【源徳大遠征】悪にゃ滅法強い奴【黙示録】
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■シリーズシナリオ
担当:成瀬丈二
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:19 G 54 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:02月14日〜02月27日
リプレイ公開日:2009年02月27日
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●オープニング
江戸表に、高尾山から災厄と云うべき代物が解放された旨の情報が広がったが、江戸城の主“独眼竜”政宗は表だっては対策らしい対策を取らなかった。
口に出しては一言──。
「黄竜、大山津見神は捨て置け」
「し‥しかし、殿。仮にも大神を名乗る者にて、恐るべき力を持った龍という話にございますぞ」
家臣達が慌てる様を、隻眼の猛将は顔色を変えず。
「だからどうした。神や悪魔など、掃いて捨てるほど現れておるわ。いまさら一柱増えたとて俺が驚いてやる義理はない」
政宗は、事態を甘めに見ているかに思える。それにしても、小田原が劣勢にあり、里見と千葉が激突し、源徳勢の反抗著しいというのにこの豪胆ぶりはどうであろう。
「ところで、俺は聞いておらんぞ。あの妙な『繭』は何だ?」
先日の冒険者による江戸城襲撃。調べてみると、狙いは江戸城の陰陽師達の工房だった。そこで研究されていた銀色の巨大な繭。
「遺跡のものか?」
「はい。陰陽師の伊織はそう申しておりますが」
「‥‥ふん」
江戸城の陰陽師達は現在、伊達に臣従している。
江戸の地下に広がる巨大な遺跡の解析や、戦の魔法戦力として欠く事のできない戦力だが、何を考えているか分からない連中という印象があった。同じ武士である源徳旧臣達は理解出来る存在だが、都が秘匿してきた精霊魔法の秘儀を守る陰陽師達と、奥州武士の間には相当な隔たりがある。
「陰陽師と、もののふ達の温度差には──」
鎹であった、女武者の真壁は先日、侵入者に討たれており、現状は工房の守備にも事欠くありさまだ。
「面倒なことだ。いっそ、この城ごとのしをつけて家康につき返してやるか」
笑みをこぼす政宗に、仙台からつき従う譜代の家臣らは絶句する。
「若、冗談ではありませぬぞ! 平泉の大殿に、どのようにお詫びするつもりか」
「左様、左様。我らがこの国に投資した金子、尋常の額ではござらぬ。それもこれも関東進出がため。戦わずに渡すなど、それでは我ら、あの大狸の為に江戸を復興したも同然ではござらぬか」
平泉の本家では、江戸で日増しに力を付ける政宗を警戒する向きもあるらしい。悪路王の動きが活発化し、主力というべき伊達を欠いた奥州勢は苦戦しているとも聞く。適当な所で家康と手打ちをして、一度帰ってこいという便りも届いていたが。
「そもそも我らは藤原氏だ。関東であくせくするより、都に出てイザナミ相手に大暴れするのも悪くは無いと思わんか?」
「殿! 戯言も大概になさいませ!」
冗談ではないが、と呟きつつ、政宗は工房の陰陽師から上がってきた追加予算に許可を出す。
「銀の繭とやらの解析を急がせろ」
正体不明の大昔の遺産。
一発逆転の兵器が出てくる等と世迷い言を抱いてはいない。しかし、布石は打っておく。
「たびたび敵の侵入を許すなど情けない。工房の守備兵を増強しておけ」
政宗は知らない、というより陰陽師達がアプローチしていなかった方法で江戸の冒険者が成功した策として、繭の中には、月の精霊『ガーベラ』と『あの子』と呼ばれていた存在があるという。
繭は時間に逆行しており、現実時間で1時間過ぎると、繭の中では1時間逆行する。つまり実質体感時間はゼロという事である。
この繭を解除すべく『伊織』なる女の陰陽師が、強大な風の精霊である『構太刀』の3兄妹を用いた魔法円とレミエラにより、儀式魔法を行っているらしいのだが、肝腎の伊織が最近では姿を見せない。
中にいるガーベラなる月精霊にテレパシーで聞いた話では銀の繭は、満月の最も高い時、ムーンロードの魔法を使えば解除できる。しかし、政宗はしらない。
「しかし、こんな所に住んでいて良いものか」
「こんな所とは?」
「馬鹿か。その繭とやらが、大爆発して城を木端微塵にしたら逃げ場は無いぞ」
「左様な事は起こるまいと思われまするが」
「ほぉ、暢気だな。まあ良い」
政宗は知らない。その政宗の思惑を、八王子代官『大久保長安』は知らない。
長安は、ただ能吏として、やりかけた仕事を完遂する。
黄竜が何かをする前に、江戸城の支城に赴き、銀の繭のかたをつける。
それが冒険者ギルドへの依頼であった。
それぞれに一世一代の大ばくちが始まる。
●リプレイ本文
如月、江戸───。
満天の空の下、満月が静かに一同を見下ろしていた。
「では、行くのだわ」
シフールのヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)が己の中に作られた時計を確認する。リヴィールタイム、心中に正確な時間認識を植え付ける月魔法。
時は、古来より月が教えてくれた。人は一年を十二の月で数える。時間を司る月の魔力を宿した冒険者達は、心中で正確な時を刻んだ。
天界人がアトランティスに持ち込んだ時計のような発達した精密器具は江戸に存在しない。
ゆえに、月魔法の神通力に頼ることで、ムージョ達は同じ時を共有し、また星読みの術に統べるジークリンデ・ケリン(eb3225)が、今宵の月の天頂の時間を読み取って一同に説明した。
スクロールを使い、相当な魔力を消費しても僅か一時間だけの時間認識、だがジークリンデは注意を払って丁寧に作業を行ったし、その後で順にフレイムエリベイションも付与した。今から彼女達が向かう場所は、用心をし過ぎるという事が無い。
「これで準備は整いました」
ジークリンデは莫大な魔力消耗を補填し、緑色の淡い光に包まれて宙に浮く。人が空を自由に飛ぶのは至難であり(パラディンのみがそれを可能とする)、リトルフライの飛行は不安定だが、彼女は支城に接近を企てる。
城兵も間抜けではない。ジークリンデは発見されたが、彼女は意に介さず屋根の上に降り立った。壁や地面が、彼女に動き回る敵を知らせる。大雑把な情報だが、とりあえずは十分。
ジークリンデ女史は、淡い赤光に包まれ、一番近くの敵集団めがけてスモークフィールドを展開。刺激臭を含むそれは、数百mの濛々とした煙の陣。城の一角をすっぽり隠すほどの煙が江戸城に生まれ、パニックが発生した。
女史は落ち着いて次の呪文を紡ぐ。今度は淡褐色の光、超範囲の石化が城兵を次々と物言わぬ石像に変えていく。
無慈悲で圧倒的な大術師の超魔法。下手な魔物や悪魔は、今の彼女に比べれば可愛いものだ。彼女のかぶった悪魔の仮面と月影の漆黒の衣が、阿鼻叫喚の城内に良く映えた。
これが冒険者からの、今夜の苛烈すぎる宣戦布告である。
「久しぶりの江戸だが、哀れだな‥‥マンモンは、伊達さんをスケープゴートにしたいのかもね」
シェリルから今以て謎が多い集団“皇虎宝団”の秘密を教えられていた、アレーナ・オレアリス(eb3532)は仲間が江戸城に生みだした地獄を思って呟く──。
ローマの神聖騎士であるアレーナは、デビルの手口を知っている。彼らは自ら手を汚さない。デビルの目的は人の堕落と神への復讐であり、人間同士が争う姿が理想的だ。
「今頃、どこかでほくそ笑んでいるのかも‥‥だけど、悪魔に精霊が守護するものを渡すわけにはいかないか」
アレーナは自らのパートナーを八王子勢に預けてきた。いい顔はされない。結局預かってはもらったが、手数料はとられた。少なくとも黒字にはならない。
「ジークリンデ嬢に注意が向いている今がチャンスだ」
一歩進み出て、ヴァンアーブル女史の魔法を頼もうとするが、それを制して、高比良左京(eb9669)が──。
「俺が先に行く約束だ。陽動の手が足りないはずだ。伊達兵を切り伏せてやる。前回の不首尾もあるしな、ま西洋風に言えばリターンマッチという事だ」
左京に歩調を合わせて、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)も頷く。
「ジークリンデさんにだけ体を張らせる訳にはいかないわ。いくら魔法が凄くても一人じゃ長くは持たないもの。──マモンの出方も気になるし」
頷いたヴァンアーブル女史が銀色の淡い光に包まれながら、まず左京を飛ばす。
十重二十重の防御陣を予想していた、左京であった。しかし、今度は絡め取る縄もなく、拍子抜けした。
「魔法ってこんな恐ろしいものだったのか?」
無数の石像がまるで墓標のように突き立っている。
まさか皆、石になったんじゃ‥と思った矢先に、衝撃波が飛んできた。辛うじて受ける左京。
「遠当てか、俺も使えるな」
煙の彼方を見据え、構えつつ左京は言葉を重ねる。
「俺達の目的は、陰陽師達が抱えてる、大きな繭だ。あいつ等の為に命を張るのは惜しかろう。そう思うたなら其処を退け」
無駄に命を散らす事はないと説得する左京を、相手は一笑にふす。
「笑止千万。貴様は好みで主命を放り出すのか? 関東の武士は士道を知らぬと見えるな、拙者が守るは陰陽師の為にあらず、伊達様の御為。陸奥武士の誇りにかけて、下がりはせぬぞ」
「田舎侍が──よく舌が回るな。もっとも、こちらからふっかけた事だが」
言いながら剣先を微妙に揺らし、気合いを溜め、先程の方角に討つ左京。
血飛沫があがったが、それにやや遅れて、幾本かの矢が飛来した。
「半弓か──ちょこざいな」
遮蔽物を意識し、石像の影から影へと移動する左京。その背後から──。
「ホントね」
冷たい声が響き、正確に矢がそちらに打ち込まれる。
アイーダであった。
「一分ばかり時間を稼いだぞ。囲まれているようだがな」
「一分在れば十八本、矢を射れる。無駄玉かもしれないけど。予算とはそういうもの──」
彼女、アイーダは遮蔽物を巧みに使い、死角を狙う。
左京もソニックブームを投射、包囲突破を図る。
「おーい、お前等、本当に其処を退け。見ろ、この者はまだ息があるようだ。手当てすれば助かるかも知れぬな」
「くどい。深手を負っては石の呪いを跳ね返せぬ。負けて落とす命ならそれが命数というもの」
「何、田舎者は頭が固くて困る」
その場に釘付けにされて左京は本当に困った。
そこへ現れる影、アレーナ。
レジストマジックを自らに付与しようとするが、その姿はいいカモであった。
「高速詠唱くらい使いなさい」
アイーダが援護射撃をする。
「神聖騎士なので」
「理由にならないわね。足手まといって言葉知ってるかしら?」
「参る」
仲間が増えて戦いが激しくなった。伊達兵も人数が増えた様子。もしジークリンデが居なければ、もっと悲惨だったろう。
射撃戦の中、結城友矩(ea2046)が正眼に構え──新陰流では『構え』という言葉をあまり使わない。それは特定の形に囚われる事を厭うからだ、新陰流では『位』という──一歩を踏み出す。
「陰の流れ──波の鼓」
血風が走る。
続けてヴァンアーブル女史が現れた。
「あらあら大変」
彼女がテレパシーでガーベラから聞いた話はこういうものであった。
昔々。アトランティスとムゥが地上にあった頃、王侯貴族の証しとして、竜の亡骸が使われた。大戦争を戦い抜いた竜は、命を落とした後も亡骸に魔力を宿し、共に戦ってくれる人を選んだという。
竜が王を選ぶ?
奇怪な風習。
「竜の死体が戦うの? つ、つまりアンデッドドラゴン!」
ガーベラは違うと言った後、違わないかもしれないと言い換えた。
要領を得ない話だ。
「ともかく」
竜の亡骸には意思があり、力があるが、自力では戦うことはおろか、手足を動かすことさえ出来ない。それを、人が手助けするという。
「ちんぷんかんぷん」
純粋な者が、竜の亡骸に選ばれるという。
ガーベラはそんな世界の西で生まれたが、彼女の国にあった竜の亡骸は王様を選ばなかった。普通は、高潔で純粋な精神の持ち主であれば、竜の亡骸は王と認めたらしいのだが、そこの竜は違った。欠陥があったのか。
「モノケロス」
そこでガーベラ──個体名である。種族名を信じるならアルティラ。月の精霊である、この精霊をジャパンでは“かぐや”という──がその竜、モノケロスを助けたらしい。やがて激しい大戦争は竜だけでなく、竜の亡骸さえ粉々に砕いていく。
大陸すら消失させた、神魔の戦。
そして時が流れた。
『‥‥来る‥‥デビ‥‥終末の‥‥古竜‥、‥‥タロンは‥‥は全滅した‥‥スサノオに‥‥ドラ‥‥翼無き‥‥』
『‥‥天使の計‥‥死者の国‥‥、富士‥‥イザナ‥‥卑弥呼の話では‥‥大国主は、もう諦めろ‥‥第六天を熱田に封印す‥‥』
『何故神剣がここに?』
気がついた時、ガーベラは此処にいた。
精霊を縛る魔法により、様々な制約を受けつつ形を変えず、古代より現世に留まり続けた古精霊は、今もこの不思議な繭の、『パーツ』として存在する。
おそらく、その大戦争のために研究された古代兵器なのだろう。
この辺りは、ガーベラの記憶が曖昧で良く分からない。全く違うかもしれないが、確かなことは、繭は竜と神と精霊の力で出来ていた。
「だけれど」
護衛を突破しながら、ヴァンアーブル女史が語っていく。
「大昔の誰かの目論見は失敗したのだわ。理由はガーベラちゃんも分からないけれど、繭は月結界で凍結され、遺跡の中に廃棄同然に放置された。誰からも忘れ去られて、だけど、それを掘り出した者がいたのだわ」
ヴァンアーブル女史が陰陽師達を突破した時、銀色の巨大な繭はそこにあった。
天頂に満月がさしかかった時、ヴァンアーブル女史の口から唄う様に呪文が唱えられ、銀色の淡い光が包んでいく。
遠くから爆音が響く。ジークリンデ女史のマグナブローが大地から吹き上がる音だ。
石化を免れた伊達兵が炎のあぎとに閉じ込められる。
「七支刀の最大魔力ですら斬り破れぬ存在が、時と場所さえ選べば、かくも簡単に打ち破れるとは──いや、いかに強大な剣ですら、月道は斬れぬ。世の中、全てが斬れる訳ではない」
友矩が囚われの構太刀達を回収していく。
「しかし、あまりにも簡単。さては陰陽師、未来予知で自分たちが敗北すると知って諦めたか?」
友矩の危惧は中断させられる。
銀の繭が彼らの目の前で砕け散った。
そこにいたのは、全長20メートル、山羊の頭を頂き、獅子の四肢と胴体を持ち、ロック鳥の巨大な翼と腰から生えるは大蛇のそれであった。
異形の怪物。
その名は──。
「ガーベラと、この子が『プロポティア』や。みなはん、おばんでやす〜」
場違いなガーベラの暢気な声が響く。青い髪を後頭部でふたつに結わえ、法被に短いズボンの十歳ばかりの少女であった。快活な印象をあたえる。
「これはちょっと──大きいのだわ」
ヴァンアーブル女史が絶句する。予想はしていたが、大きい。しかも異形、影を移動させても、悪目立ちするこいつをどう隠そうか。
冒険者街に案内するしかないか。ジャパン広しと言えど、化け物を平気で隠せるのはあそこだけ。
「ええよ、冒険者街やね」
気を揉む冒険者とは対照的に、久方ぶりに外に出たガーベラは満面の笑みだ。
ひとまず、後の事は考えないで脱出に専念する。だが、ガーベラ達よりも友矩に抱えられてやってきた構太刀に難儀した。
慧少年の元に戻るように促すが、血の契約の主ではないので、どんな事を言われても動かない、契約を解かれたら、真っ先に慧少年を殺し、血の契約の流れを断ち切る、と構太刀は宣言した。
「面倒事はあとでござる」
ここまで血河屍山を築いている。左京は委細構わず、仲間に脱出を促した。自身も、堀に飛び込む。
「また堀ね。前回よりはましだけど」
泳ぎを考慮したレエラを装備してきたアイーダも、左京に続いて水中に没した。二月の江戸、身が凍るほど水は冷たかった。
江戸の冒険者街に奇妙なルーキーが加わった。
妖怪変化の一匹や二匹、今さら驚く江戸の冒険者ではないが、果たして如何なる運命が待ち受けているのやら。彼が知るのは、しばらく後のことだ。
それが冒険の顛末である。