だろう。仮に捕らえたとして、こちらの望む情報を素直に話す可能性も低い。
ただ救いとして、悪魔がこの森の周辺に潜んでいるという話は王国側も余り疑ってはいない。元々、他の地域への進出に際しての要地となりうる土地だ。そこに悪魔やラスプーチンが目を付けていたとしても不思議はない。
「打つ手なし‥‥ですか」
ラスティは小さく息を吐いた。キエフを発つ前、パーヴェルに聞いたある話を思い出したからだ。当初、冒険者達は王国に対しあることを話すつもりでいた。ここのエルフ達に戦いを仕掛ければ悪魔達に付け入る隙を与え、王国と蛮族、悪魔達の三つ巴の戦いになるのではないか可能性を示し、それでも勝てるのかという疑問を投げかけることで商会の申し出を断らせようと考えたのだ。
しかし残念ながら、これは王国や商会の間でも既に警戒している問題で、先に結論が出されていた。もし悪魔達が蛮族の土地を狙っているとしても、現状を見る限り悪魔達に蛮族の土地を奪うだけの力の余裕は無いと分かる。ならば単純に考えて、蛮族とホルスを相手に勝てる戦力の、その倍の戦力を用いれば悪魔達の攻撃があったとしても対抗できる、と。そして、商会はそれだけの戦力の用意を進めているという。
「あっちの皆が上手くやってくれていると良いんだけど‥‥」
ブレインは、遠く離れた地にいる仲間達の成功を祈った。
街の方では、ガルディアとデュラン、リュリスの三人による話し合いが行われ、それは実に滞りなく、あっけなく終わった。
元々デュラン達の方には、ガルディアにどうしても訊ねておきたいような話は特に無い。クラスティがガルディアの私室を探る時間を稼ぐことが主な目的であり、適当にガルディアの気を引ければそれで良かったからだ。ただ、収穫が一つある。ガルディアに対し、石の中の蝶が反応しなかった。それは、ガルディアがデビノマニではないという証。もっとも、まだデビノマニではないというだけかもしれない。なお、ガルディアとの会話の中で、リュリスが意味深な言葉でガルディアの動揺を誘おうとしたことがあったが、それにも気になるような反応は返ってこなかった。
こうなると、あとはクラスティが何かの証拠を掴んでくれていることが最後の希望だ。‥‥が、事態は冒険者にとって良い方向には進んでくれなかった。
「クラスティが‥‥いなくなった‥‥だと?」
ガルディアの屋敷を出た後、待ち合わせの酒場でクラスティの到着をずっと待っていたデュラン達は、酒場の店主から予想外の話を聞くことになる。
「何も聞いてないのかい? 前にクラスティさんと話してたあんた達なら、何か知ってると思ったんだが‥‥」
「どういうことだ? 詳しく聞かせてくれ」
リュリスが訊ねると、店主は次のように話した。
つい数時間前のことだ。クラスティは商会の人事関係者に商会の傭兵を辞める旨を告げに来たらしい。さらにはその後、借りていた家から荷物を引き払い、誰にも行き先も告げず街を去ったのだという。
「他の商会関係の人から聞いたんだけどね、あまりに突然で驚いたそうだ。まあ、元々が流れ者の傭兵さんだから、別に珍しいってことでもないんだが、何があったんだかねぇ‥‥」
店主の話を聞き終えた後で、乱は仲間達に次のように話した。
「ずっと外から見ていましたが、確かクラスティさんが屋敷に入ったのは、お二人が屋敷に入った後でした。それからしばらくして、お二人より先に屋敷の外に出られたのを見ています」
「無事に屋敷を出たってことか? なら、何でここに来ない?」
「‥‥無事に屋敷を出たのが、本物のクラスティではなかったのかもしれん」
ふと、嫌な考えがデュランの頭に浮かぶ。
「どういうことですか?」
「多少の力はあるがクラスティも所詮はただの人間。もし、あの屋敷の中で、たった一人で悪魔に出会っていたとしたら‥‥」
「その時の保険として、悪魔に反応する指輪を渡したんだろ。そんな簡単に‥‥」
「ですが、現実の問題として彼はここに来てはくれず、それどころか行方不明も同然の状態です。これはもう‥‥」
「今更だが、誰か監視役をつけるべきだったか‥‥。くっ‥‥」
はっきりと分かることは、クラスティは何者かによって消された可能性が高いということ。また、その何者かにとって、クラスティが消えたことが騒ぎになっては困る何かの理由があっただろうこと。
そして、冒険者達の希望が一つ、消えたということ。
キエフに戻った冒険者達をパーヴェルが待っていた。先日のデュランからの調査依頼の結果報告のためである。
「結論から言えば、ラスプーチンとの深い関わりに繋がるような証拠は一切出て来なかった。あれだけの商会になれば、末端から怪しいところの一つや二つ出てもおかしくないのだが、金や物資の流れも綺麗なものでな。代表のローレン氏が管理を徹底して、商会の隅々まで目を光らせているらしく、疑いを持つどころか、逆に国としては信頼のおける相手だと再確認したほどだ」
期待を裏切る結果に、デュランは再度の調査を望んだ。
「奴の近くに悪魔がいたのは確かなのだ。そんな相手を信用できるのか?」
そう訴えるが、パーヴェルも二度は取り合ってはくれなかった。
「傭兵達の中に紛れていたというだけでローレン氏と手を結んでいたと決め付けることはできない。可能性の話だけなら、姿を偽ってローレン氏の命を狙っていた、あるいはその活動を邪魔しにきていたなどという可能性も考えられないわけではないのだ」
冒険者達からの要請で国の側も分かる範囲での調査を行ったが、ロシアが貿易国として発展していく過程に上手く乗り急成長したローレン商会には、その成功に嫉妬した者達からのあらぬ疑いや批判が時折出るらしい。しかし今回の冒険者達の話も含め、広い人脈や様々な実績の元に築いた信頼は、確たる証拠のないものではそう簡単に崩れない。
結局、今回の依頼に関して、冒険者達の行動では国の方針に大きな影響を与えることは出来ずに終わった。
国は現在、ローレン商会からの提案を受け入れる方針で話を進めており、近く、商会に雇われた傭兵達が問題の蛮族の森へと攻撃をかけるという。