●リプレイ本文
山に踊るは悪鬼の群。
従えるは白き翼の悪魔。
険しき地にて、ここに開かれるは魔の宴。
吐く息が眼前を白く舞う。
先へと続く道は険しく、山歩きに慣れていない冒険者達には少し辛い。
「これがロシアの冬というものですか‥‥」
荷物を積んだ愛馬の手綱を引きながら、九紋竜桃化(ea8553)が呟く。
防寒着を着ずに済めば身体はもう少し動きやすくなるのだが、この寒さではそういう訳にもいかない。
「良かったら、使って下さい」
そう言って、ウォルター・バイエルライン(ea9344)が布で包んだ何かを桃化に渡した。
触れてみると暖かい。包まれているのは温石。
少し前の休憩の時に火を使ったので、ウォルターが気を利かせて、仲間達のためにもと作っておいたものだ。
「助かります」
その時ふと、桃化の頭上でバサリと大きな音がした。視線を向ければ、グリフォンに跨ったデュラン・ハイアット(ea0042)が空の偵察から戻って来たところだった。
「暖かそうだな。私にも、貰えるか?」
「ええ、もちろん」
ウォルターが包んだ温石を渡しつつ、デュランに訊ねる。
「どうでした、上の方の様子は?」
「ふっ、どうもこうも‥‥。そこら中、魔物だらけだ。敵ながら、よくもあれだけ集めたものだと誉めてやりたいところだな」
デュランが遠目に視認できただけでも、二十を超えるオーガ種の魔物達がまるで冒険者達の襲撃を待ち受けるかのように、山の中をうろついて回っていたという。
「何とか、相手より上を取りたいところですが‥‥」
ラスティ・コンバラリア(eb2363)が集められた情報を元に、迂回路を模索する。身を隠して動くのは、彼女の得意分野だ。魔物達の監視を抜けて、有利な位置を確保したいというのは、他の冒険者達も同意見である。ただ、今回は少し厳しいものがあった。
「目立たずに動くというのは、まず無理だろうな」
エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)は体格の良い自分の馬の背を撫でながら、仲間達の連れたペットを確認する。その中に、戦闘馬やグリフォンよりずっと大きなものがいた。
「この子達‥‥ですか」
オリガ・アルトゥール(eb5706)のすぐ後ろに、大きな金色の鳥が二羽。スモ−ルホルスと呼ばれる陽の精霊である。
「翼を畳んだ状態であれば、大きさは私達の馬より少し大きいという程度だが、この翼の色は目立ち過ぎるな。大変、美しくはあるが‥‥」
グレン・アドミラル(eb9112)も、どうしたものかと頭を捻る。
「出来ないことを考えても仕方あるまい。隠れて有利な位置まで動くのが難しいとなれば、やれることは決まっている」
その身に纏ったマントを風に揺らしながら、デュランは不適な笑みを浮かべた。
突然の襲撃者に、オーグラ達の戦線が乱れた。
彼らは、冒険者の襲撃は考えていたかもしれない。だが、人ならざる強い力を持つものの襲撃は、予想していなかったかもしれない。
「ダージボグ‥‥。あなたの生まれ変わりとも言える、この子たちを再び戦いに出してしまうことを許してください。ですが、ここで止めなければ大変なことになります。‥‥私に今一度、陽の翼の力を貸してください」
かつて供とした精霊を想うオリガの、新たな仲間。ウルカヌスとヘパイストスと名付けられた二羽のスモールホルスが、その驚異的な飛行速度と鋭い牙をもって、冒険者達の進む道を切り開いていた。
「この数の魔物相手に、力押しで位置取りにいけるってのは、とんでもねぇな。小さいので、これだってんだから、でかい奴を悪魔どもが警戒していたのも納得だ」
術士の仲間達を護衛しながら進むリュリス・アルフェイン(ea5640)の視線の先、自分達の繰り出す攻撃を全く受け付けないホルスに、明らかに動揺した様子のオーグラやミノタウロス、バグベア闘士達の姿がある。
「切り込み役というものは純粋な剣の腕だけでなく、足の速さや身のこなしの軽も合わせ持つ者が一番適しているからな。‥‥とはいえ、全てホルス任せにも出来まい。さて、大地の精霊魔法の、その一端‥‥重力の力を見せてやろう」
乱れた戦線の中から自分達の方に向かってきた二匹のミノタウルスに、ラザフォード・サークレット(eb0655)がグラビティーキャノンを放つ。片方が転倒して山の斜面を転がっていくが、もう一匹はそのままこちらへと走る。
「させない!」
青く染め上げられた風の外套を躍らせて、ブレイン・レオフォード(ea9508)が迎え打つ。足場の悪い斜面のはずだが、事前に手を加えておいた靴と持ち前の身軽さで、さしたる苦もなく駆けていく。
ミノタウルスが振り下ろす巨大な斧の一撃を掻い潜り、その手にした名工ノヴァクの剣を振るえば、深手を負った魔物は身を怯ませた。
「任せろ」
魔物の見せた隙を見逃さず、デュランはブレインの背後から姿を現し、そこに魔法の暴風を生み出す。その風に押されて、ミノタウルスは背後の崖より身を落とした。魔法によって浮遊力を得ているデュランにとっても、足場がどうかなど大した問題ではない。素早く有利な位置を取り、魔法によって仲間達を支援していた。
しかし、敵はまだ周囲に何十といる。
「これだけの数を、それもこんな手強いのばっかり相手にするのはさすがに初めてだ」
おそらく、長い戦いになるだろう。その最期まで、自分達の体力や魔力が持つか。ブレインの脳裏に不安がよぎる。
「‥‥けど、これ以上あいつらの好きにさせるものか。せっかく集めたとこ悪いが‥‥それも無駄にさせてもらう」
「はああっ!!」
オーグラの叩きつけるようなロッドの一撃を盾で受け止め、グレンが反撃の刃を振るえば、魔物は大きく裂かれた傷口から血を流し、その場に膝をつく。
止めとばかりに後方のエルンストが風の刃を放てば、ついに骸と成り果てた鬼は山を転がり落ちていった。
「これで何匹目だ‥‥?」
「さてな。そろそろ半分くらいは片付いたと思いたいところだが‥‥」
次から次へと押し寄せてくる強力な魔物達。
仲間同士で背中を預け、陣を組み助け合っていなければ、今頃はとうに死人の一人や二人出ていても不思議ではない規模の敵だ。
しかし、それらの魔物を相手に冒険者達は誰一人欠けることなく、少しずつだが確実に敵の数を減らしていく。
「‥‥落ちろ!」
「喰らいやがれ!」
「悪滅せよ‥‥奥義、昇竜!」
ラザフォードの放つ重力の魔法で体勢を崩したミノタウルスにリュリスが追撃の刃を振るい、巨大な斧を手に駆けてきたバグベア闘士を、桃化がその剣にて打ち払う。
「くっ‥‥このっ!!」
新たに迫るバグベア闘士の攻撃を巧みな足捌きでかわすと、ウォルターはその右手の小太刀を魔物の足元へと振るう。
放たれたその斬撃は魔物の身を捉えるも、しかしながら、その小さな刃では、魔物の身にほんの僅かな傷をつけるのみに止まってしまう。魔物の反応は、やや表情を歪めた程度で、小太刀に強いオーラの力を付与してもなおのことであれば、さすがに武器の選択を誤ったかもしれない。
だが、機動性を重視し、敵の注意を引くだけでも、一つの仕事にはなる。
――ピシッ!
一瞬にして目の前のバグベア闘士が凍りつく。オリガの放ったアイスコフィンの魔法だ。完全に倒したことにはならずとも、一時的にでも敵の動きを完全に封じるこの手の魔法は、乱戦でも強い。
「まずはこの魔物達の殲滅が最優先‥‥とは言え‥‥」
「悪魔の姿がまだ見えないのが、少し気になりますね」
風を切る氷輪の刃を投げ放ち、迫り来るミノタウロス達を牽制しながら、ラスティは敵の指揮系統のあり様を探っていた。
どこかに指令塔がいるはずだ。しかし、この乱戦で位置を掴めるだろうか。
耳を澄まし、見渡せる範囲の隅々まで目を配る。
‥‥最中、冒険者達の指にあった石の中の蝶がゆっくりと羽ばたき始めた。
悪魔の姿は見えないけれど、音や臭いまでを完全に消せるわけではないはずだ。全神経を、敵の位置の把握に集中させる。
「‥‥そこ!!」
僅かに違和感を覚えた空間に向けて、アイスチャクラを投げる。
命中した様子はないが、再び耳に届く音の違和感。
「皆さん、あの方向に魔法を!」
「分かった!」
ラザフォードのグラビティーキャノン、オリガのアイスブリザード、デュランのライトニングサンダーボルト。
それらの魔法が放たれた先に、突如生まれ出でたのは漆黒の炎。それは冒険者達の魔法を遮り、中にある何かを守る。
黒炎の結界の中に浮かぶのは、先日見た金色の髪の少女だった。
「数に任せて何とかなると思っていたのですが、少々甘く見過ぎたようです。認識をあらためなければいけませんね」
――バサッ!
その少女の背に、大きな純白の羽が広がる。美しく優雅なその姿は、稀代の彫刻家が生み出した天使の像を思わせる。
しかし、冒険者達は惑わされない。今、目の前にいるそれが、天使の姿をしているだけのものだと気付いているからだ。
「初対面、か‥‥まあ、どうでもいいけどな」
注意すべきは白羽の少女だけではない。襲い来る魔物達を払いながら、リュリスは横目にちらりと見やる。
「つれない方ですね。私は皆さんにご挨拶できる日を楽しみにしていたんですけれど」
美しい少女の顔に浮かぶ穏やかな笑み。けれど、それはどこか油断ならないものを含んでいた。
「デビルよ、貴様らの目的は何だ!?」
「魔物を率い、何を企むのです!?」
グレンと桃化が問いかけるも、少女は不敵な笑みを浮かべるばかり。
「さあ、何でしょう? ‥‥いっそ力づくで聞き出してみてはいかが?」
「なら、そうさせて貰う!」
駆け出すグレン達から逃げるように、少女は翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がる。
「ご挨拶がまだでしたね。私の名前はイペス。さあ、楽しませて下さいな!」
「ウルカヌス、ヘパイストス!」
「ヒョードル!」
オリガとデュランの声を聞き届け、二羽のホルスと一頭のグリフォンがイペスへ向かって飛ぶ。それに合わせ、ラザフォードはアグラベイションを、エルンストはウインドスラッシュを発動させた。
その辺りの魔物であれば、これだけの攻撃に一度に対処するのは困難に思える。だが、目の前の悪魔は土と風の魔法に抵抗し、負傷をカスリ傷に止めると、ホルス達の牙を紙一重で交わし、グリフォンの攻撃はかわすまでもないと甘んじて受け、そのまま至近距離でそのグリフォンの身を長く伸びた爪で切り裂いた。
「くっ、戻れ!」
鋭い痛みに声を上げたグリフォンに、デュランはすぐ後退を命じる。
「あらあら。まさか、皆さんこの程度なんて‥‥っつ!?」
余裕の表情を浮かべるイペスに、放たれたのは激しい吹雪。オリガが唱えた達人クラスのものだ。さすがに耐えきれなかったのか、イペスの身体が空中で揺らいだ。
「今、何かおっしゃいましたか?」
笑顔を浮かべて、オリガが言う。
「そうでなくては‥‥」
まるで、この戦いを楽しんでいるかのようなイペスに、デュランがある言葉をかける。
「やれやれ、だな。あまり遊びが過ぎると、ガルディアに足元をすくわれるぞ」
引っ掛けのつもりだった。何か、この悪魔からガルディアに関する情報を聞き出せれば、そう思ってのことだ。
そこに、イペスはこう言葉を返してきた。
「ふふっ‥‥一つ教えて差し上げましょうか? どんな手段を用いても構いません。彼に尻尾を出させたいのなら、中途半端なことはせず徹底的に追い込んであげて下さい。それこそ、命の危機に瀕するほどの状況に」
「‥‥面白いことを言うじゃないか。それは、私達には出来はしないとでも思って言っているのか?」
「いいえ。まあ、こちらにも色々と考えがあるということですよ」
言葉の応酬。互いの胸のうちの探りあい。
しかし、戦いはイペスとだけ続いているわけではなかった
「ちいっ、目の前に一番倒したい奴がいるってのに!」
術士達を護衛するリュリスやウォルター、ブレインだけでは手が足りず、桃化やグレンも再びオーグラやミノタウロス達と剣を交える。
戦いはイペスの出現によって、より激しい乱戦となり、少しずつ冒険者達の側に疲れが見え始めた。
そんな中、地上に降りてきたデュランのグリフォン、ヒョードルの背から、ラスティは預けていたある物を手に取る。
「クラスティさんを狂わせた悪魔‥‥。救えなかったあの子達の仇‥‥許せない」
その手に持つのは、神事の儀式に用いられるとされる鳴弦の弓。魔力を注いで弦を鳴らせば、そこから生まれ出でた音色が、周囲の魔物達の行動を阻害する。
「うっ‥‥この音は‥‥」
「今だ!」
顔を歪ませるイペスの様子を見て、冒険者達は再び、一斉に攻撃に打って出た。
「くっ‥‥!」
放たれる幾多の魔法に、ペット達の攻撃。
だが、イペスは慌てることなく、ある魔法を瞬時に発動させる。それは、先にも見せた黒炎の結界。一切の魔法も攻撃も無効にする悪魔の魔法の一つ、カオスフィールド。
冒険者達の攻撃がその結界によって弾かれると、結界の中に見えていたイペスの姿が溶けるように消えた。
「透明化というやつか。つくづく厄介な‥‥」
ラザフォードが忌々しげに呟く。下級のデビル以外、力のある悪魔は全てが持つと聞く能力の一つだ。今までの戦いで見せた身のこなしや、先の魔法を詠唱なしで発動させたことといい、このイペスという悪魔は、まだ力を隠している可能性があった。
「中々、楽しませてもらいました。ですが、今日のところはここまでです」
姿を見せぬイペスの声が、冒険者達へとかけられる。
「あっさり逃げるとは、口ほどにもないな」
エルンストが挑発してみるが、イペスは乗ってこない。
「ご心配なく。いずれまた、近いうちにお会いできるでしょうから。それに、ここにいる魔物達も、集めた魔物のごく一部に過ぎませんしね。今回は、ほんの小手調べ‥‥」
「‥‥なるほど。目的はさしずめ、どこかへ攻め込むための戦力集め‥‥ってところか?」
愉快そうに言うイペスに、ブレインが言葉を投げる。
「時がくれば、分かりますよ。‥‥それでは皆さん、失礼いたします」
その声を最期に、イペスの気配が消えた。
冒険者達は追わない。いや、追えなかった。
周囲にはまだ何匹もの魔物達が残っており、長い戦いで身体にはかなりの疲労があった。それに、イペスはまだまだ余力を残している様子だ。今追うのは得策ではないだろう。
そして、自分達が優先しなければいけないのは、この場にいる魔物達の殲滅。
「操られし哀れな鬼達よ、ここで散るが良い」
残った体力を振り絞り、その手の魔剣を強く握って、グレンは襲い来る魔物達をひたすらに切り伏せていった。
その後、激しい戦いの果てに全ての悪鬼を骸に変えて、冒険者達はキエフへと戻ったのであった。
いづれまた、近いうちに‥‥。
果たして、そのイペスの言葉は真実なのだろうか‥‥。