●リプレイ本文
「これからが本番だ。茜屋殿と約束したのだ。最後まで付き合うと──しかし」
結城友矩(ea2046)は茜屋慧(ez1071)の無残な姿に同情した。
「何とかしてくれでござる」
その一言でジルベルトがやってきた。
来訪者である彼女は慧少年の屋敷で風呂を沸かし、恥ずかしがる慧少年を無理体に風呂へ入れ、友矩とふたりで磨きたてる。
更に羞恥の色を浮かべる慧少年に、巫女装束と千早を着せて、髪を結えば美少女(?)の完成である。
「ゆ、結城さん──」
「うむ、中々。しかし、ジルベルト──この服の選択はどうにかならなんだのか?」
「こんにちは、文献調査のお手伝いにきました! まだまだ大変でしょうが、頑張りましょう‥‥これは差し入れです。栄養も付けないと倒れちゃいますからね」
勝手知ったるなんとやらで、微笑を浮かべながら沖田光(ea0029)が上がり込むと、彼の天然な視点からは、友矩が巫女相手に不埒な事をやっているように見える。
「友矩さん、駄目です。女の子相手にイタズラしては」
「ち、違うでござる。誤解だ!」
「『!』光さん、僕です」
「?‥‥慧さんですか‥‥──ひょっとして。駄目ですよ、友矩さん、パラ相手にそんな事を‥‥したって子宝が授からないなんて‥‥僕だって識っていますよ」
その後からエリー・エル(ea5970)が、底抜けに明るく──。
「はぁい、皆‥‥慧君と構太刀君も‥‥元気してたぁん!」
──と相変らず、元気に挨拶する。
「あらあら。慧君ったら、どうしたのそんな格好して?」
「あの、結城さんと、その知り合いが──」
事情をしどろもどろ説明する慧少年。
「なんだ。てっきり、慧さんが女の子だという事なのかと思いました」
「そんな事ないのねん」
と、エリーが横から、光にツッコミを入れる。
菊川響(ea0639)が、一連のアブノーマルな光景で洗礼を受け、これがこの家でのデフォルトなのかと思い始めたが、謝る友矩の様子から、イレギュラーらしいと認識しなおし、構太刀たちに会わせて欲しいと訴えた。
「倭の守護者、か。
昔から八百万という位、この国を守護している神様はほんとに多いものだな‥‥。
いつもお稲荷さんや、お米の神様に感謝するように、構太刀の方々にも遠い昔からのお礼ができたらいいよな。
‥‥この場合お詫びになるかな」
と、こめかみに一滴の汗を滲ませ、洗い替えの狩衣に居住まいを正した慧少年の目を見据える。
「いいでしょう。ただ、まだ。正気ではありませんので、お話し合いなどは期待なさらぬ様にお願いします」
「恐悦至極──‥‥日本酒持ってきてみたんだけど、もらってくれるだろうか」
「あの、彼らの手は巨刀ですよ、杯を持たせ様にも無理があるでしょう」
と慧少年。
「それに精霊は酔いたい時に自在に酔い、酔いを拭いたい時に自然と酔いを覚ませると聞き及びます」
と、光が構太刀3姉弟の檻のある部屋へと通しながら、注意を促す。
「そうか。それは知らなかったな。今後の知恵の足しにしよう」
その話を聞いていたカイ・ローン(ea3054)は──。
「ともあれ、ただの辻斬り事件で終わらず、ジャパン全体に関わる事件だったとは。構太刀を殲滅しなくてよかった」
と、呟くと、慧少年に向き直り。
「高尾山に関わることなので皇虎宝団がこっちにも関わってくるかもしれないと思い、茜屋について探っている者達がいないか調査しようと思っているんだ。茜屋さんや先代の交友関係を教えてもらえないだろうか。それらの人に尋ねにきた人がいないか聞いて回ろうと思うのだが」
と、尋ねる。
「一応、尾行されたりしないように気をつけるつもりだ」
「最初に父が亡くなった時、構太刀が暴走する切っ掛けとなった事件ですが、その時に訪れた人はいますけど。釜田さんっていう人でしたけれど。その方も亡くなったと聞きます。暗殺等という手段に訴えてまで、事を解決しようとしたのですから、それなりの裏があったのでしょうが‥‥‥」
「住所は? 江戸のどこに住んでいるか等とは判らぬか?」
「残念ながら──」
「では、先代の交友関係は?」
「多分、古代魔法語で書簡の中に記されているのではないかと──‥‥裏家業の事ですから」
慧少年がおそらく暗号化されているでしょう、と付け加えたのは言うまでもない。
「残念だったな。ところでカイ。お前には悪いことをした。すまない」
ラシュディア・バルトン(ea4107)が先日の事で、カイに頭を下げる。
「済んだ事だ。もう、気にするな」
受け流すカイ。
「そうか、そういってもらえるとありがたいな。ところでエリー、お前のフォローもありがたく、思っている。ありがとう」
「あら、大したことはしてないのねん☆」
陽性の笑みを浮かべるエリー。
「うむ、重ね重ねだが、そう言って貰えるとありがたい。で、結城。調査に関して妙案があるそうだが──」
「ああ。武辺の事だ。まあ、参考にしてもらえるとありがたいでござる」
友矩の言う事には、屋敷内のどこに、どういった類の情報が書かれた文献があるのかを調べ。文献の年代と屋敷内位置のパターンを掴むことということを始めに行い。
その後、構太刀を譲り受けたと思われる年代を優先的に解読作業を行う、という策であった。
「判りやすいが──」
ラシュディアは困った様に言う。
「暗号を解かなければ、最初の文献を調べる段階で躓くな」
「だから、参考程度にしてくれ、と言ったでござる」
山本建一(ea3891)は、ジャパン語で調べられる資料があれば──‥‥と。申し出るが、残念ながらその様な資料があれば、今回の依頼の根幹である、古代魔法語の資料を調べる要員を探したりはしない。
そこで、健一は護衛に徹する事になった。
ラシュディアは力強い護衛がいる事に力づけられ。
「俺の役割は前回に引き続き、文献の調査をし構太刀の真名を見つけ出すことだな。
また、十郎坊が言っていた、茜屋が管理しているという古代の秘術を探すことも俺のやるべきことだと思う。
しかし、『倭の守護者』とは。そこまで話が大きくなると俺の責任も重大だな」
と想いのたけを吐き出すのであった。
一方、エリーは──。
「古代魔法語はよくわからないんでぇ、デビルとの関連性でも調べようかなぁん」
とラテン語の文章でデビルの本がないかを探し始めた。
しかし、ジャパンに精霊魔法を伝えたのは、イギリスが専らであり、ラテン語の資料自体がない──と、思われる。
「むぅ、神聖ローマをなめるなよぉん☆ 一姫に聞いてこよう」
半刻もまたず、挫折したエリーであった。
「こちらです」
響が隙のない立ち居振る舞いで、光の後に追従する。
そのまま、響は明かりのない部屋に、構太刀達がみっつの鉄の檻が僅かずつ間を置いて、設置されている部屋に通された。
「これが『倭の守護者』‥‥」
呟いた後、柏手を打ち鳴らす響──。
「今はこのくらいしかできなくて申し訳ない。
できるだけ早く、三方を開放できるよう、皆で尽力させていただいてるので今しばらく辛抱願いたい。よしなに」
後から足音が近づいてくる。振り返るとエリーであった。
彼女は、一姫達に『ねぇ、なんか知らない?』と、友達に話しかける様に、デビルの関連性を尋ねてみる。
彼女が辛抱強く尋ねると──‥‥。
「どこかで聞いた様な気がするが、思い出せない」
と、一姫は応えるのであった。
「ここだ。頼む。謝礼も払ったからよ。すまんね、ちーと急用なんだわ」
そこへクルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)が剃髪した僧侶を連れてくる。信用できる筋から連れてきた高徳の僧侶だ。
「これが構太刀──」
辻斬り紛いの騒動は聞いていたのだろう。僧侶の顔に動揺が走る。
カイがピュリファイか? とクルディアに尋ねる。無言で頷くクルディア。
「血の穢れが取れるか判らないが、アンデッドの様な霊体も浄化する術だから、エレメントについた穢れももしかしたら浄化できるかもしれない」
カイが語ると、エリーも手を打って。
「その手があったのねん☆ じゃあ、早速、一姫、血の汚れを落としてあげるのねん」
聖なる母に祈りを捧げ、10秒ほど白く淡い光に包まれ、一姫にその聖なる力を注ぐエリー。
「利いたのかしらん?」
「判らん」
黒い目で構太刀を見据えるカイ。
左腕に巻き付けていたロザリオを握り締め、聖なる母に願う──この血の穢れを雪がん事を。
エリーと同じく白く淡い光に包まれ、ピュリファイを注ぐ。
「どうだ? 一姫」
魔力を放出し終えたカイが尋ねる。
しかし、一姫の様子に変わった点はない。
そこへ僧侶がラテン語で──。
「失礼ながら、お二方とも武人としては、名高くても。まだまだ、神聖魔法には疎い様子。拙僧が代わりに法力を振るいましょうぞ?」
と、数珠を握って精神を集中する。
白い淡い光に包まれ、みっつの術を施す。汚れを雪ぐ為のピュリファイ、血の呪縛を断ち切る為のリムーブカース、そして、精神に平穏をもたらすメンタルリカバー。
「これをひと月も続ければ、穢れは落ちましょう。今日の分の寄進として10両頂きたい」
クルディアは黙って金を出す。しかし、その武闘派系頭脳はひとつの結論を出した。
「構太刀いっぴき癒すのに300両だと? どうにかならんか? これではこちらの身が保たん!」
「とは申しましても、相場より安いのですが──これ以上、上位の魔力を使おうとしても法力が保ちません」
クルディアは唸りつつも、それだけ業の深い事をしたのだと、この場は納得せざるを得なかった。
その間にも紅林は慧少年の家の周りに次々と簡易な罠を仕掛けていく。1日で家の全週をカバーできるだけの罠、となると設置の手間を省いた簡便なものにならざるを得ないのだ。
脇を疾風迅雷の素早さで、キット・ファゼータ(ea2307)が慧少年の家を記した、見取り図を横目で見ながら、本格的な罠をしかけていく。
キット少年の手の中で釣り糸が魔法の様に捌かれ、人目を忍んで、罠のからくりに結びつけられていく。
同時に見取り図にチェックを入れ、後々、この家を守護する面々に説明するための段取りをつけていく。
これから植え込みや、木の根本に穴を掘るなど、結構なキット少年にとっては重荷になりそうな作業が待っている。
高尾山に旅立つ前夜、ゲレイ・メージ(ea6177)が愛猫のムーンを膝に乗せながら、不死鳥教典という鳳凰を信奉する団体から請け負った依頼の話を語り出す。
「同じく封じられていた、鳳凰についての話が役に立てばいいが‥‥」
まず、鳳凰に関する最初の依頼では、四神相応と呼ばれる、霊的に安定した状態? が江戸を被っているらしいが、冬の大火を契機として、その火に関するバランスが崩れていると判断した不死鳥教典は100年前、当時の江戸の支配者である太田道灌が、遙か南海の孤島『沖ノ鳥島』に封じたという鳳凰を解放すべく、冒険者達を募集し出した。
そこの女党首『伊織』が連れていた犬がデビルであった事から、不死鳥教典への警戒を強めだした冒険者であったが、島に住む一つ眼巨人達を退け、山の山頂に封じられていた石化されている鳳凰を発見。いくつもの罠を退け、鳳凰の石化を解くのに成功する。
冒険者達は人間への恨みも手伝い、鳳凰が攻めてくると思っており、皆、それなりの備え──武装でも、戦術でも──で向かったが、鳳凰は人間に友好的であり、『翠蘭』と名乗った。
『翠蘭』と『伊織』は非常に仲睦まじく。『翠蘭』も人間への復讐は考えておらず、ただ、静かに暮らしたいだけであった。
不死鳥教典は『翠蘭』の氏子となり、ただ、見守るだけで過ごしたく思いたいと、高名な冒険者を集めて、その契りの宴に招かれたのだが。その直後、奉行所に怪しげな情報が流れ込み、『伊織』は奉行所に囚われてしまう。
そこで、冒険者達は奉行所に情報を流したのが、人遁の術で岡っ引きに化けた忍者らしい、と情勢を分析し、奉行所のお白州で『伊織』の潔白は確認された。
しかし、『翠蘭』の是非に関しては、また、別の問題であり。結局、源徳家から人を遣わして調査するという事になった、という。
「──と、私が知っているのはここまでだ。まあ、『翠蘭』というか『鳳凰』が、そこまで好戦的ではない、というのもノルマンの学者、キャプテン・ファーブルから伝え聞いた情報なんだが。どうやら、高尾山に関わっている白虎というのも、風に関わる四神相応のものらしいが──それに関しては、私は判らない。詳しい事はギルドの報告書を読めば判るのだろうが、そこまで丸暗記せずとも良かろうと思ってだ」
そこでゲレイは愛猫を撫でる手を止めると──。
「まさか、構太刀、3姉弟が集まると、白虎の封が解けるとか?」
屋内の罠の設置をようやく終えたキット少年は、己の耳に唐突に飛び込んできた言葉に対し、一応のリアクションを取る事にした。
「いや、その線は薄いと思うんだけど。鬼面党っていう忍者の集団とやりあったけど。向こうの要求は白虎を持ってこいだったし、鬼面党の裏側に皇虎宝団がいるって先読みした人もいて、その真相は判らないけれど、皇虎宝団が白虎を欲しがっているなら、鬼面党がその手先っていうのもアリだろう? 他にも、奉行所に皇虎宝団が不死鳥教典の情報を流したって推測した奴もいたしな。皇虎宝団が高尾山に白虎がいるって情報まで掴んでいるって話にしてはよっぽど、襲うのがラクそうなこの家で、構太刀押さえてから、改めて白虎に関する要求をするというのが話の流れとして自然だろう?」
「ま、推論は推論」
ゲレイは、実践のあったキット少年の意見を無碍に退ける訳に行かず、愛猫ムーンを己の膝から起こさないように抱きかかえると、座布団から立ち上がった。
翌日。友矩、ゲレイ、響は高尾へと旅立つ。
本来、響は構太刀を檻に詰め込んで同行したかったのだが、浄化の都合上、慧少年の手元に置いておくしかなく、泣く泣く単独行となった。
3人は数日、馬上で揺られた後、たどり着いた高尾の宿坊で、下馬して挨拶をする。
宿坊の関係者から修験者の頭を紹介してもらうと、更に修験者の頭に先日知合った天狗の十郎坊への繋ぎを頼む。
待ち合わせは薬王院有喜寺の境内本殿裏。
この辺りは友矩の独壇場であった。
「高尾に来るのは久しぶりだな。怪盗3世の事件以来だな」
ゲレイも自分の伝手を頼り、共に戦った修験者達に天狗達の行方を探る。
響は知り人がおらず、寂しい日々を2、3日過ごす事になる。
やがて、修験者の頭を通さず、直接に十郎坊からの反応があった。
かたわれ時、待ち合わせ場所で待っているとの事。
「これが烏天狗だというのかね? まるっきり、ただの子供ではないか」
「化けているのか、化かされているのか、どっちなのだろうか?」
修験者の体をして剃髪した、12、3のにこやかな少年を前にして、響とゲレイは落胆を隠せなかった。
天狗らしいものといえば、腰に携えた葉団扇くらいである。
「どうも、ご面倒をおかけしています。そちらの中条流の方と、異国の方には初めまして、というべきでしょうか? この山を仮に預かる事になっている烏天狗の十郎坊です。どうか、よしなに」
「おたくには初めまして。ゲレイ、ゲレイ・メージ。私は真実を追究する探求者だ。難しい依頼を達成し、腕を上げたい」
「菊川響という。まあ、ゲレイ殿ほどいかめしい、目的は持っていない。単に空を見上げるのが好きなだけだ。高尾は良いところだな」
初めて挨拶の応酬が終わると友矩は──。
「お久しぶりでござる。先日はお世話になりました。本日は本格的な古代魔法語の解読が始まった事をご報告に参ったしだい」
「つまり、真名はまだ見つかっていないのですね?」
と、十郎坊が問えば、ゲレイが。
「その通り。茜屋の家では、まだラシュディアが調べている事だろう」
それを受けて友矩が。
「実は十郎坊殿にお願いがござる。可能ならばエレメンタルビーストを陰陽師に引き渡す術を司る方に直接お話をお聞きしたい。真名に関して直接覚えていらっしゃらないか問いかけたいのです」
「それはこのお山を司る大山伯耆坊様のお役目です。老いた身故、動かせませんし、おそらく、今の状況では覚えているか怪しいでしょう──皇虎宝団の方にも人質を‥‥いや、これはよしない事を申した」
「知っているのだな? 十郎坊殿。皇虎宝団に関して」
響が素早く突っ込む。それを制するように友矩が──。
「それでは、話は変わりますが。皇虎宝団なる集団についてご存知なら話は早い。八王子近辺でよからぬ事を企んでいるとか。ご存知ならば奴らに関してお教え願いたい。特に人質など? ひょっとしてキットの関わっていたという冒険に出ていた『おの』殿ではござらんか?」
「いえ、彼女は息災です。人質は大山伯耆坊様を取られているも同然で──いや、これ以上は天狗の秘事故、明かせませぬが、年内にケリがつかなければ、私自身が消え失せるでしょう」
「ええい──判じ物を。皇虎宝団に関して知っているのかおたく? と聞いているんだ」
「そちらの方に話を移すならば、私も気が楽です。とりあえず、忍者などの、裏街道を歩く集団を雇っては、攻め寄せてくる集団で、最終目標は白虎の白乃彦様と目されています。しかし、それ以上のお山に封じられているものの解放が目的かもしれません。ともあれ、忍者をそれだけの集団で雇う財源、皇虎宝団そのものの規模。主格など何れも不明です」
「巧妙な連中だな。相手にし辛いだろう。十郎坊殿も山に籠もっていては手の打ちようも無いのではないか?」
と、響は問いかけるが、友矩は。
「成る程。更に皇虎宝団の影にはデビルの影がちらついているようです。よろしければ高尾山に伝わる魔法の武具があればお貸し願えないか」
「いえ、皆、闘気の技が使えるので、残念ながら、今は山にありません。最近まで1本、小太刀がありましたが、志士の少年に渡してしまいましたし。この葉団扇は、まあ象徴ですので、お貸しする訳にはいきません。もっとも旋風を引き起こすだけしか力がありませんが」
「ふむん。ところで、おたくではなく、本当は大天狗に尋ねたかったのだが、鳳凰や白虎等を封じたのは、太田道灌だそうだが、何の目的でなのだろうか?」
ゲレイの問いに、良く判っていない体で十郎坊が応える。
「江戸を霊的に繁栄した都市にしたかったとか、そういう方向性じゃないんですか? 京の都みたいに」
何か、得たようで得られなかった、高尾山組とは別に、光は慧少年の家を拠点にして調査に当たっていた。毎日調べ物の帰りには、皆の健康の為に新鮮な食べ物を買って帰っていた。
行きがけにラシュディアに──。
「そうだ、途中わからない怪物名等が出てきたら書き留めておいてください、帰ってきてからお教えしますから。後、他に欲しい資料があったら言ってくださいね、ついでに探してきます」
「暗号解読の資料が──。絶対、歪んでるって。慧の前では言えないけれど、古代魔法語にすれば、普通は読めないだろうに。それを更に暗号化するなんて正気の沙汰じゃない!」
「で、どれくらい判りました?」
「多分『構太刀』と『茜屋』くらいだ。頻出する単語を分析すれば、それ位は判る」
「頑張って下さい。帰りには精の付くものを買って帰ります」
そう言い残して、光自身は江戸の町で、それなりの身分がないと閲覧の許可が下りないような図書館や神皇様、陰陽寮に関わりのありそうな施設を、志士の身分を利用して巡り、資料を探していた。
主に精霊と式神、その2つの関係、太田道灌について調べるのだが、極論すると式神は何でもいいらしい、悪魔でも根性を叩き直して使役する例があったようだ。
要は良いように使えれば、何でも式神になるのだ。
太田道灌は江戸城の築城主であり、様々な魔法的な事象に詳しい、江戸の危機における霊的守護者を準備するべく、様々な布石を打っていった、というのが判った。
布石とはおそらく、四神相応などだろう。
アトランティスに通じるとされている謎の月道に関しても、知っていた可能性がある。
又、光の予想通り、資料の詰まった場所には知恵者のご老人などもおり、真名というものが魔法の体系のどの辺りに組み込まれているものなのかや、魔術によって束縛した精霊を再び自然に帰した伝承などがないか等を尋ねる事が出来た。
真名とは──頭の悪い存在を式神とする際に、自己を与える為に存在するもの。逆に知的な存在は自分を認識しているので、真名を与えても式神にならない。大抵はそういった場合、何らかの取引をして契約し式神とするのだが、これは余談。
魔術によって束縛された精霊を自然に帰す伝承は存在するが、大抵の場合、知性や力と引き替えにせざるを得ないようだ。
「どちらが幸せなのかな? 唯一の存在である自分を失っても、自由を得るのと。人に使役されながら、己を保持するのと──」
ラシュディアはその頃、新しい語彙を発見していた。
『竜』である。
不出来な弟子である慧少年にとっては難解極まりない、古代魔法語もラシュディアが周囲の助力を得られれば、少しずつでも解き明かしていける。
しかし、不吉な響きをもつ単語であった。
これが冒険の顛末である。