●リプレイ本文
●予想外の来訪者
某月某日、曇り。
ゴロゴロと雷鳴が轟く黒雲が空を覆い、清々しい空気は微塵も感じられない。
今にも雨が降ってきそうではあるが、模擬戦はきちんと催されるようだ。
しかし、三度目とあって見慣れたはずの八卦谷に、見慣れぬ人物が二人いることを冒険者たちは無視できなかった。
一人は、若干の年齢を重ねながらも、青年の面影を残す未だ凛々しい中年の男。
もう一人はその男の娘のようで、剣の修行の時に着る様な胴着に身を包んだ、これまた凛々しい少女。
どうやらそれなりの立場の人間らしく、丹波藩主である山名豪斬とほぼ同じような目線で会話をしていた。
「あのぅ、豪斬様よう。そのお二人は一体何者なんでさぁ?」
「こらこら、あなたはもう少し言葉遣いってものを覚えなさい。豪斬様、よければ御紹介願えるかしら?」
伊東登志樹(ea4301)が挙手して豪斬たちの会話を止め、質問する。
とりあえず放置という仕打ちを受けていたので、南雲紫(eb2483)は伊東を嗜めながらも流れに乗った。
「‥‥そちもあまり変わらなくはないか? まぁよかろう。そちたちも名前くらいは知っておろう、河内の豪族、楠木正成殿だ。所用で丹波に来ておられたのだが、話の流れで模擬戦の見学に同席されることとなった」
豪斬に紹介され、二人は軽く会釈をする。
下々の者だと冒険者を見下すような素振りはなく、印象は悪くない。
「‥‥しかし、まさか楠木様が。これはまた話がこじれなければ良いのですが‥‥」
「どういうこと? 悪い人じゃなさそうなんだけど‥‥(汗)」
「えっと、ですね。確か楠木様は神皇家への忠誠心が非常に厚い方で、丹波が魔法技術に特化することを快く思っていないと聞いたことがあります。まぁ、志士としては無理の無い流れではありますが‥‥」
「丹波に来ていたのは、その辺りの件で苦言を呈しに来たのかもしれませんね」
志士である山王牙(ea1774)や御神楽澄華(ea6526)は、楠木正成についてそこそこの知識があるようだ。
それを聞いていた草薙北斗(ea5414)やベアータ・レジーネス(eb1422)には、どう考えてもいい方向に話が転がるようには思えない。
「とはいえ、今私たちにできるのは、これまでのように模擬戦に全力を注ぐことだけでしょう。ええ」
「御挨拶は後、ということでよろしいでしょうか?」
「そうしておけ。どうやら待ちくたびれた風が暴風になる手前のようだ」
「まぁまぁ、詩人ですのね☆ せっかくのペアなのですから、以前の事故は忘れてゆるりといきましょう♪」
「‥‥いちいち思い出させるな」
島津影虎(ea3210)が言うように、楠木氏が来たからと言って特に変更点はない。
ジークリンデ・ケリン(eb3225)は探りを入れる意味でも楠木たちと話をしておきたかったが、どうも五行龍たちがそうさせてはくれないらしい。
木鱗龍・森忌が準備運動を終え、今にも飛び掛ってきそうな気配を発しているのを、琥龍蒼羅(ea1442)は具に感じ取る。
ユナ・クランティ(eb2898)をはじめ、冒険者たちが振り返った先には、四匹もの五行龍。
確定だった金翼龍・刃鋼と木鱗龍・森忌の他に、火爪龍・熱破と土角龍・芭陸の姿があった。
『うぉぉぉっ、やっとワシの出番じゃぁぁぁっ! 登志樹ぃっ、模擬戦とはいえ手加減はせんぞぉぉぉっ!』
『森忌さん、やりすぎは禁物やからね。ほな、配置に着こうか』
『今回は俺らにも作戦があるぜ。北斗、そう簡単に勝てると思うなよ?』
『やれやれ‥‥お知り合いが多いので小生は気乗りがしませんがね‥‥』
「双方、準備はよいな? それでは、始め!」
冒険者と五行龍全員が所定の位置に着いたところで、山名豪斬が号令をする。
さて‥‥河内の楠木正成は、これを見て何を思うのだろうか―――
●突撃
『いよっしゃぁぁぁっ! いくぞ芭陸ぅぅぅっ!』
『‥‥御随意に』
「なっ!? なんだぁ!?」
開始直後、ジークリンデがフレイムエリベイションを発動。
それとほぼ同時に、森忌が芭陸の巨体を掴んで空へと舞い上がる。
その真意は量りかねるが、呆けてもいられない。
二人一組でペアを組むフォーメーションを取っていた冒険者たちは、どう動く?
「仕方ない‥‥まずは地上の熱破を黙らせる。遠距離攻撃ができるペアは援護を頼む!」
「多少焼かれても‥‥体勢を崩せれば!」
「俺たちの出番か。ユナ、行くぞ」
「お任せですの♪ 私のウェザーコントロールのスクロール、無駄にしないでくださいませ☆」
念のために言っておくが、開始直後の冒険者と五行龍たちとの立ち位置には少し距離がある。
例えるなら、片方が突っ込んでも魔法の一つくらいは詠唱できるような距離だ。
『刃鋼のアネキの作戦通りだぜぇぇぇっ!』
突如炎に包まれた熱破は、高速で飛翔し、南雲、御神楽、琥龍、ユナに体当たりを仕掛ける!
「がはっ‥‥! ふ、ファイヤー‥‥バード‥‥!?」
「そ‥‥んな‥‥! 三方めの‥‥空飛ぶ、龍‥‥!?」
「くっ‥‥し、質量が‥‥違い、すぎる‥‥!」
「つ、潰されますの‥‥!」
『五行龍で飛べんのがアネキと森忌だけと思うなよっ!』
そう、熱破はFバードの魔法で突撃し、烈火の如きスピードで四人を攻撃。
5メートルを越える大質量の物体がそんなスピードでぶつかってくれば、Fバードのダメージ自体はさしたるものでなくとも、人間はただでは済まない。
草薙だけはこの可能性に気付いていたようだが、芭陸が森忌に持ち上げられて空へという異常事態を前に警告が遅れた。
『続けて行きますよ。小生の頑丈さは御存知の方が多いはず』
「ま、まさか‥‥自由落下!? 嘘ぉ!?」
「あっ、てめ、北斗! 一人だけ‥‥のわぁぁぁっ!?」
「こ、これは‥‥避けられませんね」
「ストーム‥‥間に合わ―――」
森忌が芭陸を放り投げるようにして冒険者たちにむけて芭陸を投下、10メートルくらいはあるその巨体そのものを武器として押しつぶしにかかる。
高いところから落下するのに慣れている芭陸自体は全然ダメージが無いが、落ちる・転がる・轢くという三段活用に対し、草薙は高速微塵隠れで逃げたが、伊東、島津、ベアータは避けられず轢かれた。
回避が優れている島津といえど、上空から太い丸太が転がってくるような場面では如何ともし難いということか。
「た、体勢を立て直さないと危険です。ファイヤーボムを‥‥」
「‥‥駄目です。こう乱戦状態になっては、高威力版だとしても味方を巻き込みます!」
『せや。ずっとやられっぱなしやったさかい、ちょいと本気で作戦練らしてもろたんよ』
自分たちの真上にある気配に気付き、山王とジークリンデはぎょっとして空を見る。
すると、見えたのは刃鋼の姿ではなく、自分に迫る紫色の翼だけ。
次の瞬間には弾き飛ばされ、山王はともかくジークリンデにはかなりのダメージになったようだ。
『最後はワシじゃぁぁぁっ! 小僧、いつもいつもチョロチョロできると思うなぁぁぁっ!』
一行の中で唯一無傷の草薙に対し、森忌は鋭い爪をギラつかせて突撃する。
すでに芭陸の体当たりを回避するために忍術を使ってしまっている草薙は、真上からのこの攻撃を避けられない!
「うわぁぁぁっ!? ごほっ、ごほっ‥‥! つ、強い‥‥!」
『単純な力押しなら、体躯の差でウチらの方が圧倒的に有利や。今までそっちの出方を伺ってばかりで失敗したさかい、今回は先手必勝を仕掛けさせてもろたんよ』
今回の五行龍側の連携は、刃鋼・森忌・熱破を含めた、四匹以上の構成でないと使用できない。
彼らの場合、1+1=2という計算式ではなく、二体で四倍、三匹で八倍というような倍々の計算式なのかも知れない。
そして。
『みんな、手ぇ休めたらあかん。油断は付け入られる隙を生むだけや』
『おうよっ! 前回やられたカリは返すぜぇぇぇっ!』
『まぁ、刃鋼姉さんの御指示とあれば』
『どうしたチンピラぁっ! 根性見せんかいぃぃぃっ!』
戦場にそびえたつ、四体の精霊龍。
言葉を身につけ、知恵をつけ、感情を抑制することができるようになった特異な個体。
しかも今回は意表を突く『全員で空からの攻撃』を繰り出されたのだから、如何ともし難いか。
とはいえ、冒険者もこれで終るわけには行かない。また、終る面々ではない。
「このまま終るものか‥‥!」
「まったく、レディの扱いがなってませんわ☆」
突撃してきた森忌に対し、琥龍がヘブンリィライトニングで、ユナがアイスブリザードで応戦。
『ぬぅっ!? じゃが―――』
流石の森忌も怯んだところに‥‥!
「バッチリだぜ、相棒(ベアータ)! 俺たちのチンピラ魂は、天をも貫くんだよぅ!」
「誰がチンピラですか」
ベアータのストームで空に向けて打ち上げてもらい(!)、森忌の鼻先に現れる伊東。
身体を捻り、手にした日本刀で一撃!
『くぅおっ! だが、そうでなくては面白くないわぁぁぁっ!』
「瑞鶴、伊東殿の救助を。あのままでは頭から落ちます!」
御神楽はペットのグリフォンに命じて伊東を補助。
しかし、地上も地上で危険である。
『流石御神楽さん、良い判断です。ですが‥‥』
芭陸が体当たりをしようと御神楽に迫る! しかし、そこはこのメンツ。
ゴウンッ、と爆音がして、ジークリンデの放ったマグナブローが今回も芭陸を捉える。
ふらふらでもこんな高威力の魔法が飛ばしてくるのだから、ジークリンデは恐い。
『やっぱりあんたは先に叩かんとあかんねぇ』
「‥‥やらせませんよ、刃鋼様‥‥!」
再びジークリンデに振り下ろされる刃鋼の翼を、山王が代わりに受け止める!
流石に弾き飛ばされはしたものの、ダメージは無しだ。
「刃鋼‥‥やはりお前を落とさなければ話は進まんか‥‥!」
『させっかよ、紫髪ぃぃぃっ!』
「させないのは、こちらも同じです!」
『あぁ!? 焼かれンの覚悟で接近戦たぁな! 面白ぇぇぇっ!』
「火の志士‥‥灼火剛煉刀の名を穢さない為にも!」
刃鋼に向おうとした南雲をカットしようとする熱破だったが、それを御神楽がカットする。
発火能力でジリジリダメージを受けつつも、御神楽は退かない!
『ならワシが手助けするまでよぉぉぉっ!』
「くぅっ!? 蒼羅の策を、逆手に取られた‥‥!?」
上空でヘブンリィライトニングを使った森忌。次なる狙いは再び草薙のようだが、ここで‥‥。
「やめい。今回はここまでだ」
山名豪斬の静止が入り、模擬戦第三戦は終了となったのである―――
●楠木の意見
「実に遺憾ですな」
「‥‥何? どういうことだ、楠木殿」
見学してみての意見を求められた楠木正成は、開口一番そう呟いた。
「精霊魔術を禁忌とするはジャパンの定法。神皇家の許しも受けず、都より最も近い隣国である丹波の藩主が、精霊や魔法使いを間近にひきいれ、しかも公言するような所業を繰り返す。山名にその気無くとも、世間は神皇家をないがしろにしたと見ましょう」
「言うのう。では問うが、仕官もできず野に身を落としている魔法使いはどうすれば良い? 魔法は果てが無い。他国と往来自由となり、冒険者が渡って来てよりわずか数年で天下は変わった。これからも変わっていくは自明の理‥‥余は神皇様も魔法技術に優れた者も、両方とも救いたいだけだ」
「愚かな。山名殿、それは驕りですぞ。変革の時ならばこそ、神皇様を第一に考えるが臣下の務め。それを、かくも傍若無人な振る舞いが世が乱れる元と、何故気づかれませなんだか」
模擬戦前とは変わり、緊張感の張り詰めた妙な雰囲気になっていた。
正直、冒険者たちにはどちらの言うことも理解できる。理解できるからこそ、豪斬のフォローにも回れない。
お偉方の舌戦が続くかと思われていた、その時である。
「‥‥もうよい、おぬしでは話にならん。正成殿、そなたの率直な意見を聞かせてもらおう」
一瞬、場の空気が固まる。
豪斬は、明らかに目の前の凛々しい中年男性と話していたはず。
それなのに話にならないとか率直な意見とか、冒険者たちにはさっぱり意味が分からなかった。
と、そこで口を開いたのは‥‥。
「意見も何も、こいつの言ったことはあたしの意見と同じよ! 何よ、分からず屋!」
「なっ‥‥どちらが! 河内の英雄などと呼ばれるようになったから少しは変わったかと思ったが、昔から変わらんな、お前の強情さも! 嫁の貰い手はおろか、婿に来る輩もいなくなるぞ!」
「ふんだ、お生憎様! あたし、結構モテるんですからね! 豪斬様こそ、そんなんじゃお嫁さんをくれる豪族も大名もいなくなりますよーっだ! ばーかばーかばーか!」
突如、歳相応の若者の痴話喧嘩らしきものが展開され、一同は呆気に取られた。
つまり、なんだ。楠木正成というのは、中年男性のほうではなく、娘と思われていたこの少女の方ということか?
後に聞かされたことだが、男子に恵まれなった楠木氏は、仕方なく女の子に正成と名をつけ、お目付け役を傍に置くことで世間の目を誤魔化していたらしい。
まぁ、正成本人は隠していることを快く思っていないらしいが。
「とにかく、もう一回くらい監視に来るから覚悟しなさいよね! べーっだ!」
「まったく‥‥じゃじゃ馬め!」
喧嘩別れをするようにして帰路に着いた楠木正成。
豪斬も溜息をつき、冒険者と五行龍に労いの言葉をかけてから去っていったのだった―――
●忍者二人
「ちょっと毒気抜かれちゃったけど、一応調べてみよっか。備えあれば憂いなしってね♪」
「これも立派な後始末。模擬戦で無理をせず、余力を残しておいて正解でした」
楠木正成(とそのお供)を尾行している草薙と島津は、耳を済まして正成の台詞を聞いてみようとする。
何やらブツブツ言っているようなので、集中しないと聞こえない。
よくよく聞いてみると‥‥。
「‥‥豪斬様の馬鹿‥‥心配して言ってあげてるのに。そのうち、本当に立場無くしちゃうよ‥‥?」
「正成様も、素直にそう言って差し上げればいいものを」
「そ、そんな恥ずかしいことできるわけないでしょ!? いいの、あたしと豪斬様はあんな感じで丁度いいの!」
「やれやれ‥‥どっちもどっちですな」
「うるさいうるさいうるさーいっ! 給料下げるわよ!?」
ずるっ。
思わず木から滑り落ちそうになる草薙と島津であった―――