飛竜小隊訓練学科 〇二

■シリーズシナリオ


担当:なちか。

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:11人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月25日〜02月01日

リプレイ公開日:2008年01月29日

●オープニング

●風を掴め!
 やあ、調子はいかがかな? 諸君。
 前回は顔見せ程度という事で適正試験を受けてもらったが、合否などは特に設定されていない事はもう言ってあるね。
 さて、今回はひとつ君たちの空での腕前を見つつ、空戦で必要な『勘』を養ってもらう。
 ドッグファイターにせよ、ボマーにせよ、騎乗での弓や魔法を使うにせよ、風読みはグライダー乗りである君たちリトルワイバーンには必要不可欠。
 空には常に風の精霊が舞っているのは皆も知っている通りだ。この精霊たちはとても気まぐれでね、なかなか私たちの思うように流れてくれないものだ。
 この精霊の流れ、風の流れを読む事を、私は『風を掴む』と呼んでいる。
 風を上手くとらえて、グライダーの力を無理せず任せてやる事で無駄な魔力、精霊力の消費を抑える事が出来るんだ。つまり、風に乗って航続距離を伸ばすことが可能になるという訳だ。
 もちろんその風を掴めなければいつまでも精霊力や魔力がそがれてしまう。いざという時の機動力を確保出来ないなんて事になりかねない。

 ちなみに前回言い忘れていたかも知れないので一つ両手を離して行う技術に対しアドバイスをあげよう。
 これは乗馬などの技術と同じで、騎乗のセンスが使われる。特に弓などは騎乗シューティングを使って両手を自由にする事が出来るという訳だ。
 なお、礫などを使用する爆撃に関しては投擲センスが問われる事になる。片手で持てるサイズの礫であっても、遥か上空から的確に落下させ命中させられれば、これは非常に頼もしい戦力になる。
 しかし風の強い日や礫の重さ、そして高度などを各々の技術や『勘』で調節しなければならない。
 格闘戦では騎乗戦闘が基準となるので文字通り『空の騎士』というのも間違いではない。ランスチャージなどの一般的な騎馬戦とは一概に同様とは言い切れないが、空で戦うにはそれなりの戦い方もあるという事だ。

●オーバルエアレース
 さて、本日からの教習は低空のバランスと速度の両立を目指せ、という事で特別に設けられた全長の長い木をパイロンに見立てた『オーバルサーキットコース』で最高速を保持してもらう。
 限界まで速度をあげる為、単騎ならいざ知らず、同乗者を振り落とさないようにしなければならないぞ。
 全長の長い木とはいえ、この高さは航空機では超低空。ゴーレムグライダーはある意味精霊を推力にしているからこんな目視可能な高度でも飛び続けていられるが、天界などの航空機では失速してしまう事もある。そういう違いを考慮して、このごくごく低空のオーバルレースを体験してもらうぞ。

 さて、ここではこのオーバルサーキットコースの紹介を兼ねて私が飛んでみよう――。

 直線は思い切り限界まで飛ばせ。
 大きなカーブは、速度を殺さずに、直線へ繋げ。
 高度の低さに怯えるな。
 同乗者の事も考えろ。同乗者は自分の限界を覚えながら、操縦者を信じろ。

 パイロンとなる木のてっぺんには番号が割り振ってある。数字は読めるな、といってもよめなくとも基本は順番通りに並んでいる。コース上で交差したりする事はないから、読めなくともパイロンを『インカット(パイロンの内側に入り込んでの旋回)』さえしなければ問題無い。
 ちなみにパイロン代わりのこの木々の全長は約15メートルほど。一応庭師に調節してもらっているが、正確な数字ではない。目安として覚えておいて欲しい。
 この木の数は現在十二本。そのうち、九本がチェックポイントとなる。
 本来は全ての木をチェックポイントに設定したいところだが、先ずは君たちの高さ‥‥この場合は低さになるが、高さと速度の限界に挑戦してもらうぞ。

 高度が低いという事は地上の有視界飛行も同じ事、そしてそれは優良視力を持つ者にとっては非常に有効に働く。
 だが強烈な速度で旋回する事で全体のバランスを維持しつつ周回し続けるのは困難だ。過酷な空戦を勝ち抜く為にも日頃からの訓練で体を『空』に慣らす事が重要だろう。

●今回の参加者

 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4322 グレナム・ファルゲン(36歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4532 フラガ・ラック(38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb7875 エリオス・クレイド(55歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb7880 スレイン・イルーザ(44歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8378 布津 香哉(30歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb8388 白金 銀(48歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb8475 フィオレンティナ・ロンロン(29歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb9700 リアレス・アルシェル(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●サポート参加者

バルザー・グレイ(eb4244

●リプレイ本文

●それぞれの試行錯誤
 今回は交戦時というよりも、戦闘領域への移動での最大戦速や戦線離脱としての最高速など、意識を常に『飛ぶ』事におき、その限界を『体に覚え込ませる』事を主目的としていた。
 今回の指導ではそれぞれの個人限界を見極め、本当の意味で飛ぶ事の楽しさ、素晴らしさ、難しさ、そして『怖さ』までも同時に感じてもらう事になる――。
「風を掴む、かぁ‥‥」
 音無響(eb4482)は風を読む、という講義の内容からヒントを得て風読みを含む大型船舶の技術を習得していた。
「ふむ、なかなか面白い『選択』をしたね」
 ゲヲルグのその言葉に、一瞬、まさか間違ったのか、とドキリとさせられる音無。だが、彼は首を横に振った。
「いいか。君たちはゴーレムが何も人型やグライダー、チャリオットだけだと思っていはしないか? 大型船舶を習得した、という事は将来的には主力戦艦となるゴーレムシップやフロートシップの『副艦長』『艦長』への道、またそれらの『操舵手』――その可能性も拓かれた、という事だ。グライダー乗りというだけでなく、もちろん、ドラグーンだけでもなく、益々可能性に満ち溢れている」
「艦長、ですか?」
 それに、と付け加えて。
「風を読む‥‥『風を掴む』というのは実は簡単ではない。練習をはじめてみれば直ぐにわかるさ。例え今ここにドラグーンがあったとしても、君たちの感じている風とはまるで違うものの中に飛び込んでいくんだ。それはなぜか。ドラグーンは非常に大型のゴーレムだ。それが空を飛び回ったら――風の精霊の流れがそれによって大きく乱れるだろう。風の精霊たちの居場所を荒らす訳だからな」
「その風の精霊が乱れると、どうなるんですか?」
 風読みを持つ白金銀(eb8388)とこれから学ぼうとしていたスレイン・イルーザ(eb7880)はアトランティスの上空を流れる『空』を見上げながら、問い掛ける。
「ふふ、まあ、そうだな。ここで答えを聞かせても今の君たちにはまだ少し頭に入らないかも知れない。実際に飛んでみれば、どういう事なのか理解出来るさ」
 何度も空を駆けた事のある鎧騎士たちをまるで挑発するような言い方で、ゲオルグは妙に艶のある唇をくいと引き上げてみせる。

 いち早く練習に取り組んでいたのはエリオス・クレイド(eb7875)とベアトリーセ・メーベルト(ec1201)――だが。
「な、なに、これ‥‥」
 直線はいつも通りに飛べるのだが。そんなに角度がきつい訳ではないカーブ地点に差し掛かると、急激に内側にあるパイロンから引き剥がされるように外側に膨らんでしまうのである。
 だが、旋回中に更に調節しようとしても、一度受けた風を切り離すことが出来ない。そのままずるずると引き離されていくのが、パイロンという『目印』があってはじめて実感できる。今までの実戦で鍛えてきた現場仕込みの技術が『いつも通り』にいかない。
 自由に飛びまわっている時にはまるで感じなかった、空の狭さを覚え、その木々から見放される事で、今までの機動が無駄の多すぎる動きだった事が理解出来たのである。
 そして、速く飛ぶという事は大きなリスクも生じるという怖さも覚えたのである。
 フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)、リアレス・アルシェル(eb9700)の女性陣も、速度を保つ為にバンク角を深く保つ事に恐怖を感じて、思いきった飛行が出来ていない様子。
 また、布津香哉(eb8378)も先ずは慣れ、という事でびくびくしながらのフライトで。だが一方で天界で知ったこの『レース』の奥深さを、そして、意味をいち早く感じ取った一人だった。
 技術こそまだまだ半人前の域を抜けないが、ゴーレム操縦の真髄は『イメージ』――思いの強さだ。限界を超えるまではそのイメージが技術を上回ることが多々ある。

 龍堂光太(eb4257)、グレナム・ファルゲン(eb4322)、フラガ・ラック(eb4532)といったベテラン組も、やはり最初はそのコースと飛び方に迷いがあったものの、自分の腕を信じて度胸一発、高速域での強烈なバンクを体に染み込ませていく。
 しかし、深く切り込みすぎると逆にパイロンに接近しすぎてしまい、進入速度と脱出速度、そしてその高度バランスがよりストレートでの最高速を維持できる事を知りながらもそれぞれの『レコードライン』を見付ける事が出来ぬまま初日の練習を終えた。

●それぞれの限界と理想
 結局、布津、エリオスは予選でもまともに追いつけず、今の自分達の限界を知る事になった。ただ、自分の操縦で振り落とされないように空を飛び、安全に帰ってくる事だけを考える。
 だが、それでいいとゲヲルグは言う。先ずは己の『今』を知る事、そしてその先にある目標や理想をもう一度、自分自身に問い掛ける事が大切なのだ、と。
 出来うる限りの努力をしても、守りきれず、自身も傷付く事はある。だがそれは技術やレベルが『低いから』ではない。
 自分の技量を『知らない』事から来る場合がほとんどなのだ。
 実戦で戦った事のある面々からしてみれば、嫌になるほど理解出来るだろう。ゲヲルグは、それを言いたかったのだ。
 ただの円周をただ最速で周回し帰ってくるだけの事。それが、単純であればあるほど、その意味は強くなる。

 次にその最高速を得る為に、リスキーにならざるを得ないという事の洗礼を受けたのはスレイン、白金、リアレス、そして初日に『怖さ』を知り、どうしてもその最初の怖さが予選までに克服出来なかったベアトリーセだった。
 グライダーでの戦闘はある程度慣れている彼ら彼女らも、いざ高速で旋回態勢に入るとそのバランスと速度、高度調節という課題がなかなか克服できないでいた。
 また、このバンク角が、飛びなれている彼らにとっても『怖さ』に繋がっていた。
 普段、出来るだけ『安全』に飛んでいるという冒険者のリスク回避能力が少しだけ足かせになっているのかも知れない。
 生きて帰るという単純な理由では、こんなにも危険な飛び方はしないからだ。
 だが、それは逆に、単純な飛行能力では無意識にセーブして飛んでいるという事を思い知らされた。経験が無い訳ではない。
 だからこそこれまで生き延びてきたのだ。
「それでいい、ある程度慣れた者でも、『幾度』かは、必ずその壁にぶちあたる。高度の低さ、速度の高さ、そして自分自身に襲い掛かる旋回姿勢のきつさとそれにかかる体への負担。意識を理想に近付けようとすればするほど、『怖さ』と共にしなければならないんだ。空はいつも同じ空ではない。晴れの時も、雨の時もある、風が穏やかな時も、吹き荒れている時もある。そういう風の中でも常に安定して飛ぶ努力は、この短いコースで飛び回っている間にも変化する風の精霊たちの声を限界の中でも感じる事にある」
 怖がっているという事は、それは自身の意識は内側にある、という事。それでも風の声を聞くという事は、怖さの先にある『風を掴む』ヒントになるのだという。
 意識を、内側に向ける事無く、フラットに保つという意識のコントロールである。
 これは交戦時における『平常心』にも通じる事だという。
 現時点でここまでの超高速戦で戦えるグライダー乗りは国内ではほとんどいないだろう。だからこそ、仮にバのグライダー部隊などが強襲して来た時にこの高速戦で迎撃すれば、かなりのアドバンテージを取る事になるだろう。
 ただのレースと思う無かれ、非武装でも空を制するという意味では相当の腕と勘を養う事が出来る筈である。

 予選上位に食い込んだのは龍堂、グレナム、音無、フラガ、そして女性陣ではフィオレンティナ。
 安定した限界飛行という意味ではグレナム、フラガに分があったが、風を掴む、という『コツ』をいち早く感じ取っていたのは天界人に分があった。
 天界には風と一体になるという言葉が意外に一般的に普及している。『バイク』などのモータースポーツだけでなく、ランニングや『マラソン』といったフィールド競技でも使われているからだ。
 知識としても『空気抵抗』や『航空力学』――空力に関する知識は薄っすらとある為、風を読んだり、風を感じたり、そしてゲヲルグの言う『風を掴む』という感覚は意外と肌で感じることが近い存在だったのだ。
 結果的には、音無が予選一位で突破。二位以下はフラガ、グレナム、龍堂となった。フィオレンティナは惜しくも予選敗退となった。
「残念っ! でも風読み、騎乗センス、優れた視力‥‥これから色々身につけていかなきゃね」
 悔しさを覚えながらも、熾烈な予選バトルでも感じた『もう少し』感をひしひしと感じていた。
 もう少しああしていれば、もう少しあそこは詰められた、もう少し、もう少し。
 限界近い飛行を続けているうちに、終わってから振り返ると、夢中になりすぎてイメージを忠実にトレース出来なかった悔しさと、次こそは理想を飛べる! という気持ちがふつふつと湧いてくる。
「それが『向上心』というものだよ。悔しかろう?」
「はい! あと少し、もう少しなんとかなったはずなのに」
「うむ。その気持ちを忘れるな。その悔しさは必ず君を育てる。大事にしなさい」
「――はい」

●それぞれの決勝戦
 決勝戦を明日に控え、ああでもない、こうでもない、とミーティングをしているのは予選敗退組。本選出場組は明日の為に就寝していた。
「‥‥私達は戦闘をする為にゴーレムに乗るのであって、『体を『空』に慣らす事が重要』としても、実戦訓練で慣らせば良いことで。それなのにあえてレースをするって事は、この形式でしか経験できない事がある、ってことなのかな?」
「私は航空力学ってわからないんですよね」
「実は『スリップストリーム』等の技術を試してみたかったんだが‥‥」
「地球にいたとき見たことのあるレシプロ機でやるスピードレースに似ているが、グライダーでやるにはやっぱり厳しいな」
「空に慣らす‥‥。この一言は重要だな」
「これまでの助言に感謝しつつ腕を磨くとしよう」
「本選に残りたかったなぁ。あー、負けるとやっぱり悔しい!!」
 それぞれの思いが交差し、最後のフィオレンティナのこの一言が全員一致の答えだった。技術で負けたとは思いたくない。
 だから、余計悔しかった。
 だが、その悔しさが大事なのだと、ゲヲルグは言った。その言葉を、訓練生らはどう捉えるだろうか。

 翌日。やや風は強いが極度に冷え込んではいない。
 空は明るく澄んでいて、こんな日に大空を駆けたら気持ちがいいだろうな、と思わせてくれた。
「ベストなコンディションとはいえないかも知れないが、ここまで勝ち進んできた君たちだ。思う存分戦い抜いてくれ」
 四人の決勝進出者たちは皆、各々の思いの強さを持っている。どんな形で勝敗が決するのだろうか。
 果たして。

 グライダーの性能自体実に平均化されていない状態で全員が完璧に同じ機体を与えられている訳ではないにしろ、いくらグライダーの素材が木材だといっても、劇的な性能差という訳では決して無い。
 少なくともこの飛龍小隊訓練科が駆っているそれらはかなり性能が安定しているものを選んで持ってきていたので極端な不安定さを吐く機体はまず無いと言っていい。
 しかし機体の限界を探りながら、己の限界も突破する気で挑む彼らにとってはその少しの不安定さも時には命取りになる。
 だが、最後の最後はやはり自分と機体を信じて飛ぶしかない。
 他に何が必要だろう。信じる事を失くさなければ、不可能も、或いは可能になるかも知れない。
 ゲヲルグの言いたかった、このエアレースに隠された『意味』を。
 彼らは、そして、知る事になる――。

「いいか、よく見ているんだぞ。彼らの姿は、君たちの『イメージ』や『理想』に最も近い姿で飛んでいる筈だ。飛んでいる姿だけでなく、『風を掴む』という事も、今の彼らなら肌で感じ取れるかも知れない。速く飛ぶには、姿勢も重要だ。見ていると、わかるだろう? 美しい姿に見えないか。彼らは、風を、敵にも味方にも出来るんだ」
「風を、敵にも味方にも出来る‥‥」
 ゲオルグと訓練生たちは厳しい予選を勝ち抜いたファイナリストたちを見上げながら、確かにその流麗な体捌きと重心移動、そして強烈な最高速での風圧と旋回時の深いバンク角に見惚れた。
「あんなに深く角度をつけても、飛んでいられるのか!」
「むしろあの速度で曲がれるの? 同じグライダーであそこまで出来るものなの‥‥」
「一緒に飛んでいるとわかる部分と、こうして降りた目線で見るとわかる部分もある、という訳か」
 布津、リアレス、そして白金は飛んだからこそ理解出来るその上空の最高速バトルを目に焼き付けた。
 戦いは熱いスピードバトルに突入する。
 だが、やはり総合で頭一つリードしていたのは音無だった。彼はこの戦いの――最速の――その先にあるものを感じさせる為に開かれたものだと考えていた。
 ゲオルグの言う、風を掴む、という感覚に一番近い存在が今の音無だろう。
 時々だが、風と一体感を覚えることがあるという彼の『感覚』は間違いじゃない。だが、それは乗れば必ず得られるものではない。
 それも彼自身が一番よく理解していた。

 そして――。
 音無は一人、いや、その瞬間。回りの誰にもわからないが、有り得ない感覚を覚えることになる。
 最高速を叩き出すという事は、それだけ多くの風が体にあたり、ぶれてしまう。これが風圧だ。
 なのに、その瞬間だけは、風圧を感じるどころか、体全体を後ろから押されているような感覚に陥ったのだ。
「この感覚‥‥!」
 音無は、風と一体化した――。
 まるで豊かな柔らかい風の精霊に抱かれて、背中を押してもらっているような。
 その感覚はだが、次の瞬間、風の壁みたいな風圧と強烈な旋回負荷に阻害されてはっと目がさめるように目を見開く。
 最高速の向こうにあったのは、風の精霊との優しいコンタクトだった。だが、同時に、回りには何もない、ただ風と己だけがあった事を知るのだった。
「最速の先にはなにもない‥‥いや、空での孤独、風の抵抗がそう思わせるんだ、ある一瞬を越えて、風の流れを感じられれば、空を飛ぶことは孤独じゃない。ひょっとして教官はそのことを俺達に」

 レースは結局、頭一つリードしたまま逃げ切る形で音無がトップで通過。二位以下はまたも予選通過と同じフラガ、グレナム、龍堂の順で終了した。

 レースが無事終了し、高速飛行がいかに自分達に負荷をかけているか、また高速飛行では思った以上に自由に飛べていない事を知らされた訓練生達。また、その中で限界を高く保持する事で自身らの『安全域』の確保も必要である事を学んだ。
「今回の事をしっかりと自分達で吸収して、次に活かせるよう、励んで欲しい。今日はこれで解散だ。お疲れ様――」