【黙示録】白の剣、黒の剣【源徳大遠征】

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月08日〜08月16日

リプレイ公開日:2009年08月17日

●オープニング

「京都からの返事は?」
 八王子から東進した陣中で、繰り返しのように源徳長千代は大久保長安に尋ねた。
 間もなく小田原南の源徳軍が攻め寄せようという状況である、北方の攪乱の成功により大軍を擁する伊達勢も、火消しに回らざるを得ず、兵力を集中させる利を用いる事は出来ない。
 更に源徳勢(もちろん、小田原勢、八王子勢諸々を含む)の、精神的主柱として、神皇を含む、西方の支持の必要を痛感している長安は、高尾山から持ち出された魔剣『雷王剣』を献上し、草薙剣と天叢雲といった神器を、五条の乱とで欠いている、神皇家への工作材料としていた。
 過去形で語られるのは、柳生一門の一子、柳生智矩が僅かな手勢を連れて京に出ていた。手勢の少なさの理由として八王子勢に固有兵力が多くないのは語るまでもないが、派手やかな行軍で余計な注意を惹き、万が一雷王剣が他者の手に渡り、政治的な取引材料として、用いられるのを防ぐ為である。
 無論、一団を率いる、少女の様な容姿と衣装を身に纏う少年である智矩は、新陰流の使い手としても、闘気の使い手としても標準以上の才能を誇っていた。
 足りないのは経験だけであったが、それも延々と続くいくさでその落差も埋められようとしていた。
 忠誠心としても欠く所がない以上、徒歩で動いても、既に京都に着いているはずである。
 京都に着けば源徳勢の忍軍で、動向を報告する位、頭が回転しても良いはずであった。
 実際の公家との折半の腕前は別にしても、信頼に足りる事は間違いがない。
 しかし───。
「ございません」
 大久保長安はそう返さざるを得なかった。
 初手から冒険者を頼るべきであったかもしれない。
 その後悔を滲ませながら。
 未だ伊達の管理下にある月道を通って、京都側から、智矩を探す為の冒険者を動かす事にする。

 その頃、琵琶湖沿いの小村で目を覚ます者がいた。
「少女よ、目が覚めたかい? 何時までも目が覚めなくて困ったものだったが」
「───あ」
 薄暗い中、蝋燭で微かな明かりが点されている。
「少女よ、大丈夫だったかい? 困った事に随分と長い事眠っていたが」
 低い声で語りかける声。三十ばかりの男であった。おずおずと上半身をもたげる。
「少女から名乗りを上げさせるのもはしたないから、私から紹介しよう石岡宗一(いしおか・そういち)。
 ただの地侍だ。
 源徳家にも平織家にも藤豊家にも含む所はない。
 まあ、含む所も無ければ金もない、という事で医者にも坊主にもかかれなかった。
 自己紹介はこの程度にして、君の事を聞こう。
 いつまでも『君』では困るからね。
 名前を教えてくれるかい?」
 言って、糸目をぱっちりとした黒目勝ちの瞳と合わせる。
「思い出せません───本当です、ごめんなさい」
「困ったもの。女の子を、いつまでも君というのは」
 些かずれた論評の宗一。
「ごめんなさい‥‥」
「女の子の謝罪が聞きたい訳ではないんだ。困ったな。
 頭を打ったか、何かしたのかい? 琵琶湖崖の下に倒れていたが。
 かなり壮絶な剣戟の痕跡が崖の上にはあった。
 しかし、死体はないし。琵琶湖に死体も流れ着いていない」
 宗一はそこまで言って、頭をひねる。
「まあいい。困った事だが、そこまでにしておこう。とりあえず体力をつけよう」
「どうしても、頭から離れない事がひとつあります」
「、困ったままにしておくのは良くない。私でいいなら聞くよ」
「白い剣です、白い鞘に入った。それを───」
「苦しむなら、もう考えない方がいい、困った事になるからね」
 無料で動いてくれる冒険者がいないか、京で調べてみよう。宗一はそう強く願い、そして実行に移した。

 時を同じくして、京都の宮殿にひとりの女性陰陽師が現れた。
 黒髪をうなじで束ね、白い狩衣に身を包んでいる。
 それが変わっているのは江戸に流れた後、封印された鳳凰を解放したり、伊達勢に加わって源徳勢と戦い合ったからだ。
 江戸の話であるが。
 余裕たっぷりの態度で神皇へ、藤原氏一門を代表して、献上したいものがあると述べた。
「霊刀をひと振りでございます。せめて草薙剣の代用となれば、と思い献上に参りました」
 そう言って、全長五尺はあろうかという太刀を侍従に命じて持ち込ませる。
「どうか神皇陛下に謁見賜りたく存じます」

●今回の参加者

 ea2046 結城 友矩(46歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb3503 ネフィリム・フィルス(35歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ec5084 叶 陣護(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

リオ・オレアリス(eb7741

●リプレイ本文

「あらあら」
「これは予想外さ」
 京都御所内。
 シェリル・オレアリス(eb4803)は、マンモンではないかと見当をつけた伊織からの文に心をゆすぶられていた。
 御所に現れた女性陰陽師、これを伊織と知ったシェリルは準備万端用意した。水の精霊魔法を封じたスクロールをネフィリム・フィルス(eb3503)に持たせ、伊織を絡め取るために幾重もの対デビル用の結界を敷いていたのだが‥‥本人が来ない。
 手紙の内容は美辞麗句、時候の挨拶を取り除くと、簡潔な表現が残る。
“行く義理も、義務も無い”
 ネフィリムもシェリルも、呼べば伊織が来るものと当然の様に思っていた。
 しかし、翻って考え直せば、ネフィリムとシェリルは名の通った女傑であり、関東の戦ではそれぞれ平織の高遠城代、源徳軍の本陣を守る白僧として勇名を轟かせている。
 伊達側である伊織が警戒し、呼びかけに対して手紙で社交辞令を添えて拒絶するのは、至極当然の反応だった。
「でも御所の中には居るさね。踏み込むか?」
「ですが‥‥不死者の反応を感じないのです」
 拳を握るネフィリムに、シェリルは困惑を示す。
 シェリルは広範囲の感知魔法をかけていた。伊織がデビルであるならば、一度や二度は反応があるはずだが、何も感じない。
 動けなかった。
 ここは御所。強引に事を運べば、彼女達が罰せられるばかりか、平織や源徳の立場を悪くする。
 二人は御所の人々にマンモンの情報を流し、更に伊織が怪しい事を伝えて警戒するように呼びかけていた。しかし、伊織に罠を受け流された。逆に二人は御所の人々から怪しまれ、この話は伊織の耳にも入るだろう。

(大久保長安が、なにも答えないと思ったら、こういうことか‥‥)
 陰陽寮で、日向大輝(ea3597)は雷王剣に関連した奏上があったのではないかと、慎重に探りをいれた。
 少なくとも伊織の持ち込んだ太刀が雷王剣で無いことは確かだ。雷王剣は西洋風の直刀、それがまさか五尺の太刀に変じるはずは無い。
(‥‥野盗にやられるわけもないし、何かややこしい政争にでも巻き込まれたか、あるいは──でびるにやられたか‥‥)
 大久保の名も、柳生の名も出さずに調べを入れる。さすがに武家としての嗜みもあってか、ひとつの成果は得られた。
 陰陽寮で霊剣、魔剣を担当する一人、『千早(48)』なる陰陽師と接触する。
「どのような御用件か?」
 大輝は礼儀正しく(彼はその気になれば、いくらでも公人として振舞えるのだ)、誠意のある礼を述べた後、話を振る。
「素晴らしい霊剣が一振り、ひょんなことから手に入り、それをぜひとも神皇様に献上差し上げたかったが。あいにく当時は政局の混乱もあり、江戸から離れることが出来ず、さる信頼できる人物に託した。しかし、それ以降何の音沙汰もないため、こうして時間も出来たので行方を探している、白い鞘の霊剣の献上に何か心当たりはないだろうか?」
 千早は思い当たる風だったが、まず大輝の素性を確かめる。
 これは答えぬ訳にはいかない。八王子に縁のある者と答える。
「おお、やはりか」
 奏上はあった。雷王剣を鞘に収めてまもなくの事だ。源徳長千代の花押になる、文書はおそらく大久保長安の起草になるもの。
 大輝は八王子の正式な使いでは無いので、勤めにつき、書簡までは見せてくれないが、あらましは教えてくれた。
「確かに家康殿は朝廷を顧みられぬが、儀礼を伴った奏上があり、その後動きがない、というのは少し妙に感じていた」
 とは千早の弁である。
「白い鞘の霊剣とは、それであろう?」
「有難う。できれば内密に願いたい。霊剣は何か事件に巻き込まれたかもしれないから、今日ここへ来た事も、話の内容も口外しないでほしい」
 千早は首肯した。
「その程度であれば。霊剣が早く見つかると良いな」
 ネフィリムはこのやりとりを背中で聞き、とりあえず千早を信じる限りでは、雷王剣の所在は未だ不明である事を確認した。

「――所詮、源徳の犬やった」
 京へと上る道すがら、茶屋で京都の噂を聞いた結城友矩(ea2046)は、京都の新撰組で大きな騒動があったという話を耳にした。
「騒動とは?」
「何でも、筆頭局長の芹沢言う人が殺されたそうや」
 友矩は新撰組との縁は浅いが、ついにやったか、という思いが強い。
 残った局長の近藤は京都に侵入した黄泉軍の仕業と報告した。だが、近藤派の暗殺である事は誰の目にも明らかだった。疑惑を決定付けるように、近藤達は京を出て源徳軍に合流してしまう。
「すれ違いだったか──奇なる縁もあるものでござる」
 新撰組は京を捨てた。
 友矩は道々で、そんな怨嗟の声を聞いた。大きな失望。それだけ『誠』の一文字に込められた願いは篤かったのだろう。
「近藤殿の胸中、察して余りあるが、武士とはそうしたもの」
 もちろん、友矩は好きで街道を歩いている訳ではない。
 月道を使うつもりだったが、江戸城の月道を利用するには、彼は前科が有り過ぎた。伊達は源徳派の冒険者でも月道を使わせてくれるが、友矩ぐらいになると無理らしい。心当たりはいっぱいある。
 勇名も轟く場所を間違えれば、仇となる。
「伊達勢を皆殺しにしてまで、押し通る時ではござらなんだだけ」
 隣で叶陣護(ec5084)は苦笑いを浮かべている。
 友矩の旅行も無駄ではない。陣護は己の調査に、結城の話も加味して柳生智矩が姿を晦ました場所を特定する。
「柳生智矩は音に聞こえた美少年、供の人数も長安殿からお聞きしていますので、後を辿るのは簡単でした」
 淡々と報告するが、その実はヤマが当たったに過ぎない。もっと人数が欲しかったが。不満はおくびにも出さず、琵琶湖近辺が怪しいと、告げた。
「琵琶湖と言っても広いぞ?」
「智矩の痕跡が消えた辺りで、剣戟の跡を見つけました。現場のあとからは、智矩達と一致する小集団二つが、争ったものと思われます」
「つまり、少数精鋭の賊にやられたと?」
「結論は自分の範疇ではありません。耳目に映るものをそのまま伝える事が職分です」
 友矩は聞きこみを続ける事にし、陣護に京都の仲間へ連絡するよう頼む。
「バーニングマップの術が頼みの綱、琵琶湖の地図を使うよう伝えるでござる」
「は!」
 陣護は京に鼻を向けて、駿馬を走らせた。

 そして、しばらく後、一同が琵琶湖のほとりに佇んでいた。
 シェリルが達筆で仕上げた地図を燃やす。ちなみに筆記道具は誰も持ち合わせが無かったので借りた。智矩のいる場所を火精霊に尋ね、地図を描いては燃やしを繰り返しつつ、周囲を聞き込んで場所を絞っていく。
 何度目かの事。小屋を見つけ、陣護は一行の先回りをして、壁に耳を押しあてた。
「困ったものだ」
 中から男の声が聞こえる。若くはないが、枯れている風情でもない。ひとまず危険は無いと見て仲間に合図する。
 友矩が立て付けの悪い戸を丁寧に叩いた。
「おや、珍しい客人ですな。ほう、冒険者ぎるどの‥‥?」
「拙者は結城友矩。一介の武辺者でござる。この近くで知己の柳生智矩なる若者を見たと聞き、たずね歩いておる次第。取り込み中のようでござるが、協力を願えまいか?」
「石岡宗一。地侍にすぎません。はあ、若者が行方不明に‥‥それは御困りでしょう。実は私も身元の分からぬ子を預かっていますが、生憎と女子ですよ、困った事に」
「不躾は承知ですが、私達は急いでおります。探している人物を、魔法で貴方にお見せしたい。弥勒に誓って、貴方に害のある魔法では無いわ。許してくれないかしら?」
 シェリルが言うと宗一は疑いの目を冒険者達に向けた。当然の反応だ。シェリルはニッコリほほ笑み、パッとスクロールを開いた。
「わっ、」
 シェリルの身体が銀色の光を発し、宗一はとびすさる。部屋の中に、突然、一人の人間が現れた。
「この人物に見覚えはありませんか?」
 宗一に見せたもの、それは在りし日の智矩の絵姿。スクロールに封じられた月の術法を用いた幻術。
「た、確かに似ています。困ったことに狭いですが、奥へどうぞ。おーい、少女よ、君を知っている方が来たようだ。通すよ」
 様々な装束に身を包んだ五人を見て、少女──柳生智矩はおびえた様な表情をする。
「は、始めまして」
 一同はとりあえず、宗一に事のあらましを告げた。
 名残惜しげであるが、宗一は智矩を送り出す。

「‥‥」
 無口なままの智矩。
 雷王剣を求め、幾ばくかの金を払って友則は近くで船を借り、バーニングマップで位置を示された水域へと舳先を向ける。
「この下でござるか」
 短刀を口に咥えて友矩が飛び込む。
 しばしの期待の後に待っているのは絶望。
 水流は思ったより激しく、湖底にもそれらしき物は見当たらない。
「ここに埋まっているとすれば、河童を百人は雇わねばならんでござるな」
 また、シェリルの聞いた噂ではヒヒイロカネ、ブランは水に浮くものだという。時間を置けば、いずれに流されるか分からない。

 一方、御所でひとつの結論が出されていた。
 九月の祭礼で、伊織の持ち込んだ太刀を受け取る、という。
 伊織の持ち込んだ太刀。
 銘は村正という。