【破壊神の僕】守護の魔獣
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■シリーズシナリオ
担当:BW
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:15 G 20 C
参加人数:12人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月28日〜07月07日
リプレイ公開日:2008年07月14日
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●オープニング
そこにあったのは、暗き闇の中を歩く五つの人影。
「まさか、これほど巨大な遺跡が地下に埋もれていようとはな」
一団の先頭を歩くガルディアは、手にした灯りを頼りに辺りを照らす。
最初に入った場所も、ただの通路だというのにやけに広かった。地上に残しては来たが、グリフォンでも十分に連れ歩けるだけの余裕がある。もっとも、さすがに自由に飛び回るには窮屈だろうか。
しばらく歩いて、大きな扉を見つける。
「何か、書いてあるな」
扉には古代語で書かれた文字があり、興味を示したのはクレリックのガヴリールだ。
「解読できそうかしら?」
「‥‥かなり難しいが、何とか」
槍を手にした女戦士、レティアが声をかけると、ガヴリールはそう応えて解読作業に入る。
「なら、その間に中の空気を変えておこう。ニーバ、扉に何か罠の類は?」
クラスティに訊ねられて、鉄弓を携えた男が扉の周囲を探る。
「‥‥いや、特に怪しいところは無い。ただの石扉のようだ」
「分かった。ありがとう」
礼を言って、クラスティは石扉を少しだけ動かして隙間を作ると、一枚のスクロールを懐から取り出して広げた。使うのは、新鮮な空気を生み出すクリエイトエアーの魔法だ。淀んだ空気の中に、急に飛び込むのを警戒してのことだろう。
しばらくして‥‥。
「当たりだ。ここに目的の物がある」
そのガヴリールの言葉で、ガルディア達は口の端を緩ませた。
中に入った彼らを待っていたのは、驚くほど巨大な空間だった。小さな灯りでは、あまり先まで照らせないが、広すぎて部屋の奥も、両側面にあるだろう壁も見えない。高さも相当で、ぎりぎり天井の位置が掴めた。
『立ち去れ』
その声は、ゲルマン語とは異なる言葉で、そう言った。
「‥‥誰だっ!?」
その言葉を、言葉として理解できたガヴリールが声に返す。
『我は守護者なり』
「おい、どうした? この声は何を言っている?」
ニーバに訊ねられて、ガヴリールは全員に声の内容を説明する。
「‥‥くだらんな」
探していた物が、あと一歩で手に入る。ここまで来て引き返す理由は無いと、ガルディアは歩を先へ進めた。
‥‥そして、それは動き出す。
『愚か者めが』
翼の羽ばたく音がした。
「‥‥何か、来る」
殺気を感じて、クラスティは矢を構える。他の者達もそれぞれに前へ後ろへと動き、戦いの配置についた。
そして、それが闇の中より姿を現した時、彼らは自分達の行動の軽率さを後悔した。
グリフォンを二周りは上回ろうかという巨大な獅子。両の肩にあるのは、竜と黒山羊の頭。蝙蝠を思わせる黒い皮の翼を持ち、尾は牙を覗かせる大蛇。
自らを守護者と称せし魔物。名はキマイラ。
「くらえっ!」
クラスティとニーバが、長弓と鉄弓から先制の矢を放つ。それは確かに直撃したが、固い皮膚に弾き飛ばされてしまう。
「だったらっ!」
レティアが槍を構えて、キマイラへと駆ける。刹那、キマイラの身体が淡く光った。
「っ!?」
漆黒の闇が視界を塞ぐ。何も見えなくなったレティアへと、襲い掛かったのは獅子の頭。鋭い牙が身体を貫き捉えれば、周囲に響き渡るのは激痛に啼く女の悲鳴。その獅子に咥えられた身体は、もはや自由に動くことも出来ず、死への絶望を刻まれ続けるのみ。
「調子に乗るな!」
炎の鳥と化したガルディアが、キマイラへと飛ぼうとした‥‥が。
――ッ!!!!
竜の口が開いた瞬間、生まれ出でたのは地獄の業火を思わせる炎の息。それは、あたり一面を呑み込んで紅の海へと変え、ガルディアのみならず、後方のクラスティとニーバ、ガヴリールまでが酷い火傷を負わされた。それでも、そこから逃げ出すだけの力が残ったのは咄嗟にガヴリールが強固な結界を展開したおかげだろう。それがなければ、今頃は全員が瀕死の状態で地面に転がっていても不思議では無かった。
逃亡の途中。最も足の遅かったニーバが通路の途中でキマイラに追いつかれ、黒山羊の角に貫かれる。キマイラがニーバを襲っている隙に、ガルディア達は何とか逃げ切ることが出来た。
「化物めっ‥‥!」
ガルディアは大地に拳を打ちつけた。
こんなはずでは‥‥。
そう思った男達の前に、彼女が現れる。
「‥‥貴様っ、どうしてここにっ!?」
ガルディア達の眼前で、美しい金色の髪が風に揺れていた。
「あらあら‥‥しばらく見ないうちに、随分と情けない格好になったものですね」
数日が経ち、キエフ冒険者ギルドにて、新たな依頼が張り出された。
「待ちかねたぞ」
集った冒険者の中の一人が、呟く。
「まあ、説明するまでも無いとは思うが‥‥」
パーヴェルは、集った冒険者達に依頼の内容を知らせる。
未発見に終わった先の遺跡の再調査。
それが、彼らに伝えられた全てだった。
もしかしたら、彼らは気付いていたかもしれない。
あるいは、覚悟をしていたかもしれない。
そこに待ち受ける、強大な敵の存在を。
●リプレイ本文
覗きこんだ闇の中には、怒りと憎悪が満ちていた。
そこで悪魔は己が目的のため、王の僕となった。
破壊神と呼ばれた魔王の僕に。
「かなり距離がありますが、ぎりぎりの範囲で見つけました。森の中に、人間のものと思われる呼吸が三つ。それに、やや大型の生物の呼吸も幾つか‥‥。地下の方にも、何か大きなものの呼吸が‥‥」
シェリル・シンクレア(ea7263)は、呼吸探査の魔法で発見した呼吸の存在を仲間達に伝えると、いそいそと荷の中から失った魔力を回復させるための薬瓶を取り出した。
「‥‥むう。そんなに遠くにいるのか?」
エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)も同様の魔法を使っていたが、反応を見つけられなかった。さすがに、シェリルが発動した超越級の魔法になると、探査できる範囲が段違いのようだ。
「大型の生物がグリフォンだとして、たったの三人というのは少し気になりますね」
「地下に進んだか、でなければ何かあったのかもしれんな」
言葉を交わすオリガ・アルトゥール(eb5706)とデュラン・ハイアット(ea0042)の視線の先。地下へと続く大穴が空いている。
「くっ‥‥下か。前の時に私が見つけていれば、連中に先を越されることも無かったものを‥‥」
最早、標準装備となってしまった印象のあるウサ耳を揺らしながら、ラザフォード・サークレット(eb0655)が悔しそうに大穴を見つめていた。
「ガルディアも、この先に‥‥」
呟くラスティ・コンバラリア(eb2363)の肩を、リュリス・アルフェイン(ea5640)が軽く叩く。
「今から、そんな気ぃ張ってると奥まで保たねぇぞ。それに、森にいる方の一人が奴かもしれねぇし」
そのやりとりを見ていた長渡昴(ec0199)が、考え込むようにして言う。
「後の憂いを絶つ意味では確かめに行くのが良いのでしょうけど、相手に近づいてくる意志がないなら、グリフォン相手に追いかけっこをしても勝てませんし、どうしますか?」
「何かの罠を張っておるのかもしれんが、どちらにせよ今回のわしらの仕事は、この遺跡の一番奥まで進むことじゃて。放っておくしかないじゃろう」
手にした指輪に祈りを捧げて、アナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)が言うと、仲間達も覚悟を決めたようだった。
「それで、そのペット達は戦力として連れていくのか?」
エルンストが、他の者の連れてきた馬や鷹などを見て言う。ただ、特に戦術に用いるつもりの者はいなかったので、それならと彼は離れたところに置いていくことを勧めた。
ランタンの光を頼りに、冒険者達がその奥へと進んでいた途中。ブレイン・レオフォード(ea9508)が血の痕を見つけた。
「まだ新しい。これは、もしかして‥‥」
「敵のものかもしれませんが、死体はないですね。血の跡が奥に続いているようですが‥‥」
クローディア・ラシーロ(ec0502)が足元に目を向けると、小さな血の跡が数箇所。
「最近、人が立ち入った様子の足跡もありますね。‥‥奥に向かったものと、引き返したものがあるようですが、人数が違うような‥‥」
「奥におるか‥‥でなければ、何かに襲われてやられたというところかの?」
昴の言葉に、アナスタシヤはそう返して、少し嫌な想像をした。もし、後者の場合であったなら、この先に、あのガルディア達が追い返されたほどの力を持つ何かがいるということになる。
「なら、敵の狙いは私達とその相手を戦わせての漁夫の利というところですか。相変わらず、汚い手を‥‥」
「なに。来ることが分かっているなら、対処のしようもある。その相手をさっさと片付けた上で連中が欲しがっているものを先に手にいれ、その上で後から来た連中も片付ける。簡単なことだ」
表情を歪めたラスティの横で、デュランは敵の考えを鼻で笑ってみせた。
「せめて、ここでどんな戦闘があったかを見れれば良かったのだが」
過去見のスクロールを持ってエルンストが呟く。この魔法は、かなり正確な時間を割り出さなくては、上手く扱えない。それを知るための手がかりはなさそうだった。
しばらく歩くと、今度は大きな扉が見えた。
「これは‥‥」
「古代魔法語のようじゃが‥‥む‥‥」
その分野に心得のあった術士の面々が解読に挑んでみるが、皆、睨みあったまま動かなくなってしまう。
「あ、分かりました」
一人、声を上げたのはシェリル。特に意味はなく魔法でぷかぷかと浮いている不思議ぶりや、幼くどこか頼りなさげに見える外見とは裏腹に、彼女の持つ知識はそこらの学者などよりも上だ。
念のためにと彼女はテレパシーを使おうとしたが、ここにいる全員にそれをやるのは魔力の無駄な消費が大きすぎると、アナスタシヤが止めた。
幸い、近距離に人の呼吸や悪魔の反応など怪しい気配もなかったので、小声で仲間達に伝える。
(「『封じられし王への鍵』‥‥」)
それぞれに、頭の中でその言葉を繰り返す。王とは何か。何故、封じられたのか。その鍵とはどういうことなのか。謎は残るが、大きな前進をした気がした。
「さて。この扉のさらに奥の方に、大きな何かがいるようなのですが‥‥」
「さすがに、良い予感はしませんね」
「とは言え、私達は進まなければいけない。ここに書かれた言葉の意味を確かめるためにも」
シェリルの問いに、オリガとユラ・ティアナ(ea8769)が決意を込めた穏やか笑みを返す。
魔力の回復、能力上昇魔法の付与。出来ることは全て終えて‥‥。
そして、扉は開かれた。
『立ち去れ』
闇に響いた声。それをラテン語と理解し、言葉を返したのは昴。
『貴方は誰です?』
『我は守護者なり』
昴はより多くの情報を聞き出せないかと試みることにした。
『何を守護しているのです?』
『お前達が知る必要の無いことだ』
『では、ここはどういった場所で‥‥』
『お前達が知る必要の無いことだ』
他の仲間達に、その会話の内容を伝える昴。
「埒が明かないな‥‥」
「しかし、はいそうですかと帰るわけにもいきませんしね」
「まあ、最初から覚悟の上だったことだ」
戦う意志を固めて、冒険者達は闇の中へと一歩を踏み出す。
『愚か者めが』
淡い光が二度、見えた。それが何の魔法であったのかを冒険者が知ったのは少し後だ。
「なあ、来た道を引き返さないか? 敵がでかいの一匹だってんなら、狭い場所の方が何かと戦いやすい気がするんだが」
「いや、それは得策じゃないよ。せっかくこっちが数で有利なんだ。この広い場所で敵を包囲するようにした方が良い」
リュリスの突然の提案には、ブレインが否を伝えた。元より、多くの者がこのまま戦うつもりの体勢をとって動いており、急に作戦を変えて動こうとすれば互いに混乱するだけだろう。
「‥‥来るか」
ランタンを適当な場所に置いて、ラザフォードは闇を見据える。全員で周囲に置いたランタンの数は計七つ。視界の確保は、それなりに出来そうだ。
そして、光の中に魔物は姿を現す。
「これは、キメイラ!?」
知識の中にあった魔物の名を口にし、続けてデュランは知りうる情報で仲間達に注意を呼びかける。
「飛ばれたままでは厄介だ。魔法と弓で叩き落せ! それと、ブレスと魔法には注意しろ!」
散開し始める冒険者達。
「そこっ!」
まず最初に届いた攻撃は、ユラの矢とラスティの氷輪。それぞれに、急所と思えたところを勘で狙って放つ。
しかし、全く通じた様子が無い。二人の攻撃は容易く弾かれてしまう。
「くっ‥‥」
「何て硬い‥‥」
脅威でないと判断したのか、キメイラは囮役の二人には少し視線を走らせただけで素通りし、後方に固まっていた術士陣と、その前にいたリュリスに狙いを定めて、飛び込んできた。
「そっちから来るなら‥‥!」
大剣を構えるリュリス。それに向けられるのは、獅子の牙‥‥いや、その直前に、黒の山羊の唱える魔法。
「させぬ」
咄嗟に、アナスタシヤがホーリーフィールドを展開する。ダークネスの闇は結界に遮られた。獅子の牙が結界を貫き破って迫れば、リュリスが牙を受け止め‥‥、
「なっ!?」
体格差の成す力技か。獅子の頭がリュリスの身体に噛み付き、持ち上げる。
「はあっ!」
離させようと昴が剣を振るったが、オーラを宿してなお、その剣はキメイラの皮膚に阻まれて傷と呼べる傷を負わせるに至らない。
身の危険を感じたリュリスの視界。見えたのはシェリルの雷光と、オリガの水弾。
――ドッ!!!
さすがのキメイラも、二人の達人級の魔法を受けて平然とはいかなかったらしく、大きく体勢を傾かせる。
「はああっ!!」
生まれた隙を見逃さず、剣を獅子の顔へと突き立てるリュリス。かろうじて、獅子の牙から逃れた。
地に落ちて傷を負ったリュリスに、クローディアが素早く治癒の魔法をかける。
その一方、背面へ回りこんでいたブレインが、波打つ龍の彫刻がなされた魔剣を手に、キメイラへと切りかかる。
「そこだっ!」
剣の魔力が蛇の尾を裂き、確かな手応えがブレインの手を伝わる。
痛みに叫ぶ魔物の咆哮。このまま地上にいるのは不利と判断したか、魔物は宙空へと逃げる。
「厄介な奴め」
引き摺り降ろそうと、ラザフォードが重力の魔法を放つが、元より空を飛び、人間を遥かに凌ぐ体力を持つキメイラには、体勢を少し揺らがすだけで大きな効果は得られなかった。
そのラザフォードに、予期せぬ事態が襲う。
「ぐっ!?」
痛みに肩を見れば、突き刺さる矢が一本。
「‥‥誰!?」
ほぼ同じタイミングで、ユラの背後を襲う槍。
ぼんやりと闇の中から敵の姿が見えれば、その相手に、冒険者達は見覚えがあった。
グリフォンに乗っていた女槍士と鉄弓使い。
「魔法で使役されているのか。敵だったとはいえ、何と哀れな‥‥」
おそらく、最初に見えたキメイラの発光はクリエイトアンデットを使ったものだったのだろう。とはいえ、予期していなかった増援に冒険者らは不意を突かれる形になる。
その隙を見てか、キメイラは奥の手を使う。龍の口より放たれるのは、灼熱の炎。
「させるか!!」
咄嗟に、この攻撃を警戒していたデュランが一つの魔法を発動させる。ブレスに抗する限られた手段の一つ、風の魔法ストームを。
それは、龍の口より吐き出された炎を押し返して‥‥いや。
「馬鹿なっ‥‥!?」
灼熱の炎がデュランの視界を飲み込む。そう、残念ながらキメイラのブレスは、デュランの力量で返せる威力を遥かに超えていた。
「‥‥くっ‥‥そ‥‥」
かろうじて立っていられたブレインが周囲を見れば、半数以上の仲間が地に倒れ伏していた。術士陣の数人は、既に息があるかも妖しい。あの炎では、咄嗟に小さな防御結界を張れても、余り意味を成さなかったかもしれない。
他に無事に見えたのは、体力に秀でたリュリス、クローディア。そして、とにかくブレスに対して警戒し、全力で龍の首から逃げの戦法を取っていたラザフォードや昴。
だが、それで終わりでは済まない。
そう。二体のアンデッドの存在が、傷ついた冒険者らに追い討ちをかけた。
(「早く‥‥しないと‥‥」)
この時、消えかけた意識の中で、シェリルは内心、焦っていた。自分達以外の人間の呼吸。それが、徐々にこちらに近づいてきていたことが、彼女には分かったからだ。
そこからの戦闘は、まさに刹那の判断が命を分ける瞬間の連続だった。
瀕死の術士達は、キメイラへの有効打となるような攻撃も出せず、闇の中から放たれる矢から逃れて、治療薬を飲み命を繋いだ。それでも、一本飲めばすぐに全快とはいかない。傷が治りきらぬ間に、キメイラとアンデット達が追い討ちをかけてくる。前衛陣は、後衛からの助けとなる結界が張られなくなったために、魔法で容易く視界を封じられて大幅に行動を阻害されたし、元より、一度崩れた陣形を立て直すほどの猶予は、複数の対象を一度に攻撃できるキメイラから得ることは至難だった。
ブレスへの対処が十分に出来なかったことと、警戒していなかった二体の強力なアンデッドの存在。冒険者達がようやくアンデッド達を倒し、戦況の流れを取り戻した時には、半数の冒険者が息絶えていた。
「残ったのは、これだけ‥‥ですか」
昴が周囲を見れば、生き残っていたのはリュリス、ブレイン、ユラ、ラザフォード、ラスティ。
「へっ、こいつにトドメを刺して、他の奴等を背負ってキエフへ帰るには十分な人数だ‥‥」
傷だらけの身体で何とか剣を構えて、リュリスは自分を鼓舞するように言う。
冒険者達だけでなく、対峙するキメイラも既に満身創痍の状態。あとほんの少し。
だが、希望は絶望へと色を変える。
「本当に、綺麗に潰し合ってくれたものですね」
「全くだ。こうも上手くいくとはな」
背後からの声に覚えのあったラスティは、全身の血が怒りで滾るのを抑えることが出来なかった。ありったけの負の感情を込めて、その名を呼んだ。
「イペス‥‥。ガルディア‥‥」
美しい少女の顔を、正に悪魔と称すべき邪悪な笑みで歪めるイペス。
「あら。覚えていてくれたのですか?」
「白々しい奴だ。忘れるわけがねぇ。むしろ、お前が出てくるのを待ちくたびれて欠伸が出たぜ」
リュリスは、近くに突き立てていた悪魔殺しの剣を取る。
「どうせ、またろくでもないことを考えているんだろう。好きにはさせない。‥‥もう二度と!」
ブレインも剣をイペスへと向ける。しかし‥‥。
『どきなさい』
「‥‥!?」
その一言で、ブレインと昴が構えを解いた。
「な‥‥んで‥‥」
自分の意思ではない。こんなことをしたくはない。だが気付けば二人は、イペス達の通る道を空けていた。
「ふふっ、お利口さんですね」
「その力‥‥言霊か?」
「ええ。ある方から授けて頂いた力の一つ。私に似合う、素晴しい力だと思いません?」
「そうですね。他人の大事なものを平然と踏み躙る貴女には、相応しい力ですよ。‥‥本当、反吐が出るくらいに‥‥」
ラザフォードの問いに嬉々として応えるイペスに、ラスティは侮蔑の眼差しを向けた。
「‥‥生意気な目。そんな状態で、まだ私達と戦える気ですか?」
「どんな状態だろうが、お前らに媚を売るなんざ、死んでも御免だ」
「なら、望み通りに殺してやろう」
冷たい声の後。炎を纏ったガルディアが二人を襲う。
「させな‥‥」
『じっとしていなさい』
「‥‥っ!?」
二人の援護に動こうとしたユラとラザフォードを、イペスの言霊が縛る。
誰の目から見ても、勝負になる状態ではなかった。リュリスがまず倒れて、次にラスティが狙われ‥‥その時、イペス達の目が離れた隙を見つけて、動いたのはキメイラだった。
「何の悪あがきを‥‥」
キメイラの姿が消えた先の闇から、光が見えた。
――――ッ!!
眩い光と轟音に、天井の一部が崩れて地上の光が差した時、冒険者達は見た。
二頭の竜が天へと飛翔する姿を。
イペス達が慌てた様子で竜達を追っていった後には、傷つき疲れ果てた冒険者達だけが残っていた。