●リプレイ本文
半紙の上で、大久保長安が達筆を振るう。
“この度、如何なる奇過あってか、経津主神さまが、風神の級長津彦さまでもあったという事実が判明しました。
しかし、その際に結城殿の関係者───臣下の三太夫殿と、友人というふれこみの静馬殿が些か乱暴な方策に出たので、筋を通していただきたい。
なお、経津主神さまが級長津彦さまであったという事は特に香取神宮の氏子には秘密である事は内密に”
その様子を覗いた熟女シフールのヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)は、国際人らしい文筆の達者振りから、どうやら迂闊に経津主神関係で香取神宮の氏子を動かすのは、厄介事に繋がりそうな予兆を感じた。
(う〜ん、シナツヒコさんは、どちらかと言えば大久保さんの方がしっくりくるのだわ。予想外だったのだわ)
一方、結城友矩(ea2046)は知己の名前が出た事で、自分の想定以上に難しい顔をしたが───、
「正直、獲物が網に掛かるか五分五分でござろう」
鉄面皮を決め込んで、会議に集中するふりをした。
長安は構わず、
“その件は後日。こちらでも事実関係を質したいが故”
と筆をすべらせる。
級長津彦や経津主神の記憶も、長千代の意識もこの心中に眠っているという。
構太刀に関しては、高尾山に封印した黄竜───ジャパンにおける地の大精霊の一柱なのだそうだ。大山津見神、龍脈の祖、地脈の守護者───を打ち倒すべく鍛えた存在。
長千代の記憶――級長津彦のものか経津主神のものか判然としないが――によれば、黄竜と呼ばれた神は大地をないがしろにして地脈を汚す人間に怒り、人に憎悪を抱く祟り神と化したものらしい。
どうやら、古代には龍脈を制御する技術が存在し、精霊と交感する人々はその謎の力を利用していたらしいが。
「なるほど、そういう事だったのね」
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)は頷く。小難しい話は彼女には全然理解できないが、点と点が繋がることは収穫と呼べるに違いない。
ともかくも、古代より現在である。
三河から急使が来た事で、来たるべき時が迫っていた。これまでの東奔西走は全てこの一時の為だ。八王子軍として内部の意識統一を計りたいという名目のもと。長安の八王子屋敷の離れである茶室にて、軍議が執り行われた。
気配を隠そうとして茶室内に潜んでいる高比良左京(eb9669)と、近くの茂みに潜んでいるアイーダが見守る中、軍議は粛々と始められた。
その傍らで左京は、
(長安らしからぬ、すくたれぶり。高々、米の消費に10名分の誤差が出たからといって、騒ぎ立てるほど、大した事ではないだろうに)
むしろ所帯がでかくなって緩んだ規律を正すのが狙いと見た、と思いつつも、集中力は途切れさせない。
一方、アイーダは茶室を遠距離に捉えた視界内に、八王子勢の武将の側小姓のひとりが近づいてくるのを感じ取る。
(小姓なら───何故入っていかない?)
疑心に駆られるアイーダ。
(確認はヴァンアーブルさんに任せて‥‥)
2時間に及ぶ軍議の中、最終的には3人ほどの怪しい影が見えた。
(顔が割れてるならいいわね───)
こうして会議は実を結ばぬまま終わった。
ヴァンアーブルに過去をバーストで確認して欲しいとアイーダが依頼すると、曲者らしき人影を見ていながら見逃したと知って左京が激昂する。
「こちらは弓鳴りか、魔法の気配があれば、いつでも飛び出せる準備をしていたんだ! なぜ怪しい者がいたなら知らせない、一撃で斬り倒していたものを!」
「今は議論する時間ではないで御座ろう、左京殿。それに人を斬るは簡単なれど、活かして使えば幾重にも難しいが、それだけの見返りもあるでござる」
友矩が左京に声をかける。
「それが活人剣というやつか?」
「いかにも」
「ふ───さすがは新陰流というべきかな、誉めてはいないがな」
ヴァンアーブルは仲間達の口論は気にせず、アイーダの体感時間を頼りにして、銀色の淡い光に包まれて、過去の光景を見ていた。一度に見られる時間は長くても十秒。正確な時計も無い時代、その瞬間を見つけ、辿るのは勘が頼りであり、辿りつく前に魔力が枯渇する事も多い。
最初の密使を追い詰めていったが、天井裏に潜り込んだ所で逡巡する。過去の光景に音は聞こえないので、暗い所に入られると分からない。じっと息を潜められたら無駄に魔力を費やす。後の魔法使用を考え、彼女は追跡を断念した。
「何、顔は割れているのよ、側小姓なら判るでしょう」
アイーダがあえて楽観視───彼女らしからぬ───した。予兆めいたものがあったのかもしれない。
なるほど、本当に密偵はいたのか───左京と友矩は、互いに言葉は出なくても納得していた。
怪しげな小姓を養っている武将の元を訪れた一行(ヴァンアーブルは指輪の力を借りて姿を消していた)を訝しげに武将が出迎える。八王子軍と言えど、冒険者に好意的な者ばかりではない。それでなくとも、突然訪問を不審に思うは当然だが。
「そなたたちがお探しは、そこもとではないようだが、どういう事だろうか?」
「仔細は申せぬが、側小姓に何やら曲者がまとわりついている模様。長安殿から怪しげな輩を対処せよとの命令が下っており、今回の件もそれに該当すると思し召しませ」
左京が宣告をする。
「なるほどな。では、そこもとが立ち会いの下で首実検をしよう、それで異存ないか?」
武将の言葉を断る理由もない。
側小姓が召し出される。
「ご存分に」
「これは?」
とまどう側小姓だが、ヴァンアーブルは後ろからこっそりと、銀色の淡い光に包まれて魔法を成就させる。
「は?」
背後の気配に気づいて側小姓は振り返るが、その時にはヴァンアーブルは移動していた。
「遅れてすまないのだわ。おや、ご無沙汰なのだわ」
透明化を解除し、今やってきたように部屋へ入った彼女は側小姓に笑いかけた。
「シフール?」
側小姓は混乱した。親しげに話しかけてくるシフールと、何故か親愛を感じる己自身に。
「そうよなのだわ。実は困ったことになったのだわ、助けてくれると嬉しいのだわん」
「は、はあ‥‥しかし、いま私は」
魅了に気づかない側小姓が主人の方を向くと、
「‥‥お主の友人か?」
「はあ、それが良く分からぬのですが」
何か冒険者が魔法を使ったと気づいて武将は眉を吊り上げたが、
「良い。何やら急ぎのようだ‥‥話を聞いてやるがよい」
魅了されている事に気づいていない側小姓は安堵を浮かべ、ヴァンアーブルはしきりに耳を引っ張った。
「お主達のやりよう、感心できぬな」
冒険者は自分達が魔法を使う事を相手がどう思うか頓着しない者が多い。魔法で人を誑かして得た証言に、証言自体は真実の筈だから構わないと考える所は無神経に過ぎる話だ。
「じゃあ、相方に確認するのだわ。武将さん、身柄を借りるのだわ」
ヴァンアーブルが側小姓を連れ出すと、アイーダが訪ねた。
「で、どうだったの?」
彼女の問いにヴァンアーブルが答える。
(飯炊き女を相手に、お楽しみとしけこんでいたの)
その相方を探せばいい。
簡単に見つかり、複数の証言があり、裏がとれた。
数日に渡る捜索の結果、密偵達は皆、天井裏の闇などに隠れ、魔法による探索への目くらましを施している節があった。冒険者がジャパンに現れて数年で驚くべき順応だが、八王子軍の活躍の裏に冒険者が居る事は知る人には知られた話であるから、敵が警戒するのもあり得る事か。
「或いは伊達の忍びに陰陽師に対応する技が伝わるのか‥‥ともあれ、逃げられたな」
長安は苦い顔だが、冒険者達が得た情報も無駄ではないと、一応の成果を認めてくれた。
「では、級長津彦殿にも宜しく。八王子軍が動く時は色々とやりたい事があるでござるからな」
友矩はそう言って、八王子を後にした。
これが冒険の結末である。