【魔宴】翼獣の宴

■シリーズシナリオ


担当:BW

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:12 G 26 C

参加人数:11人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月13日〜12月22日

リプレイ公開日:2007年12月27日

●オープニング

 冒険者とイペス達との戦いからしばらく後のこと。
 悪魔イペスは、やや北方の山を訪れていた。
「わわっ! イペスさま、ケガしてらっしゃるじゃないですか!?」
 慌てた様子で、イペスの側に小さな男の子が駆け寄る。
 もっとも、それは子供の姿形と振りをしているだけの存在。悪魔ネルガル。
「心配しなくても大丈夫ですよ、ネルちゃん。この程度なら、すぐに治ります。ほんの少し、遊びが過ぎて転んでしまっただけですし」
「‥‥君が転ぶなんて、随分と危険な遊びをしてきたみたいだね、イペス」
 銀色の髪の青年、クラスティが咎めるように言う。
「あらあら。でも、危険だからこそ、面白いということもありますよ。難しい遊びだからこそ、成し遂げた時の喜びが大きい‥‥。そう思いませんか?」
 悪びれた様子もなく、笑顔を浮かべてイペスは返す。それを見てクラスティは皮肉か小言の一つも言いたくなったが、その言葉の中身を考えようとして、すぐにやめた。
 元より、悪魔というのは人間を苦しませることを何よりの楽しみにしているような存在だ。ここで感情的になっては、それこそイペスの思う壺だろう。
 だから、クラスティは早々に話題を変えることにした。
「前々から頼まれていた例の部隊についてなんだが、魔物集めも随分と進んだことだし、そろそろ俺は、そっちに手をかけたいと思っている」
「ええ。それでは、お願いします。‥‥それと、丁度良い訓練相手が見つかりましたので、近日中の実戦訓練も予定に入れておいていただけますか?」
「‥‥何となく、予想はつくが‥‥分かった。そのつもりでいよう」

 後日、キエフ冒険者ギルドにて。
 カウンターの係員の前に、冒険者達が集まっていた。
「以前から魔物の消失が騒がれていた例の地域に関して、新たな情報が入りました」
 先の戦いのあった山岳地帯より北方で、多数のグリフォンやホワイトイーグル、ジャイアントオウルなどの姿が目撃されたらしい。
「目撃者からの話では、まるで編隊を組んでどこかへ向かっているように見えたとのことです。先の一件で報告のあった悪魔の仕業とも考えられますので、こちらの方に確認の要請が来ました」
 イペスの態度を見た限り、悪魔達が何かを企んでいることはまず疑いようのない事実だ。
 そして、その目的のために多くの魔物達が集められているのも間違いないだろう。
 今回もやはり、危険な仕事になるに違いない。しかしそれでも、このまま悪魔達のやることを見過ごしていては、後に何らかの惨事に繋がるだろうことは目に見えている。
 それだけは、けして許してはならない。


「それにしてもイペスさま〜、なんで人間なんて使うんですか〜? ボクらにとっては、単なる餌でしかないじゃないですか〜?」
「だからこそですよ、ネルちゃん。美味しい料理を頂くには、やはり手間をかけなくてはいけません。最高の食材を、それに合わせて味付けする。私はその過程も楽しんでいるんです」
 微笑むイペスの視界には、十頭のグリフォン。そして、それぞれのグリフォンの背を駆る、十人の乗り手の姿。
「本当に、こんなに仕事がしやすいのは初めてですよ」
 ローレン商会の内部から情報を得て、自分の目で選び抜いた優秀な傭兵達。
 その心を弄んで操り、自分の配下に加えるのも、そう難しいことではなかった。
 流浪の傭兵など突然いなくなったところで大きな騒ぎにはならないし、それをごまかす工作には、傭兵達の雇い主のガルディアも協力していた。
「さあ、今度も楽しませてくれるでしょうか、あの方達は」
 楽しくて堪らないという風に、悪魔は笑う。

 だが、イペスは気付いていただろうか。この時、自分の知らぬところで動き始めたある存在がいることを‥‥。

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea5640 リュリス・アルフェイン(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9344 ウォルター・バイエルライン(32歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 eb0655 ラザフォード・サークレット(27歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb2363 ラスティ・コンバラリア(31歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb9112 グレン・アドミラル(34歳・♂・侍・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb9276 張 源信(39歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

ウェルリック・アレクセイ(ea9343)/ クルト・ベッケンバウアー(ec0886)/ 元 馬祖(ec4154

●リプレイ本文

 光と炎の悪魔が笑う。
 空を舞う獣を駆るは、人の子ら。
 闇に呑まれし魂の子ら。

 激しい二つの雷光が空を走る。
 それらが空気を振るわせる音と、互いにぶつかり消えるまでの一瞬の光が、戦いの始まりを告げる合図となった。
「相殺とは‥‥向こうにも、かなり腕の立つ魔法の使い手がついているようですね」
 リアナ・レジーネス(eb1421)の視界に映るのは、空に浮かぶ十の人影と、それを乗せた魔獣の姿。周囲はやや起伏はあるも、それなりに視界の開けた場所で、互いの姿を隠すようなものは少ない。待ち受ける者と、その先へと挑む者。対峙し、その間合いに踏み込めば、どちらからともなく指先は印を紡いだ。
「だが、これで向こうも距離を開けたまま戦うのでは埒が明かないと思うはずだ。来るぞ」
 自らを守る術として特殊な暗闇の結界を展開しつつ、デュラン・ハイアット(ea0042)は範囲のギリギリから顔だけを覗かせ、敵を見据える。グリフォンを駆る敵の外見から判断して、武器を持たぬ術士と思われる者は二人。遠距離での魔法戦は自分もできるが、ただ攻撃魔法の打ち合いになっては相殺しあうばかりの消耗戦だ。魔力を回復する手段は限られているし、相手方にもその手の道具が無いとは限らない。向こうも同じように考えるだろう。互いの接近は必然になる。
「これ程の数のグリフォンは初めて見ます。ましてや、それを駆る人の部隊など‥‥。敵は想像以上に力を蓄えているのかもしれません。見過ごすわけにはいきませんね」
 オーラの魔法を自身に使い、九紋竜桃化(ea8553)は己が力を高める。
「それにしても本当に‥‥全く、何を考えているのでしょうね、あのデビルは‥‥」
「さてな。分かるのは、連中がつくづく高いところから、俺らを見下ろすのが好きなんだろうってことぐらいだ。気を付けろよ。姿が見えなくても、すぐその辺に悪魔が来ているかもしれないからな」
 二羽の小さなホルスを自らの守り手として従えるオリガ・アルトゥール(eb5706)と、自身の祈りと魔力を注いだ六芒星の護符を身につけたリュリス・アルフェイン(ea5640)が、辺りに視線を配る。
「あまり言いたくはないが、正直、足手まといになるかもしれん。護衛をしてくれる者にはすまないと思う」
「それは、ご謙遜でしょう。貴方ほどの実力で足手まといならば、私達のように近くの敵に武器を振るうしか攻撃の手段がない者は、何になります?」
 弱気な台詞を呟くエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)を、その盾役を担う張源信(eb9276)が励ます。実際、エルンストは様々な風の魔法を高速詠唱で使える術士である。幅広い状況に対応でき、多少の力不足があっても、知恵で補う形の戦い方が出来るはずの力を秘めている。
「どの道、強い魔力を持つ悪魔や精霊などには超越級の魔法が使えたとて通じぬことも多々あるし、いかに優れた剣士とて、自分の間合いに入らぬ敵が相手では一方的に負けてしまう。互いの力以上に、知恵を合わせる戦い方が出来てこそ一流の冒険者というものだろう」
 ラザフォード・サークレット(eb0655)は、この戦闘における自分の行動のほとんどを、仲間達と力を合わせて戦うことを念頭において戦術を組み立てていた。使える魔法の射程が敵の弓に劣るため、一人では何も出来ないかもしれないが、それでも仲間と力を合わせれば勝機も見えるはずと信じている。
「皆さん、順に武器を出して下さい。今のうちに、魔力を付与しておきます」
 ウォルター・バイエルライン(ea9344)が、その内に秘めたオーラの力を解き放ち、仲間達の持つ剣に付与していく。
「覚悟しろ、悪魔に操れし者ども。必ずや成敗してくれる」
 悪魔殺しの魔剣を手に、グレン・アドミラル(eb9112)は敵の部隊を見据える。どうやら、周囲に他の敵の気配はない。今は、目の前の敵に集中できそうだ。
「きっと、彼らの守るこの先の地域に何かがあるはずです。通して貰いますよ、必ず」
 ラスティ・コンバラリア(eb2363)は長弓に矢を番え、敵の接近を待ち構えた。

「放て!」
 クラスティの合図で、弓兵達は一斉に矢を放った。四人の射手から三本ずつ、計十二本の矢の雨だ。
「止めてみせる」
 盾を翳してグレンや源信、それに桃化やリュリスが前に出る。さらには、オリガの連れてきたホルス達も、その特殊な身を盾にして後衛陣を庇った。デュランやエルンストの生み出していた気流の結界の効果もあり、冒険者達は降り注ぐ全ての矢を防ぎきった。
「この程度の攻撃など、通じません。私の後ろのリアナ様には、指一本触れさせませんわ」
「いや、油断するな。今のは所詮、狙いの甘い大技での攻撃だ。次からは的を絞ってくるぞ」
 桃化やリュリスが言葉を交わす間にも、敵は次の動きを見せ始める。四方の空に散開し、冒険者達を囲う陣形のようだ。一点に攻撃を集中させて冒険者達の陣を崩すのは難しいと判断したか、あるいは範囲魔法を警戒しているのかもしれない。
 牽制に、ラスティも一射を放つ。だが、槍手の一人に盾を使って防がれた。敵の前衛も基本的な動きはこちらと同様のようだ。こちらより機動力が高い分、隙を付くのも難しいかもしれない。
「今、赤く淡い光が見えたな。‥‥気をつけろ、オリガ。どうやら敵の術士の中に、魔力を付与する魔法が使える火の術士がいるようだ。そのホルス達とて先の時ほど容易には戦えないかもしれん」
 ラザフォードがオリガに助言する。
「下手に突入させれば返り討ちですか‥‥。なるほど。先のオーグラ達が小手調べに過ぎないと言ったイペスの言葉。嘘ではなさそうですね」
 簡単にいくはずがないのは分かっていたこと。だが、この程度の死線なら今まで何度も潜り抜けてきた。
「でも、これならどうでしょう?」
 紡がれるのは水の精霊への囁き。アイスコフィンの呪文。
「なっ!?」
 敵の長弓兵の一人が声を上げ、そのまま氷の棺へとその身を封じられ、グリフォンの背から落ちる。互いに下手な身動きの出来ぬ現状、目に見える攻撃魔法では相殺されるだけ。だが、そうでない魔法であれば、さらにはそれが一瞬にして敵を無力化する類の魔法であれば、効果は抜群だ。
「作戦を変更する! 一気に切り崩すんだ!」
 オリガの魔法を見て長期戦に持ち込むのは得策ではないと思ったか、敵が一気に突撃をかけてきた。
(「指輪に反応‥‥このタイミングで来るのかよ!」)
「見ろ」
 リュリスは周囲の仲間に、悪魔への警戒の指示を出す。
 そこからが冒険者達とクラスティ達との、本格的な衝突になった。

 オリガに向かってくる敵の姿は二つ。槍兵が一人と鉄弓持ち。
 再び、アイスコフィンの魔法を使うオリガ。
「くっ‥‥」
 しかし、抵抗される。決まれば強いが、成功率は半分といったところ。ここぞという時の確実性に欠けるのはこの魔法の弱点かもしれない。
「ヘパイストス、ウルカヌス!」
 すぐさまホルス達に指示を出し、迎え撃たせる。
「甘いんだよっ!」
 敵の槍兵の男が吼えた。グリフォンを巧みに操り、二羽のホルスの攻撃を抜けてくる。
「ならばっ!!」
 グレンが盾を構え、オリガの前に立ち塞がる。その盾で敵の槍を受け止め‥‥きれない。
「ぐうっ!」
 肩を抉られる痛みに身体がよろめく。最初から反撃の構えをとったのが仇となったか。だが、やられたままでは終われない。反撃に繰り出す剣は、重みを載せた渾身の一撃。
 ――ガンッ!!
「なっ‥‥!?」
「自分の技に溺れたな、兄さんよぉ!!」
 敵の追の槍がグレンの身を再び貫き、大きく揺らがせる。そして、切り開かれた射線に、オリガを守るものはもう無い。
「きゃあっ!!」
 後方の鉄の弓より放たれた豪の矢が、オリガの身を貫いた。

「私の指輪を返したまえ。今はいつも反応しっぱなしで鬱陶しいだろう?」
「ああ、あれなら気づいたら無くなっていてね。今度、同じ物を探しておくよ。返す時は、君の墓の前でも構わないならね」
 デュランと対峙していたのは、クラスティ。
「ちっ、ヒョードル!」
 ペットのグリフォンに指示を出し、横からの妨害に当たらせる。しかし、クラスティは一瞥すらせずに、その攻撃をかわして見せた。
 デュランは雷光を放ちつつ、近くに展開していたシャドゥフィールドに逃げ込む。
 手傷を負って、クラスティの身が少し揺らぐが、その動きは止まらない。
「それで、隠れたつもりかい?」
 放たれる矢が、デュランの身を正確に射抜く。その矢に迷いは見えない。もしかしたら最初にこちらが暗闇の結界を展開した段階で、接近する前にインフラビジョンの魔法を自身にかけていたのかもしれない。
「ふっ‥‥まったく、厄介な奴だ」
 懐から携帯していた回復薬を取り出す。無傷で勝てるなど、魔法にも身のこなしにも優れたデュランですら最初から思っていない。
 だが、ここからの苦戦は、多くの冒険者達の予想を超えたものだったのかもしれない。

「くっ、卑怯な‥‥!」
「卑怯? もし、本気でそう思うなら、貴女は今まで随分と温い戦場しか渡ってこなかったんでしょうね」
 足元に薬の入っていた小さな壷を投げ捨てる女槍士。桃化は彼女の攻撃に徐々に追い込まれていった。最初の攻撃の交差で受けた傷は深く、今は自分の身を守るしか出来ない。
「貴女、私達みたいな傭兵を舐めてた? 攻撃は大技狙いばかりで、薬の携帯の一つも無し。怪我一つ負わず、余裕で倒せるとか、そう思ってたの? さすが冒険者の皆様は随分と腕に自信があるのね? まあ実際、純粋な実力なら私達より上なのかもしれない。でも慢心して勝てるほど、人間相手の戦は甘くないのよ」
 突き出された槍が、桃化を貫く。
「桃化さん!?」
「よそ見している余裕があるのかね?」
 リアナが対峙していたのは同じ風のウィザード。ただ、負傷しているのはリアナの方。そのリアナの前には、横たわるグリフォンの骸がある。
「生憎、私はペットの乗りこなしは得意ではなくてな。足代わりや護衛役にしか使えないが、それなりに愛情は持っていたつもりだ。これは仇討ちをしなければな」
 術士がグリフォンに乗ったままであれば、一対一の勝負だが、二対一の形になれば、どうしてもリアナには不利になる。この術士はそこを突いてきた。何とかグリフォンだけは倒したが、既に満身創痍。
「愛情‥‥? 囮に‥‥捨て駒にしておいてですか?」
「主の役に立って死ねるのは、飼われる側にとっては光栄なことだろう?」
「悪魔の手先らしい台詞ですね」
 術士は冷酷な笑みを浮かべると、リアナへと雷光を放つ手を翳した。

「この老人‥‥強い‥‥」
 エルンストと源信、ウォルターもまた、他の仲間達と同様に厳しい状態にあった。
 源信も桃化やグレン同様、迎撃に大技を狙いすぎ、敵の槍士に深手を負わされ、地に膝をついていた。元よりカウンターは、不利な状態で敵の攻撃を先に受けることが前提となる技だ。相手が明らかな格下であればともかく、実力が同格かそれ以上の相手に使うには危険も大きい。
「ここまで‥‥とは‥‥」
 ウォルターは源信の攻撃に合わせ、グリフォンに一撃を当てた。敵の槍士も、人間である以上、一度に対応できる攻撃には限度がある。とはいえ、技を交えたこともあり深手を負わせるには至らない。そして、敵の後方から放たれた弓の矢を受けてしまう。
「若造どもが、わしの大事なグリフォンをよくも殺させてくれたのう」
 エルンストは盾になってくれていた源信を抜けて近づいてきた敵のグリフォンに、イリュージョンの魔法をかけた。我を失ったグリフォンは暴れ狂ったが、そのグリフォンを敵の老齢の槍士は、容赦なく自らの手で処分した。
(「まずいな‥‥」)
 敵がグリフォンを失った目の前の老槍士だけなら、距離を取って戦い続けることでエルンスト一人でも勝てるだろう。だが、残念なことに、敵後方の鉄弓がこちらに向けられている。新たにスクロールを使う隙は与えてくれそうにもない。
「楽には殺さんぞ。わしに出会った自らの不運を呪いながら死ぬがよい」

「決めます」
 ラスティの放つ合図は、矢の一射。その先に敵がいるのだと悟り、ラザフォードとリュリスが動いた。
「‥‥その身、大地に還してやろう」
 重力反転の術を用いれば、小石が宙へと飛び上がる。見えなくともその中に、悪魔の存在もあるはずだ。
「喰らえ!」
 悪魔殺しの剣と魔法の鞭を手にリュリスが攻撃を仕掛ける。
『これで、私を捉えたつもりか?』
 言葉と共にリュリスが感じたのは、言いようのない威圧感。目の前に突然に現れる、炎を纏った黒い翼の巨体の悪魔、ネルガルの姿。
「こいつっ!?」
 密接したスタッキング状態にあるため、思うように手にした武器を振るえない。そして、その状態から、悪魔は一つの魔法を発動する。
 淡い光と共に、生まれたのはスモークフィールドの煙幕。
「ぐあぁっ!!」
 封じられた視界の中、リュリスの身を貫くネルガルの爪。
「リュリス!?」
 煙幕に封じられた視界。何が起こっているのか、ラザフォード達には見えない。
「どうすれば‥‥」
「他人の心配の前に、自分達の身を案じた方が良いですよ」
 ラスティの背後。振り向けば、鋭い爪が右腕を切り裂いた。目の前には、イペスの姿。
「いつの間に‥‥」
「所詮、道具頼りでは限界があるというだけのことですよ。どうです? ここで命乞いでもして見せて頂けるなら、助けて差し上げても良いのですが?」
 状況は、圧倒的に不利だった。術士の護衛についた者達は乱され、回復薬の携帯をしていた者は半数もおらず、体勢の建て直しは絶望的。
「それでも、悪魔に屈するつもりはない」
「所詮、玩具と‥‥私達を‥‥なめないで」
 はっきりと、否の言葉を返すラスティとラザフォード。
「では、せめて‥‥心地よい悲鳴を上げながら死んで頂きましょうか」
 冒険者達の脳裏に、死の影が浮かぶ。
 ‥‥その時、眩い光が空より降り注いだ。
「なっ!?」
 光はイペスを襲い、身を貫く痛みに悪魔は美しい少女の顔を歪ませる。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ‥‥」
 冒険者達も傭兵達も、その場にいた全ての者が天を見上げた。
 そこに見える、あまりに巨大な金色の翼を。
「ホルス‥‥っ!!」
 忌々しそうに、イペスはその精霊を見つめる。
『世界を乱すものを、我は見過ごさぬ。それこそが、我が生まれながらに持つ使命。故に今、この地に戻るは必然なり』
『逃げ出した臆病者が、今更、良く姿を見せられたものだ』
 ネルガルが挑発するように言うも、ホルスは何の変化も見せない。
『‥‥退くが良い冒険者。道は、我が開く』

 そこから先のことを、冒険者達の多くは、はっきりとは覚えていない。
 空を飛び交う悪魔と魔獣と巨大な精霊。
 その下を、互いの肩を支えあって逃げることしかできなかった。
 
 もう一度、あの場所を訪れた時、そこには何かが待つのだろうか‥‥。