【真紅の滅び】欲望の果て【黙示録】
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■シリーズシナリオ
担当:BW
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:15 G 20 C
参加人数:15人
サポート参加人数:4人
冒険期間:06月21日〜06月30日
リプレイ公開日:2009年07月18日
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●オープニング
悪魔達による、大規模なキエフ包囲戦より一か月。
多くの冒険者の活躍によって戦いは王国軍の勝利に終わり、一時ではあるものの、ロシアに束の間の平穏が訪れていた。
だが、この戦いに参じたチェルニゴフ公国の兵達は、この一月の間に傷を癒し、あるいは新たな戦いに向けて修練に励んでいた。
彼らの目的は二つ。
魔王アラストールの討伐。そして、奪われた公国の秘宝、キングスエナーの奪還である。
「再び兵は整った。先の戦いで魔王の軍は戦力の大半を失ったまま。この機を逃す手はない‥‥。しかし‥‥」
大公ヤコヴ・ジェルジンスキーは魔王軍へ攻め込むことを躊躇っていた。理由は単純明快。あの魔王アラストールの存在である。
他者を己が下僕と変える、世に類稀なる強力な魅了の力を持つ魔王。ようやく兵力が上回ったとは言え、それだけで勝てる相手とは思えない。
先の時のように、竜の助力があればとも考えるが、あの戦いの後にグラビティードラゴンは再び己が住処へと戻っている。彼もまた、戦いで負った傷と疲れを癒すため、しばしの休息をとると言っていた。もっとも、今でも完全に人間の味方になったというわけではなく、必要な時がくれば勝手に動くつもりらしい。何ともままならないが、あの竜の力もまた強大なもの。人の手の内に操るには、過ぎた存在だろう。
しかし、希望が無いわけではない。
大公は、あることの調査を臣下に命じ、その結果を待っていた。そして‥‥。
「閣下! ご報告が‥‥!」
大公の間へと、駆け込んだ兵が一人。
「ようやく来たか。それで‥‥」
訊ねた大公ヤコブに、その兵は笑みと共に応える。
「はっ! 各地域の学者達にも確認をとったところ、やはり、頻発していた地震、川の氾濫も含め、各地で起こっていた異常気象の類が急速に減少しております。気温、天候も平年のそれに近しいものであり、魔王の出現する前の、安定した状態に戻りつつあると」
「そうか。では、やはり魔王は‥‥」
今、このロシアの地にいない。
理由は見当がつく。先の戦いの折、アラストールは冒険者達に告げた幾つかの言葉。ルシファー。復活の鍵。万魔殿。
おそらく、アラストールはキングスエナーを手に、地獄の大魔王の封印を解きに向かっているのだろう。ゆえに、このロシアを離れた。
魔王はいない。キングエスナーも無い。だが、その間にこそ出来ること、しておくべきこともある。
冒険者ギルドに依頼が届けられるのは、それから間もなくのこと。
内容は単純明快。大将のいない間に、その部下達を一気に叩くこと。
魔王軍、討伐である。
いまや、その数を十分の一ほどに減らした魔王軍の陣中にて、ガルディア・ローレンは戦いの準備を進めていた。悪魔達と協力してのレミエラの生成、強化。罠の作成に、街の外壁の補修など。
商業で活気づいていた街の面影は既に無く。特に、ローレン商会本部の一帯は、ローレン城塞とでも呼ぶべき、砦の様相を呈していた。短期間にこれだけ大掛かりな構造物の変化が成されたのは、悪魔の知恵と力による成果か。
「あと少し‥‥あと少しだ‥‥」
ガルディアは呟いた。今、この魔王軍は危険な状況にある。魔王アラストールはルシファーの復活を解くために地獄の万魔殿に足を運んでおり、しばらく戻っては来ない。しかし、その封印から解放されてしまえば、大魔王と各国の魔王はその力をもって、地上に悪魔の王国を築きあげることだろう。そして、その次には‥‥。
「レル、助けてあげられなくて‥‥ごめんよ‥‥」
「ゆっくり休んでくれよ、マカールさん。あんたの仇‥‥今度こそ俺達が‥‥」
街の片隅に、二つの墓が建てられていた。
クラスティとディマス、ガヴリール。三人の男達が、祈りを捧げていた。
『あ〜あ。やっぱり、人間は人間ね。祈ったところで、もう死人に何かが届くなんて、そんなこと無いわよ。そんなに未練があるなら、いっそアンデッド化でもさせる?』
「うっせーよ、ヴァブラ。こいつはな、魂の問題だ」
「‥‥ディマスにしては、良い言葉を吐く。私も、こんなところに堕ちた身であるが、人間を捨ててなお、どうにも人間であるようだ」
言って、ガヴリールは目を伏せた。
『馬っ鹿じゃないの? そんな自由にならない感情なんてものがあるから、人間は不完全で弱いのよ。さっさと捨てて楽になっちゃえば〜?』
「そうかい? 君にだって、感情はあるだろう?」
『そうね。でも、私の持つのは、怒りや憎しみだけ。大事な玩具を奪われて、頭に来てるの。だから‥‥』
「別に良いさ。俺達がやりたいことは一緒。そういうこったろ」
白い羽が空に踊る。二人の堕天使が、空より大地を見下ろしていた。
『さて、アラストール様が来るまで、持ち堪えられますでしょうか‥‥』
『持ち堪える? イペス。まさか、私まで人間どもに敗れると?』
『恐れながら、アリオーシュ様。仮の肉体で真の力を出せていなかったとは言え、メフィストフェレス様でさえ地獄に送り返されては‥‥』
『確かに、長き時のうちに人間どもは力を身につけたようだ。だが、それならばこそ、我らには都合の良い相手でもある』
『‥‥確かに、面白いものが見れるかもしれませんね』
二つの美しい顔が、妖しく微笑みを浮かべて‥‥。
『さあ、宴の続きをしようではないか、人間達よ』
●リプレイ本文
闇の中に差し込む光。
幾多の戦いを、長き夜を、苦しみを超えて。
今、迎えるは黎明の時。
戦の先端が開かれたのは、大地ではなく空。
「今までの暴威、熨斗を付けて返してやるわ」
ヒポグリフを駆るシオン・アークライト(eb0882)の剣が、次々と向かって来る悪魔達を切り払う。
「魔王がいないとはいえ、油断するなよ。厄介な連中が、まだ残っているだろうからな」
デュラン・ハイアット(ea0042)もまた、グリフォンの背より雷の魔法を放って悪魔達を撃ち貫く。少数ではあるが、自分達の後方から公国兵の弓や魔法の支援もあった。
そして、彼らの前で戦神のごとき活躍を見せていたのが、ミュール・マードリック(ea9285)。盾の魔法効果により飛翔し、オーラの力に充ち溢れた肉体から放たれる斬撃の波動は、襲い来る悪魔を次々と退けた。
「さて‥‥」
頃合いを見て、彼は地上に降りる。
それと、ほぼ同時に‥‥。
「我が魔術をもって‥‥この門、押し通る!!」
その魔術師、ラザフォード・サークレット(eb0655)の一声は、駆け出す兵達と共に。
放たれる魔法に幾度も揺れ、兵達の突撃も加わって、程なく倒壊する門。
「鬼のいぬ間に逆襲させてもらいましょうか‥‥速攻で」
大した敵の抵抗も無かったのは、リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)の魔法による視界妨害の成果でもある。最良の状況で突入を開始できたのも、彼女のテレパシーにより、内部に潜入している仲間達と交信できたことが大きかった。
また、城塞の各所を見れば、あちこちから火の手が上がっている。内部に潜入した以心伝助(ea4744)の行った火計である。悪魔達に大した効果は無いだろうが、陽動にはなっているだろう。
開かれた道を、雨宮零(ea9527)が走る。
「ここは時間との勝負‥‥。態勢の崩れているところから一気に攻めないと」
『オノレ、ニンゲンドモ!! ミノホドヲオシエテクレル!!』
駆けだした先、目の前に現れたのは悪魔の黒豹グリマルキンの群れ。鋭い牙を剥き出しにして、前線の冒険者や兵達に襲いかかる。
「残念ながら、身の程を知るのはそちらの方ですよ」
『ナニ!?』
生まれ出でた吹雪がグリマルキン達を薙ぎ払った。オリガ・アルトゥール(eb5706)の魔法。崩壊した敵の先陣へ零や周辺の兵達が果敢に攻め込み、さらに奥へと進む。
「ふははははは! キングスエナーを奪われたとは言え、いまだこちらは意気軒昂であるな! 良いことなのだ!」
ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)の高笑いが戦場に響く。
「申し訳ありません大公殿下。その‥‥先の戦では‥‥」
ヤングヴラドの言葉で、先の戦いで魔王に奪われたキングスエナーのことを思い出し、ガルシア・マグナス(ec0569)は側にいる大公ヤコヴの方を見やる。大公はガルシアの言わんとするところを察したらしく、首を横に振って、その先を制した。
「キングスエナーのことならば、気に病まずとも良い。元より貴殿らの助力なくば、とうの昔に魔王に奪われていたであろうもの。そして、一時は公国と共に滅ぶことも覚悟した我らが、今もこうして悪魔達と戦うことが出来るのも貴殿達のおかげだ。感謝こそすれ、どうして恨むことがあろうか」
ガルシアの胸を、その言葉が打った。国の秘宝であり、先祖代々の家宝であったはずの杖。それを奪われた大公の心中が穏やかなものであるはずがないだろう。にも関わらず、恨み事一つ無く、彼は自分達に温かい言葉を向けてくれる。
「‥‥ならば、自分達に出来る全力でもって、その心に応えましょう」
「ええ。悪魔達がいかに強大な力を持っていようと、大公様には指一本触れさせはしません」
ガルシアの側ではフィーネ・オレアリス(eb3529)が結界を展開していた。今回の戦において冒険者達は多くの活躍を見せているが、その中でもフィーネの果たしている役割は特に大きい。公国の兵達に付与したレジストデビルは、悪魔の術や攻撃から兵達を助けた。多少の怪我を負ったところで、彼女の手にかかれば治癒されるのも一瞬の出来事。まさに神の奇跡。聖母の赤薔薇と異名を持つのも納得である。
(「こりゃ、俺の出番は無いかもなぁ‥‥」)
味方の鉄壁の防衛に、尾上彬(eb8664)は変化した大公の姿で苦笑いした。敵の奇襲を警戒し、自軍の指揮を乱されぬようにと、今回の戦いに参加した冒険者のうち、実に半数までもが大公の護衛を主として行動していた。
「これだけの守りであれば、敵も早々に手を出せないとは思いますが‥‥」
長渡昴(ec0199)は、彬と共に一度、偵察のために内部への潜入へと参加していた。その際に、同行していた冒険者がもう一人いる。そして、情報を持ちかえるために外に脱出した後、大公の護衛についた自分達とは逆に、先陣にて動いている彼女‥‥ラスティ・コンバラリア(eb2363)の安否が少し気になった。後方の守りはこれ以上なく堅かったが、反面、先陣をきって攻めに動いている者達の負担が重くなっているかもしれない、と。
戦いが始まって、しばらく。
上空の戦いに異変が起きた。
「あ〜‥‥ちょっと、分が悪くない?」
「ふっ。何を弱気な。大手柄を上げるチャンスではないか」
言いながら、シオンとデュランは互いに流れる血を拭った。二人が対峙した相手。それは、羽を持つ堕ちたる天使‥‥悪魔アリオーシュ、イペス。
冒険者達の多くが警戒していたのは、この両者による大公への奇襲。しかし、実際に襲撃を受けたのは、前線上空に出ていた二人。そして、悪魔達の開いた口より出でた言葉は、さらに二人の予想外なものだった。
『認めよう冒険者。正直に言って、お前達の力がこれほどとは計算外だった‥‥』
『まあ、ちょっとそちらの兵士達に言霊をかけてみたんですよ。でも、誰一人も引っかからない。おまけに容易には解呪も出来そうにない。要の大公の守りも鉄壁。ここまで徹底されたら、さすがの私達にも勝ち目は無さそうです』
あまりに早い敗北宣言。フィーネのレジストデビルが末端の兵達にまで行き渡っていたことが、それほどまでに戦局に影響したか。
「はっ、情けない奴らめ」
そう言いながらも、デュランは安心できなかった。負けを認めているなら、何故、まだこの悪魔達はここに留まっているのか。
『まあ、無駄死にする趣味は無いので、私達は早目に退散させてもらうことにします。でも、一人や二人くらい冒険者の首をお土産にしておかないと‥‥アラストール様に顔向けできませんからね』
「言ってくれる。だが、首を土産にされるのはどちらだろうな?」
鼻で笑って、デュランは目で蔑んだ。自身の置かれた危機的状況。テレパシーで仲間への連絡はついているだろうが、応援が届くまで生き残れるか。いや、気迫で負けては出来ることも出来ない。
『ほざけ!』
――ッ。
双翼が羽ばたいて、二人へと襲いかかった。
同じ頃。
最前線にて順調に歩を進めていたラザフォード達の足が止まっていた。
放った重力波が、崩れた壁の先に現れた黒き結界によって途中で遮られたのだ。その中心に、一人の男の姿があった。
「‥‥ったく。ドカンドカンと、うっさい野郎だ」
大剣を携えた男、ディマス。
「ここに来て、ようやく見知った顔に会えたか。では、決着をつけようではないか」
言うと、ラザフォードはウサ耳を外し、サークレットを付けた。ここからは、遊びは抜きだと言わんばかり。
「なるほど。では、お前が死後、地獄に行って困らぬように、大魔王ルシファーに祈ってやろう。‥‥今から憐れな羊が一匹、逝きます。可愛がってやって下さい、とな」
ディマスの後ろから、もう一人姿を見せる。その男、ガヴリールの周囲より、次々に現れるは無数の死人の戦士。おそらく生前、この街を守っていたローレン商会の傭兵達。相当な数だ。
思わず、公国の兵達も少し後ずさりしたほど。だが、迫る彼らを見つつ、臆せず前に出てきたのは零。
「先の戦場では、かつての仲間のために戦いより弔いを選んだと聞きました。貴方達にも、まだ他人を思う気持ちがあるのでしょう? どうして、その気持ちをもっと他の人達にも向けることができなかったんですか‥‥?」
「‥‥生憎だが、てめぇらと青臭い言葉で語り合う気は、ねーな!!」
――ガギン!!
結界から飛び出したディマスの剣を、零は篭手で受ける。
「そうか。では‥‥我が最大限の敬意と戦術をもって応じよう!」
淡い光が、ラザフォードの身体より溢れ出でた。
「‥‥捜しましたよ、クラスティさん」
「油断したな。こんな簡単な手にかかるなんて‥‥少し冷静さを欠いていたようだ」
魔法により、影に縛られ動けぬグリフォンから降りて、クラスティは目の前の、ラスティと対峙した。
「レルさんは?」
「前の戦いで死んだよ。あっけない最期だったと聞いている」
――ドクン。
ラスティの心に、悲しみが満ちた。既に聞いてはいたこと。けれど、もしかしたら何かの間違いであったかもしれないと、耳と目を塞いで、僅かな可能性に期待もした。
けれど、目の前の男ははっきりと彼女の死を告げた。おそらく、自分以上に、それを信じたくは無かったであろう、この男が。
目を逸らしてはいけない。向かい合おう。ラスティは決意した。
「クラスティさん。レルさんは悪魔の手に落ちた貴方を助けようとした。だから私も諦めない。もし、イペスや魔王の魅了から解放された上で私達を恨むのならそれで構わない。でも‥‥これ以上、ただ踊らされている仲間を殺めたくない。必ず私が貴方を取り戻す」
ふっと、クラスティの表情が変わった。笑顔だった。ただ、言葉に出来ぬほど深い悲しみを感じた。
「違うよ。‥‥そう。もう、違う。悪魔の魔法なんて、本当はもう関係無いんだ。俺は‥‥俺達は、知ってしまったから」
「何を、言って‥‥?」
「‥‥憤怒も、怠惰も、強欲も‥‥世に悪徳と呼ばれるもの。その価値を。尊さを。それに身を委ねる快楽を。もう、どうしようも無いんだ。どんなに人の道に外れたことだとしても、身体が、心が、どうしようもなく求めてしまう。例え、自分の魂を再び取り戻そうと、この闇は、きっと消えな‥‥」
「いいえ。‥‥消えますよ。必ず!!」
氷輪の刃を手に、ラスティは駆ける。
同時。クラスティの弓より放たれた矢の雨が、彼女に降り注いだ。
――ドッ!!
黒炎と雷撃が空で爆ぜる。鋭爪と剣が交差し、ヒポグリフに繋がれた手綱が強く引かれた。
『ちいっ。しぶとい鼠どもめ‥‥』
「ふっ。上級悪魔などといっても、そう大したことは無いな!!」
「そうね。私達を相手に、こんなに時間をかけていたんじゃ、程度がしれるわ」
強がった言葉と裏腹に、デュランもシオンも相当に追い詰められていた。
手持ちの回復薬は、既にかなりの量を消費している。このままでは‥‥。
「はあああッ!!」
その時、さらに上空より、急速に落下してくる影一つ。手には、世に名だたる五大魔剣の一つ、冥王剣。その使い手は‥‥ミュール!!
『ふっ‥‥』
「何っ!?」
刃の届く寸前、アリオーシュの姿が消える。完全に不意をついたと思っていたミュールの剣は、手応えなく宙を切って‥‥。
『あの程度の透明化で、私達に感づかれていないと本気で思って? それに‥‥』
背後で、イペスが笑っていた。
『どうやら、こちらの増援の方が早かったみたいですね』
「どういう‥‥!?」
下方、ミュールの目に映る炎の鳥。
「ガルディア!!」
デュランの雷撃が炎鳥を貫く。しかし‥‥。
――ゴッツ!!
受けたミュールの盾が砕かれて、炎に身を啄ばまれる。さすがのミュールも、ここまでか‥‥と、そう見えた。
「はあああっ!!」
――ザンッ!!!
白銀の刀身に、炎の赤を映して。全ての力を込めた反撃の剣が、ガルディアを切り裂いた。
「ぐ‥‥がああああっつ!!!」
炎が消え、地に堕ちゆくガルディアの身体が、空に溶けるように消えていく。それは、もはや彼が人間では無くなっていることの証明であり、そして‥‥。
『あらら。逝ってしまいましたか。本当に皆さん、随分と強くなりましたね。‥‥あ〜あ‥‥クソ面白くねぇなあ!!』
突如、イペスの周囲の空気が震えたのをデュランは感じた。瞬きをした次の瞬間、美しい天使の姿は無く。醜い怪物の姿がそこにあった。
「それが、本来のお前か。イペス」
『ああ? 気安く声かけてんじゃねぇぞ、ヒヨッ子が。‥‥ああ、もう天使の真似なんざ、止めだ止めだ。遠慮もしねぇ。速攻でテメエらの首、狩り取ってやらあ!!』
「うわあ‥‥今さらだけど、やっぱり悪魔だったのね‥‥」
頭と足はガチョウ、ウサギの尾に獅子の体‥‥。
醜悪。そうとしか表現できないイペスの真の姿に、シオンもいささか目を覆いたくなった。
『周囲を見ろ、馬鹿者め。時間切れだイペス』
アルオーシュの言葉。見れば、すぐそこまで大公の護衛にいた冒険者達が近付いてきていた。
『ちっ。運の良い奴らだ。‥‥向こうで本当のガルディアと一緒に待っててやる。楽しみにしてるぜぇ!!』
消える悪魔達の姿。三人とも深追いはしない。それほどの余力が残っていなかった。
時は移り、陽の沈む頃。
戦いの終わりを告げる大公の声。
それから、他者にくらべて疲れの少ない彬と昴は、兵や仲間の冒険者の応急手当に奔走した。
「終わってみれば、意外に手酷くやられたもんだな‥‥」
振り返れば、今回の城砦攻めは、ほぼ力押しによる一点からの集中突破に近いものがあった。さすがに終盤にはフィーネの魔力も底を尽き、先に行っていた火計の延焼もあって、公国の兵達にも多大な負傷者が出る結果になっている。幸い、頃合いを見てデュランや公国の魔法使い達が消火したものの、何もかもこちら側の思い通りという結果にはならなかった。敵の主格である二体の悪魔が、早々に逃げ出してしまったのも、些か冒険者にとっては予想外だった。
反省を兼ねて皆が語り合う中。ラスティが、大公ヤコヴに一人の男の助命を願い出ていた。
無論。捕縛したクラスティのことである。なお、ディマスとガヴリールの両名は、零とラザフォードの手によって既に討たれていた。死体は、先の燃え広がった炎の中に消えている。
「その者を、連れていくと?」
「はい。私なりに、けじめを付けたいんです」
過去を遡ってみれば、クラスティの犯した罪の重さは計り知れない。公国の兵達の中には、この場で即刻に処刑をと訴える者もいた。
しかしラスティは、全ては悪魔に操られてのこと、と断固として譲らなかった。
「‥‥承知した。城にてその者の身柄、厳重に預かる。しかし、悪魔の心が無くならぬと分かったその時は‥‥」
「はい。分かっています」
この後、地獄の戦いにて大きな出来事があった。
大魔王ルシファーがその身にキングスエナーを取り込み、その力の一部が解放されたのである。