●リプレイ本文
「これぞ忍法、影分身」
零式改(ea8619)はブロッケンシールドに封じられた魔法を開放し、灰人形を江戸城に解き放つ。
「銀の繭のある場所へ忍び込むでござる」
江戸城を指さす改に、彼の分身は無言で城門に近づいた。
「またかっ」
門兵は苛立ちを含む唸り声をあげて、突進する忍者に無造作に槍を突き入れた。一瞬で灰に戻るそれに、驚きの表情さえ浮かべない。
「下手な小細工をしおって」
「気を抜くな。いつかは本体が来るぞ」
改は時と場所を変えつつ、江戸城に何度も分身を送り込んだ。さすがに潜入は一度も成功しなかったが、彼は目的を達成している。
「これだけ侵入を繰り返されては、襲撃予知など木端微塵でござろう」
驚愕すべき忍者の執念である。
先の襲撃失敗が予知魔法と聞いた冒険者達は、それが事実か否かは置いて、破る方法を思案した。
襲撃者は一人ではない。
「天運に任せて未来予知に少しでも揺らぎが出ないかな」
一天地六の賽の目任せで襲撃を実行したのはカイ・ローン(ea3054)。
英雄と謳われる神聖騎士は漆黒に銀の月雲をあしらった月影の袈裟を着けると、ムーンシャドウで江戸城の掘を飛び越えた。
自ら危地に入るあたり、改よりもぶっ飛んでいると言えよう。時と場所はサイコロ任せだったから、改と連携も無い。
「さて、入ったはいいがどうするか‥‥」
予知破壊の他に、あわよくば陰陽師達を削る事もカイの目的だった。陰陽師を探すが、夜に外を出歩く陰陽師もそうそう居ない。手近の屋形を襲おうかと思案するうちに、城兵に見つかった。
「何者だっ」
「問われて名乗る賊は居ないよ」
無理は出来ない。月影を移動して逃げた。壁が多いので飛び移る影には苦労しないが、移動範囲は視界内に限定されるから城内では何度も使わないと振り切れない場面が多々ある。
「一日一回が限度かな」
二日続け、三日目から中止した。何度も続ければ捕まるのは自明であり、城内の警備体制が強化された事が分かるからだ。
「無理をして殺されては何にもならない」
「左様、拙者らはどうやら伊達の忍者どもを怒らせたようでござる」
江戸城を翻弄するかのような二人の襲撃に、激怒したのは城の隠密警備を担当する伊達忍軍である。冒険者達の具体的な敵は支城の中だが、江戸城に石を投げれば、何が出てきても文句は言えない。
「これは誰の仕業じゃ?」
「月影は恐るべき槍仕にて、顔を隠しておりますが凄腕の冒険者と思えまする。分身ずれはブロッケンシールドを使っておるゆえ、誰とは言えませぬが‥‥本人が発見できぬは隠形の術に秀でておる証拠。おそらくは源徳方の忍びに相違ござるまい」
冒険者の派手なパフォーマンスに、黒脛巾の組頭は伊達政宗から詰問を受けていた。改も江戸城の外まで警戒網を広げる伊達忍軍の殺気を肌で感じ、影分身の術を中止した。
「忍びの戦は、発見された時には死が決しているものでござる。黒脛巾も忍者の端くれなれば、毛ほども油断は出来ませぬ」
江戸城攻撃を宣伝した事が、果たして良かったのか否か。
「鬼が出るか、蛇が出るか。ムージョどのの飛ばした先には敵が確実に待ち構えているでござる。石上神宮に蔵されているとされる七支刀。この剣が手元に舞い込んだのは神の導きでござろうか。ならば駆け抜けるのみ」
月が皓々と照らす中、結城友矩(ea2046)は明鏡止水の境地に達していた。
「強襲なのだわ!」
銀色の淡い輝きに包まれたシフールのヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)が、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)を月影に入れて飛ばす。
「こっそりやるのが本当なんだけど、未来を知られてるっていうなら仕方ないわね。まぁ私達らしいやり方だけど」
達人級のムーンシャドウ。ムージョが触れていたアイーダの体は一瞬でかき消え、数百m先の江戸城の中に現れる。
「見事な魔法だけど‥‥遠いわね」
転移先について、アイーダの注文は目的の建物に一番近い建物の頂上。
「建物の頂上? 影が無いと飛ばせないのだわ」
江戸城の近在に、城内を十分に眺められる場所は無い。木々や塀に囲まれて見えないからこそ砦。それに、ムージョはかなり目が良い方だが、それでも夜中に数百m先の月影を指定するのはかなり無理がある。転移場所は自ずと限られるので、アイーダの希望は却下。
二の丸の片隅に現れたアイーダは、本職顔負けの忍び足で目的地を目指す。
彼女の得意は足音を殺すことのみだが、今回の相手は天下の堅城『江戸城』。下手な忍び技は通用しない事を考えれば十分すぎる。
天井裏から床下まで幾重にも壁で仕切られ、ひとり仕事では到底、侵入不可能な大城。基礎を作った太田道灌は百年以上昔の人と言うが、改の話では憎々しいほどの忍び殺しの名人、らしい。
「忍び殺しの江戸城とは良く言ったものね‥‥」
強固な城を作った道灌と源徳家康などを恨みつつ、アイーダはじりじりと、じりじりと前進するのみであった。
(マンモンめ、倭の守護者たる『構太刀』まで篭絡しようとは。しかし『構太刀』を使うという事は、あの繭は何かの精霊にまつわるものでござろうか?)
ヴァンアーブルが仲間を飛ばし始めた頃、改は単独で江戸城侵入を試みていた。
墨塗りの黒縄を伝い、慎重に掘を渡る。
達人級とはいえ、正攻法で江戸城を攻めるにはやや力不足。
とはいえ、常ならば成功する可能性もある。
だが戦時下であり、再三襲撃して城兵と伊達忍軍を挑発した経緯がある。つまり、自分で厳戒体制を作り出した所に飛び込んだのだから、たまらない。
「我、敗れたり――」
気づいた時には黒づくめの男達に囲まれ、改は敗北を察した。
「はっ」
瓦と板を突き破り、一撃の槍が貫かれていた。
ようやく支城近くの屋敷の屋根に登ったアイーダは、股の間から突き出た穂先に、転げるように後ずさる。
「‥ン、まずったかなぁ」
屋根を壊して剛槍を手にした伊達侍が現れる。
「鼠め! 気づかれぬとでも思ったかっ」
傲然と槍を構える武者。階下から足軽達が集まる音も聞こえる。弓騎士は笑みを返した。
「‥‥ン、手間が省けたわ」
物見櫓からわずかな光が灯る。それは周囲の篝火に比べればわずかな光点だが、アイーダはそれを待っていた。
「違ったら、死ぬけどね」
アイーダは真壁を殲滅する事を前提に矢玉を番えていた。あの光が真壁の鉄弓のレミエラであるか、確認する暇はない。
ただうっすらと見えた人影を捉えて──冷厳なる狙撃手は弓と一体化していた。弓絃を離すと三本の矢が放たれる。ひとつ目の矢は右腕を射貫く、ふたつ目の矢は肝臓付近に刺さる、みっつ目の矢は左胸を射貫いていた。
そのまま人影が物見櫓から落ちていく。
(友矩──あなたの養い子の敵は横取りしたわ)
さて問題は、間近に迫る槍武者と足軽達をどうするか、だが。
「‥‥行くぞ」
エセ・アンリィ(eb5757)が友矩が促す。ヴァンアーブルの月影転移は一人ずつしか移動できない。最初にアイーダを送り、そのあと結城とアンリィをなるべく工房に近い場所に送った。アイーダが狙撃手としてのポイントに向かう間に、戦士二人は続いて転移した茜屋、ムージョと合流し、工房を目指している。
移動の合間にヴァンアーブルは富士の名水をあおった。一気飲みすれば魔力が回復するという霊験あらたかな霊水であり、達人級の魔法で大量に魔力を消費する今の彼女には必需品だ。
アイーダが発見され、改が伊達忍者と暗闘を始めた事で城内の雰囲気は俄かに活気づいていたが、四人は密かに工房に近づいていく。
「慧の予知では、『銀の繭』から『表現しがたい』何かが、満月の晩に砕ける、それ以上は見えなかった。『羽化』『不可』も似たようなものだったな」
工房が近づき、エセが茜屋の予知を確認する。無言で頷いた彗は、結城の様子がおかしいのに気づく。
(我は侵入者にあらず、破壊者也)
仲間の言葉を耳に入れず、友矩は一身に、自分は侵入者じゃないから、フォーノリッヂには感知されないようにと、念じていた。
「え?」
茜屋は驚いた。もし効果があるなら、革命的な対策法である。あまり真剣なので、たぶん無意味、とは声をかけづらい。
そこへ交差する、無数の網、わずかに遠くにいた友矩は躱す。しかしエセは斬岩剣の奥義を尽くすが、手足を絡め取られて、矢ぶすまになる。辛うじて解毒剤を嚥下した。
「‥‥伍か」
賽の目に従い、出かけるカイ。
決行日にもかかわらず、彼だけは自分のペースを崩さない。今日が決行日だからでなく行くのでなく、彼は毎日出かけていたが、警戒が厳しいと知って中止していた。
「‥‥」
仲間達の襲撃で城内の混乱が見て取れる。今なら、少しは奥まで進めそうだ。
結果だけ見れば、冒険者達は捨身捨命の忍びのように、各個撃破を厭わぬ陽動にそれぞれが努めた‥‥とも見える。
網を逃れたヴァアーブルが月影をつたって工房内部に入り込む。
銀の繭の前にたどり着くが、動かす手段──思いつかない。心なしか以前より膨張したように見える。
直ぐにでも敵は追いつくだろう。ヴァンアーブルはテレパシーで銀の繭に向けて、思念をぶつけた。
「誰か教えて下さると嬉しいのですわ? あ、ヴァンアーブルと呼んで」
「ふうん、ウチはガーベラ、月の精霊やわ。とりあえずこの子の眠りを妨げないで欲しいの、人間に必要とされなくなって──とりあえず、この結界は現実の世界で1時間経つ毎に1時間逆行するさかい、無理にこじ開けそうとしない限り、無害やで」
月の精霊? 人並みの知性もありそうだし、ブリッグルなどの下級精霊ではないようだ。アルテイラなのか?
口調は十代のはじめの女の子のそれだ。
「離れろ!」
そこへ敵をいっぱい引き連れて友矩が現れる。
傷だらけの結城は七支刀を巨大な繭にかざす。七支が輝き、刀身から漆黒の稲妻を放つ。
激しい稲妻が巨大な銀繭を打った。だが、繭は無傷。その稲妻が相当な破壊力を持っていた事は確かなだけに、傷一つ付いていない光景は尋常ではない。
「莫迦な──。いや、構太刀の確保を急ごう。みんなは無事か!?」
伊達兵と戦いながら、大音声を張り上げる結城。
ムージョは仲間達にテレパシーで呼びかけるが、ほぼ壊滅状態と言っていい。
工房の前で網に捕えられたエセと茜屋は伊達兵に縄をかけられていた。
「こやつら、陰陽師どもが目的であったか」
「速やかに残りの者も捕え、殿に連絡せねばな」
もはやこれまでと観念した。
「諦めるな!」
伊達兵の前方で混乱が生じ、月影の袈裟をまとった槍使いが乱入する。今日こそはと侵入したカイが、ヴァンアーブルのテレパシーで仲間の窮地を知り、駆け付けて来たのである。
「何者だっ!」
「‥‥」
顔を隠したまま、無言でピグウィギンの槍を足軽の体に突き入れる。
瞬く間に数人が屠られ、その時になって容易ならぬ使い手と認めた伊達兵がカイを囲んだ。
(‥‥反応が鈍いな。ああ、指揮官は友矩達を追っているのか。それに、元々ここの守備兵じゃないみたいだ)
ヴァンアーブルとの念話で状況を把握するカイ。
江戸城の守備兵に連携の不備があるらしい。それがこの工房に限った事か、全体的な弱点かは分からないが、江戸城攻略を考えるカイには悪くない情報だ。
「これなら」
覚悟を決して踏み込むカイ。それに合わせ、拘束を解いた茜屋が伊達兵にシャドウボムを放つ。油断があったのか、茜屋の拘束が緩かった。
「‥‥皆は無事か?」
黒脛巾の囲みを必死に逃れた改は江戸城の外にいた。
テレパシーの圏外であり、ヴァンアーブルの声も聞こえない。
ただ彼の足もとに、アイーダが倒れている。伊達兵に追跡から逃れるためにアイーダは掘に飛び込んだのだが、彼女はそれほど泳ぎが達者ではない。気絶した彼女を改が助けた。
「零式さんが助けてくれたの?」
「拙者は‥‥そうでござる」
改は溺れた者を助けられるほど泳ぎが達者ではない。濡れた彼女が掘りの外に倒れていたのだが。
そのあとヴァンアーブルから連絡が入った。カイの助けを借りて彼女達は江戸城を脱出。しかし、構太刀奪還は叶わず、銀の繭も健在だという。
「それから‥‥」
ヴァンアーブルは皆にガーベラと名乗る人物?の言葉を伝えた。
彼女の話では、満月が天頂を照らす時、自分と外から同時にムーンロードを唱えれば、この『どこにも通じていない』月道は開かれる。
報告に赴いた一同が八王子勢に行くと、長安はげっそりしながらも、健闘を労ってくれた。
そして、長千代は一言──懐かしい、風の薫りがする───と、述べた。
これが睦月最後の冒険である。