●リプレイ本文
●惨劇に挑め
「伝承では修羅というのは元は正義を司る存在だったそうです。それが目的は正義の為であっても、戦いに固執し続けた為善心を見失い妄執の悪となり天非ざる『修羅』となった、と。推測ですが、条件に固執しないことも解決の一手かもしれません」
「拙者としては、前回の畜生道自体が壮大な読み違えを誘発させるための罠でないことを祈るでござるよ‥‥(汗)」
「しかし、争いの絶えない血の世界、か。ずいぶん疲れる世界だなぁ」
冒険者たちは一路、丹波藩南東部を目指し、移動中であった。
少しでも時間を節約するため、セブンリーグブーツやペットやらを用い、封印を司る洞窟へと急ぐ。
今回は、いつもの道順からちょっとばかり外れ、近くの村に訪れることが決定しているようだ。
いつもの琉瑞香(ec3981)の講釈を交え、久方歳三(ea6381)や鷲尾天斗(ea2445)が修羅道を考察するが、すでに名前からして一筋縄で行かないであろう事は明らかだ。
「でも、残念だったというか良かったというか‥‥咎人の件はやはり無理がありましたね」
「‥‥例え重罪人だとしても、俺たちには裁く権利は無い。やはり上手くは行かんものだ」
「私は良かったと思うわよ? 動物ならいいのか、って聞かれると耳が痛いけど‥‥同じ人間を生贄にしてまで六道辻をどうこうしなくちゃいけないってことは無いと思うの」
そう、雨宮零(ea9527)の言うとおり、一行は修羅道における『ある危険性』を考慮し、自分たち以外の生物を修羅道に連れ込んで最悪の場合殺そうと思っていた。
それはあくまで可能性の一つだったが、実際問題そうなったら詰みとなるパターン。
とはいえ、紅闇幻朧(ea6415)の台詞を聞けば分かるとおり、人を使うという手段はあっさり頓挫したのだが。
いざとなれば自分が手を汚そうと考えていた紅闇とシオン・アークライト(eb0882)は、心の奥ではほっとしている。
「皆だって咎人を使うのは嫌だったろうし、家畜とはいえ贄には使いたくないのが本音だ。俺は‥‥弱き者を助ける事ができなくしてカムイラメトクと名乗れるものか‥‥!」
「しかし、備えがあれば憂い無しと申します。やはり、村で家畜を譲り受けておいた方が賢明かと。それに、まだ『敵の数が足りない』と決まったわけではありませんし」
シグマリル(eb5073)もいつになく気を揉んでいるが、他者の命までもが関わることだけに仕方がない。
あとは、御神楽澄華(ea6526)が言うように、準備だけはしておいて、最悪のパターンでないことを祈るのみだ。
やがて、とある村に辿り着いた一行は、鶏を二羽、豚を一頭譲り受けてから洞窟へ向った。
果たして、この策は功を奏するのであろうか―――?
●修羅道
一行はやれるだけの準備をした。
考えうる自体をなんとかカバーすべく、高僧に手助けを打診してみたり、咎人を使えないかと問い合わせてみたり。
しかし、結局のところ実を結んだと言えるのは村での家畜の買い入れだけ。
助力を頼んだ殆どの高僧は、本人に話が行く前に『そんなわけの分からないことの手伝いをしている暇はない』と下の部署の者の時点で断られてしまった。
兎にも角にも、こうなれば後は挑むのみ。
一行が、洞窟内で四度目の意識途絶をした、ほんの十秒後―――
「がはっ!? ぐっ‥‥くっ、な、なん‥‥だ‥‥!?」
今までの六道は、洞窟で意識を失ってしばらくしてから六道辻内で自然に目を覚ましていた。
しかし、今回は違う。シグマリルを筆頭に、一行は激痛を伴って即刻起きた。いや、起こされたと言った方が正しい。
痛みを堪えて首を動かしてみれば、筋骨隆々な大男が一行を刀で刺している。
一人の例外もなく、初っ端から血反吐を吐かざるを得ない状況だ‥‥!
「く‥‥そぉ、馬っ鹿野郎! ふざ、けん‥‥なぁぁぁっ!」
幸いにも、敵は格闘に秀でた面々から比べれば腕は大分劣るようなので、とりあえず足を狙って転ばし、脱出。
護衛役と決められていた鷲尾は、すぐに琉も救出し、状況を把握しようとする。
見れば、全員それなりの傷を貰いはしたが、動けないほどのダメージの者は居ない。
一行はすぐに体勢を立て直し、円陣を組んで迎撃体制を取った。
「うぅっ‥‥くっ、タチが悪すぎる‥‥! 来るよ、シオン!」
「わ、分かってる! みんな、とりあえず目の前のこいつ等の撃破! いいわね!?」
『応っ!』
「さぁ、ばっちこーい! 今回は物の怪の修羅だから誰も俺をテントと呼ぶものは居ないだろう!」
と‥‥意気込んでみたはいいものの、一行はまたしても意表を突かれた。
一行を狙っているものだとばかり思っていた大男たちは(多分彼等が修羅と呼ばれているのだろう)、何を考えているのか分からないが近しい修羅同士でも斬り合いを行っていた。
どうやら目に付く者、手の届く者全てを敵と認識しているらしく、同士討ちもしながら一行にも襲い掛かってくる。
その、なんと凄惨なことか。
目に見える範囲全ての生きとし生ける者全てが争い、殺し合い、血を流していく。
「まさかとは思うでござるが、修羅同士で戦って死んだものは、撃破数には‥‥」
「‥‥当然数えないだろうな。どうする、パッと見だけでも修羅の数は多い。速攻で倒し続けないとまずい可能性もあるぞ」
「仮に五十匹撃破が突破条件だとして、躊躇することで四十匹しか倒せなかったとすると、連れてきた動物でも補えない可能性もあります。如何いたしましょうか‥‥」
倒すのか、倒さないのか。
倒していいのか、倒してはいけないのか。
今までの六道で散々振り回され、疑心暗鬼になっている一行の中に、すぐに答えを出せる者は居なかった。
六道内にもちゃんと連れてこられた動物たちが、怯えて暴れることさえ、今はただ鬱陶しい。
「この迷いを誘発させることこそが立町氏の狙いなのだとしたら、何故そこまで人と、人の世を歪んでみていたのでしょうか‥‥! こんな常軌を逸した思考、人間が思いつける物だとは思いたくありません‥‥!」
手の空いたものからポーションで回復し、襲い掛かられた者は修羅の攻撃を捌くだけで、まだ殺してはいない。
しかし、このまま迷い続けて撃破数が足りなかったでは泣くに泣けない。
負の条件が気にならなくもなかったが、今は一刻を争うような予感がした。
「くそったれ! どうせ失敗するにしてもやれるだけのことはやったほうがいい! みんな、全力で修羅を倒せ!」
「鷲尾様‥‥! し、しかし‥‥!」
「御神楽殿、気持ちは分かるでござる。行くのもいい。退くのもいい。しかし、立ち止まることだけは駄目でござるよ‥‥!」
「どちらにせよ、俺たちは立町の掌の上で踊っているというわけか。くそっ‥‥!」
倒せ。この場合は、殺せと言っているのに等しい。
が、あえて殺せと言わないのがせめてもの抵抗。
シグマリルが毒づいたのを合図に、一行は全力での戦闘を開始したのであった―――
●血の世界
改めて見てみると、修羅道とは正に血の世界であった。
荒れ果てた渓谷地帯が延々と広がり、角を曲がれば新たな修羅が現れる。
いや、現れない場合もあった。
すでに惨劇が終わり、自分たちが手を下したものではない死体が転がっていることなど、ざら。
そんな場面に出くわす度、まだ規定数に達せられるだけの修羅は残っているのだろうかと焦りが過ぎる。
見上げれば、血に染まったかのような真っ赤な空。右を見ても左を見ても、下を見ても血・血・血。
すでに凝固しきっているもの、まだ生乾きのもの、たった今飛び散ったもの。
一行は、むせ返るような鉄の臭いに包まれながら、ありえない量の血の中を往く。
自分の物か、仲間の物か、はたまた倒した修羅の物か‥‥もうそれすらも分からないくらい、一行は血に染まっていた。
それらを拭うことも、もう忘れて久しい。どうせ拭ってもすぐにまた付着するのだと諦めているのだ。
それはまるで、好むと好まざるとに関わらず、全員修羅に堕ちてしまったかのようで―――。
「誰か教えて欲しいでござるよ‥‥。拙者たちは、後何人殺せばいいのでござるか‥‥?」
「‥‥答えられるものか。帰りたかったら殺せ。それだけだ」
「違う‥‥俺は‥‥僕は‥‥もう、殺したくなんて‥‥ないんだ‥‥!」
「しかし、もう無数の屍を越えてきてしまったのです。今更、殺しては駄目だったとしても‥‥戻れません」
「そんなことは分かってる! あなたはいいよ、手を下してないんだから! でも、僕は‥‥!」
「零! しっかりしてよ、あなたらしくないこと言わないで! 私だって、辛いんだから‥‥!」
一行は殆どが歴戦の冒険者だ。
死線を潜り抜け、様々な戦いを乗り越え、手を血に染めたこともあるだろう。
しかし、仮想世界のこととはいえここまで大量虐殺をしたことは無い。
襲われたから殺しましたなどという言い訳もできないくらい殺した。殺し続けた。シオンと瑞香はもう何度狂化したか分からない。
それでもまだ、帰還の扉は開かれない。
断罪の声も上げず、世界は黙し続ける。
すでに全員限界ギリギリ。身体が、ではない。心が、だ。
今にも狂い、叫びだしたくなるような‥‥心の痛み。罪の意識。
優しい人間ほど、この世界は‥‥辛い‥‥。
「‥‥これが‥‥修羅道の、苦しみが自分に帰結するということなのでしょうか‥‥」
琉の呟きに応えられるものはいない。というか、応えている気力が無い。
時は、無常にもただただ過ぎていく―――
●壊れゆく心を
そして‥‥一行が修羅道に入って、どれくらいの時が流れただろうか。
この世界は常に赤い空で、夜が無いようであった。
身も心も疲れ果て、休もうとしてもどこからか修羅が湧いてくる。
自分たちより腕が劣るとは言っても、片手間に相手を出来る妖怪ではない。休む暇すら与えてもらえない。
どうやったら戻れるかなど、もう考える気力も無い。何人の修羅を殺したかも分からない。
御神楽や雨宮などは、悲しくて流す涙さえもう枯れ果ててしまったようだった。
やがて‥‥随分遅くはあったが、一行に恐れていた負の条件が突きつけられようとしていた。
「別に俺は威張りたいわけじゃない! みんなのためを思って言ってやってるだけだろーが!?」
「勝手に指揮官面される謂れはないと言っているだけだ! いちいち指示されなくても自力でなんとかする!」
「‥‥ふん、なら貴様になら鷲尾以上の指揮ができるわけだ。流石、弓使いは後方作業は得意と見える」
「それは言い過ぎでござろう! ろくろく指示を聞かない人間が言うことではないでござる!」
「他者の意見にいちいち付和雷同するのもいかがなものかと」
「皆様、もう止めてください! 辛いのは分かります! 八つ当たりしたい気分もわかります! しかし、ここで仲間同士言い争っても何にもならないではありませんか!?」
そう‥‥積もり積もったストレスと心の傷が、修羅道の負の条件で増幅。
仲間内ですら殺し合いが起きそうな雰囲気になってきてしまった。
御神楽が必死で宥めてはいるが、その御神楽でさえ『何故自分がこんなことをしなければならないのか』と黒い衝動が湧き上がってきているのだ。
そして、こういう時に一番頼りになるであろう、絆の強い二人は‥‥。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
喋ることすら不愉快なのか、暫く前から一言も発しない。
それどころか、お互い剣を向けあいこそしないが、抜刀状態のままにらみ合うような状態を維持している。
愛し合い、雨宮の実家に和服姿で挨拶にも行ったというシオンと雨宮。
二人の間には今、大きな大きな溝が出来ていた。
元々絆の強かった人間ほど悪影響が強く出るらしく、二人の心中には、愛、憎悪、悲哀、怒り、迷い、その他諸々‥‥様々な感情が渦巻いている。
好きだからこそ憎い。好きだからこそ許せない。好きだからこそ‥‥ボロボロの心に、トドメを刺すかのように痛い‥‥。
「零‥‥あなたには、絶対‥‥手は出さないわ。そんなことをしたら‥‥私は、私じゃなくなってしまうもの‥‥!」
「‥‥僕だってそうだよ。僕が僕でなくなってしまう。でも‥‥はは‥‥今の僕は、本当に僕のままなのかな‥‥? だってさ‥‥おかしいだろ? もうさ‥‥殺すことにためらいがないんだ。今ならなんだって殺せる。そうさ‥‥君だって‥‥!」
「そうね‥‥私達‥‥とっくに、壊れてしまったのかもしれない。お互いへの想いが、じゃない。『自分』という何かが‥‥!」
もう枯れ果てたと思っていた涙が、二人の頬を伝う。
好きだからこそ、刃を向ける。他の誰にも殺されたくないから、愛している自分が殺す。
矛盾しきったこの思考‥‥普段ならありえなくとも、心が壊れる寸前まで追い込まれては到達しないとは言い切れなかった。
他の面々は、勝手にしろとばかりに見てみぬふりを決め込む。
名誉のために言うが、彼等も普段ならこんなリアクションは取るまい。
六道辻の悪意に弄ばれ、侵食されたからこそ、こんな薄情な真似をするのだ。
御神楽でさえ、力なく膝を突き、一声も発することができないでいる。
「‥‥‥‥いくよ、シオン」
「‥‥‥‥いくわよ、零」
誓ったのに。
絶対に刃を向けないと‥‥絶対に手を出さないと誓ったのに。
二人が手にした刃が閃き‥‥惨劇で彩られた修羅道が、惨劇と共に終った―――
●『一定数』の真実
「ば‥‥馬鹿にしやがってぇ! 確かに『修羅が倒すべき敵である』とは書いてなかったけどよ! なんだぁ!? 結局、『敵は自分自身、倒す数は一人もしくは二人』かよ! 捻くれた条件も大概にしろよ!」
「‥‥同意する。忍びになって久しいが、ここまで精神的に疲れたのは初めてだ‥‥」
結局、雨宮とシオンは、二人とも自分自身の首に剣を当てて引いた。
愛する人に刃を向けるくらいなら、いっそ自分が死んだ方がいい。
修羅道に侵食され、壊れる寸前になった心でもなお、相手を愛し続けた二人の行動で、修羅道は砕け散ったのだ。
一行は血の世界から解放され、紅闇の手には封印の解かれた忍者刀『修羅道・解』が握られている。
現実世界に戻った直後、死に掛けだったがまだ息のあった雨宮とシオンは、薬で回復され、大事に至らなかった。
実際問題、分かっていても自分を殺そうとする人間など早々居ないだろう。
あえて中途半端な攻略条件を発見できるようにしていたとしたら、立町はもう弁護の余地なく狂っている。
今、確かなことは‥‥。
「疲れたね‥‥シオン。今日はもう、寝てしまおう‥‥」
「くす‥‥そうね。でも、せめて洞窟の外のテントで、ね‥‥」
雨宮とシオンの愛の深さと‥‥一行を襲う激しい睡魔。
精神的に疲れきった一行は、それから丸一日ばかり泥のように眠ったのであった―――