【源徳大遠征】涙、枯れるまで【黙示録】

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月07日〜01月12日

リプレイ公開日:2009年01月16日

●オープニング

 伊達政宗動かず──その報は八王子勢の出足を鈍らせた。
 江戸という東洋一の巨大都市を背景にした伊達軍の根本的な兵力差に加えて、江戸城攻略には厄介な問題も内包している。
 現在、冒険者は中立の傭兵戦力として戦場次第で源徳にも反源徳にも雇われているが、江戸を攻めた場合は伊達側に味方する者が多い。この数年で江戸の町に基盤を持った冒険者は少なくなく、誰であれ住む場所を攻撃されるのは嬉しくないのだ。
 江戸という『地元』を制された八王子勢は苦しい。とはいえ、江戸城は江戸の町の中心にある巨城。町を焼き払う覚悟が無ければ、落とせるものではない。
「やはり、地下空洞からの侵入は難しいのか?」
「入口の多くは固められ、中は要塞の如き有様とのこと。一軍を全て工兵とすれば或いは‥‥」
「伊達が見過ごす筈も無し、兵数で劣る我らには絵空事か」
 江戸の切り崩しを如何に行うか──源徳長千代と、大久保長安は、かつて戦陣を共にした仲間達と論じていた。
「伊達はデビルと通じている、という線が一番かね」
 江戸の冒険者に、伊達側にデビル──七大魔王が一柱『マモン』──がいる事を広く知らしめ、いや伊達政宗こそデビルの手先であり、ジャパンを滅ぼす悪行を能動的に進めているという情報があれば、冒険者達は江戸を焦土と化しても伊達討伐に力を貸すのではないか。
「客観的な情報が示せるならば、良いアイデアだろう。だが、それこそデビル――マモンの思惑であるかもしれぬぞ」
「人間同士を争わせるためにな、ありそうな事だが」
 デビルの策謀にはどんな裏があるか分からないだけに、冒険者達にも躊躇はあった。それに、ジャパンという土壌はデビルへの危機感が乏しい。
「危機感を煽りすぎるのも、また宜しくはない。ここは十二分に用心をしてだな」
「そんな慎重論では、話が進まん」
「多くの民の命がかかっているのですよ、十分に配慮して最良の選択をするべきです」
「複雑な策より、行動だと思う」
 一朝一夕で答えが出るものでもない。
 どうするかは棚上げのまま、先日の敗戦の検証を行う。江戸まで進出した八王子軍は武家屋敷を本陣として、江戸城を攻めた。そこからのぞけた光景を改めて考える。
「伊達側にあれほど陰陽師が居るとは予想外だった」
「少なくとも四、五十‥‥或いは百人を超えていたかもしれぬか──?」
 長千代はその事実に着目した。
 陰陽師は実際的な陽月の精霊魔法だけではなく、西洋のウィザード同様の精霊魔法技術全般の専門家であり、また占星術を修め、占い師という性格を持つ。
「占いと云えば‥レミエラ作りには、星辰の位置だの、月の満ち欠けとか、占星術が関係してるらしいぜ」
「本当か? それなら陰陽師を多数雇い入れてる伊達軍は便利なレミエラを沢山持ってやがるな」
 占星術云々はともかく、ジャパン固有の魔法使いである陰陽師の力がレミエラやマジックアイテムの研究開発に役立つのは異論の無い所だろう。
 しかし、ジャパンでは精霊魔法技術の法度があるために、陰陽師を多く召抱えている家は殆ど無い。
 京都の陰陽寮を除けば、志士を統括する平織家、それに摂政源徳家康くらいのものだ。
「伊達は?」
「うーん。分からん。密かに雇用していたのか?」
 長安の話によれば、江戸には現在三つの月道があり、その管理維持、更に近年は地下空洞の調査もあって多くの陰陽師が居る。源徳が江戸を追われた際に一部は三河に逃れたが、残った者達を政宗が取り込んだ可能性はある。
「宮仕えの陰陽師達だろう。こっちに寝返らせれんかね?」
「忘れたのか? 源徳軍は朝廷を無視して戦ってるんだぞ」
 摂政の職は平織との約束で降りる事が決まっている。関白と安祥神皇の再三の要請を無視して小田原を攻めた源徳家康は、いつ逆賊認定されても不思議はない。
「伊達政宗、江戸の町、それに陰陽師か――」
 伊達軍だけでも脅威だし、江戸の町の反応は覚悟していた事だが、政宗が居て、陰陽師部隊まで抱えているという。はたしてこれは、何を意味するのか。
 独眼竜と陰陽師、そのふたつが反応した時、何が産まれるか。長千代には想像できなかった。
 判っている事は──。
「潜入工作──を勧めているのか? 長安」
 長千代がつり上がった瞳で長安を見やる。
「先日の江戸城攻略戦でも決死でしたからな──現に英雄ですら死を免れなかった。それは野戦も同じ事」
 相手は魔法を使う事を前提として考えれば、容易なことではない。
 陰陽師にある程度腕前があれば、リヴィール・エネミーやリヴィール・マジックなどの探査手段に加え、フォー・ノリッジによる未来予測もあるだろう。
「政宗が打って出ない理由も探らねばなりませぬ。ともあれ、力押しで落ちぬなら、敵に体勢を整えさせぬうちに次の手を打たねば――『級長津彦』様」
 経津主神、として市井に知れ渡っており、少なくない武士が軍神信仰の為に命を散らした中、虚名を貫き通した長千代には手痛い言葉であった。
「城から出てこぬ理由か‥‥独眼竜は実際的な男だと思っていたが」
「実際的な男は三河武士の恨みを買うような真似はしませぬな。‥‥途方もない夢想家かと」
 長安は、政宗が陰陽師達を使ってレミエラを作っているのではないかと疑っていた。八王子軍の総奉行としてレミエラも含めて全てを担うこの男には、気になる事であるようだ。
「レミエラとは、それほど価値のあるものか?」
「未知の技術ゆえ、長安も確たる事は申せませぬが‥‥例えば平織軍が用いたというヒューマンスレイヤー。あれなどは決戦の切り札と申せますな」
 冒険者なら千両でも積むだろう。長安なら千両あればもっと別の使い方をするが。
「レミエラはまだまだ未知の領域が多くござれば、手遅れとなる前につきとめねばなりませぬ」
「だが血が流れるぞ、級長津彦はどうあれ──長千代は拒む」
 江戸城にとっても陰陽師は虎の子であろう。警戒も厳重に違いない。その城に潜入し、軍事機密を調べる。成功は殆ど期待できないと云っていい。同じ命懸けでも戦場とは訳が違う。
「血が流れるのは今までも同じ。例え級長津彦さまでなく、長千代様が采配をする立場にあっても──」
 何時になく饒舌な長安。
「‥‥判った。江戸の冒険者ギルドに依頼を出そう」
「茜屋殿が適任でしょうな。ひとりでも生きて帰れば──」
「人は数ではない、それぞれに思いを背負っている。全員が生きて帰る、それを目指して貰おう、例え失敗したとしても構わない」

 果たして独眼竜の工房に何が眠っているのか? 知るよしもなく、冒険者ギルドからこっそりと有志に依頼が告げられるのであった。
 レミエラを巡る冒険が始まる。

●今回の参加者

 ea2046 結城 友矩(46歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8619 零式 改(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb9669 高比良 左京(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 このときの時勢について語れば、昨年末に小田原にて源徳、反源徳の両軍が大激突し、同じ頃に八王子の源徳長千代が江戸城を強襲、更に安房の里見氏が下総侵攻に動き始めた。
 新年早々から、江戸城は戦時下にあり、江戸に入り込んだ源徳の間諜狩りに伊達は躍起になっていた頃である。

 行商人に化けて城中の一角、レミエラ研究所と思しき区画に出入りするモノを探っていた零式改(ea8619)は、本能的な恐怖に捉えられた。
 下調べであり、ここは城中ではない。たまたま江戸城の御用商人の一人に目星をつけて話を聞きに来ただけである。
「‥‥そうだ、うっかりしていた。用事を思い出しました。日を改めて話を伺いにまいります」
 冷や汗をかいて表に出た零式は町奉行所の同心にぶつかり、心の臓が飛びだすほど驚いた。
「ん、大丈夫か?」
「いいえ、あいすみません」
 城に関わる事には町中がピリピリしている。無関係なただの町人なら何も感じないだろうが、諜報活動はやり難いことこの上ない。
 物陰からそっと様子を窺うと、同心は店の手代と談笑しているようだ。
(‥‥勘違いでござるか? いや用心に越したことは無い)
 卓越した技を持つ音無の忍びとても、慎重に慎重を重ねていた。
 同じ頃。

 結城友矩(ea2046)は早朝から城に足を運び、掘割沿いに江戸城をぐるりと歩いて回った。天下の猪武者は用意の握り飯をほうばる間も熱っぽい視線を天守、ではなく工房があると言われる一角に注いでいる。
「熱心だね」
 同行した高比良左京(eb9669)が感心したように呟くのを、友矩は真面目な顔で答えた。
「拙者、レミエラに一財産潰すほど金を投じたでござる。ならばこそ、伊達の工房と聞いては興味津々でござるよ」
 友矩も他人が聞けば目を剥く巨費を投じていたが、それが江戸城の主人の規模となれば、どれほどのレミエラを生み出せるものか。大久保長安の危惧を、誰より身近に感じたのは彼であろう。
「警備状況は把握したわ。これでもかってぐらい厳重ね。と言っても、外から眺めた情報がどれほど役に立つかだけれど‥‥」
 夕暮れ時、別行動で偵察していたアイーダ・ノースフィールド(ea6264)が戻り、三人は城を離れる。
 今日は様子見、明日にはこれだけの人数で彼らは城中に忍び込む。

 深夜。
 音もなく城中に忍び入った改めがけ、一斉に投網が放たれる。彼は体術に明るくない。十重二十重に鉄線入りの網が四肢五体にからみつく。
(く、何故──?)
 敵の魔法探知は十分に警戒していたはずだ。
 それが、まるで用意周到な罠に飛び込むように絡めとられるとは。伊達の陰陽師は百m範囲の探知が可能だというのか。それとも――
「連れて行け──殺しても構わん、裏を吐かせろ」
 女侍の冷厳な言葉。
「ご勘弁を! 話します、全部話しますから殺さないでください!」
 改は懸命に言い訳するが、彼女は言葉を重ねる。
「話さずとも良い。陰陽師を呼んでこい、こいつの記憶を調べる。何、話す気があるならば──問題はないはずだな」
 後詰めのアイーダは、この時には姿を消していた。捕まる直前、改とのアイコンタクトのみで気配を消し、撤退を選んでいる。
 改は生き残る──改の人格は信用できなくても、改の冒険者としての手腕には全幅の信頼を寄せられる。
 改は懸命に逃げる道を探すが、忍び殺しの江戸城、抜け出る事は適わず、両手両足の爪に焼けた針を差し込まれた挙げ句、やっとこでちぎり取られ、激痛が走る。それでも改は何も言わなかった。しかし、彼の記憶は読み取られた。
(死ぬなよ──皆)

 密かに江戸城に近づいていた結城友矩と高比良左京は、城中で僅かに騒ぎが起きたことを察していた。何があったかは容易に想像がつく。逡巡はなく、意を決した。
「むう、伊達め、あの音無すら捉えるとは、恐るべき手腕よ。しかし、拙者が乗り込む事まで予想はすまい‥‥宜しく頼むぞ」
 アイーダと合流し、結城はドラゴンパピィのミスリライトを見やる。金色の美しい竜は、ムーンドラゴンの幼体。幼いとは言え、既に体長は四m、並の獣は遥かに及ばぬ戦闘力も有している。
「ああ、零式の分も俺達が頑張らないとな」
 高比良は竜の顎を優しく撫でた。今度こそは成功させるという気負いがある。
「急がないとまずいぜ。すぐ堀を越えられるか? まあ、こいつなら心配は要らないだろうが」
 あえて楽観論を唱え、目的地である江戸城の支城に向き合う。
「何、出来るでござるよ。行け、ミスリライト」
 声を潜めた飼い主の言葉に、金色の竜は羽ばたき、数多のロープを結びあわせた長尺の縄を掴んで堀向こうまで運んでいく。
 城壁に辿り着く直前、一陣の風なりと共に、数発の矢がミスリライトを襲う。躱しきれないまま、深々と肉を抉られ、命を絶やし、江戸の堀に落ちていく。
「真壁花房か!」
 伊達の女武者の存在に気がつき、つい声を荒げてしまう友矩。短い間とはいえ、縁を結んだミスリライトに死を運んだ相手を本能的に感じた。
 もっとも、竜を殺したのは彼自身か。
 深夜といえど、戦時下の江戸城の掘りを金色の竜で飛び越えたのだ。相手が警戒し、ギルドの情報でも鉄弓兵が守っている事は明らかだった。
「ち、こうなれば、あの女の間合いに飛び込む前に堀を越えなければならないぞ。その上にソニックブームの間合いに詰めるまで矢を何本浴びるか──」
「宮仕えは良いわね──矢玉の料金を気にせず、弓を射られて」
 銀髪を隠すアイーダが毒づく。が、状況はそんな余裕すらなかった。
 3人は凍気に当てられ、気がつくと、無惨な肉体の改と同じ場所にいた。
 どうやらアイスコフィンの魔法に捕まり──おそらくはスクロールだったのだろう──尋問の待機所に放り込まれたらしい。
 冒険者達は完全に罠にはまった。
 が、陰陽師達が戦慣れしていないのだろう。氷が融けた時の用心に網をかけられていたが、四人を一ヶ所にしてアイスコフィンを解くなど、有り得ないミスである。
 重傷の改は仲間達の氷が解けた瞬間に四肢の関節を外し、さらなる激痛を前提に、自由を得て、牢番達を突き飛ばした。
「突破するでござる!」
 これ以上の好機はない。
 人外の化生と平織虎長に言わしめる忍者の瞬発力であった。
 3人から手早く投網を取り去る。その間も激痛から気を抜けば意識が遠のいたが、必死に逃走の算段を改は考えた。
(長安どのの言葉に従えば、ひとりでも情報を持ちかえれば、任務は達成でござる。なれど、拙者達に指示を出したのは長千代。全員生きて帰れと申された。何の迷いがあろうか、長千代の意志を信じる)
 気絶した牢番の服をはぎ取り、部屋にいた陰陽師を拘束する。が、この場に留まることは不可能。すぐに増援が来る。
 三人は改の指示のもと、脱出を図る。彼がこの場に運び込まれた経路の記憶だけが頼りだ。
「待ってくれ。何か成果を──」
 逃げる途中、手近な部屋に入り込んで左京は幾つかのレミエラと書き付けを袂に放り込んだ。
「急げ! 命あっての物種でござるぞ」
「いいや、今回は武功を立てなきゃ、武士でござると偉そうなことは言えなくなる」
 武勲の執着なくして何の侍か。結城はそれもそうかと思い、二人は逃げながら目につくものを奪っていく。
「あれは? 何だ」
 広間が見える。そこにあるのは全高十メートルは優にある銀色の卵、いや──繭であろうか? その周囲に正三角形を描くように位置している獣──いや、あれは精霊獣―─。これも運命か、その姿に身に覚えがある。
 緑色の鼬。されど尋常でないのは前足が前方に鋭く突き出した太刀。
「──構太刀っ」
 その周囲では何かの魔力が渦巻いている。
「ち、未練だな」
 左京が一同を促す。
「未練ね」
 アイーダが苦笑した。
「さあ、行こう改、拙者はお前のおかげで飛んでもない情報を拾ったのかもしれない」
「生きて帰れれば──な」
 無我夢中で支城を突破し、何とか冒険者街にもつれこむ。どこをどう走ったものか覚えが無いが、伊達の追撃は無かった。
「寺院に行きたいな──偶には、喜捨するのも悪くない」
 書類を月光の下で見たが、古代魔法語で書かれているらしく読めない。
「翼無き一角獣。時間逆行の結界。花言葉、神秘。莫大な精霊力。レミエラは‥‥増幅装置?」
 一同の報告を受けた茜屋慧の驚きは尋常ではない。
 江戸城で騒ぎが起きたと聞いて、てっきり冒険者達は死んだと思っていた。それが生還を果たし、しかも工房の情報を掴んできたのだ。
 それも構太刀とは、たちの悪い冗談としか思えない。
「なぜ構太刀が‥‥それより、彼らは何かの儀式を行うつもりのようですが」
 茜屋は古代魔法語のセンテンスを拾った。メモなのか、それとも資料自体が符丁で書かれているのか全貌の想像がつかない。
「大儀の為とは言わん。命短くして散っていったミスリライトの為に刀をとる次第。新年早々、銘のある得物を手に入れた故」
 友矩が決意を新たにした。
 月光の見せた一夜であった。