●リプレイ本文
ロヴァニオン・ティリス(ea1563)はベルモットを開けた後、真摯な表情で──。
「時は神聖歴1000年、所はノルマン。経済観念すら歪む果てしなき海原へ愛船コメートを駆るこの男。
自称ノルマン最大の昆虫学者であり冒険家、ファーブル。
‥‥だが、人は彼をキャプテン・ファーブルと呼ぶ!
常識人の手にあまる、謎を秘めた恐ろしい大昆虫が現れる時、カンの灯台に光を灯す。それこそ、キャプテン・ファーブルへのコールサイン。
ファーブルと仲間達<ファーブルメン>は、今日も大昆虫の謎を解く為、コメート号と共に大海原へと旅立つのであった――。
‥‥っつーわけで、キャプテン来てくんねーかなー。キャプテーン! カァム・ヒア!!」
「いや、それにはカンまで行くのが前提でしょう」
ドクトル・ウィッグルズワースが丁寧にツッコミを入れる。
「そうか──カンの灯台か‥‥そこに行くまでの西への、道程と言えば、あれだ!
そぉこ〜にゆぅけぶぁ〜、どぉんなゆぅめも〜おぉわぁるとお、ゆうよぉ〜」
一同は耳を塞ぐ。
夢が終わるとは嫌な地である──。
──等という戯言をよそに、ミレーヌ・ルミナール(ea1646)と相談したジィ・ジ(ea3484)、井伊貴政(ea8384)がパリの街からシフール郵便を頼む。
内容はキャプテン・ファーブルことシャルル・ファーブルに『カンにコメート号で迎えに来て欲しい』というものであった。
大まかな到着日も記しておく。
南天輝(ea2557)は定期便のようなものが出ていないかの念押しを書面に盛り込むが、
「特別報酬って、悪くはないけれど‥‥。まずはお金よりも安全第一よね」
鷹揚な所を見せるミレーヌ。
それに対し、貴政はちょっとショックを受けた様な表情で──。
「特別報酬も何も、このウィッグルズワースさんの旅行費の残りがまんま、冒険者の収入となるわけで‥‥結構莫迦に出来ないでしょう? 後、この冒険を終えた後、打ち上げをやろうかと思っているので、その予算としても是非──」
「そうなの? それは楽しみね? 『島のまかないさん』って呼ばれていたのかしら? あなたって?」
「恥ずかしながら‥‥」
一方、ジィ・ジが出立前に一同を集めて──。
「さて皆様方、班分けですが。
先行班と、本隊の夜の見張り番の3交代制の班分けは以下の通りです。
ウィッグルズワース様にも御協力いただけると幸いです」
「ええ、それは構いませんとも」
ウィッグルズワースの言葉に、ジィは深々と腰を折って──。
「感謝の極みでございます。では、まず、先行班は──
井伊様、九紋竜様、スニア様としまして、残りは──。
見張り1班は──
ウィッグルズワース様、ベイン様、ルカ様、アルアルア様、後、不肖の身ながら、わたくしが。
見張り2班は次の方々にお願いしたいと考えております。
マリー様、ベイン様、ラックス様、コトセット様、ミレーヌ様。
残りは見張り3班ですが──。
シャルロッテ様、ロヴァニオン様、クレア様、南天様。
と、したいと思います」
苦笑いしながら、ベイン・ヴァル(ea1987)が重複分の自分の役割を聞かされる。
「徹夜が得意だが、帰りにキャプテン・ファーブルの船に拾って貰えれば、不寝番は免除してもらいたいな、正直」
「もちろんでございますとも」
そして、馬車(馬は自前のもの)をかり出し、カンへと向かう。
スニア・ロランド(ea5929)、井伊、九紋竜桃化(ea8553)の3名が急ぎカンに向かう中、カンより人の脚なら1日程、東へ行った街道筋で、この夏に怪しい頭巾を被り帯剣した、十数名の一団と黄昏時に出くわす。
それに対する対処は──いつも通りの冷静な表情でスニアのまま、頭から湯気を立ち上らせつつ、
「暑くて物事を深く考えられないわ‥‥」
「‥‥いえ、怪しさ大爆発ですって」
貴政がツッコミ返す。
「危険な道中の様ですが、心躍りますわ」
「いえ、それも十二分に危険な発言ですって」
続く桃化の言葉に、疲れる貴政。
ともあれ、桃化はフード越しにこちらを覗き込んでいる一団と睨み合いの状態になり、ふと合った視線から殺気を感じ取る。
「何用か? ことと次第によっては貫き通す」
周囲がざわついた。
「なーに、5人でひとりを捕まえれば良いんだ、丁度良い生け贄だ。男はおいといてな」
「皆さーん、平和主義という言葉を知っていますか?」
抜剣するローブの一団。
そこへ、凜と響く声。
「昇竜!」
突きかかる相手の攻撃に対する、桃化の返しからの突きが早速ひとりを葬り去る。
「怯むな! 数の上なら、こちらが有利だ」
そこへ、スニアの剣劇が浴びせられる。大技のない、外連味の無い剣捌きであった。そこに参入する貴政は、とんぼの構えから、一撃必殺の攻勢に出る。
ローブ姿の連中は一目散に逃げ出した。
「やれやれ、あれが噂の悪魔崇拝者というやつですか?」
ともあれ、貴政は後続の為に、危険の信号の証である赤紐を手近な木に結わえ付けておく。
その頃、ルカ・レッドロウ(ea0127)は馬車の上で佇むウィッグルズワースに対して、
「ヘイ、ドクトル。そのマンドラゴラってェのは、一体どんな代物なんだい?」
等と積極的に話しかけていき、依頼人を退屈させないよう気を使い立ち回る。
「はあ、マンドラゴラを煎じた薬は止血、安息、与活、湿布、解毒の全ての薬草の効果を同時に得ることができ、標準的な物は1本金貨十枚ぐらいで取引されています。もっともノルマンを探しても百本あるかどうか怪しいと言われるシロモノですから、このレートは眉唾物ですが」
御者役を自ら申し出、見事にこなしているアルアルア・マイセン(ea3073)が妄想に耽る。
(キャピーは確かに強暴だが、世の中には巨大な蠍や蜘蛛もいるらしい。
そういったインセクトとその所有者を一同に集めて、どれが最強なのかを競わせたら面白いのではないか──?
ジャパンでもカブトムシが最強だと誰が言った? クワガタが無敵だと誰が決めた? というフレーズが在るくらいですからね。
最も、最強は我がイギリスのインセクトでしょうけれど)
「ウィッグルズワースさんの好きなインセクトは何ですか?」
御者台から振り返りつつ、優しくアルアルアが尋ねる。
「やっぱり、素直に『パピヨン』ですかねぇ? 華奢な羽根、そして、その美しさの中に毒を持っているのが何とも──」
「毒ですか──?」
「毒です」
殊の外、マリー・アマリリス(ea4526)は万病を治すというマンドラゴラに興味を持っており、それをウィッグルズワースに対して隠そうとしなかった。
特に興味を持ったのが、強い習慣性をもつ物質の中毒者を解放しえるかどうか‥‥。
「入手方法ですか? こまめに土壌を調べる事ですね、としか言いようがありません」
「それで癒せるのは通常の病気レベルなのでしょうか、それとも酷い薬物中毒者をも回復するのか」
「さあ、薬物の種類にもよるでしょう──その質問からすると、人の人生を左右する様な事ですので、軽々しく請け負えませんね」
「なら、将来実験できるためにも、入手先と必要な金額と確かめたいです」
「値段は標準的なもので、最低金貨十枚でしょう。ルカさんにも言いましたが、最初に見つける事が困難ですので、そこから始めないといけないでしょうね」
コトセット・メヌーマ(ea4473)は後学の為にと頼み込み、ウィッグルズワースは、一同にマンドラゴラを見せる。
その外見は深緑色の土饅頭の様に見え、蘭に似た茶褐色の花をつけていた。地上に頭を出した瘤状の茎に、とがった細い葉を何本も生やした姿をしている。
大根の様に肥大した赤黄色の根は二又に別れてねじくれており、その姿は歪んだシフールの姿に似ていた。茎の中ほどに、くぼみの様な穴が開いている──もっとも、万病に効く薬の材料として有名な薬草である一方、地面から引き抜いた時に死と麻痺の咆哮をあげるというのだが。
「あまり、見て気持ちの良いものでは──」
「でしょう?」
コトセットは同意した。
「しかし、ワースさんは‥‥影が薄いっていうか何て言うか‥‥幸の薄そうな人だなァ」
その光景に、苦笑いを浮かべながらボソッと呟くルカ。
(どうにかして濃くできないものだろうか)
その時、ラックス・キール(ea4944)は貴政の残していった危険地帯の合図に鋭い目で気がついた。
早速、前衛陣の得物にバーニングソードを付与していくクレア・エルスハイマー(ea2884)。
ローリンググラビティのスクロールを傍らに置いての作業である。
いざとなれば、相手を空中に放り投げる覚悟であった。
だが、スニア達が戻ってくる。その傍らには見慣れた影が──。
「おや、キャプテン?」
キャプテン・ファーブルにロヴァニオンが気さくに声をかける。
シャルロッテ・ブルームハルト(ea5180)もその姿に‥‥。
「お久しぶりです。ん〜、ファーブルさんとお会いできるのも大似我蜂の件以来ですね」
「ん〜シャルロッテくんだったね。元気してた?」
「おい‥‥それより、何故、こんな馬車にドンピシャリと、まだ灯台に火はともしてないぞ」
キャプテン・ファーブルの言葉に、ロヴァニオンが返す。
「なーに、カン伯爵の依頼で悪魔崇拝者絡みの事件を調査していた帰りに美味しそうな匂いがしたので、コメート号のデッキに出てみたら、たまたま貴政くんが、昼ご飯を作っている最中だった訳だ」
灯台はスルーされたようだ。ま、偶然の為せる技である。これも運命か?
ともあれ、冒険者一同は先行とも合流し、コメート号を目指してオール川へと突き進む。
そこからは問題なく、ファーブル島に到着した。
ファーブルも初めて見るマンドラゴラを見て、素材として興奮し──それでもあくまでキャピーの餌としてしか認識していないようだ。
棒の先に着けて青い原色の大芋虫、キャピーの口元へとマンドラゴラを押しやる。
マンドラゴラを棒の先端ごと噛み千切り、咀嚼するキャピー。
「うーん、最近は元気が無かったんだけれども、どうやらこれは好物の様だ。もう少しあげたいけれど──残念だね。1本しかないなんて」
そして、貴政がコメート号で漁を行い、手に入れた新鮮な海の幸で料理を振る舞い。
一同の腹がくちくなった時、変事が起きた。
キャピーの見張りから、キャピーが下痢状の軟便を排出しているというのだ。
その報せを聞いて、目を輝かせるキャプテン・ファーブル。
「これは蛹になる前兆だ。体の中のいらないものを排泄しているのだよ──これもマンドラゴラの影響かな? さて、繭を作るか、そのまま裸蛹になるのか、これで正体解明に一歩近づけるぞ、うーん、穴を掘るかもしれないから地面もある程度露出させないとな?」
「ところで、論文を書いているって、伺ったのですけれど?」
シャルロッテが心配そうに尋ねる。
「なーに、論文はいつでも書ける。だが、キャピーの蛹化は多分一生に一度しか見られない。うん、これを見逃しては、インセクト学者の名が廃るというものだ」
こうして、大きな転回点を迎えたキャプテン・ファーブルの執筆作業であったが、冒険者達は次の仕事が控えている者もおり、慌ただしく島から飛び出していく。
キャプテン・ファーブルは、コメート号でそんな一団を、パリに送り届けると、そのままとんぼ返りでファーブル島へと帰っていく。
そして、キャピーの夏のメモリー、最後の幕が切って落とされようとしていた。
これが冒険の顛末である。