●リプレイ本文
『怪盗3世へ
祖父の仇を討つチャンスを与える。
来なければ永久に臆病者と蔑むことだろう。
黒衣の狙撃手
クオン・レイウイング』
神聖歴1000年、1月10日、以上の文言の記された羊皮紙が、冒険者ギルドの壁に張り出された。
張ったのはクオン・レイウイング(ea0714)である。
彼は成果を確かめる暇も無く、慌ただしく彼は死んだはずの『ルノルマン』依頼の冒険に出立する事になった。15日に悪魔に関係した、生け贄を伴うらしい儀式が行われるというのだ、途中の情報収集を考えると急いで、急ぎすぎる事はない。
(話が随分と大きく成りましたが、自分の出来る事を確実にするだけですね、しかし強い敵とは美しいレディと踊る時より心が弾むかもしれません)
まるで『戦狂い』だと、自嘲するムーンリーズ・ノインレーヴェ(ea1241)は、冒険の一行の道程で出くわした小さな街の宿で──。、
「‥‥レディ、この辺りで、貴女のような美しい方が攫われたと、噂で聞いたのですが、本当でしょうか?」
ウェイトレスの瞳を真っ直ぐに見つめ、情報収集を開始する。傍から見ると只のナンパである。そしてほほえみ。
「‥‥できれば貴女をこのまま攫ってしまいたいですよ」
その言葉に、女性の周囲にいた人間の気配が、一種即発、爆発寸前になるのを感じ取ると一同、ムーンリーズは指を振って、ジョークですよと深みのある笑みを浮かべつつ。その殺気だった雰囲気の人々に話を聞く。
自分たちは冒険者ギルドの依頼で、誘拐事件の首魁を捜している事を包み隠さず話すと、彼らも怒りを静める。殺気だったのは当然で、彼らの知り合いの若い女性が行方不明になっていたのだという。
同じ住居に住んでいた訳ではないので、状況までは把握できていないが、2週間ほど前に扉の鍵が開けられたまま行方不明になったのだという。
さすがに女性の家に入れる訳にはいかないが、周囲の調査ならいいのではないか、と街の人々と話をつけて我羅 斑鮫(ea4266)が調べると、確かに鍵を外部から開けた痕跡が歴然であった。
その今ひとつの手際と『怪盗』の鮮やかな手並みを、頭の中で並べ、斑鮫はため息をつく。
(まいった『怪盗』の腕は認めていたし。闘いが嫌いだというあの態度、目標にしたいと思っていたんだが死ぬなんてな。未熟とはいえ俺達から逃げる腕の持ち主がな‥‥罠であろうが『怪盗』の名が出た依頼なら俺は退く訳にはいかぬ)
斑鮫は相手に浪人だけではない──同業者の匂いを感じ取った。
旅すがらに噂を聞く限りでは、神隠し的なケースは依頼書の通りの場所で起きているようだ。しかし、領主などの地位のある人物の家から誘拐されたという事はないという。
もしあれば、それこそもっと腕の立つ冒険者ギルドのメンバーか、領主か、その家臣のナイト位は動いただろう。
当てが外れた斑鮫であったが、厄介ごとの可能性がひとつ減っただけで、一同が助かる側面もあった。
(考えてみれば、下級貴族の集団だという百合十字で、共食いじみた真似は普通ないだろう。それに依頼書には、子供が掠われたとはどこにも書いてなかったしな)
音無 藤丸(ea7755)が斑鮫の手並みを拝見した後、宣言する。
「拙者は洞窟に向わせてもらう。どうも、胡散臭い匂いがしていけませんな。誘拐、生贄は『百合十字』とやらが本当に行う気がしそうですが、最良の生贄はノエル殿のはず。必要以上に騒ぎを大きくするのは危険と考えるべきなのに、騒ぎが大きくなるという事は、噂を流しノエル殿を捕らえる事が目的と考えるべきでしょう。
まして洞窟はヘインツの物となると、如何様な隠し通路、抜け道があっても、地図は無いと考えるべきでしょうね。
さて、悪事の証拠を見つけないと、貴族は簡単に容疑の網から逃げそうです。
さしあたり、監禁場所に紋章付きのものがあれば調査は可能でしょう。
後は現場証人を誘い込めればいいわけですが──これは若様が騎士団を誘う策は失敗した様ですので、無理でしょう」
「藤丸、人の心を読んだか」
「以心伝心と申します」
かたや、ベイン・ヴァル(ea1987)も人々に話には聞くが、旅をしながらの短時間、彼の頭脳では全ての者の人数は当然、人相風体を確認する事は出来なかった。、
一応の確認はしたが、紛れ込んだ刺客が居ても、正直対処は出来ない。
ともあれ、宿に泊まる一行。
「ノエル君、今回はあなたも狙われる可能性があるので行動には十分、気をつけてくださいね♪ でも、そのイヤリング可愛いわね☆」
ノア・キャラット(ea4340)はそう言って、ノエルを気遣う。
「そうですか? 女性を蔑視するわけではありませんけれど、男の僕がつけるより、ノアさんとかがつけた方がよく似合うと思いますよ」
話題に上がっている、ノエル少年の耳にぶら下がるは一対の紫水晶のイヤリング『権天使の囁き』。
かたや、城戸 烽火(ea5601)はノエルに冒険者の普通の装備(?)、ネイルアーマーを着込んでもらい、自分がノエルの僧衣を着るという策を打ちだしていたが、身長さが30センチもあると、形のいい脚が半ばむき出しになる。
(あんな格好、我羅様以外にはお見せ出来ませんわ。それに、ここまで身長が違いすぎては、人遁の術を使わなければ、影武者の意を成しませんわね)
一方、ノアの言葉にノエルは神妙に頷くと、皆の為にクリエイトハンドで飲食物を作り出していく。
横ではジィ・ジ(ea3484)が、孫を見る老爺の様な優しげな表情で見ている。先日の旅は、無償のノエルからの食物の提供を拒んでいたが、いかなる心境の変化があったのか、ノエルの作った飲食物を普通に受け入れる様になった。
「大丈夫です。ノアさん。ジィ・ジさん。僕が倒れては、仮にも天使として扱われたものとして失格です。みんなで笑って帰りたいと思ってます。誰も犠牲にはさせません」
「でもなぁ、ノエル〜、あんたが一番気ィつけろよ〜? 相手はあんたも生贄にしようと狙ってるんだからさ。お互い気を引き締めていこうぜ」
気さくに五十嵐 ふう(ea6128)がノエルの背中をどやしつける。
「まあ、天使っていうからには、ここから、翼でも生えてくるのかな? モノホン見た事ないけどな、天女の羽衣みたいなもんか?」
「ほっほっほっほ、ふう様、天使をじかに見た事がある者など、そうはおらないでしょう。まぁ、わたくしも教会の絵でしか拝見した事はありませんが。天使がジャパンで見たという話は聞いた事がありませんから、皆同じでございます」
ジィが取りなし、次に真剣な顔をノエルに向ける。
「とにかく、ヘインツ男爵の館近くの洞窟に入ったら、わたくしが片手をいつも握ってますから。非常事態と考えて下さい。御自身の判断が大事になります。その様な事の無いように、わたくしも心がけますが」
「ありがとうございます 僕は反対側の手で、いつもセーラ紳の加護を得られるよう、十字架を握っていますから」」
笑ってカレン・シュタット(ea4426)曰く。
「私もできるだけの事はさせて頂きますから。洞窟に入ったらあまり、出来そうな事はありませんけれど」
「では、それまでよろしくお願いします」
皆が胸に抱いているだろう一抹の不安をリーン・クラトス(ea7602)は敢えて、言葉にする。
「それにしても、今回も何ともおかしな依頼だね‥‥一体何がどうなっているのやら。まぁ罠だとしても、それに乗って真偽を確かめたほうがよさげだね」
そんな会話をしていると、宿の主人が控えめに一同の部屋のを叩く。
来客があったというのだ。ルノルマンと名乗る老人と、ジャパン人らしい少年がふたりだと知らされる。
「来ましたな‥‥」
呟くジィ。無言で頷くクオン。
蜜蝋が点された談話室で一同が集まると、
「人遁の術‥‥」
烽火が呟く。
そう、そこにいたルノルマンは姿は同じだが、明らかに別人のナイスミドルであった。残りのふたりはクオンとベイン、ジィ、ノアは以前に顔を見た、怪盗3世の仲間であった。
「成る程、ではあなたが怪盗3世でございますか。お目にかかるのは初めてでございますな、ジィ・ジと申します」
「如何にも怪盗3世だよ。呪文が解けるのに1日かかるから、当分はこの格好だけどね」
「貴方がそうなのね、あの人は強くて可笑しな人でしたわ。
初めて会った時は綺麗な花嫁さんですっかり騙されてしまったの」
初めてあった少年(?)に、思い出をアルルは語り出ながら、笑みを浮かべし──。
「でも深い愛をお持ちの方でしたよ」
──と締めくくる。
ブルー・フォーレス(ea3233)が疑問をぶつける。
「で、どうしてこんなややこしい事をしたのです? どうせ、最初から依頼はあなただったんでしょう?」
「そりゃぁ、犯罪者だから──しばらく、荒事をやりすぎたせいで、おじいちゃんから、下調べに徹底させられてね。聖遺物ならなんでもいい訳じゃない、って言われて」
ベインがうめく。
「どうりで最近、動きがないと思った。あからさまに妖しいと思っていたのだが‥‥やはり、来た事で真実は明らかなったか」
彼の言葉に返す怪盗3世。」
「──でも、おじいちゃんを弔ってくれてありがとう。そういう人を呼びたいと思っていたけど、さすがに怪盗3世は、パリのギルドでは犯罪者として顔も名前も知られているからね。そこでおじいちゃんの偽名のひとつを拝借した訳」
できるだけ、みんなに知られている名前をね、と怪盗3世は続ける。
「もっとも、おじいちゃん自身が自分の使った偽名をジャパンにいた十年の間に、かなり失念していたみたいだけど。ジャパンに住み着いて、引退するつもりみたいだったから。
まあ、おじいちゃんの話はさておき。この無口な連中が、水の精霊魔法使いの志士『大介』。夢想流の浪人の『五右衛門』。
「よろしく、な」
大介が懐から煙管を取り出す。
「拙者、なれ合いは好まぬ」
そっぽを向いた五右衛門が反発を示す。以前に冒険者とやり合った際、得意の抜刀術を入れても瀕死に追い込まれた事から、ライバル意識は隠せないようであった。
そこへ詠唱を始めたノエルを中心に淡い白い光が十字架に集中していく。
次の瞬間ルノルマンの姿は消え、十歳程度で、東洋系の顔立ちの中、緑色の瞳だけが異色を放つ、緑色の狩衣と四幅袴にクォーターブーツの少年が現れた。
「あの『怪盗』さんの事を思い出して心苦しいので、魔法を解かせて頂きました」
「ふーん、それが天使流の思いやりって奴? まあいい、僕の名が甲斐人。我流の忍者」
怪盗3世の言葉に ベインは厳かに口を開いた。
「失礼だが、初代は結構安直なネーミングセンスを持っていなかったか?」
「良く言われるよ、うん」
と笑顔を改めて、厳しげな顔つきにして怪盗3世。
「で、改めて依頼として、ノエル君だよね? の護衛と、位階アイテムの奪回。生け贄にされる『らしい』人々の解放、改めて、金貨6枚づつ。以上で、どう?」
金で買われる様で癪だが、と。割波戸 黒兵衛(ea4778)は、苦笑いしつつ受け取る。
「ユダの2倍も罪が深いな。銀貨60枚分か」
言いながら、ジャイアントのイワノフ・クリームリン(ea5753)は、どうせやる事は同じだ、と懐に入れた。
「大方の予想通り、掌の上で踊っていたわけ? それならとことんまで踊りましょう」
アルル・ベルティーノ(ea4470)の言葉に、ふうは踊りなら、あたしの専売特許だと言わんばかりに睨み付ける。
「では、話は決まったね、後は分担だけど──」
怪盗3世の言葉と共に夜は更けていった。怪盗の故事などを聞きながら、ノルマンでの怪盗とジャパンで引退を考えていた頃の彼とは大きな二面性があり、それが一同を興がらせた。
そして旅は終わり、怪盗3世らを引き連れてヘインツ男爵の館と、その背後に位置する洞窟を夜明け前に、丘の上から見下ろす一団。
少々、彼らが消耗しているのは、五右衛門相手の腕試し、達人級の相手『夜鳴き鳥』相手になるかどうかの振り分けが行われたからであった。
クオンとブルーは問題なくパス。ムーンリーズは──。
「‥‥役不足だと思いますが、絶対に此処は通せません‥‥そうノエル君の為だけじゃありません、美しいレディ達の為に」
「だからジャパン語って間違って伝わっているのかなぁ? 役不足は力量のある役者が、その力量に見合った役柄を与えられない事で、自分の力が無い事を言うのだったら、力不足じゃないの?」
怪盗3世の言葉に、ムーンリーズは笑いながら。
「ジャパン語には疎いものでしてね。では、力不足を認めて、私は洞窟の方に回りましょう」
カレンも人数の少ない方に陣借りしようとしたが、風の精霊魔法の実力が及ばず、洞窟に向かってくれと、頼み込まれる。
「意外と達人級の腕って少なかったなね」
ぼやく怪盗3世に──。
「そう居る者ではない。ちょうど、達人の卵はゴロゴロしているが、腕の格差は埋められない。孵化する前に踏みつぶされるのがオチだ」
──イワノフはメタルロッドを担ぎ直しながら、告げた後、ノエルに向き直る。
「この怪盗3世を巻き込む事も前提にした、救出作戦そのものが、大きな罠の可能性もあるが、その場合、賊の目的はノエル本人である可能性が高い。奪われないようにノエルも注意を払って行動した方がいいだろう」
「はい、イワノフさん、ありがとうございます」
その言葉に一瞬微笑むと、イワノフは洞窟に向き直る。
「行くか」
館を迂回して、洞窟に入る一団、そして、館に突入する一同に分かれる。
洞窟に向かった一同が見たそこはは松明で照らされており、光源は確保されていた。頻繁に人の出入りした痕跡がある。
「アルルさん、ブレスセンサーを習得されたのですね♪ 今回の作戦には欠かせない魔法ですね。
よろしくお願いしますね! 敵の増援や隠密がいた場合には指示してくださいね!」
ノアの言葉に、アルルがブレスセンサーで、生け贄達を探すべく呪文を唱える。
「生贄にされる前に早く見つけないと‥‥大気の精霊よ、息吹き生みし者を我に伝‥‥」
と、そこまで呪文を唱えた所で、緑色の淡い光が彼女に収束しかけて霧散した。
「失敗‥‥?」
「そんないきなり高位の術を目指さなくとも、こまめな術で‥‥」
「いや、これが私の精一杯‥‥ちょっとミスったけど、もう一度」
「あのぉ、ひょっとして10秒しか持たない見習いレベルですか? ‥‥みなさん、特に忍者の方、斥候をお願いします。アルルさんでは洞窟を調べ終わる前に、魔力が確実に尽きます」
洞窟はかなり深く、高さ、幅とも20メートル以上あり、かなりのボリュームを持ち、細かい分岐も多い。
一同は初級レベルの魔法に頼る事は早速諦めた。
数時間後。
「脱出の時に迷いそぅ‥‥」
アルルはジィから筆記用具を借りて、洞窟の分岐等を細かくチェックしていく。
ジィは汗ばむ手で、ノエルの手を握り締め、一同の中央で、慎重に奥深くに踏み込んでいった。
黒兵衛が一同にハンドサインで動きを止めるように合図を出す。
「人の声が聞こえる」
その声に斑鮫は印を組み、全身を煙に包ませる。
岩盤の上を、音もなく走った斑鮫は鉄格子の存在と、その向こうに居る者を確認する。素早く一同の元に合流すると、衛兵の不在の確認を一同と入念にする。
多分、内部に間諜の類がいるのだろう。
それが誰言うと無くコンセサスとなっていた。
アルルとノエルを中心に、一同が陣形を作ると、牢の中の住人──ざっと五十名はあるだろうか──を確認する。
リーンが一同に自分たちが冒険者ギルドの者であり、救出に来た事を告げると、押し殺した歓声が囚われ人の間から上がる。
「でも、その前に」
アルルは魔法のは対象を『連れ去られた者』『ヘインツと百合十字の仲間』等を使い分けて、ムーンアローをスクロールから放ったが、どちらも跳ね返り、対象が複数なのか、それとも存在しないのか──まるで判らない。もちろん、跳ね返った精霊力の矢は手傷となる。
「──おい、早く出してくれよ」
アルルの傷を癒やす、ノエルの姿を確認しつつ、囚われ人達は業を煮やした。
「まずいな」
静観していたベインは自分たちの印象がマイナスに傾き続けているのを見ると、急ぎ解放する必要があるのを感じ取る。
烽火が手慣れた手つきで、南京錠を開けようとすると、鉄格子越しにがきっとジャイアントに抱きかかえられる。
「な、何を?」
続いて、後ろの方でも女性の悲鳴が上がる。見ると、隠し持っていたナイフを彼女の喉笛に当てている男がいる。
「最低!」
ふうが凶眼でねめつけるが、せせら笑われる。
「残念無念でした。僕たちは百合十字の下僕、シクラマン」
ナイフを持った方がせせら笑いながら一同に宣告する。
「さあ、大人しく、その天使の小僧をよこしな、これで自分たちも、楽してズルして、幹部入り間違いないぜ、ヘヘヘッ」
だが、次の瞬間、黒く淡い光に包まれたノエルと、緑色の淡い光に包まれたムーンリーズとアルル。淡く赤い光に包まれるはノア。
「聖なる母よ、あなたの伴侶たる大いなる父の力をここに!」
「‥‥くっ、間に合って下さい‥‥舞い降りよ雷気」
「大気に宿りし精霊たちよ、煙と成りてこの場に集まり、我が敵を取り囲め! スモークフィールド!」
濛々と煙りが立ち上り、周囲がパニックに陥る中、ジャイアントに双条の雷が突き刺さり、ナイフが砕け散る。
「ノエル様ご無事ですな」
握った手の感触を感じながら、ジィはノエルに語りかける。
「はい、あの女の人は無事の様です」
「いえ、あなた自身の事です。魔法の効果を反転させる技?」
「でも、並び立つ神々とはいえ、大いなる父の力を使ってしまったのは‥‥」
「ノエル。それでも貴方は、前を向いて歩いて行くのです」
ムーンリーズが励ます。
「どんなに辛くても耐えるのです。どんなに悲しくても生きるのです。天使であろうと、人であろうと、それには変わりありません」
ザスッ!
3人の会話の次の瞬間、刃が肉に突き刺す音と、血臭を一同は感じる。怒りに燃えた斑鮫の一刀であった。
しかし、致命打にはほど遠い。
「烽火、無事か」
「少々手傷を負いました。不覚」
ジャイアントの腕を振りほどきながら、彼女は言葉を返す。その隣で煙が巻き起こり、黒兵衛の大ガマ──ガマ助が創造され、鉄格子に舌で乱打を浴びせている。
「どうだ、驚いたじゃろ? だが、これは単なるジャパンの風変わりな魔法に過ぎぬ、扉を壊すまで辛抱してくれ」
洞窟の間諜を掃討し、囚われた人々を解放した一団は洞窟を抜け出ると、戦いが繰り広げられている館へと急いだ。
残念ながら斑鮫の予想していた、貴族の子弟などはいなかった。
しかし、1階の鎧窓を突き破って氷嵐が吹き出してくる。水の精霊魔法だから五右衛門の仕業だろう。
「まだ、戦いは続いている?」
ふうが舌なめずりして、抜刀する。
「相手の腕がどれくらいか、判らないけど」
「魔法は確実に打撃を与えられますから」
と、カレンが繋げる。
「では、僭越ながらわたくしがバーニングソードを付与しましょう。スクロールは精霊との契約がない分、魔力の消費が大きいようですので」
ジィが一同の武具に炎を点していった。
「これで魔力は尽きた様でございます。後はノエル君を保護すべく、後方に捕らえられていた皆様と下がりますので、ご武運をお祈りします」
ノエルもジィがバーニングソードをかける片端から、グッドラックの祝福を施し、戦地に送り出す。
鞘ごと刀をへし折られた数人の浪人と思しき影が、館の付属施設である教会へと続いていた。
「ロックフェラーと北道め──さすがにやる」
イワノフが感嘆したかのように呟く。
廊下のような限定空間で、前衛の数をどうにか相手と同じ所まで追い込む事で彼らは『負けない』状況を保っていたが、相手が教会という広場に誘導された事で、前衛の少なさを直撃された。ブルーやカノンの援護もあって、どうにか戦線を保っている状態である。
しかしその視界の中、祭壇の下へと噂に聞いたヘインツ男爵──膝裏まで金髪を伸ばした華麗な人間の美青年。衣装の紋章からもそれと思しい──が何処へともなく逃げていこうとする。
ブルーは動きを牽制するように目の前に射撃。
当たる以前に、金髪をなびかせての怪盗ほど見事ではないが、華麗な体術でかわされる。
しかし、慌てず騒がず。
「動いたら次はあてますよ。この矢には毒が塗ってありまして当たれば致命傷ですよ」
毒矢を射る演技でハッタリをかける。
だが、元々、逃げる気満々なヘインツは尻に帆をかけ、逃走していった。、
追尾しようとアルルが魔法を発動させようとするが、それより早く、男爵は遠方に逃げたらしい。
志士かウィザードかは判らないが、夜鳴き鳥のひとりが教会の壁に魔法で穴を開けて、夜鳴き鳥残りの面々の撤退路を確保する。
最後に立ちはだかるはジャパン人らしい。クオンが立て続けに3連撃を放つが、それを立て続けに刀で払い飛ばす。
「だから、夜鳴き鳥は──これでもデビルバスターズなのに」
『悪魔より、人間の方が恐ろしい』
ジャパン語でその侍は呟いた。
「ならば一発必中!」
その一撃は受に入らず、急所をギリギリでかわそうとしたものの、それでも眼球を貫通し、脳に突き刺さる。
血の涙を流しながら倒れる姿に、空しいものの、勝利の実感を得たクオンであった。
残る『夜鳴き鳥』は8人。それがヘインツの百合十字の今回逃した手駒であった。
捕らえた手勢から、逃した8人の夜鳴き取りのメンバーに関して判ったのは──。
『天蔵』 リーダー格。示現流の使い手、攻守ともに、いつ繰り出されるか判らない恐るべきは葉太刀から繰り出される、パワーチャージであるが、チャージ、スマッシュ、バーストアタックという大技と、カウンターアタックという牙が剥かれている事だろう。
『焼尽』 長巻きを使う、ジャイアントの黒の僧兵。スマッシュ系の大技と、低レベルながら神聖魔法『黒』の内、ニュートラルマジックとロブライフを高速詠唱で織り交ぜて戦う。
『濡瑠』 流派不明。全身をすっぽりとフード付きローブで被った精霊魔法『地』と小太刀をコンボで使う相手。ウォールホールとグラビティーキャノン、ストーンアーマーを使い、小太刀での懐への進入を得意とする。
『智丸』 小太刀を二刀流で使うパラ。その太刀筋から二天一流と推測される。ブレイクアウトの崩しから、ダブルアタックとポイントアタックを良くする。
回避にも優れオフシフトも行う。
『赤吉』 佐々木流の野太刀を良くするジャイアントの巨漢。シュライクとバーストアタック、そしてスマッシュを使いこなす。
『理介』 北辰流の使い手、ソニックブームとフェイントアタックを主眼に攻め、オフシフトとバックアタックで全方位でも隙がない。
『十六夜』 夢想流の使い手。ブライントアタックの居合いとデッドorライブ、そしてカウンターの使い手。オフシフトも行使するが、生き残ったのはソニックブームからの遠距離攻撃、シュライクといった小技を使い分けているのが大きい。
『駆竜』 陸奥流の忍者。陸奥流の懐に入っての零距離からの膝蹴りをサポートする分身の術と、高い回避をオフシフト、疾走の術でカバーしている。、
『粋蘭』 華国の少林寺拳法をよくする黒の女僧兵。オフシフトを絡めた回避にも優れているが、得意技はカウンターにおいての両手利きのダブルアタックでの接近戦の掴みから、スープレックス、ホールドをストライクで増幅してのよどみない攻撃にある。
神聖魔法は使わないようだ。
この混乱ついでに怪盗3世の面々は、侵入ついでに力天使の調べも持って行ったという。
少なくとも竪琴は、ヘインツが所持していて判らない程の、大きさではない。
ともあれ、敵方の情報を整理した所で、冒険者一同が考える所では、衛士達に証拠品としてこの位階アイテムが管理されては今後の行動に差し支えるので、連絡を取る意志があって、尚かつ盗みという(悪魔崇拝者だろうが、冒険者が人の家から勝手に何かを持ちだすのは犯罪である)非合法な活動を行っている彼らが持って行ったのは、彼らなりの礼かもしれない。おそらく今度こそ最後の位階アイテムが手に入るチャンスだろうから、そう、好意的に取る事にしたのが大勢を占めた。
斑鮫が連絡を取るように、囚われ人に頼んでおいた衛士の集団が現れ、一同マイナス怪盗3世の一団は取り調べを受けながら、ノエルを手取りにしようとした罠を食い破ったのであった。
これがノエル最後の冒険に向けての顛末である。