【破壊神の僕】その声に魅入られし者
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■シリーズシナリオ
担当:BW
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:15 G 20 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月30日〜05月09日
リプレイ公開日:2008年05月12日
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●オープニング
キエフ某所。執務室の机にて、先日の依頼の報告書と睨み合うパーヴェルの姿があった。
「ふむ‥‥声と言われてもな‥‥」
精霊ポレヴィークは、それが人間の心を操り、世界を害する者へ変えると告げた。
その話を信じないわけではない。しかし、これが事実だとして、それにどう対処するかが大きな問題であった。異変はロシアの各所で起こっている。被害や異変の情報は相次ぎ寄せられるものの、これぞという敵の核心に届きそうな道が見えない。
片っ端から冒険者に調査にあたらせるというのも一つの手ではあった。だが、それが正しい手段だとも思えない。闇雲に探させたところで、相手にこちらの動きを掴まれる可能性の方が高かったし、それで成果を上げられるとも思えなかった。どうも異変の多くは意図して起こされているわけではなく、強大な魔力にあてられた者達が各々の欲望のまま暴れているだけのような‥‥例えは悪いかもしれないが、酒に弱い人間が、強烈な匂いだけで酔って自我を失っている‥‥そんな印象を受けていたからだ。
「酒‥‥か」
欲の深い人間など、幾らでもいる。特に、生きていくために必要な住処や食料の不足しているロシアでは、自分の命を永らえるためなら、どんなことでもするという者は少なくはない。例えば極上の酒を目の前にしたとして、それに手を延ばすことを拒める者がどれだけいるだろうか。
(「待てよ‥‥」)
ふと、ある考えが彼の中に浮かんだ。それは、ひょっとすると全くの見当違いかもしれない。だが、何故か浮かんだその考えが、頭から離れなかった。
「確か‥‥」
彼は、机の一角に束ねられた各地の事件の情報が書かれた羊皮紙の束に手を延ばして、その中の一枚を取り出すと、ある記述に目を止めた。
「‥‥調べさせてみるか」
後日、キエフ冒険者ギルドにて。
「どういうことだ?」
集められた冒険者の中の一人が、パーヴェルに訊ねた。
「聞いての通りだ。諸君らには、近ごろ各地の遺跡を荒らし回っているという盗賊団の捕縛に出向いてもらいたい」
冒険者達は正直、パーヴェルの意図がすぐには理解できなかった。前回、自分達は各地で起こっている異変の原因を探ることを目的として行動するよう、彼からの依頼を受けた。そして一連の事件の裏に、何か大きな存在がいることを知った。
その調査の続きがギルドに依頼されたと聞き、ここに集ったのである。それが何故、盗賊団の捕縛などという、一見して何の変哲もない普通の依頼なのか。
「これは、あくまで個人的な仮説だが‥‥例の『声』の主である存在は、その封じられた力をどうやって取り戻せば良いのか、自分で分かっていないのではないだろうか?」
パーヴェルは、次のように話を続けた。
「そうだな‥‥。今までの状況を例えを交えて言おうか。ある日、一匹の悪魔が宝の箱を見つけた。だが、その箱には硬い錠がかけられていた。悪魔は錠を外すために、それにあう鍵を作ろうとした。しかし、出来上がった鍵は不完全なものになった。それでも、その鍵は錠を少しだけ緩め、箱の中に閉じ込められていたものが、その恐ろしい顔をのぞかせる‥‥。そして世界を狂わせるほどの邪悪な声で、鍵を探せと呟いた‥‥と、私はこう考えている」
何人か、彼の仮説を理解した冒険者達が確認の意味を込めて、口を開く。
「つまり‥‥暴れるだけの者達の他に、鍵に繋がる行動をしている者がいるのではないかと、そういうわけですか」
「古い時代の遺跡の中になら封印を解くための何かがあるかもしれない‥‥と」
――同刻。キエフより遠方、とある遺跡の内部にて。
「つまらん雑魚どもめ‥‥」
吐き捨てるように言う男、マカールの周囲には、骸と成り果てたミノタウロスが十頭。その身体には、男から浴びせられた幾多の蹴撃の跡。
小さな拍手の音が、石室に響いた。
「見事なものだな」
と、そこに大剣を背負った別の男が慌てて寄ってきた。
「おいおい、ガルディアの旦那、止めてくれよ。マカールさんは、弱い相手を一方的に倒したところを誉められるのは嫌いなんだよ。ってか、この人の場合、他人に自分を評価されるってこと自体が‥‥」
「ディマス‥‥余計なことを喋るのは、それくらいにしろ。ガヴリール、クラーヴァ、古代語の解読の方は?」
マカールが顔を向けた先。中年の僧侶と若い女魔術師の姿がある。
「そろそろ終わりだ。しかし、これは‥‥」
「‥‥駄目ね。やっぱりハズレ。まあ、後は適当にお宝漁って帰りましょうよ」
クラーヴァが首を横に振って言うと、マカールは踵を返して石室の外へと歩き出した。
「って、どこ行くんですか、マカールさん!?」
「修行だ」
ディマスの言葉に振り向きもせず、マカールは答えた。
「技の練習台の獲物探しか。熱心なことだな。私なら、金にならん魔物狩りなど面倒なだけだが」
そのガルディアの言葉が気に障ったのか、マカールが足を止めた。
「‥‥何なら、お前が俺の練習相手になってくれても構わんのだが?」
「遠慮しておこう。‥‥手加減を忘れて、殺してしまうかもしれないからな」
その一瞬、凄まじい殺気が両者の間でぶつかりあった気がした。
「いや‥‥楽しみは後にとっておこうか」
マカールは小さな笑みを浮かべ、そのまま再び外へと出ていった。
●リプレイ本文
その声は闇より届く。
力を求める者に。
強き望みを秘めし者に。
その欲望に、忠実に生きる者に。
遺跡の闇の中に、明りが揺れている。
それを手に持つ者達は、戦いの最中にあった。
「はあっ!!」
力強く押し出された九紋竜桃化(ea8553)の盾が、悪鬼の身体を地に転がす。
「グオオォォッ!!」
立ち上がって怒りの咆哮を上げ、悪鬼は持てる力の全てを右腕に込めて巨大な棍棒を振り下ろした。
「甘いっ!!」
声を発してその攻撃を左腕の盾で受け止めると、バル・メナクス(eb5988)は右の手で反撃の刃を振るう。大剣が鬼の頑強な身体を容易く裂き、悪鬼は苦痛に叫びを上げて、後ろへ下がれば、さらに、その鬼の胸を一本の矢が貫く。
「悪いけど、あまりキミ達の相手に時間をかけたくないのよ」
鬼殺しの魔力を秘めた矢を用いての、急所を狙ってのユラ・ティアナ(ea8769)の一射。大きく揺らいだ鬼の身体を、最後は氷の棺が封じ込める。
「こうしておけば、後から来た賊に利用されることも無いでしょう」
ぴょこんと延びたウサギ耳を揺らしながら言うのは、オリガ・アルトゥール(eb5706)。その彼女を、背後からまじまじと見つめる者が一人。
「あの、どうかしましたか?」
視線に気付いて、問いかけるオリガ。
「まあ、何だ。年齢的にギリギリかな‥‥と」
同じくウサギ耳をつけたラザフォード・サークレット(eb0655)の言葉に、周囲の冒険者達がどよめく。
「お前という男は、この私ですら言わずにいたことを‥‥」
「そうは言うが、お前達。キエフを出てからずっと私達から距離を置いて、これの話題に触れるのを避けていただろう。人間、罵倒されるより無視されるのが最も辛いのだぞ。私なりに気を使ったのだ」
「世の中には、例え正しくとも言ってはいかんこともあるのじゃぞ。‥‥というか、完全に一線をはみ出して、おまけに有名になったヌシがそれを言うか?」
「私は、能力を高める防具として仕方なく付けているだけだ。オリガの場合は付けずとも能力に大差が出ないのに敢えて付けている。そういう趣味ならだな‥‥」
デュラン・ハイアット(ea0042)とアナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)がラザフォードに詰め寄って、言い争いを始める。しかし、逆効果だった。
「とりあえず三人とも、キエフに戻ったら色々と『お話』しましょうか?」
オリガの穏やかな笑顔が、とてつもなく恐ろしいものに見えた。
「この先に、もう数匹‥‥か。それで終わりかもしれんな」
魔法による呼吸の探査をしていたエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)は、隣の騒ぎに背を向けて、冷静に先を見ている。
「何つうか‥‥全員、余裕があるなぁ」
一同の様子を眺めて、リュリス・アルフェイン(ea5640)が呟く。
「順調に進んでいますからね。このまま何事もなければ、十分に休息を取った上で、賊を迎え撃てるでしょうし」
長渡昴(ec0199)の言葉通り、冒険者達の行動はほぼ思った通りに進んでいた。全員が魔法の靴を用いて道を急いだおかげで大幅に時間を短縮した上で、この遺跡まで辿り着くことが出来た。そして多少の数がいようと、この熟練した冒険者達の前ではオーグラ達でさえ大した敵ではなかった。奥へと辿り着くのも、思うほど長い時間はかからないだろう。
依頼人に聞いた予測通りに賊がこの遺跡に来るとして、一晩ゆっくりと休む程度の休息は十分に取れそうだった。
――そして、それから一夜が明ける。
「喜ぶべきか残念がるべきか、何とも複雑じゃのう‥‥」
寝袋や毛布を荷袋に片付けながら、アナスタシヤがそう呟いた。
「まあ、遺跡に来て得たものが別の遺跡の情報かもしれない、というのは意外でしたね」
苦笑いするオリガ。昨夜、古代語の解読にあたった彼女達がこの遺跡の奥で見つけたのは、壁に掘り込まれた地図と雑多な品物の名前や数字に類する古代語ばかりだった。
内容から察するに、どうやらここは古代の人間が倉庫として使っていた場所のようだった。残念ながら宝らしい宝は何も残っていないが、気になる点として壁の地図に何か重要な場所を示すものと思われる印があった。
「何があるか分からんが、行ってみるのは面白いかもしれんのう。まずは、今回の依頼を片付けてからじゃが」
冒険者達は広い部屋を離れ、狭めの通路へと移動を始めた。昨日の段階で、目をつけた場所だ。
「あまり広い場所で戦うより、こういうところで一人ずつ確実に対処していく方が良いと思います」
幅にして、三人程度が何とか並んで歩ける程度の通路。多少、視界は限られるが、後方からの魔法による支援も可能だろう。
「高さも少しはあるな。ふむ。これなら、私が上から敵を見下ろすこともできる。都合の良い場所があって助かった」
「私としては、もっと開けた場所の方が戦いやすいんだけど、仕方ないわね」
弓を使うユラには狭い場所での戦いはかなり不向きだが、今回は狭い場所での戦闘を望む者の方が多く、それに従った。
「‥‥来ましたよ」
昴の仕掛けた鳴子の音が壁に響いた。相手の接近はこれで分かった。相手もこちらの存在が近くにあることに気づいたかもしれない。
エルンストの連れてきた犬達も、主人に顔を向けて何かを伝えるようにしている。
「分かっている。皆、用意は良いか?」
ある者はオーラで自身の力を高め、ある者は魔法で宙に浮く。それぞれのやり方で、戦いの事前準備を済ませ、そして‥‥。
――バチッ!!
「く‥‥。話しもせずに、いきなりとは‥‥」
見えた敵の数は四人。出逢い頭に、敵の女魔術師が雷光を放ってきた。同じ魔法を使えるデュランが潰したが、それで終わりでは無い。問答無用で全員を殺す。相手を見れば、そういう殺気で満ちていた。
――バシュ!!
「弾かれた!?」
デュランとアナスタシヤは、それぞれに暴風と氷結の魔法を試みた。だが、それらは敵の僧侶のホーリーフィールドによってかき消される。次の瞬間には後方からのエルンストの風の刃が結界を破壊したが、威力の衰えた刃は敵の皮膚を僅かに掠めるのみ。オリガも達人級の水弾を放っていたが、これは敵の術士が放った雷光と相殺されてしまう。
だが、この魔術戦はそこで終わらない。魔法は、限られた時間に二度目の使用が出来る者もいる。あらためてデュランが二度目の暴風を放つが、抜け目なく再び生み出された敵の結界がそれを阻む。
「ちいっ!!」
激しい魔法戦を抜けたのは敵の雷光の二発目。直線上の範囲にいたバル、昴、ユラ、オリガの四人もが痛手を受けた。
「それならばっ!」
前衛の桃化が駆け出す。距離を詰めて結界を直接攻撃し、破壊する算段だ。敵の結界の中から男が一人、飛び出してきた。武器を持たず防具も付けていない。何かの暗器使いか武闘家か。いや、どちらでも構わない。向かってくるのであれば、その剣で迎え撃つのみ。
「枷をくれてやる!」
ラザフォードの放つ重力の魔法が敵の男を捉える。そう感じた次の瞬間には、桃化の剣が振り下ろされようとしていた。そして、実際に剣が振るわれた次の瞬間に‥‥桃化の視界から、男の姿が消えていた。
「‥‥なっ!?」
「後ろです!」
隣にいたバルが、桃化の背後に回りこんだ男へと狙いを定めて大剣を振るう。常人を超越した力量にまで達しているドワーフの一撃は、そうそうに避けられるものではない‥‥はずだった。
――フッ。
僅かな風の揺らぎと、小さな足音。その後に、剣の刃を紙一重で回避した男の蹴撃。すんでのところに盾を構え受け止めるも、次の一瞬に男はバルの前からも消えていた。
「これ以上はっ!!」
「そう簡単に‥‥!!」
男の前にリュリスが立ち塞がり、側面から死角を狙う形で昴が、そして後方からユラの矢が狙い撃つ。
果たして‥‥男は全ての攻撃を回避し、リュリスの後ろをとっていた。熟練の五人の冒険者の攻撃を回避しつつ、その頭上を飛び越え、あるいは脇をすり抜け、中衛の者達の背後に姿を現すまで、僅か十秒。強靭な脚力に支えられた敏捷性が為す業か、向けられた攻撃への対応、回避速度が尋常ではない。
「こやつ、本当に人間か!?」
殺気に満ちた視線を向けられ、アナスタシヤは詠唱を省いて魔法を使う。
封氷の魔法、アイスコフィン。いかに機敏な戦士と言えど、いや、そうであるからこそ魔法への抵抗力は低いはず。無力化してしまえば、それまで。
だが‥‥。
――ドッ!
「‥‥っ!?」
声にならぬ声。内臓を抉るかのように打ち込まれた蹴撃が、アナスタシヤを襲った。
「そんな‥‥っ!」
次の瞬間には、男は最後尾のオリガへと駆けてきた。遭遇時、十分に離れていたはずの両者の距離は、二十秒程の間に完全に無くなっていた。この危機を脱するとすれば、やはり無力化魔法のアイスコフィンが最良だろうと、オリガもこれを唱える。しかし、やはり抵抗された。
――ゴッ!
鈍い音。身体が宙に跳ねた。大地に身体が戻り、薄暗い天井が視界に映った時には、意識を保てたのが不思議なほどの激痛が襲った。
「このっ!!」
再びユラが矢を構える。その前に男が地を蹴り、こちらへと足先を向けた。寸でのところでかわす。鋭さはあるが、回避の早さに比べて攻撃の足は緩い、そう感じた。
ギリギリの距離で矢を放つ。男の眼を穿つ位置だ。しかし、男が首をクイと曲げ、耳を掠めて矢が刺さるのは後方の壁。
(「外された!?」)
次の瞬間、男はユラの背後を取っていた。死角からの蹴撃。今度は回避しきれず、強固な魔力が生み出す防御の上からなお、鋭い痛みが走った。すぐに体勢を立て直し対峙する。
「ふっ‥‥」
感心か落胆か。どちらとも分からぬ表情のまま、その男、マカールは初めて声を発した。
最初の攻撃の交差の後。完全にマカールに不意を突かれた前衛のバルと桃化は、盾役の自分達が敵に背後を見せて後方に駆け寄るわけにもいかず、そのまま他の敵を迎え撃つ形になっていた。
「こんのぉ!!」
切りかかってきたのは大剣を携えた男、ディマス。その剣をバルが受けた。
「はあっ!」
――ガッ!
「ぐはっ!?」
力と技を兼ね備えたバルの剣技が、ディマスを圧倒した。手応えから、格下の相手だと感じる。どうやら、あのマカールだけが飛びぬけた力量を持っていたようだ。
「それならば‥‥!」
自分達が先に相手の後衛を叩く。相手が行おうとしていることを、こちらが先にしてしまえば、優位に立てる。
距離を詰めようとして、二頭のボルゾイに足を止められた。バルの隣、桃化にも別の二匹が足止めにかかってきたが、彼女はその上を飛び越えて、結界へ駆ける。
そして、剣の一撃が結界の壁を破壊した。
「今です!」
「任せろ!」
障害の消えた瞬間。相手が結界を再構成する前にと、デュランが暴風を放つ。耐え切れなかった敵の僧侶と魔術師の身体が地を転がり、ウサ耳を揺らしつつ急接近したラザフォードは、射程内にとらえた敵へローリンググラビティーの魔法を放つ。
「これでも、英雄を名乗っているのでね‥‥見てくれで見紛うなよ!」
体力の無い術士達には、重傷を負わせるに十分な魔法だ。これで勝てる‥‥と、そう思った。
「ほう。では、その英雄諸君の力、もっと見せてもらおうか」
「なっ‥‥!?」
闇の中から声が響いて、見知った男の顔が浮かんだと同時。突然に現れた炎の鳥がラザフォードの身を焼いた。
「貴様はっ!?」
炎の鳥は、そのままデュランへと飛び込んでくる。避けられず、その身に深手を受けた。
「‥‥ガルディア!?」
エルンストは石の中の蝶を見る。反応はない。どうやら人間のままであるらしいが、しかし、だからといって安心している余裕は無かった。
眼前に迫ったガルディアの炎が、次に襲ったのは彼であった。風の刃で牽制するも、それでもガルディアは止まらない。高速で移動する相手から逃げることもままならず、炎の翼を叩きつけられた。
「ちっ、無事だったのか。くたばったのかと心配したぜ」
小さく舌打ちをして、そう皮肉を呟いたリュリスは内心、かなり焦っていた。
相手の動きについていけず、盾役となる者が盾として機能しきれなかっただけでなく、どういう手品か、相手はオリガとアナスタシヤの無力化魔法を受付けなかった。あの最初のやりとりで敵に流れを持っていかれたせいで陣形は崩れ、狭い場所で確実に一人ずつを潰されていくという自分達の予定は、むしろ相手に使われる結果となっていた。後衛側だけを乱されるならともかく、ガルディアの出現で前衛側も雲行きが怪しい。
「迂闊‥‥じゃった‥‥」
アナスタシヤには、マカールの手品の種が分かった。この手のことが出来る魔法には心当たりがある。
レジスト。そう名のつく魔法だ。ただ、最初の魔法の交差の時に、この魔法を敵の誰かが使った様子はなかった。この手の魔法を戦闘開始前から使っていたのなら、一つ前提となることがある。自分達の中にアイスコフィンを使う魔法使いがいるのを、相手が事前に知っていた、ということ。
(「死体を増やさんために使った魔法じゃったが、こちらの手を先に相手に教えることにもなったのか。やれやれ。世の中、上手くいかんのう‥‥」)
荷の中から、薬瓶を取り出して使おうとした。それを、マカールの蹴りが無情に跳ね飛ばす。
「ぐっ!」
トドメと繰り出された足を、寸でのところで昴が割って入り、身を挺して受けた。
すぐに反撃の剣を振るうが、やはりマカールの身体を捉えられない。
「くっ‥‥卑怯な!」
ガルディアの放った黒い光。悪魔法フォースコマンドがバルの精神に、仲間を殺せと囁く。自らを攻撃することで必死に理性を保つが、それでいつまで耐えられるか。
「邪魔です!」
「こっちの台詞だ!」
桃化はオーラの力で操りの魔法こそ跳ねのけたが、ガルディアに戦線をかき回されていた間に、治癒薬で体力を取り戻したディマスの相手に時間を取られた。
そして敵の僧侶と魔術師、ガヴリイールとクラーヴァが同様に治癒を終えたことで、冒険者達は防戦に移ることを余儀無くされた。
敵の犬の二匹には、エルンストのボルゾイ達があたって対応したが、残りの二匹は、やはり他の冒険者の妨害になった。マカールの攻撃の隙を見てオリガが氷に閉じ込めたが、その頃には既に体力も魔力も限界だった。
「くっ‥‥ここまでか」
ラザフォードが一つの魔法を使う。グラビティーキャノン。狭い遺跡などで使えば、周囲を崩すおそれのあった危険な魔法。それを、彼は敢えて使った。
思った通り天井の一部が崩れ落ち、激しい土煙が舞う。
「何処からでも良い! 全員、とにかく逃げろ!!」
不意の出来事に敵味方の動きが乱れたところに、彼は叫んだ。
四日後。幸運にも冒険者達は全員が命を永らえ、キエフで再び合流することとなった。
手痛い敗北。だが、立ち止まるわけにはいかない。
一刻も早く彼らを再び見つけ、今度こそ止めなければ‥‥。