●リプレイ本文
それは、万物を縛る鎖。
大地が大地として存在を成す理由。
己が咆哮一つで、世界の形すら変える。
その力を、己が名に冠して。
キエフより遠く離れ、草木の生い茂る深い山奥。
冒険者達は額に汗を浮かべながら、その険しい道を進んでいた。
少し休憩にと、皆が地面に腰を下した時の話。ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が叫んだ。
「ええい大公めぇ! ちょっとばかし魔王を追い払ったからって『竜と仲良しさんになりたい』とは調子こきすぎなのだ!」
「そう言うわりには、顔がニヤけているな」
隣にいたデュラン・ハイアット(ea0042)が指摘すると、ヤングブラドの顔が益々、弛んだ
「はうっつ!! 余としたことが‥‥いや、実は本音と建前が逆になっただけなのだ。けして、それナイスアイディ〜ア! などとは思っていないのだ」
「ものすげぇ楽しみにしてる‥‥ってな風にしか見えねぇな。まあ実際、面白そうではあるけどな」
同じく、笑みを浮かべて言うのはリュリス・アルフェイン(ea5640)。
「のんきなものねぇ‥‥。先の戦いも相当な無茶だったけど、今回のも同じくらい凄い無茶な依頼よ」
「そうだね。‥‥ラージドラゴン。正直、どんな相手なのか僕には想像がつきません。どういう存在なのですか?」
シオン・アークライト(eb0882)の言葉に雨宮零(ea9527)は頷いて、それからリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)に問いかけた。彼女には、高度な魔物知識がある。
「そうね‥‥私も外見上の話しか出来ないけど、大きさはミドル級と呼ばれるドラゴンの倍。戦闘能力も段違いで、竜語魔法と呼ばれる特殊な魔法を使うことで、さらに凄まじい力を発揮すると聞いているわ。中には、触れた相手をドラゴンに変える力を持つものもいるとか」
聞いて、数人が呆然とした表情になる。
「‥‥とんでもない話ですね。つまり、そのドラゴンを味方に出来れば、人間の兵隊がドラゴンの兵隊に変わるかもしれないと?」
「誰もがクエイクや、サン、シャドウといった、過去に私達が戦ったミドルドラゴン達のような力を得られる可能性があるかもしれんわけだな」
オリガ・アルトゥール(eb5706)の一言に、ラザフォード・サークレット(eb0655)の頭の中に浮かんだのは、竜へと変身し悪魔の軍を薙ぎ払う自分達の姿。そして、同じように竜と化して戦う国の兵士達の姿。
「‥‥あれが何十、何百匹の規模で味方に出来るのか。頼もしいを通り越して、恐ろしい話だな」
「もし実現したなら、今度こそ魔王軍を倒せるかもしれませんね」
長渡昴(ec0199)は期待に胸を膨らませた。先の戦いで見た、他の悪魔とは桁違いの力を持つ魔王達。あれに対抗するに、ラージドラゴンの力は希望たりえるか。
「何にせよ、当のドラゴンを見つけだすのが先決ですね」
「そうであるな。とにかく話をしてみぬことには。まだ、人の味方にできたわけではない。全ては、この依頼を成功させてからだ」
フィーネ・オレアリス(eb3529)とガルシア・マグナス(ec0569)の言葉に、一同は頷いた。
さて。
この後、長い探索を経て、彼らはラージドラゴンのところへ辿り着くこととなる。
今回、その過程については多くを記さない。
重要な部分のみを挙げるならば、今回のような局地において以心伝助(ea4744)が忍びの技巧と術を駆使して仲間達を助けたことや、山岳や森林における深い知識を有するラザフォードの存在、ラスティ・コンバラリア(eb2363)の魔法を用いた偵察などがあった。ミュール・マードリック(ea9285)の予知魔法は残念ながら失敗に終わっている。
道中にて、多種多様な魔物との戦闘もあったが、それこそ魔王軍との戦いすら生き抜いた彼らが、その辺りの魔物に遅れを取るはずもなく。ましてや高度な治癒術を行使できるフィーネまでいるのだから。
なお、幾人かが悪魔の妨害や襲撃を警戒していたが、今回においてその兆候は全く無かったことも付け加えておこう。
『モウイヤダ!! オ、オレハカエル!!』
「ふむ。まあ、そろそろ良かろう」
道中の案内役代わりにと、痛めつけて脅して無理矢理に連れて来た現地のオーガをラザフォードは逃がした。
「これじゃ、どっちが鬼だか分かりませんね」
「はて、何か言ったかな?」
オリガの呟きに、ラザフォードは聞こえない振りと笑みで返した。
ここで余談を一つしよう。ラザフォードは、相手にアースダイブの魔法をかけることで、強制的に地中に引きずりこむことを戦術に組み込めないかと、何度か道中に試してみた。
結論を言えば、可能ではある。しかし、扱いが難しい。まず、相手が魔法抵抗に失敗しなければ効果が無い。また、地中に沈めるにも、ラザフォード自身の格闘能力や腕力が低く、接触を回避されたり力で押し負けたりする可能性が高い。上手くいく可能性は低く、危険ばかり大きいため、実用性は極めて低いと言わざるを得ない。
「これでまあ、見つけるには見つけたわけだが‥‥」
デュランの視界。
それは、近くに来さえすれば、探すまでもなく見つかった。山の岩壁に、見えるのは巨大な黒い鋼鉄の塊‥‥いや、竜。
「あの竜鱗の色‥‥地を統べる竜、グラビティードラゴンですね。深遠な知識を持つ、落ち着いた性格の竜と、聞き及んでいますが‥‥」
「何か、気になることでもあるんでやすか?」
リュシエンヌの浮かない表情に、伝助が訊ねる。
「私も耳にしたことがあるが、大変に疑り深い性格の竜らしいな。話し合いはできそうな相手だが、説得するとなると容易ではなかろう」
この先の苦労を予感して、デュランはやれやれと息を吐いた。
そう。問題はここから。
『‥‥ドラゴンよ、私の声が聞こえますか?』
リュシエンヌのテレパシー。グラビティードラゴンは正面に見える。
『人間が私に何の用だ?』
その返答はテレパシーではなく、直接に声で返された。およそ人のものには聞こえない、重く響く声だった。
「魔法の挨拶にて失礼いたしました。実は、お話ししたいことがありまーす。今、この地に存在する魔王の脅威について‥‥。もう少し、近づいても構いませんか?」
『許す』
「‥‥何だ。聞きわけの良い方じゃないですか」
「本当でやすね。恐がったりしたら、こっちの方が失礼でやんす」
人の好い零と伝助が、先んじて竜へと近づいた‥‥が、
――スゥ‥‥。
「危ない!!」
――ゴゴオオオオオッツ!!!!
シオンの声より早く、それは零達も気づいた‥‥が、対応は遅れた。
轟音と黒光が揺らす大地。竜のブレス。
竜から二人のいた場所までの直線上、大地が抉れていた。
「てめえっ!!」
「何ということを!?」
リュリス達が盾を構えて走り、フィーネはすぐに二人の治癒にと動いた。
幸い、伝助は携帯していた厄災の土偶が身代わりとなって無事。零は瀕死の状態だが、フィーネの術ならすぐに回復可能だ。
「嘘をついたのですか!?」
リュシエンヌが抗議する。
『よく言う。お前達こそ、私が接近を許したところで、その手の武器で一斉に襲いかかる腹積もりだったのではないのか?』
「ふざけたことを!!! そっちがその気なら!!!」
「よせ。今は耐えろ」
「感情的になっては、なりません」
零の酷い負傷を見て狂化したシオンが剣を手に竜へかけようとしたのを、ミュールとガルシアが阻む。
「‥‥なるほど。疑い深いとは聞いていたが‥‥皆、構えるな! 竜よ、我らに交戦の意思は無い! これは本当だ!!」
ラザフォードが再度、訴えた。
『ほう‥‥』
それを受けてか、グラビティードラゴンも追撃を行ってこない。零達を助けるために、冒険者達は既に竜の攻撃の間合いに入っていた。
両者、少しの沈黙。
その間に魔法で回復した零がシオンを宥めて、ようやく場は落ち着きを取り戻す。
『本当らしいな。良いだろう‥‥話せ』
「ようやく、まともに話せるか‥‥俺から行こう」
自信に満ちた表情で、前に出たのはミュールだ。
「俺の知り合いが、山脈のとある竜達の出産に立ち会うこととなり、無事に産卵は成された。その、めでたい話をしよう」
――ザワ‥‥ザワ‥‥。
不穏な空気が流れ、この時、周りの全員が同じことを思った。
(「何故、今そんな話を!?」)
そんな周囲の反応を余所に、ミュールは続けた。悪魔の軍を相手に、人間と竜が協力した話。つい最近にロシアであった実話だ。
「ここで問おう。月の眷属の竜はいつも昼の間、眠っている。それが何故か貴殿に判るか」
――バッ!
ここで、ミュールは目を閉じ、悩み抜いた末に編み出した麗しのポーズを決める。口に加えた魔法の薔薇の効果により、彼の背後には美しい薔薇吹雪が舞う。
この時、周りの全員が再び同じことを思った。
(「そのポーズに何の意味が!?」)
しかし、やはり気にせず、ミュールは続ける。盛り上がりは最高潮。じっくりと間をためて、最高のタイミングで最後の一言を!!
「答えは、『ナイト』と共に戦うた‥‥め?」
やり遂げたと思ったミュールが目を開けた時‥‥彼の前に竜はいなかった。
「‥‥というわけで、私達は魔王と戦うために、貴方の力を借りたいのです」
『ふむ。事情は、大凡分かった』
――ガーン。
少し離れたところで、ラスティやオリガがグラビティードラゴンに説明を済ませていた。
がっくりと、肩を落として膝をつくミュール。
「俺は‥‥何のために‥‥」
落ち込む彼の両肩に、二つの手が置かれた。
「大丈夫であるぞ。ミュール殿」
「ああ。あんたの魂の輝き、私達はしかと見届けた」
それは、ヤングヴラドとラザフォード。
「お前達‥‥」
今ここに、男達の間に熱い何かが‥‥。
――ブオオオッ!!!
突然の突風が、三人を吹き飛ばした。
「ええい、面倒な奴らめ! さっさとこっちの世界に戻って来い!」
デュランのストームだった。
「気高き陽の精霊も、その心を闇に染められ、この地の闇は次第に深まり、全てを滅ぼさんとしております。今、王を封じるには、かつて王を封じた先人の知恵が必要と考え、命を賭けて参りました。如何か、古よりかの地を知る御身の知恵をお貸し下さい」
ガルシアは深く礼をして、竜に嘆願する。
しかし‥‥。
『生憎と、過去の魔王の時代など私も知らぬ』
「そんな‥‥」
オリガは頭を抱えた。ここでも手がかりは無いのか。
『もっとも、魔王と呼ばれる者とて所詮は神より地に堕とされた悪魔。それは、絶対の力を持つ存在では無いという証。必ず戦う術はあろう』
「簡単に言ってくれるな。まあ知らぬものは仕方あるまい。それで‥‥私達と供に、魔王と戦ってくれるのか?」
デュランの問い。
『断る』
「何故です? 理由を教えて下さい」
ラスティの見る限り、この竜は自分達の話を真剣に聞いてくれていた。それでも、首を縦に振ってくれないのは何故か。
『悪魔達との戦いは私も避けられまい。その時を感じれば、自ら動こう。だが、人間に協力するということは、お前達に気を払いつつ悪魔の軍と戦えということだろう? 私にしてみれば、人間の存在など気にせず、悪魔ごと纏めて潰す方がよほど戦いやすい。それに、いつか人間も私の領域を侵すやもしれん』
その言葉に、苛立ちを覚えたのはリュリスだ。
「‥‥ったく、どいつも随分と人間を見下してくれやがる。なら、試してみろよ」
取り出すのは、斬魔刀。戦いは避けたかったのが冒険者達の本音だが、このままでは、自分達と悪魔の戦いに竜が乱入して混乱を増やすだけ。
「条件を決めようぜ。こっちがお前のブレスをしばらく耐えきるか、でなきゃ、こっちの攻撃が鱗を超えて傷を付けたら、こっちの勝ちってのはどうだ?」
『‥‥少し相手をしてやっても良い。だが、私の攻撃はブレス以外も含めてもらう。それだけなら、幾らでも防ぎようがあろうからな』
「ちっ、仕方ねぇな」
話は纏まり、互いの力を確かめるための戦いが始まる。
だが、その戦いは呆気なく終わることになる。
『‥‥止めだ。随分な口を叩いて、この程度か』
冒険者達は、悪い夢でも見ているのかと思った。
デュランの放つ達人級の雷光、オリガの超越級の水弾。どちらも直撃したが、グラビティードラゴンにはカスリ傷しか負わせない。かなりの強化を施されているはずのミュールの冥王剣でもその鱗を越えられず、リュシエンヌの達人級のシャドゥボムなどは、完全な無傷。ラスティのスクロールによる魔法達は、隙を生むほどの効果を見せず、それを突くつもりであったリュリスの剣は、慣れない技を狙って剣が鈍ったこともあり容易く交わされた。ガルシアの剣は当たったが、やはりカスリ傷に終わる。他の者達の攻撃も同じような結果だった。これは、冒険者にとって未知の部分が多い竜語魔法の一種によるもの。なお、リュシエンヌが視界を封じたりもしたが、竜は地の探知魔法を使い、即座に対応してきた。
一方で、ドラゴンの攻撃への対処。再び放たれたブレスを、フィーネの超越級の結界が受ける。超えられたものの、聖女の祈りで強化されたこともあり威力の大半は削いだ。問題はその追加効果である凄まじい重力負荷。力自慢の前衛の者達でも耐えきれず、盾でダメージを抑えても転倒するものが続出し、陣形は崩壊。この隙を突かれて攻撃されては、どうにもならず。超越級の神聖魔法を使うフィーネとて、高速詠唱にては完全に使いこなせず魔力の消費も並みでは無い。彼女に限らず、転倒から立て直すための、一手の遅れが行動に響くものは少なくない。
最終的に、一分と経たぬ内にグラビティードラゴンは自らこの戦いを無意味と判断した。それこそ他の竜語魔法のほとんどや、ホバリングアタックやフラップトルネードといった、竜独自の戦闘を優位にする能力さえ使わず‥‥つまりは、本気で戦うまでもなく。
「こんなもんだってのか‥‥!!」
悔しさに、リュリスは地面を叩く。
他の者達も、表情は重い。
『‥‥土産代りに、一つ教えてやろう』
そう口を開いたのは、竜だ。
『私の見たところ、例えば、お前の剣は力ばかりで技と知識が足りぬ。それでは、知恵深き悪魔は容易に流そう。あるいは、より大きな力に簡単に負ける。力と技と知識を共に深く身につけよ。ただし、技と知恵だけでも力が無くば同じ。全てを一つに揃えてこそ、真の力となろう』
「難しい問題ですね‥‥」
零はリュリスへの竜の話を受けて考える。例えば、彼には相手の急所を正しく突く技はあるが、竜に対する知識は浅い。もし、自分に十分な知識があれば、強靭な竜の鱗を抜けて、正しく竜の皮膚まで攻撃を届かせられていたかもしれない。あるいは、それを補える魔法などがあれば‥‥。どちらにせよ、容易に身につくものではないのが、大きな課題ではある。
結局、竜の快諾を得られぬまま冒険者達はキエフへと戻ることになる。
そして、次の大きな戦いが起こるのは、それから間もなくのこととなる。