●リプレイ本文
五月──シェリル・オレアリス(eb4803)が、八王子についた所で、彼女のディテクト・アンデッドの検知範囲にふたつの反応があった。
(まだ、登山もしていないのに、早すぎる)
その彼女の反応を見て、アンドリー・フィルス(ec0129)は問うた。
「連中───か?」
「多分、位置は幻十二人衆の監禁所と、雷王剣の封印場所だけど」
「ならば“跳ぶ”」
アンドリーが一言、呪文を唱え、指を鳴らすと、日中の空の下、太陽の精霊力の中を瞬時に転送した。
無論、天狗の隠里の中までは陽光は差し込まない。しかし、移動時間を考えると多分、最適解。
剣を抜き放ち、周囲の天狗に注意を喚起する。
「冒険者だ、中にデビルの類が侵入した。用心してくれ」
「残念ね」
活気づく、天狗達の中に、狩衣姿の女性がひとり。知る人が見れば、それが不死鳥教典の党首、伊織だと気がついただろう。
その言葉を聞くまでもなく、アンドリーは自身の闘気を高める。反動が諸刃の剣である、禁断の業オーラマックス、しかし、アンドリーはレミエラにより反動を軽減する手段を得ていた。
「あら、恐いわね──たったひとつ教えてあげるわ、中の幻十二人衆の残り、魂を全てすすったわ。魂亡き者は生き返り様がないわね」
「問答無用」
次の瞬間、放たれた乱刃を受ける伊織。
一太刀を急所を免れて受けた後はまるで涼風とばかりに受け止める。
「噂に聞いた、エヴォリューションか!」
一度受ければ同じ得物、同じ魔法での攻撃は効力を発揮しない、デビル戦術の要。
ならば、シェリルが来るまで時間を稼げれば、魔法を破壊して、チャラに出来る。
最初の一撃はそれだけの破壊力があったのだ。
思い直し、アンドリーは聖剣カオススレイヤーを脇に置き、素手に闘気を帯びさせ、自らの更なる攻撃に備えようとするが、次の瞬間、伊織の姿は消えて失せる。
五感を研ぎ澄ませても、マンモンが透明化したのか、瞬間移動したのかは、デビルを探知する術に欠けるアンドリーには、判らない。
大天狗の大山伯耆坊がディテクト・ライフフォースを唱えて、マンモンのものらしい、不審な肉体は感知できない。ブレスセンサーによっても白虎の白乃彦が異常な呼吸の音を感じない、と宣言して、ようやくアンドリーは胸をなで下ろした。
さすがに両方とも入れ替わっているという状態でもなければ、マンモンは消えたのだろう。アンドリーはそれでも息つく間もなく、滝を横切り、日輪の照らす中へと移動する。
その頃、シェリルの感知範囲内で、比較的近い雷王剣の封印所に殺到する。
石扉の前に立つは、幻十二人衆、葡萄月の双角。
無言のままで、壁から壁へと跳躍し、間合いを詰め、空中からの抜刀術でシェリルの首を狙う。
シェリルの展開したホーリーフィールドを破壊しながら、刃は進む。
ホーリーフィールドは展開した球体の空間、全てを占める為、幾重にも張り巡らせる事はできない。
それだけの破壊力のある一撃をぎりぎりで見切るシェリル。彼女の視力がアンドリーによって強化されていなければ、あるいは首が落ちていたかもしれなかった。
「予言通りになんてさせるものか───下の門はこれ以上開かせないぜ!」
霊力の篭もった小太刀で日向大輝(ea3597)が、間合いを詰める。
シェリルと入れ替わるような形で、身体を滑り込ませ、双角の刃とがっちりと組み合う。ラ・フレーメは主である清原静馬(ec2493)の意のままに、双角を追い詰める。
「如何に罪を重ねようと、為さねばならない事を為すだけです」
受け一方の、双角の姿が崩れ、巨大な影になる。
「!」
現れたのは、二本の黒い角を戴いた、黒い巨馬。
「莫迦な、デビルは己自身より大きなものには変化出来ないはず!」
大沼一成(eb5540)が伝承から見いだした、デビルの特徴とは違う事に驚きの色を隠せない。
しかし、そんな驚きを余所に山から駆け下りる黒馬。凄まじい勢いで山道を下っていく。
そんな状態で、パラスプリントでアンドリーが現れたが、予めアンドリーが打ち合わせていた合い言葉により、当人と確認。
情報交換し合っている中で、大輝少年は───。
(太田道灌縁の品って言っても、出てきてるのは木簡の山と雷王剣だけ、どう考えても剣のことだよな、これ。
大久保長安が剣の事を知ってるなら、同じ様に忍者集団持ちの皇虎宝団も、既に剣のことを知ってる可能性が高い。現に双角は出てきたしな。
もう扉を埋めてお終いって訳にはいかない‥‥か)
合い言葉を確認し合って、大輝少年は天狗の隠里に向かう。シェリルの護衛も兼ねてである。
案の定、シェリルが起こそうとする最大の力でも、幻十二人衆の死体は微動だにしなかった。
魂が無い死体を、目にするのは初めてのシェリルは、正攻法が駄目なら、と様々な方法を組み合わせてみたが、彼女の持ちうる全ての魔法を使っても、反応はなかった。
そんな光景を見下ろす大山伯耆坊、大輝少年は問いかける。
「雷王剣は、元は結界を堅固にするために置いていかれた物なんだから、持ち出すなら、結界を守ってきた大山伯耆坊に話を通すべきだと思って。
慧の構太刀についても何か聞けるかもしれないし、会っておかないか?」
「それが筋だな。幸か不幸か、結界を維持する必要が無くなって、余裕が出来た、というより、生命を持て余している身。素晴らしい提案だ」
言って下山し、少年陰陽師、茜屋慧に同道して、江戸に行く事を決意したらしい。
少なくとも、一成は大天狗が大柄な修験者に変化する光景を目の当たりにした。
「本物の大天狗の変化する姿を見られるとは、全く以て眼福」
「茜屋少年と、話し合いをしている」
それをつらつらと聞く。一成並みの古代魔法語の達人ならばこそ、聞き取れたが、構太刀は級長津彦が、対大山津見神用に、高尾山の風の精霊力だまりに放り込んで造った“人の姿”をとっている時、首を狩り落とす為、様々な陰陽師(どうも、ここのニュアンスは今ひとつ判らない、陰陽師以外にも土着の精霊魔法使いが存在した、とれる)が、魔力を詰め込み、人の里に降ろして武術、というより殺人芸を仕込まれた存在らしい。
当時、ジャパンを分割したらしい大勢力であるヤマトの切り札的なニュアンスを込めて、倭の守護者というのが名残らしかった。
大輝少年は大大山伯耆坊が出たのを見計らって白乃彦にも話を聞きに向かった。
「なあ、夢の『下の門』が、埋まっていた門だとしたら、現状全て夢通りになってる。また夢を見たり、思い当たったことがあれば教えてくれないかな?」
「後は無数の翼が舞い落ちるのみ──それはマンモンの、大鴉の羽根かもしれんな。偉そうには云えるが、判っていない、と言っているのと同じ事は、年に免じて許してくれ」
そして、大輝は合流して、剣のある広場へと向かう。シェリルを信頼しないわけではないが、虫などを払い落としてから入る事にしていた。
デビルの戦術、逃げたフリを防ぐ為の自衛策である。
「雷王剣が争いの種になるならば、封印したいけど。
多くの人の役に立つなら、それでいいと思うのよ」
「多くの人をどの様に助けるか──それが問題だと思います。英傑の手にかかれば、一万の軍勢を滅ぼす剣でも、そもそも英傑ならば多少切れ味が良いだけの剣など、笑止でしょう。多分、それが源徳家の復帰と、神皇様の威信の回復という命題を、人を斬れるが、それを振るわない形で落とし所にしたい、八王子勢の意見でしょうから」
シェリルの言葉に依頼人のひとりである、柳生智矩は長細い包みの鞘を解いた。
一成は息を思わず呑む。
それは鞘であった。まるで雷王剣のサイズを予め知っていたかのような。
しかも、純白の金属、西洋風ならブラン、東洋(というよりジャパンでは)なら、ヒヒイロカネであった。
「あるところには──あるものじゃな」
一成が皆を落ち着けるように、言の穂を継ぐ。
そして、広い空間。
風神は沈黙して脇にどいた。
「さて僕に資格があるのだろうか」
言って静寂を砕くかのように、静馬は石に突き刺さった剣の柄に両手をかける。
「雷王剣よ、応えてくれ」
両手に渾身の力を込める。
「そして黄竜を鎮める力を僕に貸してくれ!!」
しかし、周囲を破壊し尽くすかのような雷撃が空間を圧した。
シェリルは咄嗟にホーリーフィールドを展開するが、次々と破壊される。
(俺のそばだけ避けている?)
雷撃が止み、両腕が消し炭と化した、静馬に急ぎシェリルは駆け寄ると神聖魔法で、腕を復活させる。
「どうやら、僕には資格がないようです」
言って、静馬は無傷の大輝少年に視線を向ける。
守りたいものはある、そのために強くなる、そう誓った、
「でも、今の俺には剣の力を求める理由がない、剣の力がすぐ絶対に必要な事態には、直面してない」
──そう、黄竜だって、みんなで力を合わせれば、きっとなんとなかなるって思ってる、いや、してみせる。
(あと、どんなに格好悪くあがいてでも、惚れた女くらい自分の力で守りたいってのもあるけど、こっちは恥ずかしくて言えないな)
「本当に今、剣を抜く必要ってあるのかよ? 剣が選んだって、神皇家に引き渡す為なのだろう?」
(英傑なんか柄じゃない。惚れた女ひとりを守れればいい)
そう大輝少年が思った瞬間、背中に重い感触。白い剣が寄り添うかのように、もたれかかっていた。
「本当に選んだのか? 神皇家に渡される意味を判っているのか?」
智矩が鞘を大輝少年に手渡す。
一瞬、雷光が轟いた。おそらく、山頂の寺社に落ちたのだろう。
「契約は契約だし、雷王剣は引き渡す」
「多分、京都の陰陽寮で吟味した後、神皇様に引き渡されるでしょう。草薙剣が風をもたらすなら、この剣は稲妻をもたらす剣という事に」
智矩はそう言って、雷王剣を戴いた。風神は先程の雷撃を受けたのか、消滅していた。それだけ、雷王剣が“別格”なのだろう。
一同はそう言って、京に向かう智矩と、慧少年と、大山伯耆坊を伴う江戸組にと別れた。雷王剣が真実、源徳家の復帰に繋がるか否かはここでは語られない。これが冒険の顛末である。