●リプレイ本文
自分が誰かが判らない。そこへやってきた来訪者は、自分の知らない自分を言い立てる。
柳生智矩は自分が誰かを知りたい、という強烈な欲望に動かされている訳ではなかった。
しかし、周囲はそれを許さない。
御所に長居するのも気がひけて(御所に近いという事は伊織に近いという点でもあるが。メリット、デメリット両方がある)琵琶湖近く近くの宿で過ごしていた。
マギー・フランシスカ(ea5985)は、主観的に温厚そうな笑みを浮かべ。
「余り緊張するでない。
あたしはあんたに、あんたの主君について話してやろうと思うてやって来たのじゃ」
彼女は他人に物事を教えるノウハウを能くわきまえていた。
「あんたの主君は長千代君様というての、まだ15歳ぐらいじゃというのに、大柄でとっくに成人したようにしか見えぬ程じゃ。
あんたの方が年上のはずじゃが、見た目は逆にしか見えぬのう」
智矩は自分の顔を鏡で見た事も無い。強いて言えば水鏡であるが、それでも俄には信じがたい話であった。
「あんたの家が剣術指南役として、長千代君様に剣を教えていたそうじゃが、剣の腕も闘気の才も人並み外れており、既にあんたの腕を凌ぐほどじゃと聞いたのう。
あんたも凄い腕前じゃったらしいが、記憶は忘れても体は剣を憶えておるのではないかの?」
そこで知り合いから聞いた、エピソードを列挙する。江戸での平穏な暮らし、反源徳の動きによる江戸からの脱出行。そして、伊達とのやりとり。
「長千代君様の性格は豪放にして誠実、あと戦が大嫌いじゃったそうじゃ」
智矩は自分の主君だと説明される人間像がまるで判らなくなった。
マギーもアイーダも失念していたのかもしれないが、長千代は様々な神として、意識を持ち、それが、長千代を語る上で、重要な要素であるのを見落としていた。
ここで肝心なのは、矛盾した真実を伝えるか。編集された嘘を与えるか、という方向であったかもしれない。
しかし、マギーはその前提を考えていなかった。
アイーダも素っ気ない、装飾を廃した言い方では、前提が判っていない人間には長千代の人間像が矛盾して見える。
そして、矛盾していれば、信じる訳にもいかない。
「今その長千代君も戦の真っ最中じゃ。
あんたの記憶が戻らぬのも、もしかすると愛する主君のそのような姿を見たくないからかもしれぬのう」
止めとも言える一言で、智矩はマギーを信用しなくなった。
それを察さずか、マギーの言葉は続く。
「じゃが、今まで長千代君にずっと付き従ってきたのはあんただけ。
長千代君の心の支えとなりえる人間もあんただけなのじゃ。
もし今、長千代君を一人にしてしまえば、いずれ後悔するかもしれぬぞえ」
「マギー殿。貴殿の言は間違っていないでござる。確かに正しい。だが──」
結城友矩(ea2046)は木刀を抜き、智矩に木刀を放った。
「貴殿は柳生の御曹司でござる。剣を握れば切っ掛けになるやもしれぬ」
智矩へ強引に用意した木刀を握らせ、自分自身も木刀を構える。
「こうして相対するは久し振りでござるな」
「‥‥」
戸惑う智矩に委細構わず打ち込んでゆく友矩。
「剣術は体で覚えるもの。記憶が無くとも勝手に体が動く違うか」
「そ、そんな剣術なんて」
智矩は言いながらも無形の位につけていた。
それを確認した、友矩は一瞬にして一足一刀の間境を超える。
友矩は短い呼吸で、全身を桃色のオーラが覆う。
「御免!」
智矩は力を無くしたかの様に、木刀を取り落とした。
そう見た次の瞬間、友矩の木刀は確りと智矩の両掌に押さえ込まれていた。
──真剣白刃取り。
これがもし、練習用の木刀(と言っても魔法がかかっているが)でなければ、智矩は一刀両断されていたであろう。
友矩が愛刀を使わず、友矩がオーラで集中力を高めていて、初めて成立する組み合わせである。
お座敷剣法と言われかねない、大業である。
確信した、友矩は木刀の柄を緩めた。
「腕は鈍っておらぬ様でござるな」
最後に友矩は誤解を解いた。
「マギー殿は勘違いされておられる様でござるが、長千代君とそなたは恋慕や衆道ではござらん」
そこまで言った所で、智矩は集中力の糸が切れて、気絶した。
夏の光の中、智矩を宿に預け、船頭も、借りた船で進む影あり、友矩である。過日に河童千人とでも──と自分自身が表したように、確かな体力に裏付けられた潜りでも、雷王剣が沈んだ場所(たぶん、である、既に数日は過ぎており、水流の流れも激しい以上、過去の知識がそのまま通用しない)を調べていたが、成果は出ない。結果を出したのはエルフのジプシーであるフェザー・ブリッド(ec6384)のリヴィールマジックである。
彼女の視覚の隅にひとつ、否、ふたつの反応があった。
「雷王剣とヒヒイロカネの鞘、強大な魔力を秘めており、目映い程輝くかもしれませぬ」
友矩は冷えた体を、日輪の下、剽げながら、論評を加えた。
しかし、フェザーは自分の認識が友矩のそれとは違う事を判っている。彼女の使う魔法は魔法を探知する魔法である。逆に言うと、魔法の有無しか判らない。視界にいる面々が様々な輝きを放っているのは感じるが、その『格』や用途までは判らない。あくまでどの体系の魔法に分類されているかが判る程度だ。
水底と思われる部分に、風の精霊に属する力を感じた。それと同座標にデビルに属する魔法も感じる。
「ちょっと待ってよ、友矩君。もう一度、確認したいから」
言ってフェザーは呪文を唱え、空中にサインを描く。黄金の光が収束し、彼女に再び魔法感知の能力を与えた。
「うーん、判らない。でも、デビル魔法の反応があるよ。デビルか何かがいるのかな?」
「成る程、情報戦というのは大事なものでござるな。元より富籤で当てた、この『七支刀』、如何なる相手でも只ではすまぬ威力を打ち出せるのでござる。それに加えて、数々の魔法の準備をして、突入するでござる。フェザー殿もマギー殿も準備するでござるよ」
船上で、過日の戦闘の痕跡で不可解な点、様々な矛盾点を洗い出していた叶陣護(ec5084)は、雷王剣というより、その主を見たいと、船上で見ていたが、自分よりやや細身の体格、己とほぼ同格の身長をした若者であった。
だが、覚悟は堅い、そう感じた。
(きっと譲れないものをもっているのだろう)
陣護は菊一文字を鞘から抜き、いつ飛び出してくるか判らぬ、デビルに対処できる様に体勢を整えた。
「ふぇふぇぉっふぇ。デビルの近くに居ては、攻撃魔法を撃っては巻き込まれる。友矩、あんたの位置取りで、勝負が分かれるよ」
マギーは地の精霊の魔法によって、水晶で出来た剣を幾振りも造り、防御を固め、戦いに備えた。
「では、行くでござる」
友矩は七支刀を片手に琵琶湖に潜水する。
フェザーが手渡していたライト・リングを逆手に指にはめ、手のひらに向けて握り込み、こちらの位置がばれず、かと言って、有事には光源に事欠かないという、微妙な判断をした。
「やれやれ、向こうからリアクションを起こしてくれれば、こちらも楽が出来るのじゃが」
やはり、マギーはマギーで、予想していなかった状況にも無駄口を絶やさず、真剣そのものの一同とは一線を画していた。
「向こうは動かないから、こちらからサンレーザー撃っちゃって、少しでも、たとえ一割でも勝算を上げた方がいいのかな?」
「いいのかな?」
ペットのウンディーネの少年が語尾をまねる。
友矩に同行させようと思ったが、別に水の精霊だからと言って水練に長けているわけではなく、とっさの判断力がある訳でもない。故に見送ったのである。
水を御し、水を見つけるのが限度である。
ともあれ、飼い主であるフェザーの言葉としてはこちらは純粋な焦りであった。
端的に言えば判断に困るから、どうしようか? と自分に正直に語っているだけである。一発は撃てるが、今までのリヴィールマジックの消耗が激しい。
友矩が近づいていくのが、フェザーの五感の方の視力で捉えた。フェザーの生業ならではの視力である。しかし、魔法にも位置が動いた反応はなし。五感でも同じである。
水中でも水上でも皆が五感を活用し、知恵を絞って、見えない敵に如何に対抗するかに
雷王剣は木箱に入っていたのだが、水流で壊れたらしい。
友矩は周囲に動く者がいない、事を確認して、雷王剣を抜いた。
「デビル魔法の反応、浮上してくるよ? ──私の目が正しければ、デビル魔法の反応って、あの鞘からするのよ!」
「ふぇふぇふぇ、冗談はよし子さん」
マギーは気の抜けたフレーズを吐いた。
ペース配分に気を配り、船上でも容易に戦える様、息を整えて、友矩が船縁に手をかけ、雷王剣を置くと、七支刀を持って周囲を睥睨する。
水の動きはない。少なくとも水を動かさずに、水中を移動する手段はないはずだ。
1分経って、冒険者は判断した。デビル魔法の反応は、確かに雷王剣の鞘から、発生し、周囲にデビル魔法の使い手がいる訳ではない。
かといって、迂闊に鞘から抜く訳にも行かない、だが、デビル魔法のかかったアイテムを御所に持ち込むのは──。
慎重にマギーは魔法を使って、剣と鞘の構造、強度を確認する。
確かに頑丈であるが、エチゴヤで極限まで力を増した品で、バーストアタックを行えば、破壊できない訳ではない。しかし、鞘だけを破壊する器用な真似は出来そうにない。
陣護は見るべきものは見たと確認し、事務的に仲間と情報を共有した。
「まず、琵琶湖の港町で下調べした所、雷王剣を携えた一行は、陸路を進んだ事が確認。逆に湖中の船で珍事があれば、先日の段階で話が出ているかと。それも使者、ほぼ全員がいなくなったとあれば、尚更」
「陸路を調べた時には、改めて不振な足跡が。動物、それも軍馬。
ただし、ジャイアントを乗せても平気な弓矢の家の者ならば、ペガサスほどに欲する程の体格はありましょう。
ただし、蹄鉄はつけておらず、いきなり足跡が発生したり、消えたりと、一定していません。神出鬼没という言葉が相応しき」
「双角──」
友矩が仙台で相まみえて、倒しきれなかった怪馬。マンモンに従い、忍者集団を率う知性に加えて、個体戦闘力ならばい、オーラ魔法、忍法、デビル魔法を使いこなし、額に聳えるは毒を秘めし二本の角。
マンモンはなぜか、攻撃を加えても、不思議と剣がそれて、攻撃が不発に終わる。しかし、双角は真っ向から立ち向かい、殺しきれない、攻防のバランスが取れた存在。単純な戦闘力ならマンモンも凌ぐかもしれない。
「しかし、ヒヒイロカネの鞘は長安が外遊していた時に偶然手にしたと聞く。まあ、確かに雷王剣に誂えたかのようなものは不自然と言えば不自然だが、ヒヒイロカネを一朝一夕に準備出来る程、マンモンは万能なのか」
では、予め、準備できるほど昔から、デビル勢力は雷王剣の存在を知っていたのか?
フランクと月道がつながっていた頃、平将門によって運び込まれた雷王剣は、高尾山の中にあり、その入り口は大天狗の霊夢を手がかりにした冒険者がいなければ明らかにされなかった筈。
結果、冒険者のひとりを継承者に選んだ雷王剣は、八王子勢に渡り、御所に向かわされた。
「自分の五感で得た情報の解釈をするならば、湖の上での襲撃を危惧して、湖沿いに陸路を行った所をデビルのような、あるいはデビルか、の変身して足跡を残さず襲撃によって、智矩殿は頭に障害を受け、記憶の混乱。呪いで無い事はフェザー殿の魔法に感知されない事から断定できます」
やはり伊織はデビル側か? 最高の不死者探知の魔法を使っても、100メートルより先は届かない。用心すれば工夫のつく距離ではある。
詳しい魔法の分析ならば、陰陽寮の出番となるだろう。
一方で、源徳側の山中城主を、魔法戦団を代表して受けた、フレイアの使者であるフェザーは、藤豊秀吉にその書状を認める。家康の意を受けた訳ではない書状。本来ならば雷王剣に添えて出したかった。だが、事態は混乱して、雷王剣を直接渡す訳には行かない。
それでも渡された手紙にはフレイアなりの誠意は籠もっていた。
まずは、京都の危機に参陣できなかった事の陳謝。
次に『神皇陛下』への謀反の意思はなく、苦境を思えばこそ霊剣を献上に参り、我らとて和平を望んでいることを伝えた。
ただ、和平を謳い託された関白様の御使者自ら、和平への道の閉ざす襲撃計画を裏で建てておられた事実を示し、私どもは誰の何の言葉を信ずればよいのか、と問いかける。
秀吉の所行に対する血を吐くかの様な問いかけである。
神皇陛下が公正をお約束して頂けるのでしたら、
我らとて、再びの大戦には千里を越えて駆けつけ、後には家康に償いをするよう説得する旨をお伝え申し上げ、直接、神皇陛下にお伝え願えればと思います。
平和を願うフレイアの意志は明らかであった。
秀吉は穴が開くほど、書状を何度も読み直し、猿面冠者と歌われるような、相好を崩すと。
「源徳にもそなたらの様な家臣がいる事は嬉しい。是非とも、源徳家が和平に向けて動くよう、働きかけて欲しい。日の本は今やどこを見ても戦ばかり、祖父君を朝敵と断じた、陛下もお嘆きであろう」
よほど人間が出来ているか、完全に人間を見切っているか、そのどちらかしかないような、返事であった。
フェザーはそのまま秀吉の下を辞した。
とりあえず一同は雷王剣をどこに保管するか、頭を悩ますのみ。
これが八月の冒険の顛末である。