●リプレイ本文
●説法
「『悩みも苦しみも無い怠惰な世界』ねぇ。住みやすそうだなぁ」
「そ、そうでしょうか? 全てが満たされきってしまったら、それはそれでつまらないような気がしますけど‥‥」
「しかし、昔の記録を元に探索かあ。考古学者としてはそれだけで大いに興味があるね」
某月某日、曇り。
冒険者一行は、チームを半分に分けて行動していた。
即ち、鷲尾天斗(ea2445)を始めとした、六道珍皇寺にて説法を受ける&調査する班と、先に現地へ行って洞窟の近辺を調べるなり別方向からのアプローチを試みる班である。
こちらの説法を聞いた班は、後から急いで合流するわけだ。
白いロングヘアーが巫女服に映えるメリア・イシュタル(ec2738)にしても、やたら明るい考古学者のクリス・メイヤー(eb3722)にしても、説法そのものが理解できているかは怪しいが、とにかく『六道』という思想が実在したらとてもヤバいものであろうことは理解した。
「皆様、そろそろお暇しましょう。こちらで入手した情報も、先行されている方々にお伝えしないと‥‥」
御神楽澄華(ea6526)が先を急ぎたがるのも無理は無い。
前回餓鬼道を実体験している身としては、どんなアクシデントで先行班が六道に囚われてしまうかわかったものではないし、仮にそうなって手遅れになっては泣くに泣けない。
六道珍皇寺の住職に伝えられてきた口伝、『黄泉路に挑んだ陰陽師』の話が妙に引っかかったというのもあるのだが。
「そのお話に出てくる陰陽師というのが、六道辻を作った立町さんだとしたら‥‥えっと、どうなるのでしょう?」
「黄泉路に挑んでどうなったのか、何故そのことがこのお寺にだけ伝わっているのか‥‥おいらワクワクしてきたぞ!」
「気をつけて行きなされ。そうそう、タカ‥‥テント殿」
「わざわざ言い直してまで期待に応えてくれなくて結構だ!?」
「すまん。天道攻略の鍵は、『自分の中の譲れないもの』じゃろう。それが何かは、おぬしたち次第じゃ‥‥」
住職の色んな意味での気遣いに頭を下げつつ、一行は丹波藩を目指す。
譲れないものを、各々心の中に思い浮かべながら―――
●先行
「よし、これで荷物は全部だ。残りの連中が来ればいつでも突入できるぞ」
「んー、結局周囲に変わったところは無しね。あまり期待はしてなかったけど‥‥」
こちらは、丹波藩南東部の封印司洞に先んじてやってきた四人である。
パウル・ウォグリウス(ea8802)がその力と体力を活かして荷物の運搬や準備作業を進め、すっかり準備を整える中、レイン・フィルファニア(ea8878)たち他の三人は洞窟周辺の調査を行った。
中に入るのは危険だから‥‥という判断からなのだが、やはり周辺に異常は見当たらなかった。
「結局、またあの薄気味悪い空間に行くしかないということか。天道‥‥悩みも苦しみも無い世界。具体的にはどういう世界なんだ?」
「満たされ変わらぬ世界というと、一見よさ気なものに見えます。しかし不変の場所というのは人が生きる場所としては出会いも新しい可能性も生まれてこない凍りついた空間でしかなく、偽りの理想郷と言えるでしょう。ですから天道もまた『苦しみ』の世界といえます」
シグマリル(eb5073)が投げかけた疑問に対し、僧であるため六道への知識もそこそこある琉瑞香(ec3981)は、全員に注意を促すように説明した。
悩みも苦しみも無いことが苦しみ、というのも妙な話だが、六道辻が狂気を含んだ術である以上、否定はできない。
「不変、ね。俺の侍魂も不変だと言いたいが、そういう『信念』とはまた違ったものってわけか」
「無気力とか倦怠感も、私の性には合わないわね。楽しくなるために全力つくして、でも実際みんなが楽しんでる間に疲れて何も出来ないなら倦怠感もいいんだけどさ。タダで倦怠感貰うのは勿体ないわ」
「‥‥心構えはできた。要は『自分が何者か』を忘れなければいいのだろう。あいつらにも話しておくべきだな」
シグマリルが指差した先には、説法を受けに行った班の四人の姿。
合流した一行は、情報交換がてらの休憩を取り、六道辻に挑みゆく。
丹波藩に宛てた調査依頼の返答が返って来るのは、まだ先のことだと知る術もなく―――
●天道
そこは、まるで極楽浄土であった。
各人、天国に対するイメージに微妙な差異はあろうが、『もし天国があればこんな場所だろう』というツボのようなものをすべて内包した空間。
即ち、洞窟内部で意識を失い、再び気付いた時に倒れていた場所‥‥『天道』。
空気は澄み渡り、緑に満ちた木々が並び立ち、小川のせせらぎが耳をくすぐる。
空は雲一つ無い晴天だが、暑過ぎず寒過ぎずの絶妙な日光が降りそそぎ、立っているだけで満たされたような気分になれる不思議な空間であった。
およそ前回の餓鬼道とは正反対と言えよう。
「はー、こいつは凄い。何がなくとも幸せになれそうではあるなぁ」
「しかし、ここはあくまで六道辻によって造り出された偽りの空間です。私たちが取り込まれてしまわないうちに、突破する方法を考えないといけません」
「それはそうなんだがな‥‥辺りに人の気配が無い。鳥なんかはいるようだが」
鷲尾をはじめ、目の前に展開された空間に目を見張るものは多い。
御神楽の言うことは正論なのだが、パウルの言うように見回しても人はおろか建物らしきものも見えない。
大自然の真っ只中に放り出された現状では、どうすればいいのか見当がつかない。
「倒すべきターゲットらしきモンスターもいないみたいですね‥‥。とりあえず移動してみませんか?」
「そうね。ボーっとしていたらそれこそ思うツボって感じがするし」
「いよっし、探検探検! 努力あるのみだっ!」
結局、メリアの発言に異論は出ず、一行はとにかく移動を開始。
人里とは言わないまでも、家の一軒でもいい。もしくは、説法で聞いた『天人』という生物でもいい。
レインが先ほど言ったように、ボーっとしていないだけマシなのかもしれないが‥‥このままではあまりに無為だ。
最初の異変は、意気揚々と探検に勤しんでいたはずのクリスに起こった。
「‥‥クリスさん? 些かはしゃぎ過ぎのように思われますが、どうかないましたか?」
「んー、別に? ただ楽しいだけ。探検っていいよねぇ。楽しいよねぇ!」
「‥‥目的がズレていないか? 探検はあくまでここを突破するためのものであって‥‥」
琉やシグマリルが言い聞かせようとしても聞く耳持たず。
あれが珍しいこれが珍しいとせわしなく動き回るクリスに、一行は薄ら寒いものを覚える。
それはクリスが妙な行動に走っていたからではなく、思い返せば自分たちも『いいところだな、もう少しいてもいいかな』というようなこの世界への好感触を持っていたことに気付いたからだ。
しかし、その『薄ら寒いもの』すらすぐにどうでもよく思えてくるこの感覚‥‥決していい傾向ではない!
「くっ‥‥まずい、手がかりすら入手していないのに! こうなれば‥‥!」
御神楽は持っていた小太刀で、軽く自分の左手に傷を付け、正気を保とうと試みる。
が。
「ふあっ‥‥! あ、あわわわ、わ、私としたことがなんという声をっ!」
妙に色っぽい声を出し、それに自分で驚いて正気に返った。
「‥‥ちょっと、御神楽さん? 自分を刺したのにどうしてそんな声を‥‥っていうかどうしてまた構えるのよ!?」
「えっ!? あ、いえ、その‥‥もっと深く刺したら、もっと、その‥‥ごにょごにょ」
「おっと‥‥これは酷い。どうやら苦痛を快感に変換してしまうようになったらしい。みんな、苦痛を発生させるような真似はやめるんだな。違った意味で深みにはまるぞ」
かく言うレインやパウルも、自分の中の異変を感じ取っている。
空腹が満腹感に、疲労が充足感に摩り替わる。
その癖、自分の持つ心地よい信条‥‥パウルの侍魂やクリスの探究心も増幅されてしまう。
いいことは更によく、悪いことはよいことに感じてしまう‥‥このまま天道に身も心も侵食されてしまったら、まさに悩みも苦しみ無い世界に感じることだろう。
「うーん‥‥なんだかどうでもよくなってきちゃいました。ごみごみした世界より、ここの方が居心地がいいです‥‥」
「うぉぉーいっ、メリア! 地味にはまってんじゃねぇ! っていうか、どうやら最初に『天道に抗う、負けない、折れない』って決意の固かったやつほどやられやすくなってるみたいだなぁ」
「む‥‥では俺たちは」←太鼓持参で踊る気満々だった
「暫く大丈夫かも知れんなぁ。はっはっは」←遊ぶ気満々だった
とりあえず天道の流れに乗る気満々だった鷲尾やパウルは影響が薄いようであった。
「アホかっ! 結局はいずれ天道に取り込まれることになるんだぞ!」
シグマリルの一喝も、天道に侵され始めた七人には心地よく感じる。
このまま時間だけが過ぎれば、遠くないうちに一行は考えることすら止めてしまうかもしれない。
かと言って、攻略の糸口も見出せていないのに、どうしろというのか。
諦めることすらよいことに思えてくるこの天幻の世界‥‥それを打ち破るには‥‥!?
「この天道の誘惑に抵抗するには、自分が誰かを思い出せばいい! 俺よ、カムイラメトクたる本義を思い起こせ! 思い出せ、災いの根は未だ断たれていない事を! 故郷には多くの同胞が帰りを待っている事を。
ここは、我らコロポックルにとっての災いの地ではないはずだ。こんなところで無為に散れるものではない!」
恐らく一番正気であろうシグマリル。
彼のカムイラメトクたろうとする責任感は、他の誰の意思よりも彼の心の中に強く在るのだろう。
「聞け! ここはお前たちのいるべき世界か? 待つべき者がいるのはここなのか? 違うだろう。自分だけが心地いい世界に逃げ込むつもりか!? 御神楽、お前には洞窟の外に待たせている者がいるだろう!」
「っ! 出雲‥‥!」
「他の者もそうだ。侍魂、世界への探究心、姉への心配、新撰組組長代理の責任、武術への向上心、神への信仰! そのどれもお前たちがいなくなれば世界から消えてなくなる! そうはなりたくない‥‥させたくない! だから!」
シグマリルは小刀マキリを抜き放ち、地面に向ける!
「なるほど‥‥ストイックなシグマリルさんが、一番この天道への耐性があったということですか。しかし、そんな小刀で何をなさるおつもりですか!?」
「武器の大きさは関係ない! 俺がやるって言っているんだ! 俺の意思は、天道をも貫ぬくんだぁぁぁっ!」
琉たちが見守る中、マキリが地面に突き立てられ‥‥その瞬間、世界が砕け散った―――
●天幻突破
「う‥‥ここ、は‥‥?」
「よう、お目覚めか大将。おかげさんで戻ってこられたようだぞ?」
次にシグマリルが目覚めたのは、例の洞窟の前であった。
どうやら最後に目を覚ましたのが彼のようで、パウルが外に運んでくれたらしい。
見ればメリアが見慣れぬ長弓を持っていることから考えると、天道で解放された武器はあれらしい。
これで琉に譲渡された六角棒『餓鬼道・解』も合わせると、二種類の武器が復活したことになる。
「ありがとうございます、シグマリルさん。おかげさまで無事戻ってこられました。どうでもよくなったなんて言ってしまって、自分が恥ずかしいです。この弓は、シグマリルさんが持つべきだと思うんですけど‥‥みなさん構いませんか?」
依存のある者などいようもない。
メリアの微笑と共に長弓を受け取ったシグマリルは、また一つ自分の中に力を感じるのであった。
「ところで、結局天道の攻略条件はなんだったんだろうね?」
「そうね‥‥『欲に負けない強い心』ってところかしら。ま、真実は術の作者だけが知ってるんじゃない?」
何はともあれ、餓鬼道から続きゆく天道を突破。
今回もかなり危なかったわけだが‥‥さて、次の六道と武器や如何に―――