●リプレイ本文
「修道院が‥‥彼らは無事だろうか──」
パリから出立し、修道院を目指すアトス・ラフェール(ea2179)が馬上で呟く。
「弱者には弱者なりの戦い方があるんです! 舐められてたまるかー!」
ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)が愛馬の上でつい叫ぶと、押し殺した笑みが背中に感じられる。
後ろに乗っている夜 黒妖(ea0351)である。
「いいね、それ。神罰地上代行人の名において、神に味方せし者に勝利という名の祝福を」
「修道僧の前ではあまりみだりに神の名を出すべきではないと思いますよ。冒涜になりますから聖職者でだって慎むべき事なのですし」
「ニルナは心配性?」
先程の叫びが聞こえたのか、ランタンを掲げ、ゆらゆらと左右に揺らし合図する影。
どうやら修道僧の様だ。
「一番乗りだね」
黒妖が小悪魔な笑みを浮かべる。
「ひょっとして冒険者ギルドから派遣された方ですか?」
「そうです。修道僧の皆さん、協力してください! 貴方達の身は必ず私たちがお守りします。だから信じてください‥‥」
ニルナは冒険者ギルドで教えられた情報を逐一確認した。
「やれやれ、慣れてしまったな2度目ともなると」
やや遅れてクオン・レイウイング(ea0714)が苦笑しながら、トラップを仕掛ける地点と狙撃をかけるポジションを求めて、修道院の近くを徘徊する。
無論、息を殺し、足音を悟らせないように。
その合間を縫って、ガブリエル・アシュロック(ea4677)が持ってきたテントを修道僧の為、準備している。さすがにもう暖かくはない。
「先の戦いのとき『後続が居る』と聞いて街道を封鎖していた筈なのだが‥‥」
合流した岬 芳紀(ea2022)が修道僧に問い質す。
向こうの喋るゲルマン語では細かいニュアンスは判りにくいが、要は街道は商業ギルドなどの手によって、パリ近郊の交通の利便のため、解放されたらしい。
「話を一度つける必要があるようだ」
堅く拳を握りしめる芳紀。
「全てを排除しこの騒ぎを終わらせたい、それだけだ」
アトスは決意も固く宣言する。一方、デルテ・フェザーク(ea3412)は問いかける。
「また、コノ修道院ですか。オークに狙われる何かがあるのでしょうか? 外壁はそれなりに強固かもしれませんけど地理的に要害という程ではないと思いますけど? もしかして私達が知らないだけで伝説級の遺物でもあるのでしょうか?」
ぷるぷるぷると首を横に振る修道僧たち。
「とんでもない、そんなものがあったら、真っ先に持ち出しますとも。それにオークに聖遺物の価値が判るとも思いません。兵などおかぬ為、適度に攻略しやすく、自給自足が出来る──オークがそれだけの努力をするとは思えませんが──拠点として修道院を選んだだけではないでしょうか? 砦などを攻略するに弱小過ぎる人数ですから」
デルテは、そう言えば報告書には前回も大判の聖書だの、十字架だのを真っ先に持ち出したと書いてあったのを思い出す。
「まあ、隠し事をしてもメリットないですし、少なくとも自分たちの知りうる範囲には無いのでしょう、詮索しても無駄な事でした──もっとも」
言って、きっと修道院をにらみつける。
「あの無法者どもは許せません」
「また現れたか‥‥懲りない奴らめ」
ガブリエルが先日の戦いで焼き払われ、そして再び掲げられた髑髏の旗を見上げて言う。
「しかし、まあ。我々は寄せ集めの軍隊という感じですね。数で圧倒するのも一つの策ですけど‥‥」
冒険者ギルドの斡旋とその仲間達を見て、デルテは確かな力を感じる。
「俺としては急ぎなので話は済んでいない面があると思うんです」
アウル・ファングオル(ea4465)が少年の若さだけの枠に止まらず、力押しだけに頼らない面を見せる。
「オークとトロルどもが挑発に乗ってこない場合、デルテに頼んで、魔法で穴を空けて貰う必要があるでしょう。その面では剛柔共にお前に期待していますから」
年上を年上とも思っていないような口調である、しかし、人それぞれだから仕方がない、みんな違ってみんないい、なのだ。
「なめて掛かれば痛い目にあう。恐れていては実力を発揮できない。皆の知恵と勇気を見せて頂こう。
どうやら、相手の首魁はオークの中でも最強の戦闘力を誇り、オークの群を率いるオークロードと分類されている種類だ。倒すには協調が必要となるだろう。個体差はあるが、双武殿より剣の腕が立つ場合もある」
穏やかにコトセット・メヌーマ(ea4473)がふたりの意見を橋渡しするかの様に厳かに告げた。
鮮やかに赫く、狼を包み込む大鷲の紋章を純白の鎧、盾、マントにあしらったいかにも育ちの良さが伺える──もっとも、実際には定かではないが──顔立ちのヴィーヴィル・アイゼン(ea4582)が英雄志望ならではの血気に逸るのをガブリエルが押さえる。
「全員が合流した。これ以上何が──魔法をかけるのを待って──」
「クオンの罠も待つ必要がある。相手のトロルが何匹いるか判らない以上、慎重に準備しておく必要もある。完璧を目指せが我が神の教えだ」
さすがにセーラ神の修道僧の手前、タロン神の教義を斧のように振り回す事もなく、最後は小声になるガブリエル。
「ともあれ、どいつもこいつもでかい図体しやがって、好きになれないな」
と微笑を浮かべ。
「私もまた人々の安息の為に戦っているのだ。信じてくれ。デルテの言ではないが、たとえ一人一人の力では劣ろうとも、力を合わせれば勝るものになる。私もまたチームワーク優先で動いているのだよ」
「‥‥セーラ神は慈愛の神なのに、随分と『試練』が好きなんだな」
ガブリエルが見返す先はレティシア・ヴェリルレット(ea4739)
「試練に打ち勝たなきゃ救いませんなんて神はタロンばかりだと思ってたけどな、俺は。
あ、俺?
俺はノルマン人だけど、聖書の中の死んだ言葉ではなく、自然の中、木々のざわめきと風の囁きにセーラ神の声を感じるのサ」
「木々も風も『大いなる父』と『聖なる母』の創造せしもの、人もエルフもドワーフもシフールもパラもジャイアントも全て祝福されしアベルがその祖先。我々は皆、繋がっているのだよ」
「くかー、くかー」
神学講義につき合う気がないのか、レティシアは眠りについた。
白髪の頭に手を突っ込んで、ヴィーヴィルは彼を起こす。
「今、眠ってる場合!?」
「判っているって。なーに、今回は通りがかりの冒険者じゃねえ、準備は万端」
レティシアはおもちゃを扱う子供のように、笑みを浮かべて矢筒から禍々しい矢を取り出す。
「帰り道にばったりじゃないってのは重要だなぁ‥‥うんうん。
おかげで家から手入れしてある矢を持ち出す暇があるじゃん。
今回はコレ。鏃にちょっと細工して抜けにくくしてあんのさ」
鍛冶を嗜んでもいない、彼の鏃は単に刻み目を入れて毒の塗布量を若干増やした程度に過ぎない。
「弓師も毒師も日頃の精進と研究だぜ?」
「ひとつ聞きたいが──?」
「何だい。神学のセンセ?」
「万が一、仲間に毒矢が当たった場合に備えて解毒剤が何か持ってきていると私は期待するが」
「当たった奴は運が悪いのさ。修道僧の皆さんでアンチドートが使える奴がいたら──植物毒だって予め言っておいてくれ。レパートリーは毒草だけなもんでね」
“運が悪い奴”が聞いたら悶絶しそうな台詞である。
「戦場で流れ矢に当たるのは運の悪い奴だ。だが、それが俺の仲間や触れざるべき者に当たれば、それを放った奴は相当に運の悪い奴だ」
ジャイアントのバルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)が威容を払いつつ、一同を見渡す。
「俺は過去はいらない。ただ、今があるだけだ。そして、その『今』を共有した友を見捨てる事はしない」
「じゃあ、注意するさ。こちとら、ただいたずらに毒を扱うだけのトーシロとはちがうんだよね」
「ならいい。俺は『万夫不当』の言葉を目指す。だから、それに恥じない漢になりたいだけだ」
「いいですね。私も英雄ならそれだけの志を持ちたいものです──良い響きですね」
「万夫不当か‥‥イカスなお前等‥‥狂ってる。だがそれがちょうどいい」
ロシアの神聖騎士、セイクリッド・フィルヴォルグ(ea3397)が一同の会話に加わる。
「レティシア‥‥生憎と私は“認められない騎士”でね‥‥騎士ほど正攻法は扱わない‥‥」
「だが、あなた自身が認められないと言っても、大いなる父の加護があるではないか。また、それを行使しようという意志がそのクルスソードを所持している事で表明している以上、あなたの言葉は矛盾している」
ガブリエルの言葉に首を横に振るセイクリッド。
「──埒もないことを言ったな」
一同から立ち去ろうとするセイクリッド。
一方、カレン・シュタット(ea4426)がカノンと一緒に戻ってくる。
魔法を使うのには重すぎて邪魔なのか、スタッフはカノンに預けていた。
「皆さん、大変お待たせしました。魔法の罠の準備が出来ましたので、お知らせに参りました。草むらの中に赤い石が置いてある場所には私が電撃の罠をしかけてあります。ケイさんの仲介で僧侶の皆さんから魔力を分けてもらったので、かなりの数の罠をしかけました。カノンさんのトラップと合わせれば──そして、皆さんがオークとトロルを修道院から引きずり出す事さえ出来れば、自分で言うのも恥ずかしいですが、かなりの効果を期待していいと思います。私も後衛で及ばずながら呪文を使いますので、これで反撃の準備は出来たと思います」
「コトセット殿、バーニングソードの準備を!」
フレイムエレベイションの術がケイの策により僧侶から供給された魔力により、各員に支給され、さらに武具は炎に燃え上がる。更に各員にセーラ神の祝福が与えられ、神と精霊の加護の元、戦いの準備は整うかに見えたが──。
「神よ、神罰地上代行人の名において不浄のモノに死という名の神罰を」
言って黒妖が印を結び呪文を唱えると、全身が煙に包まれ、次の瞬間、大ガマのコンストラクトが創造された。彼女は全ての大ガマをギューと呼んでいるが、別に彼等に一貫した個性などはない。
「あなたはどなたから、その資格を授かったのですか?」
「資格って?」
修道僧の表情に黒妖は戸惑う。
『仮にも神罰の地上で代行するという天使にも等しい方が、十字架のひとつも身に帯びておられない。ひとつ伺いたい、あなたに洗礼を施したのはどなたですか‥‥』
と、修道僧はラテン語で問いかけるが、その素養の無い黒妖にはまるで判らない。
「この程度の言葉も判りませんのに、神罰地上代行人を自称するとは己の分を考えなさい。ジーザス教徒なら破門にする所ですが、異教徒のあなたの口を塞ぐには『グッドラック』の魔法を施さない事です」
「ちょっとまった話がちがうよ。それじゃ戦えない」
「でしたら、涜神を言わないと誓約しなさい。望むなら後で正式な洗礼をしてさしあげましょう。異国の方でも聖なる母は受け入れて下さいます」
黒妖の内心はどうあれ、誓約の後、彼女にもグッドラックが施された。
「『ローマ帝国装甲剣騎士団(カタフラクト)』、アイゼンシュタイン家のヴィーヴィル、征きます!」
彼女の声が響き渡り、一同の心の中に戦いのドラムは打ち鳴らされた。
矢は放たれた後は的を射るか、地に落ちるのみ。
「ヒーローの出番を奪って悪いがのんびりしている暇はない。大将首は貰った」
クオンがいち早く、茂みから矢を射ようとする。
「ち、いるのは見張りだけか?」
焦れる芳紀。
「まだ、動かないというのか?」
一方で、セイクリッドは門の前に立ち、
最初、聖書を朗読し、言語が分からないオークに語った。
「私はあなたの行いを知っている。あなたの行動は名ばかりで、実は死んでいることを知っている。私はあなたの行いが神の前に完全であると認めない。罪の報酬は死のみ。AMEN.」
そして聖書を閉じ
「今の言葉を、無知蒙昧なお前等にわかりやすくかみくだいて言うと・・・」
と、武器を構えようと聖書を閉まった所で、修道僧達の糞壷の中身が注がれる。不自然な体勢のまま、半ば汚物を浴びるセイクリッド。
「──よーするに『逝け』と言うことだ」
笑うオーク達に向かって盾と剣を構える。
だが、出てこようとはしない。
「下がって! セイリクリッド」
十秒かかって大地の茶色の淡い光に包まれたデルテが最小出力でオーク達にグラビティキャノンをぶちかます。
掌から一直線に伸びた黒い重力塊が、オークの1匹を転倒させる。
最大出力で打っては相手を油断させる意図を果たせない、そう判断しての威力を絞っての攻撃であった。
セシリアやムーンリーズも遠距離から雷を放つが、これで逆にオーク達の精神モードが臆病に切り替わったようだ。
「何をやっています。魔法で攻撃してはみすみす、こちらを警戒させるだけではないでしょうか? しまった、バーニングソードを付与した時点で──こちらに魔法の使い手がいると教えた様なものか」
前衛に立ったアウルが呟く横で、黒妖が手裏剣を投げつけ、オークを退かせる。
誘き出しはまだか? とカノンも戦場を見て焦りを隠せない。
後衛で京太郎に、ティム、桂にも魔法を付与したコトセットも事の推移に納得できないようだ。。
更にヴィーヴィル、バルバロッサ、ガブリエル、ティム、セシリア、桂、双武と言った冒険者側の前衛の層の厚さに相手は必殺兵器のトロルをも出さずに立て籠もる心づもりらしい。
「さぁってと、お楽しみの時間だ。
行くか。俺の愛する、血霧に穢れた血腥い戦場へ‥‥って誰もこない。おい、まずいぞ、何か湯気を出した大釜だ。やつら熱湯か何かぶちまけるつもりだ!」
と、レティシアが警告する。セイクリッドですら避けきれなかったのだ。沸騰した湯などかけられては生死に関わりかねない。
「去ね豚鬼」
清十郎の剣風と京太郎が矢を放ち、牽制。そこへエリナが顔にへばりつこうとして、嫌がられるなどの攪乱。
その時間差と、レティシアの警告が通じたのか、それぞれに散って、熱湯の直撃は避ける。
「融けた鉛でないだけマシか。ウェルダンじゃなくてレアでも十二分にイヤもんだけどな」
「まずいな──これは真剣に撤退を考える事態だ」
バルバロッサの問いにガブリエルが答える。
「デルテ殿に頼るか?」
「俺に聞くな」
戦況が芳しくないのを見て取ると、カノンとレティシアにユーウィンは見張りのオークを矢で打ち落とす。
まず1匹。
後に誰の矢が止めを刺したのかが楽しい口論の種となった。
だが、残りはまだいるのだ。特にトロルとオークロードという怪物が。
先鋒の失敗を受けて、オーク達を門の前に集中させ、後衛達をデルテが魔法で空けた穴から侵入させ、後は大暴れという実にシンプルなプランである。
毒で悶絶したオークを見て、塔に昇りたがる酔狂な個体はいない様だ。
オークの士気が回復するのが早いか、こちらの潜入が早いか、という問題に絞られる。
せめて、都合の良いところに樹木があれば、橋渡しに使えたがと、エル。
「前衛は出来るだけ粘って、相手を引きずり出す。それが成功しようとしまいと、デルテの魔法で壁に穴を開けて中に乱入。後は魔法で相手の位置を確認。範囲魔法で出来るだけ一層した後、突撃して敵を掃討する!」
果たして作戦は実行に移された。
前衛陣がオークの注意を引きつけている間に、それ以外の面々が後方から大回りして、内部に突入する。
その間、カノンにレティシアとユーウィン、清十郎がオーク達の注意を逸らしていく。
僧侶達から最後の魔力を受け取った一同。これ以上の魔力は休息しなければ、後が無い。
接近したところでデルテが術を2回唱えた。単純に厚さが1メートルを超える石壁なのだ。
ゼルスが敵の位置を報告。正門前にトロルらしき巨大な呼吸音がみっつ。オークらしき呼吸音がふたつ。地図から見て礼拝堂らしき所にオークと思われる呼吸音はいつつ。特にひとつの呼吸音が大きく、オークロードではないかと。
「やれやれだな」
とイルダーナフはぼやく。
さほど、大きくない修道院のため、明かり取りの窓も多くはない。
「ギューやれ!」
大ガマに舌で鎧窓を一部破壊して、中への風通しを良くする黒妖。
この大音声に駆けつける後方でオーク戦士が率いる一団。
『生きて帰れると思うなオーク』
「──と彼等は言っている」
オーク語も日常会話なら判ると自称するモンスター博士のコトセットが一同に懇切丁寧に説明する。
だが、その間にも真空の刃と雷、セルフィーの氷雪の嵐の4連撃がオーク達を襲う。
彼には幸いというべきかオーク戦士は、仲間を盾にして、更に己のタフさから生き残っており、遁走を繰り広げる。オーク達も瀕死の重傷で倒れている。
「黒死鳥も人を護るための翼と爪になれるでしょうか‥‥いやならないといけないんです!」
ニルナは追って行く。もちろん、弱い敵と思わせて誘き出す為である。
しかし、負傷していてもオーク戦士は強かった。さすがにダガーでは相手の脂肪層を切り裂くのが彼女には精一杯であった。
そこへ強打が一撃。彼女は瀕死の重傷を負う。
更に追う芳紀。狭い修道院の通路ではそう何人も戦えはしない。
だが、敢えて、双刀を芳紀は抜く。
先程の手合いからして、そう凝った芳紀は変幻自在の刀捌きで、相手に受けさせない。その分、太刀筋は軽くなり、威力は半減する。
その時間を活かして、徐々に礼拝堂の方に下がっていくオーク戦士。
だが、時間はこちらにも味方する。
続々と後衛が入り込んできたのだ。
地理はこちらが修道院側からレクチュアされているものが多かった為、そう迷わずに礼拝堂を目指せる。
一方、角笛が鳴り響いた。
それを合図に正門が開くと、血に飢えたトロルが3匹襲いかかってきた。
「おお! やっぱ、でかいな」
バルバロッサが舌なめずりをする。
巨大な棍棒を振りかざし、意外と俊敏に飛びかかってくる。
「来いや」
炎に燃えるロングソードを構え直し、生死を己の生命力に賭ける決死の一撃。
棍棒が怒濤のように頭上から襲い来る。
鎧の厚い部分に攻撃を集中させ、同時に刹那の見切りで、急所を逸らす。鎖骨と肋骨の折れる嫌な音がバルバロッサの耳に響いた。
「少々──俺を殺すには足りねえな」
剣が深々とトロルの腹部に突き刺さる。
灼熱に絶叫をあげ、更に棍棒を今度は横合いから振り回すトロル。
「俺ごと撃て!」
瞬間にスナイパーとしての腕が反応して、ロングボウを射かけるカノン。
狙点の安定した炎の点された矢が流星の様に赤い尾をたなびかせながらトロルへと吸い込まれていく。
同時にトロルの一打がバルバロッサを直撃、返す刃でトロルに血を吐かせ、倒れ込ませるのに巻き込まれる。互いに瀕死の状態に追い込まれたまま、ガブリエルがトロルに止めを刺す。
「どうした、奴は死んだか‥‥」
「動くな、血が肺に入る」
「何こんな事、幾らでも──いや、もういい。捨てた事だ」
だが、これらの脳味噌が筋肉で出来ている様なトロルと違って、少しは頭が回るトロルが居たようだ。
炎の点された矢を傍らに従えたレティシア目がけて突入してくるトロルがいる。
「炎と毒、どちらで死ぬかな?」
中途半端な距離に陣取ってしまった彼にトロルは棍棒を振りかざして突入してくる。
「厄介だな。尻尾を巻くか、っていうかトラップ地帯に逃げ込もう」
とりあえず、バックパックを見捨てて、遁走しようと試みたが、自分の体力以上の限度の装備をしている為、相手の方が足が速い。
「なーに、来る者は拒まず、去る者は追わずだ。拒むより、受け入れてやろう」
ミドルボウを構え、射程に入り次第、狙い澄ました一撃を浴びせ続ける。
相手は回避は常人並で、飛び道具の受けも出来ない──もっとも、そんなトロルは激しくイヤなものがあるが──だが、命を投げ出すかのような緊迫感がレティシアには堪らなかった。
首周りに不吉な首飾りのように矢を突き立てられたトロルがレティシアの間合いに入ってきた。最初の一撃は避けきった。それも幸運の部類に果てしなく近い部類での成功であり、彼の血を沸かせた。
だが、次の一撃で頭に激しい一撃を喰らった。続くラッシュ。朦朧とする中、汚物にまみれたセイクリッドが立ちはだかり、ヘビーシールドで痛恨の一撃を防いでいるのが彼が意識を手放す前に見た最後の光景だった。
セイクリッドが相手が退いた所へ、盾でラッシュを噛まそうとするが、元々、そういうバランスのシロモノではないため、体がそちらに泳ぎがちになり、両手利きでもなければ扱えないシロモノであった。
だが、トロール相手の白熱した戦いではそれが仇となり、相手の攻撃を許す隙を作り出す。乱打の前に攻撃に回そうとした盾で対応しようがなく、剣で受け流す暇も無く、次々と打撃を浴びていき体力を削りに削られた。
しかし、双武が割って入り、一刀を浴びせる。老いをもものともしない刀の冴えの前に桂も割って入り、首筋に刀を宛い両手でもって押しきる。
トロルの首がごろりと転がった。
「やけに──?」
双武が呟くが、トロルの首周りが激しく変色しているのを見て、レティシアが毒物を使ったのだと得心した。
だが、一同はその傍らでセイクリッドとレティシアが瀕死の深手を負っているのを見て、これは修道僧たちでは完治は覚束ない、早く勝ってパリに帰り治療を受けられなければ万が一のこともありうると青褪める。後は彼等の体力がそこまで持つか、彼の身の安全を祈るのみであった。
『断!』
一方、ヴィーヴィルはトロルが攻めに回れば手強いが、受けに回ると途端に弱くなる──再生という能力をもった故の慢心かも知れないが──事実に気がつき、ティム、セシリア、レイに攪乱を頼み。その隙間を縫って、ノーマルソードでの極端な大振りを放っていた。攻撃の矛先がこちらに向かってくれば、3人がつつき回し、注意を散漫にさせる。いままでの面子の戦いを見ていなければ、このコンビネーションは思いつかなかっただろう。
ヴィーヴィルが剣を一振りするたびにトロルの返り血で白い装具が純潔を失っていく。
ティムもセシリアもレイ体力的に追い詰められた所で漸く、トロールの耐久力も限界を突破し、倒れ伏す。
ヴィーヴィルは全体重をかけて止めの一撃とした。
「ありがとう。みんながいなければ、倒せなかった」
そして、礼拝堂では最後の戦いが繰り広げられようとしていた。
魔法の音で礼拝堂に戻ってきたオーク達との小競り合いで一同は少なからぬ時間を無駄にし、更にダメージを受け、リカバーポーションを飲むものが続出していた。
倒したのは見張りも含めて、オーク戦士1匹とオークが5匹。
だが、その先にあるものは──。
角笛を吹いた、鉛の冠を被ったオークロード。何とプレートメールを着込んでいた、が凶悪そうな棍棒を振りかざしながら、一同に突進してきた。狭い回廊では後方のウィザードの攻撃は確実に味方を巻き込む。
前衛に立つ羽目になった芳紀は後方のアトスが唱えるコアギュレイトの時間稼ぎに専念した。しかし、オークのような蛮人以前の輩とは思えないほど完成された武術に舌を巻く一方であり、守勢に立たされた。芳紀は少しでも前に出て、後ろの遊兵にフリーハンドを与えたいと思うが、それも敵わない。
そして、剣から炎が消え、熱情も醒め、今まで軽かった身も途端に重くなったような錯覚に囚われる。魔法が切れたのだ。
今までは両刀でこつこつとダメージを与え続けてきたが、今では腕が圧倒されている。
それは後方も同様だろう。
だが、セーラ神の加護は失われていなかった。こつこつとコアギュレイトを抵抗され続けてきたアトスの願いが天に届き、金縛りの憂き目にあわせたのであった。
修道院の裏に運ばれたオークロードは一刀の下に斬って捨てられた。
「やれやれ、今回は木工で済む部分だから手伝いが出来る」
芳紀は破った鎧戸の修理に精を出す。
そして、アトスは──。
「これで大丈夫でしょう。 またうまい酒を造ってください。この前頂いたベルモットは最高でした」
と一同を代表して告げ、オークのプレートメールや装備一式をパリのエチゴヤで売り飛ばし、僅かながら現金を得たのであった。
重傷を負った者は修道僧に癒されるが、彼等では手の施しようもない瀕死の重傷を負った者達は修道僧のせめてもの心尽くしでパリの教会へ紹介状を書いてもらい、傷を癒してもらう事となった。
何度打たれても立ち上がる。
これが万夫不当の強者達の顛末である。
万夫不当──完───