還りたい場所がある、愛している人がいる
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■シリーズシナリオ
担当:成瀬丈二
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月29日〜12月04日
リプレイ公開日:2008年12月09日
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●オープニング
霜月も終わろうとし、師走の声も遠くない日々。江戸は府中で、八王子勢は先日の反攻作戦は頓挫。
千二百に届かない歩兵主体の戦力で、千を軽く越す伊達側の弓兵も含んだ騎馬兵団に、後方攪乱の上での強襲作戦は、互いに出血を求めないまま、終わっていった。
その原因を他者に求めるならば、伊達側の、志士と陰陽師からなる結社『不死鳥教典(ふしちょうきょうてん)』の面々は、その盟主である、あったというべきか? 『伊織(いおり)』がすり替わった──らしい、視線を合わせた者を黄金像に変える異能力を持つ、自称『大鴉(おおがらす)』と名乗る、存在がそれとなるであろう。
この結社は、鳳凰を崇め、南の島に鳳凰の『翠蘭(すいらん)』と共に引きこもっていたが、今回何があったかの仔細は不明であるが、伊達側についている。
不死鳥教典は、前回の死闘により、大鴉を含めて7人にまで数を減じたが、それでも冒険者の攪乱計画を阻止し得た。
八王子勢の頭首である、源徳長千代(げんとく・ながちよ)にして対外的には経津主神(ふつぬし)──そして、風神の級長津彦(しなつひこ)という入り組んだ本性を持つ少年は、打倒大鴉こそが戦線膠着を打破する鍵となると、非常に当たり前というか、ストレートな意見を出し、この意見に従う少数精鋭、ジャパン語で言い換えるなら、冒険者を募った。
「構わん、俺が打って出る」
具足を脱ぎ捨て、鉄扇一本を腰に落とし差しにし、魔法での戦闘に備える長千代。彼は風神のふたつ名に相応しく強大な風の精霊力を用いる事が出来るのだ。
もちろん、自分を的にして伊達勢に斬り込む心積もり。
「ならば、自分も従います」
華奢な肢体に、少女のようなかんばせ。鉢金も凛々しく額に帯びて、鎧通しのみを懐に忍ばせる、その姿はまさしく、柳生智矩(やぎゅう・とものり)。オーラ魔法と新陰流の組み合わせは、生半可な武士では太刀打ちできない境地に達している。
黙って算盤勘定を行う伊達男は、大久保長安(おおくぼ・ちょうあん)。源徳家の一子と、経津主神としてのカリスマ性は、如何に食えない男である、源徳家康(げんとく・いえやす)としても失いたくない──と、思いたかった。
級長津彦としても、この襤褸の如き、天下の大勢の中、千の軍を以てどうこうできる訳がないと考えていた。しかし、それを理由に座して、天運が転がり去る、あるいは自分の所に転がり込んでくるのを安穏と待っている訳には行かなかい。それをするにはあまりにも自分の血は熱すぎる。
今度は数の差を押し切る──その為に、精鋭の一騎打ちにもつれこませ、互いの士気を操作する。
一騎打ち──というからには徒歩ではなく、騎兵同士の戦いである事が前提だ。
馬術に長け、武術に長けているというものを探すのは些か、骨が折れるかもしれない。だが、それを為し得る者には軍馬を与えても構わない。
しかし、失敗した時は還る場所はないだろう──。
戦場の華を他者に委ねるのだ、それくらいの等価は要求される。
それでも尚、名誉を背負う覚悟があるのなら──。
「来るわ──嵐が来る‥‥そんな未来を見たわ」
同刻、伊達の陣内にて、『大鴉』はスクロールを広げ、黄金の光に包まれた後、しばし、瞑想。
「その時までに二体の守護者を呼びましょう。黄金の」
そう言って、不死鳥教典の面々に向け、悽愴な笑みを浮かべた。
光と闇の戦いが始まる。
●リプレイ本文
ひとりの武人として府中砦から、伊達の後方、ひいては不死鳥教典のまっただ中に乗り込むアンリ・フィルス(eb4667)は、同道する源徳長千代と柳生智矩の口元へしゃがみ込み会話を交わしている。
「一騎打ち、本来ならばフィルス殿が出張っても可笑しくないのでは?」
長千代の言葉に、アンリは一瞬瞑目し言葉を返す。
「この世はすべて事も無し」
その一言に長千代は首を傾げた。
「事なら、満ちている。フィルス殿には、何でも無い事なのか?」
納得しない風の長千代にアンリは表情を緩め、
「さて。だが長千代坊が死地に赴くと云うのに傍観はできまい」
韜晦にも聞こえたが、気持ちは偽らざるものか。
「それは自分も同じです」
と、智矩。
「ふ、若いな──ともあれ、不死鳥教典が大鴉にとって捨て駒なのは間違いのない処。しかし、盗まれたブラン鉱を使い何かを企んでいるのかもしれんな」
調和の騎士、ルーラス・エルミナス(ea0282)もその言葉に頷きながら──。
「デビルが関わっているのでは負ける訳にはいかない。全力で戦い、血路を開きます」
(‥‥戦は誰も救えない、今にして長千代君の言葉がわかる気がする)
「長千代坊には変わりはないか?」
「まだ自分の内で──級長津彦の中で微睡んでいます」
「ならば級長津彦殿として、母上──イザナミに伝えたいことがあれば承ろう」
アンリの言葉に、視線を己のつま先にやる長千代。僅かな間を置いて語り出す。
「‥‥先だった親不孝者なれど、母が冥府魔道に落ちているのは忍びない。せめて豊津芦原で憩われん事を──奇妙な物言いですよね?」
(なんとジャパンの神々は煩雑な事か)
ルーラスは一瞬思考を停滞させながらも、愛馬の毛並みが僅かに濡れるのを見たルーラスは天を仰いだ。
雨である。
「やあやあ、遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って眼にも見よ──」
府中──明け方早くに鳴り物入り。雨の中とはいえ晴れやかに進み出るふたつの騎馬武者の姿があった。
精悍さと派手やかな居ずまいを両立させた結城友矩(ea2046)と、豊かな肉置で威風を払うは高比良左京(eb9669)である。
(一騎討ちは戦場の華、謹んでお受けする。この日の為に鍛えし武芸の技、存分に披露いたす)
友矩はその重圧を超え、八王子勢の前衛から進み出る。愛馬『左門』の馬上から挑戦的な視線を伊達勢に投げかける。
「天下一の大猪、結城友矩でござる。伊達軍に一騎討ちを申し込む。雨の中、不作法ではあるが、血振の手間が省けるというもの‥‥ひとつの趣向にござろう」
「八王子の猛虎こと高比良左京だ。伊達軍に一騎討ちを申し込む。何、虎が恐ければ、何騎ででもかかってくるがいい」
大胆不敵な言上とは裏腹に、左京は緊張している、自分の馬術が徒の時ほど自在を得ない、その事が原因である。とはいえ、一人前のいくさ人らしく、その表情は面頬の中に秘されている。
何やら伊達勢の陣屋で桃色の淡い光が数条か立ち上った──相手もオーラ魔法を用いたのであろう。
伊達勢も名のある武人なのだろう、レミエラと思しき光点をちらつかせた武者がふたり、馬頭を巡らせてくる。
「我は‥‥」
そこまで口を開いた所で伊達勢の後方から、雷神の槍の如き、一条の稲妻が視線を集中させた。
ジャパン最強のウィザードの呼び声も高いルメリア・アドミナル(ea8594)の手並みである。
無論、そのライトニングサンダーボルトの一撃は一騎打ちの乱入を狙ったものではない。確かに伊達勢を狙ったのだが、そこまで耳目を集めたのは単に彼女の力量が、人間離れしすぎた魔法というだけであった。
ルメリアの予め、己に付与していたブレスセンサーの魔法は確実に周囲の生物の存在を伝える。
「デビルの跳梁跋扈は許せません‥‥」
それに従い、十五人の忍びの手勢が不死鳥教典を制圧していく。その手並みは、世界最強との看板も出ているが、神聖騎士というよりはクレリックの力の方向に突出している女傑、フィーネ・オレアリス(eb3529)のものである。先だって全員にレジストマジックの付与を行い、普通ならば凡庸な駒に過ぎないはずの、八王子代官大久保長安の駒を、精兵に仕立て上げた驚くべきものであった。
豊満な胸を弾ませながらヴェニー・ブリッド(eb5868)は
(流石に2度目は敵に動きが読まれてそうだけど、それでも行かない訳にはいかないのが辛いトコね。
後、大鴉って人? 無茶苦茶怪しいわよね。
偉そうなモノいいといい、きっと大物なんじゃないかしら)
空中をリトルフライで愛馬の鞍から半ば浮遊している。その上でテレスコープを用いている。本来ならここにエックスレイヴィジョンを付与していた所だが、この魔法は特定の物質を透視する魔法だが、その通り抜ける対象を指定しきれない為、その透視できる対象を思いつかない為、ヴェニーは控えていた。
彼女はフィーネからのレジストデビルによって対デビル戦を見越した方向にシフトしていた。
ルメリアの指示する方向に空中を浮かぶ、炎の影を見かける度に長千代とアイコンタクトして、ライトニングサンダーボルトを放つ。
緑色の淡い光がふたつ点る度に、赤い炎の固まりが落下していく。
無数の雷鳴は天の泪の様である。
この火線を潜り、ひとつの影が間合いに忍び寄った。ライトニングサンダーボルト、ヘブンリィライトニングといった攻撃魔法の雨嵐を受けて立ち、そして尚不屈の影。
伊織──否、大鴉である。
彼女が間合いに入った所で、フィーネが注目していた『石の中の蝶』が羽ばたき始める。エチゴヤの売り文句が正しければ、この近くにデビルが存在しているという事であった。
「卑怯な──下りてこい!」
アンリが挑発する。オーラマックスまで付与していたにもかかわらず、相手を自分の間合いに捕らえられなければ、命を賭けただけ損である。
それはルーラスも同じであった。もっともアンリ程せっぱ詰まってはいないが。
「やはり、デビルという事ですか? 恐ろしくて下りてこられないのでしょう?」
そんな応酬の中、シーナ・オレアリス(eb7143)は己の足下に位置する水鏡の中に大鴉の姿を捉える。
(伊織さんが憑依されているのか、それとも悪魔が変身しているのか見極めてみましょう。
普段はダメかもしれないですけれど、負傷すれば正体が見えるかもしれないです)
賢者にも引けを取らないシーナのモンスター知識は、大鴉について一つの仮説を立てていた。
(恐らくは七つの大罪のひとつ『強欲』を司る魔王マモンこそが、大鴉の正体。――ならば、人々が強欲になったのにも『彼』の影響があるのかも知れない)
大鴉の姿を水鏡が捉える。映ったのは大鴉ではなかった。異形、異相。
ジーザス教の大司教の様なダルマティカを着込んだ。ジャイアントのような大柄な肉体。その首はふたつあった。首の上は二つの鴉頭である。
「胴体は人、双頭のカラス――マモン!」
彼女の知識によれば、それは強欲を司る魔王──ダークロード『マモン』そのものであった。
「──」
マモンの手が一瞬印を空中に描くと。全身から黒い霧が吹き出してきた。
デビル魔法である。
マモンの眼が金色に輝く。そして何も起きない。
皆、この魔眼の恐ろしさは分析している。
その事実を噛み締めるかのように、自嘲気な笑みを浮かべると、マモンは懐からふたつの金の固まりを放った。
地面に着くか着かないかの内に、その影は狛犬へと変じていく。
しかし、ルーラスとアンリは落ちる前に飛び出し兜割りの一撃でその影を粉砕する。
金の固まりが一瞬のうちに黒い消し炭へと変じた。
とはいえ、その一瞬の隙で十分であった。忍びたちが手裏剣を放つ中をマモンは空中に消え失せる。
一方、雨を裂いて快哉の声が届く。
左京と友矩が一騎打ちに快勝した事を受けてのものであった。
続けて大久保長安の鳴らした大法螺の朗々たる音色が響く。
八王子勢が、上がった士気のまま伊達勢を押し込んでいく。不死鳥教典と戦った一同とは挟み撃ちの形になる。
怒濤の勢い。
今や士気は八王子勢にある。一割二割戦力で負けているとはいえども、押し返す。
伊達勢の殿を冒険者たちが圧す。
稲妻轟き、剣戟が唸る。
この攻勢を維持するには莫大な魔力が必要となった。無数の果実と、無数の名水が煽られる。
それだけの価値はあった。
夕暮れ時。
「勝ち急ぐな──伊達勢は一兵卒も府中におらぬ」
アンリが叱咤する。
「みんなありがとう」
長千代が泥濘に塗れた衣装で、感動を露わにする。
「何、料金通りだ」
頷く左京。
「ところで──」
と、シーナは彼女が見た真実を語り出す。
魔王という言葉に一同の関心は高まっていった。恐るべき真実。
「とはいえ、伊達を弾劾する材料になりそうにはない」
長安はそう唇を噛み締めた。
「デビルと手を結んでいたとすれば、政治的な切り札に出来るが、相手がしらを切り通せれば──魔法では客観的な材料にはならぬ」
ミラーオブトルースの効果は本人のみ。マモンの姿を見たのは彼女だけだったし、彼女が嘘を言っていないとしても、彼女の魔法が正しい事を示す手段が無い。長安は気にしてはくれたようだが、事が事だけに今はみだりに口外すべきではあるまいと念を押した。
「確証を掴むことだ」
物見によると東に退いた伊達勢は江戸城と連絡を取り合い、援軍を待つらしい。
様々なものを得た戦い、しかし新たな一歩であった。
これが冒険の顛末である。