●リプレイ本文
結城友矩(ea2046)の提案は消極的ながら容れられた。
天下の大猪とも号される彼は、経津主神に対して今回、鉱山街制圧は夜討ちをと献策していた。
「黒川金山の鉱夫たちに坑道に立て篭もられたら厄介でござる。鉱山に人気の無い時刻に鉱山街を攻めるでござる」
平凡だが、まずい策では無い。
「攻められた鉱夫達は鉱山へ逃げようとするはず。拙者に手勢をつけてくだされ。鉱山への道に布陣し、逃込む輩を追返すでござる」
そして、眼光鋭く───。
「幸い、拙者は元々夜目は利く方なれど、夜闇の指輪を付けてござれば、闇夜も昼間のようにござる」
脇で聞いていた大久保長安は苦笑をかみ殺す。友矩ひとりが夜目が利いた所で、八王子千人同心が全員、暗視に長けている訳ではない。また敵地で夜襲となると、不測の事態はいつ起こるか分からない。斥候や連絡を密に使い、情報能力や兵の統率力が物を言うだろう。
その点では些か力不足を感じる。友矩は間違いなく天下第一の先駆け武者であるが、兵法に関しては別である。
「さすがは結城殿。それは、もっともな意見でござろう」
長安は友矩に笑顔で賛同したが、その後の打ち合わせで彼は作戦立案だけとして、八王子千人同心の一隊に鉱山封鎖は任せる事になった。
幾分、不満顔で首をひねる結城を見つつ、結城家子飼いのパラ忍者、紅林三太夫(ea4630)は、旦那も腹芸を覚えた方が良いと心中嘆息した。ただ、そのような結城は結城らしくないかもしれないと三太夫は悩むのだが。
「僕は鉱山封鎖のお手伝いしようかな。仕事は猟師だから怪しまれないし、こういう仕事には慣れてるから任せて貰って大丈夫さ」
単独行動と聞いて長安は訝るが、身元は結城が請け合ったので頷く。パラは連絡の方法や符号を打ち合わせると、一足先にさっさと黒川金山に向けて出発する。孤独な仕事であり、万が一、武田軍や武田忍びに捕捉されれば撫で斬りにされるは必定だが、それを嫌がる男なら大藩の忍軍に入っている。
「万が一だけど、僕がドジ踏んでも心配はいらないよ。ま、結城の旦那なら胴太貫の反りが延びなければ、百人ぐらいは堅いからね」
「うむ。その時は一緒に死のう」
真顔で答えた結城に肩をすくめて、紅林は街道を西へ向かった。
自分の好きな仕事を、好きなように楽しむ。危険があればなおよし、という冒険者の典型的な病気に三太夫は罹っている。治る見込みは無い。
「これで後顧の憂いは断てるかしらね」
準備が進む中、冷静な口調でアイーダ・ノースフィールド(ea6264)は呟く。
「んー。まあ、八王子の周りが敵だらけって状況は何ともならないんだけどね。兵糧泥棒だけじゃなくて、『アレ』も手に入れて‥‥それに大事にしちゃ駄目なのよね。気を使うわ」
それこそ盗人の如く、気付かれずに忍び入り、秘密裏に脱出出来れば云う事は無い。無論、それは不可能に近いから、可能な限り目撃者は始末するのが良いのだが。
「鉱山の中の人たちには、なるべく手荒な事はしないでください」
カラット・カーバンクル(eb2390)は両手を重ねてアイーダにお願いする。アイーダだけでなく、カラットは全員に頼み込んでいた。
「ただでさえ泥棒みたいなのに、押し入り強盗みたいなひどいことはあまりしたくないので‥‥」
「いや、みたいじゃなくて、どこから見ても泥棒よ」
金山の人から見れば、自分達は間違いなく悪人である。
「そんな‥‥用が終わるまで大人しくして置いてさえ頂ければ、それ以上の乱暴は必要ないはずです。もし、言うことを聞かない人が居ても、縛ったりしておくことは出来ると思いますし。身を守る以外に、こちら側から斬りかかったり、血生臭い事するならあたしは協力できません」
力説するカラット。八王子同心全員が、実は忍びの技にも秀でた忍者侍というのなら無血の盗みも可能かもしれないが。カラットの話を聞いた同心達の反応は様々で、頷く者や誤魔化す者も居れば、怒りだす者や説教する者も居た。
「‥‥って、あたし居なくなるくらいじゃ別に困らないかもしれませんけど。あははは‥‥」
「うむ、不要だ」
呆気なくカラットを言葉で斬り捨てるのは八王子千人同心の統括、大久保長安。同心達から苦情があがってきた。
「この武田遠征は、そもそも武田が源徳を裏切らなければ起きなかったもの───表面上の道徳心を求めて、心清い事を言ったにしても、責任はむこうにある」
「でも、悪いことしたり、必要以上に血を流したりすると、きっと皆にも嫌われちゃいますから。
戦を終わらせるための戦って言ったのに、要らない恨みの連鎖を買うことは無いと思います」
「ならばこれは必要な恨みなのだろう───条件付きでしか依頼を請け負えない者など当陣に不要。退散するが良い」
カラットは一滴、悲しみの泪を頬に伝わせると、そそくさと荷物をまとめ、陣幕を後にした。
「長安殿の夢はブラン製の剣を作る事だったはずだが。
此度のブラン強奪は違うな。むしろ経津主神に相応しい型代の製作が狙いであろうか。神が宿りし剣が切り裂くは鬼かデビルか。楽しみでござる」
友矩はカラットの後ろ姿を眺め、大久保長安の夢を思い出す。
「いや、違う。私が欲しいのはブランの上下に大鎧だよ。死ぬ時にはそれに身を包まれて死にたいものだ」
「壮大な夢でござる」
それらの会話に先立ち、桐乃森心(eb3897)は長安に───。
「黒崎は東が気になるとかで、お使いで僕が来ました。
手紙を預かってますので、長安様にお渡ししときます。
‥‥関白様から和議の話なんかも出てるみたいですが、どうなさるおつもりでございましょう?」
「さてな。神出鬼没の身でもなければ判りはせんよ」
諸侯の寝所に忍び入って、頭から考えてる事を吸いだせる訳でなし、確たる予想はつかない。少なくとも、長安はみだりに流言を広げぬ方が良いと判断しているようだ。
「しかし、冒険者の集まりが少し悪かったようですが、兵50も割いて頂ければさくっと抑えられるっすかね?」
桐乃森は聞き難い事をずばっと切り出した。長安は不快に思わず、これもすぱっと答えた。
「ムリだろう」
「そうっすね。鉱山の管理責任者、金掘り衆は一箇所に集めて軟禁、監禁しておけば良いかと」
「その為の場所は? 監禁の荒縄は? 手筈は、準備は如何する?」
長安が心にたたみかける。
「まあ、金山の見取り図があれば便利っすね。責任者には、鉱夫たちの安全と引き換えにご協力をお願いしてみようかなと。それで言うこと聞いていただければ万歳ですし、部下を見捨てたなら、その次に責任もってそうな方にその旨を告げて話持ちかけてみます」
「時間はないのだぞ、そんな悠長な事はしておられぬ」
「『時は金なり』───いや、アイーダさん風に言うなら『時はアレなり』っすか」
そこで心は呼吸を落ち着けた。
「兵糧補給は必然ですが、敵国とはいえ、民を蔑ろにする政策では、障害も増えるばかりに思えまする。
特に冒険者はそのようなやり方を嫌う方が多くありますし、江戸の奪還に彼らの力は必要と思っておりまする。
どうか兵達にもよくよくその事を言い聞かせ、無法者の集団とならぬようにご注意頂きたく思います。米は、本当に必要であれば相場の2倍3倍出しても惜しくない物。最低限、対価を支払い、その後の生活が可能なようにご配慮願いたいと思います」
「対価を払えば、兵糧を奪っても良いのか? そのような偽善をせねば堪えられぬほど、源徳武士は落ちぶれて見えるのか。わしは武田の鉱山、焼き払っても何とも思わぬが。‥‥とは申せ、源徳に与する冒険者は頼りにしておる。彼らの心情を裏切る事の無い心配りか、無碍には出来ぬか」
そこでようやく竹簡を開く、長安。
内容は、同行できぬことをわびた上、現在、江戸攻めに協力してくれる冒険者を集めている旨を書き。
経津主神の決断があればいつでも立てる様に準備は進めておきます、と。
人ではなく城を攻め、人の心を攻める戦となれば。
「些か、理想主義であるな」
時は進み、夜半。
フォルテュネ・オレアリス(ec0501)は学者としてはブラン鉱脈とブラン鉱石について興味津々であった。もっとも彼女はブラン───ジャパンではヒヒイロカネと呼ぶそうだが、を見た事はない。故に今回は是が非でも見ようと参加したが、その雪白の金属を、奪ったり、奪われたりの繰り返しの侍道は微妙だと思っていた。戦争の道具になるのは悲しいが、背に腹は変えられない。
今回の要となるパラの少年陰陽師、茜屋慧の造り出したライトの魔法による光球が周囲を照らし出し、フォルテュネの視界を明るくする。
皆が欲しがる鉱山の地図だが、三太夫の手練手管により、およそ一ヶ月前の坑道図が手に入った。
街の方が明るくなっているのがそれと見える。
一同は
フォルテュネは凶行時は手拭で顔を覆い、そのかんばせをかくした。
(カラットさん‥‥)
彼女はカラットから貸して貰った、リヴィールマジックのスクロールを手に坑道に潜り込む。
ブランは加工しなくても魔術を放つ金属だとされているが、耳学問では他にも魔力を発するものもあるという。
ともあれ、鉱山では探索に周り慧と彼女とで手分けして探知を行う事になっている。
地図に記された出入り口は十カ所以上。急いで写しを造ったのだが、どこまで役に立つか───。
ミラーオブトルースで魔力を検知してみようと思っていた。
目の前の鉱石を映し出すなら大丈夫なはずだ。
邪魔な方はアイスコフィンで凍らせましょう‥‥もっとも、効くとは限らない。出会い頭なら、無効化される確率はおよそ半分。命をかけるに足る信頼度では無い。
ミストフィールドで敵の視界を封じてみるのもアリかと考える。何にしても弾力的に魔法を運用しなければならなかった。
彼女は大久保と事前に相談。地図、ブラン鉱脈の位置。ブラン鉱接収後、最低出力のファイヤーボムで天井を崩して鉱脈を埋めて大丈夫か確かめていた。経津主神の意向では、そこまで金山を破壊し尽くすだけの魔力と、心や、進退をかけて讒言したカラットの事もある。要らぬ恨みを買う必要はないだろうとの事で坑道閉鎖は魔力も計算に入れた上で見送りとなった。
───腰の刀を抜き放ち、押し寄せる鉱夫達を威嚇する。
抜き放った胴田貫を無行の位に取った友矩は、
「鉱山は拙者達が封鎖した。これより先、一歩たりとも進む事相成らん」
その時灰色の煙が詠唱と共に上がる。
「ニンニン、ただの眠り瓦斯ですよ───でも」
そこで友矩は鬼気を発して。
「各々が家に帰るでござる。さすれば危害は加えぬ」
いっそ優しげな口調で語った後、目を見開き!
「従えぬ者は斬る!」
芝居がかっている。本人は真剣であった。
鉱山街のあちこちで火の手が上がっていた。八王子侍が鉱山の各所で武田武士に襲いかかっている。
異変に気づいた金堀衆の行動は迅速で。坑道への撤退は予想以上に早く、友矩と三太夫では己の命を守るのが限界であった。
冒険者達が引き連れてきた手勢に一瞬怯むが、威嚇で間を空けたのはまずかった。襲撃犯の云う事を信じて命を預ける理由が無い。返って冷静にさせた。となれば、相手は地理を知り尽くしている。少々の手勢では抑えが効かない。と言って、無法を戒められた影響もあって、結城達も殺しきる事に躊躇があった。
彼らの後ろ、一番手近な坑道出入り口ではアイーダが、鶴嘴を背中に矢筒とぶっちがいにして、忍びと思しきものたちと無数の矢数で応戦している。
(軍馬まで矢玉を取りにいっていたら、タイムロスは如何ともし難い、後ろから撃たれたら躱しようがないもの。向こうとこっちの根気どちらが上か───勝負! こうなったら、リミッター解除───赤字は怖くない!)
彼女の暑気に似合わぬ冷静さに、冷や汗が一筋流れ出たのであった。
日が上がる寸前。混乱はあったが、多少の被害で兵糧を持ち出す事に成功した。鉱山街は幸い全焼は免れる。退散前に、残り火を消して回る冒険者に、逃げ遅れて座り込んだ住民が声をかけた。
「貴様等───何者だ。その瞬速の弓といい。大胆不敵なその傲岸不遜さ」
「故あって源徳に与するもの。なーに、金には手をつけぬ安心するがいい」
と派手な顔に友矩は笑顔を浮かべ。
「さあ、新しく金山を掘るがいい───我らは退く」
混乱の最中に、荷駄十八頭分のブランの原石として掘り出された。もろい炭のような粉。
食料も詰め込み、以前とは違った意味でペースを配分する事になる八王子同心。
「さて、八王子までは、馬のペースを急がせねばならぬ、故に裏街道を通って、すこしでも代官屋敷に戻る───その為、冒険者一団も含めた、一同は八王子千人同心と同道してもらう。何、ヒヒイロカネの運ぶ相手は既に冒険者ギルドに手を打ってある」
そう言って、長安は東から差し込む曙に目を細めるのであった。
これが切り取り強盗の終わりである。