葉月の朔まり

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:6〜10lv

難易度:易しい

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:5人

サポート参加人数:6人

冒険期間:08月06日〜08月11日

リプレイ公開日:2008年08月12日

●オープニング

「後ふた月───凌げれば、早生の稲は刈り取れる頃合いだろうが、経津主神の氏子面々が加わるとなると‥‥補給は───」
 熱気で大久保長安(おおくぼ・ちょうあん)の額に一筋の汗が流れる。
 府中城で、伊達勢と散発的な戦闘を繰り返していた八王子軍は、暑気と長期的展望───江戸城奪還への道のりの遠さに士気が高まりにくかった。いや今すぐに江戸城を攻撃しようという猪武者は多いのだが、それで落とせるなら苦労は無い。軍として体裁が整ってきただけに、考える事も多く、気苦労も増える。
「どうした長安。浮かない顔をして───」
 堂々とした体躯の源徳長千代(げんとく・ながちよ)、いや軍神経津主神(ふつぬし)が美少女───相変わらず振り袖姿である───めいた美貌の柳生左門(やぎゅう・さもん)を脇につれて長安の前に姿を現す。
「長安、さしせまっているようだな。実は策を思いついた」
「と、申しますと?」
「近いうちに一時的に府中城を引き払う」
「黒崎どのの面子は丸つぶれですな───で、どこを目指しますか?」
「まあ、急くな。まずは武田に攻め落とされた小田原に物見を出し、武田の遠征部隊の規模を確認する」
「武田といえば───黒川金山がありますな」
「考える所は同じか? 何か策があるのか?」
「以前、まだ武田と事を構える前に一度、西洋渡りの鉱山技術を指導しに参りました、それに少々思うところが」
「まだ固まっていないのか?」
 長安は苦笑した。経津主神の影響か長千代は長安も驚くほど老練な面を持ち、また年相応の子供らしさも垣間見える。
「今は敵地ですからな。ともかく小田原に密偵の冒険者を送りましょう。駿馬を貸す訳には参りません。しかし、その程度は自力で調達できる───目立たない───名声が鳴り響いていない人材が望ましうございますな」
「言うは易く行うは難し‥‥だな」
 小田原の敗北は、関東の諸侯を驚かせた。
 武田信玄が勝つと思っていた者達も、これほど呆気なく小田原が落ちる事は予想していなかったのだ。
 堅固と言われた小田原藩は薄紙を破る様に崩壊したと聞く。その背後には北条早雲が居て、駿河は実は武田と通じているという風説もあった。
 真相は良く分からない。が、敵である上杉謙信を頼りとし、最後には手当たり次第の救援要請を出して諸侯を呆れさせた小田原藩主大久保忠吉はすこぶる評判を落とした。同じ大久保姓の者として、長安が何か言うかと思ったが、この能吏は表面上は感想一つ云わない。

 あくまでこの依頼の条件は可能な限り早く、小田原の武田勢の進駐軍の規模を確認し、府中に送り届ける事。
 自分たちの限界を試される依頼が始まる。

●今回の参加者

 ea4630 紅林 三太夫(36歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea8619 零式 改(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5868 ヴェニー・ブリッド(33歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec2493 清原 静馬(26歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ec4309 狩野 幽路(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

結城 友矩(ea2046)/ ガユス・アマンシール(ea2563)/ デュランダル・アウローラ(ea8820)/ エクレール・ミストルティン(ea9687)/ 鳳 令明(eb3759)/ 大沼 一成(eb5540

●リプレイ本文

「行くわよ───にょろ」
 ヴェニー・ブリッド(eb5868)は、江戸の港で借りた釣り船に、相棒のウォータードラゴンの“にょろ”を繋ごうとしたが、人目につかないようにしようとなると簡単にはいかない。
 それでも繋ぎ終えると、“にょろ”はドラゴンならではの膂力に任せて、すいすいと曳航していってくれるが、今度はヴェニーの知識に問題が出てきた。
 彼女は広範な学問の一環として、航海術を嗜んではいるものの、小田原まで行くには明言できるが、心許ない。
 海岸線沿いに航海すれば、確実に着けるが、時間的に大きなロスとなる。
 多分十分な偵察は出来ないだろう。
 ヴェニーはどちらを選ぶべきかを、日除け傘の下で豊かな胸を持て余しつつ、決断の時を先送りにしていた───。

(さて、武田の忍の実力、いかほどのものか確かめさせていただこう)
 その頃、零式改(ea8619)は、鬼が大きく口を空けた面頬を着けて武田の占領地を裏道から通ろうとして───行く手を阻まれていた。
 もっとも、裏道を通らずとも、その様な面頬をしていればいつか怪しまれていた。
 包囲の輪が狭まるのを感じた、改は慌てず騒がず、神隠しのマントで姿を隠し、呼吸を止め、忍者として卓越した穏形の術により包囲網がずれていくのを待ちわびる。
 そんなこんなはあったものの、改は小田原に着いてからは、以前、主命により小田原藩主を説得に来た折に、ある程度、城下や城内の構造はざっと把握しているので、そのときの知識を元に行動し、武田の警戒態勢を探る。
(この頬当ては悪目立ちすぎるか)
 如何に常人の及ばぬ早さで潜入しても、怪しげな面頬を着けていては、行動に触る。
 そこで己の変装術に全てを託して、面頬を外した。
 冒険者は鎧兜に派手な大小をぶら下げた己の格好を奇異とも思わない輩が多いが、そんな恰好の一般人は居ない。十二分に警戒しようと、名札をぶら下げているようなものだ。改は盾と小太刀をしまい、忍装束を脱ぎ、指輪を外した。まるで裸になったように不安だが、背に腹は代えられない。
 怪しげな自分を取り逃がしたという情報は既に流れているだろう。
(面頬を着けている、という先入観があれば、幾らでも隠し通せる)

 パラ忍者の紅林三太夫(ea4630)曰く───なんか、忍者らしい仕事久しぶり。ということになる。勿論の事ながら目的は小田原に進駐している武田勢の規模を確認し、府中へ報告するという、実に大久保長安のニーズにマッチしたものであった。
 知り合いの清原静馬(ec2493)と共に、俊馬を駆って小田原へ少しでも素早く移動する。
 現地の農家に銭を払い馬を預ける。
「口止め料込みだよ。黙っててね」
 とかなりの金額を渡す三太夫に対し、静馬は些か色を付けただけという金額であった。
 安全を金で買うという三太夫に対し、静馬は余計な噂を立たせないという、それぞれのメソッドに則っており、互いに払った金額に対して言及する事はなかった。
 小田原城の城下町に潜り込み、三太夫は夜を待って闇に紛れて武田の陣近くまで接近する。
 静馬は後詰めで丘の上の木の影に陣取り潜入した紅林の帰還を待つ。
 三太夫は炎の明かりと、匂いを頼りに厨房を探す。しかし、三太夫の鋭い感覚に何かがひっかかる。
(忍び!?)
 三太夫は武田の忍びの気配を感知、即座に尻尾を巻いて逃げ出す。
 静馬は三太夫が追っ手を引き連れ戻ってきたのを“観る”と、三太夫と擦違った直後に追っ手の前に立ちふさがる。不意を付いて攻撃するが、後詰めがいるのは武田忍びとしても想定内の事、中々に埒があかない。そこへ、改が割って入る。冒険者ギルドで面通しは済んでいる、新たな後詰めに武田忍びも深追いを避け撤収していく。
「この借りは府中で───」
 言葉を返す前に三太夫と静馬は街を出て、預けていた馬に跨ると、一路、府中へ移動する。
 静馬は待つ間に敵陣の焚き火の数を数えていた。その数を部隊規模の目安として自分なりに兵数を数えていた。
(千五百から二千といった所か?)

 忍者と冒険者の追いかけっこも、すっかりジャパンの風物詩だろうか。
 偶然居合わせた通行人は首をすくめて関わり合いを避ける。
 忍びに追われる3人を、見なかったフリをした狩野幽路(ec4309)は、どうやら、自分を追っていないという事を確認して、行灯に火を点した。
「くわばらくわばら」
 狩野は絵師を生業とする浪人。腕は立つが、まだ仕官に真剣になっていない自由人。この依頼を受けたのは、源長千代こと経津主神に興味があったからだ。
 武芸者の端くれとして、ぜひともかの剣神に一手ご教授を願いたい。そんな下心ありありの狩野は、旅回りの似顔絵書きを装って小田原に入る。調査時間を稼ぐために道中は、韋駄天の草履を使った。疑われないよう関所では普通に歩いたが、街道を一人で走るのは飛脚か冒険者くらいのものだ。武田忍びからはマークされていた。知らないのは幸いである。
 小田原城下に着いた幽路は街角に立ち、主に女性客を狙って商売を始める。
 生業だから、その姿は堂にいったものだ。似顔絵は二割がた美人に描き、またあからさまに思われない程度に褒めて、適度に雑談を引き出す。このところの街の様子、武田の侍の様子や、旧小田原藩士達の動向などを聞き出した。
 客のいないときには、目に付いた情景を描きとめる。これも後に情報として提出するためだ。紙代、宿代は客の心付けでトントンといった所だ。普段の生活と大して変わらない、その日暮らしの己の姿は多少憂鬱にさせた。
「‥‥認められるには、もっと上手くならなければ」
 剣とは別に、絵筆で世に残る作品を仕上げる夢もある。雑念を払って仕事に集中した。
 小田原の城下町も江戸と同様、源徳の関東入りで発展した町である。江戸に続いてこの箱根が落ちた事を、町の住民達は快くは思っていないようだ。しかし、武田に一矢報いたくとも、肝心の武士達は一週間も持たず開城する体たらくで、煮え切らない様子である。
「ちょっと、お兄さん。困るな、こんな所で商売されちゃあ」
 頃合いと思った時分に、地回りと思しき男に目をつけられる。縄張り破りと思われたか。
「何でしょうか?」
「おたく、どこの忍び?」
 やくざと思ったが武田の忍者であった。城下町を写生したり、町の様子を聞き込みしたり、疑われるには十分である。


「おや? ヴェニーのお嬢さん、一騒動あったようですよ」
「どうやら、騒ぎを起こした人がいるみたいですね? 忍び関係で」
 一千メートル上空から小田原を眺めていたヴェニーは地上の追跡劇をさすがに他人事とは割り切れずに助けに入る。もし仲間が捕まってヴェニーの事も知れたら、命取りになるかもしれない。リトルフライで飛行中に襲われたら、まあ死ぬしか無い。
 ヴェニーは小船で仲間達の脱出を助けた。
「あたしの調査はまだ途中だったんだけど‥‥府中にはどう報告するつもり」
「そうですね、大体二千から三千といったところでしょうか?」
 大雑把な話だ。溜息が洩れる。が、要するに武田の侵攻軍はまだ大半が小田原に残っていると見て良いのだろう。これ以上の調査も無理だ。
「分かったわ。帰りの船を出すから、それに同行するという事でチャラにしてもらえる?」
「もちろん、美人の頼みを嫌とはいえませんね」
 こうして府中に情報が流された。