●リプレイ本文
各々がフォローし合い、冒険者達は2日目にはカンの城下についていた。
周囲を覆う林檎畑の目印とてない光景に、氷雨絃也(ea4481)は試験の主催者側に尋ねる事の無駄さを知り、言葉少なに薄い塩水の入った小樽を所望する。
だが、持ち込めるアイテムは自分のものだけと知り、仕方なしに保存食を持ち込む事とした。
ともあれ、夕刻前に冒険者達はキャンプを屋外で広げ、ウィザードを初めとした面々が、星詠みやカンの植生、飲み食いや応急手当に使える植物の講習会を始める。
ヒール・アンドン(ea1603)も──。
「‥‥野営に関してはあまり得意でないですし、丁度いいですね〜‥‥」
など言っていたが‥‥結果は、師となる者が側にいる間はともかく、いざ独り立ちしてやってみるには、余りにも悪い方向への不確定要素が大きいだけであった。
ヒールは聖なる母に祈る。
「‥‥全員、無事にこの試験に受かることを祈りましょう‥‥」
それでも、ムーンリーズ・ノインレーヴェ(ea1241)は呟く。
「‥‥絶対に全員で受かりますよ」
翌朝、一同はメルトラン・カン団長から訓辞を受けた後。目隠しをされた上で馬に乗せられ、様々な方角に向けて出立させられた。
城の周囲を周り、方向感覚を麻痺させた上である。
その中で、レティシア・ヴェリルレット(ea4739)は先程の訓辞での声の調子から、メルトラン団長と思しき相手に自分の思う仁を語ってみせる。
「初顔合わせだし、前回は試験内容らしいから暇潰しに答えを。
仁かどうかは知らねえけど、助けられる相手が目の前にいれば手はつくす。
最後まで、それだけは失くさないでいろってことじゃねえの?」
レティシアの言葉にメルトラン団長らしき声は懺悔するかのような──レティシアとはもっとも縁遠い口調で──。
「私もそう思っていた時があった。単に前線に立つ者ならば、それで済むだろう。しかし、大局を見る者として、ひとりを見殺しにして、百人を救うべきかどうか? その判断を迫られる局面が一度は訪れる事もあるだろう。私はその判断に誤って取り返しのつかないものを沢山失ってしまったが」
「俺はそんなの御免だね。両方とも助ける。正しいというだけで選べない選択だってあるんだから」
「そうだな──そうかもしれない。私には仁道の何たるかを語る資格はないのかもしれない──さあ、降りたまえ。馬の蹄の音が聞こえなくなってから、目隠しを取りたまえ、ここからが試験の本番だ」
遠ざかる蹄鉄の音。おもむろに目隠しを取る。
「‥‥そーいや、俺ってエルフだったんだな‥‥」
自分でも忘れていたが、こういう場所に来ると実感する。
森の民‥‥その自覚が深緑の空気が懐かしくなるくらいレティシアには気持ち良かった。
ともあれ、ダガーで下の枝を打ち払い、狼煙を上げるべく下準備。
「基本中の基本。摩擦熱」
基本ではあるが、それだけに体力を要する。
しかし、レティシアの体力では生木にいきなり火を点けるのは無理があった。
「こう、葡萄の蔓でもあれば、楽だったのになぁ? 探すか」
悩む間にも時は刻一刻と過ぎていく。
「いや、この森の植生からして葡萄の蔓を探すのは時間の無駄だね。俺は一瞬でも火が点く方に賭けるよ」
自分に言い聞かせ、手の皮がズリむけになるまで、レティシアは奮闘するのであった。そうなると、今度は手の器用さが活きてきて、何とか白いものが上がり始める。
「むう、太陽が見えん」
弦也は太陽の位置を頼りに進もうとしたが、自分が今、一体どこに向かうべきかも判らない。
太陽の位置を確認しようと、高い木に登ろうにも、途中であっという間に足がかりを失ってしまい、断念せざるを得なかった。
「──やはり、大道芸にも修練を積んでおくべきだった」
だが、迷う中にも、遠雷の如き音がする。
「俺だ! 氷雨はここにいるぞ」
喉が枯れんばかりの大音声で呼ばわる。
残響が森に吸い込まれた数分後、上空から甘い声が降ってくる。
「すいません、見つけるのに手間取りました」
上空からムーンリーズがフライングブルームに乗って訪れた。
「どうやら、狼煙の位置から察するにみんなカン城を中心に、円状にばらまかれたようですね。
どこか一個所に合流するよりも、カン城に集合した方が手早そうですから、狼煙の位置をピックアップして、各々に向かうべき方位を指示した方が早そうです」
「成る程。で、俺が向かうべき方角は?」
弦也は運良くムーンリーズの近場に居たため、手早く城に向かう事が出来そうであった。
その頃、少年神聖騎士シクル・ザーン(ea2350)はメルトランと出会っていた。
「丁度良いシクルくん。悪魔崇拝者達が動き出して、森の中といえども、安全が保証できない。試験は中断だ。私についてきてくれたまえ」
微妙な違和感を感じるシクル。
「失礼させていただきます」
クルスダガーを片手に呪文の詠唱にはいる。淡い黒い光に包まれて、周囲の森の息吹を感じる。だが、メルトランだけからはそれを感じなかった。
「あなたは誰です!」
アンデッドかデビルか、それともコンストラクトの類か、どちらにしろ通常の存在ではない事はシクルの胸の内で確定した。
だが、その声が響き終わるまえにメルトランであった者も片手で空中に印を切り、一瞬の内に黒い靄の様なものに包まれる。
一羽の飛燕と化し、その場から飛び去る影。
「少年よ。私についてきた方が楽だったのに、と悟る日も来るであろうが、今日はここで立ち去らせて貰うぞ」
捨て台詞に対し、シクルはクルスダガーを構えながら──。
「あなたが何であろうとも、大いなる父の導き以外に従う気はありません」
──ニュートラルマジックを唱える構えに入るが、呪文の射程外へと、燕は既に逃れていた。
「デビルなのかな──そんなに私は堕落し易そうに見えたのでしょうか?」
シクルは涙を貫頭衣の袖で拭いつつ、服を人が見ていない事を確認しつつ、脱いでクルスダガーと共に纏めると、ミミクリーの魔法で、巨大な鳥に化けて、周囲の位置を確認する。
「あれ、位置関係が判ると、カン城はそれほど遠くは無いみたいですね?」
それでも、魔法自体が初心者レベルのシクルの滞空時間は長くなく、数分で降りる。
「狼煙が最後に見えた様な気が‥‥もう一度、確認の為にミミクリー使わないと」
カイ・ミスト(ea1911)はその頃、靴底で穴を掘り終え。桃色の淡い光に包まれながら、見つけておいた立ち枯れの木の枝をオーラショットで打ち落として集め、それらを準備した上で、服の長袖を裂いて着火物とし、火を起こした所であった。
少しの間を置いて、大きな鳥が、狼煙の煙の周りを周回するように降りてくる。
良く見ると、何か布の包みの様な物を持っていた。
シクルであった。だが、カイにはそれが判らない。
鳥は降り立つと、服を着込んだシクルの姿に形を変じ(あくまで全裸だが、服を着込んだ形に変身しているだけである)。
「シクル、貴殿か?」
声をかけるカイだが、シクルは育ちの良さそうな顔を紅くして──。
「すいません、ミミクリーで変身しているけど、本当は裸なのです。ちょっと着替えてきますので、時間を下さい」
と、言って木陰に隠れ
、魔法が切れるのを待つ。程なくして、魔法は切れ、持ってきた貫頭衣を手早く着込むと、カイに向き直る。「城を見つけました。あちこちに上がっている狼煙を──」
ムーンリーズと同じような、解説をしようとすると、リュリュ・アルビレオ(ea4167)がフライングブルームで降りてくる。
「あ、ふたりもまとめて居たんだラッキーみたいなぁ? カン城の方位はもう判っているみたいだしぃ、上から誘導するけど、見えるかなみたいな」
「4、5人まとめていくのが理想ですけれど、みんなバラバラの位置に放り込まれた様ですから、この3人で行きましょう」
シクルが場を纏めると。一同は城近くに一番乗りするのであった。
しかし、リュリュは城の手前で引き返し、他のメンバーの先導をするという。
「せっかくカイから箒借りたんだしぃ」
「無茶はするなよ」
と、カイに声をかけられると、リュリュは碧と紫の瞳を輝かせながら、空に舞い上がる。
(前回は『仁』のアピールをし忘れた‥‥まずいな、どうしよう──。
まあ、途中参加の人もいるわけだし、挽回すればいいんだな。
それに、私は『仁』というものは行動に表われるもの、と思っている。なにしろ我らが目指すのは騎士団‥‥行動によって人々を守り導く存在なのだから)
未だ森の中の、オルステッド・ブライオン(ea2449)は、火打ち石を持って、この試験に臨んだが、如何にして火を起こすか、その明確なヴィジョンを持って、試験に挑んだ訳ではなかった。
しかし、戦場往来のプロフェッショナル。仲間に合図を送るべく、狼煙を上げる事は、呼吸をする様にやってのけた。
一方、ヒスイ・レイヤード(ea1872)は鷲に変身すると、手近に見えるオルステッドの起こした狼煙目がけて、羽ばたいていく。
空中から声をかけたい所だが、鷲の発声器官では人間同様の発音は無理、
(智とは、知恵=頭の働き‥‥どんな時でも冷静な判断は、必要になるはず、自分の考えにより、人の命も左右される時もあるしね? まあ、考えてついて、すぐ実行の行動力も必要になるけど‥‥)
思っている内に空中で、リュリュとムーンリーズに、鉢合わせする。
巨大な鷲に一瞬驚くリュリュとムーンリーズであったが掴んでいる品に、クルスダガーがあるのを認めると、ヒスイか、シクルだと納得する。
鷲は少し離れた地点に降り、そこで着替えた後、エルフの姿を見て、ヒスイだと確認。
ムーンリーズにオルステッドの先導を任せ、リュリュは残りの面子を探しに飛んでいった。
アルル・ベルティーノ(ea4470)はスクロールだけというか細い装備でやや不安げになりながら考える。
(『智』とは、本や冒険を通し培った知識『知』の本質を理解し柔軟な思考で場面に適した応用を効せ役に立ててこそ『智』だと思います。
試験に限らず、悪魔を相手にすれば知識だけじゃなく智恵が必要になるでしょう)
と、思いつつ、緑色の淡い光に包まれながら、スクロールのリトルフライを発動させ、梢を超えた所でライトニングサンダーボルトを以て、周囲への合図とする。もちろん、リトルフライが持つ間、周囲の狼煙を確認するのを忘れない。
カン城が予想外に近いのに拍子抜けしつつも、位置関係が判らない人にはどこに向かうべきかも判らないから、妥当な範囲の試験という事に自分を納得させ。
近くに上がっている黒い煙──我羅斑鮫(ea4266)の合図──目がけて、要所要所でスクロールを使いつつ合流。
開口一番斑鮫は──。
「少々待ちくたびれた」
「すみません、フライングブルームみたいな移動手段がないもので」
アルルの言葉に、斑鮫は軽く会釈し──。
「言い過ぎたようだ、気に病むな」
──と、返す。
「魔力を使いすぎましたので、ここからは歩きですけれど」
ふたりで歩きながら、斑鮫は──。
「『智』に関して居える事は俺の中では知識も必要だと思うが戦場の一瞬を生きる為のもの、『知恵』が重要だ」
と、普段になく、饒舌に語るのであった。
そして、森を抜け、ふたりにカン城が見えて来た。
風烈(ea1587)は焦っていた。落ち葉を集めて、狼煙の材料にしようとしていたのだが、この夏の盛り、そうそう落ち葉があるものではない。
そこで木に登り、近くの狼煙を探したのだが、見つけたのは黒く燻された斑鮫の痕跡のみであった。
しかし、カン城の位置は大体しか掴めない。
ともあれ、零から準備をするよりはマシと、で再着火を始める。 黒い煙が再び立ち上り始めた。
リュリュは、少々離れた地点に降りて──フライングブルームの上では激しい動作は出来ない──慎重に黒煙の元へと合流するのであった。
気がついた烈も、そちらへ意識的に気配を発しながら進むと、少女の影に拍子抜けする。
「リュリュか──」
列の言葉にリュリュは。
「烈ぅ? キミだったのぉ。斑鮫の合図が上がっているから、何かと思っちゃったぁ」
照れる烈。
「狼煙の上げ方が判らなくて、先人のものを利用しようとしたんだ。会えて良かった」
烈はへたり込んだ。
孤独の中、マリウス・ドゥースウィント(ea1681)は結論づけた。
(火打石ひとつ持って狼煙を上げられるかどうか。
全く湿っていない枝が見つからないと着火は難しい。
それを見つける技能や、生木に火をつける技能は持っていない)
代わりにマリウスは横笛を定期的に鳴らし、自分の位置を周囲に知らせながら森を探索する。
それにひっかかったのは、飛行組ではなく、ヒールであった。
「‥‥さて‥‥城までどれくらい離れているのやら‥‥」
彼は聞こえてくる妙なる調べにひょっとして、森の住人が──? と、思ってやってきたのであったが、結果はマリウスとの接触というシビアな現実であった。
しかし、森の中を黄昏時まで笛をかき鳴らすマリウスと、それに伴唱するヒールであったが、その甲斐あって、鷲に化けて飛んでいたヒスイに発見され、誘導のまま、カン城へと一向かった。
戻ってくる皆を、弦也がカン城の城門前で立っていた。
「もう、弦也ってば、全員が戻るまで、自分は試験に合格しないって言い張るのよ」
ヒスイが、マリウスとヒールに解説する。
「必ず来ると信じていたからな──」
錆を含んだ声で弦也が呟く、そこへ──。
「おめでとう全員合格だ」
──落日を背景にメルトランが一同に宣言する。
そこへ黒衣のシューが言葉を添える。
「しかし、団長殿に化けた、おそらく悪魔崇拝者が出てきますとはね。悪魔には自在に変化する魔力を持つ聞きますが、その力を貸し与えでもしたのでしょう、恐ろしい事です。ともあれ、今回の試験で合格者が出ましたので、発表を致します。
ベルティーノ、ブライオン、レイヤード、風。以上4名をカン伯爵領騎士団隊員見習いとして登用します。
アンドン、ザーン、氷雨をカン伯爵領騎士団正隊員として任命します。また、今回の悪魔との戦いの功を以て、ザーン殿には魔法の鎧をひと揃い下賜します。カン家のバイキング時代から伝わる宝物です。どうか、御武運がありますように」
「有り難く拝領いたします」
こうして、少年神聖騎士には魔力の籠もったプレイトメイルが与えられたのであった。
そして、これが最後の『勇』の試験の先触れである事を誰も知らなかった。
これが冒険の顛末である。